ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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 SICKHACKの曲って廣井さんが作ってるんですかね? SIDEROSはなんとなくヨヨコ先輩が作ってると思ってるんですけど。


015 Sky's the Limit

 文化祭が終わって数日、学校がある日はいつも陰鬱な表情をしているひとりが、今日は不気味なくらい上機嫌だった。

 

 この機嫌の良さを例えるなら、ギターヒーローとして演奏動画を投稿して初めて賞賛コメントを貰った時くらいの機嫌の良さだ。

 

 ちなみに演奏動画に賞賛コメントが初めて付いたのはひとりの方が先だ。登録者一万人を先に超えたのもひとりだし、百万再生を達成する動画を先に出したのもひとりだ……まぁひとりの実力と努力は俺が一番知ってるから……それにギターは花形だからね……だから全然悔しくねーし……

 

 目が合うたびににっこりと微笑むひとりを見て初めは楽しんでいたが、昼休みになる頃には流石にちょっと怖くなってきたので俺は探りを入れてみる事にした。

 

「ひとり、今日はえらく機嫌が良さそうだけどなんかあったのか?」

 

「えっ? そっそんなに顔に出てたかな?」

 

 いや出まくりだぞ。そんなんじゃ明日からお前のデフォルトの顔が笑顔になっちゃうんじゃないかと思ってしまう程ニッコニコだったぞ。

 

 俺が指摘してやると、ひとりは慌てて自分の頬を両手で揉みほぐしながら俺の疑問に答え始めた。

 

「実は……」

 

 ひとりの事情を聞いて俺は頭を抱えた。別に悪い話だった訳では無い。いや、ある意味では悪い話になる可能性が有り、また俺とも深く関わっている話だった。

 

「……つまり動画の広告ってのがあって、それを設定しておくと再生数に応じて動画サイトからお金が貰えるって事?」

 

「うっうん。私はお父さんがそれを設定してくれてて、そのお金で今回みたいな機材トラブルに備えて自分のギターを買ったらどうかって……」

 

 ひとりがニッキュッパ(二千九百八十円)のギターなど買う訳がないだろうから、それなりの金額を貰えたのだろう。

 

 ひとりのおじさんは昔バンドを組んでいたと言っていたので『広告を付ける』というのは、所謂音楽でお金を稼ぐという感覚が鋭い為に出来た芸当だろう。翻ってウチはどうだろうか? ……いや、よそう、俺の勝手な推測で自分を混乱させたくない……仕方ない帰ったら自分で設定するわ(諦め)。

 

 余談だが、後にこの話を親に聞いてみた所、当時ひとりのおばさんから話があったらしく、おばさんに教えてもらいながら同時期に広告収入を付けてくれていたらしい。そのことに狂喜した俺がテーブルに足の小指をぶつけて悶絶したのはどうでも良い話だ。

 

 しかし広告収入か……考えた事なかったな。そもそも始めた動機がひとりに対抗する為だったし、その後も伸びていくひとりの動画に追いつくために……って、考えたらこいつに対抗する事しか頭にねーな。自主性が無さすぎる、しっかりしろ俺。

 

「でもそうか……なるほどな。お前の機嫌が良かったのは新しく自分用のギターを買うからだったんだな」

 

「あっうん……」

 

「おいこっちを見ろ。まだなんか隠してるだろお前……」

 

 俺が合点がいったように頷くと、ひとりは目を逸らしながら返事をしたので、俺はひとりの顔を両手で挟んで頬をこねくりまわしてやった。

 

ひゃひゃめへ(やっやめて)……! はろうふん(太郎君)……! いっいふはら(いっ言うから)……!」

 

 ひとりの顔を解放してやると、恥ずかしそうに顔を赤くしながらひとりは白状しだした。

 

「そっその……いま毎月一人一万円のノルマでライブしてるでしょ……? それで、お父さんに貰ったお金をノルマ代に充てれば、二年近くはバイトしなくてもライブ出来るからバイト辞めようかなって……」

 

「ひとりっ(バシィ」

 

「ひゃっ……ってなんで太郎君自分の頬を叩いたの……?」

 

 そりゃお前の頬を叩けるわけないからに決まってるだろ。というかそんなことはどうでもよくて、今コイツバイト辞めるとか言わなかったか? せっかく慣れて来ただろうに、社会との関りを自分から捨てるな。躓いたらそこがスタートラインだっておばさん何時も言ってただろうが。

 

「そんなことより。今だって時給千円くらいで、月一万円稼ぐのに十時間。大体学校終わって二、三時間バイトしてるから月に四日くらいしかバイトしてないじゃねーか」

 

「うっ……でも」

 

「それに虹夏先輩やリョウ先輩、喜多さんと気心の知れた人間とのバイトだぞ。一応俺もいるし、それに難易度の高い飲食店バイトだし。悪い事は言わないから続けとけって」

 

 見た感じかなり迷っているようだが……ヤバイな。ひとりからなんか謎のパワーが無限に溢れてきている感じがある。こういう時のひとりは割と要注意だ。

 

 そうこうしている内に日課の昼休みのギターの練習時間になり喜多さんがやって来たので、とりあえずこの話はここまでになった。

 

 放課後になってSTARRYへ着いてからもひとりの様子は変わらなかった。

 

「太郎君。何か今日のぼっちちゃんずっときらきらしてるんだけど。あれ何?」

 

「何か目が合うたびにお辞儀してくるんですよね……」

 

 虹夏先輩と喜多さんから疑問が飛んできたが、俺は曖昧な言葉しか返せなかった。まさかバイト辞めたいみたいですなんて言えないからな。

 

 俺が何とかひとりを説得できないかと思い悩んでいた所で、ひとりは謎のオーラを迸らせて超スーパーひとりちゃんになると、低い声で気合を入れて、遂に店長へと向かって歩を進めた。

 

 ひとり……言うんだな!? 今……! ここで! 

 

「あ? バイトがなんだって?」

 

 あっこれ大丈夫そうだな。

 

 店長の威圧感に目に見えて震え出したひとりを見て俺は事態の収束を悟った。

 

 店長の迫力に、バイト辞めます宣言が打って変わって突然のバイトの決意表明になってしまったひとりはその後ゴミ箱に入って黄昏ていた。

 

 ひとりのバイトが苦手な気持ちも分かるのだが、ここでの経験は将来きっといい方に働くと思うので、バイトを続けた方が良いと思っている俺はここは黙って見守るのだ。

 

「ぼっちちゃーん。今日楽器屋さん行くんでしょ?」

 

「え? 楽器屋行くんですか?」

 

 未だにゴミ箱の中で黄昏ていたひとりに、虹夏先輩が声を掛けた。

 

 ひとりの事だから新しいギターはてっきり通販で買うのかと思っていた俺は、虹夏先輩の発言に驚いて疑問の声を上げた。

 

「そうだよ。ぼっちちゃんの新しいギターを探しに御茶ノ水までね。太郎君も行くでしょ?」

 

「いえ、すみません。俺この後廣井さんと会う用事があって……」

 

 俺の言葉に虹夏先輩は気の毒そうな優しい笑顔を向けて来た。いやきくりちゃん(酔っ払い)係とかそういうのじゃ無いですから! Bocchisの話ですから! 

 

 楽器を見に行くという結束バンドの四人はバイトを早めに切り上げてSTARRYの階段の踊り場に集まったかと思うと、虹夏先輩がひとりに見守られながら店長の前までやって来た。

 

「『店長さんの今欲しい物聞いてきてもらえますか……?』ってぼっちちゃんが……お姉ちゃん誕生日近いし、プレゼントかな?」

 

「へぇ~。店長誕生日近いんですか? いつなんです?」

 

 まさか馬鹿正直にひとりが店長の誕生日のプレゼントを買いたがっているとは思っていないが、店長にはお世話になっているし多少興味もあったのでちょっと突っ込んで聞いてみる事にした。

 

「十二月二十四日だよ! お姉ちゃん今年で三十歳なんだよね」

 

「あっ……」

 

「その話は広げなくていいから。あとぼっちちゃんには特にないって言っといて」

 

 虹夏先輩の答えに俺が気の毒そうに声を上げると、そんな俺に向かって店長は釘を刺すようにピシャリと言い放った。

 

 いや別に俺は三十路の事をどうこう思った訳じゃ無いんですって。ただクリスマスイブに誕生日だとプレゼントとケーキがクリスマスと一緒にされるとか色々大変だったろうなと思っただけで……

 

 しかしそんな俺の思いなど知らないトゲトゲした店長の言葉を聞いた虹夏先輩は後ろを振り向くと、踊り場にいるひとりにむかって大声で「いらねぇ。だって」と伝えていたが、流石にそれは意訳が過ぎるでしょ……無いとは思うけど、本当にひとりがプレゼント買おうと思っていてやめちゃったらどうするんですか……

 

 虹夏先輩の言葉に何故かひとりはショックを受けていて、その耳元でリョウ先輩がなにやらささやいているのが見えたが、ありゃ多分碌な事言ってないな……なんて俺が考えていると、痺れを切らした喜多さんが先導する形で四人はSTARRYを出て行った。

 

 四人が出て行った後の店長の態度を見て、一応今度虹夏先輩に店長の欲しそうな物を聞いておこうと俺は思った。

 

 

 

 ひとり達と同様にバイトを早く切り上げた俺は、机の上に突っ伏しながらスマホを弄っていたPAさんと世間話をしながら廣井さんが来るのを待っていた。

 

「……それで山田君は『太郎』なんて名前なんですね。凄いですね」

 

「そうなんですよ。……そう言えばPAさんの本名って……」

 

 俺が前から気になっていた事を聞こうと思って口を開いた瞬間、STARRYの扉が開いて、聞きなれた陽気な声が聞こえて来た。

 

「やっほ~。太郎君来たよ~」

 

 声のする方へ振り返ると、相変わらず赤ら顔な廣井さんが階段を下りてきていた。

 

 それにしても良くあんなにふらつきながら下駄で器用に階段を降りられるものだと感心する。

 

「すみませんPAさん、話の続きはまた今度って事で」

 

 PAさんにそう断わってから俺が片手を上げて廣井さんに応えると、廣井さんはいつものニコニコ顔で近づいてきて座っている俺の背中に覆い被さって来た。

 

「いえ~い。やってるか~若者よ~」

 

「何をですか……バイトなら終わりましたよ……しかし今日はまた一段と酔ってますね。なにか良い事でもあったんですか?」

 

「そりゃあ太郎君のバンドとしての門出だからね~、飲まずにはいられないよ~」

 

 面倒くさい絡み方をしてくるが、どこか機嫌の良さそうな廣井さんに理由を聞いてみると、そんな言葉が返って来た。

 

 俺の門出を祝ってくれるなら素面の方が嬉しいんだけどなぁ……というか素面の廣井さんってどんな感じなんだろう? なんて思いながらも、廣井さんは上機嫌なので野暮な事は言うまい。

 

「あっ店長。ちょっと場所借りててもいいですか?」

 

「別にいいけど……時間になったらテーブル片づけるのと、そいつ(・・・)の面倒はちゃんと見てね」

 

 廣井さんに面倒そうな視線を向けて来た店長に許可をとってから、俺は廣井さんに意識を向けた。PAさんが面白そうにこちらを見ているが、まぁいいか。

 

「それで……なんか大事な話があるってロインが来てましたけど、どうしたんです?」

 

 俺の背中からようやく離れて隣の席に座った廣井さんに早速用件を聞いてみた。ロインではBocchisに関する大事な事と書いてあったが、ライブの日程とかだろうか? 

 

「んふふふふ~。よくぞ聞いてくれました! じゃーん! 曲作って来たよ!」

 

「………………えっ!?」

 

 廣井さんがスマホを取り出しながら高らかに宣言した言葉に、俺は素っ頓狂な声を上げた。

 

 曲って……オリジナルの曲って事? Bocchisの? というか廣井さんって作曲とか出来たんですね……ってそりゃそうか、SICKHACKの曲って廣井さんが作ってるんだっけ?

 

「やっぱりバンドとしてライブするならオリジナルの曲がないとね~。まぁ聞いてみてよ」

 

 混乱と感動でおかしな思考がぐるぐると頭を巡っている俺を尻目に、廣井さんは曲が入っている自分のスマホをテーブルの上において再生ボタンを押すと曲が流れ始めた。

 

 

 

 曲が終わった時、俺の眉間には深い皺が刻まれていた。

 

 チラと周りを見れば廣井さんやPAさんだけでなく、曲を聞いていたのか店長もこちらを見ている。

 

 正直曲は最高だった。リョウ先輩が作った曲を初めて聞いた時も思ったが、この世に生まれたばかりの唯一の曲を聞いた時の感動は凄まじい。それが自分のバンドの曲となると喜びもひとしおだ。

 

 だが俺は――BandofBocchisのリーダー(・・・・)として、この曲にOKを出す訳にはいかなかった。

 

「廣井さん……この曲……サイケ(・・・)ですよね?」

 

「えっうん。どうどう!? 太郎君の初めて(・・・)だからね~、お姉さん張り切っちゃったよ~」

 

 何となく廣井さんの上機嫌の理由が分かった。恐らくこれを俺達(今日はひとりがいないが)に聞かせたかったのだろう……だが俺は己の身が引き裂かれる思いで廣井さんに言わなければならない。

 

「曲は最高でした……でも、申し訳ないんですけど廣井さん……この曲は採用出来ません……」

 

 俺が言葉を発した瞬間、STARRY内が静まり返った。

 

 そりゃそうだ、バンドも組んだ事が無い若造が、あの(・・)SICKHACKの天才ベーシスト廣井が作った曲をバッサリと切り捨てたのだから。

 

「……一応理由を聞かせて貰ってもいいかな?」

 

 いつもニコニコ顔の廣井さんが目を見開いて聞いて来た。この顔の廣井さんはかなりマジな時の顔だ。最後に見たのは……確かSIDEROS加入試験の後に大槻さんに俺が落ちた理由を質問した時だ。

 

 だが――俺も伊達や酔狂で言ってる訳では無い。いくら凄まれても無理なモンは無理だ。

 

 俺は廣井さんの視線を真っ向から受け止めるように真っ直ぐ廣井さんを見つめ返すと、はっきりとした口調で説明した。

 

「理由は……廣井さんが作ったサイケだから(・・・・・・・・・・・・・・)です」

 

 俺の言葉を聞いた廣井さんはわずかに眉を寄せた。PAさんもだ。しかし店長はなんとなく察したのか、呆れたように微笑んでいた。

 

「俺は志麻さんと約束したんですよ。『メインバンドを最優先する』って。だから、この曲はSICKHACKで使ってください」

 

 そう言いながら俺は廣井さんにスマホを返した。

 

 皆一様に押し黙り、STARRY内が重苦しい雰囲気に包まれたかと思った瞬間、店長が堪え切れない様に大笑いした。

 

「あははは! こりゃ一本取られたな! お前インディーズでちょっと(・・・・)売れてるからって調子に乗ってたんじゃないか?」

 

「むっ!」

 

 店長の言葉に廣井さんが唇を尖らせた。しかし店長はそんな廣井さんを気にした様子も無く含み笑いを浮かべながら話を続けた。

 

「要するに、太郎君はお前にサイケ以外(・・・・・)を作って来いって言ってるんだよ。それともお前、太郎君のバンドを第二のSICKHACK……いやSICKHACKの後追いバンドにするつもりか?」

 

 店長の指摘に、廣井さんが困ったように俺を見て来たが、俺も困ったような顔を浮かべるしか無かった。

 

 まぁ……つまりはそういう事なのだ。

 

 廣井さんにはサイケ以外、ひとりには結束バンドでやっている曲以外の経験をして欲しいと思っている。これはサイケをやらないのではなく、ひとりが作ったサイケの曲は有りだし、廣井さんが作ったJ-ROCKは有りみたいな判定方法だ。

 

 俺がサブバンドとしてひとりや廣井さんに差し出せる物、新しい経験値、それは結局彼女達がやっているジャンル以外(・・)の音楽の経験だ。これは志麻さんから話を貰ったあのFOLTの楽屋でもう既に頭には浮かんでいた。

 

 そしてまだ当然誰にも言っていないが、将来的にはひとりにも作曲して欲しいと思っているし、なによりボーカルとして歌って貰うつもりだ(決定事項)。それにもう一人くらいギターが入ってくれたなら今のリード・ギター以外にもリズム・ギターも経験して欲しい、なんて考えもある。

 

 だが、この考えはあくまで俺個人の考えなので、「そういう事なら私は無理です」と言われてバンドを抜けられたら、その時は大人しく新しいメンバーを探すしかないとも思っている。

 

 それでも一つだけ言い訳をさせて貰えるなら、俺はこのメンバーならそれが出来ると思っているし、やる意義もあると思っているのだ。

 

 ただまぁ……廣井さんにボーカルと作詞と作曲やらせて、ひとりにもボーカルと作詞と作曲やらせて、お前(俺)は何するんだよ……っていう問題が出てくる訳だが……というかウチのメンバー二人共多才過ぎるだろ……リーダーが一番いらない子やんけ……どうするかな……俺もとりあえず作詞とか勉強するか……? 

 

 しかし今回の事は、元はと言えば俺が何も伝えなかった事が原因で、廣井さんに曲作りという労力をかけさせてしまったので、俺は廣井さんに深く頭を下げた。

 

「すみません廣井さん。先に言っておくべきでした。まさかこんな直ぐに曲作ってくれるとは思ってなかったので……」

 

「いやぁ……私こそごめんね……でも、そっか……」

 

 廣井さんの言葉に俺はゆっくりと顔を上げた。廣井さんは何処か遠くを見るような目をしてSTARRYの天井を見つめながら、椅子に座ったまま両足をぶらぶらと動かした。

 

「私さ~……SICKHACKでのライブが好きなんだよね~……楽しいし。でもなんだろう……ちょっとだけ……今のままでいいのかなって思ってた所もあったんだ……」

 

 STARRYの天井を見つめたまま物憂げな表情で語る廣井さんを見ながら俺は、やっぱこの人メッチャ美人だな、なんてアホな事を考えていた。

 

「~~廣井さん! 一緒に限界をぶっ壊しましょう! Sky's the Limit(限界は無い)って奴ですよ!」

 

 自分でもちょっとよく分からない言葉が咄嗟に口を衝いて出た。この場にふさわしいかは分からないが、やっぱりこういうのは勢いが大事だ。

 

 俺が握り拳を作って力説すると、廣井さんは目を丸くしてこちらを見てから大声で笑いだした。

 

「あはははは! 調子がいいな~太郎君は……でもいいね! Sky's the Limitか……」

 

 そう言って廣井さんは椅子から勢いを付けて立ち上がると、STARRYの出入口へと歩き始めた。

 

「えっ? どこ行くんですか?」

 

 突然の廣井さんの行動に驚いた俺が間抜け面で質問すると、廣井さんは不敵な笑みで振り返った。

 

「私も、自分の新しい可能性ってやつを見つけてみようかと思ってね。帰って曲を作るんだよ~。そうだなぁ……あっ! 太郎君パンク好きなんだっけ? じゃあパンク・ロックもいいかもね! ドラムパート激ムズの奴!」

 

「アッハイ。お手柔らかにお願いします」

 

 どんな曲でもウェルカムだけど、今ボーカル出来るのは廣井さんだけなんで、その曲歌うのは廣井さんですよ……

 

 楽しそうに言った廣井さんはそのまま上機嫌で階段を上って行くと、踊り場を過ぎた辺りで思い出した様に手すりから身を乗り出すと、手を振りながらこちらへ叫んできた。

 

「じゃ~ね~太郎君! 太郎君の初めてはきくりお姉さんが貰うから大事にしておいてね~。それとぼっちちゃんにもよろしく言っておいてね~」

 

「ちょっと! それ以上はセクハラですよ! まあひとりには伝えておきます」

 

 笑いながら廣井さんが出て行くと、STARRYに静かな時間が戻ってきた。相変わらず嵐のような人だ。

 

 時計を見ればそろそろチケット販売開始の時間だったので、俺は慌ててテーブルを片づける事にした。

 

「太郎君のおかげか、あいつ意外とさっさと帰ったな。それでどうする太郎君? 今からシフト入れるならお願いしたいんだけど」

 

 まだ自分の動画に広告が付いていた事を知らない俺は、Bocchisのバンド活動の金銭面を考えて店長の言葉を快諾した。ひとりも今頃あの三人と楽しくやっているだろうし、遅くなっても大丈夫だろう。

 

 その後割と早めに帰って来た虹夏先輩と合流して、いつも通りの時間までバイトをこなした帰り際、店長が俺に訊ねて来た。

 

「今日は途中まで虹夏がいないから助かったよ。それにしても太郎君……本当にあいつ(・・・)とバンド組むの?」

 

 あいつ、とは間違いなく廣井さんの事だろう。店長の視線からは何となくこちらを心配したような感情が伺えた。

 

 それは廣井さんが酔っ払いだという事以上に、廣井さんの実力を正確に知る人間としての忠告が込められている気がした。そういえば店長って俺達が路上ライブした事知らないんだっけか。

 

「大丈夫ですよ。駄目だったら俺のバンドが潰れるだけ(・・)です。それに……」

 

「? それに?」

 

 俺のバンドはサブバンドだ。結束バンドかSICKHACK、片方あるいは両方が今より忙しくなればきっと自然と消えてしまうのだろう。

 

 だが――これ以上のメンバーに巡り合えることはきっとこれから無いだろうと勝手に思っている。だからそれまで(・・・・)は、作詞も、作曲も、編曲も、ボーカルも、今はまだ何もかもが出来ない俺は、せめて全身全霊をかけるのだ。

 

「俺はひとりと、廣井さんとのこのバンドと、心中する覚悟は出来てますから」

 

 そう言って俺が笑うと、店長は呆れたような、眩しい物を見るような目をして肩を竦めた。

 

「あっでもバンド活動始まってもバイトはちゃんと出てね……」

 

 店長が気まずそうにそんな事を言ってきたが、そう言えば俺たち以外のバイトを見た事が無い。

 

 最初に雇って貰う時は人数過多だと思っていたが、意外とギリギリの人数で回しているのだろうか……ライブハウス経営の大変さなどが垣間見えてなんだか世知辛さを感じてしまう……

 

 まぁこのバイトはひとりもいるし、他のメンバーも良い人ばかりで、人間関係と言う意味では最高のバイトなので辞めてくれと言われるまで辞めるつもりは無い。

 

「勿論ですよ。これからもよろしくお願いします。店長」

 

 

 

 そう言ってSTARRYを後にした僅か一週間後。廣井さんが新しい曲を作って来る事を俺はまだ知らなかった。




 心中するとかいってるけどただの心意気の話なんで、仮にぼっちずが無くなっても主人公は音楽辞めたりしません。

 タイトルとか作中のSky's the Limitのイメージは、作者の好きなAuthority Zeroの曲のSky's the Limitから来てます。なので『全身全霊をかける』とか言ってる所は実は『人生を賭ける』とか言わせるつもりだったんですが、ちょっと重すぎるので止めました。良かったら曲も聞いてみてね。
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