モブトレーナーのボクが伝説ポケモン使うのはやっぱりマズイですか? 作:そりだす
「一体……何が起きているんだ……!」
ネルケがスター団のアジトに視線を向けながら、困惑した様子で呟いた。
「……あっ、ネルケさん!あそこに人が!」
ハルトは入口の前に立っている、スター団の下っ端と思われる二人を指差した。
ハルトとネルケは急いで彼らの近くへと駆け寄る。
「あんたら大丈夫か!?」
ネルケはその二人に話しかけるが、下っ端の女子はモンスターボールを構えた姿勢、もう一人の男子は直立不動のまま返事はない。
見たところ、目立った怪我や傷はないようだ。
しかし……。
「か、体が……動かせない……!」
「わ、私も……」
苦しげに顔を歪めながら、スター団の男子生徒と女子生徒が振り絞るように声を出した。
ただ事ではないと確信したハルト。
「何があったの!?」
ハルトの問いかけに、男子生徒は途切れ途切れながらも答える。
「突然……知らない奴がアジトに乗り込んできて……そいつのポケモンが……俺たちにサイコキネシスを……!」
それを聞いたハルトとネルケは絶句する。
ポケモンの技を生身の人間に使用するなど、あまりにも危険な行為であり普通では考えられない。
今回のスター団を襲撃した人物が、いかに凶暴かつ邪悪であるか……考えれば考えるほど悪い想像が頭をよぎる。
「生身の人間にポケモンの技をかけるなんて……!そいつとそのポケモンはどこに!?」
「アジトのバリケード……壊して、中に……!」
その言葉を受けて、ようやく彼らの背後にあるバリケードで封鎖されたアジトの入口に意識を向けた。
そして、再び言葉を失った。
その入口はもはや原型を留めていなかったのだ。
本来であれば、そのバリケードは多少の攻撃には耐えることができる強度はあったのかもしれない。
だが、紙のように引きちぎられたバリケードは、まるで歩く動線を確保するかのように、雑に左右に押し分けられていた。
原型を留めていないほど破壊された状態を見て、ハルトは思わず後退りする。
これまでの道中、様々な野生のポケモンや人々と出会い、たくさんのポケモンバトルを行ってきた。
とはいえ、まだ全てのポケモンを見たわけではない上、経験だってまだまだ不足している。
――しかし、そんなハルトでも、普通のポケモンの力では、絶対にこんな事はできないということは分かる。
「恐らく、そのポケモンを倒さない限り、彼らにかけられたサイコキネシスを解くことは出来ないだろうな」
ネルケが冷静に、落ち着いた口調でそう語る。
それにはハルトも同じ意見だ。技を行使している元凶を叩き、倒さなければ彼らにかけられた拘束を解くことは出来ないはずだ。
と、そんな時だった。
ロトロトロトロト……
スマホから着信音が鳴る。
不気味なほどに静まり返ったこの場所では、いつもよりその音がやけに響いて聞こえた。
ハルトはその電話に出る。
相手はカシオペアからだった。
「ハルト、ネルケ。状況が変わった。どうやら私たち以外にも、スター団を狙う者が現れたようだ」
一体どうやってその情報を掴んだのか、あるいはこの場所が見えるところにでもいるのかは分からないが、既に現在の状況を把握しているようだ。
「……そこで、先程の依頼と矛盾してしまうが、ひとつお願いがある」
そう言ったカシオペアは数秒ほど沈黙した後、静かに話し始める。
「――頼む、もし誰かが傷つけられそうな状況であれば助けてあげてほしい……。私はこんな形で、スター団の解散は望んではいない」
通話状況の電波の影響かもしれないが、その声が少し震えて聞こえた。
カシオペアの抱えている事情は分からない。
今の頼みも、きっと様々な事を考えた上で出したものなのだろう。
……正直、このカシオペアという人物は信用に足るのか判断できるほどの材料がない。そもそも、不良組織を倒して欲しいと頼んでくる時点で怪しい部分はある。
だが、困っている人を助けることに理由などいらない。
ハルトは胸をドン!と叩き、大きく頷いた。
「もちろん!言われなくてもそうするよ!」
それを見たネルケもニコリと笑い、同じく頷く。
「ああ、俺も同じだぜ」
「……感謝する」
◆◆◆◆
「これは……」
スター団あく組のアジトの惨状を目の当たりにしたネルケが呆然とした様子で呟く。
アジト内部にあるテントや自動販売機等の様々なものが、見るも無惨なほどに破壊されていた。
加えて、あちこちにクレーターのように、地面や岩壁がえぐられている。かなり激しい戦闘でも行ったのだろうか。
そして、先ほどの二人と同じように、ほとんどの団員が、モンスターボールを握った状態で固まっていた。
恐らく、彼らもポケモンを繰り出そうとした瞬間に、サイコキネシスをかけられたのだろう。
しかも、驚くことにその人数は十人では利かない。
正確な数は分からないが、恐らく三十人以上はいるだろう。
だが、不幸中の幸いとも言うべきか、誰一人として怪我はしていないようだ。
「これだけの人を同時に……!?」
何か、人智を超越した強大な力を持つ何かが、間違いなくここにいる。
そして、アジト内で最も大きな建物がある方向から、これまで生きてきて感じたことがないほどの凄まじいプレッシャーを感じる。
あの場所に、いる。
そう確信した。
しかし、その計り知れないプレッシャーは、ハルトの思考と肉体の連携を妨げる。
……早く元凶を止めなければ、被害はさらに増える一方だとは分かっている。一刻も早く止めなければならない。
だが、体が言うことを聞かないのだ。
足を前へ踏み出そうとすると、震えて上手く進めない。呼吸はドンドン浅く、短くなっていく。
これほどの力を持つ化け物に、果たして自分は勝てるのか?……そもそも、勝負になるかも分からない。もしかしたら、自分も危険な目に遭うかもしれない……。
考えないようにしていた悪い想像が、次々と浮かび上がり頭の中を埋め尽くしていく。
そうして押し潰されそうになったその時、ハルトは自分の両頬を思い切り叩き、痛みと気合いでプレッシャーを跳ね除ける。
「今、ボクがやらなきゃ誰がやるんだ……!」
ハルトはビリビリと肌を刺すほどのプレッシャーが放たれている方向へ、一歩一歩踏み締めながら進んでいく――。
建物に辿り着くと、やや離れたところでまさにスター団あく組のボスと今回の襲撃を行ったと思われる人物が睨み合い、一触即発の状態だった。
あく組のボスは見上げるほど巨大な乗り物の一番上に立ち、今回の襲撃者を見下ろしている。
一方の襲撃者は、その後ろ姿しか見えなかったが、ハルトと年齢もそれほど変わらない少年のようだ。
さらに驚くことに、その襲撃者である少年はアカデミーの制服を身に着けていた。
そして、その次に特徴的な襲撃者の『白い髪』がハルトの目に留まる。
アカデミーの中で過ごしていた間、白い髪の生徒は一度も見た事がなかった。ただ、ハルトはこの前転入してきたということもあり、全校生徒と面識があるわけではない。
とすれば、ハルトとまだ出会ったことのない人物である可能性が非常に高いと、そう結論付けられるのも仕方の無いことであった。
だが、注目すべきはそれだけではない。
襲撃者の隣には、これまで見た事のないポケモンが佇んでいた。
そのポケモンは二足歩行で、遠目から見れば人間に近いシルエットをしているが、紫色の長い尻尾と細長い四肢、そして純白の体色という、人間とは明らかに……そして、これまで出会ったポケモンのどれとも特徴が一致しない。
その一人と一匹が並んでそこに立っているだけで、言葉で表すことのできない威圧感を感じる。
――と、ここで襲撃者が少し離れた後ろにいるハルトの存在に気が付いたようで、肩越しではあったが横目でチラリと振り返った。
その瞬間、二人の視線がぶつかる。
「…………ッ!!」
ハルトはその人物の眼を見た瞬間、全身が硬直したように動かなくなり、呼吸すらまともに行えなくなった。
決して、サイコキネシスをかけられたわけではない。
ただ、襲撃者の持つ凄まじいまでの迫力に気圧されたのだ。
襲撃者のその瞳には一片の慈愛など含まれていない、本来あるべき光を完全に失っていた。
その眼の奥にあるのは、目の前の敵を討ち滅ぼさんとする敵意や殺意といった強い、強い負の感情であった。
それほど強く、そして邪悪な感情の込められた視線を向けられるのはハルトにとって初めてのことだ。
……人間というのは、ここまで冷酷な眼をすることが出来るのかと、上手く酸素が回らない頭でふと思う。
人間は精神が極限状態を迎えると、自己防衛のために思考から原因を遮断したり、逃避したりするという。
今、ハルトの脳内でもこれに近い状態が起こっていた。
手足は細かく震え、呼吸すら上手くできず、視界の端から徐々に暗転し始める。
ハルトにとっては数分、それ以上の時間に感じられたが、実際目が合ってからほんの数秒程度の出来事だ。
一方の襲撃者は慌てた様子で正面に向き直ると、瞬きほどの一瞬のうちに隣にいたポケモンと同時に姿を消した。
どうやら、テレポートを使用して撤退したようだ。
突如として襲撃者の姿が消えた状況が一瞬飲み込めなかったが、危機的状況を脱したのだと理解した。
そうして、ハルト含めこの場にいた全員が緊張から解き放たれ一気に脱力し、その場にへたりこんだ。