話を少し戻して、霊夢がレミリアと決着を付けた直後の事。
「今の音は……」
突如下から聞こえた轟音、一体何事かとレミリアは下に向けて気配を探る。
「ッ!? そんな、あの子が」
そして一つの巨大な気配を感知すると、レミリアは目を見開き悲しげに呟いた。
「フラン……」
実の妹であるフランの暴走、その事に彼女は隠しきれない悲しみを抱いていた。
その悲しみは周りが見えなくなってしまうほどに深く、だからこそ霊夢の顔を見る事は無かった。
「……」
……霊夢のその、
(ピギャアアアア!?)
無機質な表情から滲み出る、滝のような汗を。
(なに!? なにあれ! なにあのビックリ仰天モンスター!?)
謎の轟音を聞いてレミリアが気配を探ったように、霊夢も同じく気配感知を行っていた。
その結果、彼女は気付いた。いや気付いてしまった。フランドール・スカーレットという化け物の存在に。
(ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……!)
霊夢の危機察知能力は桁外れの性能を誇る。それは彼女のヘタレな生存本能と積み重ねた経験則、そして天性の勘がブレンドされて出来上がった物だ。
そんな彼女の本能が、経験が、勘が叫ぶ。アレはヤバいと、殺す事においてはレミリア以上の化け物だと。その危険信号は霊夢の鉄仮面を貫通し、汗という形で彼女の内心を表していた。
(あんなの相手にしてられるか! 私は帰らせてもらうわよ!?)
そんな、思わず死亡フラグみたいな事を考えてしまう霊夢。
(というか、異変の元凶は倒したんだから異変解決でいいわよね! なら私、もう帰ってもいいわよね!?)
終いにはヘタレの称号に相応しい言い訳まで並べる始末。……が、その考えも案外正しかった。
なにせ彼女は博麗の巫女。ここに来たのも異変解決の為であり、それが済んだ今となってはもうこの場を離れても良い立場にある。
そう、仕事を終えた彼女はもう危険に突っ込まなくても良いのだ。
このまま帰宅しても誰も文句を言わない。実際、霊夢は今すぐこの場から離れようとクラウチングスタートばりの体勢に入ろうとしていた。……しかし、
(……あ)
霊夢が逃げようとした直前、もう一つの気配に気付いた。
(魔理沙……)
化け物の気配と相対するように位置する見知った気配……霧雨魔理沙の存在を。
(どどどうしよう! 魔理沙あれ戦おうとしてるわよね? なんで? なんで戦おうとしちゃってるの!?)
魔理沙があの化け物のような気配を放つ存在に勝てるのか? 答えは否。長年友人として共に過ごし、高い観察眼を持つ霊夢だからこそ断言出来た。
(どうしよう……負けちゃう、魔理沙が死んじゃう)
希望的観測なんて物も皆無で、絶望的なまでにある実力差。
助けたい、救いたい、数少ない友人を失いたくない。
(……うぅぅぅ〜!)
けど、動けない。ヘタレ過ぎる思考が邪魔をして、体が動いてくれない。
もし助けに行って自分が死ぬ事になったら? もし自分でもどうにもならない化け物だったら? そもそも自分が助けに行ってどうにかなるのか? そんな、後ろ向きな考えばかりが頭に巡ってしまう。
(でも……魔理沙が……)
それでも逃げずに留まれたのは、ひとえに魔理沙という友人の存在があったから。
ここで動かないと絶対後悔する、勘もそう告げていた。しかし勘はもう一つ、行けば必ず危険な目に遭うという事も教えてくれていた。
(……うぅぅぅ〜!)
あと一歩、あと一歩だけ足りない。彼女が助けに行くという選択を選ぶには、ヘタレな彼女が危険を冒してでも友人を助けようと思うには、もう一つ何かキッカケが欲しかった。
……この場に霊夢一人しか居なかったら、きっと彼女は一歩を踏み出し切れずに魔理沙が死ぬ瞬間を見届けていただろう。しかし、
「私も行くわ」
この場に居るのは彼女一人だけじゃない。
(い、異変起こした妖怪……ん? 私
レミリアが発した言葉の違和感に、霊夢は首を傾げる。
「あの子は私の妹なの。姉である私が行かなくちゃどうするのよ」(全く、危うく博麗の巫女を一人行かせてしまう所だったわ)
(え? えっと、あのー)
今がどういう状況が分かっていない霊夢。……さて、ここでレミリアから見た霊夢の人物像を確認してみよう。
強大な吸血鬼相手に微塵も恐れず立ち向かう勇敢な人間。あの八雲紫から太鼓判を押された存在。噂に名高い博麗の巫女の中でもトップクラスの逸材。
そんなイメージを抱くレミリアが、暴れ回る強大な妖怪を前に霊夢が恐れをなして逃げると思うだろうか? 答えは否、寧ろ退治しに向かうと思うだろう。
(身内の問題を部外者に解決させられるなんて、紅魔館の主として情けなさ過ぎるわ。……まあ、博麗の巫女が居なかったら今も立ち往生していただろうし、感謝はしなきゃね)
霊夢にその気は一切無い(というか行動に移そうとすらしてない)が、霊夢という存在が居た事でレミリアは後押しされていた。
(……あれ? これ行かなきゃ不味い感じ?)
そしてそんなレミリアの言葉は幸運にも……霊夢自身がどう思うかは別だが、確かに彼女を一歩踏み出させた。
「ん? どうかしたのかしら?」
「……いえ」(ひえっ、これ帰ったら不味いやつだ)
こうして霊夢はレミリアに後を押されるように移動し始め、気配のする方向へと飛んで行った。
───そして現在、霊夢はフランと対峙していた。
「むぅ〜、なんで邪魔したのよ?」
後少しで魔理沙を落とせそうだったのに……それを邪魔されたフランは不機嫌さを隠す事なく霊夢に問いただした。
「……」(どうしよう、今すぐ逃げたい)
霊夢は早速後悔していた。