「そもそも美術とは! この中のほとんどが卒業後その知識を忘れてしまう授業でしょう!」
「……!?」
美術担当のハッサク先生が開口一番に爆弾を投下してきた。芸術家というのは爆発が好きなのだろうか。その後話を聞くと試験や就職等で用いられないという現実的な理由から基づくものだった。しかし無駄ではないと思いたいらしい。
「あなたたち考えてみて下さい。『美しい』、『美しくない』。その違いは何だと思いますか?」
考えたことないわね。そうね……。考えてみましょうか。
「……見る者の心と共鳴するか否か、かしら」
「ほう……。共鳴、ですか」
「恐らくここにいるほとんどの人が美の概念について考えたことはないわ。きっとそれは理屈で理解するのではなく、心が判断しているから……と考えたのだけど」
「いえ、良いのですよ。正解はありません。考えてもらうことが重要なのです」
考えることで周りの事柄をより鮮明に、より深く感じられるとのこと。確かに当たり前のように思えたことも、今では違う捉え方になっている。空と海の色の違いなど考える機会はあまりないけど、そうしたものを日頃から考えることで、物事を自分なりに捉えようとする……? 美術の授業というから絵を描いたりとか、粘土細工のようなことを想像していたのだけど。想定外に考えさせられる授業だったわ。
「ハッサク先生」
「おや、ミラくん。先程小生の質問に答えていただき感謝ですよ。とても興味深い答えでした」
「いえ、そんな。この前コルサさんと作品を見た時にそうだったな、と思い出したんです」
「おお……コルさんですか」
「お知り合いなんですか……?」
「何を隠そう親友なのです」
「そうなんですね……かなり意外です」
「もしかして何か迷惑をかけたのですか?」
「大丈夫ですよ。バトルを申し込まれたんです」
「申し込まれた……? ははっ。相変わらずのようですね」
「正直最初は戸惑いました。けどあのバトルは貴重な経験だったなと今は思ってます。あれがあったから、ジムリーダーとして何を目指すかは自由なんだと思えたので」
「ふむ……? ミラくんはジムリーダーに特別な思い入れがあるのですね」
「ええ。お母さ……カエデがジムリーダーをやっていて」
「なんと! 存じ上げませんでした。そうでしたか……」
「母と私は関係ないなんて思っていたんです。でもそんな訳ないですよね。どれだけ親に影響を受けて育ったのか、考えてみれば分かることでした。色々ありましたが……今ではそれも含めて、私はジムリーダーとして……。……」
……恥ずかしさで誤魔化しちゃダメだ。私が抱いた夢なんだから。誰よりも誇らなきゃ。
「……同時にアイドルとして! デビューできるよう、やれることをやろうと思えたんです」
「……! ジムリーダーと兼業で音楽の道を……ですか」
「今の私では夢のまた夢とは思うけれど……。それでも目指したいんです」
「……コルさんがミラくんに勝負を持ち掛けた理由も分かる気がします。あなたが見る夢は胡蝶の夢ではないからでしょう」
「……? ええと、どういう意味でしょうか?」
「現実と夢の区別をつけながらも、夢を叶えようとしている。……人生というのは時に儚いものです。それは誰しもができることではありません」
「……ありがとうございます。でもそれは私が……というよりは。私の周りにいた大人が、迷わないように道標を示してくれたんです」
「……そうだったのですか。……。大人になると辛い現実を知る機会も増えます。それでも夢を目指す心を失いたくはありませんからね。大人が子供に道を示すのに対し、子供は大人に道を進むエネルギーを分けてくれます。そのことを覚えておいてくださいですよ」
「……! そうなんですね……覚えておきます」
あの時は夢の在処を探そうと必死だった……。コルサさんはそんな探究心を感じ取ってくれたのかしら。そうだとしたら、嬉しいな。
「ああ、それと。ジムリーダーになるための条件は知っておりますか?」
「母から話を聞きました。ジムリーダーには一定の強さが求められる……その強さの基準こそが、チャンピオンランクだと」
「ええ、その通りです。チャンピオンランクを目指すなら、いずれ小生とも戦うことになります」
「えっ!? もしかして……チャンピオンテストで、ですか?」
「はい。これでも小生、四天王も受け持っておりますので。負けて後悔なきよう、今のうち励むと良いでしょう」
「四天王……。わ、分かりました」
「あまり緊張なさらずに。四天王として立ち塞がるのも現実ですが、教師として生徒の助けになりたいのもまた現実ですから。今後も是非話しかけてくださいですよ。それでは」
こうしてハッサク先生は次の授業の準備へと行ってしまった。……まさかこんな身近に四天王がいるとはね。挑むことを考えると足が竦む思いだけど、そんな人にこれからも教えてもらえるのは幸運だなとも思った。
今日の授業が終わって、自分の部屋に戻って来た。私は机にレポートを出す。以前ナンジャモさんのところで使っていたものだ。今日の授業分と照らし合わせながら、折角なので久しぶりにナンジャモさんの生配信を開いた。
「おはこんハロチャオー! 宝探しは終わっちゃったけど、ボクの配信は終わらないよ! だからこれからもどんどんバズらせ……おおっと」
彼女の声を聞きながら、私は以前分からなかったことを考えていた。出会った日に、自分自身が楽しくなかったら見ている人も満足しないと教えてくれた……。
「見ている人の心がナンジャモさんと共鳴しているのかな……」
言葉が漏れ出すと同時にエンターテイナーとしての心が足りないと言われたことも過ぎっていた。……ふふっ。正論も良いところじゃない。考えることもしなかったのね……。ここでは沢山の知らないことを学べる。そして知るだけじゃなく、考えようと私は思った。
「——夢を振り撒くインフルエンサー! ナンジャモでしたー! まったね〜!」
復習が終わりベッドに寝転がるとナンジャモさんの配信もちょうど終わるところだった。大人になっても、誰かに道を進むエネルギーを分けられるようになりたいな……なんて考えながら私は眠りに落ちたのだった。