闇堕ちした初代ギターヒーローを二代目が救う話   作:火内coach

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久しぶりすぎて不安になりますね………ぼちぼち書いていこうと思います。


マスクを外す日

「あ、これ………チケットです。良かったら来てください」

 

「ありがとね、ひとりちゃん。じゃあお礼にステーキご馳走するよ」

 

「あ、はい」

 

 愛弟子がわざわざチケットを持って来てくれたので、お礼にお高いステーキのブルーレアを食べさせてあげることにした。

 渋谷で降りてとあるビルに入り、会員制のカードを見せれば品のいい男性店員が店まで案内してくれる。

 

 その時点で、ひとりちゃんの顔が崩れた。

 

 案内されたのは鉄板前のカウンター。恰幅のいいシェフがいつもありがとうと声をかけるのでミナも弟子にご馳走してあげて。と声をかける。目の前で始まる調理音や焼ける肉の匂いが暴力的なまでに空きっ腹を刺激する。

 

 ひとりちゃんも溶けて来た。

 

 極め付けは肉の焼き加減。アルミホイルで休ませた肉はほぼ生。ブルーレアという時間にして両面を数十秒ずつ焼くだけのもので、中心はほぼ生、どころか生そのものだ。よほど新鮮でなければ出来ないが、刺身やユッケなどが好きな者はそのマットな食感に虜になること請け合いで近場ではこの店でしか出していないのだ。

 

 肉好きなひとりちゃんは食べた瞬間に、昇天した。

 

 これを見たいがために美味い飯を食わせているところはある。

 何を食べてもいい反応をしてくれる人間ほど色々な所に連れていきたい。それは恋や愛とかと一緒であるのだ。

 

「さて、どうだい? ひとりちゃん。ライブは上手く行きそうかな?」

 

「あ、はい」

 

「………聞き方が悪かったね。お姉さんは君の絶対的な味方だ。だから何も怖らがらなくていい。君を否定したりは絶対にしない」

 

 ひとりちゃんと話す際にミナはなるべく威圧感を与えず、下手に出るように喋る事を心がけている。かつてのバンド仲間のように強気な口調で捲し立てては彼女にとって逆効果だとわかっているから。

 

 ひとりもまた、ミナが信頼すべき師匠である事。彼女は絶対的な肯定者である事を理解しているからか、ゆっくりではあるが自分の口で語り出す。

 

「皆、頑張っています………その、師匠がダメ出ししたおかげで火がついたと言いますか………」

 

「メジャーデビュー目指してるのに火がつくのが遅すぎるかもしれないけどね。本気で目指してるならもっとライブをやるとか、活躍してるインディーズに教えを乞うとかあるでしょうに」

 

「あ、インディースで思ったんですけど………廣井きくりって人、知って、あ、あの!? どうかしたんですか!? 頭抱えて!」

 

「いやまさか、ひとりちゃんから聞くとは思えない名前が飛び出たもんだから………あの、アル中野郎に何かされた? お金借りパクされた?」

 

「あっ、電車賃」

 

「ちょっと新宿FOLTまで行ってくる」

 

 いきなり立ち上がったミナに対し、ひとりは恐慌に陥る。自分がなんとかせねばチケットを売る機会を作ってくれたお姉さんに申し訳がない。かと言って、怒りを滲ませてる彼女を止める方法も思いつかない彼女は──油に変わった。

 

「うおおおおい!? 何、何ごと!? 人間が油に!? リアルちびくろさんぽか!?」

 

「そんな事言ってる場合か、店主! 早くバケツ持ってきてくれ! バケツ!」

 

 こうして、ぼっちはバターになり、ミナの凶行を阻止する事に成功した。ミナは出禁になった。

 

 

 

 

「はーい、きくり先輩〜ちょっとそこまで面貸してくださいますか、ゴラァ」

 

「ミ゜」

 

 酒が入れば天下無双、ライブ上では唯我独尊のアル中ベーシスト、廣井きくりは彼女の顔を見て逃げ出した。にこやかに笑ってはいるが額に青筋を浮かべた彼女の恐ろしさをよく知っているからだ。

 

 具体的には後輩だからといって未成年にアルコールを飲ませた挙句、終電で置き去りにしてしまった結果を思い出すと一気に酔いが覚めるくらいには。

 

 しかし、残念。アルコールでひたひたの体は煙草で蝕まれた体に負けてしまう。どっちも不健康のチキンレース、命をかけたデッドレースは近い。

 

「な、なんのご用かなぁ? ミナちゃんにはお金借りてなかったとは思うけど〜?」

 

「後藤ひとりは私の弟子です。きくり先輩?」

 

「志麻! イライザ! どっちでもいいからお金貸して! このままだとコンクリ抱いて溺死しちゃう!」

 

「溺死するのはアルコールの海でだろ、お前の場合」

 

「きくりの理想的な死に方デスネ〜はっ! これが理想を抱いて溺死しろって奴ダネ!」

 

 バンド仲間のクール担当とキュート担当は呆れた目を向けるだけだ。男前なドラマー、志麻は呆れたようにため息ひとつして財布から千円抜き出し、ミナに渡す。

 

「これ、多いですよ。志麻先輩」

 

「迷惑料も含んでるからその弟子にお菓子でも買ってあげるといい。こんな馬鹿に諭されて変になってないか心配だ」

 

「うわ〜ん! 志麻がいじめる〜! イライザ慰めて〜!」

 

「お酒臭いので嫌デス!」

 

 イライザの足に縋りつこうとするベースの腕以外、信頼できない先輩を尻目にミナは新宿FOLTを後にしようとして、

 

「──彼女には会っていかないの?」

 

 真面目な声色でいつも眠そうな目を見開いた彼女がそう問いかける。時刻を確認し、もうすぐ彼女が来るだろう時間から推測すると時間稼ぎだと決めつけて、

 

「会う理由がありません。私と彼女はとっくに道を違えてますから」

 

 彼女は再び背を向けた。

 鳴皇になるきっかけとなったライブハウスから逃げるように。

 

 

 

 

 そして、迎えた結束バンドライブ当日。記録的な台風も迎え、天候だけは死ぬほど盛り上がっていた。ライブハウス? 察しろ。

 そんな普段よりも重めな空気の中、水も滴る髪をかきあげて色っぽい登場をする伊達女が1人。

 

「来たよ、ひとりちゃん。荒れ狂う台風にぶつかるなんて、持ってるね。結束バンド」

 

「し、師匠!」

 

「おお〜ミナ様、こんな所に遠路はるばるありがとうございます」

 

「こんなとか言うな、リョウ! ミナさんも足元が悪い中来てくださってありがとうございます」

 

「気にしなくていいよ。私は弟子の活躍を見に来ただけだから。結束バンドにはあまり興味はない」

 

 その言葉に彼女達から笑顔が消える。ミナを指すのは鋭い視線。厳しい言葉によって灰色の泥沼に沈められた彼女達を目の前にしても平然と彼女は笑っている。

 

 何故なら──

 

「お言葉ですが………後からサインをくださいって言っても遅いんですから!」

 

「プロから見て足りないのは承知の介。でもこのバンドを馬鹿にする事だけは許さない」

 

「私達は4人合わせて結束バンドです! あの日から、成長してるって事見せてあげますよ!」

 

 ──目が死んでいない。どころか、反骨心に燃えている。

 嫌いな目だ。一番近くで見ていて、どうしようもなく好きだったギターボーカルの目に似ているから。喧嘩別れした歳下の親友を思い出すから彼女は3人から目を逸らす。

 

「し、師匠が私の事を思って言ってるのは分かります………その上で、い、言わせてください」

 

 逸らした先にピンクの髪が揺れる。小さなシュシュで束ねた髪を後ろでポニーテールにして、前髪をピンで止めた彼女の顔に全てを覆い隠すペストマスクは存在しない。

 

「わ、私はまだまだダメダメだけど………みんなと一緒ならヒーローになれる気がするんです」

 

 彼女の顔には口元が見える狐の仮面をつけていた。薄らと空いている視界から覗く目は強い光が宿っていて。その力強さに言葉を紡げないミナに弟子は力強く告げる。

 

「だから見ていてください──私が本物のヒーローになるその時を」

 

 4人は顔を見合わせて笑うと、控え室の方に姿を消す。彼女達の姿が見えなくなってミナは肩から力が抜けた。プロの世界に揉まれた自分を脅かすその圧に彼女は固まった体をほぐすように肩を回しながら、周りを見る。

 

 基本ライブハウスで複数のバンドがライブをやる場合、順番やお目当てのバンドかどうかで客がステージの前まで移動したり後ろに下がる事がよくある。

 

 好きなバンドなら近くで見たいと前に行く、お目当てのバンドが終わったら次のバンドのファンにステージ前を譲るために後ろへ下がるというような事だ。当然移動しない人もいるが、それもその人なりの楽しみ方なので特に悪いという訳ではない。

 

 結束バンドは今日トップバッターを務めるらしい。

 だから結束バンドのファンらしいお姉さん達はステージ前にもういる……のだが。

 

「他に誰もいない、か……」

 

「いや〜ぼっちちゃんもいきなり大変だね〜私もどっかで酒飲んで時間潰そうかな〜」

 

 ミナと店長と一緒にいるきくり姐さんを除いて、お姉さん達の他にステージ前で待機している客は一人もいなかった。慧眼だと思っているのだろう。正しい判断だと彼らは携帯を見て時間を潰すのだろう。

 

 ──それは愚者の思考だ。

 

「本気でそう思ってるなら禁酒した方がいいですよ、きくり先輩」

 

「ははっ、まさか。あんな強い目をしてるなら心配なんていらないでしょ。逃げちゃダメだよ、仲間ミナ。彼女らは君が捨てたもので君を殺しにくる」

 

「逃げませんよ──音楽からも逃げたら私はただのクズにしかならないんだから」

 

 幕が上がる。4人の姿が目に入る。普段通りだった。あまりにも緊張なんてしていないその姿に過去の情景が重なっていく。夢中で奏でた青春の旋律、その第一ページを。

 

 掻き鳴らしたギターが全てを持っていった。

 一瞬で流れが変わる。素人でもそれはすぐに感じ取れるくらいに。

 

 ひとりちゃんのギターソロでフロアの客全員がステージに釘付けになり、ステージ上のメンバーは慌てる事なく、お互いの目を見合わせ、PAと照明さんがアドリブに合わせてくれて曲が始まった。

 

 あれだけ淀んでいた空気が消えている。

 

『あのバンド』。

 結束バンドの新曲。腹の底から込み上げてくるようなイントロから喜多の歌声で曲の幕が上がる。まだまだカラオケの感じが抜けていない声でも感情が乗っている。この曲を聞けとばかりに。

 

『ねえ、一番目の結束バンドって知ってる?』

『知らない。興味なーい』

『観とくのたるいね』

 

 なんて言っていた観客の目は既に携帯から舞台へと移っていた。分かっていたのか、打ち合わせしていたのか、彼女達が考えた作戦は見事に観客の心を掴んだのだ。

 

「ぼっちちゃんの技量が飛び抜けてるなら、最初にそれを魅せることで人目をひく。流石のアドバイス通りだな、ミナさん」

 

「アドバイス? 何のことかな」

 

「とぼけなくても弟子には伝わっていたよ。貴女が弾いたキミノメヲ。歌詞の意味から自分達にできる最善を彼女達は通した。これでも貴女の目にはお遊びに見えるのか?」

 

 店長の星歌に指摘に答えないことが答えだった。あの短い期間で彼女達は最も効果的な一手を生み出したのだ。

 

「初めまして! 結束バンドです! 本日は足元の悪い中お越しいただき、誠にありがとうございます!」

 

「あっはは、喜多ちゃんロックバンドなのに礼儀正しすぎ~!」

 

「いやいや、これくらい丁寧にやらないと後できびし〜い言葉を受けたりしますからね! さて、皆さん! 次で最後になりますが、まだまだ私達は終わりません!」

 

 赤髪を揺らして、汗の粒を滲ませながら彼女は謳う。

 

「いつかこのライブハウスも飛び出して皇帝に私達の音楽を認めさせるまで! 私達はなりたい自分を目指し続けます! そんな何者かになりたい自分をイメージして作りました『ギターと孤独と蒼い惑星』聞いてください!」

 

 軽やかに自分に対する宣戦布告を刺された人差し指に私は中指を立てる事で答えてやる。意味は単純、昔ながらの喧嘩の売り方だ。

 

「かかってきなよ、結束バンド。その全てを真正面からねじ伏せてやるから──現実なんかに負けるな」




この後の打ち上げは全部、ミナ様が奢りとして人知れず払いました。
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