闇堕ちした初代ギターヒーローを二代目が救う話 作:火内coach
「普段の日と何も変わらない!」
ひとりはぼっちである。故に休みの過ごし方は限られている。
ご飯→ギター→ご飯→ギターご飯→ギター→睡眠。以上である。
ひとりは何も分からない。正しい夏休みの過ごし方など。
故に万年床と化したベッドの上で、幕が開けた盆休み。このままでは不味いと携帯を睨みつけてバンド仲間を誘おうか、誘うまいかと頭を振っては唸るのみ。
「まあ、今日は遅いし、明日でいっか………」
とあるハンチョウも言っている。今日を頑張った者に明日が来るのだと。ギターを毎日頑張ったからこそ、今があるという事実を忘れて明日に儚い希望を抱いて眠る彼女はなんて浅はかなことか。
そして、彼女は夢を見る。自分が有名になって周りからちやほやされるという薄っぺらい夢を。枕元にメッセージを伝える携帯に気づかないまま。だらけきった笑顔で涎を垂らしている。
「いや、不用心だな」
そんな部屋に入って来たのは1人の女性。彼女はパジャマ姿のひとりを腕に抱えるとゆっくり階段を降りていく。その途中でリビングによると、ひとりの両親2人が和やかに談笑しているので彼女はそっと声をかけた。
「それじゃあ、娘さんを預からせていただきます。3日後くらいには返しますので」
「あら、もっと長くても構いませんよ。この子ったら出不精でずっと家でギター弾いてるだけですもの」
「バンド仲間が出来たから彼女達と旅行でもするかと思ってたけど、最近の子たちは結構ドライなのかな?」
「結束バンドは妙な所で結束していますから。それでは失礼します」
「車には気をつけてくださいね。ミナ様」
腕にひとりを抱えたまま、謎の女性。もといミナは車に乗り込み後ろの席を倒して彼女を寝かせる。そのままゆっくりとエンジンをかけて夜の世界へと消えていく。
ミナは夜中に車を走らせるのが好きだった。普段は混んでる首都高も待ち時間がない信号も全て寝ているような夜の静寂が好きだから。まるで世界に取り残されてしまったような孤独感が彼女の胸に空いた穴を埋めてくれるようで。
「ふみゅう………今、なん、じ?」
暫く車を走らせて、ひとりは寝ぼけ眼で携帯を探しだし、時間を確認する。時刻は朝の5時。かなり早い時間だ。まだまだ夏休みだから眠れると走る車の振動に身を任せて、夢の世界に帰ろうと
(………車?)
した足が止まる。はて?昨日の自分は何をしていたかしらん?と。自分はさっきまでシャンパンタワーをしながらオープンカーに乗って調子をこいていたはずだ。いくら彼女でも夢と現実の区別くらいはつく。
(さっきまで見ていた夢の続き………? いや、私はもう起きている。つまり、あのオープンカーでぶいぶい言わせてたのが現実で押入れで夏休みにうだうだしていたのが夢だったんだ! ああ、気のせいか歓声も聞こえて来た! 後藤ひとり! テンションあげていっきまーす!)
毛布を蹴り飛ばし、立ち上がる。彼女が考える最高の場を盛り上げる一発芸で──!!
「おっはよー!! ファンの皆んな、今から本能寺の変の燃える信長の真似を………あだあっ!?」
「あ、起きたかい? ひとりちゃん。いきなり立ち上がって怖い夢でも見てたのかい?」
「いえ………現実って痛くて、辛い、ですね」
後藤ひとりは気絶した。車の天井に強かに頭をぶつけたからだ。それを見て、ミナも目的地についたので席を倒して眠る事にする。
ここは伊達政宗の像が立つ仙台城址。その駐車場で彼女もまた眠りにつくのだった。
*
「夢かと思ったら、現実だった………」
「ふう、さっぱりした〜朝から入る銭湯は乙なものだね」
きっちり仮眠と二度寝をしてから10時過ぎに起床したミナは未だ現実を認められず、宇宙ぼっちになった彼女を連れて近くの銭湯に入浴。熱いお湯でしっかり目を覚まし、仙台駅に出て来たのが現在の状況。
「え、え、え? あの、し、師匠? これから私、どうなるんですか………? よ、夜のお仕事でもさせられるんですか………?」
ガタガタと輪郭すら怪しくなるひとりの挙動にミナは笑いながらもしっとりした髪を軽く纏めて笑いかけた。普段よりも子供っぽい笑顔に思わずひとりも惹きつけられるくらいには。
「違うよ。ひとりちゃんが毎日暇してるって思ったから連れ出そうと思ってね。何か予定があるなら新幹線代を払うけど?」
「あ、ないので大丈夫です………空けて"は"あるんですけど」
「ならお姉さんの旅に付き合ってよ。目的地は北海道。往復3日くらいの旅ってところかな。じゃあお腹も空いたし、牛タン食べに行こうか」
「あ、お金」
「奢るよ。この旅ではひとりちゃんはお土産代や自分の飲み物くらいしか出さなくていいからね」
(師匠、すき!)
ひとりの中で師匠への揺るぎない好感度がまた上がっていく。ひとりは心配していた。比較的話せる師匠といえど、二人っきりの旅行は厳しいのではないかと。
一番の悩みが会話のタネだ。ギターとバンドしかない自分ではすぐにネタは尽きてしまうし、師匠からの会話のキャッチボールも「あ、はい」としか答えられないエラーで終わらせてしまうが故に気まずい空気になると思われたが、
「さてと次は………ずんだシェイクでも飲みに行こっか」
「あ、はい」
「その後は服を買いに行くよ? 流石にその格好は師匠としても許せないからね………ひとりちゃんならガーリーコーデとか似合いそうなんだけど」
「えっ!? む、むむむむむりむりむりむりむりです! ガリガリ系ってあれですよね!? スクールカースト1軍じゃないと着こなせず、底辺が来たら最後、たちまちいじめにあうとされる呪いの服!」
「そんなアイスみたいな名前じゃないし、どこの学校の話かな?それ」
意外と会話は苦ではなかった。時折、沈黙が流れはするがむしろ心地いいというか、家族といるような緩やかさがあるというか。難しいが緊張せずにいられることが彼女にとっては非常に有り難かった。
(でも、なんで私なんだろう………師匠なら私と違って予定がいっぱいで友達にも困らなそうなのに………そういえば、私。あまり師匠の事知らないんだ)
見た目からの圧が強いけど世話焼きで、音楽には厳しいけど誰よりも熱意がある。そんな事しか自分は知らないのにこんな自分を弟子にして目をかけてくれる師匠のことを考えながら、ひとりはミナが率先して行きたい所に振り回す形でもついていく。
(機会があれば聞いてみたいな………)
それはまるで親猫についていく子猫のようだったが、それでも夏休みを1人で過ごすより遥かに充実していて、砕け切った笑いが漏れる。
「ふへへへ、日帰り旅行。しかも有名人とだなんて………これは私の時代が来たかなぁ………えへへ。ついに私もリア充の仲間入り………」
「いいね。いつもそれくらい緩んだ顔でこんな格好していたらクラスの人気者間違いなしだろうに」
「へへへ………へっ?」
気づけば妙に動きやすいと彼女は意識を取り戻す。無意識に両手を見ればその袖口にはピンクのジャージはなく、普段から引きこもりだからか日に焼けていない真っ白な肌が覗いている。
そして、目の前に鏡があると認識した瞬間──ひとりの脳が警鐘を鳴らす!
見てはいけない。見たら最後、取り返しのつかない姿が鏡の中から飛び出してくると頭ではなく、心で理解できた。心が放つ防衛反応に体は答えて、逃げ出そうと足に力を込め、
「ほら、背を伸ばして顔をあげたら、かっこかわいいバンドマンの出来上がりだ」
られずにミナによって顔を挙げられ現実を直視する。元々色の白い肌色をしていたが今は抜けるような透明感があり、ゆるりと波打つ艶のある髪がよりそれを際立たせる。そこにはいい香りのしそうな品の良さが内包されていた。
「は、へ?」
淡く滲むようなカメリアピンクを覗かせた唇が何か言いたげに動いたけれど、居心地が悪くなったのか気まずげにきゅ、と結ばれ、なんとも庇護欲と支配欲を唆る。
鏡の中には押し入れに引きこもっていた陰キャはいない。高校デビューで垢抜けた少女漫画のヒロインがいた。
「どうでしょうか、お客様? こちら襟が大きめのブラウスと変形スカートの、フレンチガーリーなセットアップです。初心者にとっても挑戦しやすい、王道のセットアップになります。小物の色味もモノトーンで統一し、夏休みに友達とのカフェ巡りを楽しんだらいかがですか?」
「ぼへみあん!!?」
「あー!? 困ります、お客様ぁぁぁぁ!?」
「すいません。その服、買い取ります。領収書は仲間ミナで」
「ウッソ、ミナ様ぁぁぁぁぁぁ!? ただで持っていってくださいいいいいい!!」
「意外と余裕ありますね、店員さん」
*
「あうあうあう」
「ひとりちゃん、壊れちゃった………」
ひとりは絶望した。鏡の中にいた美少女が自分とは思えなかったのだ。それに師匠が選んでくれたとはいえ、あまりにもセンスがない服に内心冷ややかな笑いを浮かべて自己を保とうとする始末。
「因みにこれがひとりちゃんが無意識に選ぼうとしてた服。そして、これがお姉さんが選んだ服。イソスタでの評価がこちら」
だが、その愚かな思考を陽キャ必須のSNSが打ち砕く。加工され、自分とは分からない上での判断になるが圧倒的な票数差。選ばれたのは師匠の服でした。ぼっちは悲しみのあまり張り裂けた。
「ナンデ………ドウシテ………」
「いや、白地のTシャツに虹色で両端に「nipplefuck」って書いてある上、青いジーンズの股間に「pussy」ってプリントされた服を着るバカはいないと思ってたよ。魂がロックすぎるだろ」
「えへへ、褒められた〜」
「あ?」
「調子こいてすみません。許してください、何でもしますから」
マジトーンでの声にひとりはお腹を見せての服従のポーズに入る。その時間、0.1秒。神業と言っても過言ではない。
とはいえ、それで許されるはずもなく、罰としてピンクジャージは没収されてその服で過ごす事になってしまった。
「あ、あ、あの。私、行きたいところが………」
しかし、ひとりも負けてはいない。次なる予定の時間まで行きたい場所としてひとりが選んだのはみちのく公園。師匠の車に乗ってたどり着いた広場に彼女はギターを持って降り立つ。
ずっと思っていたことがある。聞きたかったことがある。
どうして、仲間や絆を嫌うのか。バンドという存在から離れようとするのか。
自分では聞けないことも分かっている。こうやって建前を用意しなければ、いけない自分の弱さも嫌になってくる。だけど聞かなければ──本当の意味で弟子になれない気がしたから。
「みちのく公園………ARABAKIロックフェスの会場に来てギターを持ち出すなんてなんのつもりかな?」
「ギタリスト2人がロックフェスの会場でやる事なんて、一つだけでしょう?」
顔には狐の仮面を。手にはギターと魂を。
結束バンドのリードギター、後藤ひとりはここにはいない。
いるのは二代目の名を継いだギターヒーローがいる。
秘密を聞き出すのに言葉はいらない。
いるのは音楽と詩だけだ。
「勝負です、師匠。私が勝ったらお願いを聞いてもらいます」
「………はは、夏の陽気に浮かれたのかな、ひとりちゃん?」
夏の太陽よりも焦がれる程に熱が入ったその言葉。
それを聞いて初代ギターヒーローは、顔を押さえて嗤った。
「どうして少年漫画で師匠を超える展開が良くあると思う?」
同時に吹き出す鳴皇としてのプレッシャー。夏の暑さとは関係ない冷や汗が吹き出す中で、剣呑な目つきのまま、彼女はギターを取り出した。
「──不可能だから燃えるのさ。あり得ない現実を虚構の世界なら超えられると思っているから、人はそこに夢を求めてしまうんだ」
チューニングを合わせる。ピックを指で挟む彼女が腰をかけたベンチがまるで皇帝の玉座のようだ。
「文字通り、時間潰しだ。来いよ、ヒーロー。お望み通り、遊んであげる」
ひとり(この機会に師匠の事をもっと知るんだ………)
ミナ(そんなに服が嫌だったのかな………)
〜すれ違う師匠と弟子〜