◆◆◆ ナイスネイチャの悪霊的失恋 #005 ◆◆◆
「――全部、話してください。ホル・ホースさん」
ナイスネイチャは、ホル・ホースの胸ぐらをつかみ、そう凄んだ。凄んだつもりだった。ホル・ホースは一瞬、驚いたようだったが、それはびっくりしたとか怯えたのではなく、『オクテ』、『オシン・ガール』などと揶揄したネイチャが行動を起こしたことに対してのどこか嬉しい喜びが混じっているように見えたし、ネイチャ自身、自分が凄んだところでどうにもならないというのはなんとなく感じていた。
「オイオイ、急にどうしたんだいお嬢ちゃんよォ……こわいこわい……女の武器ってのは拳じゃなくて、笑顔と愛嬌って相場が決まってんだぜェ~~~」
「……からかわないでください。ウマ娘のパワーは大人の男の人だって取り押さえられることは知ってるでしょ。そういうこと、したくもないけど……!」
このままだと、トレーナーさんが『おおきななにか』に絡め取られて巻き込まれていく。どうすればいい? と子どもの脳みそで必死に考えて、兎にも角にもホル・ホースから話を聞き出さなければならないと結論が出た――というよりは、もはやそれしかないのだ。TG大学病院、スピードワゴン財団、スタンド。それらが今回の事件に見え隠れするが自分だけではピースを埋められない。
「……知っていることを話してください。あなたが私を巻き込みたくないと考えていることは知っています。知れば、『関係者』になる。だけどッ! 『私の大切な人』がもう『巻き込まれようとしている』ッ! 『どす黒いなにか』にッ! それだけは絶対に嫌だッ……!」
掴む拳に力が入る。ホルホースはおいおい、と無抵抗に手のひらを上げている。しかし、例のスタンド――を使う気配もないし、おそらくはこの人は使わない。そういう、ある種の打算もあった。この男は本当に世界一女に優しい――とまではいかないかもしれないが、たぶん、善人とまではいかないが『悪人じゃない』から。女の子に怪我をさせるような真似は嫌うはずだ。
「話して! 話してください! 話せッ! はな――あれ?????」
……もはやヤケクソでぶんぶんと力任せに体を揺さぶっていたが、いつのまにかホル・ホースがぐったりしている。あ――よく見れば完全に襟で首が締まっている。顔が青白い。もしかして、呼吸が――?
「あ、え、う、うわっ、救急車ーーーーッ!!!!」
………………
…………
……
「いやあ、女の子に首を絞められたのは……はじめて――ではないな。殴られたり刺されかけたりしたこともまあまあある」
「お、女の敵――じゃなくて……申し訳ない……本当に……」
結局救急車は呼ばずに済んだが、首を絞め落としてしまったホル・ホースに平謝りするネイチャ。ウマ娘のパワー、マジで事故につながるな……改めて気をつけよう……と考えつつ、お詫びと言っては完全にしょっぱいが、缶コーヒーを買って来た。
「ヒヒ、まーいいさァ、いい男ってのはときには女に殴られるモンだ……」
「あ、あの、それで……」
「『TG大学病院』の件だろォ? 『巻き込みたくない』しそもそも『スピードワゴン財団』からの許可が必要だ。部外者に情報を知らせるってのはな……本来なら『スタンド』のことだって口止めされてるんだぜ。超能力者が実際にいる――もしそんな情報がなんらかの証拠とともに拡散されみろ。社会的な混乱ってやつが起きる……『財団』の受け売りだがね」
「そうですか……」
さすがに、ちょっと焦りすぎていた。唯一の手がかりとは言え、あんな態度で交渉も何もあるものか。絞め落としてしまった気負いもある。断られても、今はこれ以上突っ込んだ質問をする気にもなれなかった。
「……そーだな、だが、今のお嬢ちゃんは『必死』だ……あの『トレーナー』を守りてえんだろ。本来、こういうのは俺みたいな『大人』の仕事だが……お嬢ちゃんはもう断片的な話を聞いちまってる。わかった。ひとつだけ約束できるならな」
「え――」
それは
「『必死』だからといって自分から『暴発』するのはやめろ。俺が全部教えて、その上でお嬢ちゃんにも『協力』してもらう……あぶないことはナシだ。実際、そのほうが俺が『皇帝』でカタをつけるよりもスマートで、血も流れねえ。丸く収まる……というハナシでもあるがな。約束できるかい?」
ごくり、と息を呑む。いざ、そう持ち込まれると返答に詰まった。まるで空が、風が、ごうごうと唸っているかのような錯覚。しかし、私は決めたのだ。『トレーナーさん』を守る、と。
「……約束します。暴走しません。あぶないことも……しません。聞かせてください、ホル・ホースさん」
………………
…………
……
――2週間後。TG大学病院。
「それではこちらに。ナイスネイチャさんの簡単な体質検査の結果が出ましたので、治験薬『LOCACACA6251』のご説明を行います」
「それって、以前話題になった『画期的新治療法』ですよね。なるほど、妙に秘密条項だとかが事前のお話で多かったのはそういう……」
トレーナーとナイスネイチャは朝早くからM県S市TG大学病院に赴き、病院関係者の話を聞いていた。
「はい、正確にはその治療法のさらなる改良系という形になります」
『LOCACACA6251』――それは数ヶ月前のこのTG大学病院院長『明負悟』が主導した極秘プロジェクトで開発されたという従来の医療の常識を覆す、全く新しい新薬である。この物質は生きており、被験者の体内に注入することにより怪我や病気部分を完全に『交換』する。再生医療どころか全く新しいものに『交換』されたようになってしまうのだ。しかも細胞培養や手術の必要もなくただ、注射するだけで良いという手軽さの上、非適合による副作用リスクすらないとされている。まさに夢の治療法――当然、世界中の故障に悩むアスリートたちがこぞって飛びついた。基礎理論が発表されただけの段階で、公式・非公式に世界中から接触があり噂では一本2億円以上で裏取引が成されていた――とまことしやかに囁くものもいた。が、『LOCACACA6251』の噂は短期間で聞かれなくなってしまう。何故か? 研究中の事故により『LOCACACA6251』は全検体を喪失。さらには院長明負悟氏の事故死も重なり、基礎理論までも失われた――そのように発表されて以降、続報がなくなりこの画期的治療法の話はたち消えになったのだ。じつは論文はデタラメだっただとか、医療利権がどうのこうのだとか、闇の力で消されたとか、今では陰謀論者が時折アクセス数稼ぎのネタにする程度である。
――が、眼の前の医者はたしかに言った。『LOCACACA6251』と。
「『LOCACACA6251』を投与することで、ナイスネイチャさんの管骨骨膜炎の改善に大きな効果があると考えられます。これはトレセン学園側と我がTG大学病院の共同医療プログラムによるもので……十分な安全性は既に確保されていますが、一応は第III相試験という治験の一種になります」
「治験……つまりは、人体実験ですよね……」
「確かに言葉を選ばなければそうなりますが、第III相試験というのは治験の最終段階で実際に販売状態になった後、この『LOCACACA6251』を使用するであろう患者さんたちに多く使用してもらって、これまでの有効性を確認する作業ですから……そこまで心配する必要はありません。ここまでの試験でも、副作用というものは全くでていません。夢の治療法は伊達ではないんですよ」
不安げにつぶやくネイチャに、担当医が言葉をかける。実際効果に自信があるのだろう。それほどまでに今までの実験結果が優れていたのだろうか。いや、今はそれ以上に――
「……事前の説明では即日効果がある、ということでしたが本当にネイチャはすぐに走れるようになるんですか? 最低でも秋までは休養が必要、との診断を受けましたが……」
「はい、即日です。『LOCACACA6251』の利点として、『交換』作用の発現までの速さがあります」
トレーナーさんが心配だ。トレーナーさんは、自分が骨膜炎を発症・悪化させてしまった時、本当に責任を感じていたようだった。今回、このTG大学病院からの提案を聞こうと思ったのも、もっと適切にネイチャを指導・管理できていれば……という思いが、あったからに違いない。これほど自分のことを考えてくれている人を、危ない目にあわせるわけには行かない――。今回、トレーナーには事体は伝えなかった。ホル・ホースも迷っていたようだが、情報を知らせれば、トレーナーを巻き込むことになってしまうかもしれないし、トレーナーに伝えて、断ったところでTG大学病院はこの『LOCACACA6251』を別の故障したウマ娘を使って治験するだろう。
「……いいか、俺がお嬢ちゃんに近づいたのは『LOCACAC6251』という薬剤の治験がいまだに行われているから、という事をスピードワゴン財団が掴んだからだ。少し前に話題になった『夢の新薬』だがこいつは隠されてはいるものの不完全なのさ」
3週間前、全てを話すと決めたホル・ホースから見せられた写真やレントゲンなどは衝撃的だった。今でも覚えている。『LOCACAC6251』はたしかに怪我や病気を治癒する。しかしその等価交換めいて、副作用としてどこかの部位が『石化』する。そう『石化』。石の『ようになる』とかではなく、『石そのもの』になってしまうのだ。
「発表されているようにTG大学病院の『LOCACAC6251』は全てとある出来事で破壊された……と思われていた。だが、そうじゃあなかったんだ。いくつかのサンプルは既にTG大学病院の外に持ち出されていた。あるいは事態を見越して一箇所で保存されていただけではないんだろう。そのひとつはスピードワゴン財団が確保し、今も研究してるが――あきらかに『危険』な代物だ。副作用は解消されていない」
そう言って、ホル・ホースは別の写真をネイチャに見せた。帽子を被った年配の人物が、見たことがある人物――たしか、トレセン学園の沖野トレーナーだったか。それと話している写真だ。
「……やつらはトレセン学園に目をつけた。このトレーナーは断ったようだが、何人かがTG大学病院から接触を受けている。どうやら最初は非公式に高額な治療をふっかけようとしていたようだが、うまくいかなくて提携路線に移行したようだな。で、最終的に白羽の矢がたったのが――」
「アタシってわけですか……」
「そう、G1レベルのウマ娘で故障者ってのは数が限られる。やっこさんらも『金』に困ってるのか……とにかく売り込むための『実績』が欲しいんだろうねェー……だが、スピードワゴン財団は『LOCACACA6251』を危険視している。俺みたいなのを送り込むほどにね。たぶんだが……こいつはおそらく『スタンド』とかと同じで表沙汰にしちゃいけない類のモンなんだよ」
……ウマ娘は故障とは切っても切り離せない。人間以上の筋力や骨格、心肺機能の強さを持っているとはいえ、ボクシングのハードパンチャーがあまりのパンチ力に時に自分の拳を痛めてしまうように、走るたびに『足』――『選手生命』をすり減らしていくのは避けられないことなのだ。そしてそれは優秀なほど、能力が高いほど、残酷に襲いかかる。ナイスネイチャはG1勝利こそないとは言え、間違いなく全ウマ娘のトップ層にいる実力者――。故に目をつけられた。
「……お嬢ちゃんにはこの『治験』を受けてほしい。で、だ。そのうえで――『LOCACACA6251』を手に近づいてほしいワケだ。できるか?」
「近づいてほしいって……手に入れろってこと? そんなの、どうすれば……」
「ああ、言い方が悪かった。『LOCACACA6251』を何も盗めってワケじゃあない……以前『LOCACACA6251』が全て破壊されたって言ったろ。それで病院側も管理体制ってやつを見直してね。サンプル自体は病院以外の他の場所に保管してあるのさ。投与の当日に、『LOCACACA6251』が病院に輸送される――つまりお嬢ちゃんは、治験を受けるフリをしてくれるだけでいい。そうすりゃ当日、勝手に『LOCACACA6251』がやってくるわけだからな……そこを俺が押さえればいいだけだ。どうだい? 危険もないだろ。安全、安心、クリーンでセキュア。な?」
「……わかりました。治験を受ける『フリ』だけでいいんですね。そしてその投与当日の日付を伝えると」
「そういうことだな。治験当日はスピードワゴン財団の力を使って、杜王町全体を監視する。保管場所事体はどこかわからないが、財団の連中が過去の搬送記録や病院の出入りを照合して車を特定してくれるってワケよォ」
これが、今回ホル・ホースから頼まれた事の全てだ。正直――あの男の言うことを今でも半信半疑だ。夢の治療法。副作用。スタンド。陰謀。フツーのウマ娘だと思っていた自分にそんな映画の中の話が降り掛かってくるなんて、夢にも思わなかった。だが。
「――わかりました。全て了承します。『LOCACACA6251』、投与してください」
ナイスネイチャは、担当医に向けてそう言い放つ。いままでのように、切羽詰まってではない。全ては『トレーナー』を。『愛する人』を危険から守るため――。
「そうですか。では、投与の予定日は追ってご連絡します。それと投与は当院の院長である『明負真』が行わせていただきますので――」
本当に投与を受けるわけではないのだ。あとはスピードワゴン財団とホル・ホースに任せるしかない。私の役割は終わったのだ。説明を続ける担当医の言葉を聞き流していると、ふと、いつのまにかソフトハットを目深に被った人物が居た。足音も、気配もなく。ただ最初から居たかのように、その場に。本当に深く、帽子を被っているので顔の半分以上が見えなかったがモノクルのようなものを掛けている老人だというのはかろうじて分かる。
「あれ、院長先生いつからそこにいらっしゃったんですか? ちょうど次回の被験者の方にご説明が終了したところで……」
「たまたま生きてここに居るだけさ……だが、面白いものを見ることができた」
それは杖をつきながら、ネイチャとトレーナーを帽子の下からまじまじとみた。院長――このTG大学病院の院長。
「君はなにか……隠しているね。『健康ランド』では……本来、あのホル・ホースとかいう男だけを狙うつもりだったが君も不運にも巻き込まれてしまった。だからきみはたぶんだが、いくらかの事を『知っている』ね……どこまで『スピードワゴン財団』は掴んでいるのやら……」
「……え、ええと?」
老人の言葉に、ナイスネイチャもトレーナーも、きょとんとした。いや、少なくともナイスネイチャはその後に、ぞわりと背筋に戦慄が走った。バレている。病院関係者に――。
「一つ忠告しよう……このわたしを『追撃する』行為はかならず『禍』の痛手となってそのものに帰っていく……まだ『私』自身を認識していなかった君はその対象にならずに済んだ……だが二度はない」
院長を名乗る老人は、まるで安心したまえ、とでもいいたげに固まったナイスネイチャの方に触れて、耳元で言うのだ。安心とは真逆に、呪詛をかけるように。
「君は私の存在を認識したからね。つまりこれ以降……この件に首を突っ込む、ということはいわば私を『追撃』することだ。そうすれば君は『流れ』へと足を踏み入れることになる」
『追撃』『禍』『厄災』『流れ』。なんだこいつは。だが、これはヤバい。絶対的にヤバい。本能的にそう感じる。
「私はワンダー・オブ・U……流れはずっと『厄災』なんだ」
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