イライザ・エルメロイ・ベルベットの進学   作:C-Mech

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九校戦編/
#11イライザ・エルメロイ・ベルベットのクラスメイト


 辛い。

 何が辛いって、このだだっ広いフィールドを縦横無尽に走り回らなければならないのが辛い。

 

 七月中旬現在、私ことイライザ・エルメロイ・アーチゾルテ・ベルベットは体育の授業中である。なんだって研究者育成機関の顔が強い魔法科高校で体育が必修単位なんだ。

 と愚痴っても仕方ない。形式上高等学校の範囲にいる以上一般科目規定には従わねばならないし、この学校の生徒の三割程度は軍に進学ないし就職する。であればこそ、体力を増強しておくという考え方自体は間違いではない。

 

 間違いではない、のだが。

 

 私のように貧弱極まる肉体の持ち主には、『レッグボール』なんていうスポーツは過酷が過ぎる。

 

 レッグボールはフットサルを透明な箱の中のフィールドでやるような競技だ。その性質上フィールドの大きさはサッカーのそれよりだいぶ狭いが、私基準だと十分すぎるくらい広大である。

 この中で三次元的軌道のボールを捉えて相手のゴールまで運ばなければならない。もう正気の沙汰では無いのだった。

 

「リザ!パス!」

 

「…?!はぁっ!」

 

 右翼のエリカからのパスの声を聞いた私は、胸でトラップして左翼の味方に繋げようとしたのだが。

 

「ぐぇっ」

 

 下手くそが無茶をしたせいで、胸に収まる筈だったボールは顔面に突き刺さり、私は仰向けに倒れ込んだ。

 いや、『倒れ込んだ』は生易しい表現かもしれない。正しくは『吹っ飛ばされてノックアウト』だ。起き上がれねぇ。

 

「先生ー!ベルベットさんが倒れましたー!」

 

 クラスメイトの女子がインストラクターに報告する声が聞こえる。

 ああ…もしかしたら私は此処で死ぬのかもしれない。短かったが、よい人生だったような気がしないでもない。

 

 辞世の句を考えていると、誰かがそばに駆け寄ってくる。担架だろうか?

 

「大丈夫ですか…?鼻血は…出てませんね。頭を強く打ったりとかは?」

 

 担架ではなく美月がいち早く介抱に来てくれたようだ。あまりにも優しくて天使に見える。

 

「さながらクリミアの天使(ナイチンゲール)…!」

 

「少し譫言(うわごと)を言ってますね…」

 

 結局私はベンチ送りとなり、後半戦まで地獄の戦場から離れることができた。

 やはり美月はナイチンゲールなのでは?

 

 

 

 養護教諭からしばらく安静にしていれば大丈夫とのお墨付きを貰った私とエリカと美月は、女子のレッグボールの試合の合間に達也とレオの様子を観に行くことにした。

 

 こんなことを言うと性差別だなんだと言われそうだが、やはりこの手のスポーツは男子が華だ。体のサイズは試合のスケールという意味でも、対戦のアドバンテージという意味でも大きい。

 

 現に今、このフィールドを蹂躙するのはゲルマン系の大男であるレオだった。あんな風に豪快なプレーは女子ではなかなか見られない。

 レオからパスを貰った達也の精密なボール捌きも、170cm代後半の身長で繰り出されるとなかなかの画になる。私がやるとちんちくりんそのものなのに。

 

 ゴールを決めたのはミスタ吉田。五月の頭にエリカが言っていた古式魔法師の少年だった。

 彼の印象はよく言えば儚げな中にも力強さを感じる美少年、悪くいえば少しなよっとしたところのある美少年という感じ。

 だいぶ主観が入っているが、そのくらいしか特筆すべき事項が無いんだから仕方ない。

 

 え?古式魔法師同士なにか感じるものは無いのか、だと?

 無いわそんなもの。そもそも私は魔術師だ。古式魔法師じゃない。対外的にそう名乗ってはいるが、正直それもあんまり気に入っていない。

 古式魔法師など、探求の末に根源に至るという至上命題を投げ出した魔術使いの成れの果てだぞ。賢明なる読者諸兄にはそこんとこ勘違いしないでいただきたい。

 

 この致命的な心証の悪さ故に、彼とはそもそも関わり合いになっていないのだ。表面的評価しか出来ないのも無理からぬものだろう。

 

 とは言え、面と向かって悪感情をぶつけるほどでもないし、そもそも彼自身に罪はあるまい。罪過があるとすれば、彼の祖先の目先の目的の為なら神秘をすり減らせることを厭わぬ精神性だろう。

 

「まあね。いわゆる、幼馴染みってヤツ?」

 

「エリカちゃん、何で疑問形なの?」

 

 私が悶々とした思考を煮立たせていると、いつの間にやら件の吉田幹比古少年を巻き込んで会話がスタートしている。

 当然なにも聞いていなかった私はがっつり出遅れる。こういうときは下手に口を出さず、ある程度の流れを掴んでから話に参加するのがセオリーだ。

 

 エリカ曰わく、彼とは十歳からの知り合いなのだとか。しかし都合六年の間柄で、しかも高校に入学してから校外での付き合いが無いのに幼馴染みと言うのも…というのがエリカの言い分だった。

 

 これに対して意見を求められた達也は『幼馴染みで良いんじゃないか』と平坦に答えた。私もそう思う。

 

「んじゃリザは?」

 

「私もそう思うよ。付き合いと言うのは長さではなく密度だ」

 

 達也と同じことを問われたので、心の中で言葉にして思っていたことをそのまま出力する。ちょっと味気ないからそれっぽい言葉を付け足してみよう。うん、我ながら空々しいことこの上ない。

 

「深いな」

 

「そこまで深いか?」

 

 レオの極限まで浅い反応に疑問を投げかける達也。彼らのこのノリも板についてきたと言えよう。

 

「確か、ベルベットさんと柴田さんだよね?初めまして。吉田幹比古と言います。良ければ幹比古って呼んでください」

 

「は…初めまして、柴田美月です」

 

「エリカから聞いているよ。知っているようだが一応、イライザ・E・ベルベットだ。君に倣って私も下の名前(ファーストネーム)でいい。あと敬語もなくていいぞ、同級生なんだし」

 

 私の気も知らないで(関わってないから知る訳ないが)暢気にもミスタ吉田は我々に挨拶をしてきた。礼儀正しくてよろしい。

 

「じゃあ遠慮なく。イライザさんとは一回話してみたかったんだ。同じ古式魔法師同士」

 

 こっちに感じるものはなくても、向こうからはシンパシーを感じられていたようである。うーん、どうしたものか。別に関わるのを過剰に避ける必要は無い。だってクラスメイトだし。初対面なのに強固な壁を作る方が逆に不自然と言える。

 だが内心穏やかならざるのも事実。ここはあまりディープな話ができないってことで距離をおいておこう。

 

「......申し訳ないが、私は日本の思想魔法には疎いぞ。会話を弾ませられるか怪しいところがあるというか」

 

「うちはそこまで神道、というか単一宗教に傾倒してはいないよ。必要とあらば仏門の技術まで取り入れるぐらいだし。

 それに、複数の神話体系から術儀を構築するのはそっちもよくやるでしょ?とは言えその場合には、各宗教で崇められる同一の存在を下地にすることが多いそうだけど」

 

「その通りだ。複数の逸話の類似部分を取り出して()()を強化したりするな。だからこそ思うんだが、神道と仏教は祖を別とする信仰体系だろう。混ぜ合わせてしまって問題ないのか?いや、神仏習合の流れがあったわけだし不思議はないが、成立させるのに相当な繊細さを求められる気がするんだが」

 

「混ぜ合わせるというか、別の術式として保存してるというか。それぞれ別のものとして扱ってるから発動時には干渉しないよ。それに、もともと吉田家は田舎の拝み屋出身だからね。核となる思想自体、神道と仏教のごった煮の、言ってしまえば亜流みたいなものだったのかもしれない」

 

「なるほど...」

 

「疎いとか言っておきながらなんだかんだ話通じてるじゃねぇか」

 

 しまった。

 思ったよりミスタ吉田が()()()()()()()()ものだから普通に会話してしまった。コイツ、なかなかできる。

 今日まで関わるのを避けてきたことを少し後悔する。ミスタ幹比古は想定より自分の能力について理解している。徒に権能を引き出すだけではない、歴史(積み重ね)による自身の血筋に根付いた特性をよく抑えている。

 

 その後、彼はエリカのブルマ姿に平常心を乱された挙句に耳元でASMR(七十年ほど前に流行った音響技術。私の知る限り主にいかがわしい用途で利用された)を喰らい赤面させられていた。

 

 正直かなり驚いた。内心彼について所詮魔術使いの末裔と高を括っていたところに、なかなかよく勉強している若者が来たものだから無理もないが。

 とはいっても精神性は常人のそれだ。惜しいかな、彼がまぁまぁの魔術師の家系に生まれていれば、それなりの人物になったであろうに。

 

───────────────────────

 

「イギリスかぁ…」

 

 時は昼休み、場所は生徒会室。

 最早恒例となった生徒会と風紀委員の一部の団欒。そのさなか、中条あずさが課題──『加重系魔法の三大難問』のうち、『汎用飛行魔法の技術的課題』と呼ばれるもの──について疑問を呈したことに端を発する一連の会話で、市原鈴音はイギリスでの大規模公開実験を引き合いに出した。

 結論としては達也の言葉によってあずさの疑問は解決され、そのまま司波兄妹は部屋を辞そうとしたのだが。

 

「…イギリスになにか?」

 

「いや、そう言えばリザちゃんってこないだの定期テストの順位良かったなぁって。『イギリス』って単語でなんだか思い出しちゃって」

 

 このような真由美の呟きによって引き留められてしまった。

 

 イライザの定期テスト順位は十二位。二科生でこの成績は達也、幹比古に次ぐ快挙ともいえるが、本人はどうかというと───

 

『十二…十二か…厭な符丁だなぁ、せめて十一科(アステア)とか…別に十二科(ノーリッジ)が嫌いってワケでは無いんだが…』

 

 などと意味がわからない供述をしており、その順位に誇りも傲りも見出していなかった。至極当然とばかりに受け入れていた。

 

「リザちゃん?」

 

「時々会長が話題に出す、イギリス人留学生、もといイギリス国籍の生徒ですね。

 たしか、フルネームがイライザ・E・ベルベット。四月の騒動で図書館を単独鎮圧したという話は内々にですが有名ですよ」

 

 疑問符を浮かべるあずさに、鈴音がイライザについての基本情報を答える。図書館の鎮圧については彼女たっての希望で限られた人員にしか知らされていないが、ここにいる全員その()()()()メンバーだったため普通に話にのぼることもしばしばである。

 

「そう言えば会長は、彼女と親しいんでしたっけ」

 

 深雪が話題を広げる。

 早くこの場を去りたいという意志と、図書館の一件以来不信感が増すイライザの情報が欲しいという二つの間で悩んでいた達也は、その一言で後者を選択する。

 

「実を言うと、いつだか駅前の一本道で話して以来ろくに話せてないの。だから、そこまで親しいとは思って貰えて無いんじゃないかな」

 

「あの件、入学から数日しか経って無かった気がするんですが、どこで彼女を愛称で呼ぶような機会を?」

 

 ここで、イライザと真由美のファーストコンタクトについて聞いてみる。

 それこそ彼女の飛び入り参加によって深雪の生徒会入会交渉の時に聞きそびれたことである。

 

「入学式の日にちょっとね」

 

「ああ…そう言えば戸籍がどうので呼び出されたとか言ってましたね」

 

「うん、入学に必要な書類に不備があって、それを直してもらったのよ」

 

 段々顔色が悪くなっていく真由美。

 面白い。この方向には彼女が言いたくないことがあるようだ。ヨシ、突き進もう。

 

「そういうのって、だいたい教師がやるもんでは?」

 

「私もそう思うけど、学校側は知らないことにしたかったんじゃないかな~。リザちゃん、入試のペーパーテスト成績はかなりよかったから、書類不備で落とすの心苦しかったんだと思うわ」

 

 初耳情報ではあるが、聞きたいのはそんなことではない。ここでつつくべきは──

 

「つまり、学校は十師族に責任を被せる腹積もりだったと?」

 

「そこまでじゃないと思うケド…まぁその向きがあっても不思議じゃないわね。

 ところでなんだけど、同じクラスの達也君から見て、リザちゃんどう?」

 

 うまい具合にはぐらかされたと感じつつ、達也はイライザへの評価を考える。

 まず、現代魔法でも古式魔法でも、魔法理論方面ではずば抜けた実力者であることは疑いようがない。知識として教えるのではなく、実践を含んだ分かり易い解説によって、エリカ、美月、レオを筆頭に魔法実技の成績は急激に上昇した。

 次いで、その繊細な想子操縦(サイオンコントロール)は、それを得意とする達也ですら目を見張るものがある。ブランシュのアジトに突入する連中にかけた魔法がいい例だ。自分と異なる想子波長を持つ他人の魔法演算領域とCADに調整装置も噛ませずに直接干渉し、しかもその動作経路を最適化するなど、少なくともFLT(フォア・リーブス・テクノロジー)所属の魔法工学技師である達也は見たことがなかった。

 

 と、その旨を後半の一部を伏せつつ語る。

 

「へぇ…達也君がそんなに言うってことは魔法工学的にもスゴいんだ」

 

 ちら、とあずさの方をみる真由美。この中で達也に次いで魔法工学の知識があるため、裏付け要員としてこれ以上ないだろう。

 

「た…確かに私も聞いたこと無いですね、そんなの。BS(Born Specialized)魔法でもない限り、現代魔法には類似の術式は無いんじゃないでしょうか」

 

 その言葉に、真由美は少し考え込む素振りを見せた。彼女の特殊な魔法に心当たりがあるのだろうか。

 

「そう言えばこの間の初めて知ったんですが、彼女のミドルネームって『エルメロイ』って言うんですね」

 

 深雪が新たな情報を開陳する。本当のことを言うと、司波兄妹は彼女にもう一つ『アーチゾルテ』というミドルネームがあることを知っていたが、あくまでも図書館で彼女が自ら語った情報を出すに留めた。

 

「『エルメロイ』ですか。聞いたことが無いですね。中条さんは?」

 

「私もないです…」

 

「あたしも無いぞ。そもそも国外の魔法師の情報は国防の観点から公にならないのが常ではあるが」

 

 鈴音、あずさ、摩利の三人とも覚えは無いようだ。唯一真由美だけ冷や汗をかいて焦った様子だ。

 

「会長はご存じだったんですよね。」

 

「そうなるわね。でもあの子、自分の出自について探られるの気にしてたみたいだから、その辺にしてあげて」

 

 これもまた初めて聞く話だ。達也たちの前では自分の身分(貴族であるとか、いかにして家が没落したかなど)について語ることは多いとは言えないまでも少なくもなかった。

 そんな彼女が自らについて探られるのを気にしている?

 

 真由美の発言によって、場の雰囲気は陰鬱な影が差した。

 魔法師というものは、国家主導でここ百年の内に()()()()()()新人種だ。当然まともな倫理観に基づいたルーツを持っているものの方が少ない。ほのかの光井家がいい例だろう。エレメントという初期の魔法師モデル。彼らには支配者の意向に絶対に従うように服従遺伝子というものが組み込まれている。

 

 ここにいる者もあずさと摩利以外はそのような歴史の中に成立していった一族なのだ。『出自を探らないでほしい』という願いはとても切実なものに感じられたのだろう。

 

 結局大した情報も得られぬまま、その場はお開きとなり───5限の授業に1分ほど遅刻してしまった。




《あまりにも体力がないイライザ》
 魔術師は戦闘技能も磨くべきというのが現代魔術科(ノーリッジ)流だが、そのカリキュラムが組まれる前に国から出てきたため、自己流の腹筋30回とかのメニューしかやってない。魔法科基準で最弱クラス。

《幹比古が女子のイライザ相手にがつがついった理由》
 自身が喪失した魔法力の手がかりが欲しかったため、外聞とか気恥ずかしさを押し殺して接触。

《焦る真由美》
 イライザに『犠牲は望みませんので』とか言われてるのでできるだけ情報を出さないようにしている。

《いかにして家が没落したかなどを知っている司波兄妹》
 おそらくエリカ経由だが、イライザがどっかのタイミングで言っててもおかしくない。

 ご観覧感謝いたします。
 この度追加した章はcase.以降ががっつりネタバレになるため、章の終わりに追記いたします。

*一部誤字を修正致しました。ご報告、ありがとうございます。

改稿方法につきまして。活動報告に記載いたしましたが、改稿します。展開全部変わります。本当に申し訳ないです。ですがコレ以外で自分がこの作品更新できる自信がないのでやります(断行)。以下の2つの方法から選択していただけると幸いです。

  • 新しく改稿版『イライザの進学』を投稿する
  • 本作品を1話から全部改稿する
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