小学校一年生の夏休みという中途半端な時期に親の都合で引っ越して来た俺──山田太郎は、夏休み明けの新しい学校での転校初日の自己紹介で披露した渾身のドカベンネタを「何それ! 意味わかんねえ! 意味わかんねえ!」と騒ぎ立てた男子と喧嘩をしてしまった為に孤立して以降見事に馴染めなかった。
そんな俺を心配したのかは分からないが、近所に住む俺と同学年の子供の親と仲良くなったという母親に連れられて後藤家に遊びに行ったのが後藤ひとりとの初めての出会いだった。
自分は覚えていないが、初めてひとりと出会った時にもドカベンネタを披露したようで、人見知りで反応に困ったひとりと、渾身のネタが滑ったショックの俺はその日はそれ以降碌に話もせずに帰って来たらしい。それからも後藤家に何度も遊びに連れていかれた俺は、ひとりが次第に慣れて来た事とお互いの母親の援護射撃もあり何時からか二人で遊ぶようになったらしい。
よほど母親同士の気が合ったのか年中行事なども一緒に行うような家族ぐるみの付き合いになった俺達は、しかし結局学校でのまともな友人は出来なかった。
ひとりは極度の人見知りの為か案の定友達が出来なかったようで、同じく孤立ぎみだった俺はそんなひとりに頻繁に絡みに行っていたある時「こいつ女子なんかと話してるぜー!」としつこく絡んできた奴に対して「えっ、もしかしてお前ひとりの事好きなの!?」とか「まあ、ひとりと俺はマブ(ダチ)だけどな」とか事あるごとにドヤ顔で煽っていたらそいつはいつの間にか学校に来なくなって親と一緒に謝りに行く羽目になり、おまけにひとりにまで学校では距離を置かれて俺はさらに孤立した。何故だ。
そんな調子で小学校を卒業して、中学校に上がった俺達は、相変わらず何らかの行事ではお互いの家族揃って仲良くしていたが、学校では部活にも入らずに放課後は即帰宅してテレビを見たり、ゲームをしたり、本を読んだりとダラダラした生活をしていた。
そんなある日の夜、珍しくひとりから電話がかかってきた。
『私決めた! ギター上手くなる! それでバンド組んで文化祭で……そ、それで太郎君も一緒にや、やらなぃ……かな……』
開口一番今まで聞いたことのないようなテンションで話し始めたひとりは、俺に断られる事を今更思い出したかのようにどんどん語尾が小さくなっていったが、そんな事より気になった単語を聞き返した。
「ギターってあのひとりの親父さんが持ってた奴?」
『そ、そう……』
「え、ひとりってギター弾けるの?」
『今は全然だけど……いっぱい練習する!』
「そんでバンド組んで文化祭でライブすんの?」
『う、うん……』
どうやらひとりは本気のようで、ひとりが熱く語った事をすこし想像してみた。
文化祭、体育館の壇上でのライブ、大勢の生徒の前で演奏するひとりとバンドメンバー、轟く歓声。
「…………」
『あ、あの、太郎くん……?』
「……かっけえええ!!」
『! だ、だよね! 昨日テレビ見てたらバンドは陰キャでも輝けるって……だから太郎君も一緒にどうかなって思って……』
今さらりと陰キャ認定されたような気がしたが今の俺は気にならなかった。陽キャも陰キャも文化祭でのライブは誰しも一度は夢見て心惹かれるワードなのだ。多分。
「マジで俺も入っていいの? え、俺なんの楽器やったらいい!?」
『い、いいよ! 楽器は私もよくわかんないけどベースとかドラムとか、ギ、ギター二人でもいいのかな?』
「うわなんかテンション上がって来た! ちょっと今から調べてみるわ!」
『うん!』
そう言って電話を切ってバンドについて調べた俺は、ひとりが担当するギターは避け、バンドを支えると言うワードの格好良さや人口が少なくメンバー集めが大変だという事、最終的に初期投資がベースより比較的安いと言うアホみたいな理由(後に苦しむことになる)が決め手となってドラムを選択した。
翌日ひとりにドラムをやると宣言をしてからは楽器の勉強と練習の毎日になった。二人とも学校から帰って来ると空いた時間のほとんど全て楽器の練習に費やした。平日は六時間以上、休日なんかは十二時間以上練習していることも珍しくなかった。
騒音問題で家でドラムが叩けない俺は家では教則本や動画サイトで勉強しながら練習パッドとフットペダルを使ってひたすら練習した。安い個人練習スタジオをひとりの親父さんに教えて貰ってからは毎月月末になったら残った小遣いを握りしめて本物のドラムを叩きに行ったりするようになった。
ひとりが親父さんの勧めで動画サイトにギターヒーロー名義でギターの演奏を投稿するようになったと聞けば、負けじと自分もドラムヒーロー名義で下手くそなドラム演奏を投稿してみたり。競うように練習を重ねて気が付けば早二年。
お互い動画サイトで再生数も結構伸びて、上手いと言う言葉ばかりでコメント欄が埋まり、二人揃ってそろそろ文化祭でライブを披露する自信とちやほやされたい欲求が高まって来た頃。
中学の卒業式を迎えた。
「お、おいひとり。文化祭のライブに出ることなく中学が終わっちまったぞ……」
「あ、あはは。だってバンドメンバー集められなかったし……友達一人も出来なかったし……」
「それは……やっぱりCD机に並べたり学校にバンドグッズ持って行ったり、昼にデスメタル流したのがまずかったんじゃないか?」
「! 太郎君だって学校に変なバンドTシャツ着て来たり、ドラムスティック持ってきて教科書叩いてたり、お昼のリクエストに海外のドマイナーなパンク流したからじゃないの!」
卒業式を終えた日の夜、山田家後藤家合同の卒業パーティの名目でいつものように後藤家に集まった俺達は料理の準備が整うまでの間ひとりの部屋でお互いの黒歴史で刺し合うような不毛な会話を繰り広げていた。そもそも中学校は大体が小学校からそのまま上がって来た奴ばかりだからいまさら黒歴史の一つや二つ誤差の様な気もするが、それはそれである。
これ以上はお互い床や壁に頭を打ち付け始めかねないと悟った俺は一つ大きく深呼吸をしてから別の話題に切り替える事にした。ハイこの話題やめやめ。
「それにしてもひとり、本当に秀華高校で良かったのか? ここから通学二時間だぞ?」
入試も中学の卒業式も終わり、後は高校の入学式を待つだけの身で今更聞いても遅いのだが、気になっていた事を聞く事にした。
己の黒歴史に耐えかねて畳の上にうずくまっていたひとりは、ゆっくりと顔を上げて伏し目がちに言った。
「うん……高校は誰も私の事知ってる人が居ない所が良かったから……それよりも太郎君も秀華高校で良かったの?」
「うーん……俺は学力的に大きく外れなければどこでも良かったのはあるけど、まあ俺も自分の事知ってる人が居ない所の方が良かったし、なによりひとりを一人にするのも怖いしな」
普段の奇行や奇形になる事で忘れそうになるが、ひとりはよく見ると顔が良い上に胸がデカくて大人しいのだ。
そんな奴が電車通学二時間となったらそりゃあ声を上げられなくて触られ放題の可能性があるのだ。まあ痴漢なんかされたら爆発しそうではあるが。なのでひとりの両親から、もし同じ学校に行くのならひとりの事をよろしく頼むと言われている。
「……それにひとりともまだバンド組んでないしな」
そう言うとひとりは赤べこの様に何度も頷いた。一応まだバンドを組むことは諦めていないらしい。
しかし実はバンド組んでないどころかひとりとは一回も楽器で合わせた事すらない。何故なら個人練習スタジオは一人で借りる分には安いのだが人数が増えると値段が上がるのだ。加えてドラムを叩ける環境が家に無い以上スタジオを借りるしかないのだが、ひとりが楽器を持ってスタジオに行くのを怖がっていた事と、なにより人と合わせる事の難しさを知らない俺達は演奏動画の登録者数や再生数、肯定コメントがそれなりにあった為、お互いそれなりに上手い
結局俺達はそのまま深く考える事無く高校と言う新しい世界への希望を胸に秘め、今までと変わらない練習の日々を入学式まで過ごしていった。
余談だが、その後パーティの準備が出来たと伝えに来たふたりちゃんと付いてきた後藤家の飼い犬のジミヘンに連れられて一階に降りた俺たち二人は、お互いの両親にめっちゃ写真を取られてから料理を食べて解散した。ピザやフライドポテトなどひとりの好物が並ぶ中で、ひとりの親父さんの作ったからあげがすげー美味かった。
そうして入学した秀華高校も早一ヵ月が過ぎた頃。
俺達二人は学校の机とか掃除道具とか置いてある謎スペースで弁当を食べていた。
中学と違い給食ではないのでどこで食べてもいいのだが、教室で食べるのをひとりが恥ずかしがったのでひとりが見つけて来た謎スペースで食べる事になったのだ。何故かひとりはこういうひとけが無い場所を探すのが異様に上手い。
「どうだひとり、友達出来たか?」
弁当を食べているひとりを見ながら声をかける。そういえば秀華高校に通っているのにひとりは制服の上着を着ずに自前のピンクのジャージを着て登校している。
中学から母親に髪を切られることを嫌がり、かといって美容院にも行けない為に伸びっぱなしになったひとりの髪は最高に抜け感出てるし、ピンクジャージはあえて世間のトレンドを外しているしで、そのセンスに感銘を受けた俺は一度だけ自分も上着だけジャージを着て登校したことがあったのだが、冷静に考えて俺がやってもただの運動部だと思われるだろうという事と、ひとりのセンスを丸パクりしてしまった己の心の弱さに気が付いて最高に恥ずかしかったのでその日のうちにやめた。…………あれ? でもよく考えれば楽器をやりはじめたのもひとりだし、バンド組むって言い出したのもひとりだし俺ってこいつの後追いしかしてないんじゃないか? あ! ヤ、ヤバイこれは考えたら駄目な奴だ!
「あ、あ、どうも、コバンザメ山田です……」
「きゅ、急に何言ってるの太郎君。怖いよ」
「はっ! あ、ああ。でなんの話だっけ」
聞き捨てならない言葉が聞こえた気がしたがあえてスルーする。しかし小学校からこっち割とひとりの胞子を吸い込んでる為かどうにもネガティブな感情になると抑えの利かない事が増えて困る。
「た、太郎君が言ったんだよ。友達出来たかって……太郎君はどうなの?」
「あ、ああそうだ! 実は俺は自己紹介で昔からやってきた渾身のドカベンネタが通じる奴が一人いてな! まあそいつ以外には滑り散らしたんだが……陽キャの高木君だ。そっからなんとクラスのロイングループにも誘って貰った。まあなんて書き込んだらいいか分からなくて何も返信できてないし、高木君ともそれ以降話したことないけどな……」
スマホのロインを見せながら説明すると、まるで信じられないような物を見たかのようなショックを受けたひとりはしおしおと項垂れたかと思うとぼそりととんでもない事を口走った。
「……太郎君はもう音ステ出た時にギャップトークできないね」
「おまっ、なんて事を言うんだ。いやまだギャップトーク行けるだろ、ロイングループ入ったけど空気でしたー、とか」
「クラスのロイングループに入った時点でもう太郎君に資格は無いよ……そんなのより学校の謎スペースで一人でお昼食べてる私の方がロックだし……」
「いや謎スペースでは俺も食べてるじゃん……それならお前、例のロインの友達千人とバスケ部エースの彼氏君はどうなるんだよ……」
ギターヒーローの動画の虚言は前から知っていたが、高校に入って更に
あきれた口調の俺の言葉を聞いたひとりの顔面が勢いよく崩壊した。
「あ、あああ、あれは皆の期待に応えるというか…………た、たた太郎君だって軽音部に入ってギターやってる、か、彼女出来たって書いてたじゃん!」
ひとりの虚言を突いた時点でこちらに飛び火するのは予想済みだ、だから俺は余裕の表情で応えてやった。
「ば、ばっかお前、ア、アレはちげーよ、そういうんじゃ……な、なんていうか、ホラ、あれだよあれ! 普通の? 高校生の? 日常? みたいな?」
あ駄目だわこれ。来ると分かっていたのに思った以上に
「いや違うんだよ俺が言いたいのはもうちょっと真実味を出せって事なんだよ例えばお前視聴者からバスケ部の先輩のポジションは何処ですかとか試合でどんな活躍しましたかとか聞かれたら答えられないだろそう言うところから嘘はバレていくんだよだけど俺はまあ軽音部には入ってないけどドラムやってるしギターの事はひとり見てたからある程度は知ってるし分かんなかったらひとりに聞けばいいしなこういうのは嘘の中に少しだけ真実を混ぜるのが効果的なんだよ」
喋りながら考えたせいで自分でも何を言っているのかよく分からん言い訳をめっちゃ早口でまくし立てていると、丁度良い事に昼休みが終わる予鈴が鳴ったのでそのまま俺は逃げる様に解散することにした。
その後俺の意見を参考にしたのかどうかは分からないが、ひとりの動画説明欄に書かれた彼氏のバスケ部エース君が何故かドラムを始める事になるのだが、あまり設定を盛ると嘘がバレやすくなるぞと言っておいた方がいいかもしれない。
その日の放課後はいつも通りひとりと一緒に二時間かけて帰宅して風呂に入った後、俺は熱を出した。どうやらどこぞで風邪を貰った様で、親の言うとおりに明日は学校を休む事にした。
ひとりにロインで明日は風邪で休む事と電車では気を付けろとの旨を伝えると、ひとりから何故自分は風邪に罹ってないのかとか、感染させてくれとか、ずるいとかの悲壮なロインが届いたが全て無視してがんばれとだけ書き込んで眠りについた。
翌日は薬を飲んで布団で一日中眠り、外が暗くなった頃にロインの通知音で目が覚めた。
大した風邪ではなかったのか、薬のおかげか若さ故の回復力か、布団から出て体を動かすと違和感は無く明日は学校にいけそうだとひとりにロインをしようとして手に取ったスマホには、今日一日ひとりからのロインが大量に届いていた。
朝の今日こそは話しかけてもらえる秘策を考えただとか、夕方のもう学校に行きたくないだとかのロインを流し見ながらひとりへの返事やら昨日の授業の事を考えていたが、つい先ほど届いたらしい最新のロインの内容を見て色んな事が頭から吹っ飛んだ。
『今日ライブハウスでバンド組んで演奏したよ』
色々書いたけど今後主人公は結束バンドのメンバーには入らないし、虹夏ちゃんが「ドラムは私より主人公君の方が……」みたいな展開にもなりません。そもそも虹夏ちゃんあっての結束バンドだし。