ログアウトして起き上がると外はもう暗くなっていた時計を見ると日付は変わっていない。
「本当に時間の流れが違うんだな…」
一体どんな技術が使われているのだろうか。他のゲームとは一線を隠すグラフィックに全世界から一つのサーバーへの同時接続。話す言葉はリアルタイムで翻訳されて伝わり時差を感じさせない。それに…
昨日出会った俺の<エンブリオ>ギンセツを思い出す
彼女の笑顔や仕草、やり取りはどこまでも自然でとてもAIだとは思えないものだった。
(まるでもう一つの世界に行ったみたいだった)
「おっと」
身を起こすし立つと
デンドロ世界とは違った視点の高さと身体のバランスに面食らってたたらを踏む
(こっちが元の体のはずなのに違和感を感じるなんておかしな話だ。)
そんな事を考えながら外出の準備をする。今日は新しい道場へ行く日でもある。あれだけ動いても肉体的な疲労はないのは嬉しい限りだ。
「よく来たね、八雲くん」
樫宮流道場へいくと俺を誘ってくれた師範が声をかけてくれる。
樫宮流とは人間国宝と讃えられた樫宮義久が編み出した抜刀術であり国内外に多くの門下生がいる。
樫宮義久氏は数年前に亡くなり、後継者もいなかったが現在も樫宮流を直接学んだ門下生達が各々道場を開いてその型を門下生に教えている。
「しばらくお世話になります」
ここもそんな道場の一つで俺は樫宮流の型や動きについて学ぶために知人を頼ってしばらく入らせてもらえることになった。
「そう言えば八雲くんはもう聞いた?今日くる神童のこと」
「?いや、初耳です。神童ってそんな凄い子が来るんですか?」
「今日は師匠のご子息、確か曾孫だったかな。その子が道場へ見学しにくるらしいんだ。どうやらその子を師匠が後継者と見初めていたと専らの噂でね。」
「曾孫って…その子何歳なんですか?」
「確か今年で8歳になるはずだ」
「あの…言っちゃなんですけど」
「僕もそう思っていたんだけどねえ。他の道場の師範曰く『あの子は特別だ』って。だからあながち嘘とは言えないかもしれないんだ。」
「特別…」
特別、そう聞いて思い浮かぶのはデンドロで出会ったカゲロウさんの剣閃だ。スキルに依らない技術による剣はまだ目に焼き付いている。
(でもカゲロウさんはどう見ても9歳ってなりじゃないしな…いや女の子アバターの俺が言えないけどね)
もしかしたら大人のロールプレイをしている子供だったのかもしれない
そんな事を頭の片隅で考えながら型の動きを理解して学んでいく。
最初は形だけなぞるだけだったが反復する度この型の理念を体を感じ取り真に迫ったものに変わっていく
「…本当に君は筋がいいね、天才的といっていい。正直少し妬ましいよ。すぐに追い抜かされてしまいそうだ」
「人より少し飲み込みが早いだけですよ。それに恐らくどれだけ努力してもあなた程には…。ましてや天才だなんてそんな大それたものにはとても届きませんよ。」
天才と呼ばれるのは、苦手だ。
天才とは新たな道を切り開く者や、そもそも道などいらないかのように生まれながらに理解できない領域にたどり着いている奴らのことだ。
人が切り開いてきた道を多少人より早く進めるくらいで天才だなんてとんでもない誤解だ。なのに人は俺を大それた連中と同じ枠組みに入れて天才に向ける期待と恐れを向けてくる。でも俺ではいくら努力していても道の果てどころかやがて常人にも抜きかえされると知っている。俺の
「樫宮刃です!今日はよろしくおねがいします!」
入口から甲高い声が響き振り向くと明らかに一回りは幼い少年が身の丈程の刀を携え頭を下げていた。
「こちらこそ今日はよろしくね、刃くん。自分の家の道場だと思って楽にしてくれて構わないよ。」
師範が何か話しかけているようだがそんなことはどうでもいい。
(案外凡庸な感じだな)
神童だなんだと持て囃されているからもっと生来の覇気を有していたり、逆に高慢になっているんじゃないかと思っていたが第一印象は利発そうないい子、もっと言えば平凡ないい子という感じだった。
(やっぱりお爺さんの孫贔屓なんじゃない…?)
真面目で利発そうな孫がいたら当然祖父祖母は目に入れても痛くない程可愛がるだろう。人間国宝も孫に対しては一人の好々爺だっとしたら肩透かしだが微笑ましい。
「見学だけじゃ物足りないだろう?刀も持ってきているなら好きに振るって貰って構わないよ。」
「ありがとうございます!」
どうやら見学だけではなくなったようだ。
他の門下生達も今まで通り稽古している様に振る舞ってはいるがチラチラと様子を伺っており全く身が入っていない。
樫宮刃は目を閉じ身の丈ほどの刀を腰に差して居合の構えを取っていた。
(そもそも抜けるのか?あれ)
俺だけでなく道場の誰もがそう思っていただろう
瞬間銀光が二度閃いた
「は…?」
思わず声が漏れる。二度?あの一瞬で?どうやったらできるんだ
しかもその神業を疲労した子供は誇るでもなく当然のように行っている。神童どころの話じゃない、まるで在りし日の人間国宝そのもののような絶技だった。
こうして俺と樫宮刃は邂逅を果たしたがこの時は俺が一方的に敗北感を感じただけだった。樫宮刃が草薙八雲を認知し真の邂逅そして激突を果たすのはもう少し先の話となる。