「ということでラーマよ」
「はいっ」
「今からバベルに行くわけだが」
「はいっ」
怪物祭の翌日、祭の熱気の残る街を歩く。目的地はもちろんダンジョン…ではなくバベル。ラーマの装備を整えるため、ついでに俺も掘り出し物を探しに行く。
「当面の方針を覚えてるか?」
「えっと、サポーターをやりながらいろんな武器を使ってみる、です」
「正解!ラーマは賢いなぁ!」
褒めて伸ばすのは楽しいなあ。いきなり親代わりが務まるか不安だったが、この調子なら何とかなりそうだ。
...反抗期っていつ頃来るんだ?俺は反抗期とか無かったからそこは心配。
「ラーマにどんなことが向いてるか分からないからな。ま、色々試してみよう。」
「あの...」
「ん?」
「ほんとに、ありがとうございます。こんなに良くしてくれて…わたし、頑張ります!」
こちらに晴れやかな笑顔が向けられる。
…言えない。このあと加入する
彼の苦い顔の意味を少女が知るのは、しばらく後になる。
「......ポーション類はミアハファミリアで買うとして...よし、これで全部かな。」
バベル上層階にある駆け出し向けの店にて。サポーター用のバックパックや解体用のナイフ、その他ロープや杭、ハンマーに至るまで片っ端から手に取っていく。
「ラーマ、使い方とか分かるか?」
「はい!それはバッチリです!」
任せてください、と胸を張ってみせる。
運用に関しても問題無しか。あとから俺も教えてもらおう。
「じゃあ、いよいよだな。」
と、ラーマのいる方角へ足を運ぶ。ラーマには一足先に武器を見ていてもらったのだ。
「なんか気にいるのあったか?」
「...ごめんなさい、よくわかりません。」
「そりゃそうか。じゃあギルドで借りていこう。」
そりゃあ一般人にいきなり武器選べ、なんて言っても分からんわな。俺?俺はフィーリングで選んだから良いんだよ。ダクソ2ならある程度履修済みだから。
ま、ラーマもしばらく潜ってれば何とかなるだろ。
しかし予想は外れ、ここからが一番長かった。
理由は単純。彼女は絶望的に近接戦闘に向いていなかったのだ。
剣を持てば刃の向きを考えず、刀身の横っ腹でゴブリンを殴る。ならばとメイスを持たせれば、殴りつけた時の鈍い音と重い感触に足をすくませる。離れた位置から突くだけの槍もろくに当たらず、すぐに近づかれてはやたらめったらに振り回す。力はそこそこ強いようだが、モンスターを過剰に怖がっているせいかまともに戦えない。
...正直お手上げだった。
加えて、ホームに帰ればベルからサポーターに声をかけられただの、キラーアントを倒しただの、挙句の果てには魔法を覚えただのと無自覚な自慢を浴びせられる始末。俺やヘスティア様のフォローもむしろ逆効果らしく、表情は最初に会ったときのように暗い。
...ベルよ、今更気付いたか。そんなワタワタしても遅いぞ。あとからシバく。
「まだ起きてたのか、ラーマ。」
「あ、ごめんなさい、すぐ寝ます!」
「いやいい、それよりこれは?」
廃教会に入り込む月明かりの下、解体用のナイフで作っていたのは木の人形。
「これは...ベルさんです。」
「おお、あいつの人形か。上手いな。」
薪を削って作ったのだろうか。はねた髪やあどけない表情までデフォルメされて再現されている。おしゃれな
「これ、いつから作ってたんだ?時間かかったろ。」
「さっきです。」
「え?」
「ご飯のあとから作り始めて、さっき顔ができました」
「......まじ?」
「今から服を縫うんです」
そう言って、側に置いてあった小さな箱からハサミと茶色の布切れを取り出して手慣れた様子で切り取っていく。
「この人形作り、いつからやってたんだ?」
「物心付いたときからやってました。わたしの家、新しい服が買うお金がなかったから、せめて余った布でちっちゃい服と、それを着せる人形を作れないかなって...」
それを聞いた瞬間、俺はようやく気付いた。俺は、彼女のことを見ていなかったのかもしれないと。
力の強い獣人だから近接戦闘に向いているとか、ゆくゆくは
彼女はまだ幼い。しかもこんな、満足に訓練もしていない彼女がモンスターに怯え、竦むのは当たり前ではないか。そんな彼女に色々なものを押し付けてしまっては、ラーマを捨てた奴らと同類だ。
「...すまん、ラーマ!俺が悪かった!」
「え?え?」
「いきなり武器を持たせて戦わせるなんて、馬鹿な真似をした!すまん!」
地面に膝を付けて謝る俺に、椅子の上であわあわと慌てる少女。傍から見たら珍妙な光景であることに違いないが、幸いにも寂れた教会にわざわざ入ってくる物好きはいなかった。
そんなやり取りをしばらくした後、少女が、諦めたように話し出す。
「...右京さんは、いい人です」
「私が戦えなかったらすぐに助けてくれますし、その後はいつもわたしを守りながら戦ってくれます。」
「この前なんて、わたしがモンスターの前でこけちゃったのをかばって怪我したじゃないですか」
「それは、サポーターは守らんといかんだろ」
口をついて出た言葉に、少女はかぶりを振る。
「普通の冒険者の人は、そんなことしません。いつもおいていかれそうになるのを、必死についていってました。」
「でも、右京さんは絶対に見捨てなかった。まるで、お父さんが帰ってきてくれたみたい...」
表情は未だ晴れない。だが、少しだけ腹を割って話せたからか雰囲気は良くなった。もう一押しで元気になりそうだが...
と、そこで一つの妙案を思いつく。
「じゃあ、今日から俺がお父さんだな」
「...え?」
「言質は取ったぞ?『わたしのお父さんになって♡お願い♡』ってな!」
俺はおどけて笑う。笑ってみせる。
「い、いいい、言ってないです、そんなこと!ただちょっとお父さんに似てる、かなぁ〜〜......って思っただけですー!」
「またまたぁ〜!嘘つかなくても良いのよ、ラーマちゃ〜ん!」
「ちょ、やめ、抱きつかないでくださいよ!暑苦しいです!」
「嘘ッ、もう反抗期!?パパは心配よ!」
「誰がパパですかーー!!!」
騒ぎ立てる師弟の後ろには、あまりの喧しさに起こされた神と団長が隠れていた。
(さすがに心配だから声をかけようと思っていたけど、あの様子じゃボクが出る必要もなさそうだね。)
神も杞憂に胸を撫で下ろし、
(やっぱりすごいなぁ、右京は)
少年は純粋な感心を抱く。
廃教会の夜は騒がしく更け、やがて静かに明けていく。
「さて、時にラーマよ」
「はいっ」
「俺はお前のことを誤解していた」
「はい?」
あれから一夜を明かした後、俺たちは再びダンジョンに来ていた。ラーマの手には、最近試したものとは別種の武器が握られている。
「ラーマは手先が器用だ」
「あ、ありがとうございます」
「ということで、
彼女の持つ武器...「長弓」を指して言葉を続ける。
「手先が器用で集中力もある。その上
最後まで言い終える前に、目の前の通路にゴブリンが現れた。それをいち早く察知したラーマが、慌てつつも矢をつがえる。
(やっぱり、どんくさいけど鈍いわけじゃないんだよな...)
彼女はのんびりとした性格だが、目は良いし、注意力もあるのだ。
「い、いきます...!」
身の丈を越える_といってもラーマ基準だが_長弓を構えたラーマが、硬い弦を引き絞る。ここに来る前に訓練や試し撃ちは一通り済ませてあるから、おそらく...
「...ッ!」
放たれた矢は空中に美しい線を描き、見事に目標の頭部に命中させた。頭を射抜かれたゴブリンは絶命し、灰と化して消えた。
「やった...!やりました!」
「すごいじゃないか、ラーマ!」
ようやく、彼女の強みに気づくことができた。こいつには弓矢が向いていたのだ。器用さと集中力、そこに腕力も加われば、長弓や
「や、やっと、倒せまし...たっ」
「お、おいおい、大丈夫か?」
「あはは...腰が抜けちゃったみたいです」
喜びも束の間、緊張の糸が切れたせいか腰から崩れるように座り込んでしまった。
「しゃあねぇ、今日は切り上げるか。」
「わ、わたし、まだやれます!」
「阿呆ゥ、今のお前にはサポーターも任せられんわい。大体お前、しばらく立てそうにないだろ。」
「うっ」
俺の厳しい言葉にギクリと肩を震わせるラーマ。
「大人しく甘えとけ。ほら、帰るぞ。」
へたり込む少女の前に、背を向けて屈む。
「...なんですか、それ」
「おんぶ。言ったろ、甘えろって」
「...ありがとうございます」
顔を
次の日から、ラーマの
開始から2週間も経ってくると、到達階層も1,2層から6,7層にまで進んできた。ここらに来るとキラーアントが弓使いの天敵となってくるが、そこはご安心。筋力+金属矢の合わせ技で貫通力を底上げしている上、あまり自分から離れないように立ち回っているため護衛も完璧。まさに盤石の布陣だ。
「援護射撃、上手くなったな。」
「まだまだです。もっと、殻の隙間とか狙えるようになりたいです」
フンス、と息巻いてこちらを見上げるラーマ。...あぁダメ、超カワイイ!さすがはヘスティア様が「私はこの子のママだったのかもしれない...」と血迷ってたほどの可愛さ!
「じゃ、どんどん行くか!」
「はいっ!」
と意気込むと、早速数体のキラーアントが走ってくる。声をかけ、警戒して構えるが、襲い掛かってきたのは4体の内の1体のみ。盾に叩き落されたもの以外は素通りし、通路の向こうに向かって行く。同時に、男の甲高い断末魔が響く。
「な、なに!?」
「なんだ...?一体何が...」
そこで気付く。
ある!思い当たる節が!
「行くぞ、ラーマ!」
「い、行くんですか!?」
「嫌な予感がする!」
振り返って、ラーマの手を引く。
「大丈夫、ちゃんと守るさ!」
「...信じますからね!」
まぁ、野次馬根性が半分、保険をかけておきたいってのが半分なんだけど。万が一死なれたら嫌だしな!
近づくにつれて、蟻の数も増えてきた。邪魔なものや襲い掛かってくるものは切り払って進む。
地面を見やると逃げ遅れたであろう冒険者の死体も転がっているが、今は気にしている時間も余裕もない。
そして、遂に
「おい、大丈夫か!」
大声と共に突入した二人の目に入ってきたのは、おびただしい量の蟻と倒れ伏した
「ベル!!」
我らが
「ウ、右京!何でここに!?」
「勘だ!」
「えっ!?」
「話は後!」
いつの間にか抱えていたラーマを降ろしつつ、指示を飛ばす。
「ラーマ、援護射撃頼む。この数だ、当てなくていい。とにかく近づけさせるな!」
「は、はいっ」
一気にまくしたてるように指示を出し、それを受けたラーマが倒れたサポーターの前に立ち構えるのを見ると、前へと向き直る。
「崩れるなよ、ベル。なまじ数が多いから、一度崩されれば一気に持っていかれるぞ。」
「うん、分かった!行こう!」
「あ、数少なかったほうが明日の飯オゴりな。」
と言いつつ、目の前の蟻の頭を踏み潰す。
「あ、ちょ、ずるいよ右京!」
ベルも慌ててナイフを薙ぐ。
斧槍とナイフが宙を舞い、蟻共が次々に粉砕されていく中、朦朧とする意識の中で
「な、なんで......なんで、リリを助けるんですか...!」
少女の悲痛な叫びは、恥辱や罪悪感を帯びていた。
「うるっせー知らねぇーーー!!!」
「「「えっ」」」
その返しに、リリルカどころかラーマもベルも、当人を除いて思考が固まる。
当の本人はそんなことは全く気にせず、謎の
「死んだらぁぁぁーーーー!!!」
振りかぶる。
「命がぁぁぁーーーー!!!」
振り下ろす。
「勿体ないだろがぁぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」
蹂躙する。
啞然とするサポーターの前に立った少女は、諦めたような口調で語りかけた。
「あの人は、ああいう人なんです。」
「...えっ」
さらに続ける。
「見ず知らずの女の子を助けてくれたり。役に立てなくても見ててくれて。お父さんになる、なんてことも言われました。」
「お、おと...?」
「とにかく、変な人なんです。」
器用に蟻を撃ち抜きながら、優しい声音で語り続ける。
「ここに来たのも、ただ困っている人を助けたかっただけなんだと思います。」
「...なんですか、それ。そろいもそろって、バカなんじゃないですか...」
「あはは、そうかもです。」
蟻の大軍を一通り一掃して、何かを言い合いながら帰ってくる二人に向かって吐き捨てる。
「でも、いい人たちです。」
「...!」
「おーい、ラーマぁ!僕のほうが多かったよねー!」
「おいおい、俺のほうが多かっただろうが!」
「あれは最初の一匹分だけでしょ!」
「馬ァ鹿、それも含めて勝負だろうがよぉ!」
兄弟のように競い合う二人の姿を見ていると、段々とバカらしくなってきた。
「もう......いいです...」
ようやく、いつの間にか流れてきた涙に気付く。
「......なさい」
涙は止まらない。
「...ごめん、なさい」
泣きじゃくる少女に、ベルが寄り添う。
「ごめんなさいぃぃぃぃぃぃ...」
「うん、うん」
「...行くか」
「...はい」
お邪魔虫は、とっとと退散しましょうかね。