東京郊外の寂れた街。
この土地は市街地にも関わらず富士から流れ出るレイラインの末端が地下に息づいている。
それ故にイライザは英国から放逐された後、この土地に居を構えることを決定したのだが、交通の便があまりよくないことは免許を持っていない婆やと免許を持てないイライザにはちょっとだけ苦しかった。
そんな街の往来に、厳重に変装した九重八雲はいた。目的は勿論イライザ宅の偵察である。自らここに赴いたのは、頼まれてしまった以上、部下もとい門弟を使うのは憚られたというのと、彼女の使ったという古式魔法結界に彼自身興味を持っていたからである。
彼女の家の近辺は、正直に言えば閑散の一言だった。都内とはいえ、ここまで都心部から外れればさもありなんという感じではあるが、やはり『望んで』人との関わりを避けているように、八雲には見受けられた。八雲自身、俗世から離れた僧の立場にあるために、そこらへんの見定めは得意なつもりだ。
いよいよ探るところが
と、家から50メートル離れた場所に到達したタイミングで、玄関の扉からフードを目深に被った老婆が現れた。
慌てず、ゆっくり歩んで進む。まるで私はその家の前を散歩しているだけの一般人です、とでも言うように。
そして、家の前を丁度通り過ぎる瞬間、
「なにか、ご用でしょうか?」
と、声をかけられた。
驚愕する。自分の通行人への変装は完璧で、一切感情を表に出していたつもりはなかった。
この老婆はいかなる方法で『九重八雲』を見破ったのか、皆目見当もつかなった。
「…いいえ?急にどうしたんです?」
咄嗟にそう返答する。“普通“に見ればおかしいのは老婆の方だ。いきなり家の前を通りがかっただけの通行人に用向きを問うなど、なにかしら『おかしい』ひとだと思われても不思議はない。
「では、なぜ拙
瞠目する。今度は驚愕が表情に出てしまった。
それを契機に二人の間に一触即発の空気が流れ始める。
(マズいね。此処にきた事実は隠したいが、かといってこの婆さんを殺すのは…)
やり過ぎだし、さらにいえば国内最高峰の諜報能力を持つ自分をもってしても辿り着けない英国の
「貴方がお嬢様を害する意思があるのなら、此処で一戦交える必要がありますが、そうでないのなら、今すぐに立ち去り二度と関わらぬことです」
「…そうさせてもらおう。関わらないでいられるかどうかは、クライアントとの調整次第だが、善処しよう」
安全策をとって偵察を諦め、寺に戻ることを決定する。幸いにもあの老婆は追って来ないようだ。
肝の冷える体験をしたことは幾度となくある。が、あそこまで自分の心の奥を見透かされるような得体の知れない気分になるものは、彼の諜報人生の中で初めてだった。
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「てなわけで、申し訳ないが達也クン、ボクはこの遠坂の情報を渡すところまででギブアップだ」
「いえ、十分です。此方こそお手間をとらせて申し訳ありませんでした。」
達也は、八雲をして肝が冷えるといわせしめたベルベット邸の老婆に驚きつつも、彼が偵察前に集めてくれていたもう一つの情報源、『遠坂』についての資料に目を通す。
「…遠坂家は九州の冬木市の名士で、もとはキリシタンたちのまとめ役だった一族を出自とする、ですか」
「ああ。イギリス側の情報が探れない以上、関係ありそうなとこを洗いざらいピックアップしてきたからなかなかの量になっちゃったケド」
「いえ、多いに越したことはありませんよ」
「ですが、お兄様。この資料には不審な点は見当たらないように思えますが…」
今日はついてきている深雪が言う。確かに資料を見れば、名士なのだからその子女がほぼ全員留学に出ていることも、多くの土地を飛び飛びに持っていることも不自然な要素はない。
「あくまでイライザさんを基準に考えるが、彼女たちはなにか、隠すことに重きを置いているように見受けられる」
「隠すことに?」
「そうだ。深雪、森崎がCADを取り出したときに彼女がなにか魔法を構えていたのを覚えているかい?あのあと彼女にその効果を訊ねたら曖昧な答えしか返ってこなかった。駅での結界についても聞いてみたが、煙に巻いたような言い回しでかき乱し、此方に情報を渡さないように気を配ったような返答だった」
だから、彼女はその術式を隠すもしくは誤魔化すことに注力していると、達也は考えたわけである。
「そもそも私たちに結界に入ったという自覚さえ与えないあたり、確かに徹底した秘密主義ですね…」
深雪の呟いた内容は、正鵠を射ている気がした。徹底した秘密主義、イライザ自身のミステリアスな雰囲気も相まってそう感じるのかもしれない。
「その秘密主義故にこの遠坂の資料にも多分に誤魔化しや、隠蔽工作がしてあると思われるから、その綻びを探してなにか掴めないと考えたんだ」
「流石ですお兄様」
一切批判意見を返さない妹の賞賛を聞きながら、達也はこれがなにかよくない方向に転がる第一歩のような気がしてならなかったが、知的好奇心が大いに勝ってその懸念を払拭した。
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ああ、苛立ちというものは制御不能だ。私は未だカフェで達也に安く見られたことを根に持っている。我ら魔術師の秘奥技は、たかだか軍事機密の一つや二つ程度で売り渡せるものでなし。
さらに言うならお前にはもう既に一つ結界を見せてやっているだろう。私がお前の『眼』を暴いたように、お前も私の理論を分析してみればいいではないか。
───私は、ここまで私の魔術に誇りを持っていたのか。
彼への怒りが頂点に達した瞬間、私にそんな思いとともに虚脱感が襲ってきた。
そうだ、私は母がわざわざ引き離した魔術に、自ら近づいている。それに誇りを持つだと?
───もう、良いんじゃないか?
そうやって幾度となく繰り返した自問自答を、なぜだか最近彼に対する怒りをトリガーとしてリピートする事が多くある。
「エリカのこと、言えないな、私も」
正直、今は婆やから報告のあった私のことを探ろうとした賊について考えねばならないのだが、まともに思考ができない。感情のコントロールすら出来ないのでは魔術師失格だ。しっかりせねば。
その日の
学校は新入生歓迎期間が佳境に入り、達也は忙しなくコンスタントに逮捕者を出している。
やはり二科生風紀委員はやっかみで面倒ごとに巻き込まれることが多いようだ。
レオや美月は部活が決定しており、そちらに参加し、勿論司波兄妹は委員会活動。となると放課後に私と行動をともにするのは基本エリカのみとなる。
「なるほど、エリカはあの渡辺風紀委員長が苦手だったのか。だからミス真由美のお誘いも断ったと」
「そうなるかな~、でも苦手ってのは違う。アイツは私よりも弱いもん」
「人間関係的な得手不得手のことを言ったつもりだったのだが、いつの間にか武術の優劣の話になっている?」
このくらいには軽口を叩ける仲になったエリカだが、気まぐれさと突拍子の無さは私以上だ。なまじっか視野が広いのが災いして(能力的には幸いして)視界のはしにある情報も見逃さずに話題を広げる。
「てかさ、アンタなんか調子悪そうじゃない?」
「はて、なんのことやら。私は常に調子が悪いよ、良かった時があったならもう少し君を楽しませるジョークの一つでも言っているのだが」
「…はぐらかし方がなってないわよ。いつもよりキレ味が落ちてるじゃない。いったいなにがあったのよ、喫茶店に寄ったときからずっと機嫌悪そうにして」
この小娘、私の不調の原因を知らずともいつからこの具合なのかはわかっているようだったし、不調が私の機嫌によるものであることも見抜いていた。
エリカはさらに、
「こないだアタシに『彼に恩知らずなことするな』って言ってたリザが率先して達也君によそよそしくしてたら世話ないわよ」
「…これは手厳しいね」
そこまでばれていたか。
彼女の言葉にしばし沈黙して、皮肉の一つでも返そうとしてみたが、どうにも分が悪いと思って彼女には正直に話すことにした。
「…何日か前に司波兄妹にちょっかいをかけてね。ああ、元はといえば彼らのせいではあるんだけど、本当に些細なことが原因で私が我慢できなくて…」
「なのに達也君が許してるから少し負い目を感じてる、と」
吃驚した。
そうだ、私は責めて欲しかったのだ。あんな人前で魔術を使った私を。
本当はきっと、達也の『眼』なんてどうでも良かった。ただあのときあのタイミングが、捨てられた私の存在意義を示せる数少ない場所だと錯覚した。達也という埒外の怪物に力を示すことで、
だが、実際にやったのは神秘の秘匿から遠く離れた蛮行で、とても母の前で誇れるものではなかったことを心のどこかで自ら咎めていた。
それをエリカに言い当てられて、言葉は出ず、ただ口から空気を押し出すような、乾いた笑いがこぼれた。
「...どうしたの、リザ?アンタ、泣いてるわよ」
いつの間にか目から何か水滴が垂れていたようだ。
涙?そんなわけあるか、そんなものは2歳の時分には涸れ果てたさ。
「泣いてなんかいないさ。ただ涙腺が圧迫される生理現象によるものだよ」
「それを泣くっていうのよ、もう」
エリカはそういって、私の頭を撫でた。なんだか情けないとも思ったが、どうしてか、その手を振り払うことができなかった。
「理由は聞かないでおいてあげる。なんかあるんでしょ、アンタもアンタで」
「ご配慮痛み入るよ。ありがとう、エリカ」
恥ずかしい話だが、この時私は、エリカの姿にわが母、ライネス・エルメロイ・アーチゾルテの姿を重ねていた。
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千葉エリカにとってイライザ・E・ベルベットという少女は、最初は本当に、美月が言う不思議な
しかし、数日関わってみると意外と皮肉屋で好戦的、すなわち
さらに、自分とよく似た────気まぐれな感じというか、人と深くかかわるのを避けようとするところ────があったのも相まって、打ち解けるのにそう時間はかからなかった。
彼女には誰にも話そうとしない秘密が多くあるようで、エリカはつい、踏み込んだことを聞いてしまう。自分は最近達也にもつきまとっているが、彼女にもつきまとっているな…そう考えていた最中に、ちょっとした会話の中で彼女が泣き出したものだから不思議で仕方がなかった。
でもきっと、この涙は彼女がイギリスから日本に流れてきた理由に深く根ざすものだと感じた。だから、多くは問わず泣くに任せた。
自分が思うほどイライザは強かではないのかもしれない。そんな思いが今、自分の胸に芽生えた。
(友達でいる以上、アンタのことをもっと知りたいな)
一、二週間くらいしか友人関係を続けないことも多いエリカだが、この時ばかりはどうしてか、そう思った。
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帰り道、いつもの一団とともに下校する。
「ミスタ達也、ここ数日すまなかったね」
「…?なんのことだ?」
「いや、わからないのならいい」
「リザは達也君によそよそしくしてたのを謝ってるのよ。それに、その前にもなんかあったんでしょ?」
私が誤魔化そうとしたのをすかさずエリカが補足をいれて有耶無耶に出来なくする。
「…ああ、駅のあれか。もう気にしてないから安心していいぞ」
「そう言ってもらえるならご厚意に甘えよう。自分でもあの悪戯はやり過ぎだったと思っているからね。ミス深雪も、申し訳なかった」
「お兄様が許しているのですから、私も気にしません」
深雪の場合、兄が黒を白といえば信じ込むような女なので、達也が私に気にしていないといった時点で赦してくれるだろうと思っていたが、案の定だったな。
「相変わらずブラコンだな。ていうか駅でなにがあったんだよ」
「わ…私も気になります」
「私も」
「うん、聞きたい」
レオがことの次第を訊ね、美月、ほのか、雫が追随する。
「それは秘密というやつさ。秘密は誰にも知られないから
ブーたれる友人たちを背に今後のことを思案する。今日で新入生歓迎期間は終わり、明日から学校の喧騒は落ち着くだろう。
そうすればようやく研究を、
これまでの道のりはきっと無駄ではなかった。だが同時に、母に褒めてもらいたいという邪念を多分に含んでいたことは認めざるを得ない。
魔術師ならば自らを第一としなければ。たとえ親といえど、他人からの褒賞を求めるなど言語道断。原則に立ち返る日が来たのだ。
それを気づかせてくれたエリカに感謝しながら、家路を急いだ。
《イライザの内心》
元々母は自分を愛してくれていると考えているが、なまじ『人間的』に育てられたため、魔術師に比べ心が弱い。そのため、八年間親元から音沙汰が無く心細さを感じていた。婆やもいるが、彼女が自分を主として敬うため、親だとは思えなかった。
なんとか投稿できましたが、文章に乱れがあるかもしれません。
ご観覧、感謝します。
改稿方法につきまして。活動報告に記載いたしましたが、改稿します。展開全部変わります。本当に申し訳ないです。ですがコレ以外で自分がこの作品更新できる自信がないのでやります(断行)。以下の2つの方法から選択していただけると幸いです。
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新しく改稿版『イライザの進学』を投稿する
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本作品を1話から全部改稿する