フランドール・スカーレットは心優しき吸血鬼だ。その優しさは生まれ持っての物であり、誰かに教わった訳では無い。
なぜ傲慢な吸血鬼の子である彼女が他者に寄り添おうとするのか、なぜ生粋の怪物である彼女が人間にさえ情を抱くのか。
なぜ万物を破壊出来る力を持つ彼女が……虫一匹を殺す事さえ躊躇ってしまうのか。
確かに彼女の持つ破壊の異能は強大で、異端な力だ。しかし彼女の心の有り様もまた、怪物にしては十分に異端ではないだろうか?
彼女は優しかった。優し過ぎた。誰かを傷付ける事が恐ろしくて部屋に閉じこもるほど。
しかし同時に、彼女は弱かった。孤独に耐え切れなかった。他者との繋がりが欲しかった。
誰かを傷付けるのは嫌だ。でもひとりぼっちなのも嫌だ。
───もう、いいや。
考えて考えて、彼女は悲しみから逃げ出す事を選んだ。狂気に身を委ね、何があっても笑顔を絶やさないようにした。
そうすれば、もう悲しくなる事は無いでしょ?
▼▼▼
「アハハハハ!!」
フランは狂ったように笑い、滅多矢鱈に弾幕をばら撒く。
「おいおいめちゃくちゃし過ぎだろ!?」
流れ弾と言うには多すぎる弾幕を対処しつつ、魔理沙は愚痴をこぼした。
「パチュリー、そっちは大丈夫か!」
「人の心配をする余裕があるのかしら? いいからあなたは自分の身だけ守っておきなさい」
「ご安心を。パチュリー様のご客人は私がお守りします」
「お前らなぁ!?」
心配して声をかけたというのに、逆に自分の身を案じろと言われて納得いかない魔理沙。しかし見た感じ彼女らも大丈夫そうなので、渋々と弾幕の回避に徹する事とした。
……それはもはや弾幕ごっこの範疇を越え、無差別に暴れる一人の吸血鬼とその猛攻を防ぐその他大勢という構成となっていた。
「フラン……」
レミリアは飛んでくる弾幕を回避しながらフランの方に視線を向ける。しかし痛ましそうに見るだけで、攻撃を仕掛ける事はしない。
そもそも、この人数ならフラン一人を制圧する事は十分可能なのだ。この場に居るのは手練ればかり、負傷する事はあっても死人が出る事は無いだろう。
なら、なぜ一斉に攻撃しないのか?
「アハハハハ!
それはフランが、自分達を殺そうとしている筈の彼女が、狂笑を浮かべつつも涙を流しているから。
彼女は苦しんでいる。霊夢との問答で狂気の裏にある本心がめくれ始め、だけど止まる事の出来ない自分に嘆き苦しんでいた。
その事実が、レミリアに攻撃を仕掛ける事を躊躇わせていた。そして彼女が動かない限り、その従者である咲夜も動こうに動けず、同じ理由で友人の意思を尊重しようとするパチュリーも動けなかった。
「くっ!」
そんな彼女達の姿に、魔理沙は残った頼れる親友に声をかける。
「おい霊夢! アイツらはダメだ、あたし達だけでフランを止めるぞ!」
「……」
「おい霊夢! 聞こえてるか!」
その声は確かに彼女の耳に届いていた。そして、
(イヤッ、イヤ、イヤ!!!)
心の中でめっちゃ拒絶していた。
そもそもの話、霊夢がフランの前に姿を現したのは魔理沙を助ける為だ。その魔理沙の命が救えた今、霊夢はすぐにでも魔理沙と一緒に逃げたかった。
(いやでも此処で逃げようなんて提案したらどんな反応されるか……ぐぐぐぐぅぅぅ……!)
勇敢にも死地へと赴くのか、情けなく逃げて魔理沙からの信用を無くすか、彼女の中では今、物凄い葛藤が行われていた。
(が、頑張れ私ぃ! ファイトよ! ガッツよガッツ!)
その間僅か数秒。何十何百にも打算を重ねて、霊夢は立ち向かう事を決めた。
(諦めたらそこで試合終了よ私! 頑張るのよ私! ここで退いたら絶対後悔するわよ私ぃ!)
最初に始めたのは自分を鼓舞する事。立ち向かう事を決めたからって、その後すぐヘタレが行動に移すなんて不可能なのだ。
「……逃げるの?」
そんな心の叫びを霊夢は、無意識のうちにポツリと口に出していた。
小さな小さな独り言は、鳴り響く破壊音にかき消される筈のその声は、
「……ッ」(逃げる?)
なぜかレミリアの耳に、はっきりと届いていた。
「何もしないで逃げるの?」
(急に何を言い出す?)
「逃げたら必ず後悔するわよ?」
(いや、これは……)
「逃げるなら残念、将来苦労するだけよ」
(私への言葉?)
仮にそうだとして、そんな小さな声で自分に届くと思っているのか? そう思いもしたが、何故かレミリアは自分に話しかけているような気がしてならなかった。
(逃げるって何? あなたは、私が逃げているとでも言うのかしら?)
プライドの高いレミリアは、逃げるという言葉に場違いながらも怒りを感じる。
「逃げるのは簡単。けど、その後に彼女とどう向き合うの?」*1
(彼女? ……まさか)
しかし、レミリアはその言葉の意味を理解してフランの方を見る。
「アハハハハ!」
笑っている。しかしその笑いは今までと違いぐちゃぐちゃで、瞳からは悲しみの涙を流していた。
(フラン)
「彼女の想いに応える事がそんなに怖い?」*2
(怖い……ええそうね、怖いわ)
そう、レミリアはフランの想いに応える事を恐れていた。
レミリアには分かっていた。狂気に呑まれて破壊の限りを尽くすフランが、本当は自分の行動にずっと心の奥底で苦しんでいた事を。
そして、そんな狂気に呑まれた自分を救って欲しい事にも。
(けど、もしそれでフランの状態が悪化したら)
寄り添い続け、フランの狂気を解いた後……また彼女が大切な物を自らの力で壊してしまったら。そうなったら、きっと次は無い。彼女の心は完全に壊れてしまう。
(私は、どうすれば)
レミリアは恐れる。彼女の想いに応え、狂気を解いた先にある悲劇の運命を。その未来を恐れるが故に、彼女は今の今まで一歩踏み出せなかった。
「───彼女を救いたくないの?」*3
「……!」
霊夢の
(救いたいに……決まってるわ)
「代わりはいないの?」*4
(代わりなんていない。あの子は私の妹で、あの子の姉は私だけ)
そして……唯一無二の家族だ。
「……私の出る幕は無い?」*5
(ええ、ええそうよ博麗の巫女。これは私達家族の問題)
レミリアは、今まで持てずにいた闘気を全身に漲らせる。
「なあおい霊夢! 聞けって話を!」
その直後、魔理沙は弾幕に邪魔されながらも霊夢の下へ辿り着き、肩に手を乗せて声をかけてきた。
「……」(ま、不味い! これ以上気付かない振りをするのは無理!)
もう聞こえない振りをして時間稼ぎをするのは不可能。そう判断した霊夢は、ちょうど良く後ろに居たレミリアの方へ振り返り、藁にもすがる思いで問いかけた。
「任せてもいいかしら?」
「……ふふ、ええ勿論」(まさか、この私が人間相手に諭されるなんてね)
すっかり霊夢の独り言を自分に伝えているものだと勘違いしたレミリアは、霊夢への評価を数段高く上げた。
「感謝するわ博麗の巫女、お陰で私は間違いを犯さなかった」
「……そう」(えっと、やる気なのは全然いいんだけど……私なんか感謝されるような事した?)
純度百パーセントの感謝の意が込められたお礼に、霊夢は心の中で疑問符を浮かべる。
「……なるほどな。へへ、そういう事か」
その一連の流れを見て、魔理沙は霊夢がレミリアに喝を入れたんだなと確信する。
(ったく、本当にお前は凄い奴だよ)
(あ、なんか魔理沙の好感度が上がった気がする)
無駄に鋭い勘で魔理沙の好感度アップを察知する霊夢を他所に、レミリアはフランの前へとやって来た。
「アハハハ! アレ? ドウしたノおネエサマ」
「……フラン、今までごめんなさいね」
レミリアはスペルカード……ではなく巨大な真紅の槍を顕現させる。
「私はもう、あなたを救う事を恐れない」
その槍を片手で軽々と持ち上げると、矛先をフランへと向けた。
「さあフラン、久しぶりの姉妹喧嘩といきましょう?」