「……」
紅魔館の頂上にある時計塔にて、空に浮かぶ赤い月をレミリアは眺めていた。
「綺麗な月ね、まるで血のよう。……どう? 貴女も一緒に月見でもする?」
レミリアは振り返る事なく、背後に佇む少女に問い掛けた。
「……」
「なぜ、何も言わないのかしら?」(気付かれてないとでも思っているの?)
少女は何も語らない。
「……」
「はぁ、ねえ何か言いなさいよ。博麗のみ……ああ、そういう事」
返事をしない少女、博麗霊夢に痺れを切らしたレミリアは苛立たし気に振り返り、そして彼女の顔を見て理解した。
なんの色も無い無機質な瞳、その瞳はレミリアを見ているようで見ていない。
その目に映すのは異変を起こした一匹の吸血鬼、己が退治する目標の一つとしか考えていない。
「どうやら、博麗の巫女はユーモアのセンスが無いようね」
まるで害獣の相手をするような振る舞い、黙々と対峙するその姿勢、それはレミリアのプライドを刺激するには十分すぎた。
「いいわ、そういう事ならさっさと始めようじゃないの」
レミリアは溢れんばかりの殺気を、博麗の巫女ただ一人に突き刺した。
「貴女を、この月のように紅く染めてあげるわ」
弾幕を展開する。それと同時に霊夢は宙を舞う。
妖怪退治のプロである博麗の巫女、対するは紅魔館の主にして誇り高き吸血鬼レミリア・スカーレット。
どちらが言うまでもなく、戦いは始まりの狼煙を上げた。
「ふふ、楽しい夜になりそうね」
▼▼▼
さてさて、例の如く博麗の巫女サマの勇姿の裏側を覗いてみよう。
十六夜咲夜との弾幕ごっこに勝利した霊夢は、勘を頼りに紅魔館で最も高い所に向かった。そこで時計塔の上に立つレミリアと出会ったのだが。
(ひぃー! こ、こわっ!! いや……こわっ!?)
御覧の通り、完全に及び腰であった。
いつもの如くヘタレな霊夢だが、今回はいつにも増してヘタレ具合が酷い。レミリアを見た瞬間に硬直してしまっている。こんなザマになってるのにも一応理由はあった。
霊夢はこの異変を解決する前から妖怪との戦いを幾度も経験している。それも弾幕ごっこというルールに守られた環境じゃ無い場所でだ。故にそれなりの修羅場は潜っている。
しかし、目の前のレミリア・スカーレットという吸血鬼はそんな霊夢からしても強大な存在であり、過去に退治したどの妖怪よりも強い。それは霊夢が勘に頼らずとも経験則から分かる事実だった。
そんな今までで一番強い相手が敵意を持って目の前に現れたら?
(ひぇぇぇ! い、いけない、これはいけない。ちびっちゃう! こんなのと戦ったら失禁死しちゃう!!!)
当然、元々重症だったヘタレ精神がより悪化する。
「いいわ、そういう事ならさっさと始めようじゃないの」
更に不運な事に、レミリアはまだ全力の敵意を霊夢にぶつけていなかった。
溢れんばかりの殺気を今、解放する。
(くぁwせdrftgyふじこlp)
霊夢はバグった。
「貴女を、この月のように紅く染めてあげるわ」
レミリアは弾幕を展開する。それに応じて宙に浮かべたのは、ほとんど反射的な物だった。
かくして、霊夢はその内面を一切悟らせぬまま戦いまで持っていく事が出来た。頑張れ霊夢、異変の元凶であるレミリアを倒せば晴れて異変解決だ。
それと、霊夢のごちゃごちゃした内面があまりにも見苦しいので、決着の行末はレミリア視点で見届けよう。
▼▼▼
「……」
紅魔館の地下、暗い暗い部屋の中、そこに一匹の吸血鬼が幽閉されていた。
「……」
いや、彼女を吸血鬼と呼ぶにはあまりにも悍ましい。アレは吸血鬼と言うより、
「……アハ」
悪魔だった。
「アハハハハハハ!」
ベッドの上で仰向けとなり、天井の、そのもっと先にある光景を想像して、少女はケタケタと笑う。
少女の目には自身の姉と、そしてその姉に対峙する強者が見えていた。
「……お姉さまぁ」
ネットリと、枯れ枝のような翼をパタパタ揺らしながら呟く。
「なんで私をほっといて、そんな楽しそうな事してるの?」
この場に居ない者に少女は語りかける。それが聞こえていようがいまいが、関係ない。
「良いなぁ、羨ましいなぁ……だからさぁ」
ゆらりと起き上がり、右手を開いて鉄格子の扉へと向ける。
その右手をゆっくりと閉じていき、そして、
「私も混ぜて?」
鉄格子は粉々に砕け散った。
……ケタケタと笑いながら、少女は悠然と地下から出る。どうやらまだ、もうひと波乱ありそうだ。