甘味処たちばな
東京の柴又にあるお茶とお団子の美味しいこの店には、陰ながら魔化魍という化物と戦う鬼をサポートする猛士の関東支部という裏の顔がある。
俺は今、たちばなの地下にある開発室に来ていた。
「はい。弦の張替えに刃の研ぎ直し、その他諸々。タツマキちゃんに頼まれてたフルメンテ全部終わったよ」
「ありがとうございます。みどりさん」
眼鏡をかけた白衣の女性から、メンテの為に預けていた音撃弦・風斬を受け取る。
銀色の光沢を放つ切っ先が、鏡のように俺の瞳を映す。
この女性は滝沢みどりさん。猛士関東支部の開発実験試作室室長で、俺たち鬼が使うディスクアニマルや音撃武器などの装備を開発、改良をしている人だ。
「明日から復帰だけど、調子はどう?」
「おかげさまでバッチリですよ。むしろ今までより調子が良いくらいです」
「そう? じゃあ快復祝いに……はいこれ」
そう言って手渡されたのはバイクの鍵。
「タツマキちゃん用のバイク、届いてるよ」
「おお、遂に!」
待望のバイク!
猛士から支給されてる車はあるけど、それとは別にバイクに対しては憧れがあった。
子供の頃から付き合いのあった兄貴分のイブキ兄さんがバイク好きだった影響は大いにあると思う。
中1の春にイブキ兄さんとあきらさんとバンキさんの四人で行ったツーリングが忘れられないんだ。
「たちばなの裏手に置いてあるよ。早速見に行く?」
「行きます!」
風斬を持って来たギターケースにしまい、意気揚々と開発室を出た。
ー
たちばなの裏手。
そこには荘厳な風格を纏った、メタリックなブルーとブラックのツートンカラーの大型バイクが一台、待ち構えていた。
「おおっ! デカい! 格好良い!」
ヒビキさんの凱火みたいな大きいバイクがいいって言ったかいがあった。
二人乗り用のシートなのが上からの「早く弟子を取れ」という圧を感じるけどそれはそれ。
男の子みたいにはしゃいで色んな角度から鑑賞しながらスマホで写真を撮る。
いやぁ、バイクって何でこんなにテンション上がるんだろ。
「せっかくだし、このまま下北まで行くかい?」
「良いんですか?」
支部長の提案に一も二も無く乗る。
お団子の入った風呂敷包みをバイクのリアトランクに入れ、ヘルメットを被って跨がる。
うおぉ、よく肥えた、力のある馬に跨がっているみたいだ。
「名前は決めてあるの?」
みどりさんが訊いてくる。
「ええ、決めてますよ。ご先祖様の愛馬の名前を貰って、
「隼王ね、了解。猛士の方に登録しておくわ」
「ありがとうございます。じゃあ、行ってきます」
アクセルを回せばビュウというエンジン音と共に、隼王は快調に走り出した。
ーーー
伊豆ヶ岳
険しい山道を、一組の男女が駆ける。
それを追う男が二人、駆ける。三十くらいの若い男が先行し、その後を行くのは二十歳手前くらいの青年だ。青年の背のリュックからは、並行して並ぶギターのネックが二本伸びていた。
木々が開け、岩肌の斜面が見える。
男女は立ち止まり、男たちを見下ろした。
「しつこいぞ。鬼め」
女の口から男の声が発せられる。
「我らの邪魔をするならば、その喉貫くぞ」
男の口から女の声が発せられる。
「悪いな、お前達の邪魔をするのが俺達の仕事だ」
若い男が左手首に巻いた変身鬼弦の弦を爪弾く。
ゴウッ、と黒い闇が炎のように立ち上り、男の服を燃やし、その身を変化させる。
「ダァッ!」
黒い炎を弾き飛ばし、鬼へと化す。
対峙する男女、童子と姫もその身を変える。
ビキビキと音を立て、硬質な鎧のような身体を持つ異形。その名を武者童子と鎧姫といった。
「完全版の武者に鎧……五年前にタツマキがやって以来か。
「はい!」
佐々彦と呼ばれた青年がリュックからツインネックギターのような形をした剣──【音撃弦・刀弦響】を取り出し、鬼に手渡す。
鬼は受け取った刀弦響の左右それぞれにネックを持ち、に上下にスライドさせるとガシャンと音を立てて二振りの剣へと分離した。
「今回は俺がやる。下がってろ」
「分かりました。ご武運を。
鬼──蛮鬼は「ああ」と短く答えると、武者童子と鎧姫へと駆け出した。
ーーー
「こんにちはー。甘味処たちばなでーす。お団子のお届けに来ました~」
STARRYに入ったら可愛らしい赤髪のメイドさんがいた。
間違ってメイド喫茶にでも入ったかな。
「間違えました〜」
「ちょいちょいちょいちょーい! タツマキ兄さんストーップ! 間違ってない! 間違ってないから!」
バタバタと慌てて階段を駆け上がった虹夏ちゃんが革ジャンの裾を引っ張って止める。
あはは、冗談だって。
それにしても、何だこの状況。メイドさんがいるし、リョウちゃんは立ったまま寝てるし、あれ、ひとりちゃんは?
虹夏ちゃんが階段の下を指差す。
ゴミ箱に入ったひとりちゃんが死んでいた。
いや、息の音は聞こえるから生きてるんだけど、口から出たエクトプラズムがギターの弾き語りしながら上へと昇っていっている。
ううむ、何て哀愁漂うメロディ……じゃ、ない。
「ええい、よく判らんが生き返れひとりちゃん!」
お団子を虹夏ちゃんに預けてすぐに階段を一跳びで跳び降り、そのまま左手でエクトプラズムをひっ掴んで口に押し込んで「ハァッ!」と気合い一発。
ビクンッ! と、ゴミ箱の中のひとりちゃんの身体が跳ねる。
「はっ! 私は何を……!」
ひとりちゃんが生き返った。
「大丈夫?」
「あっはい……その、短い間だったけど貴重な体験が出来て良かったです……」
何言ってるんだろうこの子。
ーーー
気が付くと目の前にタツマキさんがいた。
「ところで、このメイドさんは?」
「あっ、えと……」
「はじめまして! 臨時バイトの喜多です!」
きたーん!
あぅ、どもってたら喋るタイミング逃した……。
まともに話すら出来ないダメバイトは大人しくゴミ箱に籠もってます。
「喜多ちゃんね。俺はタツマキ。よろしく」
タツマキさんがピースに親指を添えた手を軽く前に出す独特のハンドサインをする。
顔が良いからすごく絵になるなぁ。
「タツマキさんってギターされるんですか?」
あ、それは私も気になってたやつだ。
バイトを始めてから今のところ毎日会ってるけど、ギターケースを背負ってるタツマキさん は初めて見た。
ギターケースの厚さからエレキじゃなくてアコギかな? どんな曲弾くんだろう。
「うーん、ちゃんとしたギターは弾けないかな?」
「え、でもその背中のってギターケースですよね?」
「ああこれ? 仕事道具入れるのに丁度良いから使ってるだけだよ」
「そうなんですか? ギター似合いそうなのに」
「うーん、俺、ドレミの楽譜読めないんだよね。ちゃんとした楽器は和太鼓かお琴くらいしか
へー、和太鼓にお琴……琴ぉっ!?
何というか、意外というか予想外の楽器が出てきた。
タツマキさんって何者なんだろう。
「おーい、ぼっちちゃん。喜多ちゃんにドリンク教えたげてよ」
ゴミ箱のフタが開けられて虹夏ちゃんと目があった。
「あっはい」
そうだ、今バイト中だった。
「後藤さんいつの間にゴミ箱に!?」
あ、気付かれてなかったんだ。
ーーー
ドリンクコーナーのカウンターを挟んで向こう側ににひとりちゃんと喜多ちゃんが並ぶ。
先輩アルバイターひとりちゃんの初指導の為だ。
「じゃあ、コーヒーお願い」
虹夏ちゃんに頼まれてお客さん役をすることになった俺は、注文と一緒にギターのピックの形をしたドリンクチケットをひとりちゃんに渡した。
「あっはい」
やけにキリッとした、気合の入った表情でドリンクチケットを受け取るひとりちゃん。
紙コップを取り出し、コーヒーメーカーの前に立つ。
ここからだと背中に隠れて分からないけど、たしかここのは押している間コーヒーが出るタイプだったはずだ。
ひとりちゃんがちらっと視線を喜多ちゃんに向ける。
喜多ちゃんはキラキラした、学ぶ気に溢れた良い目でひとりちゃんを見ていた。
あれ、なんかひとりちゃんが震え出した。
「あっはは……へへ……は……」
「きゃー! 溢れてる溢れてる!」
「ひとりちゃん!?」
咄嗟にドリンクコーナーに入ってひとりちゃんの手首を掴み、流し台まで持っていく。
蛇口を捻って火傷しているであろう手の甲に流水を当てる。
「虹夏ちゃん! 保冷剤とタオル持ってきて!」
「分かった!」
バタバタと店の外に出ていく虹夏ちゃんの足音を聞きながら、ひとりちゃんに声をかける。
「ひとりちゃん大丈夫? 痛みはある?」
「あっはい。少しヒリヒリするような感じです」
なるほど。火傷の深度としては
見たところ火傷痕が残るようなものでは無さそうで一安心だ。
「十五分くらいこのまま冷やせば大丈夫。
熱を持ってるように感じたり、かゆく感じるようなら虹夏ちゃんが持ってきてくれる保冷剤で冷やして。直接当てるんじゃなくてタオル越しにね。
もし、後で水ぶくれが出来たら潰したりせずに病院に行くこと。
潰れちゃったら清潔なガーゼを巻いてばい菌が入らないよう保護すること。いいね?」
「はい、ごめんなさい……」
「謝ることは無いよ。頑張った結果怪我をしちゃうなんてよくあることだ」
得意じゃない魔化魍相手に頑張った結果風邪を引いたりな!
「でも、ズボンが……」
言われてコーヒーがズボンにかかっていた事に気付いた。あー、さっき手を引いたときにひとりちゃんが落としちゃったのか。
まぁ、ブラックデニムパンツだし、分かりにくいから大丈夫でしょう。
「あの、よかったら私のハンカチ使って下さい」
なんて思ってたら喜多ちゃんがハンカチを差し出す。
うーん、良い子。
「ありがとね、喜多ちゃん」
ありがたくハンカチを受け取ろうとした瞬間、ポケットのスマホが鳴った。
この着信音は仕事のやつだ。
「ごめんね、ちょっと電話。ひとりちゃんのことよろしく」
ドリンクコーナーから出てスマホを見る。
着信画面には「猛士関東支部」の文字。
「もしもしタツマキです」
『もしもし、勢地郎です。ごめんねお休みのところ』
「いえ、大丈夫です。それより何かあったんですか」
『さっき石割くんから連絡があってね、バンキがヤマアラシにやられたらしい』
「バンキさんがですか!? 怪我の具合は?」
バンキさんと言えば関東支部で一番弦の鬼歴が長いベテランだ。
太鼓に管にと全ての音撃武器が扱えて、時期によっては特別遊撃班としてあちこちに出向く事もある関東の主力を担う鬼でもある。
俺が風邪で休む事になって空いた穴を埋めてくれてるとは聞いてたけど、あのバンキさんがただの魔化魍にやられるとは思えない。
『危ないところを弟子の佐々彦くんが助けてくれたらしくてね、大事には至らなかったらしい。今は石割くんと麓の病院に行ってる』
「そうですか。よかった……」
『それでね、佐々彦くんが言うには相手は強化されたヤマアラシの変異種だったらしい』
「それって
『おそらくは。タツマキくんにとっては因縁の相手になるかな』
「ですね」
変異種。ヨロイと聞いて背中の古傷が疼く。
五年前に対峙したバケガニの変異種との戦いは忘れられる訳がない。
女の子を守りながら戦って、辛うじて勝てたものの、一時は鬼に変身出来ない程の、いや、それ以上の傷跡を残された相手だ。
「場所は何処ですか?」
『伊豆ヶ岳だ。現地には佐々彦くんが残ってくれてる』
「分かりました。仕事道具もあるのでこのまま向かってすぐに合流します」
通話を切るとすぐ後ろに店長さんとリョウちゃんがいた。
STARRYだと鬼のことを知っているのはこの二人だけだ。さっきの話の内容で何となく察したんだろう。
「鬼の仕事?」
リョウちゃんがどこか不安げな声色で聞いてくる。
「まあね」
安心させるようにリョウちゃんの頭をぽんぽんと撫でて答える。
「タツマキさん、お気をつけて」
「ありがとうございます」
店長さんにドリンクコーナーのカウンター端に立てかけていたギターケースを背負い、カウンター越しにひとりちゃんと喜多ちゃんに声をかける。
「ごめんね、仕事が入っちゃってお客さん役出来なくなった。
ひとりちゃん、大丈夫だとは思うけど無理はしないようにね。喜多ちゃん、臨時バイト頑張ってね」
「あっはい。ありがとうございました」
「タツマキさんも、お仕事頑張ってください!」
「二人ともありがとう。行ってきます」
ピースに親指を添えた右手を軽く前に押し出すオリジナルのハンドサインで応えて、STARRYを後にした。
隼王(ハヤブサオー)
タツマキの専用バイク。
モチーフは
ホンダ GOLDWING GL1800 [2017]
バンキ/蛮鬼
響鬼での出番は後期opくらいで設定だけあった人。半オリキャラ。
病気で療養するために空いたタツマキの穴を埋めるために連続出動した結果ヤマアラシにやられた。着実に師匠のサバキさんと同じ道を辿りつつある。
なお、初遭遇の武者童子と鎧姫は単独で倒した模様。ベテランの意地。
佐々彦
完全オリキャラ。
バンキさんの弟子。19歳。
石割くん
響鬼原作では裁鬼さんのサポーターをしていた名前しか出てこない謎の人。
サバキさんが鬼を引退してからはバンキのサポーターについた。