ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

31 / 46
 三話連続原作話ってマ? 猫弁慶とか言う作者引き出し無さ過ぎだろ……二万五千字超えそうだったので分割したのと、繋ぎの回なので今回ちょっと短めです。

 2025/06/06追記 廣井さんの住んでるアパートが御茶ノ水に比較的近い場所と判明したので修正しました。


031 第一回下北沢結束バンド路上ライブ見学編

 俺は今、廣井さんを背中に背負って廣井さんの家へと向かって歩いている。

 

 どうしてこんな事になっているのか、その説明をする前に今の結束バンドの状況を理解する必要がある、少し長くなるぞ。

 

 

 

 事の起こりは、三月に入りいよいよ結束バンドが未確認ライオットへ参加する為の新曲である『グルーミーグッドバイ』のデモテープをポストへ投函した所から始まる。

 

 無事デモテープを投函し、未確認ライオット一次審査であるデモ審査の結果が出るまでに何か出来る事が無いか探っていた結束バンドは、新曲のアピールも兼ねて投函から一週間後に下北沢で路上ライブを行う事にした。

 

 後藤ひとりのいる所に山田太郎ありという事で、俺は厄介古参ファンの如く結束バンドに引っ付いて路上ライブを見に来たのだ。(ひとりが)ストーカーみたいで気持ち悪いと思うかもしれない……でもしょうがないですね。

 

 しばらく下北沢を散策した後、路上ライブの場所が決まると、俺は一番前に陣取って結束バンドの面々の機材の準備を見ながら虹夏先輩に声をかけた。

 

「あ、それが前に言ってたバスドラ代わりのキャリーケースですか?」

 

「そうだよ! 太郎君は確か動画ではコンパクトなトラベラー使ってたよね? これもちょっと素朴だけど、意外とそれっぽい音するんだよ!」

 

 虹夏先輩が中身を空にしたキャリーケースにキックペダルを取り付けて音を鳴らすと、辺りにバスドラっぽい重低音が響き渡る。一緒に話を聞いていた喜多さんはその音を聞いて「人間っぽい音がするんですね」なんて言っていたが、そう言われるとキックペダルが当たるたびに人間の低い呻き声のような物が聞こえる気がしてちょっと怖くなってしまった。

 

 バスドラを別の物で代用する創意工夫に喜多さんが感心している隣で俺がキャリーケースから聞こえる人の呻き声にも似た音に怯えていると、リョウ先輩が何やら両手で箱を持ってにこやかな顔で話しかけて来た。俺の正面に見える箱の側面には『投げ銭してね♡』とマジックで大きく文字が書かれている。

 

「太郎、投げ銭箱はこれでいいと思う?」

 

「え? いや知りませんけど……まぁ良いんじゃないですか?」

 

「もっと真剣に考えて! これはとても重要な事なんだよ!」

 

「えぇ……」

 

 凄まじくどうでもよい事だと思い適当に答えると、いつもと違って酷く真剣な表情のリョウ先輩に怒られてしまった。真剣に考えろと言われても、投げ銭は演奏の結果だから入れ物はなんでもいいと思うんだけど……そんな俺達の様子を見ていたのか、機材の準備が終わったらしい虹夏先輩や喜多さんが集まって来た。

 

「太郎君はあの(・・)路上ライブで投げ銭とか貰ったの?」

 

「ええまぁ、動画ではカバー曲のメドレーを演奏してましたけど、あの後オリジナル曲もやったんで」

 

「その時は何処に入れて貰ったの?」

 

「ひとりのギターケースです」

 

「きゃー! ギターケースに投げ銭するなんて、なんだか映画やドラマみたい!」

 

「へぇ~、確かにギターケースを投げ銭の入れ物にするってなんだかベテランストリートミュージシャンみたいだよね」

 

「むぅ……確かにギターケースの方がストイックな印象が……でもこうして書いておいた方が心理的に入れやすいだろうし……」

 

 渋谷での路上ライブの事を話すと、喜多さんと虹夏先輩は楽しそうに声を上げた。

 

 あの時は単純にそういう入れ物を用意していなかったのもあるが俺も恐らくひとりも、やはり投げ銭をギターケースに入れて貰うということに一種の憧れみたいなものがあったのだ。バンドマンならきっと皆分かってくれると思う。事実ひとりもあの時は嬉しそうに顔と体をグネグネと動かしていた。

 

 だが、そんな喜多さんと虹夏先輩の言葉を聞いたリョウ先輩はなにやら難しそうな顔で考えこんでしまった。ブツブツと呟きながら投げ銭箱とギターケース……リョウ先輩の場合はベースケースだろうか? そのどちらの方が良いか真剣に悩んでいる。

 

「俺は観客が投げ銭しやすいように、サクラ的なヤツとして先にいくらか入れておきましたよ」

 

「! 流石太郎様。私奴(わたしめ)にもっとそういうがっぽがっぽなテクニックを教えてください」

 

 あまりにリョウ先輩が真剣に悩んでいるので、あの時実践した事を思い出しながら話をすると、またへりくだって更なる助言を求めて来た。

 

 リョウ先輩は話を聞いてしばらく悩んだ末に、やはり用意した投げ銭箱を使う事に決めたようだが、続いてスケッチブックを取り出すとなにやら謎のキャラクターが描かれたページを見せてくれた。

 

「あと結束バンドのマスコットキャラクター作って来た」

 

 スケッチブックには(ぼう)梨の妖精のようなシルエットのキャラクターが描かれており、その首の部分に相当する場所に結束バンドが巻かれている。ページ上部に結束バンドマスコット『けつばんちゃん』と書かれたそのキャラクターは、何故だかぐったりと項垂れており、隣には「餓死する……」と書かれた吹き出しが添えられている。

 

「えっ何か死にかけだけど……」

 

「投げ銭が一万円貯まるごとに餌が与えられて元気になってく設定」

 

 リョウ先輩が説明しながらページを捲ると、一万円ありがとうございますの文字と共に、先程より元気になったけつばんちゃんが「シャトーブリアンうめーっ」などとのたまい(・・・・)ながら何かを食べているイラストが描かれている。こいつ俺よりいいモン食ってんな……

 

 つまりはアレだ、トゥイッターなどでよく見るやつだ。一万円与えられてこれだけ元気になっているということは、十万円に到達したら一体この謎生物はどうなってしまうのだろうか? シャンパン片手にナイトプールとかに行っちゃうのか? 非常に気になる所である。

 

 しかしバンドのマスコットキャラクターか。BoBでも何かあった方がいいのだろうか? そういえばBoBのロゴなんかは要望があった筈だ。結束バンドのマスコットがけつばんちゃんなら、ぼっちずのマスコットはぼっちちゃんか? ってこれじゃひとりの事じゃねーか……いやまぁ俺は良いけどね、ひとりをマスコットにしても! あいつは世界を狙える可愛さだから! 

 

 リョウ先輩が考案したけつばんちゃんは一番怒られそうな虹夏先輩から却下される事も無く、逆に虹夏先輩の手によってもっと庇護欲を掻き立てられるような可愛らしいキャラクターにリメイクされる事になった。

 

 虹夏先輩は素直で常識的な人物だと思われているが、この一件から見ても分かる通り、意外な所でぶっ飛んだ性格だったりするのはあまり知られていない。

 

 そんな珍しい虹夏先輩にツッコミを入れる喜多さんを眺めていると、お馴染みのへべれけ声が聞こえて来た。

 

「うえええ~~●▽☆みんなやってんrjsdk。応援にき▽◎♪sj☆▽※×〒hfkふsf」

 

「廣井さん!? 太郎君はこっちですよ!」

 

「えぇ……いきなり丸投げかよ……」

 

「あ~太郎君じゃ~ん! おひさ~」

 

 廣井さんとは一月下旬のライブから実に約一ヵ月ぶりの再会である。本来なら月に一回、二月の下旬にもSTARRYでライブの予定だったのだが、BoBはひとりをレンタルする都合上結束バンドの予定が空いている必要がある。今回は未確認ライオット用の新曲レコーディング等があった結束バンドがライブをお休みしたために、BoBも定期ライブはお休みという事になったのだ。

 

 いつもの様にスカジャンを羽織り一升瓶を抱えている廣井さんは、相変わらず裸足に下駄を履いている。スカジャンの下には何故かこの寒いのにいつもより丈の短い膝上までのキャミワンピースを着て、肌寒いのか首にマフラーをしていた。そんな年中同じ格好の小学生男子のような廣井さんの姿は、見ているこっちが寒々しい。

 

 そんな廣井さんは後ろの観客に邪魔にならない様に最前列でしゃがみこんで路上ライブが始まるのを待っていた俺を見つけると、俺の背中に覆いかぶさるようにもたれ掛かって来た。

 

「はぁ~……あったかあったか」

 

「うわ酒くさっ……っていうかよくここで路上ライブするって分かりましたね?」

 

「いや~外だと通報されるからSTARRYで飲んでたんだけど、先輩からぼっちちゃん達がライブするって聞いてさ~。でも箱でのライブかと思ったら路上か~……打ち上げねーなこりゃ……」

 

「それ完全に店長に厄介払いされてるじゃないですか……それにここは先輩バンドマンである廣井さんが『初路上ライブのお祝いにお姉さんが奢ってあげる~』とか言って株を上げる場面ですよ」

 

 廣井さんは俺の言葉を聞いて一瞬言葉を詰まらせた後、「おーぼーだ~」なんて言いながら手足をジタバタと動かして駄々をこねていたが、やがて四肢を脱力させて全体重を俺の背中に預けながらぐったりすると、満足したのか背中から離れて俺の隣に同じようにしゃがみこんだ。

 

「そーいえばさ~、大槻ちゃんに聞いたよ~。太郎君歌えるんだって? なんで今まで黙ってたのさ~」

 

「黙ってた訳じゃないですけど、一流ボーカルの廣井さんやヨヨコ先輩がいたら俺が歌わなくても良いかなって」

 

 その言葉を聞いた廣井さんは両手の手のひらを上へ向けて肩を竦めるというポーズを取ると、いかにも『わかってねぇーなこいつ』と言った表情で鼻を鳴らした。

 

「歌の上手さとボーカルの上手さは違うんだよね~。ほら、パンク・ロックなんて歌ってる奴は全員歌下手くそでしょ?」

 

「やめなさいよ……俺はその話題には絶対に触りませんよ!?」

 

 酔っているせいかなんだかやばそうな事を言い始めた廣井さんに忠告すると、廣井さんはケラケラと笑いながら言葉を続けた。

 

「あはは、違う違う! 私が言いたいのは、要は刺さる音楽に歌の良し悪しはあんまり関係ないって事。むしろ、小奇麗にまとまってないからこそ届く歌ってのもあるんだよ~」

 

「それはヨヨコ先輩も似たような事言ってましたね」

 

「でしょ~? それで、私去年からいくつか曲作ってたんだけどさ~、完成したら太郎君歌ってよ~。それにもし歌がイマイチでも、配信はしなくてもライブ限定で太郎君が歌えば絶対面白いって!」

 

「へぇ~、どんな曲ですか?」

 

「んふふ~、ひみつ~」

 

 廣井さんは楽しそうに俺の背中を叩きながらそんな事を言い出した。そういえばライブ限定で歌うなんて事も出来るのか。確かにそういうのもライブの特別感が出て面白いかもしれない。それにライブの時だけならひとりも歌ってくれるだろうか? 出来ればひとりの夢を叶えてやりたい──いや、俺が(・・)ひとりが歌っている姿を見たいのだ。

 

「俺はひとりにも歌って欲しいんですよねぇ……」

 

「ぼっちちゃんも? いいね~! 全員がボーカル出来るバンドってのも面白そう! あ、それなら太郎君が作曲してあげなよ! 勉強してるんでしょ~?」

 

 目の前で路上ライブ用の立て看板を楽しそうに作っている虹夏先輩達を見ながら俺がポツリとそう呟くと、廣井さんは名案でも思いついたように楽しそうに声を上げた。

 

 俺が曲を作る、か……確かにあいつは廣井さんやヨヨコ先輩の作った曲だと「わわわ私なんかが歌うにはもったいない曲です……」とか何とか言い訳を並べて逃げる未来しか見えない。その点俺の作った曲なら「まぁこれくらいの曲なら……」てな具合にいけるんじゃないだろうか? うーん、ちょっとやる気が出て来たぞ。

 

「ひとりが歌うならどんな曲がいいですかね?」

 

「私としてはブリットポップなんかいいと思うんだよね~。〇asisみたいなやつ。で? そのぼっちちゃんは何処にいんの?」

 

「えっ?」

 

 俺の質問に答えてくれた廣井さんが急におかしな事を言いだした。準備をしている結束バンドのメンバーを見ると、当然そこにいると思っていたひとりの姿が見当たらない。お、おかしいな? ここには確かに一緒に来た筈なんだが……

 

 ひとりを探すように辺りを見れば、いつの間にか結束バンドの路上ライブを見に結構人が集まっていた。そんな観客を見た虹夏先輩がそろそろ始める旨を喜多さんに伝えている。

 

 いよいよ本番が近づいて不安そうな表情の喜多さんは、何故か自分のスマホのwi-fiや携帯充電器を差し出して接待しだした。

 

 もしかしたら喜多さんは路上ライブの経験が無いので緊張しているのかもしれない。前に店長に言われた通り、箱でのライブは出来るが路上ライブは出来ない奴が多いと言う言葉が思い出される。

 

 虹夏先輩とリョウ先輩はあまり普段と変わらない様子だが、そういえば二人は結束バンド以前にも各々バンドを組んでいたらしいので、路上ライブの経験があるのかもしれない。

 

 ひとりも路上ライブの経験は金沢八景と渋谷の二回あるので、今回喜多さんを引っ張る役のはずなんだが、一体どこにいったのか……そんな事を考えて視線を彷徨わせてひとりを探していると、ひとりでに虹夏先輩のバスドラ代わりのキャリーケースが開き、中に座り込んでいたひとりが姿を現した。姿が見えないと思ったら、どうやら路上ライブに恐れをなしてケースの中に逃げ込んでいたようだ。

 

「いないと思ったらなにやってんだあいつ……って言うかキャリーケースから出てた音って半分あいつの呻き声じゃねーか……」

 

「あはは! っていうかぼっちちゃんあんなとこによく入れたねー!」

 

 ケース内に座り込んだひとりは喜多さんと何事か言葉を交わすと、虹夏先輩と喜多さんにキャリーケースから引っ張り出されていた。しかしキャリーケースの中に入るのは割とガチで危険な案件なので、後でちょっと言っておいた方が良いかもしれない……

 

 そんなアクシデントもあったが、いよいよ路上ライブが始まった。

 

 開始早々投げ銭が入った事で、演奏を止めて入った金額を確認しに行ったリョウ先輩の頭に虹夏先輩がドラムスティックをぶっ刺すというバイオレンスな事もあったが、ライブを見ている観客の反応は上々だ。

 

 いざライブが始まれば曲に対する反応もなかなか良いし、投げ銭もそこそこ入っている。加えて喜多さん本人が不安がっていた歌声を褒める声も聞こえてきた。これはもしかして俺達が金沢八景でやった路上ライブより盛り上がってるんじゃないだろうか……おかしいな? 俺達ヒーローだった筈なんだけど……

 

 そんな観客の反応に良い雰囲気を感じた俺と廣井さんは、今回の路上ライブの成功を確信してお互い顔を見合わせて笑顔で一つ頷きあった。

 

 

 

 

 

「今日はこれで終了です。ありがとーございました!」

 

「これから毎週ここでライブするんでよろしくね~!」

 

 喜多さんが路上ライブの終了を宣言すると観客から沢山の拍手が起こった。去って行く人からもかなり良い評価が聞こえて来たし、虹夏先輩が次のライブの告知を行うとまたライブを見に来ようかと相談する声も聞こえる。そんな声を我が事の様に喜びながら俺と廣井さんが話していると、後ろから不意に声が掛けられた。

 

「やっほー太郎君」

 

「あ、一号さん。それに二号さんも。お二人とも来てたんですね」

 

「結束バンドあるところ一号二号ありってね! 誰かさんと違って結束バンドは路上ライブでもちゃんと告知してくれるから安心だわー」

 

「意外と根に持ちますね……でもBoBは路上の告知はしませーん!」

 

「ぐぬぬ……太郎君も意外と強情だね……」

 

「そんな事より結束バンドに挨拶しなくていいんですか?」

 

「物販に新しい商品も無いみたいだし、まずは新規のファンの人が優先かなって思って」

 

 二号さんの言う通り、広げた物販の周りには路上ライブを見てくれていた人が何人か集まっていた。確かに常連ファンがメンバーと親し気に話をしていたら、新規ファンは近寄りがたいかもしれない。流石は一号二号さん、気遣いの出来る古参ファンである。

 

「そういえば喜多ちゃんの歌声がなんだか変わった気がするんだよね。なんて言うか……より気持ちが入った? みたいな」

 

「へぇ~見る目あるね~……そういえば二人は金沢八景の路上ライブからのファンだっけ? なるほどね~」

 

 廣井さんは一号二号さんがまさに最古参のファンだと思い出したのか、一皮むけた喜多さんの歌声を褒めた一号さんの発言に納得したように一人で何度も頷いていた。

 

 そうしてしばらく四人で話をしていると、物販を見ていた人が少なくなったタイミングで一号二号さんは虹夏先輩達へと声をかけに行った。

 

 一号二号さんは結束バンドの面々に声をかけて恐らく差し入れだと思われる紙袋を手渡していた。しばらくして話が終ったのか、二人は一度俺達へ向き直ると小さく手を振って別れの挨拶をしてきたのでそれに同じように返すと、二人は楽しそうにそのまま帰って行った。

 

 やがて物販を見ていた人もいなくなり、撤収準備を始めた虹夏先輩達へと俺達二人は歩み寄った。

 

「虹夏先輩お疲れ様です」

 

「や~よかったよ」

 

「ありがとう太郎君。それに廣井さんも」

 

「観客の声が聞こえてましたけど、喜多さんの歌も評判良かったですよ」

 

「本当!? 良かった! 始まる前は緊張してたんだけど、これもごとひとちゃんのおかげね!」

 

「皆の初ライブから観てる身としてはこみ上げてくるもんがあったよ~………………胃から……」

 

 やはり緊張していたのか胸を撫で下ろしながら言う喜多さんの言葉を聞いた廣井さんがしみじみと言うと、廣井さんは咄嗟に右手で口元を押さえた。

 

「さようなら!! それじゃあ太郎君あとよろしく!!」

 

「それじゃあね山田君!」

 

「ええ!? ちょっと待っ……!? ま、待ってください廣井さん! ここでぶちまけるのはマズイですよ!」

 

 労いの言葉と共に廣井さんが右手で口を押えた瞬間──虹夏先輩達四人は驚くほどの速さで撤収準備を完了させて脱兎のごとく逃げ出した。

 

 緊張から解放されて動かなくなったひとりを引きずって行く結束バンドの面々を見ながら、その場に一人残された俺は慌てて廣井さんを近くの側溝まで連れて行くと、間一髪のところで人目につく道の真ん中に廣井さんの胃の内容物をぶちまけるのだけは阻止できた。まぁ側溝にぶちまけるのも本当は駄目なんだが……

 

 しばらく俺が廣井さんの背中をさすっていると、出す物を出し終えてある程度吐き気も収まったのかその場にへたり込んでしまった。廣井さんも側溝にぶちまけられた吐瀉物も、どちらもこのまま放置しておく事はできないので、俺は近くにあるコンビニに入り、初めて廣井さんと会った時の様に2Lの水やら酔い止めやらしじみの味噌汁やらなんやらを購入すると、再び廣井さんの元まで戻って来た。

 

「う~ん……本当は駄目だし、どこまで効果があるか分からないけど、一応やっとくか……」

 

 俺はへたり込んでいる廣井さんにしじみの味噌汁を手渡すと、取り敢えず側溝にぶちまけられたブツ(・・)に水をかけて流し始める。500mlではなく2Lの水を買ったのはこの為だ。これは一応、散歩中の犬のおしっこに水をかけるアレと同じ効果を期待しての事である。正直どれ程の効果があるかは分からないがやらないよりはマシだと思う……あと側溝にこういうの流したら本当は駄目だからね。

 

「大丈夫ですか廣井さん? 立てますか?」

 

「うぅーん……らいじょうぶらいじょうぶ」

 

 粗相(・・)の一応の後始末が終わった俺は未だにへたり込んでいる廣井さんの様子を伺う。今回は大分飲んでいるのか、同じように倒れていた金沢八景の時よりも症状が酷い気がする。

 

 とりあえず吐き気は無いようだが、立ち上がらせようとするとふらふらしている廣井さんを再び座らせる。さてどうするべきかと悩んだ俺は、こういう時の為に連絡先を交換したと言っても過言では無い人物に助けを求める事にした。

 

「……あ、もしもし岩下志麻さんですか? はいそうです太郎です。すみません実はちょっと廣井さんがですね……あ、はいそうです……え? いや、流石にそう言うわけには……はい……はい……志麻さんは……無理ですか……はぁ……え? イライザさんがですか? そうですか……はい……分かりました……えっ!? 廣井さんの家までですか? ……いやでも……はぁ……分かりました」

 

 開口一番その場に放置して帰っても良いと言われたが流石にそう言う訳にもいかないだろう。志麻さんが引き取りに来ることは出来ないと言われたが、代わりにイライザさんが来てくれるらしい。どうやらMoeExperiensのミーティングをしたいとの事らしい。ただイライザさんも今すぐと言う訳には行かないので、たったいま志麻さんから教えて貰った、御茶ノ水付近にあるという廣井さんが住むアパートまで俺が運んで、イライザさんとはそこで合流する事になった。

 

 とりあえず話はまとまったので志麻さんとの電話を切ると、俺は廣井さんへと近づいて背中を向けてしゃがみこんだ。

 

「ほら廣井さん、移動しますから掴まってください」

 

「うえ~? ろぉ~したのたろ~くん~?」

 

「ええい、面倒くさい酔っ払いめ……」

 

 吐き気は無いようで少し安心する。だがまだ酔っているのか自力では歩けないようなので、とりあえず背中に背負うと、タクシーが拾えそうな大通りまで歩く事にした。

 

「はぁ~……こりゃらくちんだぁ~」

 

「廣井さん、気分が悪くなったら直ぐに言ってくださいよ? 絶対に背負ってる最中に吐かないで下さいよ? あと今からタクシー乗りますけど、その中でも。フリとかじゃないですからね!? 絶対ですよ!?」

 

「わ~かってるって~。もぉ~しんぱいしょ~だなぁたろ~くんはぁ……う゛っ」

 

「おい廣井ぃ!」

 

 

 

 雨は降ってないけど、コンビニでレインコートとエチケット袋を買っておいた方が良いかもしれんね、これは。




 廣井さんの家関係は玄関扉と畳部屋って事以外全部想像なんで、外伝漫画で詳細が判明したら変更します。

一応新宿の事故物件とか調べて、廣井宅の場所はそのあたりを想定してます。もし廣井さんが下北沢から徒歩で行けない場所に住んでたら、うるせー! ウチの廣井さんは新宿の事故物件に住んでんの! って開き直るか、おんぶシュチュがやりたかっただけなんで徒歩はやめて素直に電車乗せます。おんぶシュチュは電車下りてからでも出来るからね。

 次回の廣井宅MoeExperienceミーティング編はやりたい展開とキャラ崩壊の反復横跳びで書き直ししまくってます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。