今回想像以上に書く事多くて一万七千字です。時間のある時にでも読んでください。
「……これ……ドラムヒーローさんだ……」
喜多さんから紹介された今流行の演奏動画である俺達の路上ライブ動画を何度も見返していた虹夏先輩がポツリと言い放った言葉に俺とひとりが息を呑んだ。
マジか……こんなスネアとバスドラとハイハットしかない路上の演奏で分かるものなのか? い、いやまて……いったんおちおち……おちおっ落ち着くんだ……
俺が密かに驚愕していると、同じく虹夏先輩の様子に驚いている喜多さんが遠慮がちに声をかけた。
「あの……伊地知先輩。ドラムヒーローって……」
「あれ!? 喜多ちゃんもしかしてまだ見てないの!? もーちゃんと見てよー! 前に太郎君の家に行った時に説明したじゃーん!」
「あっはい。ごめんなさい……」
興奮しているのか頬を赤くして上機嫌な様子の虹夏先輩に喜多さんが若干怯んでいるようだった。俺は助けを求めるように辺りを見回すと、珍しい事にリョウ先輩が一歩引いたような位置に立っていたのでさりげなく近づくと小声で尋ねてみた。
「あの……虹夏先輩ちょっと様子がおかしくないですか?」
リョウ先輩は一度俺へチラリと視線を向けてから再び虹夏先輩へと視線を戻すと、淡々と話し始めた。
「虹夏は昔から年齢が近いギターヒーローさん……つまりぼっちと、それ以上に同じ楽器と言う共通点からか取り分けドラムヒーローさんに憧れてた。だから多分今の虹夏はドラムヒーローさんの演奏が生で聞ける可能性が出来た事に興奮してるんだと思う……」
はえーそうなんですね……って怖ぇよ……そんなんであんなになっちゃうの?
虹夏先輩は喜多さんに絡むのを止めて再びスマホの画面に視線を戻すと、上機嫌のまま笑顔で画面を操作しながらブツブツと独り言を呟き始めた。
「そっかぁ……ドラムヒーローさんもバンド組んでるんだ……なになに……顔を隠した有名人……? ……分かってないなぁ、この人な訳ないじゃん……」
どうやら
「えーっと他には……はぁ? 実は俺がこのドラムですぅ!? 違うんだよねぇ……ドラムヒーローさんはそんな事言わない……」
さっきから何だこの人!? 一体俺の何を知ってんだよ……後方腕組なに
『はぁ? 太郎君がドラムヒーローさん? 無いない。ドラムヒーローさんはもっとイケメンで高身長で年上のステキな大人の男性なんだよ!』
う~ん……? 少し想像してみたが、虹夏先輩を下北沢の天使とか言ってる奴に聞かせたらぶん殴られそうだな……
「ねぇ! 太郎君もドラムヒーローさんのファンだったよね!? それなら分かるでしょ!」
俺がしょうもない想像をしていると虹夏先輩から声がかかった。どうやら
もう帰りたいからそろそろ元に戻って欲しいんだが……こういう時は
「……いやでもこいつフィルの入りがちょっとモタついてません?」
ヨヨコ先輩から貰ったアドバイスをパクって違いが分かる奴感を出してドヤると、虹夏先輩は普段からは想像も出来ない様な荒い声を上げた。
「はぁー!? 太郎君ドラマーでドラムヒーローさんのファンの割に全然分かってなくない!?」
俺が
「いやいや! メッチャ分かってますよ! 虹夏先輩こそちょっとジャッジ甘くないですか!? フィルモタついてるし、ほらこの三曲目とかもっと上手いアレンジありますよ!」
ちょっと精神的に押され気味だと思った俺は、しかしなおも反論してみた。今にして思えばヨヨコ先輩が曲を知らなかった三曲目ももう少しやりようがあったと思えて来る。
「何言ってんの!? このフィルこそドラムヒーロー節なんじゃん! それにギター二人がこのアレンジなんだからこの曲はこれでいいの!」
俺の意見に全く譲る気の無い虹夏先輩とお互い肩をぶつけながら小さなスマホの画面に映った動画にあれやこれやと言い争っていると、おずおずとひとりが口を挟んできた。
「あっあの……二人とも……」
「ひとり! お前なら分かるだろ!?
「えっ!?」
俺はひとりを抱き込む事にした。ひとりはあの場にいたし、打ち上げでの反省会も聞いているのでこれ以上ない援護が期待できる。さあお前のいつもの辛辣な言葉で虹夏先輩の目を覚ましてやってくれ!
急に俺に同意を求められたひとりがあたふたと俺と虹夏先輩を交互に見ながらまごついていると、それを見かねたのか虹夏先輩が対抗するように声を上げた。
「ちょっと太郎君! いくら幼馴染だからって無理矢理同意させないでよ! それにぼっちちゃんなら分かるよね!? 同じヒーローだもん! ドラムヒーローさんは凄い人だよね!?」
「あっはい。
いや早ぇーよ。即答かよ。俺の時は悩んでたのになんで虹夏先輩の時は即答すんだよ……これが同じバンドを組んでいる者の絆って奴か……ひとり……いい先輩を持ったな……って俺達も同じバンドじゃねーかどうなってんのこれぇ……あと俺の名前言いかけただろ? 以後気を付けるように。
だがひとりの言葉を聞いた俺は膝から崩れ落ちた。そんな俺を尻目に虹夏先輩は頼もしい味方であるひとりの手を取ってはしゃいでいたので、俺はもはや何で争っていたのか分からない様な敗北感に悔しさを滲ませながらジト目で睨んでおいた。
俺の視線に気付いたのか嬉しそうにしていた虹夏先輩がこちらを見てドヤ顔を浮かべて来た。そうしてお互いジト目とドヤ顔で威嚇し合っていると……突然虹夏先輩がこらえきれない様に噴き出した。
「……ぷっ……あはははは!」
突然の笑い声に俺とひとり、更には遠巻きに眺めていたリョウ先輩や喜多さんまでもが驚いて呆けた表情をしていると、虹夏先輩は余程おかしかったのかしばらく楽しそうに笑った後で目じりに浮かべた涙を指で拭き取りながら口を開いた。
「はー……ごめんごめん。あー楽しかった。いやー、あたし、ドラムやドラムヒーローさんの話でこんなに盛り上がったの初めてだよ! 太郎君なら分かると思うけど、ドラムって色んな理由でやってる人少ないからさ! リョウもあんまり興味無さそうだったし」
虹夏先輩が崩れ落ちていた俺に近づいてきて手を差し伸べて来たので、俺はその手を取ってゆっくりと立ち上がると、虹夏先輩はまた楽しそうにはにかんだ。
「だから! 数少ないドラム仲間として、また一緒にドラムの話とかドラムヒーローさんの話しようね! たろ~くん!」
全く……誰だよこの人を下北沢の天使なんて言った奴は出てこいよ! どう考えても小悪魔とかそっちだろ! もし虹夏先輩を落としたいならドラムを始めるといいぞ!
俺は虹夏先輩のその悪戯っ子の様な笑顔に対して困ったような笑みを返した。
「……分かりました……でもそいつのフィルは絶対改善点ありますから」
なにせ反省会でヨヨコ先輩から言われたからな。きっと間違いない。
この期に及んでまだ折れない俺に、虹夏先輩は再び挑戦的な笑みを見せると呆れた様な表情で腕を組みながら楽しそうに言った。
「はぁ~全く……仕方ないなぁ。これは今度のライブが終わったら太郎君には同じファンとして、ドラムヒーローさんの事をじっくり教えてあげる必要があるみたいだね」
「……そっすね。それじゃあライブが終わったらじっくり聞かせて貰いますよ。
観念した俺が肩を竦めながら言うと、その言葉に満足したのか虹夏先輩は結束バンドのメンバーへと向き直った。
「それじゃあみんな、ライブまであと二週間だけど頑張って行こー!」
「はい! 頑張りましょう!」
虹夏先輩が気合を入れるように右手を上げると、ひとりやリョウ先輩は頷き、喜多さんが同意するように声を上げた。
それからようやっと帰りの支度を終えた俺とひとりは、二人でSTARRYを出て帰途に就いた。
「あっあの……太郎君、ありがとう」
「? どうした?」
駅まで向かう途中の帰り道で突然お礼を言ってきたひとりに驚いて顔を向けると、ひとりもこちらを見ながら言葉を続けた。
「虹夏ちゃん、大槻さんが帰ってからもなんだか緊張してたみたいだから……」
他人の感情の機微に聡いひとりが言うのだから、多分そうだったのだろう。あんなバカみたいな会話で少しでも気分が晴れたのならやった甲斐があったというものだ。
「あっでもどうするの? ドラムヒーローの事……」
「……まあ大丈夫だろ。お前がギターヒーローだってバレた時もそんな大事にはならなかったんだし、俺は結束バンドのメンバーじゃないしな」
心配そうに聞いて来るひとりを安心させるように俺はあっけらかんと言い放った。
その時はその時だし、それに案外バレない可能性もあるんじゃないだろうか? ほら生で聞いたら意外と大したこと無かったとかあるかもしれないし。
しかし
家へ帰ると今日中に連絡するとの宣言通り夜には廣井さんから連絡が着て、そこには新曲の各楽器のスコアが添えられていた。その連絡をひとりとヨヨコ先輩に送ったのだが、ヨヨコ先輩も正式に加入したのでいい加減Bocchis専用のロイングループを作った方が良いのかも知れない。
そうして俺はBocchisのトゥイッターで二十四日にFOLTでゲスト出演する事を投稿すると、それから二週間、少なくとも一番暇でバンドの要である俺だけは完璧に演奏出来るように新曲を練習したのだった。
迎えた十二月二十四日。ひとりがメンバーと合流する為に一旦STARRYへと向かうのに同行している俺はガチガチに緊張していた。
「おっおはようございます」
「あっぼっちちゃんと太郎君来た……って太郎君どうしたの!? ギターなんか背負って!?」
そうなのだ、ひとりがどうしてもBocchisでは昔のギターで演奏したいという理由から、俺は今、ひとりのクソ高いギターを背負って、更には前もって
少し前まではギターを背負っているのは恰好良くていいな、なんて思っていたが正直今は気が気でない。なにせ背中には五十万が背負われているのだ。いくらハードケースに入っているからと言っても、振り向く時や扉を潜る時なんかは非常に気を遣っていて心休まる時が無い。ひとりは良くこんなモンを背負ってあちこちウロウロ出来るものだと感心してしまう。と言うかこいつ昔これを俺にぶつけてなかったか?
余談だが朝迎えに行ってひとりから旧ギターが入ったケースを渡されて背負うと、普段の意趣返しなのかひとりは珍しく俺の写真なんぞを撮っていた。
「文化祭で機材トラブルがあったでしょう? その対策みたいなもんですよ。ハハハ……」
「へぇ~。なんだかこうしてみると山田君もバンドマンって感じがするわね!」
いや俺も一応ドラマーなんでバンドマンなんですよ……なんて言うのはやめておく。楽しそうにギターを背負った俺の写真を撮っている喜多さんをスルーしながら、今更やらんでもいいような言い訳を並べて結束バンドと合流すると五人でFOLTへと向かった。
「おはようございまーす」
「あっ待ってたよ~みんな~」
FOLTに着くと廣井さんに出迎えられた。当たり前だがここが拠点のSICKHACKとSIDEROSは既に集合しており、ホームな為もあってか割とリラックスしたように各々過ごしている。
俺達が到着した事でSICKHACKやSIDEROSメンバーとの挨拶もそこそこに早速リハーサルが行われる事になった。
今日の演奏順は結束バンドからスタートして、SIDEROS、
何故Bocchisがこんな後ろの方なのかと疑問に思ったが、恐らくこれは廣井さんやヨヨコ先輩の気遣いで、ひとりが連続出演にならないように計らってくれたのだと思う。結束バンドとBocchisを入れ替えてもいいと思うのだが、その辺りは何か考えがあるのだろう。
リハーサルは順リハ、つまり実際に演奏する順番で行うようで、早速結束バンドは機材のセッティングの為に駆り出されていった。
俺は楽屋に荷物を置くと、ひとり達のリハーサルを見ようと思い観客席へと足を向けた。
「ちわっすヨヨコ先輩。調子はどうです?」
俺と同じような理由なのか、難しい顔をしながらエナジードリンク片手にステージを見ながら観客席で佇んでいたヨヨコ先輩を見つけたので声をかけてみると、ステージではひとりが段ボールで出来たロボットの様な着ぐるみ? を虹夏先輩達に脱がされている所だった。
「……あの人達っていつもあんな感じなの?」
「えっ!? いや……今日はちょっと緊張してるのかも……はは……」
なんとなく言葉に怒気が含まれている様な感じがして俺は咄嗟に誤魔化したが、その後もヨヨコ先輩は真剣な表情で確かめるように演奏する結束バンドを見つめ続けていた。
結束バンドが引っ込んでしばらくすると、入れ替わるようにSIDEROSがステージでリハーサルを始めて、結束バンドのメンバーが客席へと姿を見せた。先程のヨヨコ先輩や俺のように他のバンドのリハーサルを見に来たのだろう。
俺の傍に寄って来た結束バンドのメンバーは、しかし誰も言葉を発すること無くそのまま全員真剣な表情でSIDEROSのリハーサルの様子を見ているようだった。
しばらくSIDEROSのリハーサルを見ていてそろそろ出番が近い事を感じ取った俺は、結束バンドのメンバーと共にステージを見ているひとりに近づくと静かに声をかけた。
「ひとり、俺はそろそろリハーサルの準備に行くけどお前はどうする?」
「えっあっ……わっ私も行く」
ひとりの言葉を聞いた俺は虹夏先輩に一言伝えて、リハーサルの準備へ向かう事にした。
楽屋へ行くと
「いや~遂に来たね~。箱でのBocchis初ライブ! 私、楽しみで昨日は沢山お酒飲んじゃったよ~」
「それはイカんでしょ……大丈夫なんでしょうね今日のライブ? 初ライブで粗相をするのは勘弁してくださいよ? 覆面しててもただでさえ一番にバレそうなんですから……」
不安になった俺とひとりに見つめられながら廣井さんは上機嫌に返事をすると、リハーサルが終わったのかSIDEROSのメンバーが戻って来た。
そのままお互い軽く挨拶を交わすと、SIDEROSのメンバーはヨヨコ先輩を残してそのまま全員が楽屋を出ていった。
「お疲れ様ですヨヨコ先輩。連続ですけど大丈夫ですか?」
「リハなんだから当然でしょ。それよりも次のリハで覆面はどうするの?」
ヨヨコ先輩に尋ねられたが、俺は特に悩みもせずにすぐさま言葉を返した。
「無くてもいいんじゃないですか?」
「えっ!? でっでもマスクが無いと太郎君……」
俺の言葉に驚いて心配そうな声をかけて来るひとりの正面に向き直ると、俺は両手でひとりの両肩を掴んで凄んで見せた。
「ひとり……マスクなんて被ってリハーサルなんかしたら、その時点で完全にバレるだろ……だけど俺はまだ信じているんだよ……なんやかんやあって本番でマスクをしても正体がバレない事を……!」
「そっそれは多分もう無理じゃないかな……」
ひとりの冷静な正論が俺をぶん殴る。でもまだ分かんないじゃん! その時不思議な事が起こってバレないかもしれないじゃん! 俺は最後まで諦めないからな!!
俺が馬鹿みたいな
ステージへ着くと結束バンドのメンバーやSIDEROSのメンバーのみならず、志麻さんとイライザさんのSICKHACKメンバーまでがBocchisのリハーサルを見に来ている。
おいやめろ! そんなに俺の様な新人をイジメて楽しいのかよ! 特に志麻さんとイライザさんはずっといなかったのに何でこんな時ばっかり見に来てるんだよ!
しかしここまで来てはもう逃げ場は無いので大人しくセッティングをして、指示に従って音を返していた。
最後に全体の音出しを指示されたので俺はメンバーに声をかけた。
「それじゃあやっぱりぶっつけ本番は怖いんで、新曲のサビだけやりましょう。みんながどれ位仕上げて来たのか楽しみですし」
俺が笑顔で試すようにそう言うと、三人はそれぞれ表情を変えた。
楽しそうな表情の廣井さん、緊張した表情を見せるひとり、真剣に覚悟を決めた表情のヨヨコ先輩、それぞれの顔を見ながら俺はドラムスティックでカウントを開始した。
SICKHACKまでの全てのリハーサルが滞りなく終わると、俺達一同は楽屋にて本番を待つことになった……んだが……正直俺の居心地は最悪だった。
ちなみにドラムヒーローについては
では何が最悪かというと、まず楽屋に男が俺一人という事だ。結束バンド四名、SIDEROS四名、SICKHACK三名(今は何処かに行っていないが)の中に俺が加わって女性十一人に囲まれるのは控えめに言って地獄だ。
さらに酷いのは俺にはバンドメンバーが居ない事だ。いや正確にはいるのだが、これも先ほどのメンバーからの寄せ集めなので実質俺一人みたいなモンだ。
これだけならまだ結束バンドのメンバーにくっついていれば良いのだが、極めつけは先程のリハーサルで結束バンドのメンバーがSICKHACKとSIDEROSの演奏に気圧された事と、俺がそこそこ上手い事がバレた事だ。ドラムヒーローバレ程ではないが、明らかに虹夏先輩がこいつ何者? と言った感じで遠巻きに眺めている。
そして不幸にも俺と同じような空気を味わっているのがひとりだ。こいつは俺がいるために路上ライブの時と同じ様にリラックスしていたのか、普段の結束バンドとの演奏よりも上手い演奏をしてしまった為に、虹夏先輩達からの追及を逃れる為なのか俺の左隣にぴったりとくっついて無の表情で座っている。
正直自分の事は割とどうでもいいが、ひとりにこの空気を吸わせるのはちょっと申し訳なかったのでどうにか打開策を考えていると、突如俺の脳裏に電流が走り、髭面のイギリス人貴族のおっさんの顔が浮かんで来た。
『なに太郎? 虹夏先輩にドラムヒーローがバレそう? 太郎、それは無理矢理隠そうとするからだよ。逆に考えるんだ、『バレちゃってもいいさ』と考えるんだ』
なるほど、確かにその通りかもしれない。俺は髭面のおっさんの助言に従い自分から打って出る事にした。
「虹夏先輩! どうでしたか俺のドラムは? これはもうドラムヒーローを軽く超えてるんじゃないですかね!?」
どうだ、こういうのは隠そうとするから駄目なのだ。むしろ自分から積極的に乗っかっていくのが良いのだ。そうするとほら――
「え? ……えっと……そ、それは無いんじゃないかなー!? あはは……いやーそれにしても、もしかして太郎君かなり上手いんじゃない? まあドラムヒーローさん程じゃないけど!」
突然俺に話を振られた虹夏先輩は驚いて最初言葉を詰まらせたが、俺が冗談を言って空気を変えようとしているのを悟ったのか、それに乗っかるように大げさな反応で返してくれた。
どうだ明るくなっただろう(空気が)。見ればこの死中に活を求めるように飛び込んだ俺の作戦がバッチリと嵌った事に、ひとりが尊敬の眼差しを向けて来ている。任せろ、このままお前の誤解(別に誤解ではない)も解いてやるからな。
「そっそういえば……山田君も上手? でしたけど、ひとりちゃんもなんだかいつもと違いましたよね……」
虹夏先輩に乗っかるように喜多さんも恐る恐る伺うように訊ねて来た。ほぉー……ええやん! まさに理想的な展開だ。そのままの勢いで俺はひとりが上手く演奏出来る適当な理由をでっち上げる事にした。
「いやあ実はですね、ひとりは元々地力はあるでしょう? だから廣井さんに引っ張られてるみたいなんですよ」
完璧な言い訳だ。特に理由が廣井さんってのがまた良い。あの人なら虹夏先輩達にとっては他所のバンドだし、なるほど確かにと思えるだけの人柄や実力を備えているからな。
実際虹夏先輩達はなんとなく納得してるし、何とか
虹夏先輩達の疑問が一応解けた為か少し場の空気が明るくなりかけたが、今までのやり取りを真顔で見つめながらも一言も発さずに、じっと結束バンドを睨んでいるようなヨヨコ先輩のせいでどうにも場の空気を重く感じていると、SIDEROSのメンバーが気遣うように虹夏先輩に声をかけた。
「そんな心配しなくて大丈夫っすよ~。自分らがどんなライブしようが最後には滅茶苦茶になるんで」
この黒マスクの少女、安心させようとしているのだろうが中々に怖い事を言ってくれる。
リハーサル前はバタバタしていてちゃんと挨拶をしていなかったと言う事で、SIDEROSのメンバーが自己紹介をしてくれる事になった。
黒マスクをつけているのがドラムの
そうして虹夏先輩と一通り話が終わると長谷川さんが俺へと視線を向けた。
「それで……この人がヨヨコ先輩が今掛け持ちで組んでて……自分の前任になる
話題に出たついでに俺もせっかくだから自己紹介を返しておこうと思い、おもむろに長谷川さん達に向き直った。
「ウッス。山田太郎です! 右投げ左打「こいつは山田太郎。前に言ってたSIDEROSの試験を受けたドラマーよ」……あっはい……よろしくお願いします……」
今まで全く喋らなかったヨヨコ先輩が俺の自己紹介を遮って代わりに紹介してくれた。なんで自分のメンバーは紹介してくれないのに久々の俺の渾身のネタを潰すんですか……
長谷川さんとヨヨコ先輩の言葉を聞いて疑問を持ったのか虹夏先輩が訊ねて来た。
「えっ? 前任とか試験を受けたって……」
「自分も詳細は聞いてないっすけど、ヨヨコ先輩が言うには山田さんは自分が入る前にSIDEROSを受けて先輩が落としたらしいっす」
長谷川さんの言葉を聞いて虹夏先輩が俺を見て来た。やばいな……また面倒な絡まれ方をされそうな気がする。ここで「なんで落ちたんすか?」とか聞かれたら面倒なので、俺は先手を打つことにした。
「いや、それにしても良かったですねヨヨコ先輩。無事にメンバー揃ったんですね」
前に聞いた時はヨヨコ先輩の剛腕でメンバーをクビにしまくっていると言う話だったので、他人事ながらちょっと心配していたのだが無事メンバーが揃ったようでなによりだった。
「あっ……それ私も気になってた。メンバーの入れ替わり激しいって聞いてたから、もっと殺伐としてるのかと思ってたんだけど……」
「あ~それは……」
「結束バンド」
俺の素晴らしい話題転換に乗って来た虹夏先輩が口にした疑問に長谷川さんが答えようとした瞬間、ヨヨコ先輩がピシャリと言い放った。
「ゲストだからってSIDEROSと同じ土俵に立ったと思わない方がいい。言っておくけど、私のトゥイッターフォロワー数は一万人だから」
「突然急カーブして謎のマウントとってきた!!」
「っていうかなんでこのタイミングでマウントとったんですか!?」
突然の謎マウント発言に虹夏先輩と俺が叫ぶと、ヨヨコ先輩はバツが悪そうに言い訳をしてきた。
「う、うるさいわねっ……そのくらい人を惹きつけてるって事! 幕張イベントホールと同じ!」
なんなんだこの人。なぜ今マウントを取る必要が……しかも演奏技術的な事では無くトゥイッターのフォロワー数なんだ……
俺がヨヨコ先輩の発言に若干混乱していると、黙って聞いていた喜多さんが遠慮がちにスマホを掲げて話に入って来た。
「私も……イソスタなら最近人気投稿に入ったみたいで一万五千人いるんですけど……」
「なっ!?」
「喜多ちゃん武道館じゃん!!」
なんだその美味しい棒状の駄菓子何個分とか牛丼何杯分とか東京ドーム何個分みたいな謎単位の会話は……って言うか喜多さん、そのイソスタにまさか俺は写っていないでしょうね? しかしそういう事なら俺が格の違いって奴を見せてやろう。
不毛なマウント合戦をしている皆に俺は自分のスマホを取り出して宣言した。
「ふふふ……聞いて下さい!
いやなんで皆そんな悲しそうな目で見て来るんですか……最近二人増えたんですよ!? 二割増しですよ! そしてこのうち十人のファンは名前を間違えずにフォローしてくれた人達ですよ! いわば一騎当千の精鋭たち。だから実質一万二人と言えるんじゃないだろうか? ってそれでも喜多さんに負けてるじゃねーか……陽キャ凄スギィ!
「……そんな事よりっ! バンドマンなら演奏技術で勝負しなきゃだめでしょーが!」
「そんな事より!? 自分から言い始めたんじゃないですか!!」
俺が自身の渾身のフォロワーがそんな事扱いされた事にショックを受けていると、長谷川さんはこんな感じでコミュニケーションが下手くそだからヨヨコ先輩は人間関係が上手くいかないと虹夏先輩に説明していた。
「うちの先輩が迷惑かけてほんとすみません」
「でもいい感じに皆リラックスできたんじゃないですかぁ」
長谷川さんと内田さんが場を和ませるようにそう言って来ると、虹夏先輩はSIDEROSメンバーのその落ち着きっぷりに感心していた。
確かに凄い落ち着きっぷりだ、これが三年も前からFOLTで活動しているリーダーを有するバンドの余裕って奴だろうか。しかしなんだか内田さんさっきからずっと俺との距離遠くないですか?
「いや~自分たちも毎回緊張してますよ。でも自分達よりあがってる人みると冷静になってくるんですよね」
「ははは、わたし達のこと?」
「いや」
自分達よりもあがっている人、と聞いてまさに自分たちの事だと思った虹夏先輩が恥ずかしそうに言うと、それをきっぱりと否定した長谷川さんと内田さんはヨヨコ先輩へと視線を送った。
「毎回先輩が緊張で三日くらい寝てこないんすよ」
そう言われてみるとヨヨコ先輩は目が半開きでエナジードリンクを片時も手放してない。そう言えば廣井さんは緊張から逃れる為に酒を飲み始めたらしいし、ヨヨコ先輩はエナドリを飲んでいる……って二人揃ってやばいでしょ……アルコールもそうだけど、カフェインの摂りすぎもまずいですよ! そんなとこ真似しなくてもいいんですよヨヨコ先輩!
「騒いだら頭痛くなってきた……」
そう言ってふらりと長椅子に横になったヨヨコ先輩は、何故か座っている俺の太ももに頭を乗せて来た。
「ちょっと!? 俺の足は枕じゃないですよ!」
「うるさいわね……ちょっと静かにして頂戴……」
えぇ……? なんで俺が病人相手に騒いでる空気読めない奴みたいになってるんですか……おかしいでしょ……
人気バンドの大槻さんでもそんなに緊張するんだねなんて聞いて来た虹夏先輩に、ヨヨコ先輩がなんか御大層な事言っているけど全然頭に入ってこねぇよ……そんでもって何でみんなこの状況をスルーしてるんだよ、誰か何か言う事あるでしょ? だからひとりも俺とヨヨコ先輩の顔を交互に見てないで言いたい事があったら言っていいんだぞ。
ヨヨコ先輩は枕にしていた俺の足から上半身だけ起き上がると、未だ緊張が完全に解けていない結束バンドメンバーへツンデレ特有の分かりにくい激励をしていた。その言葉の内容から今までは結束バンドの実力不足に苛立っているのかと思っていたが、一応実力やその努力は認めているようだった。
「まあ、私に追いつきたいなら一日六時間は練習……」
「えーっ! ぼっちさんってネットでも活動してるんですか!?」
そう言って最後にヨヨコ先輩が何事か言おうとした瞬間――SIDEROSメンバーの驚きの声が上がった。どうやらリョウ先輩がなにやら動画をみせたようだ。
「ヨヨコ先輩みてください! すごいですよ~」
「え?」
「別名義らしんですけど再生回数えぐいっすよね」
なんだか急に流れが変わった展開に付いて行けずに困惑しているヨヨコ先輩へ、本城さんと長谷川さんがスマホを見せて来た。
「チャンネル登録者数もみてくださいよ」
薦められるがままヨヨコ先輩が見たソレは恐らくギターヒーローの動画だろう。困惑気味の表情でそのチャンネル登録者数を見たヨヨコ先輩は――
「ドーム二個分!?」
白目をむいてショックを受けていた。
だからさっきからなんなんだよそれは……せめて単位を統一しろ。
そんな話をしていると、いよいよ本番がはじまる時間が近づいて来た。トップバッターは結束バンドだ。そんな結束バンドメンバーへと、ヨヨコ先輩は先程の事が尾を引いているのか呆れたように息を吐きながら言葉をかけた。
「はー……本番はじまるよ! ドームと武道館なら大丈夫! 確信した」
「決め手の理由ひどくない?」
「うるさい! 早くステージ上がれば!?」
ヨヨコ先輩に毒を吐けるようになるくらい緊張が解けたなら大丈夫そうだな、なんて思って見ていると、ヨヨコ先輩に怒られて結束バンドのメンバーがステージへ駆けて行こうとしたので俺は慌ててひとりを呼び止めた。
「ひとりっ!」
何事かと振り返ったひとりへ近づくと、俺は握りこぶしを突き出した。
「頑張れよ、期待してるぞ!」
「! うっうん! 行って来る!」
ひとりは俺の拳にコツンと自分の拳をぶつけると、バンドメンバーを追うようにステージへと駆けて行った。
結束バンドが居なくなった事で、控室にはSIDEROSメンバーと俺だけが残された。っていうか廣井さん達SICKHACKはどこに行ったんだよ……
やはり男という事で警戒しているのか、長谷川さんは本城さんを守るような立ち位置を崩さないし、内田さんは俺から一定の距離を保っている気がする。ヨヨコ先輩もギターヒーローの登録者数にショックを受けてないでSIDEROSメンバーとの間を取り持って欲しいのだが……
しばらくスマホを見ながら落ち込んでいたヨヨコ先輩は、大人しく隅の方で座っていた俺へ顔を向けながらポツリと呟いた。
「……太郎。あなたも何か隠してないでしょうね?」
「……何かってなんすか?」
一応すっとぼけてみたが、正直ライブ前にこれ以上余計な心労を持って来ないで欲しい。ひとり達は文化祭ライブで百人単位の客の前で演奏した経験があるし、SIDEROSだってFOLTが拠点なんだから言わずもがなだろう。
そう考えると俺だけ何か状況がおかしい気がする。ライブは路上しか経験がないし、その経験も二回だけだ。それで初の箱のライブでいきなり五百人の前で演奏するとかどうなってんのこれぇ……
ヨヨコ先輩はジト目で俺を見て来たがそれ以上追求する気は無いようだったので、丁度いいのでこの機会にSIDEROSメンバーにヨヨコ先輩を借りる許可を今更ながら取っておこうと考えた。
「あの……SIDEROSの皆さん。ちょっと……いやかなり今更かもしれないんですが、ヨ……大槻さんが俺のバンドに入る許可って貰えますかね? 勿論そっちに迷惑はかけない様にするんで」
俺の突然の申し出にSIDEROSメンバーは全員で顔を見合わせた。するとメンバーを代表して長谷川さんが答えてくれた。
「一応ヨヨコ先輩から話は聞いてるっす。ウチ等としては
むしろ最近ちょっと大人しくなったんで感謝してます。と言われたのは聞かなかった事にしておこう……
俺がとりあえずお許しを貰えたので安心していると、長谷川さんは意外そうにヨヨコ先輩を見た。
「それにしてもヨヨコ先輩が男の人とバンド組むって聞いた時は驚いたっす。もしかして彼……」
「そんな訳ないでしょ!!」
ヨヨコ先輩コイツ彼氏とか言い出しましたよ、若い女性はこういうのやっぱ好きなんすね~。
なんて思っていたら、少しでも体力を回復しておこうと思ったのか長椅子に横になっていたヨヨコ先輩が凄く食い気味に否定した。まあ事実だから別に良いが……
「じゃあなんで一回落とした人と別のバンド組んでるんすか?」
すげーなコイツ。ヨヨコ先輩に凄まれてんのに全然効いてねぇわ。むしろ追撃してくるその胆力、こうじゃ無いとSIDEROSメンバーは務まらないんだろうか。
長谷川さんに指摘されたヨヨコ先輩は渋い顔をして悩んだ様子でこちらを見て来たので、俺は助け舟……と言うか事実を伝える事にした。これで文化祭の時の借りをチャラにして欲しいと言う思いが無いわけではない。
「それはほら、ウチのバンドには廣井さんが居ますから」
「! そう! こいつのバンドには姐さんがいるから仕方なくね!」
うわめっちゃ嬉しそう。と言うか廣井さん便利すぎるだろ……もう何か問題が起きたら原因は全部あいつ一人でいいんじゃないかな? 反論があるようなら今すぐここに来るように。
ヨヨコ先輩が廣井さんを慕っている事は姐さん呼びからして明白なので、SIDEROSメンバーも納得した様子だった。いや、納得と言うか実際はどうでもいいのかもしれない。
次はSIDEROSの出番なのであまりダラダラと長話をするのも集中出来ないかと思い、俺は静かにステージから聞こえて来る結束バンドのライブを楽しむ事にした。
ライブの音が止んだので出入口で待機していると、しばらくすると興奮で頬を紅潮させた結束バンドのメンバーが控室へと帰って来た。
「たはー……緊張したー!」
そう言いながら笑顔で戻って来た虹夏先輩に俺は肩の高さまで掲げた右手の手のひらを向けて出迎えた。
「お疲れ様です」
「あはは、ありがとー!」
「出迎えご苦労」
「きゃー! ありがとう山田君!」
虹夏先輩が小気味良い音を鳴らしながら俺と手のひらを叩き合わせると、続いて入って来たリョウ先輩や喜多さんも笑顔でハイタッチをしてくれた。
「ようひとり、お疲れさん」
「あっ太郎君。うんありがとう」
最後に控えめに手に平を合わせたひとりに続くように俺は椅子へと腰を下ろした。
ここから大体十五分程の機材の入れ替え時間を置いて次のSIDEROSの出番となる。
興奮しながら先程のライブを振り返っている虹夏先輩達の話を聞いていると十五分などあっという間で、スタッフからSIDEROSへ声がかかり、ステージへ向かおうと立ち上がるヨヨコ先輩へ俺は声をかけた。
「そう言えば俺がSIDEROSの演奏を生で聞くのは今日が初めてかもしれませんね。期待してますよ
俺の言葉を聞いて振り向いたヨヨコ先輩は、酷く挑戦的で不敵な笑みを浮かべた。
「勿論よ。期待以上の物を聴かせてあげるから、聞き逃さない様にしなさい」
そう言うとヨヨコ先輩はメンバーに一声かけてステージへと向かって行った。SIDEROSメンバーもこちらに一度振り返って仕草で挨拶するとヨヨコ先輩を追うようにステージへと向かった。
その時、ふと今まで俺と距離を取っていたゴスロリの内田さんと目が合った。目が合った瞬間内田さんはびくりと小さく肩を震わせると、怯えた顔で「浄化されるぅ……」と謎の言葉を呟いてSIDEROSメンバーの後を追いかけて行った。
しばらくするとステージからSIDEROSの音楽が聞こえて来た。俺がそれに耳を傾けていると虹夏先輩が心配そうに話しかけて来た。
「そう言えば太郎君ってライブ初めてなんだよね……えっと……大丈夫! こういう時は観客は野菜か何かだと思えば……」
黙っている俺が初ライブを前に緊張していると思ったのだろう虹夏先輩は、自分の出番が終わったばかりだというのにあれやこれやと気を遣ってくれているようだった。
そんな虹夏先輩の話を聞いているとようやくSICKHACKのメンバーが控室へと姿を見せた。
「いや~ごめんね~。なんか打ち合わせが長くなっちゃってさ~」
……出たわね。いや遅ぇーよ。もうBocchisの出番まで四十分切ってるぞ。別の意味でドキドキわね。
「なんの話してたんですカ?」
熱心に話していた虹夏先輩を見たイライザさんが興味深々に尋ねると、虹夏先輩は今日初ライブを迎える俺の緊張を解す為に色々とアドバイスのような物をしていたと答えていた。するとそれを聞いた廣井さんが大笑いした。
「あはははは! たっ太郎君が緊張!? あははは! ヒィー!」
おいどういう事だよ!? なにわろてんねん! そんな呼吸困難起こす程おかしくないだろ!? ほら虹夏先輩達がメッチャ引いてるじゃないですか!
テーブルを叩きながら笑い続けた廣井さんはしばらくしてようやく笑いが収まると、笑い過ぎて目じりにたまった涙を拭きながら言葉を続けた。
「ごめんごめん! たっ……ククッ……太郎君は大丈夫でしょ~。ねっぼっちちゃん?」
急に話を振られたひとりは結束バンドやSICKHACKのメンバー一同に一斉に注目されてあたふたと視線を泳がせながら、やがて観念したように口を開いた。
「えっえっと……あの……たっ多分大丈夫……かな……」
それを聞いた廣井さんは「ほら~」なんて言いながら上機嫌で椅子に座ると、持って来た鬼ころをすすった。
「すみません山田君。廣井の奴がまた……」
「あっいえ……大丈夫です……もう慣れたんで」
申し訳なさそうにしている志麻さんに気にしていないと伝えると、今度はイライザさんが俺の近くに寄ってきて得意満面な顔で両手で握り拳を作って胸の前に構えた。
「タロウ! 応援要りますカ!?」
「いえ間に合ってます!」
別に間に合ってはいないが即座にそう答えた。だってこれ絶対がんばれ♡がんばれ♡って言われる奴でしょ!? 俺は詳しいんだ! 俺以外女性しかいない楽屋で金髪外人美少女にがんばれ♡がんばれ♡って応援されるとか状況を考えろ! あーもう完全に場の空気がめちゃくちゃだよ。
俺に断られたイライザさんは頬を膨らませて不服そうな表情を浮かべながら志麻さんの近くに腰をおろした。
しかし廣井さんとイライザさんのおかげで完全に場の空気が弛緩してしまった。五百人を前にした箱での初ライブ本番三十分前とは思えない弛緩っぷりだ。
気を取り直して俺はひとりの隣に座るとそっと気になっていた事を聞いてみた。
「おいひとり、さっきの演奏から少し間が空いて次また出番だが……どうだ? 行けるか?」
無理ですと言われても連れて行くのだが一応聞いてみると、ひとりもこの空気に当てられたのか若干緩んだ表情で返事をした。
「えっあっ……うん、大丈夫」
そうしてSIDEROSの音楽を聴きながら待っていると演奏が止み、しばらくするとSIDEROSのメンバーが楽屋へと戻って来た。
「ヨヨコ先輩お疲れ様です。悪いんですけど連戦です。行けますか?」
俺が立ち上がって出迎えると、ヨヨコ先輩は俺の言葉が気に入らなかったのかムスっとした表情で言い放った。
「当り前でしょう。私を誰だと思ってるのよ」
「SIDEROSの……いえ。ここから先は
俺が即答するとヨヨコ先輩は一瞬目を丸くした後、満足そうに口の端を吊り上げた。
「それじゃあBocchisの皆集合ー。スタメンのユニフォームを配ります」
そう言うと集まって来たメンバーへと、俺はバッグから事前に預かっていた
「太郎君! いよいよ初ライブだね! 頑張ってね! あたしも同じドラムとして応援して……る……」
虹夏先輩が立ち上がってこちらを見ながら激励をしてくれたが、俺達が各自パーカーに袖を通し始めるとみるみる声が小さくなっていった。こちらを見ていたリョウ先輩や喜多さんが息を呑むのがはっきりと感じられる。
「たっ……太郎……くん……そ、それ……」
驚きか興奮か。見る見る顔が赤くなっていく虹夏先輩の様子に、ちょっと悪い事をしたかとも思ったが、まあ俺だって正体がバレると思って今日まで気を揉んでいたのだから、これくらいの茶目っ気は勘弁して貰おう。なんて思いながらパーカーのジッパーを上まで引っ張り上げ、愛用のサイバーパンク風マスクを付けてからフードを深く被ると、俺は虹夏先輩達へと向き直った。
「なっなんでっ……!? 太郎君! その格好って……!!」
もはや茹でだこの様に顔を真っ赤にしながら、驚愕を通り越して泣き出しそうな顔になって叫んだ虹夏先輩へ、俺は楽しげに二週間前のSTARRYでの約束を切り出した。
「それじゃあ虹夏先輩。ライブが終わったら約束通り、ドラムヒーローの話を
そう言うと、丁度お呼びがかかった俺達
Band of Bocchisとバンド・オブ・ホッチキスは音声で読み上げると結構音が似てるので、口頭なら間違えそうって事で付けました。
あと(一話あとがきにも書いたけど虹夏ちゃん曇らせは)ないです。