STARRYで新曲を突き返してから一週間という驚異的(多分)な速さで別の新曲を作ってくれた廣井さんに会いに、俺はFOLTまでやって来ている。
例によってひとりは今日も来ていない。何故ならここ半年、忙しさにかまけて投稿していなかったギターヒーローの演奏動画を撮るらしい。その事を知った虹夏先輩たってのお願いという事もあり、虹夏先輩を伴って宅録するとの事だった。
ただ今回は出来た曲を音声データで送って貰ったので、既にひとりには話は通してあるし曲も聞いて貰った。その曲を聞いたひとりに頼まれた
「おはようございまーす」
流石に四回目ともなると大分と慣れたもので、特に緊張することなくFOLTの扉を潜り歩を進めて行く。
「吉田店長おはようございます」
「あら~太郎君久しぶり~。ほら! 廣井ちゃん太郎君来たわよ」
相変わらず厳つい表情で座っていた吉田店長に挨拶して、吉田店長が声を掛けた方を見ると、廣井さんが椅子に座りながらぐったりしていた。
「……はっ! あっ太郎君来た~? こっちこっち。まあ座ってよ」
勧められた椅子に座って改めて廣井さんを見ると、つい先程のぐったりした様子とは打って変わってなんだかえらく
「あの……大丈夫ですか? 廣井さん。なんだか雰囲気がいつもと違うような……」
「えっ? ああ、へーきへーき! なんかねー! すっごい調子いいの! すっごい」
いやそれ完全に駄目な人の台詞じゃないですか……
心配になった俺がそんな風になっている理由を聞いてみると、廣井さんはその高いテンションのまま答えた。
「太郎君に新曲送ったでしょ~? それからも曲作ってたんだけど、
えぇ……つまりランナーズ・ハイみたいな感じって事か? 酒もそうですけど、体を壊さない様に程々にしてくださいよ……
「それでどうだった? 送った曲。一応
廣井さんの言葉に俺は驚いた。志麻さんとイライザさん想定とは、随分と俺達の腕を高く見積もってくれているようだ。
「パンク……それもメロコアですよね? 曲メッチャカッコよかったです! 俺は作曲とか分からないんですけど、パンクは好きなんで。サビの疾走感とか凄く良いと思います!」
「でしょ~! まぁ私も初めてパンクなんて作ったから……一応銀ちゃんに相談したからそれなりに形になってるとは思うけど」
そう言って廣井さんは満足そうにテーブルに置いてあった一升瓶を
しかし初めてであれだけのメロディック・ハードコアを作るとは……やはり天才か……なんて冗談も言えないくらいちゃんとした曲が出来ていた。改めて凄い人だ。
「難易度は……まぁあれで良いんじゃないですか? パンクはテンポが速いんで大変ですけど、問題ないです」
「おっ、言うねぇ! 太郎君が泣きつくようならもう少し簡単にしようと思ったんだけど、その必要は無さそうだね」
軽口を叩きながらお互い挑戦的な笑みで見つめ合っていたが、俺は今日来た目的を思い出して鞄を漁り始めた。ひとりに頼まれていた今日の訪問理由だ。
「そういえば……廣井さんこれ、ひとりから頼まれて持って来た作詞ノートです」
俺は鞄から取り出したノートを廣井さんに手渡した。ノートの表紙には秘の文字を大きな丸が囲んでいるマークがでっかく書かれていて、その下に作詞ノートと書かれている。
「えっ? 随分早いね? なんで?」
廣井さんは受け取ったノートをパラパラとめくって、その全てのページに歌詞らしき文字が掛かれているのを見て驚いていた。
困ったような顔でこちらを見て来る廣井さんは、恐らくメインバンド最優先の約束をひとりが破っている事を心配しているのかもしれない。ただまぁこれに関しては大丈夫なのだ。
「いや……なんかひとりに歌詞を頼んだんですけど、あいつ中学時代から既に歌詞書いてたらしくて、それを引っ張り出して急いで書いてくれたみたいです。他の詞は廣井さんの曲作りの参考にしてくれって。ちょっと見た感じかなり抽象的ですけど、ぼっちの生きづらさなんかを表現してるみたいでパンクとは相性良さそうですよ」
俺がそう言うと、廣井さんはノートの歌詞を熱心に読んではパラパラとページをめくっていた。
廣井さんのサイケ曲は断ったが、作詞についてはあんまり縛るつもりは無い。何故ならまだひとりは本格的に作詞を始めたばかりだし、なにより今の段階で作詞を縛るとひとりに青春ソングや恋愛ソングを書けという事になりかねない。それはそれで面白そうだが、まだ時期尚早だ。
「へぇ~……なるほどなるほど……ぼっちちゃん中学の時は太郎君の事こんな風に思ってたんだねぇ……」
「……何言ってるんですか? 俺の事なんか書かれてないでしょう?」
熱心にノートを読んでいた廣井さんが訳の分からない事を言っていた。俺に関する、というか他人に関する様な歌詞は無かったはずだ。廣井さんはあの歌詞からいったい何を読み取ったんだ……作詞が出来る奴同士で何か読み取れるものがあるのだろうか……うーんそう思うと作詞って難しそうだな。
廣井さんはノートを見ながら、何か思いついたのか楽しそうに身を乗り出した。
「ねぇねぇぼっちちゃんにも何か歌って貰おーよ」
将来的にひとりがボーカルをするのは俺も賛成だが、いくら何でも気が早過ぎる気がする。まだ一曲目すら完成していないのだ。
「とりあえず一曲目が完成してからの話ですね。二曲目も考えないといけないし」
「えっ? 二曲目はもう出来てるよ?」
「……えっ?」
廣井さんが当たり前の様に言うので、俺は驚いて廣井さんを見た。どうにも冗談を言っている様子ではない。
「さっき言ったじゃん、太郎君に曲送ってからも
言ってたか? いや言ってたわ。言ってたわそう言えば。廣井さんのテンションにビビッて聞き流したけど言ってたわ……
俺の困惑顔を見て廣井さんはニンマリと笑うと、おもむろにポケットからスマホを取り出した。
「じゃーん! これが今朝出来たばかりの二曲目の……」
そう言ってスマホを高く掲げて廣井さんが発表しようとした瞬間――後ろから大きな声で呼びかけられた。
「あっ! 姐さんと山田太郎!」
驚いて振り返ると、大槻さんがその特徴的なツインテールを揺らしながらこちらに歩いてきた。
「大槻ちゃん? 今日ライブ無かったよね? どうしたの?」
「ちわっす大槻さん。文化祭の時はすみませんでした」
大槻さんは俺の隣の席に座ると、真面目な顔で質問してきた。
「文化祭の事は貸しにしておくとして、FOLTでは珍しい二人が揃って何してるんですか?」
正直今の謝罪で勘弁してほしかった。早めに返さないと利子が恐ろしい事になりそうだ。
大槻さんの質問に俺と廣井さんは二人で顔を見合わせた。今から廣井さんの曲を聞こうと思っていたのだが、さてどうしたものか?
「いえ、ちょっとミーティングをですね……」
取り敢えず軽くぼかして言いながら廣井さんを見ると、一つ頷き返してきたので俺は正直に話す事にした。
「その……廣井さんの作った曲を今から聞かせて貰う所だったんですよ」
「そうそう、良かったら大槻ちゃんも感想聞かせてよ~。大槻ちゃんの得意分野の曲だからさ」
「えっ! 姐さんの新曲ですか! でも私の得意分野って……?」
はてなマークを浮かべている大槻さんをそのままに、廣井さんはスマホをテーブルに置いて再生ボタンを押した。
「ヘヴィメタル……ですか? またごついの作って来ましたね」
「まぁね~。大槻ちゃんのを参考にしてみたんだけど、どうだった……」
曲の再生が終わって、俺は素直な感想を伝えた。メタルは少し覚えがある。中学時代ひとりがハマっていたデスメタルがお昼の時間に流れて来たからな。あの時の教室の空気は凄かった。この事を話題に出すとひとりが頭を壁や床に叩きつけだすので今では禁止ワードになっているが。
途中で言葉を止めた廣井さんが少し困ったように大槻さんの方を見ていたので、釣られて俺もそちらを見ると、なんだか大槻さんは感極まったように両手で口を押えていた。
「姐さん……これって……私達への……?」
なんだか盛大に勘違いしている気配の大槻さんを見て、俺が廣井さんへ視線を送ると、廣井さんは困ったように後頭部を掻きながら言いにくそうに切り出した。
「あっあの……ごめんね大槻ちゃん、紛らわしくて。実はこれ私たちのバンドの曲なんだ~」
「……は?
廣井さんの説明に、大槻さんは傍から見ても気の毒になるほど困惑していた。廣井さんばかりに負担をかける訳にも行かないので、俺は廣井さんに変わって言葉を続けた。
「実は志麻さんに許可貰って、俺が廣井さんとバンド組んだんです。なのでその曲は俺と廣井さんとのバンドの曲……」
そこまで言うと、大槻さんは錆付いた人形の様に首を軋ませながらこちらにゆっくりと振り向いた。
「あなた……前にバンド組んでないって言ってたじゃない……」
「あっ……すんません……あれからお願いして正式にバンド組んだんです……」
「太郎君に
廣井さんが冗談めかして言った言葉に、大槻さんは深く顔を伏せながら両の拳をテーブルに叩きつけた。
「なんなのよこの間までは結束バンド結束バンドって言ってたのに今度は山田太郎とバンド組むって……今までずっとSIDEROSと仲良くしてくれてたのに……」
ちょっと怖すぎるでしょこの人……流石の俺もドン引きですよ……まぁ俺もひとりが結束バンドに入って少し寂しい気持ちもあったので、そういう気持ちは良く分かる……が、いくら何でも重過ぎるでしょ。
今の大槻さんは何が逆鱗に触れるか分からないので迂闊に声が掛けられず、俺達は静かに見守っていると大槻さんは勢いよく顔を上げた。
「それより! どうして姉さんがメタルなんて作ってるんですか?」
「いや~、だって太郎君にサイケは作っちゃ駄目って言われちゃったから」
笑顔で言う廣井さんの言葉を聞いた大槻さんは目を吊り上げて俺を睨んできた。
「あなた何考えてるのよ! 姐さんのサイケの何が駄目だって言うの!」
大槻さんは片肘をテーブルに付いてこちらを向くと上目で凄んできた。雰囲気が有り過ぎる。今にも手が飛んで来そうで正直怖い。
しかしこんなもんでビビってるようじゃこのBocchisと言うバンドのリーダーは務まらないので、俺は毅然とした態度で答えた。
「いや、廣井さんが作ったサイケが聞きたければSICKHACKを聞けばいいじゃないですか」
「……っ! それは……」
俺の言葉に大槻さんはたじろいだ。そりゃ廣井さんのサイケは一級品だけど、それはSICKHACKでも出来る事だ。
「それに、もしこっちに過去最高傑作のサイケ提供されても志麻さんに顔向け出来ませんし」
廣井さんはこの言葉に笑っているが、これは実は割と本気で心配していたりする。世の中何が当たるか分からんからな。そう言う意味でもメインバンド優先の約束をしたのだ。
「廣井さんにはこのバンドでしか出来ない事を経験して欲しいんですよ。それでその経験を持ち帰って、SICKHACKでさらに良いサイケ作ってくれればそれが一番良いと思ってます」
俺の考えを伝えても大槻さんはまだどこか納得が行かない……と言うよりは頭では納得したが、感情が追いついていない様子だった。それだけ廣井さんのサイケの才能を認めているのだろう。
「まぁ廣井さんのサイケはやりませんけど、ひとり……ウチのバンドのギターがサイケ作曲したらその時は演奏しますよ」
余程残念なのか、大槻さんは縋るような表情で廣井さんを見た。
「姐さんはそれでいいんですか……?」
大槻さんに心配そうに聞かれた廣井さんは、テーブルに置いてある一升瓶を左手で弄りながら楽しそうに答えた。
「……私さ~、今太郎君に言われて、って言うのは違うか。
廣井さんは神妙な顔で自分の話を聞いていた大槻さんの顔を見ると、ふと一升瓶を弄る手を止めて大槻さんを真っすぐに見据えた。
「それとも大槻ちゃん。
「――! そんな事……!」
突然の質問に驚いた大槻さんは思わず椅子から立ち上がりながら叫んだ。先程の言葉はからかっていたのか「なぁ~んちゃって~!」などと言いながら楽しそうに大槻さんを見ていた廣井さんは、名案でも思い付いたように軽快に言い放った。
「そんなに気になるなら大槻ちゃんも太郎君のバンド入ってみたら?」
「おっいいですね! じゃなくてちょっと廣井さん。なんでそうなるんですか……それに俺のバンドは……」
今度は俺が驚いて廣井さんに詰め寄ると、廣井さんは俺を落ち着かせるように楽しそうに手のひらを上下に振った。
「大丈夫大丈夫。大槻ちゃんなら
「……条件? 何の話ですか?」
俺達の会話に不穏な物を感じたのか、怪訝な表情でこちらを見て来る大槻さんに、俺はこれ以上誤解を生まない為にも説明することにした。
「あの……俺のバンドは学生時代ぼっちだった奴を集めてるんですけど……」
「……は?」
大槻さんの目が一段と鋭くなった。そりゃ怒るわな……『あなたぼっちに見えるんで俺のバンドの参加資格あるんで入りませんか?』なんて聞かれたら誰でも怒るわ……
「大槻ちゃんメンバー以外に友達いないよね?」
しかし状況が分かってないのか、分かっていてわざとやっているのか知らないが。廣井さんのアクセルは全開だ。手心とか無いのかこの人。
「~~っ! とっ友達はいます! ……ライブを見に来てくれる皆……とか」
「あっ……」
「ちょっと! 何よそれは!」
廣井さんの指摘に暫く逡巡してから、対抗するように反論した大槻さんの言葉を聞いた瞬間、俺の口から思わず声が漏れた。その声を聞いた大槻さんは勢いよくこちらを向くと、顔を真っ赤にして声を荒げた。
「どう太郎君? 大槻ちゃんの加入」
すげーな、今のを流すのかよ……まあ確かにあまり引っ張らないのが本人の為なのかもしれない。しかしこの状況を作ったのは廣井さんなのを忘れてはならない。
「実力は廣井さん推薦なんで疑ってません、だから入ってくれればありがたいです……もう一人くらいギター欲しいと思ってましたし。ただまぁ、ひとりに相談してみてって感じですね」
「あ~……ぼっちちゃん人見知りだもんね」
俺の言葉で思い出したのか、廣井さんは優しい声で頷いていた。
何はともあれひとりに相談してからだ。しかしひとりにも同年代で
大槻さんを置いて話が纏まりかけた所で、俺のスマホからロインの通知音が鳴った。二人に断って画面を見ると、ひとりの家で宅録を見学している筈の虹夏先輩からだった。
「すみません。なんかひとりが御茶ノ水に一人で来てるらしいんで拾って帰ります」
虹夏先輩からのロインを確認し終えた俺は手早く荷物を片づけて持って来た鞄を肩にかけると、椅子から立ち上がり廣井さんに向き直った。
「それじゃあ廣井さん、ノートは預けときますんで曲の方お願いしますね」
「おっけ~。きくりお姉さんに任せなさい!」
頼もしい返事を貰った俺は、以前から考えていた計画を廣井さんに伝える事にした。
「そうだ。曲が出来たら路上ライブ行きましょうよ。大槻さんも一緒に。俺夏休みに調べたんですけど、なんか渋谷TSUTAYA前がアツイらしいですよ」
「ちょっと私は……って渋谷TSUTAYA前!?」
渋谷TSUTAYA前という単語を聞いて大槻さんがたじろいだ。俺の調べた限りココはかなり上級者向けらしいからな。でもどうせやるなら最高難易度でやろうぜ! 武道館目指してる奴が渋谷ぐらいでビビるな。なあに、かえって免疫が付く。
「おっ、いいねぇ! どうせならライブもやろ~よ。拠点は何処にする? やっぱSTARRY? それともFOLT? それか渋谷チョークホテルとか行っちゃう?」
流石は廣井さん。これまでの経験のなせる
しかし拠点か……全然考えて無かったな。ひとりの事や、店長に恩返し的な意味ではSTARRYがいいと思うのだが、あそこには名探偵虹夏がいるからな。ドラムヒーローの事がバレそうで怖いのだ。
「そうですね……ちょっと考えときます。それじゃあ大槻さん、路上ライブ決まったら連絡しますんで、一緒に行きましょう」
「えっ? ちょっと! まだ私は入るなんて一言も……!」
「まぁまぁ大槻ちゃん、一回だけ一緒にやってみようよ。それで何も得るものが無かったら抜けたらいいじゃん」
自分の与り知らぬ所で話が進んでいた大槻さんが慌てて俺の誘いを断ろうとすると、廣井さんからそんな提案が出て来た。大槻さんは廣井さんの言葉に少し考えこむと、チラリと廣井さんを見て一つ息を吐いた。
「分かりました……一度だけですよ」
大槻さんの言葉に俺と廣井さんはハイタッチをすると、それを見た大槻さんは恥ずかしそうに怒っていた。大槻さんは廣井さん大好きみたいだからな。これは今後使えるぞ。
二人と吉田店長に挨拶してFOLTを出た俺はひとりへロインで現在地を確認すると、そこで待っているように伝えて御茶ノ水へと向かった。どうやら前に話していた新しいギターを買った楽器屋にいるようだ。
御茶ノ水に到着してひとりの居る楽器屋へとやってくると、大きな袋を両手に持ったひとりを発見した。
「よーっすひとり、迎えに来たぞ」
「あっ太郎君」
「つーか客を自宅にほったらかしにして何やってんだよお前は。虹夏先輩もう帰ったらしいぞ」
「えっ! あっ明日謝らないと……」
そんな事にも気が付かない程ひとりはハイになっていたようだ。しかしあの出不精のひとりがわざわざ自宅から御茶ノ水まで一人で来るなんて、一体何を買いに来たのか気になる所だ。
「それにしても随分な大荷物だな。何買ったんだ?」
「え”っ!? ……そっその……(いいねが貰えると)私の気分が上がって、演奏のモチベーションが良くなる(かもしれない)物……かな……はは……」
目を逸らしながら話すひとりが持っていた袋を一つ持ってやると、これが案外重い。しかし一つの大きな商品では無く、割と小さい商品が沢山ある事で出来た重さのようだ。スピーカー……じゃないよな? なんだこれ?
あまり人の買い物に煩く言うのも気が引けたので、帰りの電車ではこの話はあまり突っ込まずに先程まで廣井さんと会って来た話をすることにした。
「そう言えば廣井さんとさっきまで話してたんだけど、もう二曲目作ってたぞ」
「! すっ凄く早いね。どんなのだった?」
「ヘヴィメタル。なんかごっついサウンドだった」
デスメタル好きなひとりは二曲目がメタルだと知って若干嬉しそうだった。
「それで曲が出来たら路上ライブ行こうって廣井さんと話しててな。金掛からないし。それで渋谷TSUTAYA前がアツイらしいんだけど……」
そこまで言うとひとりは盛大に固まってしまった。暫くして再起動したひとりは泣きそうな顔でこちらを見てきた。
「じっ地元の金沢八景でもあんなに緊張したのに……しっ渋谷なんて……! 陽キャの巣窟……! パリピの跋扈する地……! キングオブウェイの根城……! む、むむむむむむむ無理!」
高速で首を横に振り続けるひとりの顔を両手で挟んで首振りを止めると、俺は自信満々に言い放った。
「大丈夫だひとり。俺にいい考えがある!」
「……太郎君のそれあんまり信用できない奴じゃ……」
言ってくれるじゃねーか……でもマジで大丈夫。平気平気。俺に任せろって。
しかし全く信用していない目で見て来るひとりの説得を一旦中止して、俺は大槻さんの事を伝えておく事にした。
「そうだ。実は今日Bocchisに入ってくれそうな人を見つけたんだが、お前の意見も聞いておこうと思ってさ。覚えてるか? 俺が試験受けたSIDEROSってバンドのリーダーでギターボーカルやってる大槻さんって言う女の人なんだが……」
俺の説明にひとりは目を見開いて俺の事を見つめて来た。なんかキメていらっしゃる? ちょっと怖いんだが……
「女の人……」
「お、おう。お前も男が入るより緊張しなくていいだろ? 俺はまだ聞いた事無いんだけど、演奏技術も廣井さんからの推薦だから、お前程じゃないだろうけど結構いい勝負するんじゃないかなって。お前も同年代でレベルが近い友人がいた方が刺激になるだろ」
ひとりは視線から俺を外すと、少し考えてから力強く頷いた。
「うん……分かった」
「……別に無理しなくてもいいんだぞ? もしアレなら俺から断っても……」
「いっいや……大丈夫。たったたた太郎君が一緒なら誰でも大丈夫……」
やっぱりメッチャ緊張してるじゃねーか。しかしなんだかやる気になっているひとりの気勢を削ぐことも無いと思って俺はそのまま黙る事にした。まぁとりあえずは路上ライブやってみて考えるか、廣井さんもそんなような事言ってたしな。しかしこの気迫ならあの事を伝えても大丈夫だろうか? そう思った俺はひとりの肩にそっと手を置いた。
「あと将来的に、お前にもボーカルやって貰うから」
「うっうん……え!?」
電車で固まってしまったひとりを送った翌日の朝、後藤家の前までひとりを迎えに行くと、FXで有り金全部溶かしたような顔のひとりが幽鬼の様に立っていた。
「おいおいおい……どうしたひとり」
虚ろな瞳に呆けた表情のひとりは俺の疑問に答える事も無くゆっくりと歩き始めた。電車に乗っても、学校についても変わらない様子にほとほと困ってしまった俺は、昼休みに喜多さんに原因を聞いてみたのだが、どうやら喜多さんも分からないらしい。
仕方がないので名探偵虹夏に原因を突き止めて貰う為、放課後を待ってSTARRYへ赴くと、まだ虹夏先輩は不在だった。
しかしSTARRYに着くとひとりの容態も少し変化を見せて、碌に喋らなかったひとりがボソボソと呟き始めた。
皆で耳を澄ませると、ひとりは「二十万消えた……」と繰り返し呟いていた。いやマジで一体何があったんだよ……早く来て! 名探偵虹夏!
「皆おはよ~」
「あっ虹夏先輩! 待ってましたよ!」
喜多さんや店長が状況を良く理解出来ないままひとりを励ましていると、ようやっと虹夏先輩がやって来たので俺は慌てて虹夏先輩に駆け寄った。
「えっちょっとどしたの? 事件?」
「事件と言えば事件ですよ。なんかひとりの奴がさっきからずっと二十万消えた……って呟いてるんですけど、何か知りません?」
「えっ!?」
虹夏先輩が珍しく顔面を若干崩壊させながら驚いている。これは探偵じゃなくて容疑者の可能性が出てきましたね……もしくは教唆。
事情を知っている虹夏先輩が来たおかげか、ひとりは泣き笑いの表情で虹夏先輩にだけ聞こえるように話し始めた。
「マイニューギアしたくて全部使ったんです……うへへ」
「まいにゅー……パプアニューギニア?」
「ちょっと太郎君ぼっちちゃんと同レベルじゃん! いや実はね……」
なんだか今凄く失礼な事を言われた気がしたが……虹夏先輩はスマホを見せながら説明してくれた。どうやらトゥイッターに新しい機材を上げるといいねが付くらしく、そのいいね欲しさにひとりはギターヒーローの広告収入である二十万を全部使って、いらんエフェクターを多数買い込んだらしい。いや、アホだろこいつ。
「なるほどギターヒーローのトゥイッターですか……あっでもフォロワー千人いってる……ってめっちゃ練習しろとか動画上げろって怒られてんじゃん……」
俺がスマホでギターヒーローのトゥイッターアカウントを見ながら呆れていると、虹夏先輩が恐る恐る耳打ちして来た。
「そう言えば太郎君、ぼっちちゃんがギターヒーローだって……」
「ああ、勿論知ってますよ。まあここまでアホだとは知りませんでしたけど……」
いやその片鱗はあったか? というか昨日の大荷物はそれかよ……俺は知らん間にアホの片棒を担いでいたのか……いやもうこれサイン付けて投稿動画内でプレゼントするか、フリマサイトで売るしかねーだろ……どうすんだよエフェクターばっかこんなに……
俺が
「ちょっと大変な事になってますよ!」
喜多さんの言葉に俺は顔を顰めた。今度はなんだよ……今日は祭りか? イベント盛りだくさんかよ……
「この前の文化祭ライブ、ダイブの所だけネットに流出してます!」
それはいかんでしょ……他人事だと思っていたから祭りかよ……なんて言っていたが、自分が関係してくるなら話は別だ。急いで調べると【悲報】女子高生文化祭ライブで衝撃の展開にwww、と言うタイトルのスレッドに動画が掲載されていた。
スレッドには、誰も受け止めないのが胸に来る、突然ダイブされたら無理だよ、1
「ああ~トゥイッターにも転載されてる!」
見れば同じ動画がトゥイッターにも転載されて、三千件以上のいいねが押されていた。なんも良くねぇよ……ネット社会怖すぎる……これもうデジタルタトゥー……ってコト!? 幸い顔にはぼかしが入っているので首の皮一枚……繋がってるのかこれ?
「まっまぁこんな話題すぐ忘れ去られるよ! 大丈夫! 落ち込まないで!」
虹夏先輩が当事者である俺達二人を慰めてくれたが、ひとりはそんな事よりも、自分の機材の写真がダイブ動画にいいねの数で負けた事にショックを受けていた。こいつある意味精神がタフ過ぎるだろ。
「二十万がダイブに負けた。二十万がダイブに負けた。二十万がダイブに負けた」
「よく考えろよひとり、お前のダイブには二十万以上の価値があるんだよ」
俺が優しい顔でひとりの肩を叩きながらそう言ってやると、ひとりは光明を得たような顔で俺を見て来た。
「太郎君……! じっじゃあやっぱりあんなにエフェクター買った意味は無かった……ってコト?」
「まあそれはそう」
そう言うとまたひとりは落ち込み始めてしまった。でも仮にいいね数が勝ってたとしてお前は一体何を得たんだよ……まぁ金持ってたらバイト辞める事ばかり考えてるだろうから結果的にこれで良かった……のか?
結局その日のひとりはそれ以降使い物にならなかった。
それからしばらくしたある日。結束バンドのライブの日に虹夏先輩によるバンドパーカーのお披露目があった。
メンバーに合わせて少しずつデザインが違う凝ったパーカーだ。俺もある理由でBocchisではパーカー、もう少し言えばフード付きの上着を採用しようと思っていたので参考に見せて貰った。
文化祭も終わり長袖のパーカーを見ると、いよいよ冬が近づいて来たなと感じてしまう。
「そう言えば最近少しですけど初めて見る客が増えてますよね」
俺が最近気付いた変化について話すと、虹夏先輩と喜多さんも嬉しそうに答えてくれた。
「そうなの! この前の文化祭から新しいお客さんが少し増えてライブが楽しくなってきたね」
「最近はノルマ分捌ける日もありますしね」
ノルマ分が捌けるって事は結束バンドだけで二十人呼べるって事か……それならダイブが拡散された甲斐が有るってもんですよ……しかし結束バンドが随分と遠い所に行ってしまった感じだ。俺のバンドなんかまだ初ライブもやってないぞ。まぁ今年中に結成出来ただけありがたいが。
「生ぬるいわこわっぱ共め……」
嬉しそうな虹夏先輩と喜多さんの話を聞いたリョウ先輩が腕を組んでドヤ顔で語り出した。
「結束バンドのSNSを作って、ぼっちの
「リョウ先輩一生ついて行くっス! ひとりはお団子が似合うんでチャイナ服が見たいっス! それかバニー! まだ後藤ひとりフォルダに無いんですよ! スク水? それはあります」
リョウ先輩の素晴らしい提案に食いついた俺が要望を出すと、先程までドヤっていたリョウ先輩は一転してへりくだってきた。
「太郎様、ぼっちの画像管理は私めにお任せください」
画像管理? 駄目に決まってるでしょ。ひとりともそう言う約束で写真撮ってるし。ひとりのファン一号二号さんにも画像は見せた事ありますけど、複製はしてませんからね。
「ちょっと太郎君も何言ってるの! リョウもぼっちちゃんの画像を収集しようとしない!」
虹夏先輩が冗談だと言って煽って来たリョウ先輩をロメロスペシャルでシメている横で、何かひとりが真剣な表情で悩んでいたかと思うと、勢いよくSTARRYの扉が開かれて皆が一斉にそちらを見た。
「こんにちは~! ばんらぼってバンド批評サイトで記事書いてる者ですが、結束バンドさんに取材お願いしたく~」
思わず、まことに~!? なんて返したくなるテンションだ。
そこには黒髪をツーサイドアップにして、首に包帯を巻いた痛々しい恰好をした少女? が萌え袖にした手に名刺を携えて立っていた。
「あっあたしぽいずん♡やみ、14歳で~す☆」
おいなんかちょっとだけPAさんとキャラ被ってねーか? しかしどうしてライブハウスって言うのはこう言うアクが強いのばかりが集まって来るのかね。
締め切りとか無いこの話を書いてると、思ったように書けなくて全然完成する気がしない時とかあるんですが、その時は星歌店長の「しねーことはねーよ! 完成するんだよ! 下手なテイク使ってな!」って台詞を思い出して書き上げるようにしてます。
あと実は感想での発破が無かったら、主人公のバンド結成は単行本五巻に出て来るSTARRYの新人バイトと組ませたら丁度良いな、とか割と本気で思ってたんで感謝してます。勿論、評価、お気に入り、UA、しおり、ここすき、誤字脱字報告等もモチベーションアップになっているので大変ありがたいです。ありがとうございます。