モブトレーナーのボクが伝説ポケモン使うのはやっぱりマズイですか? 作:そりだす
襲撃者は一瞬で皆の前から姿を消した。
安堵の表情を浮かべる皆とは対称的に、ネルケは困惑の表情を濃くする。
「あれは……まさか『ミュウツー』……?」
聞いたことのないポケモンの名前が、ネルケの口からポツリとこぼれる。
「知ってるんですか?」
ハルトの問いかけに、ネルケはゆっくりと頷いた。
「『ミュウツー』とは、研究者の間でいわゆる都市伝説のような噂話として語られています。どこかの組織が幻と呼ばれるポケモン『ミュウ』の遺伝子から人工的に作り出されたポケモンだと……。しかし、ミュウツーはあまりの凶暴性に生み出された研究所を破壊し、逃げ出したとか……」
ここまで話したところで、ネルケは自分の話した内容は有り得ないと自分自身を否定するように、ふるふると首を横に振った。
「ですが、本当に生み出されたという実在した証拠もなく、そもそもミュウ自体が本当にいるのかも分かっていない以上、噂話や都市伝説の域を出ません。私もそんな眉唾な話は信じていませんでした……今、あのポケモンを見るまでは」
ネルケが息を飲むのが分かった。
「……あまりにも似ているのです。かつて目撃された情報を基に作成された姿に」
「ですが、ある時からパッタリと目撃情報はなくなり、結局は何か別のポケモンと見間違えたのではと結論付けられましたが……捕獲されていたのであれば色々と合点が行きます。しかし、それほど凶暴なポケモンを仲間にすることなど、本当に可能なのでしょうか……」
ここまで話したところで、ネルケは何かを思い出したかのようにハッと顔を上げる。
「……コホン、それじゃあその辺については俺の方でもう少し詳しく調べてみるとしよう」
何かを誤魔化すように咳払いをし、頭のリーゼントを整えるネルケを見て、ハルトは「校長先生……今更キャラ戻しても、もう遅いです」と喉元まで出かかったが、さすがにそれは言えなかった。
◆◆◆◆
ベリルは少し離れた平原の丘に、ミュウツーのテレポートで移動していた。
「ふぅ……ありがとう、ミュウツー。それでさ、早速お願いなんだけど……」
(……まだ何かあるのか)
ジロリと睨みながら、テレパシーで直接ベリルの頭の中に語りかけてくるミュウツー。
そんな様子に苦笑いを浮かべながら、ベリルは話す。
「こっそりハルト達のことを見ていてほしいんだ。大丈夫だろうとは思うけど、念の為にね」
ミュウツーはしばらく沈黙した後、はぁと大きなため息を残してテレポートで消えていった。
一人になったベリルはひとつ息を吐くと、被っていた白い帽子をカバンへと仕舞う。
……まさか、あんなに早くハルトが来るとは思っていなかった。そして、一瞬ではあるが彼と目が合ってしまった時は本当に焦った。
しかし、帽子を深く被っていたことと肩越しに横目で視線が合っただけなので、幸いにも顔はほとんど見られていないはずだ。
加えて、ハルトの後ろにアカデミーでは見たことのない人物がいたことも思い出す。制服を身に着けていたことから生徒であることは間違いないだろうが……。
一体、彼は何者なのだろう。
なんだか、どこかで見たことがある気がするのだが……きっと気のせいに違いない。
そんなことよりも、とベリルは腕を組んで、先程までの状況を整理する。
――まず、ベリルはピーニャと名乗ったあく組のボスから『これ以上、団員を傷つけないでほしい』という条件のもと、話を聞くことができた。
ベリルからすれば、これは想定外の提案だった。
というのも、ベリルは最初から、団員もポケモンも傷付けるつもりはなかった。
実際、そのために団員がポケモンを繰り出す前に、サイコキネシスでその動きを止めたのだ。
もし、最初から本当にやる気であれば――。
そこまで考えたところで、ベリルは静かに首を振る。
思考が少し暴力的になってしまっているようだ。
胸の内に溜まるドロドロとした悪感情を、深く呼吸することで奥底へと抑え込む。
結果としては、ほとんど脅迫のようになってしまったが、誰も傷付けずに効率良く話を聞くのならこの方法しか無かった。
そして、ピーニャは物怖じすることもなく、隠すことは何もないといった様子で、色々なことを教えてくれた。
スター団のトップは『マジボス』と呼ばれる人物で、その人物が組織を結成したこと。
ピーニャは元々、アカデミーの生徒会長を務めていたというが、彼が掲げた規律が厳格すぎるが故に会長の職を追われ、アカデミーでの居場所を失った。
そんなところをマジボスからスター団への勧誘を受けて、加入したのだという。
しかし、そのマジボスはおよそ一年半前くらいから現在に至るまで消息を絶っており、団員の誰もその行方を知らないという。
マジボスというスター団全体のトップが長らく不在でありながら、未だ組織が存続している理由を訊いた。
曰く、彼らはマジボスが帰ってくる時を待っているのだという。
続けていればまた戻ってきてくれるかも……と、ピーニャは寂しげに呟いていた。
しかし、マジボスは消息を絶つ直前に組織を解散させたがっていたという。
ここまで話を聞いたベリルは、ピーニャの話に嘘はないと結論付けた。
実は彼の話を聞きながら、ミュウツーにピーニャの思考を読んでもらい、真偽を確認していたのだ。
もちろん、ピーニャと話をしていて、彼の理知的で誠実な人柄が伝わってきた部分、彼が初めに見せた仲間を気にかける様子も理由のひとつとしてある。
だが、彼一人の話だけを鵜呑みにして、組織全体が無害であると判断するのは時期尚早だ。
あくまでも、彼の話に嘘はないということが分かっただけで、スター団という組織全体を信用することはまだ出来ない。
とはいえ、ここで知り得た情報は非常に大きかった。今回手に入れた情報から、様々な可能性を検討することができる。
その様々な可能性が思い浮かぶ中、ベリルは思考を巡らせる。
――実はピーニャとの話には続きがあった。
それは『ボスは売られたケンカは必ず買わなければならない。そして、買ったケンカで負ければボスを引退しなければならない』
……そう定められたスター団の掟があるのだという。
カシオペアはこの掟のことを、十中八九把握していたと思われる。なぜなら、その掟を前提とした作戦だからだ。
最初、スター団のボスを倒すことに何の意味があるのか分からなかった。だが、その掟の存在を知り、カシオペアの狙いがようやく分かった。
ボスが引退すれば組織はまとまりを失い、残された団員達は烏合の衆となり、やがては自然消滅するだろう。
なぜ、カシオペアがその掟を知っているのかも疑問のひとつだが。
組織を解散させたがっていたマジボス、そしてスター団の掟を利用し組織を潰そうと企てているカシオペア……。
どうしても、その二人を切り離して考えることが出来ない。
マジボスは、なぜ姿を隠したのか。
カシオペアはスター団が存在すると何か不都合があるのか……あるいは恨みを抱いているのか?
そして、気になる点はもうひとつ。
以前、ハルトに対してカシオペアは報酬を大量に与えると言った。
……それほどの豊富な資金は、一体どこから出てきているのだろうか。
ここで、ベリルはあるひとつの最悪の可能性が浮かび上がる。
それは、パルデア地方に拠点を置こうとしているスター団とは別の組織が動いているのではないか、というものだ。
それを前提に考えれば、様々な疑問点が繋がっていき、辻褄が合う。
とすれば、敵対勢力になるスター団の弱体化を図り、その後現在のスター団アジトをそのままパルデア地方の活動拠点とするつもりか。
だが、あれだけ設備を破壊すれば、万が一スター団が本当に悪の組織だったとしても、あるいは別組織が乗っ取ったとしても、あの拠点から何か作戦等の行動を取ることは難しくなったはずだ。
……実際、ベリルが過去に対峙した悪の組織の中には、目的達成の為ならば手段を選ばない者達がいた。
まさか、あの組織がまた――。
……考えれば考えるほど、どんどんと悪い方向へと向かってしまう。
だが、分からないことをいくら考えても想像の域は出ない。
これ以上思考を巡らせても、時間ばかりが無駄に過ぎ去るだけだ。
ベリルは無意識に握りしめていた拳の力を解き、この場にはいないミュウツーへと話しかける。
「ミュウツー、そっちはどう?僕が移動した後で何か変化はあった?」
(……特にない)
つっけんどんな受け答えが、頭の中に流れ込んでくる。
「……そっか」
ミュウツーの態度は素っ気ないが、任せておけばどんな事態も対応してくれるという信頼があった。
――ここでカシオペアを逃すわけにはいかない。
この人物が鍵になるのは間違いない。
もし自分が下手に動くことで、これ以上警戒させてしまえば姿を消されてしまい、手掛かりを完全に失ってしまう。
自分が表立って動くのは得策ではないだろう。
そのためには、スター団の各ボスを倒すのはハルトに動いてもらわなければならない。
だがそれは、ハルトの身を危険に晒してしまう可能性がある。
先ほどはミュウツーの力も借りた上で危険性が低いと判断し撤退したが、まだスター団を信用したわけではない。
唇を強く噛んでしばらく考え込んでいたが、ベリルは覚悟を決めた表情の顔を上げた。
「ミュウツー……君には、これからハルトを守ってあげてほしいんだ。もしも、その命に危険が迫った時は、どんな手段を使っても守ってあげてくれ」
(……お前はどうするつもりだ)
「僕はただのモブトレーナー。君たちの力を借りなきゃ何も出来ない一般人だよ。なるべく、もう表立って動くことはしないつもり」
(そうか……分かった。また連絡する)
ミュウツーはそう言い残し、ベリルとのテレパシーの繋がりを切った。
ベリルは遠くの平原を見つめながら考える。
これからは表立って動くことはできないが、ハルトにばかり責任を押し付け、何もしないわけにはいかない。
今後は陰ながら動いていくつもりだ。
とはいえ、すぐにスター団の別拠点に向かうのは得策ではないだろう。
まずは、ここからすぐ近くにあるカラフシティへと向かうことにしよう。
ベリルはスマホを見て、目的地の場所を確認する。
この距離であれば自転車を使うまでもない。
ランニングシューズの紐を結び直し、カラフシティへと走り出した。