喜多さんが後藤家に来たのは多分金曜で、日曜日の朝に帰ったと思うんですが、自信ないのでぼかしてます。
結束バンドのMVを動画サイトに上げてからしばらく経ったある日、STARRYから帰ろうとしていた俺達二人に喜多さんが深刻そうな顔でカラオケに誘ってきた。
「どうしたんです急に? カラオケなんて今日日一人でも行けるじゃないですか?」
「ええっ! そんな人、私の周りには居ないけど!? カラオケって普通は皆で行く場所でしょ!?」
喜多さんの言葉に勝手にひとりがダメージを受けている。なぜ陽キャの何気ない言葉が陰キャにはナイフになってしまうのだろう……
心底意外そうに言う喜多さんが嘘を付いているような気配はない。本当に一人カラオケなんて物がこの世に存在しているのが信じられないのだろう。
流石は陽キャ。カラオケも皆で行くし、ショッピングも皆で行くし、映画も皆で行くし、なんならトイレも皆で行くのだろう。しかしそうなると逆に陽キャが一人で行ける場所に少し興味が出て来る。
「喜多さんはコンビニは一人で行きますか?」
「当り前じゃない」
「じゃあファストフード店は?」
「ええっ!? ファストフード店って一人で行く人いるの!?」
早ぇよ!? もう単独行動出来ないのかよ! この後に一人ファミレスとか一人焼肉とかソロキャンプとか一人ディステニーとか聞く予定だったのに! どうすんだよ一人で出かけた時の昼飯とか! えっ!? もしかして陽キャって一人で出かけたりしない……ってコト!?
「あばばばばばば」
「どっどうしたの!? 山田君! それにひとりちゃんまで!? 二人とも死なないで!」
俺達はたったあれだけの質疑応答で恐ろしい真実に辿り着いてしまった結果、二人してビクンビクンと床をのたうち回る事になった。
「とにかく一緒に来てっ! 一人で行くなんて恥ずかしくていや!」
喜多さんの献身的な介護? もあってなんとか正気を取り戻した俺達に、喜多さんは再び縋るように同行を頼んできた。一人カラオケは一人飲食店と違って周りに誰も見ている人なんていないのだから何が恥ずかしいのかよく分からないが、そこまで言うなら同行するのが人情って奴だろう。ひとりも同じような考えなのか喜多さんのお願いにわかりましたと返事をしている。
「山田君も一緒に行くわよ! 冬休みは私のクラスメートと合流しちゃったから、今日は改めて三人で行きましょう!」
女子二人の交流に異性である俺がくっついて行くのもアレだと思っていたのだが、喜多さんも俺に気を遣って仕方なく誘ってくれている訳では無さそうだったので、お言葉に甘えてついて行く事にした。
俺が付いて来ると分かったひとりは少し安心した様子だった。もしかしてこいつバンド結成して一年近く経つのに、未だに喜多さんとタイマンで個室に居るのがきついのだろうか……
そんな訳で俺達三人はカラオケ店にやって来たのだ。
部屋に通されると、着ていたコートを脱いで壁に掛けた喜多さんは手早く三人分のドリンクを注文して早速曲をいれ始めたので、俺達二人は面食らった。
「あ、あの喜多さん? まだドリンク来てないですよ……」
「? 別にいいじゃない」
なんでこの人一人カラオケは駄目なのに、こういうのは平気なんだよ。やはりバンドのフロントマンならこれくらい当たり前なんだろうか? まぁライブハウスで百人単位の前で歌ってるんだから、今更店員一人くらい問題ないのだろうか。
「すぁっせ~ん! ドリンクっす~」
「ひっ!!」
喜多さんが歌い始めてすぐにやって来た店員の呼び声に、自分が歌っている訳でも無いのに俺達二人は思わず小さく悲鳴を漏らしてしまった。
結局店員がドリンクを置いて出て行くまでの間、喜多さんは一切歌を止める事無く楽しそうに歌い切ってしまった。やっぱり陽キャってすげー!
店員が去り、まずは一曲歌い終わって満足そうな喜多さんは俺達二人に向かって歌うよう促してきた。
「ひとりちゃんと山田君も何かいれてよ~。歌わないの?」
「あっへへ……私の歌なんて……」
「え~、感動~。後藤さん謙虚なのね~」
「ちょっと山田君!? それ、もしかして私の真似なの!? それに山田君にも言ってるのよ!」
喜多さんって大体こんな感じじゃない? 案外イケてると思ったんだけどな。喜多さんがツッコまなかったらバレてなかったと思う。
ひとりはやはり恥ずかしいのか一度断ったが、残念そうに気を落とした喜多さんの様子を見ると、なにやら少し考えこんでから覚悟を決めた表情で自ら進んでマイクを取った。
ひとりが進んで歌を歌う事に驚いた俺達二人が固唾を飲んで見守っていると、ディスプレイにアーティストと曲名が映し出された。
『ミッドナイトピーポーへべれけサンバfeat.ハメ外し隊 湘南のMANIMA』
「無理してない!?」
「なに言うんですか喜多さん! これがひとりの十八番ですよ!」
「そっそうです……小五の夏休み、お小遣い握りしめて太郎君と二人で必死に自転車漕いで行ったタワレコで初めて買ったCDがこれです……」
「何その嘘臭い青春エピソード!!」
「それで手に入れた嬉しさのあまり、帰りに自転車でこけて買ったばかりのCDのケースが割れた思い出の曲なんです」
「やめて! それっぽいエピソードで補強して、私を混乱させないで!!」
明らかにリバースしそうな表情で無理して歌っていたひとりは、止めようとした喜多さんを振り切り最後まで歌い切ると、マイクを机に置いてそのまま俺の膝を枕にして横になってしまった。
「あっすみません……ちょっと休憩します……」
「お前もしかして一曲歌う
「もう! だから無理しなくていいって言ったのに!」
横になったひとりから引き継ぐように喜多さんはマイクを手に取ると、次の曲を入力したのだった。
「あっすみませんトイレ……」
今回のカラオケが喜多さんのワンマンライブの様相を呈してきた頃、ひとりはおもむろに席を立つと部屋を出て行った。
ちょっとひとりちゃん、間を持たせる為にジュース飲み過ぎなんじゃない? 気持ちは分かるけどさ……あと正直俺も喜多さんとタイマンはちょっと自信ないから早く帰って来てね。
ただこのままひとりが戻ってくるまでぼけっと聞いてるだけなのもアレなので、俺はタンバリンを手に取るとリズムに合わせて音を鳴らし始めた。せっかくだからふたりちゃん絶賛のドラムヒーローによるタンバリン演奏を見せてやろう。
タンバリンの演奏だが、俺が思うに周りの事を考えずに自分が気持ちよくなる為だけにデカい音を出すのは素人だ。タンバリンもドラムと同じであくまで裏方、フロントマンであるボーカルの歌声を食ってしまうなんてのは三流以下のやる事だ。まぁこれはドラムじゃ無いんだけれど……
結局、今歌っていた曲が終わるまでにひとりは戻ってこなかったが、思いのほかタンバリンで演奏に熱中してしまったし、喜多さんも楽しそうに歌っていたので良いとしよう。
歌い終わった喜多さんは驚きの表情で目を輝かせながらこちらを見ていた。そんな視線に俺が気づいて顔を向けると、喜多さんは勢いよくこちらに身を乗り出した。
「えっ……凄い! 山田君タンバリン上手いのね! よく一緒にカラオケ行く友達でもこんなに上手い人見た事無いわ!」
「え? うへへ……ま、まぁね! 言うて俺もドラムヒーローですからね……ってうわっ! 戻ってたのかよひとり!?」
喜多さんに褒められてドヤっていると、いつの間にか部屋の中に戻って来ていたひとりが扉の前に立っているのに気付いて、俺と喜多さんは驚いて飛び上がった。こいつ気配が無さすぎる。だがひとりはトイレに行って人心地ついたような表情ではなく、梅干しでも食べた時のような酸っぱい口をしてなんだか怯えた様子だった。
「どうしたのひとりちゃん!?」
「いや墓場まで持って行かないといけないものをみたような……」
この数分で様変わりしてしまったひとりの様子に喜多さんが訊ねると、なんだか恐ろしい答えが返って来た。部屋からトイレまでを往復する短い間に、そんなこの世の終わりみたいなものがあってたまるか……だけどもし本当なら、ひとりだけにそんな業を背負わせる訳には行かないから俺も見に行ってやるぜ!
野次馬根性丸出しの俺が席から立ち上がろうとした時、部屋の外からドタドタとこちらに近づいてくる足音が聞こえて来た。
もしかしてひとりが言うヤバイ現場って奴を見られた人が文句言いに来たのか? なんて嫌な考えが頭をよぎった俺が、扉の前で怯えているひとりの前に庇う様に立とうとした次の瞬間、部屋の扉が勢いよく開かれた。
「バンドメンバーがドタキャンしたから仕方なく一人で来てただけで! 好きでヒトカラしてるわけじゃないからッ!!」
「ヨヨコ先輩!?」
「大槻さん!?」
あ……あ~なるほどね、完全に理解した。恐らくひとりはヨヨコ先輩のヒトカラ現場を見てしまったんだな。それでスルーして帰って来たと。カチコミに来たのが知り合いだと分かって安心したが、ある意味怖い人が文句を言いに来たのは正解だった訳だ……
ヒトカラを見られたのが余程恥ずかしかったのか、興奮したように顔を赤くしているヨヨコ先輩は俺達の部屋の中に入ってくると、早口で弁明するようにくどくどと長文の言い訳を並べ始めた。思いの丈をぶちまければヨヨコ先輩も少しは落ち着くだろうと思い、黙って聞いていた話を要約すると、ヨヨコ先輩は今日一人でカラオケに来ているという事だった。
「なんか色々言ってますけど、結局ヒトカラに来てるって事でいいんですよね?」
「う゛っ……」
「まぁまぁ~、折角だし一緒に歌いませんか?」
「……まぁたまには大人数もいいか……お邪魔するわ。これ、私の部屋で頼んでた料理食べる?」
あまりに必死なヨヨコ先輩の様子を見かねたのか、喜多さんが合流を提案すると、ヨヨコ先輩はすぐに淀みのない動作で各種手続きを済ませて、先程までヒトカラしていた自分の部屋にあった料理を俺達の部屋へと運び込んだ。
「それじゃ大槻さんもなにかどーぞ」
「あまり気は乗らないけど……それじゃあ私のバンドの曲でも……」
ヨヨコ先輩は喜多さんから差し出されたマイクを面倒そうに受け取ると、機械を操作して曲を入力し始めた。
ディスプレイに映し出された見紛う事なきSIDEROSの曲名を見て、知り合いのバンドの曲がカラオケに入っている事に驚いた俺達がスマホで調べてみると、どうやらリクエスト申請して条件を満たせば、自分達の曲でもカラオケに入れて貰えるらしい事が判明した。
だがカラオケに入れて貰う為には沢山のリクエスト票が必要な事が分かると、喜多さんは割とあっさり諦めていた。今こそ一万五千のイソスタフォロワーの出番でしょうが。
ヨヨコ先輩がSIDEROSの歌を歌い終わりマイクをテーブルに置くと、喜多さんから歓声が上がった。
「大槻さんさすがだわ~」
「ふふん……っていうか、なんであなたそんなにタンバリン上手いのよ……」
「ま、多少はね? それより喜多さん騙されたら駄目ですよ……もぐもぐ……ヨヨコ先輩は自分の曲歌ってるんですから、そりゃ上手いでしょーよ」
ヨヨコ先輩が歌っている間、タンバリンを叩きながらひとりと共にヨヨコ先輩が持って来た料理を食べながら歌を聞いていたのだが、何となく喜多さんの表情が沈んでいたような気がしたので俺は一応のフォローを入れてみた。
「ぐっ……っていうか、食べるか聞いたのは私だけど遠慮無いわね……そ、そういえば、私、まだあなたの歌って聞いた事なかったわね。そんなに言うなら何か歌ってみなさいよ」
「俺っすか?」
「あっ……あの! 私も山田君の歌、もう一度聞いてみたいんだけど……」
「え? 喜多さんもですか? まぁいいですけど……」
自分の曲を歌うという下駄を履いている事に自覚はあったのか、一瞬怯んだヨヨコ先輩は、名案でも閃いたように俺に歌を催促してきた。すると、何故かその提案に乗るように浮かない表情の喜多さんにまで歌をお願いされた。まさか俺の美声を聞きたくなった、なんて事は無いだろうが、頼まれたなら仕方ない。了承した俺は端末を操作して曲を入力する事にした。
「それじゃあ俺もSIDEROSの曲で」
「へ、へぇ~……本人の前で歌おうなんていい度胸じゃない……」
「いや~、SIDEROSの曲ってぼっちの解像度高くて歌いやすいんですよ」
「!! ま、まぁね……ってそれ褒めてるのよね!?」
ヨヨコ先輩は自分の曲が第三者に歌われるのが嬉しいのか、心なしか機嫌が良さそうだ。だが俺が歌えるSIDEROSの曲は、試験を受ける為に覚えたこれ一曲だけなので、あまり期待しないで欲しい。
俺は歌い終わると、ひとりと喜多さんから拍手を貰いながら席に着いた。しかしなにやら喜多さんは真剣な表情だし、ヨヨコ先輩も難しい顔をして考え事をしている。おかしいな、カラオケってもうちょっと楽しい感じの場じゃなかったっけ?
「あの……ヨヨコ先輩? どうでした?」
「……え? ああ、ごめんなさい。そうね……歌はまぁ普通ね」
恐る恐る感想を聞いてみるとあんまりな答えが返って来た。さっきの考え込んでたのはなんだったんだよ……まあでも自分の歌が普通なのは知ってた。冬休みのカラオケ大会でも点数は普通だったからね……
一曲歌って満足した俺がマイクを手渡そうとひとりの顔を見ると、ひとりは顔が取れてしまいそうな程の勢いで首を左右に振って答えた。ただでさえ恥ずかしがっているのに、ヨヨコ先輩が合流した事でさらに腰が引けてしまっているのかもしれない。仕方ないので、俺はいまだ暗い表情の喜多さんへマイクを手渡した。
マイクを受け取った喜多さんはそのまま曲を入力すると、歌を歌い始めた。しかしヨヨコ先輩が合流するまでの楽しそうな様子はすっかり鳴りを潜めてしまって、歌っている最中にもどうにも表情に陰りが見られる。
歌っている喜多さんをじっと見ていたヨヨコ先輩は、そんなどんよりとした喜多さんの様子に気付いたのかおもむろに口を開いた。
「……もしかして今日はただ遊びに来ただけじゃないの?」
「あっ実は練習に……」
てっきり冬休みの遊びのリベンジだと思っていた俺とひとりは驚いて喜多さんを見た。喜多さんは肩を落として椅子に座ると、俯きながら今日カラオケにやって来た理由をポツリポツリと話し出した。
喜多さんの話によると、今日カラオケにやって来たのは新曲のMVを何度も聞き返している内に違和感が出て来たからという事らしい。曲は良いのに自分が歌っているといまいちに感じた事と、それに加えて新曲のエンジニアを担当したPAさんに歌の感想を聞くと、補正しがいがあったとの答えが返って来たらしく、最早自分の歌の何が駄目なのか分からなくなり、藁にもすがる思いでとにかくカラオケで練習しようと思って今日やって来たとの事だった。
「それで、冬休みに聞いた山田君の歌を思い出して。その、失礼かもしれないけど、あまり上手くなかったのに、今の私の歌と違って、なんだかしっくり来たというか……聞いてた皆の評判も良かったし……だから、もう一度山田君の歌を聞けば何か分かるかもって思って誘ったんだけど……」
「……それで、何か掴めたのかしら?」
「……いいえ。でもさっき改めて聞いて、やっぱり山田君の歌はなんだか良いと思ったわ……」
カラオケで九十点後半を連発する歌の上手い喜多さんが、俺の普通な歌に現状を打破するヒントを求めたらしい。正直全く意味が分からない。なにせ先程ヨヨコ先輩に歌は普通とお墨付きを貰ったばかりだ。
喜多さんの話を聞いて思案していたヨヨコ先輩は、一度俺へと視線を向けると、すぐに喜多さんへと視線を戻して口を開いた。
「……そうね。もう少しお腹から声出すとか、カラオケ感覚でやってたら変なのは当然だとか、言いたいことは色々あるけれど、こいつの歌に活路を見出したのなら、こいつの歌で答えを見つけてもらいましょう」
そう言うと、ヨヨコ先輩は俺に向かってこの曲は歌えるのかと曲名を出しながら聞いて来た。そうして俺が歌えると答えた流行りの恋愛ソングを端末に入力すると、テーブルに置いてあったマイクを投げてよこした。
「それじゃあよく聞いてなさい。こいつの歌を」
俺が歌い終わると、喜多さんは驚きの表情でこちらを見ていた。
「す、凄い! 山田君! いまの歌、凄く
「あっ……太郎君……えっと、わっ私は良かったと思うよ……」
驚きにはしゃぐ喜多さんの言葉に俺が遠い目をしながら腰を下ろすと、流石に気の毒になったのか隣に座っていたひとりが慰めてくれた。良いんだよひとり、自分で普通なのは知ってるからな。だからノーダメージです。
「でもどうしてかしら? さっきのSIDEROSの歌はあんなにしっくり来てたのに」
「それは多分選曲のせいね。さっきの
凄い言われようだ、まぁ実際ヨヨコ先輩の言う通りだが。でもそんなすぐ正解を説明するんならこれ俺が実際に歌った意味ありましたかね? 単に俺が辱められてるだけじゃないっすか? 俺の心大丈夫そ? ノーダメージです。
喜多さんはヨヨコ先輩の説明に思う所があって納得したのか、今までよりも少し表情が晴れた様子だった。だが、ふと何かに気付いたのか先程よりも不安そうな表情で小刻みに震え出した。
「そっか……あれ? でもそれじゃあ、私ってひとりちゃんの歌詞を全然理解出来てないって事? そ、そんなので私、結束バンドのボーカル出来るのかしら……」
「ま、まぁそういう意味では今の貴方には結束バンドのボーカルである必然性は感じられないかもしれないわね……」
そら(自分のバンドの歌詞の理解度が低いと言われたら)そう(今後ボーカルが出来るか心配になる)よ。
最終的にはこういう結論になってしまうとある程度予想していたのか、ヨヨコ先輩は気まずそうに視線を逸らしている。なんと声をかけていいのか分からずに俺も困っていると、俺の隣に座っていたひとりが突然立ち上がった。
「あっあの!! けっ結束バンドのボーカルが喜多ちゃんじゃなくていい……なんて事は……ない……です……」
「ひとりちゃん……私、頑張るから!」
突然のひとりのふり絞るような声に喜多さんは驚いていたが、すぐに感極まったようにひとりの右手を自身の両手で包み込むように手に取った。
あら^~いいですわゾ^~。俺もひとりに言われてぇなぁ~……上目遣いの潤んだ瞳で「太郎君じゃないと……駄目です……」とか言われてぇな~俺もな~。なんかねぇかな~言われそうな事……なんもねぇなぁ~……十年も一緒にいて俺の評価どうなってんのこれぇ? まぁ今更なんでね、これもノーダメージです。
その後、悩みが解消されたのか大分調子を取り戻した喜多さんやヨヨコ先輩の歌を聴きながら、俺達は時間が来るまでカラオケに興じて過ごした。
カラオケ店から出ると、俺達の前を歩く喜多さんはヨヨコ先輩の隣に並んで何やら話をしていた。珍しい組み合わせだが、聞こえて来る内容からヨヨコ先輩が歌について先程よりもう少し具体的なアドバイスを喜多さんにしているのが分かった。
そんな話を聞きながらひとりと並んで歩いていると、先を歩く二人が立ち止まった。どうやらここでヨヨコ先輩とはお別れらしい。
「ヨヨコ先輩、今日はありがとうございました」
「別に……そっちがあっさり審査に落ちると姐さんがうるさいからよ……」
「大槻さんって優しいのね……」
「うっうるさい! 私はキライ!!」
俺は結構ヨヨコ先輩の事好きですよ、とか言ったら三人からセクハラ認定されて殴られそうだからやめておこう。
ヨヨコ先輩は俺達にお礼を言われた事が恥ずかしかったのか面倒そうにそっぽを向いて答えたが、少し頬を赤らめていた。そんな恥ずかしさを隠す為なのか、ヨヨコ先輩はわざとらしく咳ばらいをすると、誤魔化すように俺に話を振って来た。
「そ、そんな事より太郎。あなたそこそこ歌えたのね。練習すれば使い物になりそうだけど、まぁ演奏しながら歌うのは無理よね……」
「出来るぞ」
「やっぱり無理よね……って出来るの!? 本当に!? ドラムを演奏しながらよ!?」
「出来るぞ」
まぁ出来ると言っても、そこからお出しされるのはさっきヨヨコ先輩や喜多さんに普通と称された七十点くらいの歌だけどな。
ヨヨコ先輩が酷く驚いているのはちゃんとした理由があって、ドラムボーカルは純粋に難しいのだ。なにせ両手両足を別々に動かして、なおかつ歌まで歌うとなると、五つの作業を並行してやっていることになる。ただこれは練習で克服できる。やり方は簡単、ドラム練習の時に歌を歌いながら叩くだけ。事実俺はドラムを独学で勉強しようと思った時に、ネットにそう書かれていた文章を発見して今日まで実行してきたのだ。ね、簡単でしょう? 虹夏先輩に言ったら殴られそうだな。
二つ目の理由はとにかく体力がいるのだ。ただでさえドラムを叩くだけでもしんどいのに、更に歌まで歌うのは中々厳しい物がある。これの克服方法も簡単、心肺機能を鍛えましょう。それにしたって限界はあるので、ワンマンライブで全曲ドラムボーカル! ってのはちょっと厳しそうだが。
他にも体が激しく動くのでマイクの位置が一定にならないとか、ドラムの呼吸と歌の呼吸が合わないとか、座ったまま歌うから声が出しにくいとか、マイクにドラムの音が入るとか、普通にドラマー人口が少ないからとか色々と理由はある。
ちなみに一説にはドラムボーカルよりもベースボーカルの方が難しいなんて話もある。こういう事を聞くと、廣井さんの天才ぶりが再確認できるだろう。知れば知るほどあの人は只の飲兵衛ではないのだ。
「ちょ、ちょっと待ちなさい! 道具持ってる!? 今からどこかスタジオに……!」
「いやもう俺達帰らないと。それに俺はドラムスティックすら持ってませんし、三人とも楽器持ってないじゃないですか」
ドラムボーカル候補が珍しいのか、すごい剣幕で迫って来るヨヨコ先輩を落ち着かせるようにそう言うと、ヨヨコ先輩は悔しそうに目を瞑って呻き声をあげた。
この四人でスタジオで合わせるのも面白そうだと思ったが、冷静に考えたらドラムギターギターギターって編成が偏りすぎだろ……そりゃギターは人気パートだけどさ……
難しい顔でぶつぶつと何か言っているヨヨコ先輩の口からは時々「男性ボーカルが……」とか「コーラスが……」などの言葉が聞こえて来る。しばらく考え込んでいたヨヨコ先輩は、やがてジロリとこちらにジト目を向けると声高に叫んだ。
「あーもう! なんでそういう大事な事をもっと早く言わないのよ!」
俺がドラムを演奏しながら歌えることがそんなに重要だとは思わなかったのだ。正直廣井さんがいればそれで十分だと思っていたし、更にヨヨコ先輩が入ってますます俺の普通な歌など必要無いと思っていた。
「男女のツインボーカルとか、コーラスとか色々あるでしょ! 男性ボーカルが出来るなら曲作りにも幅が出るし、なによりこれはBoBの武器になるわ」
ヨヨコ先輩が言うには、俺の歌は訓練して曲を選べば一応通用するらしい。だが俺の普通な歌が通用するのなら、ひとりの歌も通用するんじゃね? こいつの歌唱力はそんなに俺と変わらんだろ。
ひとりも巻き込んでバンド全員ボーカルを提案しようかと思ったが、結束バンドのボーカルである喜多さんの前でひとりのボーカルを提案しても良い物か悩んだ俺は、とりあえず一旦保留にすることにした。命拾いしたなひとり。だが逃がさん……お前だけは……
「まだ何か言ってない事ないでしょうね? はぁ……とにかく、この事は姐さんにも言っておくから。いいわね!?」
「アッハイ」
目を吊り上げてまだ隠し事が無いか俺に迫って来たヨヨコ先輩は、一度ため息を吐いて呆れたようにかぶりを振ると、有無を言わさぬような強い口調でピシャリと言い放った。
「あなたと話してると調子が狂うから、私はもう行くわ……じゃあね」
「ウス。あ、ヨヨコ先輩。ヒトカラ嫌なら良ければ誘って下さいよ。そんで、歌を教えて下さい」
「うっうるさい! 今日はたまたま一人だったの! ………………ほっ本当に呼ぶわよ?」
「良いですよ……出来れば事前にロインくれるとありがたいですけど……」
人を信じられない保護犬みたいになってるじゃねぇか……こんな悲しきモンスターを作ってSIDEROSメンバーは何してんだよSIDEROSメンバーは……
そうしてカラオケの約束をすると、今度こそ本当にヨヨコ先輩は去って行ったので、俺達三人は駅へと向かって歩き出した。
駅のホームに着くと早速電車がやって来た。俺達二人は神奈川方面なので喜多さんに別れの挨拶を伝えて電車に乗り込むと、何故か喜多さんも一緒に乗り込んできた。
「えっ? 電車違いますよ……!?」
ひとりが驚いて訊ねると、喜多さんは目を輝かせて理由を話し出した。どうやら先程ヨヨコ先輩に言われた『曲への理解』を深める為に、今日と明日の二日間、後藤家に泊まってひとりに歌詞を解説して貰う事で、現在直面している問題の突破口を開こうと思っているらしい。
「わっわかりました……」
「本当!? ありがとうひとりちゃん!」
「おいおい、今回はえらくあっさり納得したな」
気味の悪いほど素直に納得したひとりは、俺へと顔を向けるとニヘラと不気味な笑みを浮かべた。
「太郎君の家に今週末泊まっていい?」
「いや駄目に決まってんだろ。やけに素直だと思ったら逃げる算段をつけてたのかよ。それにそんな事言ってると……」
「もー! ひとりちゃんが居なくちゃ意味ないじゃない! それなら、私も山田君の家に泊っていいかしら!? なんだか修学旅行みたいで楽しそう!」
「ほら絶対こうなるんだよ。いい加減腹をくくって喜多さんと週末を過ごせ。夏に一回家に遊びに来てるんだから大丈夫だって」
「でっでも……あっそれじゃあ太郎君、ウチに泊まりに来て!」
「なんでそうなるんだよ……と言うかお前だけならまだしも、喜多さんが居るのに俺が泊まりに行ける訳ねーだろ」
「なっなんで……あっ布団なら私の使っていいよ……」
「いや布団の問題とかじゃねーから……」
俺の家に逃げ込む事に失敗したひとりをなんとか説き伏せると、ひとりはあまりのショックと喜多さんとタイマンと言う地獄の週末を予感して顔を溶かしていた。それを励まし慰めながら、家の最寄り駅まで喜多さんを加えた事でより賑やかになった電車での二時間を過ごす事になった。
駅から後藤家の前までやってくると、再び俺の腰にしがみ付いて同席を懇願してきたひとりをなんとか引き剥がし、そのまま喜多さんへと託して俺は自宅へ帰っていった。
翌日、朝早くから起き出して朝食を取ると、部屋でいつもの日課であるドラムの練習を始める。最近はドラムの練習をしながら、何かメロディが思い浮かんだら、どんなに短い物でも鼻歌なんかをスマホで録音しておくような事もやっている。
一応理論なんかも学んでいるのだが、店長曰く、日常的にそういう事をしておくと書ける曲の量や作曲に対する意識の違いになるし、その時イマイチだと思った物でも録音しておく事で、一年後や二年後か、何時かは分からないが遠い未来に出番がやって来る可能性も有る、かも知れないという事らしい。
「うーん……なんか……どっかで聞いた事ある気がする……まぁ一応録っとくか……」
そんな感じでドラムの練習をしながら思い付きのメロディを録音していると、もう昼を回って随分と経っている事に気付いた俺は、道具を置いてのそりと部屋を出ると昼食を食べに台所へと向かった。
「母さーん、昼飯……」
「それでねー、出会ってからしばらくしたら太郎ったらまるで妹が出来たみたいにひとり、ひとりってひとりちゃんにべったりだったのよ~」
「うへへへへ……そっそんな事もありましたね」
「へぇ~、山……太郎君って昔からひとりちゃんと仲良かったんですね!」
「!?!!? アイエエエ!? キタサン!? キタサンナンデ!? ひとりの家にいたんじゃ? 自力で脱出を?」
そこにはテーブルに並べられた紅茶やお菓子を食べながら、俺の母さんと和やかに話をしているひとりと喜多さんの姿があった。
「あっ太郎君」
「あ、山……た、太郎君! お邪魔してるわ!」
「あら太郎。全くもう~この子はまた変な事言って……」
いやマジで何でウチにいるんだよ、来たの全然気づかなかったわ……ひとりに歌詞の意味を説明して貰うんじゃ無かったのか? しかもまた正月みたいにひとりと二人でウチでお茶してるし……ウチはカフェじゃねぇぞ……と言うか今何の話してたんだよ……怖いよ……
驚いて固まっていた俺に母さんはテーブルに着くように言うと、そのまま俺の昼飯を準備しに一旦席を外して台所へと引っ込んでいった。
俺が困惑しながらひとりの対面の席に着くと、喜多さんが状況を説明してくれた。それによると、昨夜ひとり本人に歌詞の意味を聞いてもよく分からなかったので、ひとり自身の事を知るために今日は朝から後藤家の面々にひとりの事を聞いて回っていたらしいが、更なる情報を求めて幼馴染の俺の家へとひとりと共にやって来たらしい。
「それでどうでした? ひとりのこと何か分かりました?」
「ひとりちゃんについては特に目新しい情報はなかったわ」
聞き込みの成果があまり芳しくなかったのか喜多さんは困ったようにそう言うと、しかし突如楽しそうに口の端を上げてニンマリと笑った。
「でも山田君の色んな話を聞けたわ!」
「えっ!? きっ喜多ちゃんウチでなに話してたんですか!?」
「なんでお前が驚いてんだよ!? 客をほったらかしにしてんじゃねーよ!」
喜多さんの得た謎の情報に俺達二人が戦々恐々としていると、母さんが俺の昼飯を持って戻って来た。母さんは昼食を俺の前へと置くと、そのまま俺の隣、喜多さんの対面の席へと腰を下ろした。
「おい、なんで座るんだよ。もう行っていいよ」
「何言ってるのよ。喜多ちゃんは母さんに話を聞きに来たのよ」
いやまぁそうなんだけどさ……正直キッツイんだよねこの状況……自分の同級生の女子が自分の母親と楽しそうに話してる横で飯を食うってどんな状況だよ……しかも喜多
まぁこういうのはあまり気にしても仕方ないと思って俺は昼飯を食う事にした。筋トレをすると言い出してから母さんが余分に付けてくれているゆで卵丸ごと一個が異彩を放っている。
「あら? 山……太郎君はゆで卵好きなのね」
「そうなのよ! ちょっと聞いてよ二人とも。この子ったら去年の夏休み終わったくらいから急に筋トレするとか言い始めてね! 色気づいちゃってまぁ~」
うるせぇよ……何なんだよ色気づいたって……いかん、落ち着け……キレるな俺……こんなもんは中年ババアの戯言だ……俺はただ飯を食いたいだけなんだ……
「そういえば中学の時も急に変なバンドTシャツ? 着て学校行ったりしてね~。友達もいないのに。きっとひとりちゃんにいい所見せようとしてるのよこの子ったらまぁ~」
「やめっ……やめろー!! おい!? 何の話してんだ!?」
くそっ! 絶対触らないつもりだったのについ触ってしまった。だって仕方ないだろう、何を言い出すんだこいつは!?
慌てて前に座っている二人を見れば、ひとりは俺の失敗談に自分の中学の時の失敗を思い出したのか白目を剥いてダメージを受けているし、喜多さんは何かの琴線に触れたのか、いつものようにお目目キラキラでこちらを見ていた。
「喜多さんもなんでそんな楽しそうな顔して聞いてるんですか!? そもそも今日はひとりの事を聞きに来たんでしょう!?」
「まぁその話は後でもいいじゃない!」
「いや良くないですよ!? それが本題でしょう!? 歌は良いんですか歌は!?」
「いちいちうるさい子ね~……ごめんね二人とも。カワイイ女の子が二人も家に遊びに来てるから舞い上がってるのよきっと」
「ああああああああ!!!!」
こいつホンマこいつ……さっきから俺のキャラが崩壊してるじゃん。あーもうめちゃくちゃだよ。
これ以上母さんと話していると振り回されてどうにもならないと思った俺は、今後この会話には絶対に関わるまいと決意して黙って昼食を摂る事にした。
「あらら、拗ねちゃった。それで、喜多ちゃんはひとりちゃんがどんな子か聞きたいんだったかしら?」
「はい。私、ひとりちゃんの事もっとよく知りたくて」
「そうねぇ~、小さい頃から物静かな子だったかな。でもとっても可愛いくて優しい良い子よ~。なんといっても、友達のいない太郎ともずっと仲良くしてくれてるしね」
「うっうへへへへ……たっ太郎君は私がいないと駄目ですからね……」
「いい度胸じゃねぇの(ザッ」
くそう……関わるまいと決意した直後に口を挟んでしまった。堪え性が無さ過ぎるだろ俺……絶対に関わらないとか言ってたのがフリみたいになってんじゃん……
「まぁこんな感じの太郎がずっとくっ付いてるせいでひとりちゃんに友達が出来ないんじゃないかって心配してたんだけど、高校生になって友達が出来たみたいで安心したわ~。ひとりちゃんも太郎が邪魔になったら遠慮なく言って良いのよ?」
「どういう事だよ……でもちょっと思い当たる
「あっいえ……その……わっ私は別に嫌じゃないです……うへへ……」
俯きがちに顔を伏せて、長い前髪で目元を隠しながら口元を緩めて遠慮がちに呟くひとりの言葉を聞いて、母さんは感極まったように溜息をついた。
「はぁ~……良かったわね~太郎、ひとりちゃんみたいな優しくて可愛い子が幼馴染で。こんな子があんたと一緒にいてくれるのは奇跡なのよ? アンタとひとりちゃんを引き合わせた母さんに感謝してよね」
「奇跡って……ま、まぁそうかもしれないけど、なんか母さんには素直に感謝出来ないんだよなぁ……」
「……やっぱり本物の幼馴染って凄いのね~」
「喜多さんにはそういう人居ないんですか?」
俺達の話を聞いていた喜多さんが羨ましそうに言葉を溢したので、俺は前から疑問に思っていた事を聞いてみた。喜多さんが何時から今のような陽キャなのかは分からないが、昔から今くらい交友関係が広ければそれこそ小学生からの付き合いの友達くらい居そうだと思ったからだ。
「うーん……残念ながらいないのよね。一番それに近いのはさっつーかしら? 中学から今までの四年間、ずっとクラスが一緒の子なんだけど……今度機会があったら紹介するわ!」
そんな話をしばらくしながら喜多さんは一度飲み物で喉を潤すと、まだ聞きたい事があるのか母さんに顔を向けた。
「そういえば、山……太郎君はひとりちゃんに誘われて楽器を始めたって聞いたんですけど」
「そうなのよ、なんだか急にドラム? だかをやるって言いだしてね。どうせひとりちゃんにいい恰好見せる為に始めたんだろうから、すぐに飽きてやめるかと思ってたんだけど、これが思いのほか長く続いてね~」
「おい、そんな風に思ってたのかよ……」
「ひとりちゃんに負けないようにって、中学時代は毎日六時間以上練習してたわ。私はよく分からないけど、今は凄く上手になってるみたい。前に、ひとりちゃんのお父さんに言われて太郎の演奏動画? っていうのに広告? っていうのを付けたらしいんだけど、なんだか凄い事になってるってお父さんも言ってたわ。熱中できる事が見つかって、誘ってくれたひとりちゃんに感謝ね~」
「…………へぇ」
母さんの話を聞いていた喜多さんの口から、普段からは想像できないような、なんとも珍しい声が聞こえた気がした。その声を例えるなら、羨望、諦観、憧憬や諦念のような……そんな感じの感情の混ざったような声色をしていた……気がする。
「そういえばこの子、軽音部のギターの彼女が出来たらしいんだけど……」
「ちょっと母さん!?」
そんな喜多さんの様子が少し気になったが、続いて母さんの口から出て来た、息子の演奏動画はよく分からないとか言いながらも、ちゃっかり仕入れている面倒な爆弾のせいで全て吹っ飛んでしまった。
その後、母さんの話を聞いていると結構いい時間になったので、今日の喜多さんの山田家訪問はお開きとなった。
「今日はありがとね、山田君。本当は山田君のお父様にも話を聞きたかったんだけど……」
「それは個人的には遠慮したいんで、今日いなくてよかったですよ……まぁ父さんの話
ひとりと喜多さんを見送るために玄関へとやって来た俺は、ひとりを理解するという本来の目的を達成できたか喜多さんに質問してみた。正直今日の会話内容で喜多さんが何か掴めたかはかなり怪しい所だと思ってしまうが……
喜多さんは少し考えこむと、眉尻を下げながら申し訳なさそうに言葉を返した。
「う~ん。色々面白い話は聞けたけど、歌詞に関しては……」
「そうですか……」
今日はさんざっぱらアレな話しかしなかった事にちょっと申し訳なくなってしまう。それでも最後に何かないかと考えながら視線をあちこちと動かしていると、ふとひとりと目が合った。
「…………?」
なんとなくひとりを見ていると、ひとりが困惑したような笑みを浮かべて来たのを見て、俺の口から何の気なしに言葉が出た。
「まぁ自信を持ってくださいよ、喜多さん」
「えっ?」
突然の言葉に喜多さんは驚いてこちらを見た。喜多さんはひとりの歌詞が分からないと言って困っていたが、考えてみればそんなに心配する必要もないかもしれないと思ったのだ。何故なら――
「喜多さんは
虹夏先輩の紹介やリョウ先輩の紹介でもなく、ましてや喜多さん自ら立候補した訳でも無い。結束バンドでボーカルが必要になった時に、喜多さんが一度結束バンドに入っていた事など知らない、まっさらな状態でひとりが自分から声をかけに行ったのが喜多さんなのだ。だからきっと、ひとりと喜多さんには本人たちにも分からない共通する何かがあったんじゃないかと俺は思うのだ。
「確かにひとりと喜多さんはお互い真逆な性格ですけど、でもきっと大丈夫ですよ! 十年もひとりの幼馴染やってる俺が保証します」
「山田君……」
「でもひとりも逃げ回ってないで、ちょっとは喜多さんに協力してやれよ」
「う゛……がっ頑張りましゅ……」
そうして二人を見送った俺は、部屋に戻るとまたいつものようにドラムの練習を再開した。
後日、喜多さんは前に録った歌では納得できないと、新曲の歌の撮り直しをしたようだ。
ひとりの家でのお泊り会で何か掴んだのか、聞かせて貰った新しく録り直した歌は以前と比べてとても良くなっていた。もしかしたらひとりとの心の距離が近くなったのかもしれない――そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。
「この前はありがとね、ひとととりちゃん。それに山田君も!」
何故か喜多さんのひとりに対する接し方がちょっとよそよそしいし、呼び方がおかしな事になってんじゃねーかよ……あの後お前の家で一体なにがあったんだよひとり。
後藤母の証言
「うーん。小さい頃からひとりちゃんを引っ張っていってくれる子だったわ。実は私ね、太郎君がいれば、ひとりちゃんはなんとかなるんじゃないかと思ってるの。だって、通学に二時間もかかる高校に一緒に行ってくれるんだから、将来ひとりちゃんがところてん屋さんに就職しても、一緒についてきてくれそうじゃない? 万が一引きこもっても、外に連れ出してくれるだろうし、太郎君ならそうならないように動いてくれるだろうから」
後藤妹・犬の証言
「前にふたりがおっきくなったら、たろー君と結婚するって言ったら、おねーちゃんすっごく焦ってたの。でも、たろー君の事おにーちゃんって呼んだら、おねーちゃんがすごく気持ち悪い声で笑ってたんだよ~」
「ワワンワンワンワンワワワンワンワンワンワンワワン」
後藤父の証言
「太郎君は、ふたりの中の家族カーストランキングの僕とひとりの順位を、そんな訳無いって否定してくれているいい子だよ……それに、ひとりとバンドを組む為にってあんなにドラムを練習して上手くなるなんて、中々出来る事じゃないよ。ところで彼に軽音部のギターの彼女が出来たって話なんだけど……」
あんまり主人公を何でもできる万能選手にはしたくないんですが、BoBが他所からメンバーを借りてる以上、こいつがある程度色々出来ないと影が薄いし、話が受け身になっちゃうんですよね。新曲関係なんかはそれが顕著(廣井さんやヨヨコ先輩が動かないと新曲が出来ない)です。
物語の時期的にこの辺でバレンタインデーとかひとりちゃんの誕生日とかあるんですが……ちょっと話が広がらない気がするんでスルーすると思います。原作でもスルーしてるしね。