モブトレーナーのボクが伝説ポケモン使うのはやっぱりマズイですか? 作:そりだす
ハルトはしんと静まり返った夜のグラウンドへと足を踏み入れた。
グラウンドの中心へゆっくりと一歩を踏み出す毎に、足音が周囲にやけに反響する。
普段は生徒の賑やかな声で溢れている分、物音ひとつしないこの状況が余計に不気味に感じる。
……いや、これから起こるであろうことを考えるとこれは嵐の前の静けさなのかもしれない。
そんなことを考えながら、ハルトは前へと進む。
『――夜に学校のグラウンドで待つ』
……ハルトがここに来た理由、それは今回の黒幕であるマジボスからこう言われて呼び出されたからに他ならない。
それに加え、最後のスター団アジトのボスを倒した際に、衝撃の事実が告げられた。
それは、スター団を壊滅させるために今回のスターダスト大作戦を企てたカシオペア……そして、そのスター団を結成したマジボスはなんと同一人物である、というのだ。
なぜ自分が結成したスター団を、自らの手で解散させようとするのか。
様々な疑問がハルトの脳裏に浮かんだが、それに対する答えをマジボスはこう語っていた。
『今のスター団は皆を不幸にするだけ。掟に従って解散させたい』と。
……これを聞いたハルトは、これまで聞いてきた話などから理由を推察する。
実際、スター団の団員達は各アジトのボスを筆頭に長い間、学校へ登校しておらず、このまま続くようであれば、スター団員は退学になってしまうと聞いたことがある。
つまり、マジボスは彼らを守るため、大切なスター団を倒さなければならなかった。
そして、最後には自らも戦い勝敗を決することで、全ての決着をつけるつもりだったのだろう。
……しかし、仲間を救うためとはいえ、様々な葛藤があったに違いない。その時のマジボスの気持ちを考えるだけで、ハルトは胸が締め付けられる思いがした。
だが、ハルトは自分の中で揺れる様々な感情を押さえつけ、こちらも全身全霊で臨まなければならないと覚悟を決める。
――そうして、グラウンドの中心へと辿り着いた。
しかし、そこには誰もおらず、周囲を見回してみるが人の姿は見当たらない。
……逃げた、とは考えにくい。
恐らく、何処かから周囲を警戒しているのだろう。異常がないことを確認すれば、きっとその姿を現すはずだ。
ハルトは慌てず、その場から動かずにその時が来るのを待つ。
すると、しばらくしてハルトの予想通りこの静寂は途切れることとなる。
「――ハルト……」
不意に自分の名を呼ぶ声が背後から聞こえてきた。
ハルトはゆっくりと振り向くと、そこにはフードを深くまで被った人物がひとり立っていた。
……顔はフードに隠れ、よく見えない。そのため相手の顔色を窺い、感情等を読み取ることができなかった。
しかし、あの服装……そして、背負ったイーブイを模したリュック……。そのどれもハルトには見覚えがあった。だが、まだ断定はできない。
ハルトは混乱しかける頭を冷静に保ち、静かに見据える。
「……来てくれたか」
一瞬の沈黙の後、その人物は静かに呟いた。
それに対しハルトは頷き、微かに微笑む。
「もちろん。……ここで逃げ出してしまったら、あなたのこれまでの覚悟が全部無駄になってしまうからね」
そう言ったハルトの眼は、一切ブレることなく真っ直ぐにその人物を見つめている。
「そうか……そんなあなたにこのまま正体を隠していては失礼にあたるな」
そういうとその人物は深く被ったフードに手を掛け、その勢いのままバッと脱いだ。
そのフードの向こうには、これまでのスターダスト大作戦で補給班として何度も出会った少女……丸眼鏡と赤と青の髪色が特徴的なボタンがいた。
服装や所持品等で予想はしていたが、やはり少なからず衝撃を受けたハルトは思わず息を呑む。
「……ッ!」
そんなハルトの様子を見たマジボス……いや、ボタンは不敵にニヤリと笑って見せた。
「フッ……驚愕しただろう。わたしこそがマジボス……そしてカシオペアの正体だ」
確かに、あまりに予想外の出来事に驚愕した。そして、突然のことに困惑もしている。
だが、分からないことばかりではない。カシオペアの正体が判明したことで、合点が行った点もある。
「……そっか、どうして僕が選ばれたのかずっと疑問だったんだ。その理由もなんとなくだけど分かったよ」
「恐らく、あなたの考えている通りだ。わたしは学校前でしたっぱを倒したあなたの強さを見てスターダスト大作戦を思いついたのだ」
ボタンは続ける。
「わたしの力さえあればLPなど湯水の如く増やせる。報酬があれば乗ってくると思ってな。……補給班としてずっと動向を見張っていたぞ」
そう語るボタンは浮かべていた不敵な笑みを曇らせる。
「あとはわたしを打ち負かせばスター団は完璧に終わる。……そのために動いてもらった。だが同時に、スター団を終わらせたくない気持ちもある!やすやすと負けるわけにはいかない!」
「最後の勝負……準備はできているか?」
そう問いかけられたハルトは、力強くゆっくりと頷いた。
「……感謝する」
そしてお互い、ポケットからモンスターボールをひとつ取り出した。
今まさに最後の勝負が始まる……そんな空気が張り詰める中、ネルケが軽快な足音と共にやってくる。
「すまない待たせたな。タイム先生の反省文が……いや、準備に手間取ってな」
「もしかして、その声はネルケか?」
ボタンは少し困惑したような声を出した。
ハルトは一瞬、なぜそんな声を出すのか分からなかったが、よくよく思い返すとこうして面と向かってボタンとネルケが話をするのは今回が初めてであった。
これまではスマホロトムを介して、互いの顔を見ることなく会話をしていたのを思い出した。
「ボタ……やはり、いやあんたが……カシオペアだったのか」
「ああそうだ。ネルケにも一仕事頼もうか。これから起こることを動画で撮影してもらうぞ、勝敗を全団員に通達するからな」
そう言ってボタンは取り出したスマホロトムを指差し、それをネルケへと渡した。
受け取ったネルケは、そのスマホとボタンの顔を交互に見やる。
しかし、ボタンの表情は既に覚悟を決めた者の顔となっている。その目を見ればもはやこれ以上の言葉は意味を成さないことは明白であった。
ネルケはこくりと頷いた。
「あ、ああ分かった……」
ネルケのその言葉を聞くと、ボタンはハルトに向き直り、先ほど出したモンスターボールを構え直す。
「……あらためて名乗っておこうか。わたしがスター団マジボス、カシオペア――」
そこまで言ったところで、ボタンはその目を閉じて一度呼吸を整える。
……きっと直前になり様々な感情、考えが彼女の脳内を渦巻いているのだろう。
だが、次にその目が開いた時、瞳の奥に余計な感情や迷いなどは微塵も残っていなかった。
「――ではなくボタン!」
力強く名乗りを上げたボタンは、真っ直ぐにハルトを見る。
眼前の敵を倒すことだけ考えている純粋な瞳を見て、ハルトも再度、覚悟を決めた。
「マジボスの力の前に頭を垂れてひれ伏すがいい!!」
◆◆◆◆
勝負は一進一退の攻防戦となった。
ボタンが持つイーブイ進化系で統一されたパーティは、タイプの組み合わせやトレーナーとの連携が非常に高いレベルでまとまっており、攻防の駆け引きの最中に僅かな隙も一切見逃さずに攻めてくる。
だが、ハルトとポケモン達も負けてはいない。
同じように隙を付いて攻撃を仕掛け、隙を中々見せないようであれば変則的な攻撃を行い、敵のリズムを徐々に狂わせていく。そうして生まれた好機を確実に掴むことで、試合の流れは徐々にハルト側へ傾いていった。
やがて、ボタンが6匹目に繰り出したポケモンがハルトのポケモンの一撃を受け、地面へと倒れ込んだ。
「これで……終わり」
倒れたポケモンをモンスターボールへと戻し、ボタンはゆっくりと目を閉じる。
「終わったよ、みんな……」
力無く呟いたボタンの声は、再び静寂を取り戻したグラウンドへと溶けて消えた。
彼女はしばらくすると目を開き、その顔に寂しさや安堵が入り混じったような複雑な表情を浮かべながら2人を見る。
「ありがと……ハルト……ネルケ……」
「ボタン……」
「たしかに……見届けたぜ」
「……これで、うちもスター団も終わ――」
ボタンが俯きながらそう言いかけた時、横からネルケが言葉を挟んだ。
「待ってくだ……くれないか?改めて確認したいことがある」
「確認?」
ボタンは顔を上げ、不思議そうな目でネルケを見る。
「――マジボスであるあんたが何故、スターダスト大作戦を企てた?」
それは当然浮かぶ疑問だった。
状況等から予想することはできても、それはあくまでも推察。実際にボタンから今回の作戦決行に至った動機を聞いた訳では無い。
ボタンは顔をやや俯かせながら、静かに口を開く。
「……解散しようって言ったのに誰も団やめないから……」
「マジボスが命令しても?」
「お願いはしても命令はしない。……そういう団の掟だし」
「掟……ボスたちも掟を大事にしていた」
ネルケが思い出したように呟いた。
それにボタンはこくりと頷く。
「だから掟を使って団を解散させようと思った」
「掟で決められた理由ならみんなスター団をやめると?」
「そう……掟にのっとって戦わなきゃダメだった」
「それでスターダスト大作戦を……。カシオペア……最後にひとつ聞かせてくれ。あんたにとってスター団……団の仲間たちはどういう存在なんだ?」
そう問いかけられたボタンは長い長い沈黙の後、振り絞るようにポツリと呟いた。
「……大事な……宝物だよ」
この返答を聞いたネルケはにっこりと微笑み、満足そうに頷いた。
「よろしい、よくわかりましたボタンさん」
突然雰囲気や話し方など様子が変わったネルケ、その変わりようにボタンは困惑を隠せない。
「……はっ?」
「私からボタンさんにお話ししたいことがあるのです」
「え、しゃべり方どうした!?急に怖……」
「……そうですね、まずは正体を明かしましょう。……ハッ!」
ネルケはそう言って、着ていたジャケットを勢いよく脱ぎ捨てる。
そして、ネルケの本当の正体を見たボタンは目を見開いて驚愕の声を上げた。
「こっ……校長ーッ!?」
そこには、あの一瞬でどのような手品を使ったのか、いつもの服装や髪型に戻ったクラベル校長がいた。
「カシオペアがボタンさんならば、ネルケはクラベルだったのです」
「……いや、なんで!?」
「スター団の皆さんときちんとお話しするためです。教師と生徒……まして校長が相手では皆さんの本音が聞けないと思ったからです」
「だからって、えー……変装までする!?ズラのチョイスも意味わからん……」
そこは触れないであげて……、そんなハルトの思いはボタンには届かない。
しかし、困惑を隠せないボタンはハルトに「お前は知っていたのか?」と言いたそうな視線を向けてくる。
それに対し、苦笑を浮かべながら小さく頷く。
……正直、最初に会った時から気づいてはいたけど……。
一瞬、こんな言葉が口から出そうになったが、これは自分の胸にだけ仕舞っておくことにした。
◆◆◆◆
――実はグラウンドに向かう直前、ハルトはネルケに呼び出され、そこで直接ネルケの正体はクラベル校長であることを聞いた。
それと同時、なんとカシオペアの正体はクラベルだったと名乗り、決着をつけるべくポケモン勝負を挑まれる。
だが、実際はカシオペアの正体にいち早く気がついたクラベルが『勝った方がカシオペアを止めるべき』と考え、勝負を挑んだのだと後で聞かされた。
……そのせいでタイム先生に見つかったクラベルは「生徒に何をしてるんですか!」と反省文を書かされることになるのだが。
その時、クラベルはこうも言っていた。
本当は戦わせたくない、あの子の悲しみをあなたに背負わせたくなかった。
しかしカシオペアの決意は本物であり、一般的な生徒では太刀打ち出来ないだろう。
だからこそあなたに勝負を挑ませていただいた。
あなたの深い優しさならあの子を救えるかもしれない。
そして、クラベルはハルトに対し「カシオペアに勝ってください」と深く頭を下げた。
生徒にとって最善の選択を選ぶためなら、人に……それも一生徒に対し頭を下げることも厭わないクラベルの姿に強く心を打たれた。
だが、この場に来た時からハルトの気持ちはすでに決まっている。
「――分かりました。ボクがカシオペアを止めます」
ハルトはその目に宿る覚悟をさらに強くし、力強く頷いた。
◆◆◆◆
「……コホン、そろそろいいでしょうか。皆さんいらしてください」
クラベルの咳払いに、現実へと引き戻されたハルト。
グラウンドの入口に顔を振り向いたクラベルにつられて、ボタンとハルトもそちらの方向を向く。
そうして現れた人物達を見て、ボタンは驚愕と困惑が入り混じった表情で見つめる。
そこに現れたのは、スター団の各拠点でボスとしてハルトと戦った5人であった。
「久しぶりだな、マジボス!」
「久しぶりってか初めましてだろ?本当の名前も今知ったしさ」
「初めて見るマジボスのご尊顔。誠に眼福でござるな」
「えーと、本名ボタンだっけ?元気にしてたの?」
「やっと会えたね……すっごく心配してたんだよ……」
「……ピーちゃん、メロちゃん、シュウメイ、オルくん、ビワ姉……」
ボタンはそれぞれのボス達の顔を、懐かしさや寂しさ……そして、スター団を解散させようとした後ろめたさなど、様々な感情が込められた視線を向ける。
そんな彼女に、5人は優しさに満ちた笑顔を向けた後、何かを確認するように互いに目配せをして、ボタンに向き直る。
「じゃあ、せーので……」
ピーニャの合図を受けると、5人同時に、今となっては見慣れたポーズを取る。
『お疲れさまでスター!!』
……きっとそれはこれまでスター団の団員達のことを第一に考え、行動してくれたボタンへの感謝を伝えるために考えた、スター団にとって最大限の表現方法だったに違いない。
それを見たボタンは、泣きそうな顔でスター団の5人を見回し、ゆっくりと目を伏せた。
「さてボタンさん、そしてボスの皆さん。アカデミーを代表し、スター団に申し上げます」
クラベルはそう言うと、ボタン達に深く頭を下げた。
「――本当に申し訳ございませんでした」
「……え?」
「アカデミー校長クラベル、一生の不覚です……」
「……え?え?」
困惑を隠せないボタンはきょろきょろと視線を泳がせる。
ボス達も突然のことに目を見開いたまま固まっていた。
頭を上げたクラベルは、彼らに慈愛の満ちた眼差しを向けながら話し始めた。
「スター団結成の理由……活躍はボスの皆さんに聞きました。私が赴任してから見ていたいじめのないアカデミーの姿は……あなたがたの悲しみと怒り……勇気が勝ち取っていたということを」
ここで一呼吸置いたクラベルは話を続ける。
「……結論から言います。スター団への解散要望およびボスの皆さんへの退学勧告は……ただちに撤回いたします!」
「つまり、それってさ……」
確認しようとするピーニャの声がわずかに震えている。
「ええ!スター団の解散はもはや必要ありません!!」
クラベルからハッキリと「解散は必要ない」と聞いた彼らは、喜びを爆発させてボタンの下に駆け寄る。
「やったあー!ボタンちゃん!これからもみんな一緒だよ!」
「恐悦至極でござる!」
ビワとシュウメイが言葉をかけるが、ボタンの表情は暗く俯いたままだ。
「で、でも……うち、みんなを裏切って……」
「スターダスト大作戦のこと?クラベル校長から聞いたよ」
「団にこだわって退学しそうなボクらを心配しての行動だろ?」
「普通に解散って言われても、ハイそうですかってオレらじゃねえし」
「我らを思うボタン殿の心中察するに余りある……」
「心配させてごめんね。わたしたち、もう大丈夫」
「だ!だとしても――」
ボタンが何かを言いかけた時、その次の言葉が遮られる。
「――だめだ」
まるで地の底から響いてくるような低く暗い声が、この広いグラウンドにやけに響く。
瞬間、この場の全員の動きがまるで時が止まったかのようにピタリと止まった。
同時に、周囲に凍て付くような空気が張り詰め、全員の表情が緊張により強張る。
今の声、そしてこの気配を放つ者がどこにいるか、もはや周囲を見回さなくとも分かる。
皆、ゆっくりと気配が突き刺してくる方向を振り向く。
そこでこの気配を放つ者の姿を見た彼らは、再び身体を硬直させる。
そこにいた白い帽子を被った少年……その佇まいはまるで幽鬼のようであった。
夜のグラウンドということもあり、照明だけが周囲を照らす明かりであり、当然だが昼間よりは光源は少ない。
そして、その照明に照らされ陰影が付いた姿や少年が纏う雰囲気は、おおよそこの世の者とは思えなかった。
硬直したまま誰一人声を発せず、身動きも取れない中、その少年はゆらりゆらりと音もなく近づいてくる。
……確かに、初見でこれほどまでの威圧感を向けられてしまったら、おそらく動けなかっただろう。
だが、ハルトは以前にも同じような経験をしている。そして、その時に相対した相手も……同じだった。
「――ルベウス」
ハルトは一歩前に出る。
今度こそ、彼を止める……そして、彼の力になりたい。
そんな思いも裏腹に、ルベウスの眼にはハルトやボス達の姿は欠片も写っていない。
彼の濁った瞳に写るのは、苦しげな表情で目を伏せるボタンただ一人の姿だけだった。