モブトレーナーのボクが伝説ポケモン使うのはやっぱりマズイですか? 作:そりだす
カラフシティへと辿り着いたベリルは、街の中を物思いにふけながらゆっくりとした足取りで歩く。今、歩いている通りには他の人影は見えない。
この街は人々の居住地域や店舗が川から引いた水路を挟んで、ロースト砂漠に隣接しているという、他の街とは一風変わった雰囲気を持つ。
街の中を流れる水は非常に澄んでおり、そのせせらぐ音と美しい景色に癒されるとパルデア地方でも有数の観光名所である。
ただ、砂漠が隣接している関係から、砂嵐が発生するとカラフシティにもその被害が及んでしまう点がやや評価を下げてしまっている部分はある。
だが、『砂漠の中にある水の街』という他の都市や地方には無い特徴が評価されているのもまた事実だった。
――しかし、今のベリルはそんな街の風景を眺める余裕はなかった。
今、彼の頭の中はスター団のことで埋め尽くされていた。
……最後に考えた『他の地方の組織が絡んでいる』という可能性はあくまでも、今把握している点と点を繋ぎ合わせて想像できうる想定の中で最悪の場合だ。
本当にその通りになる可能性は低いのかもしれない。ベリルとしても想定こそすれ、本当にそのようなことが起こっては欲しくない。だが……。
その瞬間、ベリルの脳裏に過去の体験がフラッシュバックする。
次々と脳裏に浮かぶ目を背けたくなる過去の光景に、思わずぎゅっと目を瞑るがどうしても瞼の裏から消えてくれない。
呼吸は次第に荒くなり、冷や汗が全身から吹き出し、身体も震え始める。
もはや過呼吸寸前のベリルであったが、突如後ろから飛び込んできた呼びかけによって、そのフラッシュバックは遮られた。
「ベリルー!」
「……ハルト」
その顔に笑顔を浮かべながら手を振って駆け寄ってくるハルトに、悟られまいと微笑みながら小さく手を振り返すベリル。
しかし、ハルトは敏感にも普段との違和感を感じ取った。
「……どうしたの?すごく顔色悪いけど大丈夫?元気もないみたいだし……何かあったの?」
非常に心配そうな表情を浮かべ、ベリルの様子を伺うハルト。それに対し、ベリルは心配をかけないようにするため適当な嘘をつく。
「う、うん……実はランニングシューズを履いて走ったら楽しくなっちゃって……それでちょっと走りすぎちゃったみたい……少し休めば大丈夫だよ、心配させちゃってごめんね」
「いやいや!全然気にしなくていいよ!……それじゃあ、とりあえずそこのベンチで休もうか」
ハルトが指差した先にあるベンチにしばらくの間腰掛けて、乱れた呼吸を落ち着かせる。
「ふぅ……だいぶ落ち着いたよ」
「それはよかった!はいこれ、おいしいみず。水分もしっかり摂らないとね」
ハルトはカバンの中をゴソゴソと探り、中から一本のボトルを取り出した。
「あ、ありがとう……」
ベリルはハルトからおいしいみずのボトルを受け取り、喉を鳴らしながら飲む。
購入したばかりなのか、水は程よく冷えており喉を通り抜ける清涼感と共に気持ちも落ち着いてくる。
ハルトはその横顔を見ながら、ベリルに尋ねる。
「……それでさ、飲みながら聞いてほしいんだけど。ベリルは『ルベウス』っていう名前の人を知ってる?ボクらと同じアカデミーの生徒らしいんだけど」
思ってもみない質問に動揺し、思わず飲んでいたおいしいみずが気管に入りそうになり、ベリルは盛大にむせってしまった。
大丈夫?とハルトに背中をさすられながら、ベリルは苦しげに答える。
「……僕は、ちょっと知らないな」
「そっか……。その子は『白い髪』が特徴だから、もしも宝探しの途中で白い髪の子や『ルベウス』って名前の子を見つけたらボクに教えてくれると嬉しいな!」
白い髪と言われて、ベリルは一瞬困惑した。
というのも、ベリルの髪色は黒であり、例え遠くから見たとしても白髪に間違えるとは考えにくい。
だが、あの時の自分の格好を思い出したベリルは、ハルトの間違いの原因にすぐにピンと来た。
恐らく、ハルトはあの白い帽子を白い髪と間違えているのだ、と。
実際、過去にも帽子を髪と間違われたことがあった。
かつて幼馴染だった少女と久々に再会した時も、髪を白く脱色しているのか!?と非常に驚かれた記憶がある。
……本来であれば懐かしさを感じる幸せな記憶だが、その記憶と先ほどのフラッシュバックがどうしても切り離せない。
ふたつの映像が重なっていく毎に、それに連動して再び呼吸の間隔が短くなってくる。
様子がおかしいベリルに対して、ハルトから心配そうな声がかかる。
「……ベリル、本当に大丈夫?無理はしないでね」
「う、うん。大丈夫だよ、ありがとう……。ところで、ハルトが探してるそのルベウスって子……何かしたの?」
「……実はね」
若干の躊躇いの後、ハルトはスター団あく組で起きたことを語ってくれた。
ルベウスと名乗った少年が、ポケモンを使ってスター団の団員に攻撃したのだと。
ひと通りの説明を終えると、ハルトは何かを考えているのか腕を組み、黙り込んでしまった
「…………」
ベリルは沈黙するしかなかった。
人に対してポケモンで攻撃するなんて酷い奴だ、もし、怪我人や死者が出てしまったらどうするつもりだ……そう言われても仕方がない。
褒められるようなことではないのは、ベリルが一番分かっていた。だから、何を言われても受け止める覚悟はできていた。
「――けどね、僕も色々考えたんだ」
ハルトが話し始める。
「きっとルベウスくんには、そうせざるを得ない事情があったんだよ。だから、僕はあの子に会って話を聞きたいんだ。もし困ってることがあるのなら力になりたいと思ってる」
思わずベリルは目を見開いて、ハルトの顔を見つめる。その横顔はどこか悲しげだった。
「……けどね、もしあの子にまた会えて、僕が協力することになったとしても、今のボク達ではほとんど力になれないと思う。……実際に彼とポケモンを目の前にして、圧倒的な実力差が伝わってきたんだ」
そう言いながら、ハルトはモンスターボールを優しく撫でる。
「そのために、もっとぬしポケモンと戦ったり、ジムでポケモンと自分を鍛えなくちゃ!」
ハルトは気合いが入った様子で、ベンチから勢いよく立ち上がる。
ベリルはその姿をベンチに腰掛けたまま力なく見上げる。
「……そうだね」
「そうだ、実は今ジムに行ったら『マリナードタウンに向かったジムリーダーに財布を届けてほしい』って、おつかい頼まれちゃって……もしよければベリルも一緒に行かない?」
ハルトはきっと心配して誘ってくれたのだろう。
だが、ベリルはゆっくりと首を横に振った。
「……ごめん、ちょっとやる事があって……。また今度、一緒に行こう」
「そっか!じゃあまた今度だね!……よし、それじゃあ僕はそろそろマリナードタウンに行こうかな!」
カバンを背負い直し、すぐにでも出発しそうなハルトに、ベリルは気になっていたことを尋ねる。
「……ところで、砂漠を抜けるなら『ゴーゴーゴーグル』は持ってる?」
「え?」
「ほら、ゴーグルだよ。砂漠に入るなら必要じゃない?だって今、すごい砂嵐だよ?」
砂漠の方向を指差すと、その先では砂が激しく舞い上がり前方もよく見えないような状況だった。
しかし、ハルトはなんともないという表情でベリルに笑いかける。
「ああ、このくらいなら全然大丈夫!心配してくれてありがとう!……逆にこういう天気の方が、珍しくて強いポケモンがいるかも!……こうしちゃいられない!」
「ちょっと待って、ボクのゴーグル貸すから――」
ベリルがカバンからゴーグルを取り出した時には、もう既に砂嵐の中をライドポケモンに跨り、ズンガズンガと突き進んでいた。
そんなアカデミーの某会長を彷彿とさせる猪突猛進なハルトに、思わず絶句するベリル。
その後ろ姿は砂嵐によって、あっという間に見えなくなってしまった。
ハルトを見送ったベリルは苦笑を浮かべながらポツリと呟いた。
「……たくましすぎない?」