桐ヶ谷直葉が一日二回も告白された理由   作:まなぶおじさん

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あの子が放っておけなくて

 

 2022年 11月8日(火曜日)

 

 隣の席に、気になる女の子がいる。

 その子は窓から射す日光に淡く照らされながら、憂鬱げな顔で頬杖をついて、窓の外へ目を向けたきり動かないでいる。

 おなじ中一とは思えない、どこか年上みたいな雰囲気がした。高校生にも見える。

 

 教室は休み時間特有の喧騒に溢れているが、まるで別世界の出来事であるかのように女の子は反応を示さなかった。

 授業も、心あらずといった無表情をつくりながら、機械的にノートをとるばかり。

 昨日から、ずっとこんな調子だった。

 そんなクラスメートの事がだんだん放っておけなくなってきて、緑川茂は半ば勢いで、

 

「あの、桐ヶ谷さん」

 

 桐ヶ谷直葉の体がびくりと震える。窓の方を向いていた桐ヶ谷の首が、おそるおそる茂の方へと向いていく。

 

「あ……何? 何か用?」

「いや、そういうわけじゃないんだけど、何かあったのかなーって。昨日からずっと落ち込んでいるようだったから、気になって声をかけちゃった」

 

 どんな顔をしていいか分からないまま、茂は苦笑いをつくる。

 そんな茂に対して、直葉も同じように微笑みながら、

 

「ああ、ごめんね。気になっちゃったかな……」

「まあ……一応は」

「ほんとゴメンね。うん、なんでもないから」

 

 そうは思えない。なんでもない人間が、あんな深刻そうに落ち込むものか。

 声をかけた手前、自分なりに責任は取る。覚悟を決めようと、体を強張らせた。

 

「桐ヶ谷さん。俺でよかったら、話し相手ぐらいにはなるよ」

「え?」

「その、放っておけなくて」

 

 切り込んだ物言いをしてしまった。

 桐ヶ谷は音もなくうつむいて、ほんのわずかな沈黙をつくった後に、そうっと視線を重ね合わせて、

 

「……そうだね。たしかに、このままじゃだめかもしれない」

 

 桐ヶ谷は、力なく両肩を落として、

 

「聞いてくれるかな、私の悩み」

 

 桐ヶ谷からの言葉に、茂は黙ってうなずいた。

 

「あのさ、SAO事件って知ってる?」

「知ってる。ソードアートオンラインってゲームが、プレイヤーの意識を閉じ込めたってやつ。しかも、ゲーム内で死ぬと本人も死んじまうっていう……」

 

 テレビで連日報道されていたから、SAO事件の概要ぐらいは分かる。SAOというVRゲームをクリアするまでプレイヤーの意識は決して戻らない、ゲーム内で死ねばVRに使うヘルメットに脳を焼かれて死んでしまう。SAOの開発者にして主犯である茅場晶彦はとんでもないやつ。

 その被害者の数はけして少なくなく、その中には校内の生徒やゲーム好きの教師も含まれていた。

 まだ「悲劇」には見舞われてはいないようだが、どうか生き残って欲しいと切に思う。

 耳をすませてみれば、SAO事件に関する話しがちらほら聞こえてくる。知り合いが巻き込まれた、従妹は無事だろうか、金がなくてよかったぜ。

 ――桐ヶ谷は、ゆっくりと息を吸う。

 

「それをね、私の兄もプレイしてたんだ」

「マジか」

 

 桐ヶ谷が、「うん」と応える。

 

「私の兄が、いつ死ぬのかすらわからない。兄がどんなふうになっているのか、私たちは知ることもできない。それがね、もう不安で不安でたまらないの」

「……そうだな、確かにそうだ」

 

 肉親がいなくなる。それは、何よりも痛ましいものだ。

 ――ゲームが好きだった母のことを思い出しながら、赤みがかった自分の髪に手を当てる。

 

「やる気というか、活力っていうのかな、それがもうなくなっちゃってね。大好きだった剣道も、身に入らなくなっちゃった。まあ部長からも、休めって薦められたんだけれど」

「へえ、剣道……すげえな、難しそうなことしてる」

「あはは、好きという気持ちがあれば誰でもできるよ」

「えー? 運動神経の他にも、礼節とか、そういうのが重要になってくるんだろ? 俺のような野蛮人には無理だなあ」

「またまた」

 

 桐ヶ谷がくすりと笑う。

 そんな桐ヶ谷の顔を見て、茂は不意にどきりとしてしまった。

 ――オトコとして、何とかしなければならぬ。

 そう決意した茂は、何の躊躇もなく、

 

「なあ桐ヶ谷さん」

「なに?」

「気晴らしにさ、ダンスでもやってみない?」

「――え?」

「ほんの少しだけ気楽に体を動かしてみれば、もしかしたら今よりマシになるかもしれない。実際俺は、ダンスで気分をまぎらわせることも多いし」

 

 嘘は言っていない、だから堂々と言える。

 茂からの提案に対し、直葉は顎に手を添え始める。ううんと声を唸らせ、ちらりと上目遣いを向けて、

 

「……やったことないなぁ、むずかしそう」

 

 予想通りの返答に、茂はにやりと笑う。

 

「だいじょうぶ、ダンスなんて体や手を動かせばいいから」

「えー? テレビとかで見たことあるけど、ブレイクダンスとか高速ステップとか、すごいのばかりじゃない」

「あれは競い合っているから本気を出しているだけ。ダンスってのは本来、楽しくワイワイやってりゃそれでいいモンなんだよ」

「で、でもなあ、恥ずかしいなあ……」

「桐ヶ谷さん、たぶんステップとか上手いと思うんだ。剣道ってよく足を使うし」

「そ、そうかなー?」

「そうそう。なんだったら簡単なヤツを教えるから、どう?」

「んー……」

 

 恥ずかしそうに、けれども笑みをこぼしながら、桐ヶ谷は小さく声を漏らす。

 ――桐ヶ谷は、観念したようにため息をついた。

 

「じゃあ、やってみようかな」

 

 もう少しで休み時間が終わろうとしているが、教室から雑談が絶える気配はない。四人組の女子グループが、SAO事件に巻き込まれたらしい彼氏について、あれやこれやと話し合っている。

 そして桐ヶ谷直葉は、そんな世界の中で気恥ずかしそうに微笑んでいた。

 茂の胸の中も、すっと軽くなった気がした。

 

「よし。じゃあ放課後、一緒に中央公園まで行こう」

「公園で踊るんだ」

「ああ、そこでチームと落ち合う」

「!? え、チーム!? 数人から見られちゃうわけ!?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、みんないい奴だから。歓迎してくれるよ」

「うう……」

「変なことを言ってきたら、俺がぶっ飛ばしてやるから」

「暴力はダメだよ、緑川君」

「ういー……って、名前、憶えていてくれたんだ」

「クラスメートだもの、当然でしょう?」

 

 縁がなかったのにも関わらず、覚えていてくれたのか。

 まじめな人だ。これはチームから快く受け入れられるに違いない。

 ――チャイムが鳴った。

 

「ああ、もうこんな時間か」

 

 桐ヶ谷は、チャイムが響く天井をちらりと眺め、

 

「それじゃあ放課後、お手柔らかにお願いします」

「ウス、お任せあれ」

 

 茂の返事に、桐ヶ谷がにこりと返してくれた。

 それから数分が経って、教室に教師が入ってくる。喧騒の余韻をすこし引きずりながら、午後の授業が始まった。

 

 □

 

 放課後が訪れて、クラスメートが我先にと自由行動に走る。もちろん茂も自由を満喫しようと、隣の席の桐ヶ谷直葉へ首を向けて、

 

「さて、そろそろ行くかい?」

「うん」

 

 茂と桐ヶ谷が席から立ち上がり、学生鞄を片手に教室から出ようと、

 

「あのっ」

 

 出入り口まであと数歩というところで、クラスメートから声をかけられた。

 後ろを向く。席についたままのクラスメートの名前を何とか掘り起こす。

 

「君は……長田伸一、だよな?」

 

 茂の言葉に同意するように、長田は黙って首を縦に振るった。

 長田伸一はクラスの中でもトップランカーの秀才で、教師からのウケが非常に良い。授業中における正答率は100%、自分は35%。

 性格は内気気味なのか、雑談などにかまけず独りで勉強に励んでいる姿がよく見受けられた。

 勉強が苦手な茂にしてみれば、長田もまたスゴイ男だなあとほんのり思う。

 そんな長田が、消えそうな声で「あの」とつぶやく。もう一度、「あの」と声に出して、

 

「き、桐ヶ谷さんと緑川君。さっき、何を話していたの?」

「え? えーと……」

 

 話してもいいか。桐ヶ谷に視線を向けると、桐ヶ谷は「はあ」と小さくため息をついて、

 

「ええとね、私はこれから緑川君と一緒にダンスしに行くの。それだけ」

「だ、ダンス!? 直葉ちゃ」

「桐ヶ谷」

「……桐ヶ谷さんが、ダンス……?」

 

 長田が名前を口にしようとした瞬間、桐ヶ谷が圧をかけてきた。長田はすぐさま訂正する、隣に居た緑川もビビっていた。

 ――それにしても。

 

「あのう、桐ヶ谷さん。長田君とは、お知り合いか何かでしょうか……?」

「どうしたの、急にかしこまって」

「い、いえ……」

「はあ……まあいいわ」

 

 桐ヶ谷が長田のほうを見て、

 

「長田君とは小学校からの付き合いがあるの。まあ最近は、接点がなくてあまり話とかしなかったんだけれど」

「う、うん……」

「あー、なるほど。昔なじみってやつね」

 

 長田が「そうそう」とうなずく、桐ヶ谷は「そうかもね」と同意する。

 

「――で、これから私はダンスしに行くんだけれど。何か用事でもあった?」

「う、ううん! ただ、その、気になっただけで」

 

 聞き逃すはずがなかった。

 

「もしかして君、ダンスに興味がある?」

「え、え!?」

「だいじょうぶだいじょうぶ、手か足か体を動かせば全部ダンスになるから。こんなに簡単な娯楽はないぜ長田君」

「え、ええ……僕、運動とかは苦手で……」

「大丈夫! 大袈裟な動きをする必要なんてない。ヘンなことを言う奴がいたら、俺がぶっ飛ばしてやるよ」

「うう、頼もしいなあ……」

 

 その時、長田が桐ヶ谷の方をちらりと見た。

 教室全体がやいのやいのと騒がしい中、長田だけが沈黙を守り続けている。桐ヶ谷のことを何度も目配せしているあたり、何か言いたいことはありそうだが。

 ――もしかしたら長田は、桐ヶ谷に気があるのかも。

 なんとも色気づいた推測ではあるが、かといってこのまま放っておくわけにもいくまい。緑川は己が手を軽く叩いて、

 

「よかったら見るだけでもいい、ダンスは観客がいてこそだからな。どうだ、これなら恥をかく心配もないだろ?」

「う――うん、そうだね。わかった」

 

 長田はすこし気まずそうに、苦笑いする。

 

「じゃあ、僕も行くよ。いいかな? 桐ヶ谷さん」

「ええ」

「よし。じゃあ出発だッ」

 

 桐ヶ谷の癒しになってくれればいいな。あわよくば、チームの新メンバーになってくれるといいな。

 そんなことを考えながら、茂は中央公園めがけ意気揚々と進行していく。桐ヶ谷はなんともいえない表情で、長田は少しおどおどした調子で茂を追っていた。

 

 □

 

 街中をすこし歩いたその先に、中央公園と呼ばれる憩いの場がある。

 規模はかなり大きく、芝生の上で昼寝をするもよし、通路を辿ってジョグングに励むのも構わない。敷物を敷いて彼氏彼女と弁当を食べあうのも上等、夜中に散歩して幽霊のウワサを確かめるのもアリな場所だ。唯一の禁止行為は、狐とふれあうこと。

 そんな広々とした場所だからか、「とある趣味」を持った人種がこぞって集まりやすい一面もある。

 

「き、聞こえる、パラッパーな音楽が……」

「おー踊ってるなああいつら」

 

 長田が茂の背に隠れる。そんなにびびらなくてもいいのになあと思いつつ、音がする方へと足を進めていく。

 

「……これってもしかして、ダンス?」

「そうそう」

 

 桐ヶ谷の表情が険しいものとなる。未知の世界だからか、つい警戒してしまうのだろう。

 身構えてしまうのも、仕方がないことだ。

 だからこそ、踊ることの楽しさを己が身で証明しなければならない。

 ――見えてきた。

 

「ちーす、今日もやってんねー」

「おー、茂――」

 

 プレーヤーから発せられるBGMを背景に、様々な学生服を着こんだままの男子二人と女子二人が同じ動作でダンスを繰り広げてい、

 

「お、お、ぉ?」

 

 瞬間、ダンスチームのリーダーである女の子がしばし硬直。次にプレーヤーを切って、おそるおそる茂達に歩み寄っていく。真顔で。

 他のメンバーは、そんなリーダーの行く末をじっと見届けていた。

 

「……あの」

「は、はい」

 

 リーダーの呼びかけに対し、桐ヶ谷と長田が同時に返事をする。

 

「け、見学、でしょうか?」

「あ、あー……私はー……軽くダンスをやってみたいなーと思ってます。未体験ですが」

 

 瞬間、リーダーの目がぎろりと輝く。ただならぬ気配を察した桐ヶ谷と長田は、いつでも逃げられるように一歩退いた。

 

「リーダー、驚かせちゃだめだって」

「ハァー? そんなことしてないってば」

 

 黄色く染めたロングヘアを、気まずそうに掻く。

 桐ヶ谷と長田が困ったように顔を向き合わせているが、それを見たリーダーは深々と一礼して、

 

「あ、あー、私、このチームのリーダー、です。初心者歓迎、です、やさしくします」

「あ、どうも……私は桐ヶ谷直葉、といいます。ダンスは未体験です」

「ぼ、僕は長田伸一といいます。おなじく、ダンスはやったことはありません。まあ、その、ダンスを見に来ただけなんですが……」

「俺は緑川茂、ダンスはそこそこやったことがあります」

「なるほどなるほど」

 

 リーダーは興味深そうな顔をしながら、桐ヶ谷と長田のことをまじまじ観察している。茂に中指を突き立てながら。

 

「うん。桐ヶ谷さんだっけ? まずは簡単なダンスからやってみよう。だいじょうぶ、難しいことは絶対にしませんから」

「は、はい」

「なので、その、すぐに帰らないでね?」

「ア、ハイ」

 

 リーダーの懇願に、桐ヶ谷が生真面目に返事をする。

 長田はといえば、茂にそっと近づいては小声でささやきかけてきた。

 

「ね、ねえ、リーダーさん緊張してない?」

「ああ……これまで何人か新人を集めようとしたんだけれど、すぐに逃げられちゃうんだよね。最初は普通に踊るんだけど、テンションが上がると難しいダンスばっかやり始めちゃうから、それで見学者が逃げちゃって。それで責任感じちゃってオドオドしているわけ」

「ああー、なるほど……それはわかる、格ゲーと似たようなモノか……」

 

 理解を示したように、長田が深々とうなずく。桐ヶ谷も話を聞いていたのか、眉をへこませながら「だいじょうぶかなあ」と呟いていた。

 

「リーダー、先ずは俺が簡単なダンスをする」

「お、いいねえー。じゃあ私はどうしよっか?」

「どうもしないで」

「ウス」

 

 リーダーを大人しくさせたあと、茂は桐ヶ谷と長田の方を見て、

 

「これから簡単なダンスを踊るから、マネをするなり勝手に踊るなり、自由にしてほしい」

「う、うん」

「よし……じゃあリーダー、音楽鳴らして」

「あい」

 

 パシられた一つ上のリーダーが、プレーヤーを稼動させる。速すぎもしなければ遅すぎもしない、定番のダンスミュージックが公園の一角で反響し始めた。

 

「それじゃあ、見ていてくれ」

 

 ブレイクダンスやバク転は無し、ただ気ままに手足を振るい重心を揺らすだけ。初心に還ったつもりで、ダンスを踊り始めた。

 

 ――それから数分が経った頃、桐ヶ谷の様子が変化し始めた。

 桐ヶ谷の体と首が、上下に動き始めたのだ。

 ダンサーだから断言できるが、桐ヶ谷はノリにノリはじめている。剣道部所属だからか、体を動かす事に共感を抱きやすいタイプなのだろう。

 いっぽう長田はといえば、茂のダンスをじいっと眺めている。けして無関心というワケではないが、踊るまでには至らないという事か。こればかりは相性の問題だから仕方がない、むしろ帰らないだけありがたいというものだ。

 

「桐ヶ谷さん」

 

 茂の呼びかけに対し、桐ヶ谷の体がびくりと震えた。

 

「どう? 踊ってみない?」

「……下手だけど、いいかな?」

「大丈夫! 間違ったダンスなんて存在しないから」

「んー……わかった。じゃあ、やってみるよ」

「よしきた!」

 

 桐ヶ谷が決意した瞬間、チームメイトが好き勝手に盛り上がり始めた。リーダーに至っては拍手までかましている。

 桐ヶ谷はその場で立ちとどまる。両目をつむって、音もなく深呼吸し、ミュージックがサビに入った瞬間にいきなり鋭いステップ。茂の体が瞬間的にあったまり、チームメイトも桐ヶ谷の足さばきに驚嘆し、やっぱりドンジャラホイと盛り上がり始めた。

 最初こそステップのみで己がダンスを表現していたが、体を動かすうちに恐怖心だの緊張感だのが灰になっていったのだろう、手足を使って自由に躍り始めた。ダンスとは、やってみればやってしまいたくなる魔力が在る。

 剣道部に所属しているからか、重心のコントロールが抜群に上手い。不敵そうに口元を釣りあげていることから、いまの桐ヶ谷は間違いなくホットだ。

 

 そのとき、桐ヶ谷と目があった。

 ――一緒に踊ろう、桐ヶ谷さん。

 ――わかった。

 桐ヶ谷のダンスに合わせて、茂も踊る。長田は「すごいなあ」と笑い、チームメイトからは口笛と拍手の雨あられ。リーダーはダンスに混ざろうとしたが、チームメイトに座らされていた。

 

 音楽が終わって、桐ヶ谷は両肩で激しく呼吸する。しかして、決して姿勢は崩さない。

 そのとき、真横にいた桐ヶ谷から視線を向けられる。茂は考える間もなく、踊りきった桐ヶ谷に対して親指を立てていた。

 ――沈黙。

 

「――すごい、すごいよ桐ヶ谷さんッ!!!」」

 

 チームメイトの男から、爆発的な賞賛が送られた。

 

「足さばきパなかった! ほんとに未体験!?」

「え、えーと、剣道を少々やっていまして……」

「剣道ッ!? パネエ! 道理で体が柔らかいわけだわ」

 

 チームメイトが桐ヶ谷を囲み、感想を遠慮なく言いまくる。桐ヶ谷は困ったように笑っていたけれど、

 

「ダンスって、こんな感じでいいんでしょうか?」

「グッド! オッケー! 今日から新メンバー!」

 

 男子メンバーどもが、加入する前提で騒ぎ立てる。そんな光景に、桐ヶ谷はあたふたと手を動かすほかない。

 

「い、いえ、まだまだですっまだまだ」

「参加資格は、ダンスが好き。これだけで全然OKだぜ!」

「この実力なら大会にも出られるよ! ね、やろうよ桐ヶ谷ちゃん!」

 

 女子メンバーの懇願に対し、桐ヶ谷は気まずそうに声を唸らせる。

 そして、大きく頭を下げた。

 

「あー……すみませんっ、あたしは剣道に専念したいので……その……」

「あ、あー、そっか。ごめんね桐ヶ谷ちゃん、申し訳ないっ」

「い、いえ、こちらこそ、誘っていただいたのに……」

「いや、踊りたい時に踊ってきてもらっても構わないから。ダンスってばそういうモンだしね」

「あ、ありがとうございます!」

 

 いまの桐ヶ谷は、とても楽しそうにしている。これは誘って正解だった。

 ――そんな桐ヶ谷を眺めながら、長田は呆然と息を吐く。

 

「はー……やっぱり桐ヶ谷さんは凄いなあ」

「そうだなあ、いきなりあれだけ踊れたモンなあ」

 

 長田がしみじみとコメントして、茂がうなずき、

 

「長田君もどうだい? 踊ってみないかいっ?」

「うわあ!?」

 

 長田の背後からリーダーが現れた。

 そんなリーダーの物言いに、茂はため息をついて、

 

「リーダー、無理に付き合わせるのはダメだって。相性ってのがあるでしょ、相性」

「うう、そうですな……ごめんね長田君、変な事言って」

「い、いえ、そんな。こんな僕を誘ってくれて、ありがとうございました……」

「そんなかしこまらなくてもいいよ、君だって仲間なんだし」

「そうでしたか」

 

 長田が「へー」とうなずき、

 

「エ!? 仲間!?」

「え、うん。最後まで茂と桐ヶ谷さんのダンスを見てくれたじゃない」

「そ、それだけで?」

「ダンスを見るのは好きでしょ?」

「……まあ」

 

 長田が苦笑する。それをリーダーが見逃すはずもなく、

 

「うむ! 仲間決定!」

「う、ウス……」

 

 リーダーはゲラゲラ笑いながら、長田の肩に手を置く。

 そんなリーダーに、茂はざーとらしく息を吐いて、

 

「長田、悪いな。リーダーってば、とにかく人と接するのが好きな性格でさ……」

「あ、あはは、なるほどね。リーダーなのがよくわかる……」

 

 正直、リーダーの対応には感謝している。長田が置いてけぼりになる事態だけは、絶対に阻止したかったから。

 

「――にしてもさあ」

「何です?」

 

 リーダーが桐ヶ谷を一瞥し、

 

「桐ヶ谷ちゃんヤバいよね、だって茂についていけてるんだもん」

「どういうことですか?」

「こいつ、チームん中で一番上手いんだよ。最初にブレイクダンスとかバク転を編み出したのも茂だし」

「えっ!?」

 

 聞き捨てならぬとばかりに桐ヶ谷が近づいてくる。茂はリーダーめがけ、面倒くさそうなツラを差し向けた。

 

「そ、そうなんですか!?」

「マジマジ。茂のお陰でさ、ウチらはダンスコンテストで優勝できちゃったんだもん」

「なるほど……」

 

 桐ヶ谷が深々とうなずく、そして興味深そうな目で茂のことを見つめ始めた。

 異性からそんな風に見られるのは、正直恥ずかしいものがある。

 

「り、リーダー、大袈裟なこと言うな。チームが一つにならないと、優勝はできないんだぞ」

「色んな技を教えてくれたのは茂じゃーん」

「そ、それは……まあ、うん」

「すごい……」

 

 桐ヶ谷から素直な感嘆が漏れる。それだけで、胸の内から熱が生じ始めてきた。

 

「茂君」

「な、なに?」

 

 そして桐ヶ谷は、真面目な調子でこう言った。 

 

「君、プロのダンサーになれそう」

 

 胸が、ちくりと痛んだと思う。

 芽生えそうになった不快感を振り払うように、茂は首を左右に振るって、

 

「いやあ、ダンスは趣味でやってるだけだから。それでいいんだ、それで」

「へえ、趣味か……たしかに、プロになると色々大変そうだもんね」

 

 茂の言葉に、桐ヶ谷は納得してくれたようだった。

 その事実に、茂は内心ほっとする。

 

 ――それから何度かダンスをして、気づけば午後六時近くにまで差し掛かっていた。

 季節柄、空は既に暗くなってきている。人気もだいぶなくなってきた。そろそろ撤収に入るわけだが、

 

「誰か、桐ヶ谷さんを家まで送ってあげなさい」

 

 それもそうかと、一同が住所を言い合って――

 

「んむ、茂がいっちゃん近いな。しっかりエスコートなさい」

「あいよ」

「ごめんなさい、気を遣わせて……」

「いやいやとんでもない。女の子を一人で帰らせるわけにはいかないしな」

「……ありがとう」

 

 桐ヶ谷が気まずそうに微笑む。気にするなと、茂は笑い返す。

 

「緑川君」

 

 長田から声をかけられる。

 

「桐ヶ谷さんのこと、よろしく頼むよ」

「任された」

 

 このエスコートは、何としてでも完遂させなければなるまい。

 茂は長田に対し、敬礼する。長田伸一も敬礼で応えた。男はこれだけですべてが通じ合う。

 

「じゃ、行こうか」

「うん」

 

 中央公園を後にしようと、リーダーに背を向けて歩みはじめ、

 

「また来てねー、桐ヶ谷ちゃーん」

「――はい!」

 

 手をぶんぶん振るうリーダーに対し、桐ヶ谷は一礼する。

 ――よかった。元気を取り戻せて。

 

 □

 

 帰路を歩みながら、茂と桐ヶ谷は今日の出来事についてあれこれと語り合う。なんだか色々あってしまったけれど、ダンスの感想を述べる桐ヶ谷の顔はとてもとても楽しそうで、何度も「また踊ってみたい」と告げてくれて、茂としては満足のいく一日になってくれた。

 すっかりハイになってしまったからか、道を白く照らす街灯が何だか心地良い。星空が一つも見えない空ですら、いいものだと思う。

 

「そうだ、一つ聞きたいことがあるんだけど」

「なに?」

「その……メンバーについてどう思う? やかましい連中ばっかで、不快に感じてないかなーって」

 

 良くも悪くも、チームの面々は体も口も回る奴が多い。スキあらばメンバーに引き入れようとする一面もあるから、鬱陶しがられてしまっても仕方がないと思っている。

 

「ううん」

 

 桐ヶ谷は、きっぱりと首を横に振って、

 

「みんな優しくて、楽しい人ばかりだった」

 

 茂の不安は、桐ヶ谷の笑顔で払拭された。

 その言葉を聞けて、茂は心の底から安堵する。

 

「そうか、そりゃあよかった。まーうるさいところはあるけど、いい奴らなんだよな」

「ね」

「あいつらはさ、違う学校の集まりなんだよね。年はそう変わらないんだけど」

「あ、だからみんな、違う制服を着こんでたんだ」

 

 そうそう。

 

「元々はリーダーが一人で踊ってたんだけれど、観客という観客をこぞって引き入れてようとしてさ。それがチームのはじまりらしいんだよね」

 

 桐ヶ谷が「あー」と声を出して、

 

「リーダー、すごいアクティブだったもんね……納得」

「あれで一つ年上ってのが凄えわ」

「えっ、一つ上だったんだ……高校生だとばかり」

 

 茂が「だよなー」と同意して、

 

「かくいう俺も、リーダーの被害者なのよね」

「そうなんだ」

 

 同調するように、桐ヶ谷が苦笑い。

 

「でもまあ、リーダーのお陰で楽しくダンスやれてるけどさ。……あ、この話はしないでくれよ、すーぐ調子に乗るから」

「ウス」

 

 桐ヶ谷が、砕けた笑みをこぼす。

 ――気づけば、桐ヶ谷の家の前に着いていた。楽しい時間というやつは、いつも短い。

 

「今日はありがとう、ほんとうに楽しかった」

「俺の方こそ、桐ヶ谷さんのダンスを見てアツくなっちまったよ」

「ほんとー?」

「ほんとほんと」

 

 桐ヶ谷と茂が、けらけら笑いあう。

 

「じゃあ、今日はこのへんで」

「うん」

「踊りたくなったら、いつでも声をかけてくれよ」

「わかった。じゃあ、機会があったら」

 

 茂は「うむ」と頷き、

 

「それじゃあまた明日、学校でな。お疲れさーん」

「お疲れ様でしたーっ」

 

 桐ヶ谷が家の中に入っていく。扉越しから、「ただいまー」の一声が薄く聞こえてきた。

 ――さて。

 そろそろ帰って、夕飯を作らねば。

 

 □

 

 午後八時――

 

「ただいまー」

「おかえりー」

 

 聞き慣れたドアの開閉音が家に反響する。そして聞き間違えようのない父の声が聞こえてきて、茂の口元がすこし緩んだ。

 

「夕飯できてるよ」

「おお、いつも苦労かけてすまないな。こんど俺が作るよ」

「いいって、会社帰りで大変だろ」

「そうは言うけどな、ダンスだって大変じゃあないか」

「あれは趣味だからヘーキなの」

「そぉかあ?」

 

 しばらくして、父が私服に着替えて食卓に戻ってくる。夕飯は白米にホッケ、漬物に味噌汁だ。ちなみに父はやたら食うタイプなので、白米はどんぶりサイズとなっている。

 食卓を間に挟んで、茂と父が対面する。父が両手を合わせ、「いただきます」とつぶやいた。

 

「茂よ」

「何?」

「この間、ダンスコンテストで優勝したらしいな。動画で見たぞ、いやあキレキレだった」

「! ちょっと、そんなん見なくてもいいから!」

「別にいいじゃないか、父として誇らしく思うよ」

「ったく……見なくていいからな、ホント」

「はいはい」

 

 そうは言っても、どうせ父はコンテストの動向を欠かさずチェックし続けるのだろう。これでも母の影響で、ダンスへの理解度は深い。

 そう、母の影響で。

 

「しかし、本当に素晴らしい結果だった」

「よせやい」

「これなら、プロになれるんじゃないか」

 

 その言葉に、やっぱり胸が痛みだす。

 ――茂は、なんでもないようにへらへら笑ってみせて、

 

「趣味でいいよ、仕事を趣味にするなって言葉もあるでしょ」

「もったいない気もするけどなあ……ああ、もしかして金の心配をしているのか? それなら、」

「いい」

 

 父の言葉を強く遮る。

 

「ダンスで食えるかどうかもわかんないし、これ以上は父さんに負担をかけたくないから」

「茂」

「言ったでしょ。俺ははやく働けるようになって、父さんを楽させたいって」

「……そうか」

 

 父はそう返事した、とても寂しそうな声で。

 

「――そうだ。それより聞いてくれよ、俺のチームに新しいメンバーが加わりそうなんだ」

「ほう、どんな子かな?」

「いやね、その子は女の子なんだけどさ、剣道部に所属していているからかとにかく足さばきが鋭いんだ」

「ほう! いいじゃないか、それで?」

 

 なんとか雰囲気を盛り返す。桐ヶ谷直葉について話し合い、父も箸を止めてまで興味津々に耳を傾けていた。

 母も居たら、食卓はもっと盛り上がっていたのだろう。誰もいない隣の椅子をちらりと眺めながら、茂はふと思う。

 父と茂しか居ないこの一軒家は、とても広い。

 

 □

 

 午後十時。茂は良い子なので、この時間帯になると必ず部屋のベッドで横になる。

 暗い、時計の針が動く音しか聞こえない。ダンスの喧騒はどこへいったのやら。仰向けになりながら、茂は「今日は眠れるんだろうか」と今日も思う。

 ――食卓で母の事を考えたせいか、なし崩しに母について思考してしまう。

 

 母は、緑川理亜(りあ)は元気でやっているだろうか。ゲーム好きの母のことだから、今ごろはSAOの中で奮闘しているのかも。

 ゲームが原因で育児放棄をやらかしてしまった母の心配なんて、本来はしなくてもいいはずなのに。

 でも母は、まだ小さかった自分にダンスを教えてくれた。そんな母がとても綺麗に見えて、大好きだった。ダンスライブで盛り上がる母の横顔は、見ていて気持ちが良かった。

 いまでも、鮮明に思い出せる。

 だからこそ、母を奪ったゲームのことが憎い。一生やらないんじゃないかと思う。

 はあ。

 母はいまも、遠い遠いどこかの世界で戦いを繰り広げているのだろうか。紅の踊り子、ロザリアとして。

 

 目がいやに冴えてきた、気分も重くなってくる。

 だめだ、楽しいことを考えろ。

 ――桐ヶ谷直葉と長田伸一のことを、真っ先に思い浮かべる。

 なんやかんやあったけれど、長田がダンスに理解を示してくれて本当によかった。これからも長田とは付き合えそうな気がする。

 そして桐ヶ谷直葉だが、まさに期待の新人だった。大会には出られそうにないが、一緒に踊ってくれるというだけで十分だ。個人的に、ダンスはみんなでやった方が楽しいと思うクチだし。

 なんだか、いい感じに色々あった気がする。

 ――はあ。

 桐ヶ谷の兄も、SAOの世界で奮闘しているのだろうか。もしも母と出会ったのなら、手をとりあってSAOをクリアして欲しいものだ。

 

――

 

 2022年 11月9日(水曜日)

 

 無事に一夜を過ごし、簡単な朝食をとって学校に向かい、教室に入って元気よく挨拶。クラスの友人たちが「はよー」と返す。

 ここまでは、いつもの流れだった。

 

「ああ、おはよう、緑川君」

「おはよー長田君、元気してたかね」

「一応ね」

 

 そうかそうかとうなずきながら、茂は己が席に腰かける。

 

「おはよう、緑川君」

「ああ――おはよう、桐ヶ谷さん」

 

 朝の陽ざしに淡く照らされていた桐ヶ谷が、にこりと挨拶してくれた。

 それだけの事なのに、どこか非日常的な感じがする。

 

「昨日はありがとう、本当にスカッとできたよ」

「おお、それはよかったよかった。……今日は、どうしますかね?」

 

 桐ヶ谷が、すこし遠慮がちにうつむいて、

 

「……参加、いいですか?」

「オッケ!」

 

 茂と桐ヶ谷が、親指を立てあった。とてもいい顔で。

 

「じゃあ今日も、よろしくお願いしますね。先生」

「せ、先生って」

「見たよ、コンテストの動画」

「げ」

「すごかったよ、動きが変幻自在で。ユニゾンっていうのかな? みんな同じダンスをしていて……次元が違ってた」

「ま、まー……ああでも、アレはあくまで競い合う為にやってるのであって、ダンスに差異なんか無いから」

「うん、わかってる」

 

 朝だというのに、教室は今日も賑やかだった。SAOの話をする者もいれば、部活の苦労話に花を咲かせるグループも居る。流行りのテレビドラマについてアレコレ言い合う二人組の女子、疲れているのか机の上で寝そべっている男子。

 そして桐ヶ谷直葉は、茂に、にこりと笑いかけてくれていた。

 

「あ、あのっ」

 

 後ろから声がして振り向いてみれば、立ち尽くしている長田の姿があった。

 いったいなんだろうと、茂と桐ヶ谷は沈黙する。

 

「え、えーと……おはようっ、直は、」

「桐ヶ谷」

「……桐ヶ谷、さん」

 

 桐ヶ谷が大きくため息をついて、

 

「あのね、その、直葉って呼び方はやめてほしいの。なんだか、恥ずかしいから」

「で、でも……小学の頃は」

「もう子供の頃の話でしょ、苗字で呼んで」

「うう、わかりました……」

 

 茂は、気まずそうに苦笑しながら、

 

「えーっと、二人は昔なじみなんだっけ?」

「そうそう」

「一応ね」

 

 淡々と答える桐ヶ谷に対して、長田は食い気味に返答する。

 思う。この長田伸一という男は、桐ヶ谷直葉に特別な思い入れがあるのかもしれないなあ。

 年頃だからな、わかるよ。

 

「まあ、それだけよ、それだけ」

「そ、そうスか……」

 

 その時、HRを知らせるチャイムが鳴り響くと同時に教師が入り込んできた。

 長田やクラスメートが、ぞろぞろと席に着いていく。これから始まる授業に若干の気だるさを覚えながら、茂は教科書の準備をする。

 

 そのとき、不意に桐ヶ谷と目が合う。

 俺を瞳に映しながら、桐ヶ谷直葉はふっと笑みをにじませていた。

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