いやぁ…暇って嫌ですねぇ
そんな訳で今回は悪魔族の中でも意外と知名度がないマルコシアスさんです
自分は昔から犬が好きだった。
あの、真っ黒でつぶらな瞳が可愛いと思うし、自分には絶対に懐いてくれないところも可愛らしい。
そういえば昔は、よく野良犬に餌をやっていたことを思い出した。その度に母親から叱られていたのだけど……今なら分かる。
あの頃、僕はまだ子供だったのだ。
だから野良犬を構うことで、大人になった気分に浸っていただけなのだ。
そして今も、それは変わらない。
「どうしてだろうね」
ふと、呟いた。
答えなんて期待していないけれど、誰かに聞いて欲しかった。
「君たちには分からないよ。この気持ち……」
僕の周りにいる人たちのように、僕は彼らを大切に思っているわけじゃない。むしろ、憎いくらいだ。
でも……それでもやっぱり好きなんだ。
だから時々思う。
この子達と話せるようになれたらいいなって……。
そうしたらきっと……こんなにも苦しい思いはしないはずだから……。
「ごめんね……」
僕の謝罪の言葉を聞いてくれる人は誰もいない。
分かってる。
これはただの自己満足だ。
それでも言わずにはいられなかった。
しばらくすると、雨音が聞こえてきた。
どうやら降り出したようだ。
まるで今の僕の心を表しているかのような天気だった。………………
それから少しして、玄関の方から物音が聞こえた。
「あれ?もう帰ってきたのか?」
てっきり今日も遅いと思っていたけど、何かあったんだろうか?
しかし、玄関に靴がなかったので、父さんたちはまだ帰ってきていないことが分かった。
だとしたら誰が来たというのだろう? 不思議に思った僕は、リビングを出て階段へと向かった。
するとそこには、見た事のない女性が座っていた。
犬の様な耳としっぽ、大きな体躯。そして鋭い眼光を持つ女性。……一体誰なんだろう? 僕は首を傾げながら彼女に近づいて行った。
彼女は僕の姿を見ると、すぐに立ち上がってこちらに向かってきた。
「お前が優斗か!?」
「えっ!?そ、そうですけど……」
あまりに大きな声に驚いた僕は、思わず身を引いてしまった。
すると女性は、そんな僕を見て申し訳なさそうな顔をした。
「すまない。つい興奮してしまった。私はマルコシアス・レックス。ソロモン72柱の一人だ!」
「はい?」
突然現れた大女を前に、僕は素っ頓狂な声を上げた。
目の前の大女は己を『ソロモン72柱』と名乗った。
しかし僕には彼女が何者なのか分からなかった。
「あの、すいません。どちら様でしょうか?」
恐る恐る尋ねると、彼女は目を見開いた後、困ったような顔をしながら頭を掻いた。
「ああ、そういえばあまりそういう事には詳しくないんだったな。ならば仕方ない」
マルコシアスはコホンと咳払いをした。
「改めて名乗ろう。私はマルコシアス・レックス。ソロモン72柱の一柱にして序列第35位!地獄の侯爵である!」
……どうしよう。本当に意味が分からない。
彼女の言っている事が本当だとして、なぜそんな人がここにいるんだ?そもそもどうやって家に入ったんだ? 疑問ばかり浮かんできた僕は、彼女を見つめたまま固まってしまった。
そんな僕を見たマルコシアスは、「まぁ無理もない」と言って笑みを浮かべた。
「とりあえず、詳しい話は後にしようじゃないか。まずはお前の父親たちと交わした契約について話すとするか……」
マルコシアスが語り始めた内容は、とても信じられるようなものではなかった。
ローマの古城から発見されたゲーティアの写し、僕の父はそれを使って悪魔を呼び出す実験をしていたらしい。
そして偶然にも呼び出された悪魔の一柱がマルコシアスだったそうだ。
そして、その時に契約した内容が「息子を見守ってやって欲しい」というものだったらしく、以来ずっと僕の傍にいたそうだ。
「……えっと、つまりあなたは僕の守護霊みたいなものですか?」
「違うぞ。私は歴とした実体のある存在だ。もちろんお前と契約しているわけでもない」
「じゃあなんで僕の家に……」
「決まっている契約に従ってお前を見守りに来たのだ」
マルコシアスは自信満々に胸を張って言った。
その姿は妙に頼もしく見えた。
「それで、どうなんだ?私の事は信用できるか?」
「うーん……」
正直、まだ完全に信じ切れてはいない。
しかし、もしこれが嘘だとしたらとんでもない変な人だし……。
「分かった。ではこうしよう。私がお前の家に住み着く代わりに、私のことは姉か何かだと思って接してくれ。どうだ?これなら私の存在を受け入れられるのではないか?」
「いや、それはちょっと……」
「むぅ……」
僕の返事を聞いたマルコシアスは頬を膨らませた。
まるで駄々っ子みたいだ。
「どうせ私は可愛くない筋肉ダルマだよ……」
「ちょ、拗ねないでくださいよ。別にあなたの事を嫌いとか言ってるわけじゃないんですから……」
「じゃあ好きってことか?」
「いや、そういう事でもなく……」
「ふふん。そう照れることはないさ!」
なぜか嬉しそうな表情になったよくと分からないが、とにかく機嫌が良くなったようで良かった。
「よし、そうと決まれば今から色々と準備をしてこようではないか。なに、心配する必要はない。必要な物はこちらで揃えておこう。だから優斗は何も気にせず普段通り過ごしていればいい」
「はい……分かりました」
こうして、僕と悪魔の奇妙な共同生活が始まったのだった。
マルコシアスとの生活が始まってから数日が経った。
彼女は僕の両親から預かったお金で、身の回りの物を買ってきてくれた。
そして、家事全般も手伝ってくれた。おかげで、僕は随分楽ができた。
しかし、彼女が来てからというもの、家でも休まる暇がない。
というのも、マルコシアスは常に僕に付き纏っているからだ。
例えば、朝起きた時なんかは……
「優斗!おはよう!」
「ぐえっ!?」
ベッドの上で目を覚ますと同時に、腹の上に大きな重りが落ちてきたような感覚に襲われた。
慌てて起き上がるとお腹の上にはマルコシアスが乗っていた。
「な、なんですかいきなり!?」
「何を言っているんだ?朝の挨拶は元気な声で『おはよう』だろう?」
「そんなの知りませんよ!」
彼女は不思議そうな顔をして首を傾げた。
「知らないはずはないのだがなぁ……」
「とにかく、こういった事はあまりしないでください。心臓に悪いです」
「うーむ、そうか。しかしこれは日課なのだがなぁ……」
マルコシアスは腕を組んで考え込んだ後、「仕方ない」と言って部屋から出て行った。
「全くもう……」
僕はため息を吐いて立ち上がった。
こんな調子が毎日続いている。
確かに彼女は良い人だと思うけど、もう少し落ち着いて欲しいものだ。
それから学校に行くと、今度は教室の前で待ち構えていた。
「おはよう優斗!」
「……」
「どうした?なぜ黙る?」
「あの、何度言えば分かるんですか。学校にまで来なくて大丈夫ですよ」
「なぜだ?私がお前の傍にいるのは当たり前の事だろう?」
「そんなの常識じゃありません」
「むぅ……」
マルコシアスは不満げな顔をしながら、そっぽを向いてしまった。
「まぁいい。今日のところは見逃してやる」
「はいはい、ありがとうございます」
僕は適当にあしらいながら自分の席に着いた。
マルコシアスはというと、「仕方ない。今日は帰ろう」と言ってどこかに行ってしまった。……結局、彼女の行動は読めないままだ。
放課後、いつものように帰り支度をしていると、隣のクラスの友人である花咲さんがやって来た。
「ねぇ、白木くん」
「どうしたの花咲さん?」
「明日、昼休みに時間ある?」
「うん、特に予定は無いけど……」
「じゃあ、その時に少し話があるんだけどいいかな?」
「え?うーん……」
「ダメ?」
「いや、そういうわけじゃないけど……」
「それならお願いね」
そう言うと、彼女は足早に立ち去って行ってしまった。一体なんの話だろうか?……まさか告白なんて事はないだろうな。
僕は不安を抱えながらも帰宅する事にした。
すると、玄関の前にマルコシアスがいた。
見るからに不機嫌そうな様子だ。どうやら、また何かあったらしい。
「おい、優斗。なんだあの女は?」
「あぁ、あれは僕の友達だよ」
「ほぉ、なるほど……」
マルコシアスはニヤリと笑みを浮かべた。
「友達か、つまりお前の女ではないのだな?」
「なっ!?ち、違うよ!ただの友達だって!」
「本当か?」
「ほんとうだよ……」
「ふーん、そうなのか……」
マルコシアスはまだ疑っているようだったが、とりあえずは納得してくれたようだ。
「あの女と番になるつもりはないか?」
「ないよ」
「そうか……」
「なんでそんなこと聞くんですか?」
「いや、別に大したことじゃない。気にするな」
「なら、いいですけど……」
本当によく分からない人だ……。
僕は疲れを感じながら家に入った。
次の日の昼休み、約束通り花咲さんと話をすることになった。
場所は屋上で、普段はあまり人が来ない場所なので、内緒の話がしやすい。
僕たちはベンチに座って向かい合った。
「それで話って何かな?」
「実は私、ずっと前から白木くんのことが好きだったんだ。良かったら付き合ってくれないかな?」
彼女は真っ直ぐ僕の目を見つめて言った。
僕は言葉を失ったまま動けなかった。まさか、こんなことになるとは思わなかった。
「やっぱり、いきなり言われても困っちゃうか」
「えっと、それは……その……」
「ごめんなさい。今のは忘れてください」
「えっ?」
「返事はいらないから。それに忘れていいんだよ。私が勝手に好きになっただけだし、付き合う気が無いなら無理する必要は無いんだ」
「……」
「でも、できればこれからも仲良くして欲しいな」
彼女は寂しげな笑顔でそう言い残して立ち去った。
僕はその場を動くことができずにいた。……そして、気が付けば昼休みは終わっていた。
「優斗、さっきのはどういうことだ?」
授業が終わり、帰ろうとするとマルコシアスが詰め寄ってきた。
「な、何がですか?」
「とぼけるな。先ほどの事だ」
「だから、なんの事か分かりませんよ。一体何を言っているんですか?」
「惚けおって……」
マルコシアスは忌々しげに呟くと、「ふんっ!」と言ってどこかへ行ってしまった。
一体なんなんだろう? 疑問を抱きつつも、僕は帰路に就いた。
しかし、翌日になってもマルコシアスは不機嫌なままだった。朝起きてから、お昼ご飯を食べている時も、晩御飯の時まで一言も口を利かなかった。
流石に心配になってくる。
「あの、マルコシアスさん?どうかしたんですか?」
「……」
「マルコシアス?」
「うるさいぞ!」
「ひっ!?」
突然の大声に肩を震わせる。
マルコシアスはというと、顔を伏せたまま拳を強く握りしめていた。
「……すまない。だが、今日はもう寝る」
「は、はい……」
マルコシアスはフラフラとした足取りで部屋から出て行った。
僕はその姿を見送ると、ベッドに入って眠りについた。
夜中、ふと目が覚めると隣にはマルコシアスの姿があった。
「あぁ、起きたのか……」
「はい。ところでどうしてここに?」
「こんな時間に男女が二人きりなのだ。やる事は一つだろう?」
「え?ちょっ!?」
マルコシアスは僕の服を脱がせ始めた。
「やめてください!ダメですよ!」
「なぜ止める?お前は私の事が嫌いなのか?」
「そういうわけじゃないですけど……」
「ならなぜ拒む?」
「それは……」
僕は言葉が出てこなかった。
「答えられないということか?なら、問題無いな」
マルコシアスは強引に迫ってくる。
僕は抵抗したが、力の差がありすぎて全く歯が立たなかった。
「大丈夫だ。すぐに良くなる」
マルコシアスは僕の唇を貪るように口づけてきた。
舌と唾液が入り混じり合い、頭が真っ白になる。
彼女はさらに僕の首筋や耳元にもキスをした。
「はぁはぁ、優斗……」
「あ、あぅ……」
僕はただされるがままに受け入れるしかなかった。
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対人脅威度:高
特殊事例担当室長 高坂陽介
本個体は××県〇Λ町の一軒家で発見された個体で、契約者は36歳男性ですが、現場には16歳の男子高校生が同衾した状態でした。
本個体はソロモン72柱の35位、地獄の侯爵で自信・自画自賛・快楽の感情を司る悪魔であらゆる質問に誠実に答えるとされています。
炎と催淫の魔法が得意で、鋭い嗅覚と聴覚が発達しており、犬と同等のであると報告されています。
人間の姿とは別にグリフォンの翼と蛇の尻尾を持つ黒い大きな狼の姿になれるようです。
背中には小さな翼が生えており飛行も可能であると思われます。尻尾の先端には蛇のような頭が生えていますが毒性は確認されていません。
本個体は、異種族交流法第一四条六項に則り人間と異種族との婚姻を認めるものとし、外務省魔界交流担当部門特殊事例担当室の所属とする。
マルコシアス:地獄の侯爵様。嫉妬深いわんこである程度の事は見逃してくれるが嘘や隠し事をすると非常にめんどくさいことになる。
少年:どこにでも居そうな平凡な男子高校生だった。マルコシアスに食べられてから性癖が歪んでしまった可哀想な少年。
ゲーティア:言わずと知れた魔導書の一冊。ソロモン72柱を呼び出すための方法やその悪魔の性格が書かれている。なお、結婚後の性格は書かれていないようだ。