一応改めて調べたけど、もしかしたらまだ間違えてるかもしれないけどこれで勘弁して……
今回あるシーンの為に010話にこっそり加筆したんですが、改めて読まなくても全く問題ありません。
虹夏先輩に啖呵を切って楽屋を出た後、ステージまでのほんの僅かの距離の間に不安になった俺はひとりへと話しかけた。
「なぁひとり……俺がドラムヒーローだってバレたと思うか?」
マスクをしている為どんな表情をしているのか分からないが、ひとりは無言でこちらに顔を向けると、一拍置いてから驚いて声を上げた。
「……ええっ!? 何言ってるの太郎君!? なんで今更そんな感想が出て来るの!?」
「い、いやだってまだ分かんないだろ!? もしかしたら恰好を真似しただけのコスプレ集団って認識したかも知れないじゃん!」
「そっそれは無理があるんじゃ……それならなんで最後にあんな事言ったの!?」
「いや……あれはそういう流れだったろ!?」
痛い所を突いてくる奴だ……あの時はもう駄目だと思って啖呵を切ったんだが、よく考えたら俺はまだ一度も自分がドラムヒーローだと肯定した事が無いから、ワンチャンあるかもしれない事に気付いたんだよ。
「ちょっと太郎と後藤ひとり! 二人とも何してるの! 早く行きなさい!」
二人で言い争っていると後ろからヨヨコ先輩に怒られたので、俺達二人は先を行く廣井さんを追いかけるように慌ててステージへと飛び出した。
幕が下りているステージへ出ると、なるべく急いでセッティングを進める。といっても基本はリハーサルの状態に復帰するだけなのでそんなに難しい事はない。
セッティングを済ませると最終チェックだ。簡単に音出しやケーブルの状態を調べて問題ないか確認する。
すべてのチェックを終えるといよいよゆっくりと幕が上がってライブスタートだ。
幕が上がると沢山の観客が見えた。渋谷路上ライブも凄い人だと思ったが、やはり
観客を見回してみると、なんと路上ライブにいた世紀末風貌の男が居るではないか。しかも傍には文化祭で見かけたモヒカン男と玉ねぎヘアー男も一緒だ。
そういえば新しく増えたフォロワー二人のアイコンがモヒカンと玉ねぎヘアーだった気がするので、路上ライブに来ていた奴が自慢したいと言っていた仲間とはこの二人だったのかもしれない。やはり中々見る目がある奴等だ。だがひとりをナンパしたのは忘れてないからな。
他にも結束バンド目当てで来たのだろう一号二号さんの姿も見えた。二人にはまだBocchisにひとりが居る事を話していない為、SIDEROSファンに場所を譲ったのか少し後ろの方にいた。
そんなステージ上の俺達を見た観客から困惑の言葉が聞こえて来た。
「えっ……? あれ廣井じゃないの?」
「パーカーとマスクで顔隠してるけどあの服と下駄は廣井だよな?」
「おい廣井ー! 何やってんだ!?」
「あのギター大槻じゃないか? 何でまた出て来るんだよ?」
「やっぱさっき演奏したSIDEROSの大槻だよな? スカートとブーツが同じだし」
「いやそれならもう一人のギターも最初の結束バンド? ってバンドのギターじゃないの? ピンクのジャージだし」
「っていうかこの覆面どっかで見た事ない?」
「あれだろ、トゥイッターでメッチャバズってるヤツ」
「何? あれのパクリ?」
う~んやっぱりこのバンドに紛れてのゲスト出演は無理がありますよ! よく考えたら俺達も隠す気全然ねぇな!? まさに頭隠して尻隠さずって奴じゃないか……誰か気付く奴いなかったのかよ……っていうか動画のパクリじゃねーよ! 本家だよ本家!
路上ライブでは廣井さんにMCをお願いしたが、今日はマイクがあるしリーダーという事で、ドラムの前に座った俺は代表して観客に声をかけた。
「えー、
そう言うと俺はメンバーをぐるりと見回した。さて誰から紹介するか……やはりこういうのは新入りから行くのがベターだろうか? よし、方針は決まったな。
「ボーカル兼リズムギターの…………つっきー!」
「つっきー? いや大槻だろ?」
「いやだから大槻だからつっきーなんだろ?」
「へぇ~あの大槻がつっきーなんて呼ばれてるなんて、なんか意外……」
紹介されたヨヨコ先輩が驚いたように、そして怒っているような雰囲気で俺へ顔を向けて来たが、流石はSIDEROSリーダー。しっかりギターを掻き鳴らして客へアピールしていた。
正直この後が怖いが、自分で言い出したあだ名なんだから勘弁してほしい。
「じゃあ次……ボーカル兼ベースで……えー……おきくさん!」
「廣井じゃないの?」
「だから廣井だからおきくさんなんだろ?」
「廣井っておきくさんなの?」
「廣井きくりだからおきくさんなんじゃない?」
「えっ!? 廣井ってきくりって名前なの!?」
「おきくさん!? 番町皿屋敷かよ……」
俺が紹介すると廣井さんは待ってましたと言わんばかりにベースを掻き鳴らした。
流石にこの客へきくりさん呼びはまずいと思って急遽考えたんだが……えらく古臭いのが出てきてしまった。ままええか……廣井さんも気にして無さそうだし。しかしそんなことより次のひとりのあだ名を何も考えてないのがヤバイ。
「えー……では次に……ウチのリードギターの……」
ヤバイ、本格的に何も思いつかん。普通にひとりで行くか? ひとちゃん? ひーちゃん? それともひっきー? ぼっち? 流石にこの二つはヤバイか……しかし思いつかん……いっそ苗字でいくか……?
「……リードギターの……ご、ごと……ごとりちゃん!」
「……ごとりちゃん?」
「えっひとりちゃんじゃないの!?」
瞬時に頭をフル回転させて、しかしいよいよよく分からなくなってきて混乱気味に叫んだが、ひとりの事は知らない人が多いので反応する人が少ない分、なんだか一号二号さんの声がはっきり聞こえた気がして申し訳なくなった。
案の定紹介されたひとりは驚いてこちらを見たが、なんとかギターを弾いて反応する事には成功したようだった。
「最後に、ドラムでリーダーの山田太郎です」
俺の自己紹介にメンバー全員が驚愕したように振り返ってきた。特にヨヨコ先輩の驚きっぷりが凄い。まさにお前は何を言ってるんだと聞こえてきそうだ。自分はつっきーと呼ばれた事と、本名を名乗ったら覆面の意味が無い事に怒っているのかも知れない。
だが俺はここまでちゃんと布石を打っているので安心して欲しい。その証拠に客の反応を聞いてみてくれ。
「……や、山田太郎? 偽名でももうちょっとなんかあるだろ……」
「いや、流石に適当すぎるだろ……」
「そういえば最近は役所の記入例も山田太郎じゃない奴あるよな? 新宿だったら……新宿太郎とか?」
「いやFOLTでやるんならFOLT太郎だろ」
どうだ。いままで散々メンバーをあだ名で紹介してきたから、まさか山田太郎が本名だとは思うまい。これぞ木を隠すなら森の中作戦よ。決して自分のあだ名が思いつかなかったからでは無い……いや本名を偽名扱いされて泣いてなんかねーし……というか山田はどっか行っちゃうけど太郎は固定なのね……
まあそんな事はどうでもよいので、気を取り直した俺はいよいよ曲をスタートさせる事にした。
「それじゃあ早速ですが一曲目聴いて下さい。オリジナル曲でsky's the limit」
俺はカウントをとるとスティックを振り下ろした。
「sky's the limitでした」
一曲目の演奏が終わると観客は静まり返っていた。
やばいな……流石にSICKHACKの演奏を普段聴いているだけあってこれくらいの演奏じゃ驚かないか……なんて思っていると、沈黙していた観客が次第にどよめき始めた。
「は……? えっ? いやマジで?」
「廣井が凄いのは知ってたけど……」
「あのリードギターイライザ……じゃねぇーよな?」
「てかリードギターさっきの結束……バンド? の奴じゃないだろこれ」
「ドラムも岩下じゃないよな? 声も男だし」
「岩下じゃないならドラムの技術やべーな。このテンポの速さと複雑さの曲でこのレベルって……」
「廣井が混ざっても見劣りしないってなにモンだ?」
「っていうか廣井パンクもいけるやん!」
おー、ええやん(評判)。やはりSICKHACKの常連は耳が肥えているのか、どうも渋谷路上ライブの時よりも具体的な賞賛が聞こえて来る。これならひとりもニッコニコだろう。
……って岩下って誰ぇ!? いやドラムって言ってるし、もしかしなくても志麻さんだよな……? マジか、じゃあ俺はずっと年上の女の人を名前呼びしてたのかよ……いやでも志麻さん何も言ってこないし……ままええか。
今までの
「
「二曲目、back to backでした」
二曲目が終わると、今度は静まり返る事無く先程よりも大きなどよめきが起きている。
「いやいや……パンクバンドじゃねーのかよ……」
「パンクに続いてメタル……しかもどっちも高水準とかマジか……」
「やっぱリードギターやばいな、もしかしてイライザより上あるんじゃねぇの?」
「これSIDEROSより余裕で上なんじゃねーの?」
「いやマジで誰だよドラム!? 俺他の色んなライブハウスとか行ってるけど聞いた事ねぇーよ山田太郎なんて!?」
「廣井メタルも……っていうかサイケ以外もいけるやん!」
おー、ええやん(二回目)。特にひとりに目を付けた奴はやるやんけ、ファンになる権利をやろう。良いだろう? いずれ世界一になるギタリスト、ごとりちゃんをよろしくお願いします。
未だざわめきが収まらない観客を他所におもむろにヨヨコ先輩がマイクを弄ると、それを見た観客はさらにざわめきを大きくした。恐らく全部廣井さんが歌うと思っていたのだろう。でも俺はさっきヨヨコ先輩紹介する時にボーカル兼リズムギターって説明したからね!
さあいよいよラストだ。正直この曲は時間があまりなかったので不安なのだが皆を信じるしかない。そう考えながら俺は三曲目の紹介に入ろうとしたのだが、その前に……
「えー
「ちょっと!? 何回言うのよ!」
ヨヨコ先輩に怒られてしまった。だって間違えて覚えて帰られたらやばいでしょ!? 五百人に間違えて拡散されたらもう終わりですよ! ホッチキスに改名しなきゃいけない事態になりかねないので俺は念を押しているのだ。
「……では次でラストです。これもオリジナルですがこれはつい最近出来たばかりの新曲で、今回のライブの為になんとか間に合わせました。それでは聴いて下さい。ラストの曲でTomorrow is another day」
「ラストの三曲目、Tomorrow is another dayでした」
三曲目が終わると、観客はまた最初と同じように静まり返っていた。しかし今回は滑った感じでは無く、あっけにとられた様な、放心した様な静けさだった。
実は三曲目が始まった瞬間から観客が驚いていたのが分かっていた。俺は悪戯が成功したような感覚と共に、ヨヨコ先輩が初めて作ったであろうサイケデリック・ロックが受け入れられているのかどうか気が気では無かったのだ。
だが演奏が終わって静かだったのもほんの僅かな間だけで、すぐに沸き立つような歓声がライブハウスを包んだ。
「SICKHACKライブのゲスト、しかも新曲でこれやるとか……やべぇな……」
「凄いな、SICKHACK以外のバンドでこのレベルのサイケが聞けると思わなかったわ……」
「でもなんで廣井が歌わないんだ?」
「廣井はSICKHACKで歌ってるからじゃね? 知らんけど」
「しかしパンクにメタルにサイケ……しかも全部鬼みたいな演奏技術だな……マジで誰だよこいつら……」
「いや本当、誰だよドラムとリードギター?」
「大槻メタル以外もいけるやん!」
「っていうか廣井が何事も無くライブ終えたぞ!? 凄くねぇ!?」
「そう言われれば……手綱握ってるリーダーの太郎が相当ヤバイ奴なのか?」
「太郎君ってもしかして凄い!?」
聞こえて来る感想は様々だが概ね悪くはなさそうで一先ず俺は安堵した。SICKHACKのサイケを普段から聞いている観客の評価だと、新曲はボロクソに言われる可能性も考えていたがどうやら大丈夫そうだ。ってなんで俺がヤバイ奴扱いを受けてるんだよ! オレハコワクナイヨ!
「今日はありがとうございました! 改めて
演奏が終わってからも鳴りやまない歓声を聞きながら撤収前の最後の挨拶をする事にしたが、俺が一度言葉を止めると、観客は突然話を止めた俺を何事かと見つめて来た。
「うちのメンバーは、つっきー、おきくさん、ごとりちゃん、太郎って
そう言うと観客は一瞬静かになり、次の瞬間笑いが漏れた。一応言いたい事は伝わったのだろう、先程まで廣井や大槻と呼んでいた人達からおきくやらつっきーと言った呼称で応援の声が聞こえて来た。
とりあえずこう言っておいて、あとは観客の良心に期待するしかない。まあバレて広まったらその時はその時だ。マスクを脱ぐ丁度良い機会とでも思っておこう。
「Bocchis良かったぞー」
「今度ライブあるなら行くぞー」
「やっぱ最高だったっす!」
「太郎くーん! ひと……ごとりちゃーん! 良かったよー」
幕が降りて来る間もありがたい事に観客から沢山の歓声を貰ったので俺達は手を振ったりして応えていた。約束通り俺の初ライブに来てくれた一号二号さんに両手を振って挨拶した後、観客の後ろの方で見ている虹夏先輩達にも手を上げて反応すると喜多さんが楽しそうに手を振って返してくれた。
幕が完全に落ちきると今度は撤収作業の始まりだ。俺は手早く自分の荷物を片づけると周りを見渡して手助けが必要なメンバーが居るか確認すると、廣井さんがパーカーとマスクを脱いで俺へと渡して来た。
「ぷは~。太郎君これおねが~い」
「了解っす。廣井さんはこのまま残って次の準備ですか?」
「そうだよ~。この後、太郎君たちは暇だろうから
「分かりました。期待してますよ!」
廣井さんから差し出された荷物を受け取ると、俺はひとりとヨヨコ先輩に撤収の声をかけて三人で楽屋へと戻る事にした。
楽屋に戻ると椅子に座って待っているのは志麻さんとイライザさんの二人だけだった。どうやら結束バンドメンバーもSIDEROSメンバーも客席の方へ出ているようだ。
「志麻さん。ドラム撤収完了しました」
「分かりました。それにしても山田君、それに後藤さんも……廣井から聞いてはいましたが、その歳で凄いですね」
「タロウ凄かったヨ! 今度、私とアニソンコピーバンドやらない!?」
俺とひとりは二人からのお褒めの言葉にお礼を返してからイライザさんのお誘いを丁重にお断りすると、イライザさんはまた少し残念そうな表情で志麻さんと共にステージへと向かって行った。
誰もいなくなって俺達三人だけになった楽屋で荷物の片づけを終えると、ヨヨコ先輩が口を開いた。
「それじゃあ、私たちも姐さんたちのライブを見に客席の方へ行きましょうか」
先陣を切って歩いて行くヨヨコ先輩に続きながら、俺はひとりに小さく声をかけた。
「なぁひとり……」
「? どうしたの?」
不思議そうに俺を見つめて来たひとりに俺は難しい表情で少し悩んだが、意を決して切り出した。
「やっぱ、虹夏先輩達にバレたと思うか?」
「だっだから、それはもう無理だよ!」
ひとりに張り付くようにして恐る恐る客席へ行くと、結束バンドメンバーもSIDEROSメンバーも観客の邪魔にならない様に後ろの方で固まって未だ幕の上がらないステージを見ながら話をしているようだったので、俺はそこへ合流することなく一人でライブを見る為に後ろの方の観客へと自然な感じを装って紛れ込んだ。
別にこれは
幸い転換時は辺りが薄暗くなっているので観客も俺が紛れた事には気付いておらず安心していると、ゆっくりと幕が上がりいよいよ今日のメインイベントであるSICKHACKのライブが始まった。
結論から言うと開始前に長谷川さんが楽屋で言った通り、ライブは最後には無茶苦茶になった。
廣井さんはクリスマスライブという事でテンションが上がっていたのか、客に酒をぶっかける、歌詞を忘れる、中指を立てての暴言、客に向かってベースを振り回すなどの問題イベント全部盛りだった。
今日ほど後ろで見ていて良かったと思った事は無い。でも客は喜んでいたからアレで良かったのだろう。ただ志麻さんは遠目から見ても顔が引きつっていたり、肩を震わせていたように見えたのでかなりヤバイ気がするが……イライザさんは楽しそうだったし、ま、多少はね? いややっぱヤバイよな……でも俺にはどうする事も出来ない……
そうした若干の
ライブが終わると俺達ゲストは各々の荷物を回収する為に楽屋へ移動した。俺が自分の荷物やひとりの旧ギターの入ったギターケースなどを回収している際になんだか視線を感じて振り返ると、視線の先には虹夏先輩が居て俺と目が合うと顔を慌てて顔を背ける、なんてことが何度かあった。
そうして帰り支度をしていると喜多さんが楽屋にいる皆に聞こえるように楽しそうに声を上げた。
「この後はSTARRYクリスマスパーティー兼クリスマスライブの打ち上げをするので、みんなで移動しましょう!」
SICKHACKのライブ前の観客席で既に誘っていたのか、ヨヨコ先輩以外のSIDEROSメンバーが元気よく挨拶すると、帰り支度を済ませた俺達は喜多さんに先導される形でライブハウスの外へ出た。
ライブハウスの外へ出ると、ヨヨコ先輩が俺達に先に行っているように言って来たが、用事があるなら待っていると伝えると慌てた様子でどこかへ走って行ったので、皆でヨヨコ先輩が帰って来るのを待つ間丁度良い機会だと思って俺は遂に虹夏先輩へ突撃した。
「いえ~い。ピスピース! 虹夏先輩どうでしたか今日の俺の演奏は!? ってなんですかこの空気は?」
俺がなるべく馬鹿みたいな態度で絡みに行くと、何故か結束バンドのメンバーはお通夜みたいな雰囲気になっていた。ひとりもどうしていいのか分からないようでおろおろと周りの様子を伺っている。
「あっうん……ドラムヒ……ううん……太郎君の演奏凄かったよ……」
そう言うと虹夏先輩は憂いを帯びた表情で俯いたので、俺はリョウ先輩や喜多さんの顔を見ると二人とも顔を横に振って答えた。
「伊地知先輩、山田君のライブの時はすっごくはしゃいでたんだけど、ライブが終わってからしばらくしたらこうなっちゃって……」
喜多さんが困った様な顔でそう言ったのを聞いて俺は顔を顰めた。俺は己の過去の言動を顧みて恥ずかしがって顔を赤くする虹夏先輩が見たかったのだが……
虹夏先輩の憂いに心当たりが無い訳では無い。ひとりとバンドを組む事になって、俺がドラムヒーローだとバレた後に
「う~ん……虹夏先輩。Bocchis解散しましょうか?」
俺は気負うことなく、まるで近所のコンビニでパンでも買って来ましょうか? くらいの気軽さで自分のバンドの解散を提案した。
その言葉に虹夏先輩も、リョウ先輩も、喜多さんも、ひとりでさえも驚愕してこちらを見て来たが、俺は特に表情を変えずに飄々とした態度で皆の視線を受け止めた。
「な……んで……」
こちらを見ながら驚愕の表情で絞り出すような声を上げた虹夏先輩へ、俺は呆れた様な態度で言葉を続ける。
「だってどうせ虹夏先輩は『あたしのバンドが、ギターヒーローさんとドラムヒーローさんの邪魔していいのかな?』とか考えてるんでしょ?」
気持ち悪い声真似までして虹夏先輩の気持ちを勝手に代弁してみた俺はそこで一旦言葉を区切ると、呆けた表情の虹夏先輩をしっかりと見つめて笑みを浮かべた。
「でもね虹夏先輩……
ひとりが廣井さんを助けた事から始まったと思ったが、さらに元を辿ればひとりをバンドに引き入れた虹夏先輩あってこそなのだ。そんな恩人が困っているのならその原因を解消する事になにを戸惑う事があろうか。
「それに最初に言ったでしょう? メインバンドに迷惑かけたら即解散だって……あれ? 言いましたよね……? 言ったかな……? ま、まぁでも解散だと後味が悪いって事なら……ヨヨコ先輩が入ってくれたからひとりはいなくても大丈夫だな……お疲れひとり! 元気でやれよ」
「…………ええ!? たっ太郎君!? なんで!?」
よく考えれば迷惑かけたら解散の話って虹夏先輩に言ったかな? 志麻さんとは話したけど結束バンドやSIDEROSにこの話したっけ? やばいな記憶が曖昧になってるやんけ。
少し悩んだ俺がひとりに向かって冗談半分本気半分で笑顔で放逐宣言すると、ひとりは飛び上がって驚いていた。
まあ、だが……ひとりが自分の意志で続ける事を選んだこのバンドは出来るだけ長く続いて欲しいのが本音だ。だから
俺とひとりのそんなやり取りを見ていた虹夏先輩は、俯いたまま震える声を上げた。
「太郎君は……自分のバンドが大事じゃないの……?」
「そりゃ勿論大事ですよ――でも」
窺うようにこちらを見て怒りとも悲しみとも取れる声を上げた虹夏先輩に俺は事も無げに即答してみせると、心配そうに俺達を見ているひとりをちらりと横目で見てから諦めたように小さく笑った。
「まぁ……それよりも大事な物ってのも、多分あるんですよ」
そう言うと、何故だかふと台風ライブの打ち上げの時の店長の事が脳裏を過ぎった。あの時廣井さんに何故バンドを辞めたのか聞かれた店長は『飽きた』と答えていたが……もしかしたら俺の知らない、そういう
俺の言葉に虹夏先輩はまた俯いて黙り込んでいたが、しばらくすると何かを決意したように言葉を漏らした。
「でも……駄目だよ……! そんな事で二人が別れるなんて……!」
なんだか事情を知らない他人が聞いたらちょっと誤解を招きそうな言葉の表現に疑問が無い訳では無いが、先程のような悲壮感が無くなっていたのでひとまず安堵した。だが続く虹夏先輩の言葉に俺は真顔になった。
「せっかくギターヒーローさんとドラムヒーローさんの共演って言うファン
ええ……? 何を言ってんだこの人? 垂涎の浪漫バンドってなんだよ……落ち込んでるように見えて実は案外余裕があるんじゃないだろうな……? っていうか俺達のファンは普通気付かないと思いますよ……
なんて思っていると、虹夏先輩は涙を浮かべて、しかし吹っ切れた様な笑顔で勢いよく顔を上げた。
「でも――ありがとね、太郎君! わたし達……Bocchisに負けないくらい、凄いバンドになるから!」
「……ええ。それに、俺のバンドは覆面バンドですからね……だから
「! うん! 任された!」
そう言って泣き笑いの表情で力強く決意を語る虹夏先輩へ、ギターヒーローとして
「でもちょっとだけ……ぼっちちゃんが羨ましいな……」
俺達のやり取りを見ていたリョウ先輩や喜多さんやひとりが、虹夏先輩が元気を取り戻した事で安心した様な表情を浮かべたのを見て、俺はいよいよ本来の目的を切り出す事にした。
「……ところでドラムヒーローについてじっくり聞かせてくれるって話なんですが……」
「~~っ!!!」
突然黒歴史を蒸し返されて、先程まで泣いていた顔を真っ赤にして飛び上がって驚いた虹夏先輩を見て俺はほくそ笑んだ。そうそうこれこれ、あー、いいっすねー。こういうのが見たかったんだよ。
俺はおもむろに自分のスマホを取り出すと、何故か未だに再生数が馬鹿みたいに伸びている路上ライブ動画を画面に映して虹夏先輩へと差し出した。まずうちさぁ、動画……あんだけど……見てかない?(迫真)
「この動画なんですけど……」
「!! ウ、ウン……コレガドウカシタノカナー?」
虹夏先輩は自分の死期を悟りながらもワンチャンスに賭けて必死に羞恥に抗いながら赤い顔で平静を装って返事をしてきたので、俺はニヤリと口の端を吊り上げた。
「実は俺がこのドラムなんです」
「あああああああ!!!!!!」
「わははは! なんでしたっけ? 『ドラムヒーローさんはそんな事言わない……』でしたっけ!? すみませんね、あははは!」
「あああああああ!!!!!! バカ! 太郎君のアホ! ぼっちちゃ~ん! 太郎君がイジメるよ~!」
俺が大笑いすると、虹夏先輩が赤い顔でひとりに泣きついた。抱き着かれたひとりが困っていると、今しがた買って来たのであろう電気屋の袋を携えたヨヨコ先輩が戻って来たので、俺達は打ち上げの店へと向かう事になったのだった。
今回全く話が纏まらなくて、物語一番の盛り上がりの場面で失踪する作者の気持ちがちょっと分かったかもしれません。自分で勝手にハードルを上げてプレッシャー感じてました。でも一番の盛り上がりで30点位の話しか書けない……ままええか! の精神は大事。
虹夏曇らせは無いと言ったな、あれは嘘……のつもりは無かったんですが、物語的にどうしてもこの話題を解決しておかないといけなかったので。でもどこぞの馬の骨とも分からないオリ主絡みで辛気臭い話は書きたくないのでさらっと解決します。やさしいせかい。
次話はクリスマスパーティー編です。実は今回とくっついて一話の予定だったんですが二万字超えたので分けました。