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海防艦のサンタ論争 〜神通の奮戦〜 | 暁の瑞雲 #pixiv https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18879736
12月上旬のある日
「寒い、寒い」
早朝の冷え切った執務室では、先日設置した暖炉の前で提督が手を擦り合わせて呟いていた。
暖炉は、先ほど点火したばかりでまだ火種は小さく、部屋全体が暖まるまでしばらく時間がかかるだろう。
平時は、秘書艦と同じ時間に執務室に入室する提督だが、冬になると秘書艦よりも1時間早く起き出して部屋を暖めるようにしている。
「せめて、気持ちよく仕事をしてもらいたいからな」
独り言ちながら、暖炉の炎が大きくなるのを確認した後、今度はモーニングコーヒーを入れるために給湯室で豆を挽く。いつも仕事が始まる前に秘書艦と一緒にコーヒーを飲むのを日課にしているのだが、秘書艦が来るまであと50分はある。その前に一杯飲もうと言うわけだ。
提督は、秘書艦が煎れてくれるコーヒーなら別にインスタントでも構わない。
だが、自分が煎れるとなれば話は別だ。粗挽きした豆をネル(布フィルター)に丁寧に入れ、少しずつドリップする茶色の水滴を見るのは早朝の静かな楽しみなのだ。
「ふぅ」
コーヒーの香りを燻らせながら熱い液体を嚥下すると、まだぼんやりしていた思考がはっきりしてくる。
「今年のクリスマスはどうするかなぁ……」
提督は、昨年のクリスマスで、択捉型海防艦の部屋にプレゼントを置いているときに、佐渡に見つかった時の事を思い出す。
幸い雰囲気を出すためにサンタの衣装を着て髭を着けていたため、素顔を見られることはなかったが、佐渡が大声で騒ぐものだから他の子達も目を覚まし、普段の艦隊運動を活かした速やかな役割分担によって、部屋の出口をふさぐ者、手足を押さえつけようとする者、帽子を取ろうとする者が群がり危機的状況におちいった。
もう駄目かと思ったその時、夜回りをしていた川内が騒ぎを聞いて駆けつけてくれた。川内は、状況を瞬時に察知し、機転を利かせて煙幕を張り、天井裏に引き上げてくれたので事なきを得たのだが、問題はその後だった。
サンタの衣装と髭の変装で正体がバレていないと思っていたのだが、普段提督が吸っている煙草の匂いを佐渡達が覚えていたため、サンタは提督ではないかという噂が海防艦達の間で広まっていく。
- 何故、煙草の匂いを海防艦達が知っているのか。
それは彼女らが懐いてくるに従って、余暇の時に肩車やおんぶなどをして遊んであげるようになっていたからだ。
「どうしようかな。禁煙してみるのはどうだろう」
だが、禁煙したらしたで、今年も同じような状況になった場合、今度は体臭でバレてしまう可能性もある。なにせ彼女らは、ご褒美用に準備してある机の中のキャラメルでさえ嗅ぎ付けるような鼻の良さなのだ。
「うーん。困ったなぁ」
人の世でも、それぞれの家庭において、実はサンタがいない事を子供が知るのには、様々なプロセスがあるだろう。早熟な子は自らが気付くかも知れないし、家庭によっては親がカミングアウトすることだってあるかもしれない。
だが、少なくともあの子達がそれを知るのは今じゃないと思う。
艦娘としてこの世に顕現し、泣き、笑い、人と同じように感情を持つあの子らには、サンタさんが1年に一回、良い子の元にプレゼントを持ってきてくれるという夢を持っていて欲しい。
今は、自分が彼女らの親代わりだ。それが例え親バカだと言われたっていい。それがエゴだと誰かに責められても受け入れよう。
何故ならあの子達は、この戦いが終わって艤装を解体すれば、どこかの家庭の養子となり、保育園か小学校低学年から人として第二の人生を生きていくことになるだろうから。
彼女らが育っていく過程で、子供に対する親の思いや、サンタとしてプレゼントを配る者の思いなども含めて気付いて欲しいと思うのだ。
夢が現実になる大人への階段は、昨年のような偶発的な事故によって壊していいものじゃないと思う。
「本当は何が正解か、自分でも分からないがな」
「何がです?」
振り返ると、思わず口について出てしまった独り言に答えてくれた神通がいた。
気付くと時計の針は、執務開始の5分前。
考え事をしているうちに、いつの間にか時間が過ぎてしまっていたようだ。
「すまない、神通、すぐにコーヒーを煎れるよ。座っていてくれ」
「ですが、時間が」
「いいよ。朝はまずコーヒーを飲みながらミーティングがルーチンだ。頭も冴えるし、焦らずやろう」
「分かりました」
こうして、今日2回目のコーヒーをドリップさせるため提督は給湯室へと足を運んだ。
「実はかくかくしかじかで……」
淹れたてのコーヒーを互いに啜りながら、提督は今年のクリスマスのプレゼント配りをどうしようか悩んでいることを神通に打ち明ける。
「去年の出来事がなければ、普通にプレゼントを配るだけで良かったのだがな」
そう言いつつ丁度コーヒーを飲み終わった提督は、今度は煙草を燻らせる。
「提督がサンタではないと分かる様にすればいいのですよね」
神通は顎に手を当て、少し首を傾げながら考えている。
そうしてしばらく考えた後、
「こういった案はどうでしょうか?」
と、神通は発案した作戦概要を説明してくれる。
「うん? ふむ。うまくいけばいいのだがな」
「大丈夫かと。信じて下さい」
「よし、任せた。もしもの時に備えて川内にも声をかけておいてくれ」
「それには及ばないとは思いますが、そうですね、かしこまりました。では、プレゼントの用意だけはお願いいたしますね」
「ああ、サンタさんへのお願い箱の中身は回収して、既に希望のプレゼントは発注済みだ。遅くとも前日には届くようにしてある」
こうして今年のクリスマスプレゼント配布大作戦は幕を開けたのである。
- 12月24日 クリスマスイブ 深夜
「おい。皆起きてるか?」
「しーっ、佐渡ちゃん、声大きいよぅ」
松輪が声を上げた佐渡に注意を促す。
「平戸、大丈夫です」
「択捉、まだ大丈夫」
「福江、ちょっと眠い」
「対馬も……」
昨年、サンタを取り逃がした択捉型海防艦達は、今年こそサンタの正体を突き止めてやろうと息巻いていた。丁型海防艦のよつやみと、最近着任した鵜来などはサンタの存在を根っから信じ切っており、今頃はすやすやと夢の中だろう。他の海防艦達もそうだと思うが、占守型海防艦の占守だけは、サンタは提督説の論争には加わらず、達観していたので何か知っているのかも知れないが。
まぁ理由はどうあれ、布団の中、姉妹で色々な話をしながら夜更かしするのも案外楽しいものだ。
「ボーン、ボーン」
全員がうとうとしかけたその時、掛け時計の鐘の音に反応した佐渡が異変に気付く。
「――シャンシャンシャンシャン」
窓の外でベルのような音がする。
「おい、皆起きろ!」
佐渡が隣の松輪を突つつく。
布団に入る前の打ち合わせどおり、松輪を起点に横にいる子を順繰りに突つついて起こし、全員が意識を覚醒させていく。
と、その時、突然部屋の中が明るくなる。
光源は外にあるようで眩しい光がカーテン越しに部屋の中に満ちていく。
「なんだ、これ? 外見てみようぜ!」
息を潜めてサンタを待っていた択捉たちだったが、見たこともない現象に好奇心が湧かない訳がない。
全員が恐る恐る窓に近付き、佐渡の目配せに合わせて福江がカーテンを開ける。
「まぶしっ!」
射るような輝きに、目を瞬かせながら光の元を辿って空を仰ぎ見ると、宙にソリが浮かんでいた。ソリにはサンタが乗っておりトナカイの手綱を引いて自分たちの部屋の上、つまり建物の屋上に着地するような仕草で頭上を通過する様子が分かる。
「サ、サンタだ。空を飛んでいたのが見えたか? 提督だったらあんな登場はしない。サンタはいたんだ。実在したんだ!」
サンタは提督説を支持していた佐渡が、興奮気味に叫ぶ。
「うん! 見た! 見えた! サンタさんだった」
松輪も目をキラキラさせており、それに釣られて、他の皆も顔を上気させ興奮し始める。
「今からプレゼント持ってきてくれるのかな?」
対馬が期待を込めて言うと、
「うん、きっと来るよ」
と択捉が対馬の頭を撫でてやっている。
「希望したやつ、持ってきてくれるかな」
福江は少し不安気味。
「みんな、良い子にしてないと、サンタさんプレゼント置いていってくれないかもしれませんよ。お布団に入って待っていようよ」
「だ、だな」
平戸の提案に、全員が布団に入って狸寝入りを始める。
「佐渡ちゃん、楽しみだねー」
待ちきれない松輪が、小さな声で佐渡に囁きかける。
「しーっ! 静かに!」
その時、部屋の扉の鍵がカチャリと開いた。
以前、煙突がない家ばかりなのに、サンタさんがどうやって家に入ってくるのか提督に聞いた時、「どんな扉も開けられる不思議な鍵を持っているからだ」と言うことを聞いていたから、鍵が開いたのは理解出来るのだが、本当にサンタなのか考えると心臓がどきどきする。
他の子達もそうなのだろう。雰囲気で息を飲む様子が伝わってくる。
「みしり、みしり」
抜き足、差し足で歩くその人物を薄目を開けて見ると、確かにサンタの様相をしており、それぞれの枕元にプレゼントを置いていくのが分かる。
このまま全員分のプレゼントを置いたら、サンタさんは黙って帰っていくだろう。
と、その時、昨年嗅いだのと同じ匂い、提督と同じ匂いがふっと香ってくる。
「くそっ! 本当のサンタさんだと思うのに、そう思いたいのに、佐渡様の探究心がこのまま黙って見ていることをよしとしないぜ!」
「ガバッ!」
佐渡が布団を撥ね除けて、サンタに飛びかかりつつ叫ぶ。
「みんな! サンタを捕まえるぞ!」
と、同時に択捉型全員がサンタを中心に輪形陣を取る。
先に飛びかかった佐渡はサンタの背中に。
松輪は左足、福江は右足を押さえる。
択捉は退路を断つように扉の前に立ちはだかり鍵をかけ、平戸はサンタがどう動いても対処出来るように身構える。
こうして動きを封じたサンタに向かって対馬が飛びついて髭を取る。
いや、取ろうとしたのだが、取れない。
「痛い、いたたたたた」
聞いたことのない野太い声、観念したかのように座り込み、手を上げたサンタの帽子を、佐渡が剥ぎ取るが、その髪は白髪だった。
「お前達、起きておったのか?」
「お、お前、サンタか?」
愕然とする択捉たちだったが、佐渡が口火を切った。
「おっほっほ。そのとおり。良い子にプレゼントを配るサンタじゃよ。だがのう、サンタを信じとらん子には見えないし、大人になっても見えなくなっていく。そうなるとプレゼントを配ることが出来なくなるのじゃよ」
「え? 私たち、プレゼント貰えないの……?」
その言葉に、松輪は半べそになる。
「おほん。まだ私が見えているということは、君たちは良い子、という事じゃ。これからも私を信じて、クリスマスイブの夜は早く寝ると良い」
「サンタさん! あたしの欲しいもの入れてくれたか?」
両拳を握りしめて、勇んで訪ねる福江に、
「君は福江くんかな? 鎮守府から届いた願い文には、確かミニ四駆セットと書いてあったかの?」
コクコクと頷く福江の頭を撫でながら、択捉型の拘束が解けたサンタが答える。
「皆、枕元の箱には、希望のプレゼントが入っているはずじゃ。明日の朝、楽しみに開けるといい。もう遅いから寝なさい」
そう言ってサンタはよっこいせと立ち上がり、その場を去ろうとする。
「まってくれ! サンタさんは、なんで提督とおんなじ匂いがするんだ?」
昨年もそうだった、今年もそうだ。単純な疑問を佐渡が投げかける。
「ほっほ。そんなことか。ワシは煙草を吸うのじゃよ。たぶん、ここの提督も同じ銘柄の煙草を吸っておるのじゃろうて」
「あ、そうか」
佐渡は納得する。あれは提督の匂いではなくて、提督が吸っている煙草の匂いなのだと。
「では、また来年な」
そういってサンタは扉を開けて廊下へと出て行く。
「あ、まってサンタさん、お写真取りたい!」
外に出たサンタを追い、スマホを掲げて廊下に出た平戸。
「シーン」
そこには、サンタの影も形もなかった。
ただ、提督と同じ香りだけが廊下に漂い、サンタが確かにそこにいた残滓だけが残っていたのだった。
- 翌朝
「みんな聞いてくれ! 俺たちはサンタに会った。サンタは実在するんだ」
食堂の椅子に立って、昨年沸き上がったサンタがいる、いないの論争に終止符を打つべく佐渡が叫んでいる。
「だから、いったんですぅ」「よつちゃんのいうとおり」「鵜来も信じてました」
サンタのプレゼントを食堂まで大切に抱えて持ってきたよつとみと、鵜来が賛同、他の子達も佐渡を微笑ましく見つめている。
「小さい子は夢があっていいなぁ」
そばにいた摩耶が茶々をいれるが、佐渡は意に介さない。
「大人は見えないんだぞ! あと良い子じゃないと見えないんだ」
「そうか、佐渡達は良い子だから、いつまでもサンタにプレゼント貰えるといいな」
ニカッと笑って、佐渡の頭を撫でる摩耶に、ニシシと笑って、
「あったりまえだぜ」
と応える佐渡。
その様子を提督と神通は微笑ましく見つめていた。
- 執務室
「神通、骨を折らせた。ご苦労さん」
提督から神通にねぎらいの言葉がかかる。
「いえ、そんな。大したことではないです」
顔を赤くしてうつむく神通。
彼女は褒められると極端に恥ずかしがる癖がある。きっと褒められることに慣れていないのだろう。
一連の種明かしはこうだ。
まず、サンタが空から着地するシーンは、明石お手製のプロジェクションマッピングを利用した。
通常は建築物などに投影するものなのだが、明石の技術で霧に投影出来るものを開発してもらったのだ。人工的な霧を発生させても良かったのだが、天気予報と状況を見ながら本当の霧の発生を待っていたので、深夜になってしまった。
そのタイミングで、択捉達を起こすために鳴らした時計の鐘は、明石の遠隔操作によるものだ。
今回の作戦で、最も重要なサンタ役は神通が請け負った。
提督がやろうとしたのだが、海防艦とはいえ、押さえつけられたら身動きが取れないし、髭や帽子を取られたらアウトだ。
それに神通は、川内型固有の技である変身の術を身につけているから、万が一にもバレようがない。サンタへの変化には少し修練を要したが、見事に役割を果たしてくれた。
最後に部屋から立ち去るときは、廊下に出た絶妙なタイミングで川内が神通を天井裏に引き上げたので、跡を追ってきた平戸には突然消えたように見えただろう。
「彼女達だけでなく、小さな子らにサンタがいるという夢を消さずにすんで良かったよ」
提督は、ほっと息をつく。
「ええ、お役に立てて良かったです」
「ああ、ありがとう」
そう言いながら、提督が神通を抱きしめる。
「て、提督? 提督の煙草の匂いを付けるのはもうしなくて良いのですよ」
神通は、慌てて提督を引き剥がそうとするが提督はさらに強く抱きしめる。
「神通、実はな、君にプレゼントがあるんだ」
提督は、しばらく神通を抱きしめたあと、そっと身体を離してポケットから出した小箱を神通に向かってゆっくりと開ける。
「これは……」
聖夜に小さな子らの夢を紡いだ提督と神通は、クリスマスにお互いの想いを交錯させた。
「神通……」
「はい、提督」
互いの唇を重ねた二人は、どれだけそうしていただろうか。
うっとりとした表情の神通を、名残惜しくも部屋に帰した提督の足下に、ひとつの手裏剣が刺さっていた。
「妹を泣かしたら承知しないぞ」
というメッセージが込められているのだろう。
「ああ、分かっているさ、川内」
今日は一人になった部屋で、天井を見上げた提督は、煙草に火を点けて満足そうに紫煙を燻らせた。
完