エンターテイナーとしての心
差し込む日差しが快晴を知らせる。良い朝ね。私のことを祝ってくれてる。今日は宝探しの日。旅に出て、各々好きなことをして、自分だけの宝を見つけてくるイベント。私自身が宝物だから、探す必要はないんだけど。
「クワッス。起きてる?」
「チルチル……」
「お腹空いてるの? しょうがないわね」
うちの学校にはそれぞれの部屋にキッチンがある。食堂もあるから無用の長物って人もいるみたいだけど、私は部屋で食べてる。売れるまで節約しないといけないし、栄養管理も大事だもの。
食べ終えて外に出た後は、クラベル校長の演説。さすがに上に立つ者だけあって、適度に内容が纏まったトークが参考になるわね。
「ミラ! 一緒に西門から行こうよー!」
背後から勢い良く肩を掴まれてビックリしたわ。ネモさん……相変わらずげんきのかたまりね。かけらでいいから分けて欲しいわ。
「無理ね。私、ハッコウシティに向かうから」
「そっかぁ。あ! でもハッコウシティってことは……ジムチャレンジってことだよね!」
「そうね」
「じゃあ一緒に頑張っていこうよ!」
「悪いけど全部のジムに挑むわけじゃないの。ハッコウジム以外に挑む予定は無いわ」
「えー!? どうして?」
「私がアイドルを志望してる話はしたわよね」
「うん! 発声トレーニングしてるとこ、偶然見つけちゃったんだよね!」
「
「ご、ごめんね? 調子乗っちゃって……」
「別に良いわ。すぐにでも全国民が知る話なのだから」
「あ! もしかしてデビュー決まったの!?」
「……まだ。同時期にスカウトされた子は決まったんだけど」
「そ、それは残念だね」
あの日のことは忘れない。大事な話があると呼び出され、期待を裏切られた。技術が不足していたとは思えない。挙げ句の果てにエンターテイナーとしての心が足りないと言われた屈辱……。
「良いのよ。選ばれた子との差を考えれば、足りないものは明らかだった……。私はそれを埋めるために、ハッコウジムに挑むのよ」
「そっか……頑張ってね!」
「ネモさんもね。貴女ならチャンピオンランクも夢じゃないわ」
「……! ありがとー! よぉーし、行っくぞー!」
話し終えたら階段をすぐ駆けて行ってしまったわ。私も会いに行くとしましょうか。バルデアで絶大な人気を誇るインフルエンサーさんにね。
東門、南3・東1・東2エリア……脇目も振らずに突っ切ってきたわ。これでも脚には自信がある。日が暮れるより早く、ハッコウシティに辿り着くことができた。さすがパルデア地方有数の大都市……。至る所にネオン広告が巡らされているわね。私もすぐにその一員となってみせる。
「ハッコウジムのジムテストはナンジャモの番組出演です!」
立ち並ぶビルの一角、ハッコウジムへと足を運んだわ。受付に説明を受けたらすぐに外に出たけどね。
「皆の者〜! ドンナモンジャTVの時っ間っだぞ〜!」
始まったわね。外に出た途端スマホロトムに撮られ、同時にその映像に左下に萌え袖の女性が合成された画面が映し出された。
「あなたの目玉をエレキネット! 何者なんじゃ? ナンジャモです! ジムリーダーだよ!」
定型句を口にする彼女の姿をじっと見ていたら、不意に見つめ返された。話を振るということかしら。
「おはこんハロチャオ!」
「おはこんハロチャオ」
「突然のサプライズにも怯まずナンジャモ語返し!? なんというせいしんりょく! お気付きかもだけど、今全世界に配信してマース!」
番組出演がジムテストで外に出れば分かるとなれば、分かりきったことだと思うけど……。言わぬが花かしら。それに最初から目的はこれだもの。
「挑戦者氏ボクに会うためハッコウジムに来てくれてアリガト! 随分早かったね〜。そんなにボクに会いたかった?」
「ええ。私の名前はミラ。アイドルを目指しているの。貴女のように自分の特技を活かしたくて」
「おお〜! 確かにナンジャモほど特技を活かした配信者もいないからね〜。すっっっごくうれしいんだけど、ボクって知っての通り有名人だからとーっても忙しいんだー!」
……羨ましいことね。それほど人に求められているというのは。
「だから将来有名人になりそうな……じゃなくて熱意のある相手としかコラボできないんだよ。ショボーン……」
奇遇ね。世の中に名が知られない限りはどんな宝も持ち腐れ……。そうよ。後は宝箱のカギを開けるだけ。
「……ってなワケで! ボクとバトりたかったら、この番組を盛り上げてネって話!」
「任せて。歌でも踊りでも構わないわ」
「グイグイ来るねー。まいっか! んじゃもー企画変更! ボクのファンと戦って、勝ったらアピールタイムってことで!」
「望むところよ」
「じゃあ早速! かいじゅうマニア、出ていこいやー!」
ついに来た。千載一遇のチャンス……! 目の前のトレーナーを倒せれば、最速で道は開ける!
「ルクシオ! 一緒に盛り上げてくれ!」
私がクワッスを出すと同時に、たてがみのような黒い毛で覆われた四本足のポケモンが繰り出された。ルクシオって言うのね。
「ミラ氏が繰り出したのは水タイプのクワッス! 電気タイプのジムに大胆不敵な選択だぞー!」
……?
「じゃあクワッス。後はお願いね」
「チルッ」
「おおっと! 一直線に『はたく』!?」
「『スパーク』で迎え撃つんだ!」
クワッスが翼を振るうと、ルクシオが電気を纏って突撃してきた。接触して二匹が弾かれて……えっ?
「ありゃりゃ。二倍弱点を食らってクワッス戦闘不能だー! 相性は正義なのかー!?」
クワッスが……倒された? どうして? 相性って……? ……! 画面をチラッと見ると酷くコメントが荒れているのが分かった。
「ドーブルも筆の誤り! そういうこともあるってー。二人ともお疲れ様っ。今回はここまでー。またの挑戦お待ちしてるよ〜!」
眼前に広がっていたはずの道が閉ざされていく。目の前が真っ暗になった……。
少しして、ハッとする。あまりにぐったりしているクワッスが心配で急いでポケモンセンターに連れてきた。
「た、助けてくださいっ!」
「お、落ち着いて。大丈夫よ」
受付の人に宥められながらクワッスのボールを預けた。不思議な装置に嵌め込まれると、少しして返されたボールからクワッスが出てくる。
「も、もう大丈夫なの?」
「チルッ!」
「良かった……」
一転していつものように元気な姿を見せてくれたクワッスの背中に手を回した。分からないことだらけだったけど、分かることもある。私が誤りを犯し、この子が傷付いた……。
「ミラ氏ー!」
「……! ナンジャモ……さん? ……忙しいんじゃ」
「ピクニックに気軽に行けなくなるくらいには忙しいけど、チャレンジャーとお話する時間くらいはあるぞ〜!」
袖を揺らしてナンジャモさんが乱れた息を整えながら近付いてきた。自然と衆目を集めてしまい、頭の上の目玉の装飾が星型になる。落ち着いたところで話を、ということで連れて来られたのは彼女の家だった。
「……今日は色々とごめんなさい」
「仕方ないって〜! 宝探し解禁されて皆の期待値爆上がりしちゃってたからさ。チョイと反動が大きかっただけだよ」
「それも、だけど。こうして気を遣ってくれる貴女を、私は自分の名前を売るために利用しようとしたの」
「分かってるよ〜。それくらい」
「えっ?」
「ボクのチャンネルから売れっ子アイドル生誕したら、鬼バズ間違いなしだし? ウィンウィンの関係ジャン!」
「そう……だったの」
顔が赤くなっていくのを感じる。彼女は私の真意など軽く見抜いていた。そして大人な対応をしてくれていたのだと。今も、尚。
「バトルは残念ながらノープラン過ぎたかナ〜。すなあらし並に荒れるのはダメだけど、あれじゃあ皆の者を楽しませられないよ」
「楽しませる……? それはその後、アイドルとして」
「ん〜。アイドルなら尚更かな? 観られてる時はお客さんに夢を振り撒いてあげようよ」
「夢……」
物心がついた頃、偶然見かけた映像。気付けば見入り、魅入られていた。私も……同じような存在になりたいと思った。
「まあまあ。キミ、新入生でしょ? 今回入学してすぐ宝探しだったもんね。バトル学受けてる時間も無かったよね〜」
「無かったけれど。アイドルに関係の無い授業を選ぶつもりは無かったわ」
「え〜! もったいないなぁ」
「も、もったいない?」
何故? 無駄なことに費やす時間ほどもったいないものも無いでしょうに。
「それにさ〜。ボクのジムに一直線で来たでしょ」
「もちろん」
「テーブルシティからここまでたっくさん寄り道するところあったって〜!」
「寄り道する時間など……」
「無いかなぁ〜」
「わっ」
話していると急に袖越しに手で頬を触られた。こそばゆいわ……。
「そんなに張り詰めてないで表情筋ほぐせば……ホラ! 笑えば可愛いジャン!」
「ホラ、と言われても……」
口角を押し上げられた。そんな私の顔を見て彼女の口角が自然と上げられ、ギザギザの歯を覗かせる。満面の笑みが豆電球のように眩しくて、目を逸らした。
「ん……。編集機材?」
「あー! ボクのプライベート見〜た〜な〜!」
「部屋に上げたのだから、承知の上でしょう」
「まあね〜!」
「それにしてもナンジャモさんって生配信オンリーじゃ……」
「最近はね〜。昔は色々やってたんだ。大食い挑戦とかしたなぁ。ゆっくり食べるのが好きなボクにとっては黒歴史だけど」
「そんなたいあたりな企画を……貴女ほどの有名人が?」
「今はそうだけど、昔はからっきしでさ〜! それこそ再生数稼ぐぞ! って感じだったな〜。あ、今もか。
「よくそんな迷走していて、有名になれたわね」
「ホントだよね〜!」
「……否定しないのね」
「あれは迷走だった! でも今だから言えるんだ〜。迷走でもボクが目一杯楽しんでるのを、皆の者も楽しんでくれたから、今のボクがあるんだって!」
「……! 迷走も……寄り道も無駄ではなかったと?」
「うん! 今じゃボク有名人でしょ? おかげで色々あるんだけど……寄り道したおかげでボク自身が楽しくなかったら、皆の者が満足しないって学べたから!」
「自分自身が楽しむ……」
同じような存在になりたいと、志してから。生半可な気持ちでは達成できないと思った。だから実現するまでは必要な技術を磨くことに集中するべきだと。……エンターテイナーとしての心……。
「……ナンジャモさん。一つ良い?」
「どんとこい〜!」
「先程貴女のように特技を活かしたくて、と言ったけど。本当は誤魔化したの」
「およ?」
「私、愛想が無いから……。貴女のように人を楽しませる存在になりたくて。それでアイドルを目指そうと思ったの」
「なんと! まさかのボクのファン!?」
「道を逸れることにどんな意味があるのか……まだよく分からないけれど。今の私がアイドルになっても、きっと今日の二の舞……。足りないものがそこにあるなら、探してみようと思う」
「おお! 頑張れ少女〜! ……って言うかキミ、まだ中学生でしょ! 絶対あるって! 寄り道する時間!」
頭上から撫でるように袖が乗ったかと思うと、急に髪をぐしゃぐしゃにかき混ぜられた。大人の感情はよく分からない。
「とりあえずナンジャモさんの大食い動画視てみるわ」
「勘弁して〜!?」
こうして私の寄り道が始まった。