お早う読者諸兄。
前回あんだけカッコ良く『自分のための研究』だのなんだの言っておいて悪いのだが、私の今の状況はそれを開始するには少々不穏な気配がある。
状況を整理しようか。
まず一つ目、七草弘一。コイツは実の娘をダシにして私にカマかけを行い情報を引き出そうとする策謀家だ。私が彼女を害する危険性を考慮してないのか、はたまた彼女の実力を過剰に信用しているのか。どちらにせよ後継者以外を大切にしないところとか身内に甘いところとかが魔術師よりの人物である。
二つ目は達也。彼の『眼』には釘は刺したが、そのとき迂闊にも魔術を使ってしまったのでまぁ警戒されているし探られているだろう。『気にしていない』とは言っていたが、方便であろうことは想像に難くない。高校生らしからぬ大人びた感じと血生臭さが恐ろしい人物である。
三つ目は婆やから報告のあった賊。
以上のように私は最低三つの勢力に情報を探られているのである。上の二つはまぁ首謀者がわかっているからまだしも、三番目の賊はクライアントとやらが読めなすぎる。というか候補が多すぎて絞り込めない。
やはり遠坂殿への手紙を出すのをしばらく待って、これらの勢力についても付記すべきだったと少し後悔する。
しかしこれらはあくまで私に降りかかった火の粉だ。遠坂殿を頼るのではエルメロイの名折れ。どうにか自分だけで処理する手段を模索しなくては。
心機一転した想いを胸に今日も今日とて瞑想に耽る。しかしながら不穏な影が頭から離れずやっぱり上手くいかない。これは由々しき事態である。できるところから火種を除かねばならない。
そう決心したはいいが、今はまだ情報が少ない。学校に馴染み、七草と司波の油断を誘うことが先決だろう。
そう考えた私は、今日からの新たなる生活に思いをはせることにした。
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本日の学校はまったくもって昨日までと様変わりしていた。つい一日前まで肩肘をぶつけ合いながら幼気な一年生をかどわかそうとしていた連中とは思えないほど落ち着き払い、薄ら寒い礼儀作法に身を包んでいる。
たった一日でよくもここまで繕えるものだと彼らの変わり身の早さに感心しながら、再びの学校生活がはじまった。
「まぁお陰様で平穏が戻ってきたのは喜ばしいことだが。流石に年がら年中あの狂騒ぶりでは魔法学の最高学府の品位が疑われかねん」
「責任者でもあるまいに…随分な物言いじゃねぇか」
レオは堅苦しい品格だの権威だのが苦手…というよりも、それらが自分の欲求を阻むことが多いために無意識に嫌悪しているようなきらいがある。
彼は儘ならぬ魔法師でありながら自身に素直であろうとする自由人の性質を持っているようだ。
「
「如何にもお貴族サマって感じだなぁ、おい」
「事実なんですもんねぇ」
美月はそういうが、実社会では時計塔での爵位など大して役に立たないものなのだ。現代において有用なのは我が家がおよそ600年かけて築き上げたフロント企業の資産などだが、そっちも大部分が100年前に散逸している。
今のエルメロイを支えるのは先代のロードが取得した莫大な魔術特許の使用料と、遠坂殿のような彼の教え子たちによる支援である。本当にありがとうございます。
今は再びの魔法実技の時間である。私のタイムは800ミリ秒フラットであるが、逆に言えばそれだけ緻密に魔術回路を制御できているということでもある。
ちなみに、これは二科生基準ではだいぶ早い方である。その証拠に達也、エリカ、レオは1000ミリ秒を超えていた。
「どうやったらそんなに速く術式を展開できるのよ」
「体感覚で言うと、先に体の中の想子を循環させ、その円環の中にCADを組み込むイメージを持っておくとうまくいくよ」
「なにそれ…」
「聞いたことないなぁそんなイメージ法」
実際は魔術回路を開いてその回路内で生成した
「まぁ古式魔法の出身だからね。私も例に漏れず秘密主義だから」
「ああ~」
エリカには覚えがあったようで、淑女にあるまじき呆けた顔で納得の声を漏らした。
すると、横合いから課題を終えた達也が現われた。いや、厳密にはすぐそばにいたのだが、会話に入る場所を探していたというのが正しいか。
「美月が言っていた想子の流れ、それが原因じゃないか?」
しっかりエリカとレオとの会話を聞いていた彼は、目ざとく私の追求されると面倒なところを突いてくる。
「…可能性はあるな。私の循環イメージは骨髄から体表面に想子が浮き出るような感じだ。脳だけで循環するというのはあまりに道理に合わないから無意識に身体全体を環として認識していた訳か」
マズったなぁ。
この程度の情報なら教えてもいいかと思ったが
その後は達也と私の指導の下、エリカとレオはタイムを縮め課題をクリア。全員の終了後に反省会を開いていると
「お兄様、お邪魔してもよろしいですか…?」
A組にいるはずの深雪と光井ほのか、北山雫コンビが実習室に顔を出したのである。
「深雪か。今ちょうど終わったところだ」
「あら、ずいぶん早くクリアなされたんですね」
「イライザさんが興味深いメソッドを持っていてね。それを軸に試行錯誤していたらいつの間にか全員終わっていたよ」
三人の眼がこちらに向く。おのれ貴様。私から情報を引き出すために妹を使ったな。巧い手だと他人事ならほめてやれたが自分のことだと憎たらしくて仕方ない。まんまと嵌められて面白くない。
もっと言えばあれを興味深いメソッド呼ばわりされるのは歯痒いものがある。が、彼女らの注目は躱せないとあらば何となくそれっぽい、かといって魔術の核心には触れないことを言って誤魔化すほかない。
「想子の循環を意識するやつかい?あれはなんてことのない想子の操作法だよ。流派によって異なるが、水も電気も大気も大いなる循環の中に存在する。それを自身の極める魔法理論に取り入れようとする派閥は多かった。我が家もまたその一つだったというだけで、いずれ現代の魔法師も同じところに行きつくさ」
「イライザさんって古式魔法師だったの?」
雫が疑問を呈する。今の説明が現代風でなかったからか、私が古式魔法(魔術)を扱うものだと気づいたようだ。そういや彼女たちには私の出身を言ってなかったな。
「ああ、一応私はそれなりに歴史のある家の末席だが。そんなに驚くことかね?この国にも古式魔法師の家は少なくないと思うが」
「少なくはないけど、かなり珍しいよ。全体的に秘密主義だし。ましてイギリスの古式魔法なんて、噂も聞かないよ」
雫に代わってほのかが答える。まぁそれは魔術師──否、魔法師になったのなら根源到達をあきらめた魔術使いか──ならではの性質と言えるだろう。
人に知られれば神秘は減衰する。私もそれをちらつかせることでアーチゾルテに嫌がらせをしているので人のことを言えないが、魔術師だったころの最後のプライドとでもいうべき部分が神秘を独占したいという欲望となって表出するあたり、やはり魔術使いは野良犬とかわらない。
…ああ、本当に。ついこの間そんな野良犬になりかけた私が言えることではない。
「リザ?なんか顔怖いけど、ダイジョブ?」
「ん、問題ないよ。自分の考えに気をとられて周りを見なくなるのは私の悪癖だね」
なんとか取り繕った。
私の芯に食い込む自己嫌悪は拭い去れていない。今も私に声をかけたのがエリカでなければこのじめじめした思考を続けていただろう。なるべく自分のことは学校では考えないようにしなくては。自罰思考に陥った私を元に戻せるのは多分今現在婆やとエリカだけだ。
「ならいいけど…しっかりしてよ」
「ああ、心配させて悪かったね。以後気を付けよう」
それだけ言うとエリカの興味は深雪の処理性能の方に移っていった。
達也にも促されて計測すると、その記録、驚異の235ミリ秒。人間が出せるギリギリの速度である。
「深雪、もう一度、今度はイライザさんの方法を試してみてくれないか?イライザさんもぜひ協力してほしいんだが」
「お兄様がそうおっしゃるのなら」
「私の方法ではないんだが…まぁ私も興味はあるな。現時点で人類最高峰の素材だ、好き勝手弄りたい欲望はある。兄君の許可があるなら大手を奮って干渉できる」
「言い方」
達也の口調が崩れるのは何気にレアだ。妹のこととなると本当に面白い男である。本当に私を探ろうとする部分以外は好ましい人物なのだがなぁ。
「では僭越ながら、このイライザ・E・ベルベットがご教授致しましょう、レディ」
「…お願いします?」
急に口調が変わった私に戸惑いつつ、律儀に返答してくる。根がいい子なのだろう。
「いいかい?まず、自身の内側の芯というべき部分を意識するんだ。想子は脳幹周辺から流れ出し脊髄を通じて全身に巡る。それから、血管、神経網、なんでもいい。全身に“実在”する経絡組織が力に満たされて行くのを感じたまえ。東洋医学で
「え?」
突如素っ頓狂な声を上げる深雪。多分『常に続ける』という部分が厳しすぎると感じたのだろう、他の連中も驚いた顔でこちらを見ている。
「慣れると意外となんてことないぞ。この国で言う『常在戦場』の心構えのようなものだと思ってもらえれば。ああ、君たちにこれを言わなかったのは単純に保有想子量に限りがある人間ではちょっとガス欠の心配がね…」
「なるほど、確かに『循環』である以上習熟すれば極限まで
達也の言う通りなのだがその発想にたどり着くのが早すぎやしないだろうか。
とはいえ彼の言う領域に至るには、才能のあるものでも10年20年では利かない時間が必要になってくるので考えついたとて意味がないだろう。
先生のように、それこそ100年以上生きていて私から見れば完全な円環を成す魔術師であってもまだ不完全なのだという。
「その通り。それに今はCADという優れものがあるんだ。魔法行使の際には瞬間的にCADを循環の環の中に取り込んでやればいい」
深雪は兄の言葉でこの理論の本質を見たとばかりにやる気を出している。もっとはっきり言った方が彼女には響いたのかも知れな…いや、コイツは多分達也が言わなければここまで本気にはならないな。わざわざ私の指導法を変える必要はないだろう。
「よし、ではそれを踏まえてやってみてくれ」
「ええ、何となくだけど感覚は掴んだわ。やってみましょう」
パネルに指を置き、計測を開始する。先ほどより圧倒的に余剰想子光が少ない。循環はうまくいっているようだ。
「計測結果は…211ミリ秒。すごいな、あそこからまだこれほど縮むのか」
「それもすごいけど、イライザの指導も見事だったなぁ。」
「先生とか向いてるんじゃない?」
「どちらかというとインストラクターの方が近い気がする」
「こ…今度私もみてもらっていい?」
私が結果を言うと、レオ、エリカ、雫、ほのかが口々に感想をこぼす。約一名なんかレクチャーを要求していた気がするが、こないだ森崎事件を引っ搔き回しそうだったの忘れてないからな。
と、居残りして昼休みを使いつぶしていた我々はものの見事に昼食を食べ損ね、午後の授業にも遅刻してしまったのだった。
《真由美を後継者以外と言った理由》
七草弘一について探った際、真由美に兄が二人いることが判明していたため、此方が後継者であろうと考えた。
《イライザの師匠》
現代魔術科のあるスラーでロードの娘として生まれ育ったため、複数の優秀な魔術師から指導を受けられたが、母親の魔術師としてはダダ甘な方針もあって学部内の人間からは危険な魔術はあまり教えて貰えなかった。
彼女に魔術師はいかなるものかを対等に説いてくれたのは、とある民主主義派の大物であった。以来、イライザは彼女を先生と呼び、師匠として慕っているが、8年間一切連絡していないので、もう会っていただけないだろうと思っている。
投稿に間が空き、申し訳ありません。そして多分次も空きます。ごめんなさい。
ご観覧感謝します。
改稿方法につきまして。活動報告に記載いたしましたが、改稿します。展開全部変わります。本当に申し訳ないです。ですがコレ以外で自分がこの作品更新できる自信がないのでやります(断行)。以下の2つの方法から選択していただけると幸いです。
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新しく改稿版『イライザの進学』を投稿する
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本作品を1話から全部改稿する