ナイスネイチャの悪霊的失恋   作:むうん

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#003

 あれから。ナイスネイチャはGⅡ鳴尾記念を勝利し、年末のグランプリレース『有マ記念』では3着と好成績を残していた。若駒ステークス以降の9レース、GⅠのような大レースでの勝利には一歩届かないがそれでも、GⅠ~GⅢの重賞を含んで掲示板を外さないその走りっぷりに世間ではナイスネイチャの評価は高まっていた……が。

 

「うーん……やっちゃったなあ……あ゛ー……」

 

 クラシック級時代、皐月賞や日本ダービー回避の原因となった骨膜炎が年明けに再発。シニア級の春いっぱいは休養を余儀なくされることが確定してしまう。トレーニングもできず、ぽっかりと空いた予定を埋める物などなにもなく。ナイスネイチャは、慣れぬ松葉づえの練習がてら府中の中央公園まで繰り出し、なんとなくベンチでぼんやりと寒空を眺めていた。目の前のグラウンドには、さすがに寒いせいか誰もおらず静かだ。そのせいでいらぬ考えばかりが頭をぐるぐると駆け巡る。

 

 ――俺がもっと、ネイチャの体調に気を配っていれば。

 

 トレーナーは骨膜炎を再発したナイスネイチャに対して、そう言って、本当に悔しそうに、そして申し訳なさそうに頭を下げた。二人でキラキラの『主人公』を目指そう。トレーナーはそう言ってくれていたのに。何たるふがいなさ。自分の体なのだから、まずはアスリートたるもの自己管理してしかるべきであったのに。

 

「……ほんとに、何でアタシ……こういう時にこうなっちゃうんだろ」

 

 クラシック三冠路線をすべて走り切れなかったとはいえ、夏から年末にかけてはなかなかの成績を残したネイチャがシニア級でどんなレースをするのか楽しみだ……と。彼はそう言ってくれたし、自分も調子に乗って春の天皇賞だとか大阪杯などを目標に頑張っていきたい……そんな話を有マの後にした気がするが、今ではぼんやりと霞がかかったように記憶も未来も見通せない。

 

「はぁー……」

 

 ため息。と、自分の座っているベンチに誰かが腰を下ろす気配がした。

 

「お嬢ちゃんよォー……そう暗い顔してちゃあ折角の美人が台無しってやつだぜ……おせっかいなことを言うよーだがよ、ヒヒ」

 

「げ……」

 

 その人物の顔には見覚えがあった。いや、忘れようはずもない。時代錯誤のまるで劇画か洋画ら飛び出してきたような濃い顔と存在感。白髪交じりの無精ひげに覆われた割れアゴに時代錯誤のテンガロンハットをはじめとしたカウボーイスタイル。片腕に巻いた3本の時計。ここにホルスターと拳銃があれば完璧に西部劇の老ガンマンと言った風体の男……忘れようもない。去年の年末、商店街の喫茶店で会った『ホル・ホース』なる男だ。

 

 

 

◆◆◆ ナイスネイチャの悪霊的失恋 #003 ◆◆◆

 

 

 

「で……なんでアタシに声かけてきたんです?」

 

 ナイスネイチャは、やや怪訝な顔でホル・ホースなる男に問う。この男は……自分とは全く違うタイプだ。最近はそーでもなくなってきているが省エネで生きてきたナイスネイチャから見れば、この男はちょいワルだとかそういうのを通り越した『悪そうなオッサン』である。キザで軽薄な……いわゆる『遊んでる』ことがありありの態度からは女性に対する敬意という物をあまり感じないし、実際、偶然公園を通りかかったどこかのご婦人に自分の目の前で「お奇麗ですね」から始まるクサい口説き文句を投げかけたり、逆に女子高生ぐらいの女の子には受けがいいと思ったのか日本語ペラペラにもかかわらず、ちょっとカタコトで典型的な『ガイジン』を演じながら口説こうとしていたことからナイスネイチャは余計にこの男への不信を深めた。

 

「ヒヒ、むしろなんで声をかけられないと思ったんだ? 君みたいな可愛らしい女の子がベンチでカナシソーにしてんだぜ……男ならだれでも声をかけたくなるってもんさァ」

 

「うわ……」

 

 こんな人いるんだ……そんな感想しかない。このご時世、女性に対する扱いというのは論理感がアップデートされてきたものだが、なんというか……『前時代』的な感じがする。実際年齢は50かそこらか? 最低でも40後半はいっているだろう。可愛らしいというのはそのう……嬉しいのだが、正直あまり知りもしない人にそう言われても、困る……ナイスネイチャは思わず自分の頬をポリポリとかいた。実際、商店街などでも孫のように扱われていたためこういうタイプに案外免疫がないのだ。

 

「まあそのう、なんといいますか。多感な時期でありまして……そっとしておいてもらえると……」

 

 濁したような、直球なような。何とも歯切れの悪い言葉で拒否を伝える、が。次に目の前のカウボーイ男の口から出た言葉にナイスネイチャは仰天した。

 

「で、お嬢さんは『誰に恋をしてるんだ』?」

 

「は、ハァーーーーーーッ!!!? ナニヲオッシャッテイルンデスカ!!!!?」

 

 一瞬でネイチャの顔が瞬間湯沸かし器めいて、真っ赤に染まった。なにをおっしゃっているのか。恋をしている? トレーナーさんに!? いや、トレーナーさんはいいなと思うが教師と学生の身分で恋愛などと、とまで考えたところで自分は何を考えているんだ、という思考に行き当たる。

 

「やァーっぱり図星かよォーッ……なあ~……ヒヒ、俺は色恋には詳しい男だからな。そういうのは分かるんだ……」

 

 やっぱりこの男とはかかわりあいになるべきではなかった! ナイスネイチャは顔を真っ赤にしたまま、無言でベンチを立ちそのまま松葉づえをついて去ろうとした。

 

「で、欲しくないか? 恋愛のアドバイス。あんたの気になる男に対するな……男目線からのアピールの仕方ってのを教えてやるぜ。嬢ちゃんはオクテなタイプっぽいからよォー……そういうのは『チャンスを逃す』ぜ……」

 

「…………!」

 

 チャンスを逃す。その言葉は、正直あまり今は聞きたくなかったが、同時に突き刺さりもした。ちょうどケガでチャンスを逃した自分には、その『痛さ』がありありとわかった……というよりは、今まさに直面しているさなかであったからだ。トレーナーさんとのチャンスを逃す……? というのも、その、本当に繰り返すようだが何を考えているんだ、とは思うが、理屈ではなく、そんなのはダメだ……と自分の心が叫んでいるように感じた。

 

「どうしようって、言うんですか」

 

「興味ありね、OK」

 

 ホルホースはにやりと笑った。そして……

 

 ………………

 

 …………

 

 ……

 

「……まあ、そういうコトです、ハイ」

 

「おいおい、トレーナーってつまりあれだな。スポーツクラブの先生が好きってことみたいなもんだろ。ガクセーの禁断の恋ってヤツか……」

 

 近くのファミレスに移動したホルホースとナイスネイチャは、『気になる人』について話をした。余り知りもしない外国人男とコイバナをするという謎の状況だが、遊んでる風だし、それにスキンシップや感情表現が日本人よりも激しいとされる外国人からレクチャーを受ければ、自分でもオクテすぎると自覚している自分には何かしらヒントになるのかもしれない……と、ネイチャはもうやけくそで無理やり前向きに考えるようにした。

 

「ませた子供だとか、思わないでほしいんですけどそういうことです」

 

「バカ、恋愛に歳なんか関係があるかよ。好きなんだろ。しょーがねーじゃねーかよォー」

 

「あ、そういうところは真摯なんだ。いや、逆に雑なのかな……軽いというか……」

 

 クリーミー抹茶ラテを所在なさげにかき混ぜながら、ネイチャはぼやく。ホルホースはそうだなァ、と何かしらアドバイスを考えているようで、ドリンクバーを行き来してアメリカンコーヒーをがぶ飲みしながら、禁煙パイプをたまに吹かしている。

 

「そうだな。まずはおまえさんを『女』としてトレーナーに見させるところからだな」

 

「……なんか……生々しくないです? 表現?」

 

「『異性』として意識させる、これでいいか?」

 

 といっても、異性としてトレーナーさんに意識してもらうにはどうすればいいのだろう。とんとわからないし、なんかそういうアピールは……すごく苦手な気がする。

 

「まずはデートに誘え」

 

「ごぼふ」

 

 もうド直球の答えが来た。思わずネイチャは啜った抹茶ラテで咽てしまう。

 

「デートに誘う、で驚いてどうすんだ……まあ、最初からトバしてもお嬢ちゃんはたぶん無理だからな。まずはジャブ……例えば休日に一緒にスポーツ用品を選びに行くとか、そういうので誘え。それからだんだん関係のない方面にもっていき、ディナーとか遊園地に誘うんだ。あ、デートコースとして映画とかは典型的に見えて割とダメだぞ。会話が少なくなるからな。コミュニケーションなんだから会話がポイントだ」

 

「は、はあ……そういうもんですか……」

 

 これに関しては本当にわからない。なんでおっさんの恋愛講座を聞かされているんだ、という感もなくはないが、割とまともな答えが返ってきた気がする……ネイチャはうーん、と腕を組んで考え込むのだが、ホル・ホースは不意に立ち上がり。

 

「じゃ、実戦だな。行くぜお嬢ちゃん」

 

「え、実戦って」

 

「今から『トレーナー』を誘うんだよ。とにかく糸口をつかむんだ」

 

「えーーーーーー!!!?」

 

 いきなり!?今から!?と驚くひまもなく、あれよあれよと言ううちにホル・ホースに連れ出され……

 

「向こうから来るのがお嬢ちゃんのトレーナーか。よし、偶然下校時にあったという体でいくぞ。そこからデートにもっていくんだ」

 

「う、うう……なんでこんなことに……」

 

 少し遅い時間。あたりは既に暗く、やや肌寒いがそんな中でトレーナー陣や教師が使うトレセン学園の出入り口近辺の植え込みの影に隠れて様子をうかがうネイチャとホルホースはご多分に漏れず、ネイチャのトレーナーが出てくるのを待っていた。ちょうど、ネイチャのリハビリメニューなどを書き記してあるであろう書類が入ったバインダー片手に門からトレーナーさんが出てくるところだった。

 

「今だ、いけ!GOGOGOGO!」

 

「あ、あ~、もう~~~!うわ~~~~!」

 

 急かすようにGOと連呼するホルホースの勢いにのせられ、ネイチャはう、うわ~などと呟きながら、小走りにトレーナーの前に歩み出る。マフラーで口元を若干隠し、うつむき気味で、眼が泳いでいる姿はかなり変だ……が。トレーナーはどうしたの?と普段と変わらない風に接してくる。

 

「あ~、え、え~とですね~……ぐ、偶然だな~、トレーナーさんとこんなところでばったり会っちゃうとは~」

 

 何が偶然であるものか。普段のトレーニングの際には全然平気であるのに、ヘタに意識してしまったせいで妙にガク突いた言葉しか出てこない。ネイチャ?とトレーナーも怪訝な顔だ。

 

「そ、そのですね……あの、その、今週末……日曜なんですケド……」

 

 え、ええい、トレーナーさんも何か変な風に思っているぞ。と、とにかくだ。ただトレーニング用品を一緒に選ぶだけだ。最初のころはシューズについてのアドバイスなんかも受けただろう。ただそれと変わらない。変わらないのだ。そうだ、変わらない!

 

「ちょ、ちょっと新しい道具を今のうちに揃えておこうかな~と思って、ですね……一緒に選んでもらえないかな、と思った訳です。ハイ」

 

「ああ、ごめんね。日曜日はちょっとネイチャの怪我の事で病院の人と意見交換する予定があって……別に怪我が深刻とかじゃなく、新しい治療法の説明を受けるんだ」

 

 や、やった!誘えた!誘えたぞ……え?

 

「土曜日もその治療法を研究してるTG病院に提出する書類をつくったりしないといけないから今週末はダメかも……ゴメン!」

 

「あ、あー、ソウデスヨネ、忙しいですモンネ……モウシワケナイデス……それじゃ!」

 

 ぎくしゃくしながらくるり、と引きかえし、トレーナーの元から植え込みの陰に帰ってくるネイチャ。

 

「だ、だめだったじゃん!!!」

 

 ほとんど八つ当たりのように、ホル・ホースへと顔を真っ赤にして言うが、そこにはすでにホル・ホースはおらず……

 

「な、なんなんだよォ~~~!!!」

 

 ナイスネイチャの悲惨な叫びだけが、冬の夕方に響いたのだった。

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