闇堕ちした初代ギターヒーローを二代目が救う話   作:火内coach

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あの日、見た花火を貴方は覚えていますか?

 一流とそれ以外を分けるもの。それは見ている世界の広さに過ぎない。ありきたりな日常でも、大枠を捉えるだけではなく、妄執の類と思われるほどに細かく、分割し、観察出来る事ができるかどうか。

 

 プロの技術を完璧に再現した。

 

 その言葉を文字通り使うには筋肉の動きすらを完璧に見ることの出来る視点が必要になる。視点が変われば世界は変わる。狭い世界から多くの世界へ羽ばたくように。

 

 色々言ったが簡潔に言えばただ一つ。

 

(──勝てる気がしない!!)

 

 その視点を持たない者は持ち得る者には敵わない!

 

 陽光が降り注ぐ広場で始まったギタリスト2人の演奏の殺し合いは足を止めた聴衆たちも巻き込んで、小さなロックフェスのようだった。

 真夏の熱気にすら負けない情熱的な演奏、淀みない運指にピッキング、完璧なハーモニクスの移行。

 

 今のギターヒーローにとっての全力をぶつけていたつもりだった。

 その全てが音の皇帝の前に崩れ去る。飲み込まれていく。

 

(私の音が私のものじゃなくなっていく! まるで圧倒的な権威に下っていくみたいだ………!)

 

 技量で言えばそこまで変わりはないはずなのに、ぶつけ合えば押し負ける。同じパートの演奏のはずが、主導権を勝手に握られてしまう。まるで彼女が奏でる旋律を後追いするだけの機械に成り果てそうな演奏の中、二代目は思った。

 

(やっぱり、師匠は凄いんだ)

 

 自らが師匠と崇めたギタリストは本当に凄い人だったんだと。だからこそ、思う。どうしようもなく焦がれてしまうその演奏が、目を惹きつけて離さない音を聞きながら、彼女は知らぬ間に口角をあげていた。

 

(──負けたくない)

 

 現実が辛い事は死ぬほどよく分かってるし、ネットの安寧に身を委ねていたい時もある。けれど、負けたくない。負けられない。

 

(これだけは………負けられない!!)

 

 自分が選んだこの道だけは………譲れない!

 

「………成ったかな」

 

 ラストスパート。展開を限界まで詰め切って、アレンジをひたすらに入れまくる鳴皇にしか許されない演奏。技術をひけらかすようなギターソロすら入れて、勝負を吹っかけて来た弟子はただ、笑っていた。獰猛な獣のような目でこちらを喰らってやらんとばかりに。

 

(気づいてるとは思うけど、お姉さんと君との差はどれだけ世界を知っているかに限る。あの狭い世界で"陽キャ"や"リア充"なんかの単語だけであそこまで築き上げたのは尊敬に値するけど、そこで君の世界は閉じてしまった)

 

 生きていれば壁にぶつかる事もある。そこで正しい答えを出せば、乗り越えて成長出来るだろう。だけど、人生というのはそうマークシートのように必ずしも()()()()()()()()()()ことをミナは知っている。

 

(難しい途中式を書かないといけない答えがあって、それを解けばその課題はクリアしたと思考は止まってしまう。でも私達、演奏家は違う。世界の数だけ答えがあって、視点を変えれば簡単な式で答えを出せるかもしれない。同じ曲でも弾き方を変えるだけで与える印象は大きく変わるんだ)

 

 故にミナは夏休みに引き篭もる彼女を連れ出した。光の届かない暗い場所から光が差し込む明るいステージへと。視点が変われば世界は変わる。なら逆も同意義。世界が変われば自ずと見方も変わるのだから。

 

(いつかは………きっと超えられてしまうかもしれない。それだけの才能が彼女にはある。今でもプロの世界でも有数のギタリストとして活躍できるのだから)

 

 抑えていたものが吹き出すように、押入れでは近所迷惑になるから出来なかったビブラートを響かせるような抑圧された感情が爆発したような過激なアレンジに挑戦する弟子を見ながら、ミナは少し感慨深く思って、

 

「だけど、それは今日じゃない」

 

 とどめのアレンジを弾き切って演奏を終了させれば、広場で爆発が起きたような歓声が上がる。そこまでやって、漸くひとりも気付いたようで輪郭を保てなくなりかけていたが、

 

「どうも〜皆さん。ミナでーす! こっちは私の弟子でーす! 普段、彼女は下北沢でバンドしてるそうなので良かったら見てあげてくださいね〜!」

 

 それをミナは逃がさない。肩を掴み、汗だくの肌が張り付くのすら気にせずにひとりと頬を合わせれば、幾つかのフラッシュ音と、盛り上がる聴取達。

 

(あ、あ、あ、あの、師匠!? 何をいったい!?)

(この間の詫びだよ。私の叱咤に君達は答えた。合格点は上げられないけど、平均点は超えたからね)

(詫び………?)

(結束バンドには………広告が足りない。幾らいい曲を作ろうと聞いてもらえなきゃ話にならない。帰ったら、それも含めて話し合うといい。さあ、撤収するよ)

 

 ある程度の写真撮影に応えると、2人はギターを持って撤収を始めた。群衆が別れて彼女達が歩く道が生まれる光景はまるで皇帝の凱旋のようで。

 

(き、気持ちいい〜〜!! み、皆が私を見てくれてる! 褒めてくれてる! 時代来ちゃったな〜! 私の時代が〜!! よーし、ここは私の新たな一発芸『上杉謙信』のモノマネを!)

 

 結果、調子に乗りだすピンク髪。満たされない渇望という器が賞賛という甘い蜜に浸れば頭までふわふわピンクの花畑が完成してしまう。仕事終わりのビールが最高!と叫びそうなおっさんくらいゆるゆるな顔で手を振ればファン達が答えてくれるのが最高にキマっていた。

 

 こうなると変に行動力を発揮して、新たな黒歴史を生み出そうとする。現にそれを行動に移そうとしたところで、

 

「あ、あのミナ様! 明後日のライジングサンロックフェス楽しみにしてます! チケット外れましたけど、応援してますから!!」

 

「ありがとう、私の臣下(ファン)達。君たちに届くように奏でるから、期待しててね」

 

 後藤ひとりの足が止まる。今、とんでもない言葉が聞こえた気がしたからだ。なんか、こう陰の力が負けるような日本五大ロックフェスの名前が聞こえたような。

 

「あ、あ、あの、師匠? いま、なんと?」

 

「ん? ああ、言ってなかったね。お姉さん達の最終目的地は北海道………のライジングロックフェスの会場さ。チケットは渡すからちゃんと見るんだよ?」

 

 ロックフェス。それは真夏の祭典。日に焼けた大学生や高校生たちが夏の日差しに負けないくらいに盛り上がるバンドマン達の夢の舞台。いつかは目指す場所だが今のひとりにとってそれは実質死刑宣告に過ぎず、

 

「おぼぁ」

 

「また壊れちゃった………」

 

 後藤ひとりは溶けてしまった。ロックフェスから逃げるように排水溝へと流れていく。

 

 

 

 

 

 

「ハッ! 私は何を………? 私のファン達にきゃーきゃー言われながら演奏して記念写真撮って、ロックフェスに出ていたような………」

 

「ロックフェスの下り以外は大体あってるね。ほら、ついたよ。ひとりちゃん」

 

 後藤ひとりが目を覚ました頃にはとっくに既に陽が沈んでいた。微妙な振動から自分が車に乗っていた事は分かるが、妙に体が動かしづらい。服にまだ慣れていないからだろうかと袖口を見たところで固まった。

 

(ま、まだだ。慌てるような時間じゃない………上から、ゆっくり見ていこう。桃色の下地にひらひらした布、柄は朝顔で足元はサンダルになっている………これはつまり)

 

「どうかしたかい? 気に入らなかったかな?」

 

「私の死装束をくださり、ありがとうございます………来世ではもっとオタクに優しいイケイケギャルになりますので………」

 

「浴衣なんだけど!?」

 

「あっ、やっぱり浴衣なんですね。じゃあ、外から聞こえる音は私を陰キャが夏祭りに侵入した罪で殺すための発泡音なんですね………師匠、私を育ててくださり、ありがとうございました………」

 

「祭囃子だし、よくもまあそこまで自分を卑下できるね!? 七夕祭りが台風で延期になったから、行こうと思っただけだよ!?」

 

 砂になっていくひとりを見てミナは運転席から降りると助手席の扉を開く。外から聞こえる夏祭りの祭囃子に怯えるひとりの前に膝をつき、彼女の練習で硬くなった指先に優しく手を添えた。

 

「………ダメそうなら帰ろっか」

 

「え………? で、でもこの浴衣、レンタルじゃないですよね」

 

「いいよ。次に夏祭りに行く機会があれば着ていくといい。無理強いはしないさ。ひとりちゃんが憧れてる夏休みを体験させたいと思ったけど、本人が楽しくないなら意味がないからね」

 

 商店街に屋台が並び、浴衣や甚平を着た人達が楽しそうに行き交う中で、ミナは優しく告げた。このまま黙って頷けば優しい師匠はきっとホテルまで帰るだろうと分かっていたから。

 

(別にいいよね………あんなに眩い環境に私がいてもお邪魔だし、そもそも夏に毎回夏祭りに行く妄想してるからもう充分だし、浴衣着れただけでも満足満足)

 

 ──本当に?

 

(毎年、夏になるとアカウントに『夏祭り』をリクエストしてくる奴らがいるし、コメント欄で『彼氏と行きました〜』とか青春コメントばっかり流れるから夏祭りとか嫌いだし………)

 

 ──本当に?

 

「やっぱり無理そうだね。仕方ない。帰って、ホテルのベランダから花火を見ようか。ハーゲンダッツとか買って豪勢に行こう!」

 

「あっ………」

 

 ミナが気持ちを汲んでひとりから離れようとする。これで良かった。何も間違っていないのだと後藤ひとりは心の中で胸を撫で下ろす。

 

 ──本当に後悔しない?

 

「ひとりちゃん?」

 

「えっ………あっ、な、なんで?」

 

 気づいた時にはミナの袖口を掴んでいた。無意識の行動に感情が追いついたひとりの脳味噌はバグりかけるが、優しく暖かな手がひとりの手を優しく包んだ。

 

「ひとりちゃん。いいんだよ? 人の事なんか気にしなくて。やりたい事をやればいい。周りの声なんて所詮はノイズなんだから………自分の心に嘘ついちゃ、ダメだよ?」

 

 ミナの落ち着いた声に熱暴走していた脳味噌が冷えていく。落ち着いたひとりはミナの手を握り返しながら、辿々しく、されど期待に胸を膨らませて、

 

「い、行ってみたいです。夏祭り………だけど、ひとりじゃ、勇気が出ないので………い、い、い、一緒に行って、くれますか?」

 

「勿論。エスコートさせてもらうよ、愛弟子」

 

 その手をミナに引いてもらい、後藤ひとりは初めての世界に足を踏み入れる。頼りになる師匠の彼女に笑いかけられながら、彼女は不器用ながらに笑い返すのだった。

 

 

 

 

「遊んだね〜りんご飴美味しかったかい?」

 

「は、はい。なんかいつもより甘かったです………」

 

 一通り遊んで商店街の片隅で肩を並べてラムネを飲む美人姉弟はお面で顔を隠しながら、のんびりと花火が上がるのを待っていた。

 疲労でぼんやりする思考の中、目の前を通り過ぎる人たちが自分達を見ていないことに何となく有り難みを覚えていて。

 

「ひとりちゃんは一番何が楽しかった?」

 

「しゃ、射的ですね………師匠の姿が格好良かったので」

 

 ひとりは思い返す。煙草を加えたピアスをバチバチに決めたイケメン女性が、ポッケに片手を突っ込んだまま、銃を構えるその姿を。まるで無課金でオリンピックに出場したメダリストのような姿に写真取っておけば良かったと後悔して。

 

「ふふ、ひとりちゃんがわたあめ食べてる姿も可愛かったよ」

 

「わ、忘れてください………あれは、その夢中になってしまっただけで」

 

 イソスタ映えで有名な綿菓子が屋台で出ていたので購入したのは良かったが、写真を撮る前に余りの美味しさにひとりが食べ尽くしてしまい、苦笑しながら再度買い直すという珍事もあったりしたのだ。

 

 他にも金魚掬いでポイが破けたのに、端っこで金魚を掬い上げて取れなかったと泣くこどもにプレゼントとしたミナ。

 型抜きで軍資金を増やそうとした結果、更にお金をする事になってしまったひとり。

 

 気づけば怖がっていたことすら忘れて彼女は家族以外と回る夏祭りを楽しんでいた。あまりの楽しさにほんの少し、テンションが上がって、

 

「し、師匠は友達とこうやって夏祭りを楽しんでいたんですか?」

 

 ──ミナの柔らかい所に踏み込んでしまった。

 

 止まってしまった楽しい空気に、ひとりは遅れながら気づくが飛び出した言葉は無くならない。軽やかな気分が一気に針の筵の空気に代わり、温度差で風邪をひきそうなところでミナが煙草を取り出した。

 

「──昔はバンド仲間と行ってたよ。浴衣を着て、馬鹿みたいにはしゃぎ回ってさ」

 

「師匠もバンド組んでたんですか………?」

 

 煙草にジッポで火をつけて煙を曇らせながら、ひとりの質問に答えるミナ。その顔は楽しかった思い出を振り返るようなものではなく、蓋をしていた記憶に向き合うような苦い顔で。

 

「5ピースバンドでね。当時のお姉さんはキーボードやってた」

 

「え? き、キーボードですか? ギターじゃなくて?」

 

「意外かい? 実はお姉さんはピアノでもコンクールで賞を取ってるんだ。私のwikiを見れば経歴に書いてあるよ。話を戻すけど、当時は私と同じくらいギターボーカルが凄い子がいたから彼女に任せていたんだ」

 

 煙草を蒸すグロスが塗られた唇は色めきだっているが、吐き出す言葉は煙草をなければ無理だと言わんばかりに重々しい。けれどもひとりは聞きたかった。師匠の内面に触れられる願ってもないチャンスだったから。

 

「楽しかったよ………そう、楽しかったんだ。ボーカルにバンドに誘われたその日から、今日に至るまで忘れた事は一度もない。忘れてやれないんだ、どうしようもなく綺麗なままだから」

 

「じゃあ、なんで………?」

 

「見てる世界が違ったんだ。彼女は1番になる事が目的で、私は楽しくやれたらそれで良かった。それがいけなかったんだろうね。元々、私以外のメンバーとボーカルの子には不和があった。それを私が宥めていたんだけど、気づいたら私が彼女と対立する事になっていたんだ」

 

 息を呑んだ。自分の立場に置き換えただけでも百回は死ねる空気の悪さが伝わってくる。勝手に祭り上げられて、仲間に対立したと勘違いされるだけで胃がキリキリしてくるくらいだ。

 

「私はボーカルの子と親友だった。歳は離れていたけど、関係なかった。2人でならきっと一番になれると思ってた。でも彼女は一人でも一番になれるって思っていた。決別したのはそれが原因。よくある音楽の方向性の違いってやつだよ」

 

 タバコを吸い終わり、これ以上は話す気はないと携帯灰皿にしまう彼女の横顔を見て後藤ひとりは苦悩する。憂いを讃えたその横顔がどうしようもないほどに寂しそうに見えたから。

 

「あの、その、師匠は今でもその人の事が──」

 

 勇気を振り絞って聞いた言葉は、花火の音にかき消された。あまりにも間が悪い。もう聞けるような空気ではない中で、せめて花火でも見て気分を上げようとひとりは顔を上げた。

 

今でも好きだよ

 

「──えっ」

 

「もう忘れたさ! たーまーやー!」

 

 誤魔化すように弟子に笑いながら、ミナはただ打ち上げ花火を見上げていた。花火のように消えてしまいそうな光がまだ胸に住んでいた事を再確認しながら。

 

「私達の夏休み、もうとっくに終わってるのにね──ヨヨちゃん」

 

 2人で手を握りながら見たあの日の花火を思い返していた。




イメージソング
米津玄師×DAOKO:『打上花火』
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