VRゲーム・アルヴヘイム・オンライン、通称ALOの王を気取る彼は、生粋のドブカスであった。
弱みを見せた相手が視界に入ると、煽らずにはいられない。
須郷は生まれついての邪悪。ゲロ以下の匂いがプンプンする男。それが須郷伸之だ。
だが彼も、普段はその煽りカス欲求を抑え込んでいたのだ。
監禁したアスナに自慢話をペラペラ・ペペーラする程度で満足し、まるで普通の人類であるかのように日常生活を
そんな須郷ではあったが、その生活もある日、終わりを迎えてしまった。
彼は、出会ってしまったのだ。スーパー煽られモンスター・桐ヶ谷和人に。
その日、運命に出会う──まさにこのフレーズがピタリと当てはまる。
彼は運命に出会い、愛の告白のように鮮烈な煽りカス行為をおこなった。
その煽りは、彼をヘブン状態へと
須郷は感動した。
感動した須郷は、煽りすぎてしまった。
そして
そう。キリトは、受けたダメージを次のターンに倍返しする特性を持っていたのだ! アンリマユみたいな奴だな、お前。
そして、須郷はお縄についた。
あの日、キリトを煽らなければ──
そう思わずにはいられない。
だがもう遅い。
全ては、終わってしまったのだから。
◇◇◇
「では、本日の聞き取り調査を開始します」
殺風景な取調室。
そこで縮こまる須郷の前に、検察官が座った。
須郷は、捕まった当初こそ黙秘を続けるも、今では大人しく取り調べに応じている。
部下達に裏切られ、既にすべてが白日の下に晒されてしまったためだ。
あの野郎共、T (たかが) Z (残業時間が月200時間を超えたぐらいで) K (このぼくを裏切るなよ)!
そう思う須郷だったが、たとえ残業時間が0のホワイト企業だったとしても、彼が裏切られることに変わりは無かっただろう。
人望が皆無なので。
須郷は深く呼吸しつつ、本日の予定について考える。
取り調べはすぐ終わるだろう。なにしろ、すべてをゲロリンパ済みであった。供述調書も取り終わっている。今更確認することなど、何もない。
なので、須郷は隙を見て、検察官に自慢話をすることに決めた。キリトやアスナのような「ん゛気゛持゛ち゛い゛い゛~!」となる反応は望むべくもないが、まともに会話できる相手がこいつしか居ないので仕方が無い。
ぼかぁ、茅場晶彦を超えたんですよ! あと一歩で超えられたんです! これは、勝ったといっても過言ではないですよね?
そんな感じで自慢話をペペラン・マハーペララヤしてやろう。
目の前の須郷が、この世全ての悪を煮詰めたような思考をしているなどとは露知らず、検察官は手元のメモ帳をめくり、本日の予定を確認する。
「本日は、映像を確認しながら質疑応答を行います」
「えっ」
須郷は驚き、思わず声を漏らした。
全部ゲロったのに、これ以上調査を続けるというのか?
もう吐く物なんて、何も無いのだが?
「映像を見るんですか?」
「ええ。その方が正確な確認ができるでしょう?」
「え……はい。まぁ……」
「安心してください。被害者の権利を尊重し、あなた以外の映像はぼかしています」
「ぼくの権利は?」
「不服があれば、申し立ては聞きますが?」
須郷は、少しだけ迷いを見せる。
だが、全てをゲロムーチョした今、わざわざ抵抗を見せる必要はなかった。
須郷は検察官の方に向き直り、大きく頷く。
「不服はありません」
須郷の言葉に納得した検察官が、取調室に備えられたディスプレイを操作し、動画を再生する。
動画は、ALO内でキリト(+ユイ)が、アスナの所に辿り着いた時点から始まっていた。
感動の再会場面である。プライバシー保護の観点でぼやけた姿になっていたが、二人はまるでラノベの主人公とヒロインのように特徴的な姿をしていたため、多少ボカした程度で判別が不能になるようなことはない。
アスナに至っては、髪になんだかよくわからない編み込みまでされている。
こんな作画コストの高いデザインは、Mobには許されない。
まさにヒロインの風格であった。
と、唐突に全員が地面に倒れ伏す。
これは……重力魔法!
アスナに自慢するためだけに開発した、永遠に正式実装される事のない
『ママ……なにか、よくないものが来ます!』
動画内のユイが、苦しげに呻く。
よくないもの。
そう。つまりは、須郷伸之の登場である。
『フヒヒッ! 驚いたよ。小鳥ちゃんのカゴの中に、ゴキブリが迷い込んでいたとはねぇ』
画面に登場した須郷は、開口一番で気持ち悪い笑みを披露した。
まさに須郷伸之。SAO業界においてキモイの代名詞である彼の面目躍如。登場しただけで、見た物に怖気をもたらす。八面六臂の大活躍とはこの事か。
と。
ここで、映像が停止する。
検察官が須郷に質問を行うために停止したのだ。
「小鳥ちゃんとは、アスナさんのことですか?」
「えっ」
とっさに反応できず、須郷は呆けた声を出した。
もしかして、調子に乗った過去の自分の発言についての解説をお求めになられている? どんな辱めだこれは? そう思いながら、なんとか言葉を絞り出す。
「あっ、はい。そうです……」
「映像の発言を訳すと、アスナさんを監禁している部屋に、ゴ……キリトさんが入ってきた、ということですね」
「はい、その通りです。ぼくらの楽園に、ゴキリトくんがやってきました」
須郷の回答に納得したのか、検察官は何事かメモを取りながら頷く。
なお、余談ではあるがこの時のアスナのアバター、乳が盛られている。
須郷は乳盛族であった。乳は、大きければ大きいほど良い。そんな価値観の持ち主。
NPCのデザインについて、部下達と「乳でかすぎない?」「でかくねぇって!」というやりとりをする事も珍しくない。
ゆえに、ALOのNPC達は皆おっぱいが大きい。
男キャラでも、マッチョになれば雄っぱいが生えてくる。
バランス修正が入るのか、おっぱいの大きさが変化することもしばしばあった。
「ちょwwwwwユージーン将軍の雄っぱいでかいwwwww」「またでっかくなってるんだけどwwwww」「ユージーン将軍の雄っぱいに定点カメラを設けるのはどうだろうか?」
ALOプレイヤー達は、こんな話題に花を咲かせるのである。お前達の花、醜くないか?
検察官がメモを取り終わると、再び映像が動き出した。
我らが大英雄、キリトくんが無様に地べたを這いずりながら発言する。
『お前は……須郷か!』
『チッチッチッ……この世界でその名前はやめてくれるかなぁ。妖精王オベイロン陛下と呼びたまえ!』
再生からほんの少ししか経っていないにも関わらず、再び映像が止まった。
その後に浴びせかけられるのは、検察官の容赦ない質問だ。
「あなたは、須郷伸之ではないのですか?」
「えっ」
先ほどの悪い予測が当たり、須郷は息を呑んだ。本日の取り調べは、万事こんな感じであろう。地獄か?
須郷は目頭を押さえながら答える。
「……ゲームの中でリアルネームを呼ぶのは、タブーとされる文化がありまして」
「なるほど、文化」
沈黙に耐えきれなくなった須郷は、もっともらしい事を供述した。
「では、次の質問です。妖精王オベイロンとは何ですか?」
「え? ええーっと、あのぅ」
そういえば、何だっけ。正直な感想を言うと、大して気にしていなかった。FGOというゲームに出ていたような……
須郷にとっては、その程度の感覚である。
「シ、シェイクスピアの戯曲等に登場する、妖精の王です」
「ほう、シェイクスピア。しかしなぜ、あなたは妖精王オベイロンと名乗ったのですか?」
「それは、妖精の世界を統べる王であるからして」
「あなたは王なのですか?」
「……」
「ふむ」
メモをとる検察官。
何が書かれているかは、須郷の視点からは見えなかった。
「……ティターニアの」
「はい?」
「ティターニアの夫なんです、オベイロンは。アスナはティターニアだから……ぼくは、オベイロンなんです」
「アスナさんは、ティターニアなのですか?」
「はい」
「そうですか」
アスナってティターニアだっけ?
そう思うが、須郷は自分でも何を言っているのかよくわからなくなってきた。
呼吸が荒い。心臓の音がうるさい。ゴキゲンな発言を披露する自分の動画を見せつけられるのは、もはや拷問だった。
カリカリとペンを動かす音だけが、取調室に響き渡る。
不意に「妄想癖有り」という言葉が聞こえた気がして、須郷は立ち上がった。
椅子がガタッと大きな音を立てた。
「あの」
「はい?」
「いま、何か言いませんでしたか?」
「いいえ、何も」
「そうですか……」
幻聴か? そうかも……
須郷は深呼吸しながら検察官に目を向ける。
「……あの。そのメモには、何が書かれているんですか?」
「本日の質疑応答の内容をまとめています。あとでお見せしますよ。ひとまずお座り下さい」
呼吸を整えた須郷は、検察官の言葉に従い、椅子に体を落とした。
大人しくした須郷に対し、検察官が続ける。
「ああ、このメモの使い道について言っておくと……例えば、アスナさんに『あなたはティターニアなのですか?』と確認を取るために使用します」
「ひぇっ」
須郷は、思わず身をすくませた。
ガタガタと体が震え始める。
さきほど乱暴に揺らした椅子よりもガタガタ言っているかもしれない。
須郷は、世界中の人間に「キモーイ。キャハハ!」と
錯覚というか、大体事実なのだが。
そんな須郷の状態を無視して、再び映像が流れ始める。
そこには、キリトを煽りまくる妖精王オベイロン様の姿が、ありありと映し出されていた。
「ALOというゲームの関連文書を見ると、倒した相手の上で屈伸運動をおこなう煽り行為が盛んである、という情報があります。あなたのこれも、煽り行為の一種なのでしょうか?」
「……はい」
「なるほど……被告は、煽りカス行為に尋常ならざる熱意を抱いていた、と」
「えっ」
僅かに聞こえた呟きに、須郷は反応した。
「あの、今」
「次の質問に移ります」
「あっ、はい」
続く映像には、須郷が記憶操作について自慢げに語っている姿。
『記憶操作の基礎研究は、すでに8割方完了しているっ!』
「8割方とは、具体的にどの程度を指していますか?」
「……あと2割が完了すれば、記憶操作ができるようになる目処が立つという予測です」
「目処が立つという予測? つまり、まだ記憶操作はできないわけですね?」
「……」
「どうなのですか」
「狙い通りの操作ができる保障はなく……大まかに言うなら、まだできません」
「なるほど。基礎研究というのは? 応用があるのですか?」
「基礎が記憶操作のメカニズムの解明で、実際に記憶を操作するのが応用研究となります」
「なるほど。記憶操作はまだできないが、出来る見込みで行為を行ったと……」
「……」
返す言葉も無く、須郷は沈黙した。
見切り発車も甚だしい。
自分は、なぜあんなに勝ち誇っていたのだったか?
そう須郷は思うが、結論は最初からわかっている。
とにかく、煽りたかったのだ。それが須郷伸之の、魂に刻み込まれた
映像の中の須郷が、激しい身振り手振りで叫び始める。
『かつて、誰もなしえなかった人の魂の直接制御という神の
「ここでは、なぜ笑ったのですか?」
「えっ」
思いもよらない質問をされ、戸惑いを隠せない須郷。
だが、聞かれたからには答えないといけない。
いや、正直なにもわからないのだが、彼は惰性で適当な回答を続ける。
「ぼくが神になるまであと一歩だと思いましたので、笑いました」
「あなたは、神になるのですか?」
「はい……いえ、その……わかりません」
「なるほど、わからないと」
『残念ながら、この世界に神はいないよ。ぼく以外にはね!』
「既に神を自称しているようですが?」
「はい……すみません」
「謝罪は必要ありません。事実だけを述べて頂ければ」
「調子に乗りました」
「なるほど。調子に乗っただけであり、本意ではないと」
「はい」
頭に血が上るのを通り越して、顔が青ざめてきた須郷伸之。
息は荒く、目の前は暗い。ここまで心が乱されたのは、須郷の生涯において過去に二度しかなかった。片方は、キリトに破れて逮捕された時。そしてもう片方は、掃除のおばちゃんにサーバの電源を引っこ抜かれた時だ。そのレベルの大ピンチである。
『さぁて! 君たちの魂を改変する前に! 楽しいパーリィといこうか!』
止まらない映像。
ゴキゲンルンルンなオベイロン陛下が、心底楽しそうに叫んでいる。
相反するように、現実の須郷はしおしお状態になっていった。
「魂の改変は、できないのではなかったのですか?」
「は、はい」
「では、どのような意図でこの発言を?」
「改変ができるようになるまで二人を監禁しておけば、なんとかなるかな、と」
「しかし、桐ヶ谷さんがどのようにログインしているかわからない以上、長時間の監禁は生命の危機に直結するのでは?」
「はい……」
「なるほど。その自覚はあったと」
「はい……」
傷害、および監禁罪。殺人未遂に至る可能性もあり、という呟きが須郷の耳に届く。
須郷としては、いくら罪状が増えようが「もうどうにでもなぁれ!」という状態なので、正直どうでもよかった。それより、今この瞬間の取り調べを止めて欲しい。心底そう思う。
『ひひっ、良い! イイネ!』
強力な重力魔法をかけられ、苦悶の表情を浮かべるアスナ。
それを見てご満悦のオベイロン閣下と、閣下の股間の妖精王様。
検察官は、どうやらオベイロン閣下のご満悦具合が気になったらしく、問いを投げかけてきた。
「ここは、何が良かったのでしょうか?」
「えっ」
少し考えてから、素直に答える。
「女性が苦痛に顔をゆがめている姿に、欲情いたしました」
「以前から、そのような性癖があった?」
「いえ、そのような事は。ただ普段ありえない状況に、調子に乗りました」
「なるほど。調子にのっただけであると」
「はい。その通りです」
『やっぱりNPCじゃ、その表情はできないよねぇ!』
映像の中のオベイロン様が、さらにテンションを上げて叫ぶ。
もうやめてくれ、と。須郷は思った。
「これは、NPCに同様の行為を実施していた、ということでしょうか?」
「……」
検察官の容赦ない問いかけに、須郷は梅干しをまとめて100個口に含んだような顔をした。
「どうなのですか?」
「はい、行いました」
「それは、どの程度?」
「30分ほどを。週に1度程度、
「なるほど。日常的に行為を繰り返していた」
「はい……」
まじでやめてくれ。
須郷は泣いた。
どうしてこんなことに?
既に答えは得たはずの事に思考が向く。
あの時、茅場晶彦に屈していれば、こんなことに成らなかったのだろうか?
いいや、今更だ。須郷は、茅場晶彦を認められなかった。茅場の「ありのままが美しい。乳を盛るなどもってのほか」という意見は、何があろうと須郷伸之とは相容れない。
その意見は、最初から「持っている」からこそ言える言葉だ。
須郷は、持っていなかった。
家柄以外は、何も持っていなかった。
だから、全てが欲しいのだ。
ありのままが美しいとか言っておきながら、ユニークスキルで最強ギルドの団長を務めていた俺TUEE野郎の意見など糞食らえ。
たとえ天才・茅場晶彦に敗北するとしても、あの男の理想には負けたくなかった。
この世界に残るのは、茅場晶彦が作った仮想世界ではなく、自分の作った世界だ。根幹のシステムはSAOのコピーだが、その上に乗っている世界は、間違いなく須郷伸之の作った物。まがい物と呼ばれようが、かまわない。
あの天才に一矢報いることができたのなら、それでいいではないか? 今ではそう思う。ほんの少しだけの満足だが、何も手に入らなかったわけじゃない。
と。須郷の前に、茅場晶彦の影が現れた。
幻覚だ。須郷にだって、それはわかっている。
だが、幻覚だろうと何だろうと、彼に目を向けないわけにはいかなかった。
──須郷。聞こえているか須郷。
──なんだよ、俺TUEE野郎。
懐かしい声。
幾度となく議論を交わし、須郷を敗北に追い込んだ男。
須郷伸之が目指した姿。
それが、目の前にいる。須郷を見て、話しかけてきている。
──SAOの観察を通じて、私も素晴らしい物を知った。かつては、乳を盛りまくるキミの性癖には眉をひそめたものだが、キミの意見にも、耳を傾けるべき所はあったと。今ではそう思う。
──そうかい。今更だな。
──ああ、今更だ。だが聞いてくれ。私の作ったSAOの中では、肉体の成長がない。ゆえに、現実に存在する素晴らしいピースが一つ、足りなかったのだ。
──何が言いたい?
──つまり、私はこう思ったのだ。「ロリキャラは、成長させて乳を盛っても良い」と。
──へっ。ロリだけかよ。結局は……持ってる奴の意見だな。ぼくとは相容れない。
──ああ。だが。
ここで、二人の言葉が重なる。
──
そうして二人は、熱い握手を交わすのだった。
続きます。
本当に申し訳ない。