という夢を見たのさ!
須郷は目を覚ました。
茅場晶彦の幻影と会話を続けていた須郷を無視し、映像の中のオベイロン閣下はどんどんテンションをアゲアゲでポヨポヨしていく。ポヨポヨって何だ? わかんねぇ……
拘束したアスナの髪をつまみ、その香りをクンカクンカするオベイロン閣下。その姿は、ガチで気持ち悪かった。この映像を見た須郷本人も気持ち悪いと思っている。世界の心が一つになる瞬間であった。
『ふふっ、現実のアスナくんの香りを再現するのに苦労したんだよ』
「ここでは、なぜ香りを再現したのですか?」
「……VR空間は……匂いの模擬が発展途上で……アスナと本当に一緒にいるかのような没入感を味わうためには、リアルな体臭が必須だったんです」
「なるほど」
「なので、アスナの病室に解析装置を持ち込んで、彼女の体臭を徹底的に分析しました」
「なるほど……なるほど?」
茅場との脳内会話、そして自身の性癖に関わる事柄に触れられた事で、須郷の目に少しだけ光が戻る。
余談ではあるが、須郷は体臭フェチであった。
体臭から女性社員が夜更かししたことを言い当て「須郷さん、セクハラです」「須郷さんキモーイ。キャハハ!」と笑われたことは一度や二度ではない。
須郷の冷静な部分は、いつも警告を発していた。
人の体臭についてとやかく言う物ではありません。わかりましたか須郷?
いいえ、わかりません。体臭にこそ、人の業は宿ると思います。
須郷のワガママな部分は、いつだって冷静な意見を封殺する。須郷は
そんな須郷の頑なさが今、検察官に牙を剥こうとしている。
「解析は困難を極めました。大型の解析機器を病室に持ち込むこと自体にも苦労しましたが……身動きの取れない彼女は新陳代謝が弱いため、通常の状態とは体臭が異なるんです」
須郷は、舌をベロンベロン回す。
もう映像を見たくなかった。何か喋り続ければ、この現実から逃れられるのではないか。そう思った。
「そのため私は、実験を重ねました。20名の女性を集め、通常の状態と、VR空間に長時間滞在した時の状態。その二つで体臭がどのように変化するかを比較し、統計学を用いてアスナが日常生活を送っていた時の体臭をトレースしたのです。非常にチャレンジングな行いでした。しかし、数々の実験データと叡智を結集し、ついに! 我々はついに、アスナの体臭をVR空間に実装することに成功しました! しかも、彼女の感情や体調の変化に追従し、微細な調整も可能! この技術は、なにも彼女の体臭をトレースするだけの機能に留まりません。今までは、データとして実在する匂いを、そのままVR空間に持ち込む事しかできませんでした。しかし、現実のあらゆる匂いを計測しデータ化するのは、現実的ではありません。データを集めるだけでも大変ですし、仮にそこをクリア出来た所で、データ量が膨大になってしまいます。ましてや個体差まで考慮する事など不可能。匂いは、画一的にならざるをえませんでした。ここで、今回開発した機能の出番です。既存データから推測値を算出・調整した香りをVR空間に実装できるのであれば、VRのリアリティは画期的に進化することでしょう。これは同時に、VR空間に長時間滞在した際に発生していた『現実との微細な乖離による不快感の蓄積』という問題への対処も」
「その話はもう結構です」
「あっ、はい」
捜査には全く関係ない情報であるので、検察官は須郷の言葉をシャットアウトした。
それも仕方の無い事だった。須郷の自慢話を聞きたい人間などいない。
だって、須郷の話は長いのだ。
特に興味のある内容があるわけでもないのに、もう本当に長いのだ。
誰かが止めなければ延々と続くし、誰かが止めてもなお続く。拷問か?
今回は須郷がしおしおモードから立ち直れていなかったので、なんとか止められただけである。
『病室に解析器まで持ち込んだ、ぼくの努力を評価してほしいねぇ』
「これは、具体的にどのような評価を求めていたのですか?」
「すごい、と。褒めて欲しいな、と」
「この状況で、褒めて貰えると思ったのですか?」
「いえ」
「矛盾がありませんか?」
少し考え、須郷は答えた。
須郷が本当に欲しかったもの。
それは。
「嫌がって欲しいな、と」
「なぜ?」
「性癖ではないでしょうか」
「なるほど。あなたには、女性に嫌がられると興奮する特殊性癖があったと」
「はい……」
須郷は、己が業に向き合い、すべてを認めた。
須郷は顔を震わせる。
N (なんだ) K (この) S (仕打ちは)! と思ったが、認めざるを得ない。
須郷はドMであった。
サディスティックな面は、その後の被虐を受けるための前振りでしかなかった。
一度ダメージを受けてから、返す刀で気゛持゛ち゛い゛い゛するキリトとは相反する存在と言っても過言ではない。いや、過言か? 過言かも。
『ペインアブソーバー! レベル10から8に変更!」
映像は続く。
妖精王オベイロン大閣下がシステムコンソールを呼び出し、感度を操作する。まるで対魔忍だな。
画面の中には、リアルな痛みを感じて苦痛に呻くキリトの姿。
『段階的にキツくしていくから、楽しみにしていたまえ』
「具体的に、どのように楽しみにしてほしかったのですか?」
「わかりません……本当に……もう……」
キリト君に煽りカス行為を行ったオベイロン閣下は、続けてアスナを鎖で釣り上げる。
なぜ手間を掛けてまで、そのような事をしたのか?
だってそうしないと、アスナの涙を舐めにくいだろうが!
オベイロン閣下は、アスナの涙をペロペローリと舐め取った。
そして、恍惚の表情で喜びの声を上げつつ、さらにアスナの頬をペロペロペロペロペロペロペロペロリーヌする閣下。
『ああ、甘い。甘いぃぃぃぃ!』
「ここは、本当に甘かったのですか?」
「はい……いえ、これは比喩表現ではないかと」
「どのような意図での発言でしょうか。言語化をお願いします」
「えーと、それは、そのぅ」
なぜこんな事の言語化が必要なのだ?
そう思いつつも、必死に頭を回す須郷。
本当は、甘く感じた。
自分は、かつてない程の快楽を味わっていたじゃないか──ほとばしる感動に、身を震わせていたじゃないか──そうも思ったが、どう言葉にしていいかわからない。
言葉にできるならペラペラペペーラするのだが、これは須郷自身でも明確にできない感覚だ。よくわからなかったので、須郷はお茶を濁すことにした。仮に言葉にしたところで理解はされないし、裁判の結果が変わることもない程度の事柄だ。
「人の不幸は蜜の味、と言いたかったのではないかと思います」
「なるほど……あなたは女性に嫌がられると、脳が多幸感に満たされる脳構造をしている、と」
「……」
余談ではあるが、須郷は体液フェチであった。
通常の人類であれば、ペロリと汗を舐めて「嘘を吐いている味だぜ!」なんて漫画のシーンを見ても、冗談の
けれども、須郷にとって、それは「リアル」だった。
須郷は、人の汗や涙を舐めることで感情を読み取れるのだ。
おっさんに汗を舐められて嫌悪以外の感情を持つ人はいないので、ただの勘違いかもしれないが。
しかしながら、須郷は信じたのである。この須郷伸之は、人の汗を舐めることで、相手を理解できる性質を持つ者であると。
汗を舐めさせてくれと女性社員に語りかけて「もしもしポリスメン?」「須郷さんキモーイ。キャハハ!」と笑われたことは一度や二度ではない。
須郷の冷静な部分は、いつも警告を発していた。
人の体液を舐めたいなどという欲求を表に出す物ではありません。わかりましたか須郷?
いいえ、わかりません。人の魂は、体液に宿ると思います。
須郷のワガママな部分は、いつだって冷静な意見を封殺する。須郷は
冷静に考えて体液に魂が宿るはずもないのだが、須郷はそれが事実だと思い込んでいる。
須郷の強い思いは心意となり、仮想現実を超えて現実世界すらをも侵食した。
ここで余談をもう一つ。
SAOシリーズにおいて、キリトの最大の敵となるガブリエル・ミラーについて。
彼は、人が死ぬ瞬間に漏れ出る魂をこよなく愛していた。死の瞬間の絶望、その無念を具現化したような幻。彼は、彼にしか見えないそれを、人の魂であると信じた。
「君の魂はきっと甘いのだろう」。ガブリエル・ミラーを象徴するキモゼリフだ。
賢明な読者の皆さんであれば、既にお気づきのことだろう。
あれ、こいつ須郷と同じこと言ってね?
そう。ガブリエル・ミラーと須郷が愛した甘露の正体は、同じ物だったのだ!
死という絶望を与えなければ甘露を味わえないガブリエル。それに対し須郷は「おっさんに汗や涙を舐めとられる気持ち悪さ」を与えるだけで味わうことができる。
いつでも、どこでも、誰とでも!
心底気持ち悪いと思われる、たったそれだけの代償を支払うだけで!
しかもその代償は、須郷にとってはご褒美にしかならない。無敵か?
この事実は、須郷がガブリエル・ミラーの完全上位種であることを示していた。
SAOシリーズ最強の敵。それは、この須郷伸之だったのかもしれない。
映像が進み、キリトの宝具(受けたダメージを次のターンに倍にして返す)が発動した。
この先のオベイロンは、ただのサンドバックであった。妖精王(笑)
『ぼくはこの世界の創造主だぞ! この世界の王、神!』
「ここでも神を自称しているようですが?」
「調子に乗りました」
「なるほど。これも調子のせいであると」
『なぜエクスキャリバーを出せない! 神の……神の命令だぞ!』
「また神を自称していますね」
「テンションが上がっていたので」
「なるほど、テンション」
『ふぃやっ、そぅらっ、はぃやっ!』
「ペインアブソーバーが過剰なレベルとなった状態でキリトさんに剣を振り下ろしていますが、これは相手を害する意思があったのでしょうか?」
「はい」
「なるほど。傷害罪……」
「あっ、あっ、ちょっと待って下さい。画面を見て下さいよ。ぼく、腕を切り落とされましたよ? これは、ぼくも被害を受けているのではないでしょうか……?」
「これはあなたの加害行為に対する事実確認ですので、その辺りの考慮はしておりません」
「あ、はい」
やがて胴体を真っ二つにされ、更には残った上半身を空中に投擲され、最後にはキリトの対空必殺技を食らい、頭部を完全に破壊されるオベイロン陛下。
見事な頭部破壊であった。ガンダムファイトでもこんな豪快に頭部を破壊したりはしないだろう。
砕け散ったオベイロンの体が、粒子となり消えてゆく。
キラキラと光る粒子は、まるでキリトとアスナを祝福する花吹雪のようだった。
オベイロン粒子に包まれながら、キリトとアスナが抱き合い、涙を流す。
おめでとう……! おめでとう……!
映像は、ここで終わらなかった。
続く場面は、降りしきる雪の中。リアルの須郷とキリトが対峙するシーンだ。
「わ、私を殺した責任、とってもらうんだからね!」とばかりにキリトに特攻する須郷。
だがしかし、我らがスーパーヒーローキリトくんに敵うはずもなく、返り討ちにあってしまう。
そしてキリトくんは、ヒステリーを起こした須郷を放置。1歳年上の先輩ヒロイン、アスナの元へと向かうのであった。やはり正ヒロインはシエル先輩………アーパー吸血鬼は負けヒロイン。はっきりわかんだね。
そこまで流れて、映像がブラックアウトする。
これで映像の確認は終了だろう。ようやく地獄が終わったと、安堵の溜め息を漏らす須郷。
だが今回の取り調べは、そんな甘い物ではなかった。
「では、次の映像に移りましょう」
「えっ」
何を勘違いしているんだ。まだ取り調べのターンは終わってないぜ!
脳内に王様の声が聞こえた気がした。妖精の王ではなく、
「まだ続くのですか?」
「ええ。重要な映像から先に確認しただけで、まだまだありますよ。幸い、沢山のデータが残っていますから」
「ひぇっ……」
須郷は、膝をガクガク震わせた。
今の須郷に比べれば、チワワですらフロアボス並みの凶悪モンスターに見えることだろう。
吹けば髪の毛が飛んでいきそうな脆弱さ。須郷はそのレベルまで衰弱していた。
須郷の顔色は、青を通り越して白に染まっている。
既に髪も白くなっていたため、まるで白黒漫画でベタとトーンを入れ忘れたような絵面となる須郷。燃え尽きたぜ、真っ白によ……
そんな彼の心情を無視し、次々と再生されていく映像。
その中で我らがオベイロン陛下は、そのキモさをいかんなく発揮している。
『アスナくんは、侮蔑の表情も美しい。ふふ、ぼくの手にかかれば、その顔もいずれ歓喜へと変わる。楽しみにしてくれたまえよ!』
『今日はアクセサリを用意したんだ。ぼくが付けてあげよう。ハハッ! やっぱりアスナくんにとても似合う。ぼくのファッションセンスも中々の物だとは思わないか? 褒めて貰いたいね』
『2ショット写真を撮ろう。いずれ必要になるだろう? いずれっていつかって? フフ……それは、秘密さ』
『フヒヒ……アスナくんは眠っているようだね。この間に部屋を物色しよう。なに、遠慮することはないさ。未来の花嫁の行動を監視するのも、夫の勤めだよ』
『こう見えて、ぼくも昔は歓楽街で慣らしたクチでね。界隈では『夜の王』などと呼ばれたものさ。フ、意外とぼくに似合っている二つ名だとは思わないかい? 夜の王オベイロンか……それもアリだな』
「いや……」
「? どうしました、須郷さん」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
「なっ、どうしてそんなに嫌がるのですか? はっ、まさか重要な秘密が今の映像に!? これは詳しく確認せねば……今の箇所、もう一度再生してみましょう」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
須郷への聞き取り調査は、まだまだ続くのであった。
続きません。
本当に申し訳ない。