銀色のディスク「やったねぼっちちゃん!」
下北沢
伊地知さんの後ろを鴨の子供みたいに歩く。
周りは人が多くて目が回るし、オシャレで目が潰れそう。
ジャージの上からポケットの中のディスクをぎゅっと握りしめる。
「でね、そのライブをするのがこの先にある下北沢STARRYっていう最近出来たライブハウスなんだけど」
「あっはい」
「私のお姉ちゃんが店長やってるんだ〜」
「あっはい」
「私は普段ドリンクバイトやっててね〜」
「あっはい」
「スタッフのみんな優しいからそんなに緊張することないよ~」
「あっはい」
「…………」
「あっはい」
伊地知さんたくさん話しかけてくれる……優しい……いい人……。
それなのに私ってば、さっきから目も合わせられないし、「あっはい」しか喋れてないし、あっでも面白い返しなんて出来ない……。
「……ひとりちゃんってもしかして運動出来る?」
「あっいえっ、全然……あっ、でもドッヂボールだと最後まで残ってたりします……」
「そうなんだ~……」
ごめんなさいごめんなさい話を途切れさせちゃってごめんなさい! 面白い話が出来なくてごめんなさいぃ!
「そういえばひとりちゃんってバンドとか組んでないの?」
「あっ、いえっその、ば、バンドとかは組んでみたいとは思ってるんですけど……な、中々バンド仲間が集まらなくて……あっ、普段はバンドのカバーをネットに上げたりしてます……」
「ネットに動画上げてるんだ。どんなの弾くの?」
「け、結成した時すぐ対応出来るようにここ数年の売れ線バンドの曲は全部弾けます……うへへ」
「執念凄まじいね……あっ、着いたよ!」
辿り着いたのは地下へ続く階段。どこかアングラな雰囲気のあるこの下にSTARRYっていうライブハウスがあるらしい。
……えっ、ここに入るの? 私芋ジャージなんですけど、オシャレじゃない罪で吊るされたり磔にされたりしない?
あっあっあっ、待って伊地知さん置いてかないでぇ……。
ーーー
魔
奥多摩の山奥。
木々の間を、妖しい風が吹く。
生き物は息を潜め、葉擦れの音が不気味に響く。
ゲコ。と、青磁色のカエルが鳴いた。
いつの間にか、池の岸辺に二人の男女が立っていた。
白い木綿のような衣装に、血の気の無い顔。
「鬼か」
男が女の声を発する。
「鬼が来た」
女が男の声を発する。
妖しい気配を纏った男女の視線の先には、背の高い黒髪の女がいた。
足下にいた青磁色のカエルが銀色のディスクへと変形し、女の手に収まる。
肩に担いだギター型の大剣がギラリと光った。
「お出迎えとは嬉しいね」
ギター型の大剣【音撃弦・風斬】を地面に突き刺しながら、女は言う。
「うちの子は女の汁気が大好物で」
「鬼のそれを絞ればさぞ悦ぶでしょう」
しゅるしゅると、男女の姿が人形の化物へと変わる。
常人であればそれだけで腰を抜かし、逃げ出そうとする異形の姿を前に、女は微塵も動じず、左手首に巻いた鬼の顔が付いたリストバンド【変身音弦・音震】のリングを引く。
カシャンと鬼の顔がスライドし、青い三本の弦が出現した。
「生憎と、俺は女であることは捨てた身でね」
弦を爪弾く。
響く音色は清らかで、音震の鬼面から音が波紋となって空気を揺らす。
鬼面を額の前に翳すと、その額に鬼面が現れた。
「今はただの──鬼だ」
左腕を真横に振るうと、女を中心に風が渦巻く。
風が服を切り飛ばし、その肉体を変化させる。
肌は黒く、しかし光の加減で青とも緑ともとれるものに。顔は黒いのっぺらぼうのようになり、青い
「せぁっ!」
下から上へ、切り裂くように振り上げた右手が渦巻く風を払う。
鬼は地面から風斬を引き抜き、構える。
鬼と対峙するは男が変じた怪童子と、女が変じた妖姫。
「
ーーー
「おっはよーございまーす!」
伊地知さんの元気な声がSTARRYの中に響く。
STARRYの中は暗くて狭くて圧迫感があって、いつもギターを弾いてる押し入れの中みたいで落ち着く。
「やっと帰ってきた」
「あっ、リョウ!」
伊地知さんにリョウと呼ばれた人は、明るい伊地知さんとは正反対の大人しそうな人だった。
手には紙皿を持っていて……なんでお団子食べてるんだろ?
「この子はベースの山田リョウだよ!」
「よろしく」
じっとこちらを見つめてくるリョウさん。
あっ、着ている服、大人びていておしゃれ……。
わっ、私なんかが声をかけて良い存在じゃない……!
「後藤ひとりですごめんなさいでした!」
「挨拶と同時に謝った! なんで!?」
「わっ、私なんかが視界に入ったら失礼じゃないかと……」
「ないないない! そんな事全然ないよ!」
伊地知さんが手をぶんぶん振りながら否定する。
「あっ、でもなんかにらまれてるし……」
「違う違う! リョウは目付きが悪いだけ! 変人って言ったら喜ぶよ〜?」
「嬉しくないし」
あっ、ちょっと嬉しそう。
「ひとりもお団子食べる?」
「えっ、あの、その」
「口開けて」
「うぇっ、え、あ、ああ……?」
開きっぱなしの口にぽむってお団子を放り込まれた。
あ、美味しい。
「甘味処たちばなの吉備団子。これで縁が出来たな!」
「えっ! あっ、わ、わん!」
「お供を名前呼びは変だから……ひとり……ひとりぼっち……ぼっちで」
「いきなり何やってんの!?」
「ぼ、ぼぼぼっ、ぼっちです!」
初めてあだ名を付けてくれた! お団子もくれたし、この人良い人!
「なんでひとりちゃんも喜んでるの!? うぁ~! まともなのは私だけか~!」
ーーー
風が吹く。
鬼へと変じた
ただの踏み込みで地が爆ぜ、空気が揺れる。
瞬きの間に怪童子の懐に飛び込み、風斬を横薙ぎに振るう。
胴を斬り裂かんとしたそれは空振り、ビュォウッと風が鳴った。
「っ!」
避けられた。
怪童子を目で追えば、奴は俺の頭上。空をへと逃げていた。
横合いから妖姫が足先を伸ばして攻撃してきた。
ムチのようにしなるそれを風斬で斬り払い、斬り落とせば、シュルルと引っ込み、元の足へと戻る。
というかこれは……。
「
こいつらにはバケガニの怪童子と妖姫にあるはずの大きなハサミが腕にない。それに、バケガニのやつは空を飛ばないし足先を伸ばして攻撃してこない。
バケガニ退治に来た筈がとんでもない大外れだったわけだ。
天気予報で快晴だって言うから傘を持たずに出かけたら大雨に降られた気分。
ま、予報が外れることはそこそこあるし。問題は手持ちの武器でどう対処するかだ。
怪童子は上空。とは言っても高度は高くない。地面から足まで五メートル弱ってところか。
まずはアイツを落とす。
「アサギワシ、頼んだ」
腰のホルダーに下げている零号ディスクを一枚取り、怪童子の顔面目掛けて手裏剣のように投擲。
すかさず音震のリングを引き、現れた三本の弦を爪弾けば、音震から響いた弦の音色が投擲された銀色のディスクを浅葱色に染め上げる。
怪童子は首を傾げて浅葱色のディスクを避けた。
けれどそれは予想通り。避けられた浅葱色のディスクは、あっという間にワシの形に変形。
怪童子の背後で旋回し、カッターのように鋭利な翼が怪童子の首を斬り裂いた。
「ガッ……ギァ……ッ」
行って帰ってこい作戦大成功。
首から白い血のような液体を吹き出す怪童子。怯んだこの隙を逃す手はない。
「そぉらァッ!」
槍投げのように風斬をぶん投げる。
風斬は怪童子の土手っ腹にぶっ刺さり、諸共に池に落下。そのまま水柱を上げて爆散した。
やばっ、風斬、池の中に沈んだ。
「シッ!」
妖姫が伸ばしてきた足先を半身になってかわし、空いた両手で掴む。
……ここからどうしよう。引っ思いっきり張って風斬でぶっ刺したいとこだけど、さっき池ポチャしたんだよな。
よし、とりあえず投げよう。
「ふん……ッ!」
握力を込めて妖姫の足に指先を食い込ませる。
皮膚を突き破り、肉を抉る感触が指先に伝わってくる。
「はああぁぁぁぁっ!」
そして足先を掴んだまま鬼の膂力をもって投げ、地面に叩き付ける。
一回。二回。三回。四回。
右に。左に。右に。左に。
「ギッ……ガッ……シァ……ァ」
「ぜぇぁっ、らあぁぁぁぁっ!」
幾度目かの叩きつけで、妖姫の身体は粉々に飛び散った。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……っ」
荒い息を吐きながら、顔だけ変身を解除する。
ひとまず、童子と姫との戦いは終わった。となれば、次にやることは一つ。
「風斬、どこだ……?」
池ポチャした我が相棒。【音撃弦・風斬】の捜索だ。
割と浅いところだと思うんだけど……どこだろ。
あ、そうだ。泳げる子いるじゃん。
腰のホルダーから、ここまで案内してくれたセイジガエルのディスクを取り出し、左手の音震の弦を爪弾く。
銀色のディスクは青磁色に染まり、手からぴょんと跳ねるとカエルへと変形した。
「風斬探すの、手伝って」
ゲコ! とセイジガエルは元気に返事をして、池の中へ潜っていった。
マジでどこ行った俺の風斬〜!
ーーー
「ミスりまくった〜!」
「MCも滑ってた」
伊地知さんに誘われたバンド。結束バンドでの初演奏はとてもとても酷いものだった。
緊張で指先は全然動かないし、お客さんの視線に耐えきれずにずっと下を向いてばっかりで、そのせいで伊知地さんや山田さんの演奏に全然合わせられなかった。
ギターヒーローとしての本来の実力の一割すら発揮出来ないまま、初めてのライブは終わってしまった。
「あっ、あ、ア、ぁ、あのっ!」
「「?」」
「きょ、キョきョキょ、今日はっ、ぁ、ありがとございました! 伊知地さんっ、山田さんっ!」
それでも、憧れていた誰かと組んだバンドでのライブ。
あんな下手っぴな演奏じゃ、次はきっと無い。
だから、お礼だけでも、沢山言わないと。
「こっちこそ今日はありがとね! 次もよろしく!」
「…………へ?」
次?
「あと、私たちの事は呼び捨てで良いからね! だって私たち、バンドの仲間なんだし!」
私、次もいて良いんだ……!
「ぼっち、これからよろしく」
「よろしくねっ、ぼっちちゃん!」
「あっはい!」
──よく頑張ったな。えらいぞ。
あの日、鬼さんにかけてもらった言葉を思い出した。
そうだ。頑張ろう。頑張れば、結束バンドでの演奏もきっと、もっと良いものに出来るはずだから。
「よーし! それじゃあ今からぼっちちゃんの歓迎会も兼ねて反省会だー!」
「ごめん、眠い」
「あっ、今日は人と沢山話して疲れたので帰ります……」
明日から!
後藤ひとり
優しくされる良い人認定を大安売りするくらいにはチョロい。
何気に鬼さんから貰った勇気でマンゴー仮面を回避した。
タツマキ
三話にしてようやく明かされる主人公の性別。
俺っ子成人女性。
風斬捜索は結局セイジガエル全動員による大捜索になった。
【妖怪縁結び】こと、桃井タロウがドンブラ9話で599個食べた吉備団子と、響鬼の甘味処たちばなで出されてた吉備団子は同じ店で仕入れたやつ。というメタなネタ。
これでお前とも縁が出来たな!