モブトレーナーのボクが伝説ポケモン使うのはやっぱりマズイですか? 作:そりだす
――かつて、ある地方に史上最年少でチャンピオンとなった少年がいた。
突如現れたその少年は各地にあるジムを次々と破り、その勢いのままポケモンリーグへと殴り込んだ。
彼の進撃を止めるべく、四天王と呼ばれる凄腕のポケモントレーナー達が立ち塞がったが、皆為す術なく倒されていった。
最後の砦として、リーグチャンピオンが彼と相対したが、その実力差にまるで歯が立たず、ポケモン一体によりチャンピオンのポケモン六体全て倒されることとなる。
……その圧倒的な強さと凄まじい力を持つポケモンを従える姿を見た者は、皆一様に言葉を失い、その後感嘆の声を漏らした。
その後、彼はリーグチャンピオンとして君臨することとなる。
しかし、彼の強さは留まることを知らず、チャンピオン奪還のため挑戦する者達を容赦なく叩き潰した。
そして、その時に打ち立てた連続無敗記録は未だに破られていない。
だが、それだけではない。
公にはされていないが、世界は滅亡の危機を迎えていた。
その時、彼は世界の危機へと一人立ち向かい、世界の終焉すら救ってみせたのだ。
本来であれば世界の歴史に名を残し、永遠に語り継がれるほどの偉大な功績であったが、彼はそれを拒んだ。
そして、世界を救ったその直後、その少年は突然チャンピオンを含む全ての肩書きを捨て去り、表舞台から姿を消した――。
◆◆◆◆
『たくさんの自然、豊かな土地が広がるパルデア地方、ここにはポケットモンスター……ちぢめてポケモンと呼ばれる不思議な生き物が数多く暮らしています』
『ポケモンたちは海や空、町の中などいたるところに住んでいて、私たち人間は彼らと助け合い生活しています』
『グレープアカデミーではそんなポケモンのことをもっと深く知るために、色んな地方から人が集まり、皆で学びあったり、ポケモントレーナーとしてポケモンを戦わせともに成長したり、さまざまな授業内容で生徒の可能性を引き出します』
『ここは仲間とポケモンと新しい自分に出会える場所……グレープアカデミーへの入学を心よりお待ちしています――』
「――グレープアカデミーか……」
家財道具と共にトラックの荷台で揺られている少年は、これから通うことになるアカデミーのパンフレットを眺めながら、新天地での学園生活に思いを馳せる。
学校の雰囲気はどうなのか、友達は出来るか、勉強についていけるか……転校生特有の様々な不安が、少年の頭の中をグルグルと巡る。
少年は引越しは初めてではなかったが、自分がこれから世界的に有名な名門校であるグレープアカデミーに通うことに、少なからず緊張しているのだ。
ただ、少年は前にいた地方では勉学だけでなく、様々な場所を旅をしていた。
その旅の中で文字通り、言葉では言い表せないほど非常にたくさんの、そして深い経験をしてきた。
それに比べれば小さな問題なのだが、やはり自分の気持ちに嘘はつけない。
「そろそろ到着する頃かな……?」
手首に着けた腕時計にちらりと視線を落とし、現在時刻を確認する。
「それじゃあ、早く準備を終わらせないと」
少年はトラックの荷台に積まれている『ゴーリキー引越社』と印字されたダンボールを引っ張り出し、自分の荷物の整理を終わらせる。
その荷物には、これまでの旅の中で出会い、共に戦ってきたポケモン達のモンスターボールが含まれている。
「みんな……もしかしたら、また助けてもらわなきゃいけない時が来るかもしれない。出来る限り、ボク一人で頑張ってみるけど、万が一の時は力を貸してね……」
一つひとつのモンスターボールを丁寧に掴んで、数秒ほど眺めた後に大切そうにカバンへと入れていく。
準備が終わってしばらくすると、トラックはキキッというブレーキ音を響かせた後、ゆっくりと停車した。
「……よし、ここから新しい生活が始まるんだ。平穏な学園生活を送れるように、気合を入れて頑張ろう」
少年はむんと軽くガッツポーズを決めた後、荷台のリヤドアを開け、外へと飛び出した!
◆◆◆◆
「――ベリル、荷物はちゃんと持った?忘れ物はない?」
「うん、大丈夫」
ベリルと呼ばれた少年は、ごそごそとカバンの中身を確認しながら言った。
「制服も似合ってるわ。……まあ、これまでの旅に比べれば心配はないんだけど……。あっ、ほら、ちょうどテレビでアカデミーの特集してるわよ」
母が指差したテレビからは、軽快な音楽とともに見た事のある建物の映像が流れている。
「みなさん、こんにちは〜!やってまいりました、『あの町どの道』のコーナー!今日は学園都市『テーブルシティ』と『グレープアカデミー』について取り上げていきたいと思います〜!――」
テレビにはこれからベリルが通うことになるアカデミーと、その町の様子が写し出されていた。
それに加え、アカデミー内の設備や授業風景まで流れ、生徒のイキイキと、そして楽しそうな様子が、ベリルの胸を高鳴らせる。
今から自分がこの場所で学ぶことが出来るのかと考えると、ワクワクが止まらない。
そんなことを考えながらテレビを見つめていると、母が軽く微笑んだ。
「……ふふっ、なんだかあなたが旅に出た日の事を思い出しちゃった。あの時も、今みたいに目をキラキラさせてた」
「そ、そう?」
母から思わぬ話を聞き、ベリルは照れた様子で頭を掻く。
「……身体には気をつけてね。たまには帰ってきて、元気な顔を見せなさいね」
母の目には子供が成長した嬉しさや寂しさが入り混じったような、そんな優しさに溢れていた。
「大丈夫だよ、もう旅に出るわけじゃないし。大変な目に遭うことだって、今後はないだろうから」
そんな母の心配がやけに照れくさくて、ベリルは少し強がった様子を見せた。
「……それじゃあ、そろそろ出発するね!」
そういって玄関から外と向かい、前の地方から持ってきた折りたたみ自転車をカバンから取り出した。
その自転車に跨り、母に一言挨拶をする。
「行ってきます!」
「気をつけてね!」
そうして、ベリルはペダルを踏みしめてゆっくりと自転車を漕ぎ始めた。
……そうして、出発してからしばらくして。
ベリルと同じ制服を身に着けた学生達と何度かすれ違った。その度にベリルは彼らの姿を思わず目で追ってしまう。
同じアカデミーの生徒というのもあるが、それ以外にベリルにとってものすごく気になる点があったからだ。
「みんな……なんだか得体の知れない自転車型のポケモンに乗ってる……」
思わぬ形で文化の違いを実感した瞬間だった。