ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

20 / 46
 まあね、あんまり悩んでも仕方ないし、こういうのは勢いが大事だって作中でも言ってるんで。


020 渋谷street live

「それじゃあリクエスト貰った曲からやりま~す。メドレーなんで、もし良ければ次のリクエストがあったら演奏中に言ってくださ~い」

 

 廣井さんの言葉に俺はドラムスティックを掲げてカウントを取る。

 

 最初のリクエストは心地好いメロディとサビのポップな振り付けで人気の曲だ。

 

 演奏が始まると廣井さんの纏う空気が変わった。この感じはまさにSICKHACKのライブで感じたソレ(・・)だ。

 

 ゆったりした曲調だと言うのにこの存在感。ボーカルの上手さ、ベースの技巧に加えて、まさに自分が主役だと言わんばかりのその圧倒的カリスマ性。金沢八景の即興ライブでの裏方に回っていた廣井さんとはまるで違う姿がそこにあった。

 

 おいおい廣井さん。俺はまだライブ経験二回目のルーキーですよ? なのにそんなに容赦ないんですか!? なんて考えが脳裏を過ぎる――が、それでこそ廣井きくりだ。だからこそ(・・・・・)俺のバンドに入って貰った甲斐がある。

 

 俺はマスクの下で思わず自分の口角が上がるのを感じた。

 

 スタンドプレーから生じるチームワーク。自分こそが主役だと言う演奏こそがBocchisの信条ならば――遠慮は無用という事だ。

 

 ゆったりした曲なので、派手にドラムをぶっ叩くことは無い。丁重に、しかし感情豊かに、今までのドラムヒーローの引き出し(技術)を総動員して演奏すると観客から歓声が漏れた。

 

 俺達の演奏が想像以上だったのか、サビ辺りになると次のリクエストが飛んでくる。次のリクエストが欲しいと思っていた場所で飛んでくるとか、渋谷の人間は訓練され過ぎだろ……

 

「おっけ~。じゃあ次はその曲行きま~す」

 

 廣井さんがベースを弾きながらリクエストに答えた。

 

 廣井さんが次の曲を選ぶと、サビが終わった一曲目から二曲目へと切り替えるタイミングを俺がフィルイン(楽曲の繋ぎ目の部分で即興的なフレーズを入れ、変化をつけること)を入れて皆に知らせると、全員がすぐさま次の曲に切り替える。

 

 二曲目は喜多さん辺りが好きそうな、可愛らしいサウンドと前向きな歌詞でSNSで人気の曲だ。

 

 一曲目よりリズミカルな曲なので、興が乗って来た俺は曲に合わせてドラムを叩きながら軽快にドラムスティックをクルクルと回すパフォーマンスなんぞを入れてみる。

 

「おお! すげえ!」

 

「でしょ~! あれがウチのリーダーで~す!」

 

 客の反応に廣井さんが歌の途中で楽しそうに答えて、また続きを歌い出す。

 

 ちょっと廣井さん!? 歌を止めてまで何言ってるんですか……まぁ双方向のやり取りが出来るのが距離が近い路上ライブっぽくていいのか? 実際反応して貰った観客は楽しそうだし。

 

 そんな廣井さんの砕けた雰囲気に俺も少し緊張が和らいだので、改めて周りの様子へと意識を向けた。すると、どうにもひとりのギターの音にいつもの元気が無い気がしてそちらに視線を向けて俺は驚いた。

 

 そこにはいつもの家でギターを弾くような前のめりの猫背は無く、背筋を伸ばして胸を張った様な……一見すると姿勢を正したひとりの姿があった。

 

 

 

 おいおいひとり……なんだその窮屈(お行儀の良さ)そうな演奏は……!? 

 

 

 

 そんなひとりの姿にもどかしさを覚えた俺は、手の中でスティックを回しながらドラムパフォーマンスを装ってハイハットを盛大にぶっ叩いた。その音にひとりと大槻さんは驚いたように俺へ顔を向けた。

 

 すみません大槻さん、でも驚いても演奏ミスしなかったのは流石です! それよりおいバカひとりおい、しっかりしろ! 何だその縮こまった演奏は。このバンドにはお前の演奏にビビる(・・・)ような肝の小さい奴はいないし、お前のその下手くそな演奏に合わせて(・・・・)くれる様な謙虚な奴もいないんだぞ! それになにより――

 

 お前の後ろには俺が居る(・・・・)んだぞ! しっかり支えてやるからもっと我を出せ後藤ひとり! 俺はその(お前を支える)為にあの日ドラムを選択したんだぞ! 

 

 ギターを弾きながらこちらをじっと見ているひとりへの激励も込めて、派手にスティックを回転させたり大きな動作でドラムをぶっ叩くパフォーマンスを続行していると二曲目のサビがすぐそこまで来ていた。

 

 俺のパフォーマンスに感心している観客の様子を見ながらいよいよサビが始まる瞬間――ひとりの体が前のめりに弧を描いた。

 

「うわ……あのギターすっげぇ……」

 

「……いやこれプロじゃないの?」

 

 その極端すぎる猫背から繰り出されるギターの旋律に観客から声が漏れた。

 

 おいおい、ようやっと調子が出て来たじゃねーか……いいぞ遠慮すんな、もっとクセを出して演奏しろ。そうさ……このバンドにお前の演奏にビビる奴もいないが……付いて行けない奴も居ないぞ! 

 

「それじゃあ次の曲は――」

 

 ひとりの調子が戻ってきて二曲目のサビに入りそろそろ三曲目へ切り替えが近づいてくる頃、ガスマスクで表情が見えないが、何故か焦った様な気配の大槻さんがこちらを見ている。不思議に思ったが、瞬間ある考えが脳裏を過ぎる。まさか……

 

 

 

 大槻さんが首を横に振った。

 

 

 

 ……おいおいおいおいおいおいおい、だからおいおいおいおい。遂に来てしまったか……知らない曲が……全力でカバーするが、基本は自身でなんとかして貰うしかない。なんとか次の一曲だけ凌いでくださいよ……なんて思っているとひとりがこちらを見てしきりに頷いている。

 

 ひとりはただ頷いているだけだ、マスクのせいで表情も見えない。普通なら何を言わんとしているのかなんて分かる訳がない。

 

 だが――俺は文字通り十年もこいつの傍に居るのだ……つまり……そういう事で(お前に任せて)いいんだな? 

 

 ニ曲目から三曲目へ切り替える為のドラムフィルインを入れるといよいよ問題の三曲目のスタートだ。大槻さんは曲をよく知らないので、ここから先はアドリブ用のコードでそれっぽく繋ぐ事になるので俺達三人が引っ張る事になる。

 

 三曲目は賑やかなサウンドの曲だ。結構テンポの速い曲なのでとりあえずそれだけでも大槻さんへ伝える為にもドラムを叩く。

 

 続けて聞こえて来たのは大槻さんのアドリブでのギターと、原曲をかなり崩したひとりのギターアレンジだ。

 

「は? 何これ……」

 

「変わり過ぎて草」

 

 曲を知らない時のアドリブ用のギターコードって奴があるらしいが、今回は、大槻さんだけがそれをやると、目立ってしまいます。だから、ひとりも一緒にアレンジというていで原曲から外れる必要があったんですね。俺達リズム隊がしっかりしてればギターは多少無茶しても形にはなる。

 

 興が乗って来たのか、ひとりはいつも通りの酷い猫背で賑やかなサウンドな筈の原曲をメタル風にアレンジにして演奏している。おそらく大槻さんが演奏しやすい感じにしているのだろう。

 

「うおお! なんかすげぇカッコよくなってる!」

 

 一応受け入れられているが、原曲が聞きたかった人には申し訳ない。これも路上ライブのライブ感という事で許してもらおう。

 

 そうは言っても少し不安に思ったので観客の様子を伺うと……なんだか最初よりも囲みが増えている気がした……いや気のせいでは無い。 

 

 始まったばかりの頃は隙間があった人の囲いが今では隙間なくぎっしりと詰まっている。

 

 大槻さんのカバーをするように全開で飛ばす俺達リズム隊に引っ張られるように、まるでひとりは自分の世界に入っているようにギターを掻き鳴らす。そんなプロ顔負けの演奏に観客も大興奮で次のリクエストを送って来る。

 

「よーし! 四曲目行っちゃうよ~!」

 

 サビが終わって三曲目の切り替えタイミングを知らせる為にドラムを叩こうとした瞬間――廣井さんとひとりがベースとギターでフィルインを被せて来た。

 

「おっ? フィルインの息ぴったり。これは練習してたのか?」

 

 なんて観客が言ってるが……そんな訳ねーだろ。偶然だぞ……ってなんだコイツ等?! (驚愕)なんでタイミングぴったりなんだよ怖ぇよ!? ……ひとりは俺の動画から繋ぎの傾向性みたいなモンを見つけたとしても、廣井さんはなんなんだよ……

 

 しかし、さぁ次で四曲目だ。次は大人気アニメの曲でスピード感のある曲だ。

 

 俺は先程より気持ち強めにドラムを叩きだした。なんでも人は音が大きくなると曲が良く聞こえるらしい、だからメドレーの後ろ程テンポの速い曲を選んで、音量を上げるといいらしいぞ。知らんけど。

 

 廣井さんもそれを知っているのか、選んだ曲はどれも後ろに行くほどテンポの速い曲だ。

 

 先程のやりとりで吹っ切れたのか、ひとりは最初からフルスロットルだ。相変わらず背中を丸めてギターをかき鳴らしている。大槻さんも先程の汚名を返上する為か、はたまたひとりに引っ張られているのか、ギアが上がっている気がする。

 

 尻上がりに良くなっていく演奏は大盛況だ。観客のあちこちから次のリクエストが飛んできている。渋谷の人達ってノリが良くて凄いっすねぇ……

 

「それじゃあラスト行きま~す!」

 

 廣井さんが宣言した五曲目にメンバーの首が横に振られる事も無い。なんとか全員全力で最後の演奏が出来そうで俺は安堵した。

 

 切り替わりのフィルインに当然の様に被せて来るひとりと廣井さんに若干の恐怖を感じながら、いよいよ最後の五曲目がスタートする。

 

 最後は大人気アニメ映画の主題歌だ。パワフルな歌声と疾走感のあるメロディは最後としてはぴったりかも知れない。

 

 さあラストは出し惜しみ無しだ。疾走感あるメロディに合わせて大きな動作でドラムをテンポよくぶっ叩く、スティック回しは勿論の事、ドラムを叩いた反動を利用して空中でスティックを回転させて掴み取るパフォーマンスなど、面白そうな事は全部ぶっこんで行く。

 

 ひとりも虎の様な猫背で一心不乱にギターを掻き鳴らしている、マスクをしているので流石に歯ギターはやらないがマスクが無かったらやってたんじゃないだろうか。廣井さんは相変わらずのバカテクだし、大槻さんもギターとコーラスで観客を沸かせている。

 

 気が付けば最初に感じた廣井さんからの圧力にも似た威圧感はすっかり感じなくなっていた。

 

 曲の疾走感のまま五曲目が終了すると、観客から万雷の拍手と大歓声が沸き起こった。

 

 演奏が終わってひとりを見れば、呆然と天を仰いでいた。そんなひとりを見て俺は大きく一つ息を吐いた。

 

 はえー疲れた、これからまだオリジナル曲二曲残ってるってマジ? 

 

 改めて周りを見れば、なんだか人の囲いが凄い事になってる。おいおい大丈夫か? 警察が飛んで来たりしないだろうな。

 

「すみませ~ん。通行の邪魔になるといけないんで一歩近づいてくださ~い」

 

 曲が終わったばかりだと言うのに元気な様子の廣井さんが、状況を見て観客に声をかけていた。と言うかこの人一息つくついでにポッケから出した鬼ころを早速飲んでやがる……自由な人だ、この後の曲大丈夫なんだろうな? 

 

 再びひとりの様子を伺うと、こちらを見ながら思いの外平然としていた。精神的に吹っ切れたなら後はやってることはギターヒーローの動画制作と同じ様なモンだからな。ただ大槻さんは肩で息をしていた。何がリクエストされるか分からない状況な上、急に決まった曲同士のアドリブ接続。更には知らん曲のアドリブ演奏と精神的に消耗したのかもしれない。

 

 二人から廣井さんに視線を戻すと、廣井さんの言葉に従って一歩近づいた観客の中から世紀末風貌の男が廣井さんに近づいて何やら熱心に話しかけていたので、何かトラブルかと思って俺は慌てて席を立って駆け寄った。因みに文化祭で見た奴とは違う奴だ。なんでこんな奴がこの世に何人もいるんだよ……

 

「すみません! どうかしました?」

 

「あっ太郎君。いや~実はこの人がね……」

 

「……あっ、さっき言ってたバンドのリーダーの人っスか!?」

 

「あっはい、そうです。それで何かありました?」

 

 世紀末風貌の男の圧にちょっとびっくりした。さっき言ってたと言っているが……言ってたわ。廣井さん俺の事リーダーだって観客と話してたわ。すると俺を見た世紀末風貌の男は感極まったように叫んだ。

 

「あのっ!! 投げ銭ってどこに入れたらいいんスか!?」

 

「……は?」

 

 男の突拍子も無い言葉に詳しく話を聞けば、俺達の演奏にいたく感動したようで、投げ銭をしたかったがそれらしい箱が見つからず、直接渡そうと廣井さんに詰め寄っていたらしい。 

 

 その気持ちは嬉しいが、今回は理由があって投げ銭は受け付けていないので、俺は丁重にお断りする事にした。

 

「あー……すみません。ありがたいんですけど、今日は有名曲のカバーをやったんで投げ銭はちょっと……」

 

「そんな……!? どうかオネシャス!」

 

 他人の曲のカバーで金銭が発生すると著作権とか色々面倒なんですよ……なんて理由を話しても一向に引き下がらない男に、何故それほどこだわるのか理由を聞くと、力強く握りこぶしを作りながら力説してくれた。

 

「俺メッチャ感動して! このバンドは絶対将来有名になると思ったんス! 曲が二曲しか無いって事は今日が初めての路上ライブですよね!? だから俺、将来このスゲーバンドの最初の路上ライブ見て投げ銭入れて応援したんだぞって仲間に自慢したいんス!」

 

 何言ってんだこいつ……? お金投げおじさんかよ……どんな道楽だよ……なんで初回の路上ライブでこんな自分から厄介ファンになりたがってる奴が付いてんだよ……怖ぇよ……

 

 しかし世紀末風貌の男の話を聞いていた他の観客からもおかしな声が上がり始めた。

 

「おいお前だけずるいぞ! それなら俺も!」

 

「うわあ……これはもしかして将来自慢出来る奴じゃねぇ!?」

 

 なんだコイツ等?! (驚愕二回目)投げ銭した事が自慢になる訳ないだろいい加減にしろ! その金でもっと美味いもん食え! 

 

 だが、何故か俺も私もと異様な雰囲気になって来た観客が増えて来た事で、遂に見かねた廣井さんが妥協案を提示してきた。

 

「このままじゃ埒が明かないし、どうせ今からオリジナル曲をやるんだから、今のカバーは忘れて貰って、新曲を聴いてそれでも良いと思った人に入れて貰うって事にしたら?」

 

「まぁそれなら……」

 

 なんとか言い訳も立つか? このまま放置も怖いし、どうせ曲が終わる頃には皆冷静になってるだろうからな。しかし金を払うぞと言って脅してくる奴が世の中に居るとは思わなかった。渋谷怖すぎるだろ……

 

「しゃーない……ひとり、悪いけどお前のギターケース貸してくれるか?」

 

「えっ? うっうん。いいけど、どうするの?」

 

「そりゃお前もバンドマンなら一度は憧れた事あるだろ? アレ(・・)だよアレ」

 

 俺はひとりのギターケースを受け取って開くと廣井さんの前へと設置して、ついでに自分の財布から適当に小銭をいくらか入れておいた。これなら観客も分かるだろ。つまりはギターケースが投げ銭箱ってヤツだ。

 

「はわわわわ……わっ私のギターケースがまさかこんな風に使われるなんて……」

 

 ひとりは自分のギターケースが噂によく聞く投げ銭箱になった事にえらく感動していた。まあ中身が入るかは今からの頑張り次第だけどな。

 

「じゃあ……すみません。さっきの演奏は一旦忘れてもらって、これからオリジナル曲やるんでそれを聞いて貰って気に入ったらお願いします」

 

 世紀末風貌の男に向かってそう言った俺はドラムの椅子へと戻ると、世紀末風貌の男をはじめとして何人かの観客が早速投げ銭をケースに入れ始めた。

 

「あざっス! じゃあ早速!」

 

 おいバカふざけんな。俺の話を聞いて無かったのかよ。それは曲が終わってからって言っただろ。うわ千円とか入れてる奴がいるじゃねーか、何考えてんだよマジで。

 

 俺は激怒した。必ず、かの馬耳東風の観客を満足させねばならぬと決意した。

 

 しかしこれである意味腹が決まった。もう投げ銭が入ってしまった以上、今入れた金額分は楽しんで帰って貰うぞ。

 

 俺はこちらを見ている廣井さんに向かって力強く頷くと、廣井さんは観客へと向き直った。

 

「改めて、Band of Bocchisで~す。今からオリジナル曲やるんですけど、この後の打ち上げが豪華になるんで良かったら投げ銭いれてくださ~い!」

 

 廣井さんの冗談めかした投げ銭要求に観客から笑いが漏れた。廣井さんは振り向いて俺達の様子を確認すると、一度頷き再び観客へと体を向けた。

 

「それじゃあ早速一曲目聴いてください。Sky's the Limit」

 

 ドラムスティックでカウントを取ると、まずはひとりの乾いたギターリフが鳴り響いた。それを追いかける様に高速でドラムを打ち付ける。

 

 一曲目はパンク・ロックだ。廣井さんが志麻さん想定と言うだけあってとにかくテンポが速いし複雑だ。ひとりもイライザさん想定の為最初は難儀していたが、しっかり仕上げて来たみたいだな。

 

 大槻さんの担当する部分は急遽参加が決まった為にかなり難易度を下げたらしいが、それでも結構な難易度をこの短い期間で仕上げてくるのは流石SIDEROSのリーダーというだけはある。

 

 しかしなにより目を見張るのはやはり廣井さんだ。普段はドラッグによる幻覚を再現する、なんて言われているサイケデリック・ロックをやっていてニコニコ陽気な廣井さんが、そんな事を微塵も感じさせない程速いテンポでベースを弾き、軽快なリズムで歌っている。なんだかとても新鮮だ、これが廣井さんが言っていた『新しい可能性』って奴だろうか? 

 

 しかしこの曲、さすがパンクといった所でマジでドラムの速打ちが多くて大変だ。パフォーマンスなんぞ入れてる余裕が無い。ひとりのギターもかなりの速弾きが必要な場面が多く廣井さんの俺達への信頼と容赦のなさが伺える。

 

 だがやはり速打ち速弾きは聞いていて分かりやすい実力の指標になるし、それに加えて疾走感があってノリの良いパンクロックだ。おかげで客の反応はすこぶる良好だ。

 

 その証拠に先程から廣井さんの前に置かれたひとりのギターケースへ早速かなりの頻度で人が行交(ゆきか)っている。

 

 一曲目(Sky's the Limit)が終わってまた観客から歓声が上がった事で、俺は演奏技術だけでなく曲も一応通用する事が分かってひとまず安堵した。廣井さん作曲といえど普段と全く違うジャンルで、かつ初めて作った曲なので少し心配していたのだ。

 

「疾走感が気持ちいいわ! これぞパンクって感じの曲だな~!」

 

「てかテクやばくない!? どんだけ速弾き出来るんだよ!」

 

「いやドラムがやばいだろ……この速さと複雑さでテンポキープ完璧かよ……」

 

 いやむしろ初めてのジャンルでこんな曲作れる廣井さんがヤバイ。

 

 大興奮している観客の話を聞きながら俺は一息入れると、すぐさま傍に置いてあった自分の鞄を近くに引き寄せた。次の曲はメタルなのでそれ用のドラムスティックと交換する為だ。

 

 手早くスティックを交換して再度周りを見ると、人が人を呼んでいるのか、どんどん人が増えていつの間にか囲いが二重三重になっている。いやマジでこれは警察が来るのも時間の問題な気がするんだが……

 

「次が最後になりま~す。二曲目でback to back」

 

 どうやら後一曲だからなのか強行するみたいだ。どうか後五分だけ警察が来ませんように。

 

 なんて俺が祈りながらスティックでカウントを取ると、廣井さんの奏でる重苦しい、腹の底まで響く様なベースリフが辺りに響き渡り、観客が困惑した気配を感じた。

 

 恐らくバンドを齧った経験がある人ほど困惑しただろう。先程の様な疾走感あふれる軽快なパンクが始まると思ったら、急にヘヴィなメタルが始まったのだから。

 

 曲を紹介する時の様な陽気な声の面影は無く、先程のパンクの軽快な歌声とも違う、重く叩きつけるような廣井さんの歌声に観客が息を呑んだのを感じた。

 

 俺もバンドを作るとなった時に調べたのだが、バンドを作って一番に決めるのはバンドの方向性(・・・)らしい。

 

 SICKHACKならサイケ、SIDEROSならメタル、ケモノリアならエレクトロ、なんばガールズならコミック……コミックってなんだ? 後で調べておこう。結束バンドは……ハードロックか? そう言う意味では結束バンドもリョウ先輩の才能の賜物か大概ジャンルが多種多様な気がする。

 

 つまり方向性を決める事でそのジャンルのファンを確実に掴んで行く事が大事、という事らしい。

 

 だが俺達は違う。Bocchisはジャンルに拘らずなんでもやる。これは俺達の新しい可能性の発掘でもあり、元々俺達二人(ヒーロー)がジャンルを限定せずに色々な曲をカバーして動画を上げているのも関係しているかも知れない。この前なんかひとりのボーカル用にブリットポップなる物を考えていると廣井さんから言われたばかりだ。

 

 曲がサビに入っても先程のパンクと違い、ギターもベースもドラムでさえ重々しい重低音が響き渡る。

 

 この為にスティックを値段のクソ高い金属製の軸の物に取り替えたのだ。こっちの方がギターやベースの重い音に負けない音が出るから。

 

 ギター二人やベースもこの曲の為に今日はドロップチューニングをしている。ドロップチューニングをしながら最近流行りのメドレーを実行出来たのは三人の技量の高さ故だ。

 

 廣井さんの歌声も重く力強い叫びが続いている。かっけぇなこの人……どんだけ引き出しあるんだよ……

 

 ひとりも自分が好きなメタルなせいか一際気合が入っているようで、ギターから力強い響きが聞こえて来る。

 

 しかしこの曲で一番イキイキしているのが大槻さんだ。やはり自分が普段からやっているジャンルは得意なようで、ひとりと競い合う様にギターから凶暴な音を掻き鳴らしてコーラスも力強く入れている。先程まで若干余裕が無さそうにしていたのが嘘のようだ。

 

 二曲目(back to back)も無事警察のお世話になる事無く終了すると、また観客が湧いた。

 

「すっげ~! これは来る(・・)んじゃないか!?」

 

「最近のバンド全部超えてんじゃない!? 無名ってマジ!?」

 

「……これプロが顔隠してやってんじゃないの……?」

 

「えーっと……なんてバンドだっけ?」

 

 そう言えば立て看板には曲のリクエストしてねって書いただけでバンド名書いてないわ……まあいいか。

 

「今日はこれで終わりで~す。ありがとうございました~」

 

 演奏が終わって、観客が大興奮で口々に盛り上がっている様子を聞きながら廣井さんが終了を宣言すると周囲からまた大きな歓声と拍手が起こった。

 

 なんとか無事にやり切った安心感とオリジナル曲の演奏と言う緊張感から解放されて、俺が椅子に体を預けて休んでいると、廣井さんと大槻さんに人が群がるのが見えた。世紀末風貌の男も勿論居る。

 

「凄く良かったです! また路上ライブやりますか!?」

 

「フォローしたいんですけど、トゥイッターとかイソスタとかはやってますか!?」

 

「箱でライブやりますか!? やるなら行くっス!」

 

 ひとりは演奏の緊張が解けたのと、人が集まって来た新たなストレスでマスクを着けたままデロデロに溶けてメンダコ状になってしまっているので遠巻きに見られている。流石に渋谷の人間でもアレに近づくのは難しいみたいだ。

 

 廣井さんと大槻さんはマスクで表情こそ見えないが、どちらも和やかに話しているようだった。

 

「ありがと~。次の路上ライブや箱のライブはまだ決まってないけど楽しみにしててね」

 

「トゥイッターとイソスタは今はまだありませんが、今後必ず(・・)作ります。早ければ今日中にでも。今後の予定も決まり次第そこで告知します。バンド名は……」

 

 俺の代わりに勝手にSNSを作る宣言をしている大槻さんをボケっと見ていると、俺にも声がかけられた。

 

「あのっ……! ドラム凄く良かったです!」

 

「パフォーマンスも含めて最高でした!」

 

「あっはい。ありがとうございます」

 

 見ればいかにも渋谷に居そうな垢ぬけた女子二人だった。年齢は……俺と同じ高校生位だろうか? 二人とも結構可愛らしい顔をしている、流石渋谷だレベルが高い。

 

 真ん中でベースを弾きながら歌っている廣井さんに隠れて目立たないと思っていたが、ちゃんと見てくれている人もいるんだなぁ……

 

 なんて思いながら、興奮した様子で俺の演奏の何処が良かったと語ってくれる二人と話をしていると、女子二人の後ろでおろおろとしているひとりが目に入った。何か用事がありそうな無さそうな、そんな雰囲気だ。

 

「ちょっとすみません。おい、どうした?」

 

 気になったので女子二人に断って俺がひとりに声をかけると、俺達三人に視線を向けられて驚いたひとりはあっちを向いたりこっちを向いたりして落ち着きなく視線を動かして、そのうち思い出したように声を上げた。

 

「あっえっと…………あっ、そっそろそろ撤収の準備をした方がいいんじゃないかなって……」

 

「あー……確かにそうだな」

 

 ひとりの言う通り、周りを見れば路上ライブが終わったというのに未だに人が沢山残っているとのはあまり良くない状況かもしれない。

 

「あっそうですよね、ごめんなさい! それじゃあ私たちはこれで……あの、応援してます!」

 

 ひとりの言葉に納得した女子二人は話を切り上げると、俺達に挨拶をして去って行った。その様子にひとりは顔は見えないがなんだか安堵したような雰囲気を出していた。ひとりの事だから一刻も早く渋谷から解放されたいのかもしれない。

 

「すみません。廣……きくりさん、ヨヨコさん。そろそろ撤収しましょう」

 

 二人に声をかけると、二人共また驚いて焦っていた。そろそろ名前呼びするのを慣れて欲しい。

 

 このまま人が残っていると何時警察のお世話になるかも分からないので、俺は廣井さん達二人と観客に撤収する旨を伝えると機材の片づけを始める事にした。

 

「あっあの太郎君。私のギターケースに沢山お金が入ってるんだけど……」

 

「ん? ああそうか。それじゃあギターが入らないもんな。ちょっと待ってろ、確かなんか袋がバッグに入ってた筈だから……」

 

 片付け始めようとするとひとりが困ったように言って来たので思い出したが、そう言えば投げ銭を頼んでいたのを忘れていた。俺はとりあえず投げ銭を移し替える為の適当な袋を自分のバッグから引っ張り出すと、ひとりのギターケースへと目を向けた。

 

「うお……! 結構……いやかなり入ってないか……?」

 

 パっと見た感じだけでも千円札が何枚も入っていて、五千円札まで入っている。なんだこれ、お金配りおじさんでも現れたのか……? 

 

 俺はとりあえず投げ銭を手早く袋に詰め替えると、自分のバッグへと袋を突っ込んだ。

 

 その後機材の片づけを終えた俺達は、ふと全員で顔を見合わせた。

 

「……あの……マスクっていつ取ったらいいんですかね……?」

 

 おそらく全員が考えていたであろう事を俺が代表して言うと周りを見渡してみた。減ったとは言ってもまだ多少は人が残っている。このままマスクを外すのはちょっと考え物だ。

 

「……まあちょっと歩いて離れようか。こんな格好だけど渋谷だしそんなに目立たないって」

 

 廣井さんの言葉に従って、緊張の糸が切れてドロドロに溶けてその場にへたり込んでしまったひとりを俺と大槻さんとで来た時の様に両脇を抱えて撤収する事になった。

 

 渋谷だし大丈夫とは言ったが、やはりマスクの集団が両脇を抱えて人間を運んでいるのは目立つのか、道行く人に凄く見られながら廣井さんを先頭にしばらく歩くと、軽快な足取りで廣井さんは大通りから一本奥の道路へと足を向けてから俺に背負っているボックス型のバッグを降ろすように言ってきた。

 

 俺が指示通りバッグを降ろして地面に置くと、廣井さんはおもむろにマスクとパーカーを脱いで――俺のバッグへと押し込んだ。

 

「ちょっと!? 何してるんですか!?」

 

「とりあえず変装を解かないと。太郎君荷物よろしくね」

 

「あっそれなら私のもお願いね、山田太郎」

 

「あっじゃあ私のも……」

 

 廣井さんの行動を見た二人がマスクとパーカーを脱いで当然のように俺のバッグへと押し込んで行く。あーっ!! お客様!! 困ります!! 

 

「持ち歩くのめんどくさいから今度のライブまで太郎君が持っててよ」

 

「じゃあ私のも洗濯しておいてくれる?」

 

「あっじゃあ私のも……」

 

 なにいってだこいつら。そんな事の為にデカいバッグを持って来た訳じゃ無いですよ!? と言うかバッグに入れるのは百歩譲って許すけど、ちゃんと持ち帰って洗濯は自分でやれ! 

 

 結局再び大通りへ戻って来る頃には俺のバッグは元々入っていたハイハットスタンドやキックペダルや椅子などの荷物の他に、全員分のパーカーとマスクのせいで膨れ上がってしまった。

 

「はぁ……とりあえず打ち上げ行きましょうよ打ち上げ! 俺行ってみたかったんですよ! ライブ終わりの打ち上げって奴! それに色々話し合わないといけませんし」

 

 小さくため息をついて、重くなった背中の荷物から気持ちを切り替えるように俺がそう言うと、ライブ終わりの打ち上げと言う言葉に大槻さんが露骨に反応した。

 

「打ち上げ!?」

 

「……どうしました? もしかして路上ライブで打ち上げって行かないモンなんですか?」

 

「いっいえ……! 行くわ! 行くのよね!? ライブ終わりの打ち上げ!?」

 

「あっはい……行きますよ? ひとりとも話してたんですけどカスト(ファミレス)とかでどうです?」

 

 何故か興奮気味の大槻さんに俺が若干困惑しながら路上ライブを始める前にひとりと話していたカストを提案すると、特に異論が出る事も無く決定した。廣井さんはちゃんとした酒がある居酒屋とかの方が良いのかも知れないが、それは俺達が成人する時まで待っていて欲しい。

 

 

 

 そうして打ち上げでカストに向かう事になり、俺達の渋谷路上ライブは一先ず幕を閉じたのである。




 次はカストでの打ち上げとか色々です。今回とくっつけて一話にしようかと思ったけど、なんか色々書く事ありそうな無さそうな感じだったんで分けます。



 UA、PV、評価、お気に入り、感想、ここすき、誤字脱字報告等ありがとうございます。

 私は毎回感想通知が来ると怖くてしばらく見れないんですが、忘れている事や気付く事が結構多いので、書く事があれば気軽に感想くれると嬉しいです。まあ自分で読んでてもこの話特に感想書く事ねぇな……とか思う事もあるんですが……
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。