「この中には親元を離れ寮で一人暮らしをしている者も多い。ワガハイが授ける知識により諸君らの衣・食・住がより良きものになることを願う」
家庭科の授業が始まった。担当のサワロ先生はとてもガタイの良い男性。初めて見た時はビックリしたけれど、話してみたら物腰の柔らかい先生だったわ。たまには食堂でご褒美のおとなのサンドをと買いに行ったら、こっそりピーナッツバターサンドを購入しているところを見ちゃったのよね。見た目から来るイメージを崩さないように振る舞っているらしい。好みは正反対だけど、パティシエの娘として甘い物好きのイメージを持たれやすい身としては親近感が湧いたのもあって、内緒にしているわ。
「ではミラさんに問おう。食事でパワーを得るためには君は何に気を付けるのだ?」
「栄養ですね。身体が資本ですから。常に気を付けるようにしています」
「……!」
「うむ。健康に気を遣うのは素晴らしいぞ」
……質問に答えたら、ブロンドの長髪の生徒が反応して振り向いたわ。そこまでおかしな返答では無かったと思うのだけど。やがて座学が終わり、調理実習が始まった。
「……手際が良いわね」
「え? わたし?」
「そうじゃないわ。彼、手馴れてるなって」
「んー? あー、二年生の。確か文系クラスのペパー……だったかな。ポケモン博士……オーリム博士の息子さん」
「ポケモン博士……?」
「ポケモン研究の第一人者! テラスタルオーブを開発したすっごい人なの!」
「とんでもないスケールの話ね……」
話しながらではあったけど、特に問題も起きず調理実習は成功に終わった。バトル学以外でもネモさんには教えてもらってばかりだったから、今回は少しお返しできて良かったわ。上手に作れて彼女も嬉しそうだった。こういう時、料理が得意で良かったなと思う。
「おいオマエ。ちょっと良いか?」
「……!」
腹ごなしにポケモン勝負してくる! とネモさんが一瞬で消え去った時だった。いきなり後ろから肩を掴まれ、思わず身を翻しながら振り解いてしまう。
「あ……悪い」
「い、いえ……何か用かしら」
話しかけて来たのは先程の彼……ペパーさんだった。今は申し訳なさそうに謝っているけど、一瞬見えた彼の表情は鬼気迫っていて、心が落ち着かない。
「アンタ……ミラだったな。料理の腕もあるみたいだし、普段栄養を気にしているってのも本当なんだよな」
「そうよ。それが何か……?」
「だったら! ポケモンを元気にする健康料理に使える食材を知らねーか!?」
「……知っていたら教えたいけど、私がポケモンに料理を振る舞うようになったのは、入学してクワッスを託されてから。特にアドバイス出来るようなことは無いわ」
「なっ!? 頼むよ……! なんでもいいんだ!」
「料理じゃなきゃダメなのかしら? ポケモンセンターとか……」
「…………。……普通の怪我や病気じゃねえんだ……」
彼は絞り出すような声でそう告げた。まだ事情は分かりかねるけれど……分かることもある。
「私には分からないわ」
「くそっ……! どこにもないのか……? 諦める訳にはいかないってのに……!」
「最後まで聞いて。貴方、オーリム博士の息子さんなんでしょう?」
「……母ちゃんは関係ねえ」
苦虫をすり潰したように言い放つその表情は以前の自分を見ているようで、いたたまれない気持ちになった。
「本当に? ポケモンって疲れていてもすぐ回復したり、生命力溢れる生き物でしょう。大事に至るケースはそこまで多くないはず……」
「……そうだな」
「なら考えてみて。そんなケースを解決する知識を誰なら持っている可能性があるか……」
「……! ポケモン研究の第一人者……」
もちろん確証がある訳ではないけれど。彼の悩みを解決するには深いポケモンの知識が不可欠。とてもじゃないけど私では役者不足……。知らないなりに考えてみれば、一番可能性のある人物は誰にでも分かる。親と何があったかは知らないけれど……関係ないなんてことは、無いと思う。
「なんで気付かなかったんだ……。行きたくはねえが……アイツのためなら。……なあミラ!」
「何?」
「サンキューな!」
「え……ええ。どういたしまして」
やけに険しい表情で悩んでいたペパーさんだったけど、去り際はびっくりするくらい爽やかだったわ。
後日、直接話を聞いた訳では無いみたいだけど研究室で秘伝スパイスなる食材の本を見つけたらしい。準備を重ねて次の宝探しで全て見つけるんだとか。今の彼は第一印象が何だったのかと思うほど、気さくで世話好きな先輩だ。思うところあってポケモンに必要な栄養を聞いたら、彼なりに調べたことを惜しげもなく教えてくれた。根は悪い人では無いのでしょう。
「自分のポケモンが大事に至ったらか……」
私はポケモンウォッシュをしながら初めてポケモンセンターを利用した時のことを思い出していた。心臓が凍り付くようなあの感覚……二度と味わいたくはない。もし彼と同じような立場になったら。……悲しいし、何をどうすれば良いのか分からない……。考えることすら嫌になる……。
「チル……」
「ぱうあ……」
「……! ごめんね。何でもないのよ」
そんなことを考えていたらクワッスもウパーも悲しい顔をしていた。見ている人の心が共鳴するのは楽しさだけじゃないんだな……と感じながら、私は精一杯口角を上げる。気付けばその日はいつもより沢山声をかけて、念入りに身体を洗っていた。