「沁みないかしら?」
「ぱうあ〜」
キズぐすりでウパーの体力を回復させる。言葉にすれば簡単そうなのに、ダメージを負った部分に薬を噴射する必要があるから意外と大変だったわ。
「後は身体を洗いましょうか。クワッスもウパーも汚れちゃったもの」
「お〜! ポケモンウォッシュだ! ボク達もしよっか。みんないつもお疲れサマー!」
私達は泡立てたスポンジでポケモンの汚れを落としていく。するとナンジャモさんは一匹一匹労いながら洗っていた。……そうね。いつも指示に応えてもらってるものね。
「いつもありがとうね。クワッス」
「チルルッ」
泥まみれの身体を洗っていると、それとは別に蓄積された汚れがあることに気付いたわ。あれだけバトルを繰り返していれば汚れも溜まるわよね……。今後も定期的に洗ってあげないと。
「うぱぱ」
「貴方はまだ、労うには捕まえたばかりすぎるような……」
「ぱうあ〜」
「もう……甘えん坊ね」
濡れたせいで汚れがついてしまったウパーを洗っていると上目遣いで見つめられてしまう。撫でるようにして沢山洗ってあげると、嬉しそうにしてくれたわ。最後に川の水をすくって流してあげる。クワッスも水を整髪剤のようにして髪をセットしていったわ。……セットしていないとあんなにボサボサになるのね。
洗い終えた私達はポケモンをボールに戻して、野原に寝転んだ。そよ風が頬を撫でていくのが心地良い。
「やー、楽しかった! 良いバトりも見れたしね〜!」
「ナンジャモさんが付き合ってくれたからよ」
「やだな〜。付き合ってもらったのはボクの方だよ?」
「そういうことにしておくわ。……最後に見せられてよかった」
「最後なんて言わないでよ〜。また会える日が来るって!」
「……そうね」
ジムが休みになったのは半分はネモさんのおかげかもしれないけど、もう半分は私のせいなのだろう。昨日ネモさんが訪れて、私もそろそろ自分の足で動き出そうと思った。当たり前になった日常が心地良すぎて、引かれた手に導かれるままだった。もう十分過ぎるほど道標を示してもらったというのに。
「ねえ。ミラって初めて来た時、すっっっごい急いでたよね」
「そう?」
「でんこうせっかの勢いだったよ!?」
「言われてみれば、思い当たる節はあるわ」
「全面的にヒットだよ! それってどうしてか聞いても良い?」
「……貴女になら。約束したの。もしアカデミーを卒業するまでに夢を叶えられなかったら、家業を継ぐと」
「アガデミーって最短だったら四年で卒業だよね……。確かに焦る気持ちも分かるかも」
「焦っていたのかしら……。私、今でも気持ちに整理がついてないの」
「えっ。そうなの?」
「ええ……。特にデビューを延ばされてから。自分に何が足りないのか……本当に足りなかったのか……ただ運が悪かったのか……それならどうすればいいのか。色んなことが分からなくなって」
ほっぺをすり寄せてくるウパーを抱き寄せながら、私は思わず本音を漏らしてしまった。
「好きなことで夢を叶えるなどおとぎ話で、好きじゃないことを受け入れるのが現実だと……突き付けられてしまえば、楽になるのかなって……!」
「……そっか。期限だけじゃなく、色々追い詰められてたんだね」
ようやく気持ちの整理がつかない理由が分かった。過剰な自信を纏って、そんな本音からずっと目を逸らしてきたから。怖かったんだ。向き合うことが。
ナンジャモさんはそれから何も言わずに手を握って、落ち着くのを待ってくれた。
「……恥ずかしいところを見せたわ」
「んーん。良いんだよ。他に話したいことは無い?」
「……どこか家業を継ぐことから目を逸らしていたのかもしれないわ。アイドルを目指した理由は知っての通りだけど、純粋ではなかったのかもね……。……ナンジャモさん。失礼を承知で聞かせて」
「お姉さんになんでも言ってごらん〜」
「ジムリーダーというのは、ポケモンリーグに手加減するように言われるものなの?」
「……! その話かあ。んー……そうだよ。言われてる! 全員じゃないけどね」
ナンジャモさんは顎に手を当てて考え込んだものの、理由も聞き返さずにあっさりと答えてくれた。
「チャレンジャーの大半はアガデミーの学生さんなんだ。それでジムリーダーはさ、選び抜かれた精鋭……って自分で言うの恥ずかし〜!」
「今更じゃないかしら」
「強いって罪だな〜! それでボク達が本気出すと、ほとんどの者が負けちゃうのだよ。少なくとも最初のうちはね」
「それは分かるけれど……」
「バッジ八個集めようとしてるところに一個も取れないまま連敗が重なるとね〜。心が折れちゃうんだ」
「心が……。……そうかもしれないわね」
「だからテーブルシティ近辺のジムは手加減するように〜って指導が入るようになったの。おかげで最近はジムバ四個までは行く子多いみたいだね〜」
「残りのジムはどうなのかしら?」
「現実を教える係だね〜。グルーシャくんが分かりやすいかな。自分の戦い方が出来てきた頃合いだから、チャンピオンランク目指すなら乗り越えてみろ〜! ってね」
「八つのジムが二種類に分かれているのね……」
「そーいうこと!」
「ナンジャモさんはその仕組みに不満はないの?」
「ボクは無いな〜。逆だと今みたいに出来ないし。それにあっちはリーグの視察が厳しいんだよね。下手したらジムリ降ろされちゃうからさ」
「ナンジャモさんほどの実力でも……?」
「ジムリとして相応しいくらい強い自負はあるんだよ? でも前にも言ったけど、ボクって楽しさを追求してるからさ。強さに迫られてピリピリするのはノーサンキューなんだ〜」
「立場によって……変わるものなのね」
「だね。それに手加減って言っても、勝たせるつもりでやる訳じゃないんだよ」
「……知ってるわ。何度も味わわされたもの」
「勝てないもんでしょ〜。だって限られた条件の中で、勝ちをちゃんと目指してるから。手を抜いてるのとはまた違うの。それって似ているけど、全然違くて、すっっっごい大事なことだと思うんだ」
「あ……」
私は今まで勝ち負けが全てだと思って生きてきた。そして偶然、ジムリーダーの事情を聞いてしまった。それ故にポケモンバトルへの興味を失ってしまった。手を抜かれて得る勝利に、なんの意味があるのだろうと。だから、ここへ来てから今現在に至るまで……ナンジャモさんから教わったことは、私の中に存在していた当たり前を壊していった。
「どーかな〜? スッキリした?」
「ええ……とても」
「良かった!」
そう言うと彼女は勢いよく立ち上がって伸びをした。そして降ろされた手を掴んで、私は身体を起こした。するともう一方の手でも握られ、思わず彼女の顔を見つめる。
「ボクって目を疑うほどカワイイけど、こうしてちゃんと触れられる! おとぎ話の住人じゃないんだぞ〜!」
「ナンジャモ……さん。……ありがとう。私、夢を叶えてみせる。そのために夢の
別れ際に掛けてくれた言葉は、あまりにも優しくて。けれど彼女の脳内フォルダに弱々しい姿を焼き付けたくなかったから、精一杯口角を上げた。果たして今の私は、上手く笑えたのだろうか。