下北沢 STARRY
月曜日の放課後。私はSTARRYの前に立っていた。
どうしてこうなったかと言うと、話は先週のバンドミーティングまで遡る。
「ノルマ?」
「そう! ライブハウスでライブするにはバンド側に動員を保証する為のノルマが課せられるんだ。
ノルマ以上動員出来たらいくらかバンドの収入になるんだけど、ノルマ以下ならバンド側が自腹になるんだ」
「つまり売れるまで滅茶苦茶お金かかる」
「というわけでライブのノルマ代機材代諸々を稼ぐ為にバイトしよう!」
なるほどバイト……。
「バイトォッ!?」
い、嫌だ。働きたくない! 怖い! 社会が怖い!
人と目を合わせて話すのも苦手なのにバイトだなんて!
絶対にダメダメな接客をSNSに投稿されて炎上して、そして裁判で「お客様に不快感を与えたで賞」で死刑になるんだぁぁああ!!!
「ぼっちの形が崩れてきてる」
「ぼっちちゃーん! 戻ってきてー!
そうだ! ぼっちちゃんもここでバイトしようよ!」
「ぁへ?」
ここで?
「ここならあたしもリョウもいるし! 内容もドリンクスタッフとか掃除だけだしさ! それに色んなバンド見れるよ!」
い、いやだ! 働きたくない働きたくない働きたくない働きたくない!
断われ、自分!
「ぃ……」
「ぼっち」
トントン、と指先で山田さんがテーブルを叩く。
落とした視線の先には、銀色のディスクがあった。
…………そうだった。頑張ろうって決めたばっかりだった。
「が、頑張ります……」
「やった! よろしくね!」
嬉しそうに笑う伊地知さん。ゔっ、眩しい……。
ー
そんなこんなで土日を挟んで月曜日の放課後がやって来た。
初バイトの日。私は今、STARRYの前に立っていた。
私は今、STARRYの前に立っていた。
どうやって入ろう!?
この前は伊地知さんが一瞬だったから大丈夫だったけど、いざ一人で入るとなるとハードルが高い!
後五分。後五分ってさっきの回想を何回も繰り返してるけど流石にそろそろ限界かもしれない。
勇気を出すんだ後藤ひとり。そう、後十分したら入ろう! いや、五分したら入ろう! そうしよう!
「君、入らないのかい?」
「ぇ?」
STARRYに続く階段の上。そこにいたのは背の高いお兄さん。
ここのお店の人? 黒い革ジャンを着こなした格好良い系の……あっ、睨まれてる? 怪しまれてる!?
あっ、あっ、あっ、違うんです私は怪しいものじゃなくて、いや入口の前でうろうろしてる時点で怪しいんですけど、いやそんなんじゃなくて、えっと、えっと、あの、その、えっとぉ〜っ!?
「ばっ、バババッ、バイ、ババババ」
手の数を増やしながらワタワタタコタコしていると、くすり、と小さく笑う声がした。
いつの間にかお兄さんは階段を降りて私のすぐそばまで来ていた。
おそるおそる顔を上げてお兄さんの顔を伺うと、手を口元に当てて笑みを浮かべていた。
怖そうに見えるだけで、わ、悪い人じゃないのかな……?
「ごめんね、困らせちゃったかな?」
屈んでこちらに目線を合わせるお兄さん。
落ち着け私。頑張れ後藤ひとり。鬼さん私に勇気を下さい!
ジャージの上からポケットの中のディスクを握りしめる。
「あっ、えっと、ば、バイトで……」
「バイト……あぁ。この前虹夏ちゃんが電話で言ってた新しいバイトの子って君の事か。
初めまして。いつもここにお団子を届けてる甘味処たちばなのタツマキです。よろしく」
「あっ、ご、後藤ひとりです……」
タツマキって……名字なのかな? 名前?
ーーー
ライブハウスSTARRYは、甘味処たちばなのお得意様だ。
最近出来たばかりのこのお店では、店長さんのこだわりなのか、他のライブハウスとの違いを出す為か、ドリンクでお茶を注文すると、一緒にきびだんごが一つ付いてくる。
この吉備団子こそ、甘味処たちばなから毎日お届けしている吉備団子なのだ。
ライブハウスにお茶とお団子の組み合わせってどうなんだろうって思ったけど割と好評らしい。
「こんにちわー。甘味処たちばなでーす。お団子のお届けに来ましたー」
入って一番に声を張ると、バタタっと店の奥から店長さんがやって来た。
「タツマキさん、お久しぶりです」
長い金髪を手櫛で整えながら出迎えてくれたのはここの店長である、伊地知星歌さんだ。
「お久しぶりです。はい、いつものお団子。それと、新しいバイトちゃん」
「ありがとうございます……バイト? どこですか?」
「あれ? 一緒に入ってきた筈なんですけど……」
横を見る。いない。
後ろを見る。いた。俺の背中に隠れてた。
「あっ、ぁ、ど、どうも」
「あっ、お前この前、虹夏とライブしたギターの子じゃん。たしか……バイブレーションマン」
おっと、中々愉快なあだ名が。
「バイブレーション?」
風呂敷で包んだお団子を店長さんに渡しながら聞いてみる。
「よっぽど緊張してたのかライブ中ずーっと振動してたんですよ。ヴーンッ、ヴーンッて机の上で鳴るスマホみたいに」
へぇ、緊張でガタガタ震えるんじゃなくてヴーって振動してたんだ。ちょっと見てみたかったな。
でも流石に年頃の子にそんなあだ名は……。
「ば、バイブレーションマンです……!」
あ、喜ぶんだ。
「ぼっちちゃんそんな名前じゃないでしょー」
「ぁ、伊地知さん……」
店長と駄弁ってたら入口から虹夏ちゃんとリョウちゃんが入って来た。
学校帰りなのか制服姿だ。相変わらず下北沢高校の制服は可愛いなぁ。
「や、虹夏ちゃん。それにリョウちゃんも」
「タツマキ兄さん、こんにちは!」
「どうも」
元気よく返事する虹夏ちゃんと軽くお辞儀するリョウちゃん。
うんうん。二人とも相変わらずで何より。
「それじゃあぼっちちゃん、今からバイトの仕事教えるからこっち来て!
タツマキ兄さんはゆっくりしてってねー!」
「あっはい」
「ん、ありがと」
虹夏ちゃんに手を引かれるひとりちゃんを見送り、空いてるテーブル席に座る。
お茶の入った紙コップを両手に持った店長さんが隣に座った。
「タツマキさん、仕事はいいんですか」
俺の前にお茶を置きながら店長さんが言う。
「今日の仕事ならSTARRYにお団子の配達で終わりです。どうせなんで、ここでライブでも見て帰ろうかなと」
「そうですか。……ここ一ヶ月来なかったのって」
「本職の方で、ずっと山でした。あ、今週いっぱいはオフなんで明日もお団子届けに来ますよ」
「そうですか」
少し嬉しそうな声音でそう言って、お茶に口を付ける店長さん。
店長さんとはここ三年ほどの付き合いだ。
出会ったきっかけは街中でバケネコに襲われていたところを助けた事だったかな。
あの時は本当に大変だった。主に事後処理が。
「ところで店長さん、あの子、大丈夫です?」
「……どうでしょう」
突然ギターの弾き語りを始めたひとりちゃんを見ながら、店長さんとお茶を飲む。
何処から出したんだあのギター。STARRYの前であった時は持ってなかったと思うけど。
「お茶〜には〜お団子付ける〜♪」
なるほど。弾き語りで仕事を覚えようとしてるのか。
「あの子、ギター上手なんですね」
「この前のライブだとそんなに上手くなかったような……あっ」
「どうしました?」
「ちょっと仕事やるよう叱ってきます」
あー、行っちゃった。
「──タツマキさん」
店長さんと入れ替わるようにリョウちゃんが隣に座る。
というか君、バイトのお仕事あるでしょ。
「なんでいるんですか」
あれ、なんかちょっと怒ってる?
「なんでって、お団子を届けに来たからなんだけど」
「父さんから風邪引いたって聞きました」
「うっ」
リョウちゃんの両親は病院を経営していて、その病院には安達明日夢という猛士の鬼医者がいる。
この前のイッタンモメン退治で水に濡れたり落ちたりしまくった結果、見事に風邪を引いた俺は当然のようにリョウちゃんのとこの病院にお世話になって、
その事を院長でもあるリョウちゃんのお父さんから聞いたんだろう。相変わらず娘には口の軽い人だ。
「寝てなくていいんですか」
「大丈夫だよ。風邪は治ったし、身体が鈍らない程度に運動はしていいって明日夢さんからも言われてる」
「なら良いですけど」
「相変わらず俺には心配症だね。リョウちゃんは」
ぽんぽん、と頭を優しく撫でてやると、リョウちゃんはくすぐったそうに目を細める。
「こらー! リョウもサボってないで仕事しろー!」
あらら、リョウちゃん、虹夏ちゃんに怒られちゃった。
「ほら、いってらっしゃい」
ばしんっ、と背中を叩く。少し痛そうにしながらリョウちゃんが受付の方へとことこ歩いて行った。
気付いたらもうお客さんが入って来ていた。
そうだ。バイト初日のひとりちゃんの様子は……お、ちゃんと『本日はありがとうございました』の看板を立てて……あれ、営業終了してる。
後藤ひとり
マンゴー仮面は回避したけどバイブレーションマンになった。ライブ中、何人かが着信と勘違いしてスマホを確認したらしい。
タツマキ
性別行方不明のお団子配達人。
山田リョウ
両親が猛士の一員。タツマキとは五年来の付き合い。
伊地知虹夏
タツマキさんが本当のお兄さんになってくれたら嬉しいなとか思ってる。
伊地知星歌
STARRYの店長。タツマキに会う機会を作りたくてお茶にたちばなの団子が付くようにした人。
安達明日夢
普通のお医者さんとして仕事をする傍ら、猛士の鬼医者として鬼の怪我や体調を診ている。
パネルシアターやドラムは今も続けていている様子。