モブトレーナーのボクが伝説ポケモン使うのはやっぱりマズイですか? 作:そりだす
土震のヌシであるテツノワダチとの戦いから数日が経過した。
様々なテレビやインターネットでは『超大型ポケモン』と『世界を滅ぼすほどの豪雨』の話題が連日のように取り上げられ、その勢いは収まるどころか日に日に増しているように感じる。
しかし、その正体についてはいまだ明らかになっておらず、取り上げられている話はどれも信憑性に欠けており憶測の域を出ていない。
――世間がそのふたつの話題に夢中になっている時、ベリルは宝探しの旅を一旦中断してテーブルシティのアカデミーに戻っていた。
今日の授業が終わったベリルは複数の教科書などを脇に抱え、生徒たちが行き交う賑やかな廊下を通り自室へと向かう。
そうして歩いて聞こえてくる言葉は、どれもあの話題に関連した単語ばかりだ。
ベリルは顔をやや俯かせ、その人々の横を早足で通り過ぎる。
急いで自室まで戻ったベリルは脇に抱えていた教科書をゆっくりと机の上に置き、ふうとひとつため息をついた。
最近はアカデミー中がずっとこの調子だ。
……だが、気持ちは分からないでもない。
学生にとって『正体不明の未知のポケモン』なんていう謎だらけのワードは好奇心がくすぐられ、強い関心を持つのは仕方ないのだろう。
そうだ、誰も悪意は持っていない。だがもし、このニュースを見て悪の組織が動き出したら――
ベリルはここまで考えたところで、首を横に振る。
……また考えすぎてしまう。周囲の話を耳にする度、意識しないようにはしていたが、やはり無意識のうちに神経を使ってしまっていたようだ。
しかし、何もせずにいるとどうしても考えてしまう。そこでベリルはアカデミーの課題をして気持ちを切り替えることにした。
ベリルは学習机の前に置かれている椅子に腰掛け、先ほど置いた教科書と授業で出された課題のテキストを広げる。
その時だ。
ロトロトロトロト……
カバンの中に仕舞いっ放しにしていたスマホロトムが着信音を鳴らしながら飛び出してきた。
画面に表示されている名前を確認しようとするが、その画面には『非通知』としか表示されていない。
非通知発信で電話をかけてくる相手には心当たりがなかったベリルは、しばらく電話を取るか取らないか悩んだが、万が一緊急の連絡だった場合も考えて一旦取ることとした。
もし、間違い電話やいたずらだった場合はすぐに切ればいい。
そう考えたベリルは応答ボタンを押した。
「……もしもし」
恐る恐る電話を取るが、電話の向こうから応答はない。
数秒待ったが、変わらず返答がなかったため単なるいたずら電話だと判断したベリルは、さっさと電話を切ろうとした。
その時、向こうから声が聞こえてくる。
「――やぁ、『ルベウス』……いや、ベリルと呼んだ方がいいのかな?君と話すのは今回が初めてだね。はじめまして、私はカシオペア」
あまりの衝撃に一瞬言葉を詰まらせる。
まさか向こうから直接こちらに接触してくるとは予想していなかった。
さらに、カシオペアはすでにこちらの正体にも気づいているようだ。
電話の声は加工され、相手が男性か女性かも分からない。
だが、こういうときほどこちらの動揺が悟られないように、冷静に対応しなければならない。
「……カシオペア?ああ、確か宝探し初日の時にハルトのスマホに連絡してきていた人だね。……ボクに何か用かな?」
実際、表立ってカシオペアと関わるのは今回が初めてだ。こちらが一方的に状況を把握していることは知られてはならない。
それにカシオペアがどの程度分かった上で接触してきているのかも掴めない今、迂闊なことを口走らないように注意を払いながら答えていく。
それに対し、カシオペアはフッと笑う。
「――いや、以前のスター団へのカチコミに随分協力してもらったと思ってね。今回はそのお礼も兼ねての連絡だよ」
「……なんのこと?ボクは全く身に覚えがないかな。その『ルベウス』とかいう人と、ボクを間違えているんじゃないの?」
「隠さなくてもいい。……この前の豪雨、あれも君だろう?確か、伝説の『超古代ポケモン』と呼ばれるポケモンの一体が持つ能力だったはず。まさか、たった一人の子どもが世界を滅ぼしかねないポケモンを持っているなんて、今の世間が知ったら大変なことになってしまうね」
予想もしていなかった話が飛び出し、ベリルは思わず息を呑む。
知られているとしても、せいぜいスター団のカチコミまでだと思っていた。それがまさか、手持ちポケモンの正体……その能力まで把握されているとは。
しかし、カシオペアはどうやってその情報まで辿り着いたのか。今の話を知る者は、ごく一部の限られた人間しかいないはずだ。
そしてカシオペアの今の発言、間違いなくこちらの動きを封じるための脅しだ。
ギリっと歯軋りしたベリルは、これ以上とぼけるのは得策ではないと判断し、すぐに頭を切り替える。
「――何が目的だ」
「君のことは色々調べさせてもらった。まさか別の地方の元チャンピオンが、このアカデミーにいるなんて最初は驚いたよ」
ベリルの問いかけにカシオペアは答えず、淡々と話を続ける。
すると、今まで何も写っていなかったスマホロトムの画面が突然切り替わる。
そこにはベリルがチャンピオンとなった時の映像や、チャンピオンとして防衛戦を繰り広げている様子が映し出されていた。
「……ッ!」
ベリルの表情に焦りが見えた。
「史上最年少かつ最多勝利記録を持っている、歴代各地方チャンピオンの中でもトップクラスの実力者……しかし、君については未だ謎が多い。出回っている情報もほとんどない。だったらと、ポケモンリーグのサーバーから君の情報を探ろうとしたんだが、どういうわけか厳重なプロテクトに阻まれてしまってね。……ポケモンリーグが一個人の情報を最重要機密事項とするなんて、普通では考えられない。――普通、ではね」
「…………」
「――数々の悪の組織を壊滅させ、世界を守ってきたんだってね。私たちの知らないところで世界は何度も滅亡の危機に瀕し、その度に君に救われてきたわけだ。……確かに、こんな情報は迂闊に外に漏らすわけにいかない。最重要機密事項扱いも納得したよ」
「そんな話をするためにわざわざ連絡してきたのか?……端的に言え」
もはやベリルの声に普段の面影は微塵も感じられない。
聞いた者の背筋を凍り付かせるほどの冷酷さと敵意が声色から伝わってくる。
しかし、カシオペアはそんなことなど意にも介さず、問いに答える。
「数々の悪の組織を壊滅させてきたようだが、今回の計画に君の出る幕はない。大人しく手を引け」
思わぬ話にベリルは困惑を隠すことができない。もし、本当にスター団を壊滅させるのなら人手は一人でも多い方がいいはずだ。まして、敵対する悪の組織であればそれこそ手段は選ばず潰しに行くはずだとベリルは考えていた。
「……カシオペア、お前の狙いはスター団の壊滅だったはず。……お前は一体何者だ?何を企んでいる?」
「私の正体などどうでもいい。企みも今は言う必要はない。ただ、君の存在がこの計画には不要だった……それだけだ」
「………………」
この話にベリルが沈黙していると、何か抵抗を考えていると思ったのかカシオペアが話を始めた。
「あまり余計なことは考えないでほしい。――君が悪の組織を憎悪する気持ちも分かる。この世界で最も大切なものをふたつも奪われたら、きっと私も君と同じことをしていただろう」
「……何が言いたい?」
カシオペアの話に思わず無意識に聞き返してしまう。
自分でもなぜ反応したのか分からない。しかし、問いかけの声を発した後、この話に反応してしまったことに対し激しい後悔がベリルを襲った。しかし、一度出た言葉は飲み込むことは出来ない。
「その辺りからだったかな?君の様子が一変したというのは。まあそれも無理はないだろう。だって――」
ベリルの脳内には過去の映像がフラッシュバックする。
その映像はカシオペアから紡ぎ出される一言毎に鮮明になっていく。もはやまともに言葉が耳に入ってこない。呼吸も徐々に浅く速くなっていく。
だが、カシオペアの話は尚も続く。
そして、ある言葉が彼の耳に飛び込んできた時、視界に入るもの全てが赤に染まった。
「君の相棒だったポケモンと、友人だった彼女を――」
「――やめろッッ!!!」
ベリルは思わず立ち上がり、これまで出したこともないほど大きな怒鳴り声を上げていた。
自分が出した声にハッと我に返ったベリルは、荒れた呼吸を整えようと胸を抑えようとしてある違和感を感じた。
その手は固く拳が握られ、あまりの力に真っ白に血の気が引いた拳は細かく震えながら血が滴っている。
「……話が逸れた。スター団はキミが考えるような悪の組織ではない。君はスター団が何故結成されたのか、知っているのか?組織結成の背景を知れば、きっと君の見方も変わるだろう。それも知らずに悪と断定するのは、些か時期尚早だと思うがね」
カシオペアはそう言い残すと、プツリと通信を切った。
一人残されたベリルはしばらくの間、茫然とその場に立ち尽くす。
やがて、椅子に力無く座り込んだ。
そうして、様々な感情で揺れ動く瞳をゆっくりと瞼の奥へと仕舞い込む。
――その瞼の裏に映るのは、かつてのパートナーポケモンとの出会い……そして、バンダナを頭に巻いた少女の天真爛漫な満面の笑顔だった。