レミリアの後押しもあって魔理沙を助けに行く事が出来たヘタレこと博麗霊夢。彼女が図書館へ駆けつけたのは、ちょうど魔理沙が弾幕に被弾する直前だった。
(魔理沙ぁ!?)
あと数秒も経たない内に魔理沙は死ぬ。そう感じた霊夢は考える暇も無く、温存していたボムを咄嗟に使った。
「……へっ、なんだよ。わざわざボムを使わなくても私一人でも余裕だったぜ」
誰が助けてくれたのか、それをいち早く理解した魔理沙は霊夢に向かっていつも通りの減らず口を叩く。
「……そう」(あああ貴重なボムがぁ、でも使わなかったら絶対魔理沙助けられなかったし……うぅぅ)
せっかく友人の窮地を助けられたというのに、ボムを使った事に若干後悔してしまう霊夢。どうしようもないヘタレである。
「手助けしない方が良かった?」
「いんや。……へへ、助かったぜ霊夢」
(ま、まあ魔理沙を助けられたんだからそれで良しとしましょう!)
しかし状況的に見て、魔理沙を助けられる手段がボムを使う以外に無かったから仕方ない事だと納得するのだった。
(でも本当に良かった……魔理沙を助けられて)
霊夢だって人間だ。ただ何が何でも危険には突っ込みたくないヘタレなだけで、友人を失う事には強い忌避感がある。
(私も、変われたのかな?)
昔の霊夢なら強い気配を感じただけで逃げた。一時期はそのせいで妖怪退治を放棄していた事もあり、紫にはこっ酷く叱られて反省させられたものだ。
そんな霊夢は今日、ほんの少しだけとはいえ、強大な気配を感じても速攻で逃げなかった。これは十分な進歩と言えるのではないか?
(そうだったら、嬉しいな)
僅かだが自身の成長を実感しつつ、霊夢は帰路へ着く───
「むぅ〜」
───事は、勿論できなかった。
「なにヨ、なンデ邪魔したノよ」
いいところだったのにと、フランは膨れっ面で霊夢を睨む。
見た目だけなら可愛らしい少女そのものであるフランの怒り顔は見ていて微笑ましい物だが、彼女が発する圧には可愛げなど無かった。
先ほどからトンデモない圧を放つフランだが、それは悍ましい狂気から為る物であり、戦意や殺意は無かった。
しかし今、立て続けに邪魔が入る状況に彼女は怒りを感じ、新たに遊びの邪魔をしてきた霊夢に殺意を抱いていた。当然、今までとは段違いの圧が霊夢に襲いかかる。
「……ッ」
霊夢だけに絞られた極大の圧、その余波だけでも魔理沙は息を呑んでしまう。
「……」
(霊夢……お前って奴は本当に)
しかしそんな圧を受けてもなお霊夢は平然としてみせる。そんな彼女の様子に魔理沙は何度感じたか分からない尊敬の念を抱く。
(あれがレミィと魔理沙の言っていた博麗霊夢……なるほど、彼女が憧れるのも無理ないわね)
パチュリーも密かに感心していた。人間の持つ可能性なんてとうの昔に見限り、それ故に魔女となった彼女だが、それでも目の前の光景を見ると本当にそうなのかと疑ってしまう。
魔女ですら恐れを抱かざるを得ない怪物を前に、その人間は冷や汗一つ流さないのだから。
……で、本当の所はと言うと、
(あー、明日の朝は目玉焼きにしようかしらー)
現実逃避しているだけであった。
しかしそれもヘタレなら仕方ないというもの。レミリア戦の時だって限界ギリギリだったと言うのに、そこから続けて同レベルの圧を食らったのだ。そんなのヘタレが受け止められる筈も無かった。
「……フラン」
そんな絶賛放心中の霊夢をよそに話は進む。
「ん? あーお姉さま居たの?」
「フラン、お願いだから部屋に戻って」
霊夢の後に続いて出てきたレミリアはフランに話しかける。
「ふーん、そうやってまた仲間はずれにするんだ」
「ち、違うの! あなたが傷付かないようにと思って、それで!」
先ほどと打って変わって酷く冷たい声を出すフランに、レミリアは懸命に訴えかけようとする。
「傷付ける? 私は十分傷付いてるよ?」
しかし、そんな訴えもフランが遮る事で徒労に終わった。
「フ、フラン」
「私だって楽しい事がシタいのに、外に出たいのに、なんで邪魔するノ?」
「そ、それは」
「私、悲しいんだよ? 辛いんだよ?」
───お姉さまが傷付けようとしてるじゃん。
「……」
レミリアは何も言い返す事ができず、とうとう項垂れてしまう。
「お嬢様……」
そんな主の姿に咲夜は心を痛める。しかし何も言えない。従者如きが主の家族関係に口を出す事など出来ないのだから。
「レミィ……」
同じく彼女の友人であるパチュリーにも口出しは出来ない。……いや、そもそもあの姉妹の関係に口を挟む資格を持つ者なんて居ない。
(なんか、随分としんみりしてんな)
そして完全な部外者である魔理沙は、その空気感に居心地悪くしていた。
(この状況、霊夢はどうするんだ?)
こんな空気になっても、彼女は平然としてるだろうと確信を持つ魔理沙は彼女を見る。
(思い切って人里に行って食事しようかしら? でもお金はあんまり使いたくないしなぁ)
なお、その霊夢も未だ現実逃避の真っ只中であった。
(───っていうか聞いてたけど)
ところで、現実逃避というのがどのような状態かご存知だろうか?
色々と言われているが、一般的には自分を客観視して当事者では無いと思い込んでしまう事……そんな所だ。
(このバケモン、あの吸血鬼の妹なのよね?)
つまり現在、自分を当事者でないと思っている霊夢は身の危険を感じておらず、平常心で物事を考えられていた。
(あの吸血鬼に心配されて、ワガママ言っても文句を言われないなんて、なんて……)
そんなリラックス状態にある為か、
「恵まれてるのね」
ついつい、考えていた事がポロリと口に出てしまった。
「……恵まれてるって、なにが?」
その呟きは静寂した空間ではよく響く。その言葉の意味がよく分からなかったフランは霊夢に聞き返した。
「あなたの境遇がよ」
「「「「っ!?」」」」
「は?」
まさかの返答に全員が驚愕し、フランは殺意の込もった声を出す。
「……どういう意味?」
フランは瞳孔を開き、今までとは比じゃない殺気を霊夢に向ける。
普段ならそれだけで内心取り乱して訂正しようとする霊夢だが、残念ながら彼女は未だに現実逃避の最中である。
「そのままの意味よ。閉じこもっても何も言われず、暴れ回っても咎められる事なく、寧ろ大丈夫なのかと心配される」(引きこもってもいいなら私だって神社に篭もりたいわ!)
主に前者の方を羨ましがってる霊夢だが、フランは後者について言及した。
「咎めラレない? ナに言ってルの?」
「私は遊んでるだケナのに、お姉さまは止めるンだよ?」
「それをあなた、咎めラレナイって……!」
抑えきれない怒り。
「その姉も言ってたじゃない。あなたが傷付くのが嫌だからって」
「だかラ! そう言ってるお姉さまガ遊んデル私を止めてるって───」
「───ねえ」
それが爆発しようとした時、霊夢はフランの言葉を遮って言う。
「あなた、さっきから遊んでる遊んでるって言うけど……本当に楽しんでるの?」
「……え?」
思ってもみなかった質問に、フランの怒りは霧散した。
(なんで楽しくもない事をやろうとするんだろ? やっぱバケモンの考える事は分からんわー)
それは、霊夢が純粋に思っていた疑問だった。
高い観察眼を持つ霊夢は見抜いていた。フランの狂気に塗れた笑みの裏に隠された、深い悲しみが。
「な、なに言ってるの?」(なんで)
ここに来てフランは狼狽え、一歩後ろへ下がる。
「だってあなた魔理沙を殺そうとした時、すごく悲しそうだったじゃない」(全く、嫌ならしないで欲しいんだけど)
「殺す? 私、普通に遊んでただけよ?」(なんで)
「なんで誤魔化そうとしてるの?」(嫌なのにやろうとするって何? 天邪鬼なの? 本当は吸血鬼じゃなくて天邪鬼なの?)
「誤魔化してなんて」(なんで、分かるの?)
問い詰められるたび、フランの奥深くで眠っていた心が浮き出てくる。
「フラン……」
その時、レミリアは確かに見た。
フランの目から狂気が薄まり、かつての心優しかったあの頃の姿が……
「……っ!」
そんな自分の姿をレミリアから見られてる事に気付いたフランは、
「違う!!!」
霊夢に掌握されていた空間を払拭するかのように、魔力の波動を周囲に放出させた。
「……ッ」(はっ! わ、私は今まで何を)
その衝撃で霊夢は正気に戻る。
「私はただ遊んでるだけ! 勝手なこと言わないで!!」
(ヒィィィィ!!? なんか荒ぶってるぅ!)
それにより霊夢の危機感が正常に作動し、いつものヘタレに戻った。
「違うちがうチガウ! 変な事を言っテ私ヲ惑わすナ!」
(な、なんでぇ!? なんかこっちに矛先向いてるんだけど!)
なお、現実逃避していた時の記憶は無いらしい。
「……なにか、気に障る事でも言ったかしら?」(と、とりあえず話し合い、話し合いをしましょう!)
霊夢は対話を試みた。
「黙レ!!! コれ以上私ノ心を惑わすな!」
(ひぃっ! なんか余計に怒らせちゃった!)
しかし火に油を注ぐだけに終わってしまう。
「アハハ、そうよ、確かあなたガお姉さまと遊んでた人よネ」
(あっ、あっ、あっ)
これから先の展開が容易に想像出来る霊夢は、あまりの恐怖に心の中で器用にスタッカートを決める。
「ねえお姉さん───私とも遊ぼ?」
(ああああ〜〜〜)
受け止めきれない再び現実からの逃避行を開始する霊夢だったが、ここで逃げたら本当に死んでしまうと察して戦闘態勢に入った。
ボスは倒し、異変も解決し、けれども博麗の巫女の戦いは終わらない。
頑張れ霊夢、負けるなヘタレ、ここで負けたら他の相手と違って確実に死んでしまうぞ。