ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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 正直第一話の最後で風邪を引いた主人公の看病の為にさっさと帰って虹夏と会わなかった世界線の後藤ひとりの方が良かったんじゃないかと思い始めている。

でもこのまま続けます。


014 daybreak falls for me.(私に朝が降る)

 文化祭一日目。無事完成したクラスの展示物を設置し終えた事で、俺のクラスは各自自由行動という事になった。

 

 特に文化祭の仕事も無い俺は、人気のない校舎の一角に座り込むと、プラスチックのゴミ箱をひっくり返して持って来たスティックでドラム代わりに叩きながら、SICKHACKのライブ後に言われた志麻さんの言葉を思い出していた。

 

 

 

 

 

「正式に廣井さんとバンド……ですか?」

 

 俺の言葉に志麻さんは一つ頷いた。

 

「少し前に廣井から聞いたんです、面白い奴がいて、育ててみたいって。それでそいつと将来バンド組むんだって楽しそうに話してましたよ」

 

「ちょ、ちょっと志麻~」

 

 廣井さんは酒のせいなのか照れているのか、顔を赤くしながら両手を前に出してわたわたと動かしている。

 

「別に、その時に提案しても良かったんです。でも廣井の事だから、バンドの掛け持ちなんてしたらどちらにも迷惑をかけると思って黙っていたんです」

 

 廣井さんは志麻さんからの自分の評価を聞いて困ったように笑っていた。しかし志麻さんはそんな廣井さんを見て小さく微笑んだ。

 

「でも、今日見ていて思いました。結束バンドや君と関わる事で廣井に良い影響があるんじゃないかと。知ってますか? 廣井の奴、最近少しだけですがお酒の量が減ってるんですよ」

 

「えっ!?」

 

 俺は驚いて廣井さんを見ると、廣井さんはくすぐったそうに笑いながら後頭部を掻いていた。

 

「そういうことで……どうでしょう? 勿論こちらがメインで、そちらがサブ、という扱いになってしまうんですが……」

 

 俺は少し考えこんだ。志麻さんの言葉に、では無い。志麻さんからの申し出はそれはありがたいものだ。メンバーの見つからない俺に、一流のベーシストを貸し出してくれるのだから、サブ扱いだろうと文句など何も無い。

 

 ならば何に悩んだかというと、メインとサブの扱いの差についてだ。

 

「廣井さんに入ってもらえるなら、サブ扱いは全く問題ありません。むしろそちらに迷惑を掛けない様にもう少し強く縛っておきましょう」

 

 万が一にもメインバンドであるSICKHACKに迷惑をかける訳にはいかないと思った俺は、少し悩んだ末に志麻さんに提案した。

 

「そうですね……じゃあ条件は一点だけ。メインバンドを全てにおいて優先する事。たとえ後からメインバンドの予定が入ってブッキングした場合でもメインバンド優先です」

 

 俺の提案に志麻さんが眉をよせた。これはある意味ではスケジュール管理能力が無いと言われていると受け取られかねない提案だが。もちろんそんな意味では無い。

 

 SICKHACK程の実力なら突然のオファーの可能性は十分にあるだろう。そんな時にサブバンドの予定を優先するわけにはいかないのだ。

 

「この条件を破ったらサブバンド解散ってのでどうでしょう?」

 

「……こちらとしてはそれで問題ありません。普通にしていれば問題無いものですから」

 

 志麻さんは難しそうだった表情を崩すと、いつものポーカーフェイスに戻っていた。

 

「でもさぁ……ぼっちちゃんも同じ条件で誘うんでしょ? こっちの練習時間とか大丈夫なの?」

 

 心配そうに聞いて来た廣井さんの疑問を聞いて、俺は右手で口を押えながらぼんやりと考えた。

 

 確かにSICKHACKと結束バンド、それぞれの予定を優先すると、皆で集まっての練習など難しいかも知れない。そもそも時間もそうだが、お金の方も問題だ。

 

 俺はサブ(メイン)しか持ってないが、ひとりと廣井さんは掛け持ちなので当然倍のお金が必要になる。ライブをするならチケットノルマ代だって二倍だし、練習するならスタジオ代だってかかるのだ。廣井さんはどうにかなるかも知れないが、ひとりには相当の負担だろう。

 

 ただまぁこのバンドは俺の我儘バンドなので、最悪チケットノルマは全額俺が払ってもいい。月一回ライブをするとしてもSTARRYでのバイト代でとりあえずは何とかなる……かな? 後で店長にシフト増やして貰えるよう頼んでみるか……

 

「逆に考えましょう廣井さん。合わせの練習なんてしなくていいんだ。って」

 

 俺のあまりの楽観的な態度や意味不明の結論に、廣井さんが怪訝な顔をした。おっレアな表情。だから俺はドヤ顔で答えてやるのだ。

 

「別にいい加減にバンド活動しようって訳じゃ無いんです。廣井さん……俺達はぼっち(・・・)ズですよ? どこまで行っても()の集まりなんです。それならば(・・・・・)……いっそ徹底的に個を磨いて行きましょう」

 

 合わせの練習が出来ないんなら、個人の技量を上げて演奏した結果勝手に息が合うんだよ! という馬鹿みたいな解決方法だ。実現できるかは別として……だがなにより、俺はこのてんでバラバラな寄せ集めバンドを弱点(・・)ではなく武器(・・)だと思っているのだ。

 

「格好良く言うなら『我々の間にチームプレイなどという都合のよい言い訳は存在せん。あるとすればスタンドプレイから生じるチームワークだけだ』ってやつですね」

 

「Oh! S.A.C(スタンド・アローン・コンプレックス)の名言ですネ! ハイハイ! 私も入りたいです!」

 

「いや駄目ですよ……イライザさんぼっちじゃないでしょう……それにイライザさんが入ったらSICKHACK濃度が五十パーセントになっちゃうじゃないですか……」

 

 

 

 

 

「結局あの後イライザさんを抑えるのでグダグダになってしまったが、あれで良かったんだろうか……」

 

 ドラム代わりにゴミ箱を叩いていた手を止めて、俺は顔を上げた。

 

 文化祭の為かいつも弁当を食べている謎スペースも中々に騒がしいので、変わりの静かな場所を探して辿り着いたが、ここは良く言えば静かで落ち着く、悪く言えば日当たりが悪くてじめっとしている場所である。

 

 中学の時はひとりと一緒に学校の隅で文化祭をやり過ごしたが、今年はクラスの出し物のメイド喫茶に、ひとりもメイドとして駆り出されるらしいので、俺一人で過ごす事になりそうだ。

 

 メイド服のひとりに興味もあるので、あとで様子を見に行こうかな、なんて考えながらぼーっとしていると、不意に背後にある扉が開いたので俺は驚いて振り返った。

 

「えっ!? あっ! す、すすすすみません! おっお邪魔しました!」

 

「おいひとり、俺だよ俺」

 

「えっ……あっ……何だ太郎君か……良かったぁ」

 

 こんな場所に人が居ると思わなかったのだろうひとりは、人影を見つけて慌てて踵を返して逃げようとしたが、俺だと分かると扉を閉めて胸を撫で下ろしていた。

 

「おっ! なんか可愛らしい恰好してるな。それがお前のクラスの出し物のメイド服か? 写真撮って良い?」

 

「えっ!? う、うん。そうなんだけど……って、しゃ、写真はちょっと……」

 

「まぁまぁそう言わずに。あ、こっちに目線くださーい」

 

 恥ずかしいのか顔を赤くしながらあわあわしているひとりに、グラビア撮影よろしく声を掛けながらスマホを向けて写真を撮った。今度おじさん達やふたりちゃんにも見せてやろう。っていうかひとり、手の平で目を隠すな、撮った写真が余計卑猥な感じになってるぞ……

 

 ひとしきり写真を撮って、スマホの後藤ひとりフォルダが潤った事に満足した俺は、先ほどから気になっていた事を尋ねる事にした。

 

「そういえばお前なんでこんな所に来たんだ? もしかして逃げて来たんじゃ無いだろうな……」

 

 俺の指摘にひとりは肩をビクリと震わせると、膝を抱えて横になってしまった。

 

「だ、だって……私がメイドなんて……恥ずかしすぎる……」

 

「そうかぁ? 結構可愛いと思うけど……」

 

 スマホで先程撮った写真を見ながら率直な感想を言うと、ひとりは急に起き上がった。

 

「!! たっ太郎君は……! いつもそんな事言ってるから信用できないし……」

 

「まぁなんでもいいけど、適当な所で戻ってあんまりクラスの連中に迷惑かけんなよ」

 

 俺が一応忠告しておくと、ひとりは肩を落として小さく返事をすると俺の隣に腰を落とした。こいつ全然戻る気ねぇな……

 

 隣に座ったひとりがポケットから取り出したスマホの画面をみて微笑みだしたので、横から画面を覗き見ると、自分の投稿動画に付いているコメントを見て癒されているようだった。

 

「そういえばひとり、お前最近演奏動画上げて無くないか?」

 

「えっ? う、うん……最近バンドの練習とか忙しくてちょっと…………ん?」

 

 画面を見ていたひとりが急に震え出したのでもう少し顔を近づけて画面を見ると、そこにはguitarheroの動画を賞賛するコメントに紛れてチラホラと『失踪した?』とか『チャンネル登録外そうかな……』とか、酷い物だと『〇んだか~』などのコメントが書き込まれていた。

 

「……最後に動画上げたのって何時だ?」

 

「えっ、えっと……たっ確かバンド入る前だから……多分……は……半年前……」

 

「あっ……」

 

「はっ早く何か上げなきゃ……! っていうか太郎君は!?」

 

「俺はちゃんと定期的に上げてたぞ。アー写撮影の前とか、夏休みとか」

 

「! な、なんで教えてくれなかったの!?」

 

「いやなんでって、お前今自分で忙しかったって……」

 

「ほらいましたよ後藤さん。それに山田君も」

 

 後ろの扉から聞こえて来た話し声に俺達は慌てて振り向くと、何となくくたびれた様子の喜多さん達三人がこちらを見ながら立っていた。

 

「ゴミ箱とかタンクの中、探した甲斐がありましたね」

 

「ぼっちちゃん、クラスの子心配してたよ……それにしてもぼっちちゃんも大きい声出すんだね」

 

「私も驚いた……修羅場?」

 

「いや違いますよ……ほらひとり、そろそろ戻ろうぜ」

 

「はいはい、山田君も一緒にいくわよ」

 

 普段出さない大きな声を聞かれて恥ずかしがっているひとりに戻るよう促すと、呆れたように喜多さんが俺の腕を掴んで引っ張ってきたので、俺はドラムスティックを鞄に仕舞うとひとりと共にゆっくりと立ち上がった。

 

「……郁代だけに?」

 

「~~~~もう! 違うわよ!」

 

 ちょっと冗談を言ってみたら喜多さんに肩パンされた。

 

 結束バンドの四人に後ろから付いて歩いていると、先頭の虹夏先輩が壁に貼ってある紙を見て何か見つけたのか立ち止まった。

 

「見て見て~、ほらココ! わたし達の名前が乗ってる」

 

 虹夏先輩が写真を撮っている紙を見ると、二日目の体育館ステージの予定表だった。探してみると結束バンドの文字があり、その少し下にBandofBocchisと書かれている。

 

 いやしかし……なんか浮いてないかこのバンド名……もうちょっと何かなかったのか俺……

 

「それでぼっちちゃんと太郎君のバンドはどれ?」

 

 やはり聞かれてしまったか……出来ればこのままスルーして欲しかった。仕方がないので俺は正直にバンド名を伝えると、虹夏先輩は困ったように訊ねて来た。

 

「なんでこんな名前に……」

 

「虹夏、恐らくこれはBand of Gypsysから来ているものでそもそもGypsysの由来と言うのは……」

 

「じゃあどこから回ろっか?」

 

 急にシュバって来たリョウ先輩をスルーして、虹夏先輩がこの話は終わりだと言わんばかりの強い口調で言い切った。

 

 その後虹夏先輩たってのお願いにより、お化け屋敷やクレープ屋、縁日風屋台など回っていると、虹夏先輩が唐突に疑問をぶつけて来た。

 

「そう言えば太郎君のクラスは何やってるの?」

 

「俺のクラスですか? 確か……教室に色々設置して映え? 写真を撮る奴です……何かこう、遠近法を利用してやる奴」

 

「へぇー面白そう! 喜多ちゃんは?」

 

「私のクラスはモザイクアートです! みんなで写真を持ち寄って一つの絵を作ったんですよ! 私、沢山写真を提供しました!」

 

「あー……喜多ちゃんっぽいね。うん……じゃあ両方行ってみよう!」

 

 そう言った虹夏先輩が先導する形で俺達は俺のクラスで写真を撮ったり、喜多さんのクラスの作品を見て回った頃には、結構いい時間になってしまっていた。

 

「つっ次は何処行きます!?」

 

「いや、お前は流石にそろそろ戻らないとマズイだろ……」

 

 文化祭を友人と回れて楽しくなって来たのであろうひとりを窘めるように言うと、喜多さんも同意してくれたので、ひとりのクラスのメイド喫茶へ向かう事になった。

 

 メイド喫茶に到着してひとりをクラスに返した俺達四人は、そのままテーブル席に通されて椅子に腰を落とすと辺りを見渡した。

 

 女子は全員メイド服着用とは中々気合が入っている。ひとりも……まぁ気絶しているとは言え一応看板持ちとしては役割を果たしているのでようやっとる。

 

「……あっ、やばい」

 

 俺達がメニュー表を見ていると、突然リョウ先輩が廊下を見ながら物騒な事を言い始めた。見れば筋骨隆々の世紀末風貌のモヒカン男と、玉ねぎヘアの男が歩いてきた。

 

 男二人はひとりの前に立ち止まると、その大きな身を屈めながらひとりに絡み始めた。

 

「お嬢ちゃーん……看板持ちしてるくらいなら俺らと遊ばなーい?」

 

 うおお……すげぇ……ナンパだ。そしてひとりに目を付けるとは中々見る目があるじゃねーか、あのモヒカン野郎。

 

 俺がモヒカンのセンスに感心しながら見ていると、隣に座った喜多さんが袖を引っ張っている。恐らく助けに行け、と言う事だろう。勿論俺もいよいよとなったらそうするつもりだが、ひとりの様子を見ていると、どうにも雲行きがおかしい気がしたので少し見守る事にした。

 

 やがてひとりを見ながら震え始めた男二人は、そのまま土下座を始めた。心なしか先程より小さくなってしまった男二人は席に通されたものの、二人共俯いて静かになってしまった。ひとりが無事で良かったが、逆に一体何があったんだよ……

 

「ぼっちちゃーん。注文お願いしまーす」

 

 虹夏先輩に呼ばれて意識を取り戻したひとりが俺達のテーブルまでやって来ると、虹夏先輩と喜多さんはひとりのメイド服姿を褒めそやした。

 

 俺が文字通り後方腕組幼馴染面をしているとリョウ先輩がとんでもない事を言い出した。

 

「ビジュアル方面で売り出すのも有りか……MVはぼっちを水着にしよう」

 

「それならリョウ先輩もビジュアルバッチリですし、二人で水着なんてどうです!? ねぇ喜多さん」

 

「リョウ先輩の水着姿……! アリですね!」

 

「え? いや私は……」

 

 流石に水着は可哀想だったので、やんわりと釘を刺してみた。リョウ先輩は攻めるのは強そうだが、攻められると弱そうなのでこういうのは覿面に効きそうだ。

 

「もういっそガールズバンドなんだから皆で水着になれば……」

 

 気が付けばひとりが凄い目で俺を見ていた。やばい、これは踏み込み過ぎたか? こういうのは加減を間違えるとセクハラ糞野郎になってしまうので難しいのだ。もう遅いかもしれんが……

 

「さ、さぁて……何頼もうかなぁ~……」

 

 これ以上はまずいと感じ取った俺がわざとらしくメニューを広げると、他の三人もメニューを広げて選び始めた。

 

 しかしオムライスしか無いな……なんて思っていると、虹夏先輩も同じ事を思ったのかひとりに質問していた。どうやら名前が違うだけで中身は同じらしい。

 

 結局どれを選んでも同じ事が判明したので適当に注文したオムライスが届くと、虹夏先輩はメニュー表の端を指で叩きながら楽しそうにひとりに絡みはじめた。

 

「すみませ~ん。この~……美味しくなる呪文て奴。一つくださーい」

 

「あっじゃあ俺もオナシャス!」

 

「私も」

 

「皆、とっても楽しんでる……」

 

 俺達の悪ノリに喜多さんは呆れていたが、メニュー表に乗っている物を注文されては流石のひとりも逃げられないのか、物凄くどんよりした態度で両手でハートマークを作り、美味しくなる呪文を唱え始めた。

 

「あっふっふわふわぴゅあぴゅあみらくるきゅん……オムライス美味しくなれ……へっ」

 

 ひとりの手から紫色のドロドロとした何かが射出されてオムライスにぶっかけられた……気がした。おい今何を飛ばした……これ本当に食えるんだろうな……

 

 俺は若干不安を感じたが、意を決してオムライスを口に運んだ。

 

「むっ……! これは……得体の知れない物をかけられてどうかと思ったけど、ケチャップの甘酸っぱさと卵のまろやかさが口の中で溶けあう、これぞまさにTHE・オムライスといった味……!」

 

「…………えっ!?」

 

「いやなんで呪文を掛けたお前が驚いてんだよ……」

 

 紫の物体がぶっかけられた時はどうなる事かと思ったが、なかなかどうして普通のオムライスだった。惜しむらくは呪文前のオムライスを食べていないので比較が出来ず、呪文の効果が不明な事である。

 

「……パサついてる」

 

「あっ……冷凍食品なので」

 

「おい、それじゃさっきの俺が馬鹿みてーじゃねーか」

 

 虹夏先輩とリョウ先輩も同じ物を食べているはずなのに微妙な顔をしていた。じゃあ俺の食べたオムライスは何なんだよ……怖いよ。

 

「後藤さん! もっと愛情込めて唱えないと駄目よ」

 

 ひとりのやる気のない呪文に怒った喜多さんが立ち上がり、お手本とばかりに美味しくなる呪文を唱えると、オムライスに無数のハートが突き刺さるのを幻視した。これはこれで食べられるのか不安になる……

 

 喜多さんの愛情が込められたオムライスの味の違いが俺には良く分からなかったが、虹夏先輩とリョウ先輩は濃厚な食レポをしながらがっついていたので多分凄かったのだろう……

 

 喜多さんの素晴らしい呪文を目撃したひとりのクラスメイトが、喜多さんにメイドのヘルプを頼みに来ると、喜多さんは二つ返事で快諾してメイド服に着替えていた。

 

 喜多さんの提案で先輩方二人も思い出作りという事でメイド服に着替えると、ひとりのクラスメイトは大興奮の様子だった。

 

「いや、待ってください! 先輩はお姉さまスタイルで! いや……あえて男装スタイルってのも……!」

 

 リョウ先輩を着せ替え人形にして大興奮の喜多さんをボケっと見ていると、虹夏先輩がニンマリした顔でこちらを見て来た。

 

「着ませんよ」

 

「太郎君も……って早っ! いいじゃん、せっかく燕尾服もあるんだからさ!」

 

 先輩二人は他校の生徒だし、顔がいいからこういうのが許されるのだ。もし俺がここで調子に乗って「じゃあ俺も」なんて言い出したら、ひとりのクラスメイトに「いやお前誰だよ」と言われる事間違いない。そもそも他所のクラスの出し物の女子集団の仮装に、『他のクラス』の『男子』が『一人』で混じったら、クラスの人気者でもなければそれはヤバイ奴だろう。

 

「だからいくらお前がそんな恨めしそうな目で見ても着ないからな」

 

「うっ……」

 

 ひとりの視線は、自分の恥ずかしいメイド姿を見られたからお前も見せろと言う事なのだろうが、これは俺が恥ずかしいのを我慢すれば良いだけの問題ではないので、断固とした態度で断っておく。

 

 その後喜多さんや先輩達は、そのルックスや愛嬌や人当たりの良さを生かして接客や呼び込みを行うと、あっという間にオムライスが完売してしまう程の大盛況となり、ひとりのクラスは早々と一日目の出し物を閉める事になった。

 

 SOLDOUTの張り紙を出して店を閉めると、虹夏先輩が笑顔で服を渡して来た。

 

「何ですかコレ?」

 

「いやー、せっかくだからぼっちちゃんのクラスの子にちょっとお願いしてね」

 

 渡された服を見れば色合いから察するに先程リョウ先輩が着ていた燕尾服の様だった。ひとりのクラスは明日は執事喫茶らしいので、その衣装を借りて来たのだろう。

 

「……マジですか?」

 

「じゃあ、向こうで着替えてね」

 

 マジらしい。こうなるとサッとやってサッと終わるのが一番ダメージが少ないので、俺は虹夏先輩の指示通り更衣室でさっさと着替える事にした。

 

「着替えましたけど……」

 

「おー。結構いいじゃん」

 

「山田君一緒に写真撮りましょう!」

 

「太郎もてなせ」

 

 着替えた姿をお披露目すると三者三葉の反応が返って来た。俺の姿を見たひとりのクラスメイトから「……意外と……」とか「……案外……」とか聞こえて来るのは正直勘弁してほしい。微妙なのは俺が一番分かっているのだ。

 

 ひとりが自分のメイド姿に気持ち悪くなっていたのが今ではよく分かる。だが今更恥ずかしがるのは余計に恥ずかしいと思い、俺は開き直って執事に成り切る事にした。

 

「いかがでございましょうか、ひとりお嬢様。なんてな」

 

「えっあっうっ……いっ、良いんじゃない……かな……」

 

 それっぽい感じで恭しくお辞儀なんかしてみたが、やはり微妙なのかひとりの反応は芳しくなかった。うーん、顔がね……

 

 その後メイド服や執事服で一通り写真を撮った俺達は手早く着替えると、ひとりのクラスメイトにお礼を言って教室を後にした。

 

「あっ、最後にちょっといいですか?」

 

 喜多さんに誘われて連れてこられたのは体育館だった。明日の準備の為に少ないが未だ生徒が動き回っている。

 

「MAX千人ってところか……」

 

 体育館を見ながらリョウ先輩が呟いたが、あまり恐ろしい事を言わないで欲しい。大勢の前で演奏するのもそうだが、大勢の前に廣井さんを出すのも正直ドキドキしているのだ。

 

 明日立つ予定の体育館ステージを見た帰り際、虹夏先輩が思い出したように呟いた。

 

「そういえば太郎君の演奏って初めて聞くかも」

 

「あー……そういえばそうかもしれませんね」

 

「お互い頑張りましょうね。山田君」

 

 喜多さんの励ましに俺は曖昧な返事を返した。なにせサポートメンバーがあの廣井さんだ、明日は実力的にあの人が全部持って行ってしまうんじゃないかと思っている。

 

 それから結束バンドのメンバーは明日の文化祭ライブへ向けての最後のスタジオ練習の為に、俺はバイトの為にSTARRYへと向かった。

 

 スタジオ練習とバイトが終わったSTARRYからの帰り道、ひとりに明日のBocchisの演奏する曲を伝えると、この間のFOLTでの志麻さんとの話を伝えようか迷ったが、正直明日が大事な文化祭ステージ本番なので、これ以上ひとりの余計な心労を増やさない為にこんなややこしいバンドの話はまた今度伝える事にした。

 

 明日の演奏リストはひとりが弾ける曲から選んだし、俺はひとりにあまり気負い過ぎないように伝えると、ひとりと別れてそのまま家へと帰った。

 

 

 

 文化祭二日目。結束バンドのステージが近づく中、俺は校門でスマホを見ながら人を待っていた。

 

 どうやら大槻さんは俺のバンドの時間になったら来るとロインに連絡があった。出来れば結束バンドも見て貰いたかったが、まあ仕方ない。

 

「あっ! 太郎く~ん! やっほ~」

 

 声のした方を見れば、相変わらずへべれけな廣井さんと店長がこちらに歩いてきていた。廣井さんの背中には愛用のスーパーウルトラ酒呑童子EXが背負われている。

 

「店長、廣井さん、待ってましたよ……ってちょっと廣井さん……大丈夫なんですか……?」

 

「へーきへーき。見て見てこれ! 今日は晴れ舞台だからね~。ちょっといいお酒なんだ~」

 

 心配した俺に廣井さんはいつもの紙パック酒ではないワンカップ酒を見せて来たので、俺は真顔で店長見た。すると店長は無言で首を横に振った。

 

「まあ心配しないでいいよ、太郎君。客席での(・・)狼藉は私が止めるから」

 

 それは逆にステージ上での狼藉は止められないって事じゃないですか……

 

「ちょっとマジで頼みますよ廣井さん」

 

 俺は廣井さんに念押ししながら二人を体育館へと案内した。

 

 体育館では結束バンドの前のステージが丁度終わった所らしく、ペンライトを振って応援していた生徒達は、波が引くように最前列から引いて行ったので、俺達は入れ替わるように最前列へと移動した。

 

 客席から向かって右側。おそらくいつものライブの配置ならひとりが来るであろう位置の前に陣取った俺達は結束バンドの登場を待った。

 

「続いてのバンドは、結束バンドの皆さんです」

 

 アナウンスが響き幕が上がる。

 

 初めに上がったのはやはり喜多さんへの声援だった。流石に友人の多い陽キャ、喜多さんは沢山の黄色い声に手を振って答えている。

 

「お姉ちゃーん! がんばれー!」

 

「ひとりちゃーん!」

 

 俺も何か叫ぼうとした所、ひとりへの声援が聞こえて来た。この声はふたりちゃんだろう、確か今日おじさん達と来るって言ってたしな。もう一つは……誰だろう? 女の人みたいだが、もしかしていつもライブに来るひとりのファンの人だろうか? 

 

「ひとりー! ロックの申し子!! いや……お前がロックだ!!!」

 

「お~い! ぼっちちゃんがんばれぇ~! かっけぇ演奏頼むよ~! うええええっ~」

 

 負けじと俺と廣井さんがひとりへ声援を送ったが、何故かひとりはそっぽを向いた。

 

「おいひとりー! こっち見ろこっち!」

 

「ぼっちちゃんなんで無視すんの~!」

 

「お前らいい加減にしろ!」

 

 エキサイトしていた俺と廣井さん二人に店長が片腕ずつ俺達の首を絞めてきたので、思わず俺達は謝罪して店長の腕をタップした。

 

 店長の腕が首に回されたまま結束バンドの演奏がはじまったので、俺達は店長に肩を貸したまま演奏を聞く事にした。

 

 一曲目が終って、観客の反応はまずますだった。学外バンドのオリジナル曲でこの盛り上がりは凄いと思う反面、なんだか気になる事があった。

 

「なんか……ひとりの様子おかしくないですか?」

 

 虹夏先輩のMC中も廣井さんと二人で店長に肩を貸した状態の姿勢のまま、俺はポツリと呟いた。

 

 何がおかしいのか分からないが、何かがおかしい事だけはなんとなく感じ取れた。

 

「太郎君も気付いた? なんかさっきからぼっちちゃんずっとチューニング安定しないよね」

 

 廣井さんが俺の呟きに答えるのとほぼ同時に、二曲目がスタートした。

 

 チューニング……って事は機材トラブルか? こればかりはどうしようもないので、取り合えず無事に終わるように、祈るようにステージを見上げていると――ひとりのギターの弦が切れた。

 

 弦が切れたひとりは俺の目の前で屈みこみギターのペグを操作しようとして……屈みこんだまま固まってしまった。

 

 おいおいおい、もしかしてペグ壊れてんのか? 確かこの曲ひとりのソロがあるんじゃなかったか? ってかもうソロ始まってんのか? どうする? どうする?? どうする??? 

 

 もしかしたらステージ上のひとりより焦っていたかもしれない俺の視界に、廣井さんの空のカップ酒が目に入った。

 

 そういえば昔ひとりがドヤ顔でこんな感じのボトルでギターを弾いてたな……なんて事を思い出した瞬間、俺はビンを掴み取っていた。

 

「ひとり! おい!」

 

 ステージに上半身を乗り出して、ひとりにだけ聞こえる位の音量でひとりを呼ぶと、ひとりは泣きそうな表情でこちらに顔を向けて来たので俺は空のカップを差し出した。

 

「派手にかましてやれ」

 

 カップを受け取ったひとりに、ひとりに聞こえるだけの音量で激励すると、右手の親指を上げて、そのまま握りこぶしを前に突き出してやった。

 

「この土壇場でボトルネック奏法とか普通やらせるかぁ?」

 

「あれならチューニングずれてても関係ないもんね」

 

 戻って来た俺に店長と廣井さんが楽し気に話しかけて来たので、俺は疲れた顔で二人に答えた。マジで寿命が縮む思いだ。

 

「割とマジで今回は廣井さんが勝利の女神かもしれませんね……」

 

「でしょ~!」

 

 廣井さんに背中を叩かれながら俺はステージに意識を戻した。

 

「カッコイイなぁ……」

 

 ステージ上のひとりを見て不意に言葉が零れた。ひとり、お前今最高にカッコイイぞ! 

 

 

 二曲目が終わり、虹夏先輩が感極まったように観客に感謝を伝えている間、ひとりは呆けたように会場を見ていた。

 

 やがて会場の一人がひとりへ声を掛けると、たちまち沢山の人がひとりに労いの言葉をかけ始めた。やはり皆途中でギターの弦が切れた事に気付いて心配していた様だ。

 

「ほら後藤さん! 一言くらい何か言わなきゃ!」

 

 喜多さんが自身のマイクを持ってひとりへと近づきマイクを向けた。

 

 マイクを向けられたひとりを観客の皆が固唾を飲んで見守る中、ひとりはこちら……いや廣井さんを見ると、ギターを置いて俺のいる客席に向かって――

 

 おいひとり……そういうのは事前に台本作っておかないと反応出来ないって、お前いつも言ってるじゃねーか……

 

 俺は呆然とひとりを見上げていた。

 

 周りの人間が波が引くように去っていくのを肌で感じる。

 

 受け止めようとした自分の体がもどかしい程ゆっくりと動く感覚。

 

 スローモーションのようにひとりの顔が近づいてくる。

 

 コマ送りの様に徐々に近づくひとりは驚愕の表情を浮かべている。

 

 遂にひとりの瞳に写った自分の姿すらはっきり見えるような気がする程ひとりの顔が近づいて――。

 

「ぐあ!!」

 

 俺とひとり、お互いの頭がぶつかる音が体育館に響いて、俺の意識はそこで途切れた。

 

 

 

 

 人の話し声が聞こえて目が覚めた。

 

 瞼を閉じたまま聞こえて来る声は、恐らく喜多さんの声だ。何を言っていたのかは分からないが、ひとしきり話をすると喜多さんは部屋を出て行った。

 

「頭、痛ぇ~……うわコブになってんじゃん怖ぁ」

 

「! 太郎君!」

 

 軽く頭を触るとコブが出来ているのが分かった。カーテンが開いて隣のベッドからひとりが顔を覗かせたかと思うと、急に涙をぼろぼろと零しはじめた。

 

「ごっごべん……太郎君……わだじ……」

 

「いや大丈夫だよ……こっちこそ悪かったな。受け止めてやれなくて。でも出来れば今度からは事前に相談してね……」

 

 コブになった額を抑えながら、ゆっくりとベッドから起き上がりながら答えても、ひとりの顔はぐしゃぐしゃのままだった。

 

 しかし客席ダイブは廣井さんのライブで予習したはずなのに、あんなに体が動かないのはビビった。まだまだ俺もライブ慣れしてないな。

 

「ぞっぞうじゃなぐで……ぞれもあるげど……ぼっぢズの事……」

 

「あっやべっ……いま何時? そう言えばどうなったんだ?」

 

 泣いていて何を言っているのかイマイチ分かりにくいひとりから話を聞くと、流石に学外の人間である廣井さんのみで出す訳にも行かず。俺達のバンドの時間まで少し間があったので、あちこち回って集めた軽音部が抜けた穴を埋めてくれたらしい。

 

 ちなみにダイブしたひとりは俺が下敷きになった事で大した怪我はしてないらしい。

 

 スマホを見ると、わざわざ出向いてくれたのに俺が出なかった事に対して大槻さんから『貸し一だから』とロインに短いメッセージが残されていた。正直怖すぎる。

 

「そんなに泣くなって……どっちみちお前の機材トラブルがあったんだから……」

 

 一向に泣き止まないひとりを慰めるように言ってみたが、機材トラブルの事はそれはそれで急所に入ったらしく、さらに手が付けられなくなってしまった。

 

 仕方ない、なんだか収集が付かなくなってきたので切り札を切るか……

 

「じゃあさー、俺のバンド入ってくんない?」

 

「グスッ……えっ……?」

 

 予想外の提案だったらしく、ひとりは素っ頓狂な泣き顔でこちらを見つめて来た。

 

「今度さ……廣井さんと正式にバンド組むんだよ。廣井さんは掛け持ちなんだけど。それでお前にも掛け持ちで入って欲しいなぁって思ってるんだけど……」

 

「やっやるっ!」

 

「早いよ。もう少し考えなくていいのか?」

 

「だっだって……太郎君とのバンド……ずっと楽しみにしてたから……」

 

 泣き止んだひとりに俺は胸を撫で下ろすと同時に、なんだか重い物を背負った様な気分だ。

 

 バンドの掛け持ちはままある事らしい、だがそこには明確な理由が存在する。それはメインバンドでは出来ない経験をする事だ。そう言う意味で俺はひとりに、そして廣井さんに何を差し出せるのだろうか? 

 

「そっか……ありがとな……それじゃあ帰るか。そういえば虹夏先輩達は? 打ち上げはどうするって?」

 

「あっそれはまた今度って……」

 

 ひとりと共に保健室を後にして、荷物を取りに自分のクラスとひとりのクラスに寄るついでに、二人で学校の中を見て回ると、今年はなんだか祭りの後の静けさが妙に寂しく思えた。

 

 二人で教室を見ていると、まだ残っている男子生徒二人が廊下を通り過ぎた。

 

「あっダイブの人と逃げ遅れた被害者」

 

「あー……ロックなやべー奴とその被害者か」

 

 

 これは今後の学校生活の扱いが決まってしまったかもしれんね……




 主人公にとって後藤ひとりは人生の夜明けだった。っていうダブル・ミーニング? です。
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