「おや。ミラさん。お一人ですか?」
「あ……いえ。ネモさんを待っていて」
まだ時間が掛かりそうだったので言語学で習ったことを思い出しながら二匹とコミュニケーションを取っていたら、クラベル校長が話し掛けてきた。相手もいないバトルコートにいる私が不思議だったのかしら。
「最近お二人はよくバトルをしていて、仲良しさんですね」
「み、見てたんですか?」
「何回か見させていただきました。そういった噂が流れてきたもので。校長という立場だと色々な生徒の話が流れてくるんですよ」
「ふふっ。確かにネモさんは今話題に事欠かないものね」
「そうですね。ですがミラさんの話も耳にしますよ」
「私の……ですか?」
「最近先生方によく質問をなさっているようで」
「ええ。質問というか、相談というか。一日でも早く夢に近付きたくて。……レホール先生には人が古くなる早さは不変だと言われてしまいましたが」
「彼女らしいですね」
「ですね」
思い出して思わず吹いてしまった。焦らず自分の辿った道を踏み固めながら進めろ……と伝えたかったのだと理解するのに時間が掛かってしまったけど。再び会いに行ったらしみじみと「また貴様は古くなったな」だなんて言うんだもの。面白い先生。
「最初に担当のジニア先生に相談した時はまだ少し気後れしていたんです。けど素晴らしいことだから胸を張って良いって背中を押してくれて」
「おっしゃる通りですね。先生としても生徒の夢の手伝いができるのは冥利に尽きます」
「本当に……みんな優しくて。入学した時はどうしていきなり課外授業からなんだろうと思ったんです。でもおかげでやりたいことが見つかって、それを今こうして受けて止めてくれて。私、ここの生徒で良かった……」
「……!」
「ふふっ。そんなに驚かなくても。ここの先生だったら、みんな口を揃えて言ってるんじゃないかしら?」
「……ええ、そうですね。いつか全員にそう言ってもらえる日が来るように頑張ります」
「おーいミラー! お待たせー!」
「あら。来たみたいです」
「そういえばネモさん……最近はあまり勝負の相手が見つからず、困っているようなのです」
「みたいですね。本人も嘆いてました」
「もしやそれが理由で……?」
「ふふっ。あんまり関係ないですよ。私が強くなるには、強い人から学ぶのが一番かなって」
「そうでしたか。安心しました。これからも何かあったら遠慮なくお話ししてくださいね」
「はいっ」
クラベル校長と入れ替わるようにしてネモさんが飛びついてきた。よほど戦いたかったらしい。
ネモさんは今回選出するメンバーをがらりと変えてくれた。数学の時の話で思い至ったらしい。色々な相手と戦えるのは楽しいし、ネモさんとしても実際に戦わせてみることで相対した時に行動パターンが掴みやすくなるんだとか。
私も今回は流されるまま挑むのではなく、狙いを持って戦ってみた。ネモさんはどうして切り返しの指示が速いのか……彼女自身を注意して観察するようにしてみたの。そして、それ自体が答えなのだと気付いたわ。これまで自分と相手のポケモンの動きを追うことばかりに集中していたけど、ネモさんは私の動きまでも見ていたのだと。基本的にポケモンを見るために視線は下に向けざるを得ない……。トレーナーの動きを意識するのは簡単じゃなかった。先鋒のクワッスを倒されてしまったわ。
それでもネモさんの動きを意識しながら動いていると不意に目が合った。浮かべられた快活な笑みが彼女の嬉しさを真っ直ぐ伝えてくる。釣られて私の口角も上がったのが分かった。
「キャン!」
食らいついてもう一匹のポケモン……パピモッチを引きずり出すことに成功したわ。勝負はここからよ! ……フェアリータイプね。なら毒技で弱点を突きたいところだけど……簡単にはやらせてくれないでしょう。ウパーも一撃は耐えられそうだけど、そこまで余力はないわ。ここは焦らずいきましょう。
私が距離を取らせると、ネモさんはパピモッチに一瞬視線をやってから追わせた。『どく』の状態異常を負っているからね。けどそのまま速攻を仕掛けずに、ジリジリと詰めてくる。毒技の反撃を警戒されているようね。珍しい静寂がコートをしばらく包むと、対照的なひりつくような緊張感が肌を支配していく。あまり接近されては迫る勢いそのままに押し切られてしまう。ネモさんも警戒しつつ仕掛けるタイミングを窺い始めたわ。私は先んじて間合いを一気に詰めさせた。
「『たたきつけ』て『ポイズンテール』よ!」
「……! 『じゃれつく』で迎撃っ!」
張り詰めた空気は穴の空いた風船のように弾け飛んだ。それぞれの指示とポケモンの鳴き声がコート上で交錯したかと思うと、振り下ろされた頭と突き出された手が衝突した音が響いた。技同士のぶつかり合いはパピモッチに軍配が上がる。同タイプ……タイプ一致が正確らしい。その有無が顕れた。だから叩き付けられても、追撃は食らわないと思っていたのかしらね。
「あっ!? 『どくびし』……!?」
パピモッチは撒菱に叩き付けられたせいで立ち上がるのに時間を要した。だから立て直してから放たれた『ポイズンテール』が綺麗に炸裂して……倒せた!
「そっかあ……! 『どく』の時間稼ぎじゃなくてこっちだったかあ……!」
「ようやく……ようやく勝てたわ」
勝負が終わると安堵の吐息が漏れ出た。随分集中できていたみたい。沢山付き合ってくれてるから、数をこなすうちに集中力がついてきたのかもね。
「負けちゃったよー! いいねいいね! どんどん実っていく!」
最近気付いたのだけど、どうもこの実るというのは私に向けて言ってくれてるわよね。なんだかネモさんのポケモンとして育てられているみたいだわ。
「おかげで自信がついてきたわ。そろそろテラスタルの専用授業を受講しようと思うの」
「そっか! わたしが推薦することも出来るんだけど……いる?」
「……い、いらないわ」
「ちょっと迷ったねー」
「我ながら情け無いわ」
「テラスタルできるようになったらさ! わたしも使ってもいいよね!?」
「ええ。もちろんよ」
「やったー! 次はどうしようかな〜!」
「あら? 今日はもういいの?」
「えっ! もう一回
「ちゃんと回復させてからね」
「あっ、そっか! 嬉しくてつい……! ご、ごめんね?」
「……私、ネモさんに謝られるの辛いわ」
「えっ!? ご、ごめ……あっ!」
普段はあんなに堂々しているのにこういう時のネモさんはとてもオドオドしていて、見られたものじゃないわ。
「ネモさんのこと友達と思っているのよ」
「そ、それはわたしもだよ!」
「なら信じて欲しいわ。これからも挑み続けるって。勝ったり負けたりを繰り返して……貴女にも実りがあるバトルができるようになりたいの」
「うんっ……! ありがとう!」
どこか向き合った時のお母さんに似ていると感じていたから、本当は貴女に本気を出させてみせるって……言いたかったんだけど。こうして初めて勝つまで数え切れないくらい負け越してしまったわ。それほど戦ったから、肌で感じてしまったの。本気の彼女は今が比にもならないくらい強くて、それこそパルデア中を探しても誰も敵わないんじゃないかって……。強くなることが好きで追求している人じゃないと、本気を出させることはできないんだろうなって……。悔しいけど、それがネモさんが一生懸命に取り組んだ結果なのでしょう。それでも彼女は本当に楽しそうに戦う。だからせめて私は、私らしく追求して。彼女の笑顔を見たいなと思ったの。