Blue Archive:Task Force 作:タクティカルおじさん
「ええ、我々が少佐と合流する前にとある生徒と共に連れ去られたそうです」
ホプキンスは電話越しにそう答えた。彼らの主任務は先生の護衛だが、ケリーのように重要情報を扱う佐官や高級将校の警護も任務の一つだった。今回の出来事は、生徒の搬送を手伝っていたほか医療ヘリの誘導も行っていた故の結果だった。
「....他に情報はないのか?」
「誘拐した相手は交戦的です。武装付きの自律型ロボットを主力とし、戦闘能力が高い生徒一名を確認。彼女らはエリドゥと呼ばれる要塞都市を拠点としていることを確認。座標はメールで添付した通りです」
「わかった」
「また情報が入り次第、追って連絡します。では」
そう言い切るとホプキンスは、一方的であるが電話を切る。電話越しの相手はアメリカの統合方面軍の偉い将校か、スタッフオフィサーだろう。しかし、ホプキンスとナイトの所属はアメリカ特殊作戦軍傘下であり、さらにSEALs隷下の部隊所属だ。つまり全くもって指揮系統が異なる。
「で、この装備と二人で行くのか?」
ナイトは失笑しながらそう言った。彼らの装備はMP7A2とサイドアームのGlock19。防具は機動性を重視したプレートキャリアのみだった。
しかも彼らの装備は長時間の戦闘よりも突発的な小規模の銃撃戦が起きた状況から素早く護衛対象を離脱出来るようにしているため、MP7A2のマガジン——1つの弾倉につき20発分——は空の物を除けば3本だけだ。
4.6x30ミリ弾はあのAMASの装甲板を撃ち抜けるかは不明であるが、たとえ貫通したとしても数が多いと予想される。まず一つ言えることとして、彼らが携行しているマガジン数では圧倒的に数が足りない。そして次に、手榴弾や閃光手榴弾、スモークグレネードといった有用な投げ物すらも持っていないのである。
明らかに装備不足だ。だが現実として、彼らとしてはそれを理由にするわけにはいかない。
「俺たちは行かなきゃならない」
ホプキンスはそう口走る。
「ただでさえアルファは制圧したばかりでまだ燻ぶる可能性があるアリウス自治区で監視任務、ブラボーの残りの連中は活動が不穏な
そもそもこういった佐官や将校が誘拐されるなり、捕縛された際は彼らのようなUSSOCOMが作戦を担当するのが普通だ。しかし、キヴォトスに派遣されている特殊部隊はDEVGRUと少数の先遣隊がいるグリーンベレーだけである。
つまりDEVGRUのチームは殆ど別任務で出払っているうえ、どこかで威力偵察を行っているというグリーンベレーから部隊を出すのはほぼ不可能ということである。仮にアルファとブラボーのどちらかが救出作戦を担当することになったとしても、即応するのに恐らく7時間以上は必要とするだろう。
誘拐されてしまった佐官を7時間も危険な状態に晒してしまうことは、何が起こるのかは分かったものではない。
かつては最悪の事例として中東に位置するとある国家において、公的任務に従事していた中佐が武装組織に誘拐され、拷問された挙げ句の果てには殺害まで至ることがあった。
ここキヴォトスは学園都市であり殺人とは程遠い場所だ。だが相手は必ずしも殺人を犯さないとは限らない。
だからこそ、護衛の二人だけでもいいから真っ先に行くべき────というのが彼の考えであった。それだけではなく、少佐が連れ去られてしまった原因は────護衛である自分たちが彼から離れてしまったからこそだ────とも考えていたからだ。
それらのことをナイトに伝えると彼は納得した様子を見せた。
「なるほど。だが少佐はエリドゥの何処にいるんだ? それに侵入するルートを考えなければならないが...」
「そうだな...」
ナイトの言う通り、ケリー少佐を救出するにはエリドゥに侵入するためのルートをいくつか選定することは勿論のこと、配置されている部隊やその兵器の数や彼の詳細な所在位置を掴まなければいけない。
しかし彼らはキヴォトスの地理には疎く、精々各学園の大まかな位置とカイザーPMCなどの軍事組織レベルの所在とその支配地域、各自治区の境界線ぐらいしか知らない。なにせエリドゥという単語も初めて聞いたものであり、全くもって見当がつかないところだ。
ホプキンスはひとまず、エリドゥの位置を知っていそうな学生に尋ねたりしようと考えた矢先だった。
「あ、ここに居たのですね」
声を掛けられたホプキンスは呼び掛けた声の主の方へと振り向く。
「君は確か...セミナー所属で書記をやっているウシオさんでしたっけ?」
声を掛けてきたのは、セミナー所属の書記――生塩ノアだった。彼は先日の会談で彼女の姿を見ていたうえに、学園から出発する前に先生から伝えられていた生徒の一人だ。
「はい、そうです。先日に引き続き本日もお会いしましたね」
「そうですね。ただ今は挨拶なんかをしている場合じゃないですよね。そちらの用件は何ですか?」
ノアが護衛二人に声を掛けに来たということに関して、何かしらの事情があると見抜いたホプキンスはそう言った。
「先ほどの貴方たちの会話をしっかりとお耳に入れました。
ノアがそう伝えたところで、ホプキンスとナイトは顔を見合わせる。二人は何も言葉を交わさなかったが、お互いに意見が一致したところで、ホプキンスは彼女に伝える。
「分かりました。ぜひこちらからも聞きたいことがあります」
それから彼らは移動して、上階へと繋がるガラス張りのエレベーターや、一面がガラス越しとなっており、都市の景色がしっかりと眺めることが出来る校内のホールらしき場所へと移す。そこにはゲーム開発部の生徒たちが居ることは勿論のこと、C&Cの生徒たち、そして先生が居た。
それだけではなく砲撃前に姿を見たヴェリタスの一同が揃っている。どうやら今回の件に関わっている者たちが集められているようだ。
「んじゃ、全員揃った事だし改めて状況を整理するか」
ネルは落ち着いた様子でそう告げた所で、ノアが早速説明をし始める。
まずは以前から学園周辺の地域でAMASとは別の奇怪なロボットたちが出現しており、C&Cの彼女たちが対応していた事。そして、そのうち一部がヴェリタスによって捕獲され、先生達が呼ばれ────その顛末としてアリスが暴走してしまい、モモイが負傷した。
それから間も無くして、アリス暴走の情報を掴んだセミナー所属の生徒会長である調月リオがC&C所属のトキを引き連れ、武力をもってケリーとアリスを拉致し、現在に至ったということまで改めて説明してくれた。
「結局、会長がアリスを連れて行ったんだね」
「ねぇ、これって結構ヤバいんじゃない?」
「はい、異常事態です」
コタマがはっきりとそう言い切ると、マキとハレの二人は事態の重大さを再確認する。だが連れ去られたのは彼女だけではないということが、事態をさらに悪化させているのだ。
「無論、あの子が拉致されたのはそうだが...よりによって彼女たちは我々の陸軍少佐まで連れ去った」
あまりの深刻さ故に、両腕を組みながらも思案しているホプキンスが一段と重い雰囲気を纏ってそう言う。アメリカ軍所属かつ彼の護衛を任せられている責任者として、このような事態はアメリカ国家としての威信を賭けた重大な事案と捉えていたからだ。
イラン、イラク、レバノン、ソマリア、アフガニスタン────どれも米軍が展開し、駐留していた国で起きた軍人の拉致事件の悲劇を繰り返すわけにはいかない。それに少佐という階級も重要だからだ。
一般にアメリカ陸軍の少佐は人事、兵站、情報、作戦に関する分野の主力参謀を務めることもあり得る役職であり、兵士によっては中隊指揮官であったり、大隊の副官さらには司令部でのスタッフオフィサーも務めるような者もいる。当然、これらの役職は内部の軍事機密に関わる。
もし彼女たちの狙いがその軍事機密という情報を引き出す為に拉致したのであれば、米軍の情報が洩れてしまう前に阻止せねばならない。
だが、それだけでは終わらないことは彼は分かりきっている。事態は単純ではないのだ。
「まだ正確にはこちらにも情報が来ていないが、少佐救出の為に現地の駐留部隊は動くだろう。そうなってしまえば、ミレニアムサイエンススクールとアメリカ軍との間で大規模な戦闘が起こる....」
「報復として────この学園の重要な施設────送電施設だったりが狙われるだろうよ」
ナイトは躊躇うことなく、はっきりと言った。勿論、その言葉にセミナーの会計を務めているユウカは反応する。
「えぇ!? 私たちの学園が攻撃されるなんて...これ以上、設備が破壊されたら予算が────ただでさえ、実績がない部活を廃部にしてコストカットを図ったうえで、カツカツなのに!」
なんとか学園の財政をやり繰りしている本人は、悲痛な様子を見せる。数多もの部活を管理したり、限られた予算を合理的に切り詰めつつ、割り当てていたであろう苦労人としては当然の嘆きだ。
────「それでこの場に我々が集められた目的は一体...?」
ホプキンスはひとまず、先ほどから気になっていた理由をノアに問う。
「そうですね、ここに集めたのは理由は勿論ありますが...それはネルから聞いた方がいいでしょう」
「あたしは
ネルは先程までに起きた出来事を思い出しながら、そう語った。あの時は感情的になっていたような気がするが、現在の声色からとても冷静になっているように感じた。
「それであたしらには作戦が必要だから────」
ホプキンスは彼女の伝えたいことを概ね理解すると、彼はその提案に乗ってもよさそうだと感じた。どちらにせよ、彼らも情報が必要ではあるし何しろ二人では心許ない戦力だからだ。
「分かった、俺たちも協力する。勿論、少佐と連れ去られた子の救出もするつもりだ」
彼はネルが話を続ける前に、素早くそう伝えた。そうすると彼女は口元を緩めて笑う。
「...それじゃあ作戦を立てるしかないな────アカネ」
「はい」
アカネがそう返事するのと同時に、アスナとカリンは近くに置いてあった長机をネルの前に持ち運んだ。そして、長机を置くとさらにその上に地図が広げられた。地図にはグリッドが書き込まれている他、エリドゥへの侵入経路や相手側の戦力なども記されていた。きっと彼らがここに来る前よりも前に、彼女たちが書き込んだのだろう。
「よし、もう一回説明するか。まずリオたちは要塞都市エリドゥにチビと大人を連れ去っていったのは確定している。チビたちを中央のタワーに連れて行ったというのは、ヴェリタスが確認してくれた」
ネルは右手の人差し指で、赤い丸が何重にも描かれた場所────要塞都市の中央にあるタワーへと指し示す。
「エリドゥの詳細な戦力は不明だけれども、それなりに腕が利く
「もしかしてお嬢さんたちは、ガチガチに守り固められたところを正面突破しようというのかい?」
ナイトは冗談のつもりでそう言う。するとネルは返した。
「いや、正確には陽動作戦だ。この作戦は単純明快だ────『あたしたちがやられる前に、チビと大人を救い出す』────正面から突っ込むのはあたしたちだけだ」
ネルは笑いながらそう伝える。やはりC&Cというミレニアムの特殊部隊とも言うべき戦力と作戦能力がある彼女たちだからこそ、出来る場面だとでも言いたいのだろう。DEVGRU所属でそれなりに実戦経験を積んできた彼らは、その言葉にやや危うさを感じたが作戦自体は悪くはないという所見だ。
「となると、我々はどこから侵入すると?」
ホプキンスが質問すると、エンジニアであるウタハが答える。
「エリドゥには資材や弾薬などの輸送のために、物流輸送用無人列車がある。貨物に紛れて無人列車に乗り込めば、バレないはずだね」
「つまり貨物列車か...」
「ヴェリタスの皆さんが、ハッキングしてくださるそうです!」
コトリがそう言うと、ホプキンスは腕を組んでしばし考える。
確かに無人列車を使って貨物に紛れ込んで移動すれば、相手も気付かないだろうしむしろ想定外かもしれない。だが、相手は
特に、普段は警備をしていない輸送用無人列車を使って、彼女たちがその隙を突いて移動することを想定しているのではないか?────と彼は考える。そうなると、相手は勿論その列車の移動先で待ち伏せなどをしたりと、対策もしているのではないかとも考えた。
「...警戒されていない無人列車を使った移動は良い判断だと思う。だが、相手がそれに気付いて何か対策しているはずだ」
「え!? どういうこと!?」
ホプキンスはそう伝えると、マキが反応した。確かに彼女たちからすれば完璧な手順だろうし、彼らもそういった警備が薄い所から侵入していくのはセオリーであると認識はしている。だが、相手は違う。
「会長たちは合理的な判断をして、論理的でほぼ完璧に策を考えているはずだ...コールサインゼロフォーだったか、無線で聞いたが
「ん? 確かに彼女たちはあたしが裏切ると予想していたが...あっ、そういうことかよぉ!!」
ホプキンスはまだ伝えたいことを全て言ったわけではないが、ネルは納得した様子だ。
「彼女たちは我々の
「確かに会長は合理性を重視した思考の方ですからね。何か対策をしていてもおかしくはないでしょう」
彼の発言にノアも同意する。
「でもどこから侵入するの? これ以上の良いルートがあるとは思わないけど...」
「...下水道」
ハレの疑問に地図を眺めていたホプキンスが答える。そしてその口から出た『下水道』という言葉に、彼女たちは驚く。誰もあそこから侵入したいだなんて思わないし、考えたくもない────いや、考えもしない手段だ。
「陽動はC&C、下水道から直接タワーに侵入して少佐とアリスの救出は他の者で素早く終わらせる────というのはどうだ?」
「ふっ、悪くはねぇな。流石、大人だな」
この作戦を指揮しているネルは、満足そうな返事をする。ホプキンスの肉付けした案で行くつもりで決まるようだ。
「ところでアリスちゃんを救出する部隊の指揮は...?」
「ゲーム開発部も行くって言うし...そうだなぁ...」
'' ホプキンスさんに任せるよ。実戦経験があるって
「俺か...」
彼は先生から推薦されたことに戸惑う。確かに実戦経験があり、チームリーダーという経験をしたことがある彼にとっては適任であるかもしれない。しかし、この事態を招いたのは彼の判断ミスが災いしたものであり、むしろ不適だと自責の念を感じていた。
しかし、失敗したからこそ彼は少佐とアリスを連れ戻すという意気込みに至っているわけであり、こうして彼女たちと何でも協力するつもりだと腹を括っていた。それらのことを踏まえると、もう後に引くつもりはない────いや、最後まで責任を持つと決めていたのだ。
戸惑う必要はやはりない。
「わかった。俺が指揮をしよう」
「んじゃあ、一時間以内に準備を終わらせてチビたちを救い出すぞ」
「ああ、やってやろうじゃないか」
ホプキンスはネルの言葉から怒りという感情ではなく、寧ろ静かな熱を感じ取れたのだった。