イライザ・エルメロイ・ベルベットの進学   作:C-Mech

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幕間:Ⅰ
#10アーネンエルベにて


「ここだ」

 

 『cafe Ahnenerbe』と書かれた立て看板が置かれた店先で、私が皆に呼びかける。

 店外にはレンガ造りの外壁と感じのいい深緑の飛び出し屋根のかかったテラス席。店内は全体的に薄暗いが、それも控えめな照明とのコントラストを描いて重厚な雰囲気を醸し出している。

 

「へー、なかなかいい感じじゃない」

 

「ちょっと暗いけど、それがまたいいって言うか…」

 

「ドイツ風なのか?」

 

「......?」

 

 エリカと美月はなかなか気に入ってくれたようだ。対照的に男子二人は少し不満気だ。レオはルーツを辿るとドイツの魔法師らしいが、なにか祖国に思うところでもあるのか。達也はたぶん我々を出迎えたネコっぽい二足歩行生物のことが気になっているのだろう。あれはもうそういうものだと思って受け入れるしかないんだがな。

 

「うぃーす、ご注文お決まりですかぁ?」

 

 不細工なだみ声が足元から聞こえる。

 どうやら今日はこの怪生物がウェイトレスのようだ。ここの店員は来るたびに変わっているが、こいつらは結構な頻度で目にする。きっと暇なのだろう。

 

「ああ、今度の新作の味見に来たベルベットというものだが。店主から聞いてないか?」

 

「んああ、なーんか言ってたような。でもまぁたぶんあいつのこったしなんか書置きがあるでしょきっと」

 

 言いながら厨房に戻っていくネコ型ナマモノ。内部でジョージ氏と言い争っている声が聞こえてきたが、彼なら大丈夫だろう、たぶん。

 

「いい加減だなぁ」

 

「あの生物はいったい?」

 

「たぶん精霊とか妖精とかその類の、極めて面倒な連中だ。関わらぬが吉さ」

 

 納得していない風であったが、あまりにも生物という分類を冒涜しているあの生き物に対して思考を割くのが無駄と判断したようで、それきりアレに対しての質問は止んだ。

 と、友人たちと世間話に花を咲かせていると、厨房から強面の男性───ジョージ氏が出てきた。心なしか息が上がっているし、深い皺の刻まれた顔面に複数のひっかき傷がついているが無事のようだ。

 

「久しぶりだな、イライザ嬢」

 

「やぁ、お久しぶり。約束してから間が空いてしまって済まないね。でもこっちにもいろいろあったんだぜ?」

 

「かまわんとも。此度の新作を出すのは六月後半からだ。まだまだ余裕はある。

 それと、初めまして、お嬢の友人方。ボッチ極まれりという様子だった彼女がこんなに大勢の友を連れてくるとは、他人ながら親のように嬉しいよ」

 

 彼の言葉に連れてきた連中の視線がこちらに向く。

 惨めな思いをするのもさせるのも好きだが、憐憫のこもった眼を向けるのはやめてほしい。

 

「まぁあたしたちと関わるまで一匹狼って感じだったしねぇ」

 

「いうほど一匹狼期間あったか?」

 

「俺の記憶だと一日か二日くらいしかなかった気がするが」

 

 レオと達也がエリカにツッコミを入れている。確かに思い出してみるとホントにあっという間に美月にバレたな、私。

 

「貸切代は先にいただいている。まぁゆっくり楽しんでいってくれたまえ。新作はこの三つだ」

 

 説明を終えるとまたジョージ氏は厨房に引っ込む。やや弄られ気味の私を見て満足げだ。

 

「ま、何はともあれ。今日は私のおごりで貸し切りだ。好きなものを頼みたまえ」

 

「あ...あの~、さすがに全部そっち持ちってなると先輩の威厳が…」

 

 後輩にランチ代を全部持たせるのは流石に呵責に耐えかねたらしい紗耶香が遠慮がちに声を上げる。もともとそこまで威厳ある先輩では無かった気はするが、それを言うのはちょっと可哀想か。

 

「じゃあこうしましょう。このおごりは壬生先輩の骨折ったり麻痺させたりしたお詫びということで」

 

「結局おごるのは変わらないんだね…」

 

「一応、英国貴族の末席ですんで。金はあるんですよ」

 

 そんなこんなで皆思い思いのメニューを注文する。当然一番多いのは新作の代表、『カシスライムジェラートパフェ』である。

 

「おーまたせしゃした~」

 

 再び足下から変な声をかけられ、品物が運ばれてきたことを知る。

 明らかにこいつらの身長が足りていないが、まぁ妥協しよう。モノは無事にテーブルまで届いているんだし。

 

 味は文句のつけようなく美味。

 ジョージ氏が得意とするイタリアンのデザートの代表であるカシスジェラートに、ライムフレーバーがそれをキリッと引き立たせている。これなら22世紀近い現在の真夏日でも清涼感をもたらせるだろう。

 

「今日が一足早い夏日になっていて良かったな」

 

「そうですね。つい一昨日までまだ肌寒さが残っていたもの」

 

「まぁ、深雪がいれば夏でも冬に出来そうだけど」

 

「どういう意味かしら?」

 

 兄妹の他愛ない会話の狭間に割と辛辣なことを言うのは北山雫。本人以外誰も(兄ですら)反論はしないのはご愛嬌というやつか。

 

 そこからしばらく取り留めのない会話が続いた。達也と深雪のCADについてだったり、紗耶香の剣道精神論だったり。だがやはり一番話題にあがったのは達也のこと。ついで私のことだった。

 

「そういやさぁ、さーやを縛り上げてたあの砂ってどういう魔法だったの?」

 

「ノーコメント。術式について説明なんてするもんじゃない」

 

「ケチー!いいじゃん減るもんじゃないんだし」

 

「減るんだよ、神秘はね」

 

「どういう意味ですか?」

 

「ああ、まぁ西欧圏の古式魔法の一流派の考え方みたいなものでね。これまで『魔法』が秘されてきたのは即ち神秘(ミステル)であることが前提だったからで…」

 

 それっぽくてあんまり角が立たない講釈を垂れろ、私!あまりに迂闊。エリカ相手だとすぐこの様だ。ちょっと美少女相手に鼻の下伸ばしすぎてるぞ、イライザよ。

 

「『秘密であること』それそのものに力が宿るという考え方か」

 

 と、達也が一言。いっつもコイツは察し良すぎないか。ここで否定しても誤魔化してもまずい。そんなもんだよとでも言っておこう。彼はそれで納得して、さらなる追及を止めた。

 これでひとまず危機は去った。あぶね~。

 

 だがここでこのまま何も言わないとまた話題に出されてしまう。自分がこの世間話(戦場)をコントロールしなくては。そう思った私は、話を美月に向ける。

 

「ところで美月、その後調子はどうだい?」

 

「この間教えてもらったメソッド通りにやったら平均タイム100ミリ秒縮みましたよ。リザちゃん様々です」

 

「君の眼が良いからってのもあると思うけどね。意識的に想子流を捉えるってなるとだいたい触覚に頼りがちだが、君のその眼は視覚的にそれを捉えることが出来る。それはこの上ないアドバンテージになるだろう」

 

 美月はあまり霊子放射光過敏症のことを話題に出されたくないようだったが、すまん、私のために犠牲になってくれ。具体的に言うとこのまま君の先天性疾患の方に話題が行って私の魔術がらみの事柄を洗い流してくれ。

 と、そこに悪魔の一言がぶち込まれる。

 

「そういえば、イライザさんって古式魔法師なんだよね。私たちが知らない理論とかまだ知ってたりして」

 

「あ~確かに。言える範囲で教えてくれない?」

 

 FU○K!森崎の時と言い余計なことしかしないなミスほのか!

 くっ、エリカの方はたぶん美月を庇って乗っかっただけだが、あの天然系邪魔者のせいで私の盤面制御計画がおじゃんだ。

 

 …仕方ない。できるだけ現代魔法よりで、かつ魔術的にバレてもあんまり大事にならなそうなものを晒すか。

 そうだな、じゃあこれは達也と深雪へのご褒美としよう。大所帯になってしまったが、もともと今回は二人を労うための集まりだった訳だし。

 

「…『見ること』は最も原始的な魔法の一つだ。それ故に様々な対策がとられてきたわけだが、その理論の応用で、視覚を用いた知覚系魔法への対抗というのがある。」

 

 達也に向けて、両手の指で四角の枠をつくってみせる。絵描きが画角をとるときにやるようなポーズだ。

 物事を仔細丁寧に解説するとき、ボディランゲージ(格闘ではない)による比喩表現は非常に効果的である。事実達也もその他も、私の指がつくる図形に注目し、講義を程良い集中力で聴き入っている。

 

「視るとはすなわち強い意志によって対象を観察する行為。その前提として『視線を通す』行動が必要となる。ならば、見られる側は視線(それ)を辿れば良いわけさ」

 

 ポーズを解いて、達也と私の間にラインを結ぶように指を振る。『視線』を表すジェスチャーだ。

 指差しは英国では行儀が悪いとされるが、日本ではアリなのだ。

 

「辿ると言っても、どうやって?それこそBS魔法のように魔法式に記述できない術式を利用する他無くないか?」

 

 達也が疑問を呈する。現代魔法にどっぷり漬かった魔法師は術式に縛られて、より原始的情報の分析──魔術師が魔術回路を使って行っていることが出来なくなっているようだ。

 

「干渉される側は干渉されたことを無意識に知覚する。いわゆる視線を感じるアレだ。魔法を使っている以上、視線は通常より強固になる。それを意識的に増幅してやればいい。」

 

 超常の力を手にする我々にとって、知覚系はなにも五感に留まらない。大源(マナ)と自身の回路を接続し、周囲の状況を探ることなどある程度魔術に明るければ容易い。

 また、魔術と現代魔法の両方を学ぶ私なりに同じことが出来ないものか試したところ、魔法師が常に一定量放出している想子と自らの繋がりを強く意識する事で擬似的に再現可能であったことは付記しておこう。

 

 これはある種の種明かし。

 達也の眼を見破った方法論の暴露だ。彼らが喉から手がでるほど欲しかった情報だろう。

 

 しかし、達也は私の説明に納得いっていないようで、考え込むように腕を組んで黙ってしまった。おおよそ『視線』というあやふやな情報を増幅するという術式について考察しているんだろう。

 深雪はこうなると長いことを知っているからか、珈琲のおかわりを注文している。

 

「まぁ、この技術は幼い頃から修練してようやく身に付くものだし、ある程度年齢がいってから習得するっていうのは難しいんじゃないかな」

 

「あたしの知ってる古式魔法師とだいぶ違うわね。文化の違いってやつ?」

 

「おや、エリカに古式魔法師の知り合いが?」

 

 彼女曰わく、実は1-Eの吉田幹比古がそうなのだという。私の記憶が正しければ、履修登録の際、さっさと教室から出て行った奴だ。

 

「へー、気づかなんだ。まぁ当然か」

 

 魔術師は自身が魔術師であることを公にしない。魔術師であることがわかるのは、魔術を使った瞬間なのだ。

 古式魔法師などという括りに身を置いている元魔術使いどもにそんなエチケットがあるか知らないが。

 

 しかし、期せずして雑談は私の方から自分のクラスの話にシフトした。この流れに乗らないてはないとばかりに私は1-E内部の浮ついた話をぶちまけた。なかなか好評である。

 

 雑談は、17時くらいまで続いてお開きになった。流石に現代の治安良好とはいえ女子を一人で帰すにはこのぐらいの時間が限界だろうという判断からだった。

 

「ああ、そこなナマモノ。お勘定を頼むよ」

 

「あちしにゃーネコアルクって名前があるにゃー!ナマモノ呼び、やめてもらっていっすか?」

 

 そここだわりあるんだ。自分の存在さえ適当な感じなのかと思っていたが。

 

「じゃあネコアルク。お勘定を頼む」

 

「かしこまりました~」

 

 機嫌をとってやると普通に対応するあたり、根は悪い訳では無さそうだが。

 

 そうして店を出てからも、やはり達也はネコアルクが不思議なようで首を傾げていた。

 ここまで面白い反応をする達也を見れただけでも収穫と言えよう。デザートが美味しかったのも満場一致だったし、我々は満足してそれぞれの家路に就いた。

 

 




*いくつかの誤字を修正させていただきました。ご報告感謝します。2023/2/9

改稿方法につきまして。活動報告に記載いたしましたが、改稿します。展開全部変わります。本当に申し訳ないです。ですがコレ以外で自分がこの作品更新できる自信がないのでやります(断行)。以下の2つの方法から選択していただけると幸いです。

  • 新しく改稿版『イライザの進学』を投稿する
  • 本作品を1話から全部改稿する
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