ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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 えっ!! 未確認ライオット優勝バンドのリーダーが演奏技術的に一番下になるメンバーでライブの反省会を!? 出来らあっ!


021 戦いすんで日が暮れて

 渋谷での路上ライブを終えた俺達は、打ち上げの為に渋谷にあるカスト(ファミレス)へと訪れた。

 

 

 

 ひとりが渋谷と言う場所に酷く怯えていたので、別に新宿や下北沢にあるカストでもよかったのだが、場所を移動してからの打ち上げではどうにも渋谷で路上ライブをやった感(・・・・)が出ないので、そのままひとりを連行して渋谷での開催となった。

 

 渋谷の駅前にあるカストへ入り、廣井さんと大槻さん、俺とひとりで隣り合って席に座り、メニューを注文して飲み物が各自に行き渡ると廣井さんが率先して音頭を取った。

 

「じゃあみんな、路上ライブお疲れ~」

 

 そう言うや否や廣井さんは俺達の言葉を待つことなく豪快にジョッキを呷った。この人ただ単に早く酒が飲みたかっただけじゃないだろうな。

 

「大槻さん、今日はありがとうございました」

 

 今日は半ば無理矢理誘ったような形になってしまったので参加してくれた事に一先ずお礼を言うと、大槻さんは慌てた様な顔でこちらを見た。

 

「いっいえ……こっちこそ。私も姐さんと一緒に演奏出来て良かったし……」

 

「そう言えば大槻ちゃん、このバンドに入るかどうかって決まった?」

 

 廣井さんの言葉にそう言えばそんな事言ってたな、なんて思い出した。今回は参加してくれたが、確か何も得る物が無かったら抜けるって話だった筈だ。

 

 尋ねられた大槻さんは俺とひとりを見ながら腕を組んで考え込んでいる。ひとりはその刺すような視線におろおろしているが、そんなに緊張しなくても駄目なら駄目で仕方ないので気楽にしてていいぞ。

 

「どうです? 大槻さん。入ってくれたら引き出しが増えるのは保証出来ると思うし、SIDEROSにも迷惑はかけない様にするつもりですけど……」

 

 俺達も色んなジャンルの音楽を演奏して投稿動画を上げているので分かるが、今日もリクエストで色んなジャンルの曲を演奏したし、オリジナル曲も色んなジャンルが増えて行くだろうから技術としての引き出しは増えるだろう。そんな引き出しは要らんと言われたら終わりだが……

 

「……まあ今すぐに返事をしなくてもいいですけどね」

 

 そんなにすぐに決断しろと言われても困るだろうから、そう言って話を打ち切ろうかと思った時、大槻さんは顔を逸らして少し恥ずかしそうに呟いた。

 

「ま、まぁそうね……SIDEROSに支障がでないなら……姐さんもいるし……こんなにレベルが高いバンドもそうそう無いし……まあ……ちょっとやってみてもいいかもね……」

 

「「……おお~」」

 

 俺と廣井さんは大槻さんを見ながらその見事なツンデレ? に感嘆の声を漏らして、軽くハイタッチをした。そのままひとりにも右手を向けてやると、ひとりは少し驚いた後おずおずと遠慮がちに手を合わせて来た。

 

「それじゃあ大槻ちゃん! 同じバンドメンバーになったって事で、いつものアレやろうか?」

 

 俺達の行動から視線を逸らして不機嫌そうに恥ずかしがっていた大槻さんに、ジョッキを持った廣井さんが楽しそうに何事かを促していた。

 

「何ですか廣井さんアレって?」

 

「ほら、いつもSIDEROSでやってるらしいじゃん。ライブの反省会」

 

「うっ!!」

 

 俺が廣井さんに尋ねると、何やらバンドらしい行事の答えが返って来た。そんな廣井さんの言葉に大槻さんが胸を押さえて呻き声を上げた。

 

「へぇ~、やっぱりバンドってそういう事してるんですね。そう言えば結束バンドもやってたよな」

 

 俺がひとりの方を見て言うと、ひとりは肯定するように首を何度も縦に振った。

 

 反省会か……俺はライブ二回目なので改善点は沢山あるのだろう、正直聞くのが怖い。技術的な改善点は今までは自分の動画を自分で見返すか、ひとりから指摘されるくらいしか無かったので他人からの意見はちょっと興味がある。

 

「俺は何かありましたか? 反省点。人から改善点聞く事って無かったんですよね。昔はひとりが容赦ない駄目だしをしてきてキレそうになってたんですけど」

 

「えっええ!? だってあれは……太郎君が気付いた事言ってくれって言ってたから……」

 

 ひとりが慌てて言ってきた抗議の声に俺はカラカラと笑った。冗談だから大丈夫だ。しかし最近はあんまり指摘してくれなくなったので、そろそろドラムに関しては門外漢のひとりでは改善点が分からなくなって来たのかもしれない。そう言う意味ではバンド歴が長い大槻さんならバンドリーダーとしての視点からの改善点が期待できるかもしれない。

 

「えっ!? ……えっと……そうね……フィルがちょっと……モタついた……かも……」

 

 ちょっと怖いが尋ねてみると、何故か大槻さんはしどろもどろになりながら応えてくれた。

 

 確かに今日は即興って事もあってフィルインがモタついていたかもしれない。でも何でそんなにおっかなびっくり言ってるんだ? 

 

「じゃあじゃあ私は!」

 

「ええっ!? ……姐さんですか……!?」

 

 俺への駄目だしが終わってなんだかホッとした表情をしていた大槻さんへ廣井さんが楽しそうに聞くと、大槻さんは困った様な渋い顔で目を瞑った。この人、大槻さんが答えにくいの分かってて質問してるな……完全にパワハラだろこれ……

 

「太郎君達は大槻ちゃんに何か言いたい事あった?」

 

 流石に苦悶の表情で悩んでいる大槻さんに悪いと思ったのか、廣井さんは俺達に向かってそんな事を聞いて来たので、俺は少し考えてからひとりへと顔を向けた。

 

「なんかあったか? 俺は正直バンド組むの初めてだからよく分かんなかったが……」

 

「えっえっと……私も今日は自分の事で精一杯だったから……」

 

 俺達二人は顔を見合わせて今日のライブを振り返ってみたが、これといって特に思い当たらなかったと話していると、それを聞いていた大槻さんがテーブルに拳をぶつけながら声を上げた。

 

「あるでしょ! あったでしょ!? 私だけフィルに付いて行けてないとか、最後のメタル以外演奏の出来が甘かったとか、そもそも覚えてない曲があったとか、色々あったでしょーが!」

 

 曲を覚えていないのもメタル以外が甘いのもある意味仕方ないだろう。そもそも参加が決まってから時間があまりなかったし。フィルインに関してはむしろ打ち合わせ無しでついて来れる奴がおかしいので気にする必要は無い。

 

 と言うかそんだけ自己分析出来てたらもう俺達の助言とかいらんだろ。この人に必要なのは精神的休息なんじゃないだろうか……あんまり自分を追い詰めすぎるのも良くないですよ。

 

「まぁ大槻さんは自己分析出来てるみたいなので良いとして、ひとりはどうです? そう言えばひとりの評価はどうなりました? 最初の評価はあんな(・・・)感じでしたけど」

 

 俺が自分の反省点で荒れている大槻さんを宥めるように言うと大槻さんは神妙な顔でひとりを見た。急に自分が話題の中心になったひとりはあたふたと困ったように俺の方を見てきた。そんなひとりを見ながらしばらく難しい顔をしていた大槻さんはいよいよ不思議そうに呟いた。

 

「山田太郎に説明された時は冗談だと思ったけど……」

 

 大槻さんはそこまで言うと、一度言葉を区切ってから再び口を開いた。

 

「後藤ひとり。あなた……どうしてあのバンド(結束バンド)このバンド(Band of Bocchis)でそんなにも演奏が違うの?」

 

 大槻さんの言葉に俺と廣井さんもひとりを見た。確かに、人見知りだとは言うが結束バンドとBocchisでここまで変わるのは気になると言えば気になる現象だ。

 

 俺達に見つめられたひとりはまたあたふたと視線を彷徨わせると、困ったようにしばらく俯いたがやがて観念したのか恥ずかしそうに答えだした。

 

「あっあの……私、人見知りだからバンドだと上手く合わせられなくて……でも、太郎君は……太郎君とのバンドなら……」

 

 そこまで言うと、ひとりは左手で後頭部を撫でながらにへらと頬を緩めた。

 

「絶対にカバーしてくれるから、いくら迷惑かけても良いかなって思って……」

 

 おいこら、なんか良い話かと思ったらお前そんな事考えてたのかよ……俺の扱いが雑過ぎんだろ。いやまあそれで結果的に良い方に行ってるならいいけどさ……

 

「……つまり山田太郎相手なら失敗して迷惑をかけても問題ないから、逆にリラックスして普段通りの演奏が出来るって事……? よく本番は練習のように、と言うけどその極地って事なのかしら……?」

 

「ぼっちちゃんは太郎君を信頼(・・)してるんだねぇ~」

 

 まあ俺とひとりはマブダチだからな。しかし改めて他人からそんな風に言われるとなんだか気恥ずかしいので、ひとりの返答に真剣に理由を考えている大槻さんを放置して俺は話題を変える事にした。

 

「そう言えばsky's the limitの歌詞を今日改めてちゃんと聞いて思ったんだけど、これひとりが書いたんだよな? その割には結構前向きな歌詞じゃないか? 曲名だって限界は無い、とか無限の可能性ってやつだよな?」

 

 ひとりの事だから世の中への不平不満を歌詞にしているのかと思ったら、意外とそんな事なかった。勿論全く無い事はないのだが全体的に不満がありつつも前を向いている様な感じの歌だ。

 

 自分への追及が終わって安心したのか、隣でチビチビとコーラを飲んでいたひとりが何故か盛大に慌てだした。そんなひとりを見てから廣井さんに目を向けると、廣井さんは呆れた様な表情をしていた。

 

「あれ? なんか変な事言いました? 結束バンドの曲とは結構違うなって思ったんですけど……」

 

「そりゃあそうでしょ、Bocchisの曲なんだから。しかも曲名(sky's the limit)の元の言葉は、太郎君が私に言ったんじゃん」

 

 言ったか? そう言えば言った気もする。俺はたまに勢いだけで喋ってる事があるのであんまり細かい事は覚えていなかったりするのだ。じゃあ曲名はひとりや廣井さんの発案では無く俺の言葉から付いたのか。

 

「それにあの歌詞はぼっちちゃんが()……」

 

「あっああああああのっ……!! ちっ注文した料理が来たみたいですよ!!」

 

 俺の質問に答えてくれようとしていた廣井さんの言葉にひとりの突然の大声が被ってビックリしていると、確かに言葉通り店員が料理を運んで来た。

 

 しかしこいつが外でこんなに大きな声を出すとは思わなかった。家族には大きな声が出せるのでもしかしたらひとりは早くもこのバンドに馴染んできたのかも知れない。これも結束バンドの皆との日頃の交流の賜物だろうか……あっ、ひとりの成長に涙が出て来た……

 

 俺は涙を拭いながら店員から料理を受け取ると、改めて注文した料理を眺めてみた。これがひとりオススメのチーズ入りハンバーグか……中々美味そうだ。ひとりも同じものを頼んでいたが、もう少し女の子らしい物じゃなくても良かったのだろうか……なんてのはいらんお世話か。なんでも好きなモンを食えって言ったしな。飲み物にプラス百円してソフトクリームを足してクリームソーダとかもいいぞ。

 

 そんなアホな事を考えながらハンバーグを食べていると、廣井さんが思い出したように言った。

 

「そう言えば投げ銭ってどうなったの? 沢山入ってた?」

 

「あっそうでした。ちょっと待ってくださいね……」

 

 俺は自分のバッグを引き寄せると、中から投げ銭が入った袋を引っ張り出して廣井さんの前へと取り出した。

 

「これです。悪いんですけど廣井さん数えてくれませんか」

 

 この中で最年長という事と、酒ばかり飲んでいるのでテーブルにスペースがある廣井さんへ渡すと、廣井さんはそのまま袋を大槻さんの前までスライドさせた。

 

「ごめ~ん大槻ちゃん。お酒飲むのに忙しいから代わりに数えて」

 

「えぇ……? と言うか、一番の新入りの私にこんな大事な事任せていいんですか……?」

 

 呆れたように言いながら袋の中の投げ銭を数え始めた大槻さんは、最初こそ面倒そうにしていたが、しばらくすると段々と表情が固くなって行くのが分かった。

 

「あっあの……」

 

「あ、どうでした?」

 

 数を数え終えた大槻さんにハンバーグライスを食べながら聞いてみると、困ったように辺りをチラチラと見回した後で顔を前に突き出してきたので、何事かと思い俺達も同じように顔を突き出すと大槻さんは声を潜めて答えた。

 

「あの……三万ちょっとあるんだけど……」

 

「へぇ~、凄いですね。多いんですか?」

 

 凄そうだが、いまいちよく分かっていない俺が軽い気持ちで聞いてみると、大槻さんは困り顔で怒ったようにテーブルを叩いた。

 

「多いに決まってるでしょーが!! 路上ライブ三十分もやってないのよ!? 時給に換算したら六万よ六万!!」

 

 それはちょっと乱暴すぎる喩えじゃないだろうか。しかしSTARRYが時給千円くらいだからここから四人で割っても約七時間分に相当するのか……そう考えると凄い気がする。まあ普通の路上ライブってどれくらい投げ銭が入るか知らないのでまだよく分かってないが、大槻さんが声を荒げるって事は凄いんだろう。

 

「へぇ~ありがたいですね。ひとりに廣井さん、今日はそこから出すんでなんでも食べたいもの頼んでいいですよ!」

 

「ん? 今何でもって……」

 

「えっ、それは……(困惑)」

 

 廣井さんが酒のグラスを持って聞いて来たので俺は言葉を濁した。今日は休日だからハッピーな日じゃないんで酒はコスパが悪いんですよ。しかし廣井さんのMCあっての成果でもあるので煩い事は言いっこ無しか……

 

「……でもまぁ今日は許しましょう! ひとりも他に何か頼んでいいんだぞ。ポテトか? それとも唐揚げ頼むか? デザートもいいぞ!」

 

「ありがと~お父さん!」

 

 誰がお父さんだよ。保護者枠なら年齢的に廣井さんが母親役でしょうが……嫌だよこんな飲兵衛の母親……それ以外の要素は結構いい感じなんだけどな……

 

 廣井さんが酒の追加注文をして、ひとりがメニューを選んでいるのを見ながら俺は大槻さんに聞いて置くべき事があったのを思い出した。

 

「そう言えば路上ライブ終わった後で大槻さんBocchisのSNS作るとか言ってませんでした?」

 

「そうそう、大槻ちゃん実はあの時からこのバンド入るの決めてたんじゃないの~?」

 

 廣井さんに絡まれた大槻さんはまた顔を赤くしながら不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「別に……ただ、今の時代目立たないと直ぐに埋もれてしまうので、色んなサービスはどんどん利用した方がいいと思っただけです」

 

 廣井さんに頬をつつかれてウザ絡みされているが、大槻さんはやはり凄いな。俺達の様に楽器だけ勉強してきただけでは分からない知識を持っている。いわばバンドとしてのノウハウだ。演奏技術や楽曲の良さは当然の事ながら、SIDEROSが人気バンドになるだけの理由がこの辺にあるのだろう。

 

「その事なんですけど、Bocchisって俺以外みんなメインバンドが忙しくて全員集合する機会が少ないじゃないですか。だからオーチューブとかのネットの方を主体にするのも良いんじゃないかと思ったんですけど……」

 

 勿論みんなの都合が合えばライブハウスや路上でのライブもやりたい、と言う事も加えて話してみた。

 

 ぶっちゃけ俺は今まで一人でやってたのでこのメンバーで集まって演奏してるだけでも楽しいのだが、どうせ活動するならついでに楽曲配信してみたり、オーチューブに動画を上げたりするのも面白そうだと思ったのだ。目指せ再生数一億回。

 

 廣井さんはネットでの活動と言う言葉にいまいちピンと来ていないようだったが、大槻さんは真剣に悩み始めた。

 

 何やら一人でブツブツと言いながら考え事をしていた大槻さんは、熟考の末顔を上げた。

 

「いいんじゃないかしら? 確かにその方が時間の都合は付くし。箱や路上のライブをやるとしても、どのみちネット活動での知名度アップは必須だしね」

 

 そうして俺はBocchis公式のトゥイッターやイソスタやオーチューブのチャンネル等を大槻さん指示の元に作成したり、審査の通りやすい音楽配信サイトについての解説を受けたりした。しかしこういう有益そうな情報を聞いても良かったのだろうか……この人廣井さんがメンバーにいるからか、一番Bocchis入るの渋ってたのに一番やる気出してるな……

 

「それじゃあ早速今の打ち上げの写真でもトゥイッターに投稿してみたら?」

 

「えっ!? そんなの誰が見るんですか!?」

 

「だから! 私たちのファンが見るのよ!」

 

 俺が驚いて聞き返すと、大槻さんは聞き分けの無い子供を叱るように言ってきた。私たちのファンとか言われてもいまいちピンとこないのだが……作ったばかりだから当然フォロワーもゼロだし……

 

「えーっと……路上ライブ見てくれた人ありがとうございました。いま打ち上げ中です。っと」

 

 俺は大槻さんの指示でテーブルの上の料理の写真を撮って投稿してみた。トゥイッターフォロワー数一万人の大槻さん曰く、こういうのは日々の積み重ねが大事らしい。

 

「じゃあアカウントは共同にするんで、みんな勝手に何か投稿してください。あ、でも一応覆面バンドのていで行くんで、個人が特定できるような事は止めて下さいね」

 

 だから今すぐには大槻さんの個人アカウントはフォロー出来ませんよ。そう伝えると大槻さんはなんだか少し残念そうにしていた。

 

 ややこしい話が終わって一段落ついて皆食事に戻ったので、俺は前々から気になっていた事を聞いてみる事にした。

 

「そういえば大槻さんって歳いくつなんですか? 三年前から活動してるのは情報としては知ってるんですけど」

 

 聞けば俺達の一つ上、虹夏先輩達と同い年だと言う。という事は……十四歳くらいから活動してた……ってコト!? 通りでバンドマンとしての経験値が違う訳だ。その頃の俺達はまだ家で一人で一日六時間以上の練習をしているだけだったからな。

 

「でもそれじゃあ、大槻先輩……いやヨヨコ先輩って呼んだ方がいいですか?」

 

 虹夏先輩もリョウ先輩も名前で呼んでるしな、なんて思っていたら水を飲んでいた大槻さん――ヨヨコ先輩が俺の言葉を聞いて盛大に噴出した。

 

「うわ何なんですか!? 汚いですよ!?」

 

 ヨヨコ先輩の向かいに座っているひとりが急な出来事に驚いて狼狽えていたので、俺はおしぼりでテーブルを拭いてやっているとヨヨコ先輩は咽たせいなのか赤い顔と涙目でこちらを睨んできた。

 

「ゴホッ……ゴホッ……な、何なんですかはこっちの台詞よっ!? 何なのよ急に!?」

 

「えぇ……? そんなにおかしな事言いました?」

 

「そうだよ大槻ちゃん。大槻ちゃん自分のバンドメンバーにもそう呼ばれてるじゃん」

 

 ヨヨコ先輩の理不尽な物言いに俺が困惑していると廣井さんが助け舟を出してくれた。

 

 やっぱりそうなんじゃないか。ヨヨコ先輩も一応正式にメンバーになったのだから苗字呼びはどうかと思ったんだが……廣井さんはまぁね……ちょっと年齢が離れてるから……狐面付けた時はきくりさんって呼ぶから勘弁して。

 

「ひとりもヨヨコ先輩を名前で呼んでみたらどうだ? 確か虹夏先輩は虹夏ちゃんって呼んでるんだっけ? じゃあ、ヨヨ……コちゃんとかどうだ?」

 

 ヨヨちゃんってあだ名を提案しようとして踏みとどまった。サラマンダー……うっ頭が……

 

 しれっと俺がヨヨコ先輩呼びしている事か、それともヨヨコちゃん呼びに怒ったのかまた顔を赤くしてこちらを睨んでいる大槻さんにビビったひとりは、両手の平を胸の前に遠慮がちに掲げると怯えたような声を出した。

 

「いっいえ……私のようなミジンコが名前呼びなんて恐れ多いので……」

 

「そ、そっか……」

 

 まぁこういうのは本人の気持ちが大事だからこれ以上無理強いはすまい。その内お互い名前呼びが出来るくらい仲良くなってくれると嬉しいが。

 

「それよりヨヨコ先輩はずっと俺やひとりの事をフルネームで呼んでますけど、今後もそれで行くんですか?」

 

 割と気になっていた事を聞いてみると、痛い所を衝かれたようにヨヨコ先輩がたじろいだ。そんなヨヨコ先輩に廣井さんも口を出して来た。

 

「そうだよ~。大槻ちゃんSIDEROSのメンバーは名前で呼んでるんだから太郎君たちも名前で呼んであげたら?」

 

 流石に廣井さんに言われては無下に出来ないのか、腕を組んで目を瞑って苦悶の表情でひとしきり悩んだ後ヨヨコ先輩はゆっくりと口を開いた。

 

「…………た……太郎……」

 

「あっはい」

 

 目も合わさずに消え入りそうな声で呼ばれたので返事をしてみると、恥ずかしさを誤魔化すような渋い顔でこちらを見てきた。ヨヨコ先輩はそのままひとりへとチラリと視線を向けると、またそっぽを向いて口をもごもごさせた。

 

「…………ひ………………やっぱり無理! 後藤ひとりは後藤ひとり!」

 

 名前呼びをキャンセルされたひとりがショックを受けて項垂れていたので頭を撫でてやった。おーよしよし。

 

「なんで駄目なんですか……?」

 

 純粋に疑問に思ったので聞いてみると、ヨヨコ先輩は俺を睨んで声を荒げた。

 

「うるさい! 私の方が上だってハッキリさせるまでは後藤ひとりよ!」

 

 何だこの人……サ〇ヤ人の王子かなんかかよ……割と面倒、と言うか不器用な人だな。まあ切磋琢磨出来るなら今後いい関係が築けるのか? 

 

 その後も食事をしながら今日のライブや曲の感想、今後STARRYやFOLT等でライブが出来たら良いな、なんて話をして時間が経ち、そろそろお開きにしようかとなった所でヨヨコ先輩が投げ銭の入った袋を俺へと突き出した。

 

「ほら、こういう大事な物はリーダーであるあなたが持ってなさいよ」

 

「あっすみません。それじゃあここの会計を差し引いて……四等分しますね」

 

 ヨヨコ先輩から袋を受け取った俺がそんな事を言うと、一同が無言で顔を見合わせて、しばらくして廣井さんが代表して答えた。

 

「まぁバンド運営資金として太郎君が持ってればいいんじゃない?」

 

 そういう事になった。

 

 会計を終えてファミレスを出ると、まだ渋谷で探し物があった俺はひとりを逃がさない様に腕を組んで捕まえると廣井さん達を誘ってみた。

 

「すみません、ちょっと買いたい物があるんですけど廣井さん達まだ大丈夫ですか?」

 

「何なに? 何買うの?」

 

「実は店長……星歌さんがもうすぐ誕生日らしくて。お世話になってるんでなんか……ぬいぐるみが好きらしいんで、そう言うの買おうかと思ってるんですけど」

 

 こういうのは同じ女性に選んで貰った方が良いと思ったので同行をお願いしたのだ。ぬいぐるみ好きと言う情報は虹夏先輩からリサーチ済みだ。

 

「えー! 先輩ぬいぐるみ好きなの!? もうすぐ三十歳でしょやべー!!」

 

「……ソレ廣井さんが言ってるのバレたらぶっ〇されますよ……」

 

 シャワーを借りたりなんやかんやお世話になってる事を思い出したのか、危機感を抱いたがお金が無い廣井さんが泣いてお願いしてきたので、プレゼントはBocchisの連名という事になり費用は先程の投げ銭から出す事になった。

 

 それから日曜の渋谷を機材を持ってひとりを引っ張りながら練り歩くという地獄みたいな事をしながらなんとかクマのぬいぐるみ(最初は百センチ超えのデカい奴を提案したが全員に却下された。邪魔だし捨てる時に困るからだ。付き添いを頼んでマジで良かった)を購入した俺達は再び渋谷駅まで戻って来た。

 

「それじゃあ廣井さん、ヨヨコ先輩。今日はありがとうございました。気を付けて帰って下さいね」

 

「あっ今日はありがとうございました」

 

「じゃーねー太郎君、ぼっちちゃん。またライブやろーねー」

 

「……じゃあ、また」

 

 新宿方面へ向かう廣井さんとヨヨコ先輩とは渋谷でお別れなので、パーカーとマスクを押し付けるように返して電車に乗ると俺は大きく息を吐いた。

 

「はぁ~~……なんとか終わったな。ひとりもお疲れさん」

 

「うっうん。太郎君もお疲れさま」

 

 本当だよ。お前渋谷でほとんど歩いてないだろ……ずっと引っ張ってた記憶しかねぇよ……まあいい、もう済んだ事だしひとりが人混みが嫌いなの知ってて連れまわしたのは俺だからな。

 

 今日の話をしながら品川で乗り換えると、運よく機材を持っていても邪魔になりにくい端の方の席に二人して座る事が出来たので、神奈川までなんとかゆっくり出来そうで安心しているとひとりが酷く失礼な事を言ってきた。

 

「そういえばちょっと思ったんだけど……太郎君太った?」

 

「ふざけんなバカお前。太ったんじゃなくて鍛えてるんだよ。いや、そう言う意味では太ったってのも間違ってないのか? 夏休みの江の島で己の非力さを痛感して……って」

 

 そこまで言って俺は驚いてひとりを見た。突然自分の事を見つめて来た俺に驚いたのかひとりは不思議そうにこちらを見ている。

 

 こいつ……よく気付いたな。江の島に行ったのが八月の終わりなので、まだ鍛え始めて三か月経ってない筈だからあんまり変わってないと思うんだけど……

 

 何も言わない俺に不安になったのか恐る恐る何事か尋ねて来たひとりに驚いた理由を伝えると、ひとりは相好(そうごう)を崩しながら答えた。

 

「そっそりゃあもう十年も一緒にいるからね。太郎君の事はちょちょいのちょいだよ」

 

 ちょちょいのちょいってなんだよ……でもそうか。俺ばかりがひとりを見ていると思っていたが、なるほど意外とこいつも俺の事を見ているらしい。道理でフィルインを被せてこれる訳だ……えっじゃあ廣井さんは何なんだ……? 怖……

 

 それから目的の駅に着くまでの間暇だったので、俺はひとりに購入したダイヤル式可変ダンベルの話やここ最近覚えた筋トレ談義なんぞしてやることにした。

 

「……それで思ったんだよ。良くマッチョな陽キャっているだろ? でも彼らは相応の努力をしてあの体を手に入れたんだよ、だから――」

 

 話の途中で不意に肩に重さを感じて顔を向けると、ひとりが俺の肩に寄りかかって眠っていた。今日一日ずっと気を張っていたのが緩んだのだろうか、それとも俺の話がどうしようもなくつまらなかったのか……いや多分緊張の糸が切れたのだろう。そうに違いない。うん間違いない。

 

 俺はひとりを起こさない様にそのまま静かに座席の背もたれに体を預けて、目的地の駅まで大人しくしている事にした。

 

 結局肩にもたれかかったまま目的の駅に着くまで一度も起きる事が無かったひとりを降車駅で起こしてやって、そのまま家まで送ってから自分も自宅へと帰り、これでようやっと長かった路上ライブの一日が終わりを告げたのだった。

 

 その後路上ライブを見た人だろうか? ぽつぽつとBocchisのトゥイッターがフォローされたりもしたが特に大きく変わった事も無く過ごし、路上ライブから約二週間後、廣井さんから一通の連絡がスマホに届いた。

 

 

 

 

 

『十二月二十四日に新宿FOLTでSICKHACKのワンマンライブをやるんだけど、前座で出る予定だったバンドが出られなくなったからSIDEROSと結束バンドとBocchisでゲスト出演してみない?』




 遂にヨヨコ先輩が入ってメンバーが揃ったので、やっとバンドとして話に絡んで行けるようになりました。ここまで読んで来てくれた人達には感謝しかありません。本当にありがとうございます。


 ひとりちゃんが性格悪いと誤解されそうなのでBocchisだと演奏が上手い理由の一応の補足なんですが、下手くそな演奏をした時は勿論の事、もしギターヒーローモードになった時、現時点の結束バンドだと崩壊して迷惑かけるけど、Bocchisなら少なくとも主人公だけは絶対に付いてきてカバーしてくれるから無理に抑える必要が無くてリラックスして演奏出来る、みたいな感じです。
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