闇堕ちした初代ギターヒーローを二代目が救う話   作:火内coach

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師匠に感化された、闇堕ちぼっち

「もうちょっと、力を抜いて。そう。ひとりちゃんは素直だね。体は正直だから、君の緊張を敏感に伝えちゃう。ライブの時は砂になるくらい気を抜く気持ちだと、ちょうどいいね」

 

「あ、はい………」

 

 腕先から手首へ、陶器を触るかのような指先のしなやかさに従って、ギターを持つひとりは体勢を変えて行く。独学ならではの、癖がついてしまった体を調整しているのだ。

 

 現在、彼女がいるのは下北沢のとあるライブハウス。ミナの古参ファンが経営するライブハウスなので、いつでも貸してもらえるとか。

 師匠の都合もあり、毎日ではないけれど、学校から帰って彼女にギターを見てもらい、美味しいご飯をご馳走になる。

 

(うへ、へへ………日常を謳歌してる。これがリア充!)

 

 ひとりはこの生活を楽しんでいた。

 学校と自宅を往復する、そんな灰色の生活に比べたらどれだけ眩しい事か。

 

「うん。大分良くなってきた。それじゃあ、今日はここまで。ごめんね、ひとりちゃん。この後、ファンの子とお食事だから」

 

「あ、はい。わかりました………あ、明日は?」

 

「明日は仕事かな。レコーディングなんだ。だから明々後日だね。ギターはサボっちゃダメだよ。30分でいいから必ず触る事」

 

 明日はフリーと言われて予定がない事に軽く眩暈を起こす。予定がない生活が、どれだけ寂しい事なのか。予定がある生活のせいで知ってしまった空虚感が襲う。

 

 今にも胸に穴が開きそうな、というか谷間に穴が開いたひとりを見て、ミナは指先を顎に当てて、誑かすようにくすりと笑う。

 狙った通りに育っていると言わんばかりに。

 

「私の弟子は寂しがり屋だね。大丈夫、私はいつでもひとりの味方だからね。だから、勝手にバンドとかに入ったらダメだよ? めっ、だからね」

 

「あ、はい………大丈夫、です。どうせ、誘われないので」

 

 斜め下を見ながら、辛い現実に折れた言葉に師匠の甘い言葉が染み込んでいく。ひとりの生まれた空虚な穴を彼女の愛で無償で埋まっていく。

 

 それが、ある意味洗脳である事を、ひとりはまだ知らない。

 

 

 

 

 

 

「えっと………下手だね」

 

(師匠には褒められたのに! 師匠と何回かライブしたのに!?)

 

 翌日、ひとりはギターを持って登校していた。師匠に言われた約束を如実に守る為と、後は師匠に言われていたが、バンドには憧れていて。

 せめて音楽に詳しいクラスメイトを! という彼女の小さな願いは誰も近寄らないという理由で終わりを迎えた。

 

『お願い! 今日だけ、私達のメンバーになって!』

 

 ところが、師匠と出会えた公園で軽くギターを触っていれば、現れたのは金髪の美少女。虹夏と名乗った彼女に手を引かれ、やって来たライブハウスで急遽ギタリストとして出演が決まったのだが、

 

「えっと………ごめん、下手としか言えない」

 

「ちょっと、縄をください。首吊りロッカーで名前だけは覚えて観客に帰ってもらうので」

 

「結束バンドならある」

 

 あまりにもあんまりすぎる言葉にひとりのライフは既にマイナスを切っていた。それもそのはず、今までのひとりは好きなように弾き、師匠にサポートしてもらっていた。

 

 正確に言えばプロの上澄のギタリストと合わせられるようになってしまったせいで、一定以上のバンドではないと合わせられない。

 合わせる為には自分の実力を落とさなくてはならないという事に。

 

「ど、どうも………プランクトン後藤です」

 

「売れない芸人みたいな人出て来た!」

 

「小笑い間違いなし」

 

(師匠も、この事知らなかったのかなぁ………やっぱりプロは違うんだなぁ………)

 

 無論、ミナもわかっていてそう教えた。

 少なくとも、自身の背中を見ることの出来る将来性あるギタリストの退路と進路を彼女は振る舞いと言葉で決めているのだ。

 

 それは全て、彼女がひとりを自分の弟子として愛するが為に。

 愛の為ならば、人は浮気をしようと子供を捨てようと、免罪符になるのだから。

 

「だ、大丈夫だよ! 最初は皆下手だから! 師匠がいるなら、すぐに上手くなるって!」

 

「私は上手い」

 

「あ、はい………そうですね。ごめんなさい、なるべく頑張って合わせます………」

 

 よし、と気合いを入れてペストマスクを装着する。黒くなる世界、肌に張り付く素材。窮屈な世界が何より、自分に安心を与えてくれる。

 なお、初対面の2人は一歩後ずさった。

 

「え、そ、そのマスクは何?」

 

「師匠から渡されたものなんだ。これがあれば、私は真の実力を発揮できる」

 

「ちょっと待って、どちら様?」

 

「後藤ひとりだよ。好きに呼んでいいけど」

 

 つけた瞬間、口調が変わる。吃る事なく、すらすらと話す彼女に、数秒前の彼女とズレが生じて困惑。それに気づいてか、知らぬか、ひとりはギターのチューニングをして、

 

「ライブまでまだ時間あるなら、合わせをやろう。なるべく合わせられるようにするけど、期待はしないで」

 

「凄い、人格が変わった………仮面外したらどうなるの?」

 

 低い声で指示を出すその隙に、青髪の美少女が仮面をひっぺがす。

 瞬間、吹き出す邪気………黒いモヤが仮面から解き放たれて、小さくなっていき、

 

「ち、調子に乗ってごめんなさい………ギターを売りますから、殺さないでください」

 

「戻ったぁぁ!? そんな魔王に操られてた仲間みたいな展開ある!?」

 

「虹夏、この子面白いから正式に採用しよう」

 

 そこにいたのはゴミ箱に引き篭もるやどかりが。

 とにかくバンド自体は成功した。主に影響受けてる闇堕ちひとりのおかげで。

 

 

 

 

 

 

「………バンド?」

 

「あ、はい、その、バンドに入りまして」

 

 翌日、無事入隊が認められた結束バンドの拠点『STARY』に行く前に、師匠の下に顔を出す。話始めはいつも通り、優しいままだったが、バンドに所属した事を話すと空気は一変。

 

「そっか………ちょっと待ってて。すぐに潰してくるから」

 

「ま、ち、違います! そ、そんな悪い人じゃなくて………!」

 

「いい? ひとりちゃん? 世の中にはね、下手くそなくせにギター持って下北沢で佇んで女を食うことしか考えてないバンドマンがいるの。そんなクズは潰されて当然。そうでしょ?」

 

「ち、違いますって! 周りの人達は私と同じ高校生で………」

 

「ひとりちゃん。悪い人に騙されてる女は大体そういうんだよ」

 

 恐らく彼女の世界では、ひとりを食い物にする屑バンドマンが浮かんでいるのだろう。親御さんから娘さんを預かってる身としては心配も当然。

 

「ひとりちゃん、私は貴方が心配。貴方、褒められただけで股とか開きそうだもの………砂とかになる人外を抱けるかは別にして。私は余裕だけど」

 

「え? 何か、いいました?」

 

「とにかく、バンドに入らなくてもいい。ひとりちゃんには私がいるじゃない。聞いた限りだとボーカルもいない、インストバンド。ひとりちゃんの憧れは私みたいなボーカルとギター。なら、私に師事した方が絶対にいいよ」

 

 黒マスクを外した、自分の顔の良さを最大限に生かした囁きで退路を消しにかかる師匠に、ぼっちはゆっくりと首を振った。

 

「い、いやです。師匠のお願いですけど………私、結束バンドでバンドをやりたいんです。こんな奇跡、2度と………ないから!」

 

 横に、だ。彼女の師匠になってから起きるはずがなかった自己主張。それにミナは目を見開くと、黒マスクを元に戻して、目を伏せる。

 弟子の前だから、プロの自分より優先された事への悔しさを隠す為に。

 

「それで、お姉さんがもうギターを見ないって言っても?」

 

「………こればかりは、譲れません!」

 

(強情………これ以上はムリ、か)

 

 人間としてはいい傾向、だが弟子としては悪い傾向だ。

 かと言って、頭から否定しては自らの下を去る可能性すらあると瞬時に判断して、

 

「条件付きで許してあげる。守れなかったら、お姉さんはギターを見ない。約束、守れる?」

 

「あ、は、はい! 守ります! 守らせてください! 血判でいいですか!」

 

「言質でいいよ………発想が、怖いよ………」

 

 約束は簡単、

 ①ちゃんと自分の所に教わりにくること。

 ②30分以上はギターを触ること。

 

「ギタリストになりたいならバンド活動という体で、ドラッグ、セックスにハマらないように………」

 

「私を愛してくれる人がいません」

 

「大丈夫。ひとりちゃんが30迄独身なら私が貰ってあげるから」

 

「師匠………すき」

 

(今でも美少女でスタイルはいいけど、犯罪だから………もう少し待とう。それまではベッドに押し倒しても大丈夫な関係の構築を)

 

 手は出さない。もうちょい成長してからだ。

 その辺りの分別がついているのが、この女の嫌なところで。

 

「それじゃあ………多分、最初はお金がいるから、これ。先行投資。とりあえず5万あれば足りる?」

 

「えっ………え!? ぱ、パパ活ですか?」

 

 さらっとブランド財布から抜かれた万札5枚に恐れ慄く、ひとりにミナは手を振って否定。

 

「違う違う。昨日の、それ。ブッキングライブでしょう? 簡単に言えば、チケット買われなかったらバンド側がライブハウスに払わないといけないの」

 

「え………その、お金ですか?」

 

「そう。ひとりちゃん、バイトしてお金とか払いたくないでしょう? 幾ら欲しいか説明したら、その分払ってあげる。売れたら返してくれたらいいから」

 

「か、返せなかったら………」

 

「別にいいけど………あ、一晩、一緒に寝てもらうかな?」

 

「あ、わ、私の体に価値なんてないですが………それでいいなら………」

 

 そそくさと終われた五万円にご満悦なミナ、お金を受け取った以上、彼女の中には罪悪感が生じる。返せなければ返さなくていいのは事実、自分の目が間違っていた事が明らかになるのだから。

 

(それは、それで、五万くらいで20代が抱けるなら必要投資。体まで曝ければより一層依存してくれる………バンドよりも誰を優先すべきかも、ねっ)

 

 黒い微笑みにひとりは気づかず、部屋を出ていく。

 残されたライブハウスで、ミナは1人呟いて。

 

「くだらない………結束だの、仲間だの。ロックは孤独で孤高の音楽──馴れ合いなんていらないの」

 

 手にしたギターの音を奏でる。

 春の嵐に負けない、その波長の暴力を。




「というわけなので………バイトはしないので、これを使ってください」

「使えないよ!? というか絶対悪い人だよ、その師匠!! 決定! ぼっちちゃんも、この店でバンド決定!!」

「使わないなら、その5万貸して欲しい」

「リョウもせびるな!」
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