いよいよ池袋のブッキングライブ当日を迎えた今日、俺はいつも通りまずひとりと合流する為に後藤家へと向かった。
「うーっすひとり」
「おはよう太郎君……あっその帽子、前に言ってたグッズ出来たの?」
「おうよ。頼んでたのが届いたんだよ。どうだ? いいだろ?」
「うっうん!」
ひとりは俺を見つけるやいなや、俺が被っている正面に白い刺繍でBand of Bocchisと大きく描かれた黒いキャップ(つばの曲がった野球帽タイプ)を見ながら嬉しそうに声を上げた。ちなみに後ろのアジャスター部分の上には小さく白地でBoBの文字が描かれている。
BoBキャップ参考画像
ひとりからBoBのライブで使うギターが入ったケースを受け取ると、俺はキャップのつばを右手で掴みながらポーズを取って見せる。
この日の為……というわけでは無いが、いい加減BoBにも物販が無いとイカンという事で春休み中に話し合って、これから夏を迎える事と覆面をしていない時も少しでも顔を隠せるようにと、まずは俺が希望していたキャップを作る事になったのだ。
その数……百個! このグッズには全バンド資金の五分の三をつぎ込んだ。冗談だと思うでしょ? マジなんだよこれが……いやね、二か所に文字を入れたら結構高くなっちゃってね……一個二千円近く製作費掛かってんのコレ……完売しなかったらどーしよ……
ちなみに販売価格は三千円だ。おかげで今日は百個の在庫が入った大きなボストンバッグを持っている。
俺の被っているキャップを見てはしゃいでいるひとりに、バッグから一つ同じ物を取り出してひとりの頭に被せてやる。うーん、こいつ顔が良いからキャップも似合うな。
「はいよ、これはひとりの分な」
「わっ……いいの?」
「当り前だろ。お前はBoBの一員なんだから……と、いうわけで……」
俺はバッグから白い油性ペンを取り出すと、自分の被っているキャップと共にひとりへと差し出しながら深々と腰を折った。
「ごとりちゃんさん! コレにサイン下さい!」
「……ええ!? わっ私のサイン!?」
「そうだよ。あ、結束バンドで使ってる奴は駄目だからな。BoBではごとりちゃんだから」
「そっそんな事言われてもサインなんて……」
俺からキャップを受け取ったひとりは顔をデロデロのもちもちにふやけさせてニヤけながら、つばの部分の一番目立つ場所にさらさらとでっかいサインを描き始めた。
「作ってるじゃねーか!? 結構ちゃんとした奴! ってかデカイよ! 後で廣井さんとヨヨコ先輩にもサイン貰う予定なんだからちょっとは遠慮しろ!」
「うへへへへへ…………あっじゃあ太郎君も、サっサイン頂戴……」
「え? 俺のか? まぁいいけど……そういえば俺、サイン書くの初めてじゃないかな?」
「じゃじゃあ、私が第一号……やっやった……! ふへへ……」
俺はひとりからGotoriサインの入ったキャップを返して貰って被り直すと、続いてひとりが被っていたキャップとペンを受け取った。
一応俺も既にアーティストの端くれなのでサインは用意してある。といってもそれっぽく崩したローマ字でTaroと書くだけで、そんな大層な物ではないが。
ひとりにサインを書いて貰った場所と同じ、つばの部分に俺のサインを書いて返してやると、ひとりは目を輝かせて嬉しそうにサインの書かれたキャップを掲げながら見つめた後、大事そうに被り直していた。
どうでもいいけど、Go to riってGo to it(頑張ってやる)に字面が似てるよな。BoBでひとりのグッズを作るなら、この文を紛れ込ませるのも面白いかもしれない。
池袋のライブハウスに向かう前に、いつも通り結束バンドメンバーと合流する為にまずSTARRYにやって来ると、俺達の被っている黒いキャップを見た虹夏先輩が凄い勢いで食いついてきた。第一声で値段も聞かずに「買いますっ! いくらですか!?」と叫んだ姿は、まるで第一回結束バンド会議の時のリョウ先輩に対する喜多さんを見ているようだ。
虹夏先輩達には欲しければ無料で配る予定だったのだが、虹夏先輩が「太郎君も結束バンドグッズを購入しているから」と頑なに聞き入れてくれなかったので、結局お金を受け取ってキャップを手渡した。
折角だからと三人ともサインを求めて来たので、俺達のキャップと同じようにサインを書いて渡すと、珍しくリョウ先輩が上機嫌だった。
「おお~。これは将来高値で売れる」
「ちょっとリョウ先輩!? 売る気ならそこに先輩の住所も書きますよ!」
「冗談冗談。私がそんな奴に見える?」
「目がお金の形になってますよ……」
そんな中、虹夏先輩はまだ何か用があるのか顔を赤らめながら恥ずかしそうに
「あの~……その~……太郎君とぼっちちゃんにちょっとお願いがあるんだけど~……」
「どうしました?」
ごにょごにょと口ごもっている虹夏先輩の言葉を待っていると、遂に覚悟を決めたのか、虹夏先輩は再びキャップを俺達に差し出しながら深々と勢いよく頭を下げた。
「……こっこのキャップの内側でいいから、ドラムヒーローさんとギターヒーローさんのサイン下さい!!」
それはもう教科書に載せたいくらいの見事なお辞儀であった。
そんな虹夏先輩を見ながら、突然の予想もしなかったお願いに驚いた俺とひとりはお互いに顔を見合わせる。
サインを書く事自体は問題ない。が、
「…………虹夏先輩。人にあげない、売らない、無くさない、あとは見せびらかさない、これらを約束できますか?」
「もっ勿論! 約束する!」
「……それなら俺は構いません。ひとりはどうだ?」
「うっうん。それなら私も……」
ひとりの同意も得られたので虹夏先輩からキャップを受け取ってなるべく目立たない部分、丁度良いのでつばの内側部分にDrum Hero Taroとサインを入れて、ついでに転売防止用に『虹夏ちゃんへ』とか書いてみる。
俺のサインを書き終わったキャップをひとりに手渡すと、ひとりも同じようにつばの内側にGuitar Hero Hitoriのサインと共に俺と同じように『虹夏ちゃんへ』とメッセージを入れていた。ギターヒーローのサインの時はひとり名義なんだな……こいつ一体いくつ自分のサイン作ってんだよ……
しかしこれ書いてみて分かったけど、俺達本人が書いたかどうかなんてわかんねーな。そういう意味では変なサイン入り帽子を被っている虹夏先輩が痛い子に見られる以外は、別に見られても問題なかったかもしれない。脅すようなことを言ってちょっと悪い事をした気もする。まぁ喜んでるみたいだしいいか。
「あっありがとう二人とも!! ふへへへへ……よーしっ! みんな今日は張り切って行こー!」
サインの入ったキャップを受け取った虹夏先輩は、目を輝かせて一度キャップを天にかざして仰ぎ見た後、珍しく気持ち悪い声を上げながら大事そうに両手で抱え込んで喜ぶと、サイン入りキャップをかぶって気合の入った声を上げた。
そんなこんなでようやくSTARRYを出発した。この後は廣井さんとヨヨコ先輩と合流する為に新宿駅に向かい、駅のホームで二人と合流してから池袋のライブハウスに向かう予定だ。
「やっほ~太郎君~。あ~バンドグッズ出来たんだ~。へぇ~中々いい感じじゃ~ん」
「……最初のグッズにキャップはどうかと思ったけど、中々悪くないわね」
「どうも廣井さん、ヨヨコ先輩。いいでしょう? 勿論お二人の分もありますよ。あ、早速ですけどお二人とも俺のキャップのつば部分にサイン貰えますか?」
「なんで同じバンドメンバーにサインをねだるのよ……ってちょっと!? 後藤ひとりのサインが場所を取りすぎでしょ!?」
新宿駅のホームで二人と合流した俺達はそのまま池袋へ向かう。
池袋までの道すがら電車の中で二人にサインを頼むと、廣井さんは快く、ヨヨコ先輩は呆れながらもまんざらでもない様子でキャップにサインをしてくれた。二人とも既に『おきく』と『つっきー』用のサインを用意しているのは流石だ。
「それにしても……太郎。今日の新曲大丈夫でしょうね?」
「任せて下さい、バッチリですよ!」
「あっ、もしかしてBoBも新曲やるの?」
意外と気に入ったのか、早速いつも被っているベレー帽? を脱いでBoBキャップを被ったヨヨコ先輩の新曲発言に虹夏先輩が興味津々に訊ねて来た。『BoB
「期待しててくださいよ虹夏先輩。今回の新曲は一味違いますから。な、ひとり」
「えっあっ……うん……」
新曲の作詞担当であるひとりに声をかけると、ひとりは挙動不審になりながら返事をした。今回の歌詞はいつもとちょっと毛色が違うので自信が無いのかも知れない。
「おはようございます! 結束バンドです」
「おはようございます。Band of Bocchisです」
「あっ、はよっす……」
池袋のライブハウスに入ると、中の空気はどうにもしらけたような雰囲気で、スタッフさんを見つけた俺達が挨拶すると何とも気だるそうで覇気がない返事が返って来た。
そんな中俺達の挨拶が聞こえたのか、すぐに一人の男性が面倒そうにこちらに歩いて来た。
男性の恰好はスーツ姿で、中には派手な模様の色付きシャツを着ている。髪は明るい色に染められたセミロング、へらへらと軽薄そうな笑みを浮かべているその姿はホストだと言われても納得してしまいそうだ。
「え~と……どちらさんでしたっけ? 輪ゴムとホッチキス? えっ? あ~けっそく? バンド? さんと、ぼっち? バンド? さんっすね~。出演頂きありがとうございます。ブッキングマネージャーの柳です」
恐らくメールを送って来た人と同一人物であろう柳と名乗った男性は、続けてリハーサルを始めるので準備をお願いしますとだけ言うと、直ぐに踵を返して去って行った。
やばい……今の柳さんの態度に俺の斜め後ろにいるヨヨコ先輩から物凄い怒気を感じる。激おこプンプン丸を超えて激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームの予感だ。ただヨヨコ先輩もある程度
柳さんの態度に思う所があったのはヨヨコ先輩だけではないようで、喜多さんが虹夏先輩へと小声でバンド名を覚えられていなかった事を相談している。
分かりにくいバンド名だしそういう事もあるだろうと無理やり己を納得させた虹夏先輩が先導する形で、俺達はまずいつも通り今日の出演者に挨拶するべく動き出した。
まずはいかにもきゃぴきゃぴした大所帯の地下アイドル『天使のキューティクル』。
「あ~おはようございます! 地下アイドルの『天使のキューティクル』です」
「今日はよろしくお願いしまーす!」
次に長髪に派手なメイク、それにトゲトゲした派手な衣装のデスメタルバンド『屍人のカーニバル』。
「デスメタルバンド『
最後に年齢を感じさせる無数のしわが刻まれた顔に、くたびれたスーツ姿の老年の男性臼井さん。
「定年退職したからこの機会に弾き語りを始めてみようと思ってねぇ……」
三組のバンドと挨拶を終えると、喜多さんと虹夏先輩は最後に
「あれ? 伊地知先輩、今日のイベントって仮装大会がテーマでしたっけ?」
「いや違うはず……」
「ちょっと!? なんで俺達を見ながら言うんですか!?」
「仕方ないじゃない! それに格好としては山田君達が一番仮装大会っぽいのよ!?」
「喜多さん!? なんて事言うんですか! 人の痛みが分かる子に……」
「……太郎?」
「ヒェッ……ヨヨコ先輩……いっいや、ちょっと皆さん見た目で判断し過ぎじゃないですか!? もしかしたらここからゴリゴリのハードロックが繰り出されるかもしれませんよ!?」
「でも彼らデスメタルって言ってたわよ?」
「い、いや……デスメタルもハードロックも人によって解釈が変わるでしょう?」
「彼女たちは地下アイドルらしいけど?」
「……オレにだって…………わからないことぐらい……あります……」
本気で怒っているわけではないであろうヨヨコ先輩に詰問されながら俺達がやいのやいのと言い合っていると、いつの間にか廣井さんと老年男性の臼井さんが話をしていた。
「いや~、私は弾き語り初めてまだ半年なんだけどね……」
「え~、半年でライブ出るとか、おっちゃんなかなかロックだねぇ~」
臼井さんの話では、自分ではハードロックのつもりは無いが、ある日突然このライブハウスの柳さんから演奏の絶賛と共に出演オファーのメールが来たらしい。
臼井さんが見せてくれたオファーメールは俺と虹夏先輩に届いたものと名前の部分以外は寸分変わらず同じ文面のメールで、いよいよもってヨヨコ先輩に聞いたスケジュール優先の適当ブッキングの噂が信憑性を帯びて来る。
俺はヨヨコ先輩に前もって忠告されていたので今のこの状況もあまり気にしていないが、虹夏先輩は他のバンドのリハーサルが始まっても若干動揺しているのか不安そうな表情だったので一応声をかけてみる。
「虹夏先輩大丈夫ですか?」
「え? あ、うん……大丈夫大丈夫! きっとブッカーさんは何かの狙いがあるはずだから!」
ここまで来てそれは流石に苦しい気もするが……しかし俺もブッキング戦略的な物に関しては全くの門外漢なので下手な事は言えないのである。
しかしあの夜の電話でこういう事態を予想しながらも、全く忠告出来なかった俺にも責任の一端はありそうなので、なんとか虹夏先輩を励ましてみる事にした。
「まぁ大丈夫ですよ虹夏先輩。
「えっ……? そっそれってどういう……」
「
「何言ってるのよあなた……」
「ちょっ……ヨヨコ先輩! いま俺の決め台詞中なんですけど……」
「……あはは。でもありがとう太郎君」
俺の言葉にどれほどの意味があったかは分からないが、虹夏先輩はそう言って笑うとひとり達と共にリハーサルの準備へと向かった。
ブッキングライブのトップバッターは老年男性の臼井さんの弾き語りだ。
今日のライブの出演順は最初に臼井さん、続いて地下アイドルの天使のキューティクル、結束バンド、デスメタルバンドの屍人のカーニバル、そして最後に俺達BoBの順番だ。
俺達BoBもひとり以外は既に覆面を装着して、結束バンドの面々と共に各出演者のファンの邪魔にならない様に後ろの方でステージを見ている。
臼井さんは曲を始める前のMCで観客がドン引きするような
そんな臼井さんの奏でる弾き語りは決して演奏技術も歌唱力も高い物では無いが、なんとも心に染みるもので、最前列にいる臼井さん目当ての観客からはすすり泣く声が聞こえて来る。
「はぁ~……何とも哀愁漂う曲だなぁ……技術はそんなでもないけど人の心を掴む歌……こういう事なんですねつっきーさん」
「えっ? いや……まぁ……そうね……」
「ひとりも……ってどうした!? お前泣いてんのか!?」
「うぅ……音楽で成功出来なかったら……太郎君に見捨てられたら……私……」
「うわあああん……やり直したい……」
「廣井さんまで!? あーもうめちゃくちゃだよ」
一部の人間にぶっ刺さった臼井さんの弾き語りが終わると、続いて地下アイドルの天使のキューティクルがステージに現れた。
最前列には先程の臼井さん目当ての年配の観客から入れ替わって、頭にハチマキを巻いてペンライトを両手に持った、いかにも地下アイドルファンと言った感じの観客がミカエルちゃんやらラファエルちゃんやらと熱い声援を送っている。
「シャンプー? リンス?」
「ヘアオイル~!!」
「じゃあ聴いてね☆ 『黒髪以外くそビッチ!』」
アイドル特有の独特なコーレス(コールアンドレスポンス。演者が観客に掛け声を求め、それに対して観客が応える事)を聞きながら、『推しが出ていない時でも盛り上げるべし』というどこかで見た教訓通り俺も声援を送ろうかと思ったが、男の俺が応援すると天使のキューティクルファンに変な誤解を与えかねないので、被っている覆面を光らせる位にしておいた。みんなペンライト光らせてるし、ちょっとくらい光らせてもバレへんか……
「はぇ^〜すっごい。ああいうコーレスもあるんですねぇ……」
「ちょっと太郎! 覆面が光ってるの眩しいんだけど!?」
「え? まぁちょっとくらいいいじゃないですかつっきーさん。それにこれ実は光らせると眩しくて俺も何も見えないんですよ?」
「だったら余計にやめなさいよ!?」
「やっぱり山田君が一番仮装大会じゃない!」
「何てこと言うんですか喜多さん! ひとりの覆面だって光るんですよ! ってどうしたひとり?」
「リョウとぼっちちゃんが地蔵と化している!!」
余程地下アイドルのライブの空気が合わなかったのか、普段の自分たちのライブとはかけ離れた盛り上がり方をみせる現状に、リョウ先輩とひとりは両手でペンライトを持ったまま白目を剥いて微動だにせずに棒立ちになっている。
ただ今日のライブの異質な空気を感じていたのはその二人だけでは無い様で、喜多さんも今回のジャンルがバラバラなライブの観客が自分たちのバンドに興味を持ってくれるのか不安そうにしている。
天使のキューティクルの一曲目が終わると、いよいよ空気に耐え切れなかったのか、それとも純粋に時間が来たからなのか、リョウ先輩とひとりは逃げる様に次の出番である自分たちの準備へと向かい、虹夏先輩と喜多さんもそれを追おうとした間際、俺は虹夏先輩に声をかけて呼び止めた。
「虹夏先輩」
「えっ? ど、どうしたの太郎君」
「……いえ、今日の虹夏先輩には、前に俺も言われた言葉を伝えておいた方がいいと思いまして……んん……一応言っときますけど、今日のお客さん達は先輩達の戦う相手じゃ無いですからね。
「!! うん……ありがとう!」
呼びかけに立ち止まった虹夏先輩に、俺がいつぞやの廣井さんの名台詞をパクって伝えると、虹夏先輩は一度大きく頷いてから楽屋へと向かって行った。
「へぇ……なかなか良い事言うじゃない太郎」
「あ、今の台詞廣井さんの丸パクリです。前に俺達も同じ事言われたんですよ。いや~一度言って見たかったんです」
「えぇ……私の感心を返しなさいよ……でも、流石姐さんね!」
「あれ? どうしたんですかおきくさん!? なんで震えてるんですか!?」
「ちょ、ちょっと待って……今幸せスパイラル決めるから……!」
「えぇ……ここはそういう場面じゃないでしょ……難儀な人だな……」
己の過去の発言を思い出して恥ずかしかったのか、小刻みに震える廣井さんが落ち着くのを待ってから、俺はライブ経験豊富な廣井さんとヨヨコ先輩に訊ねてみた。
「……実際どうなんですか? こういうごった煮ライブって」
「まぁここまでジャンルが違うのが集まるのは珍しいよねぇ~……でも……」
俺の疑問に、廣井さんは困ったように後頭部を掻きながら言葉を濁す。だが続けて何事か言おうとした廣井さんの言葉を引き継ぐように、腕を組んでステージを見ながらヨヨコ先輩が言葉を漏らした。
「ねぇ太郎。あなたどれくらい売れたいと思ってる?」
「え? 突然なんですか? そりゃあ目指すは世界一ですよ! 目標はウッドストックかグラストンベリーってね」
俺が台風ライブの後の打ち上げで立てた目標を言ってのけると、ヨヨコ先輩は驚いたのか弾かれたようにこちらを見た。目標がデカすぎるとか、地に足付けろとか怒られるかと思ったがそんな様子は無く、むしろなんとなくやわらかい雰囲気を感じる。
「……そう。なら話は早いわ。ねぇ太郎? 世界を目指すなら、
言いながらヨヨコ先輩はまたステージへと顔を向ける。そこには統一された衣装を着て歌と踊りを披露する地下アイドルと、ペンライトを振り声援を送るファンという、普段の俺達とは無縁の人達の姿があった。
「なら……同じライブハウスに集まった、今日の観客の興味を引くくらい出来なくてどうするのよ」
ヨヨコ先輩のその言葉には確かな自信と、それ以上の決意があった。
この人には敵わないな、と改めて思う。演奏技術だけならヨヨコ先輩と肩を並べる自信はある。だがこの不屈の精神面こそが、ヨヨコ先輩を真の一流たらしめている物なのだろう。でもライブ前に三徹するのは改善した方が良いと思います。
俺がヨヨコ先輩の話に感嘆していると、ヨヨコ先輩は小さく息を吐きながら呆れたように言葉を続けた。
「それにジャンルがバラバラな事を気にしてるみたいだけど、BoBには今日みたいなライブは今更でしょ?」
「……え? それってどういう……」
「だってジャンルに縛られない曲を演奏するBoBの普段のライブも、今日のごった煮ライブと同じような物じゃない。もしかしてあなた気付いてなかったの?」
……確かに。言われてみればBoBの曲だってメロコア、メタル、サイケ、そして新曲のラップ・ロックと結構バラバラだ。そういう意味では今日のライブは弾き語り、アイドル、デスメタル、ロックと出演バンドが増えただけでやってる事は同じと言えなくもない……のか?
「まぁ難しく考えなくても大丈夫だよ太郎君~。なんならお姉さんがステージで盛り上げようか?」
「それはいいです」
「それはやめてください」
「ちょっと~!? なんで二人共そんな息ぴったりなの~!?」
俺達のガチ目の拒否に廣井さんがショックを受けていると、天使のキューティクルのライブが終わり、転換時間を挟んでいよいよ結束バンドの出番がやって来た。
先程までの不安そうな虹夏先輩達の様子に俺は少し心配していたが、虹夏先輩や結束バンドのメンバーはそんな不安など無かったかのようなとても晴れやかな顔でステージに立っている。何があったかは分からないが大丈夫そうで安心した。
「こんばんは!! 結束バンドですっ!」
虹夏先輩が盛大にドラムを叩いて挨拶する中、観客席からはロックは聴かないやらこのライブは何故ジャンルがバラバラなのかとの困惑の声が聞こえて来る。そんな声を吹き飛ばす様に虹夏先輩は突然普段のライブではやらないメンバー紹介を始めた。
どういう意図かはよく分からんが、そういうことなら俺も全力で乗っかるまでだ。天使のキューティクルの時の様に誤解される心配もないしな。
「ベース山田リョウ!」
「いよっ! 世界の山田!」
「どういう掛け声よ……」
「世界の山田って何?」
「あの人かっこいいかも……」
紹介されたリョウ先輩はベキポキと華麗なスラップ(指でベースの弦を引っ張ったり、叩いたりする動作を組み合わせた演奏方法)を披露すると満足そうな顔をしていた。それを見た観客からはリョウ先輩の演奏を褒める声や、喜多さんをも虜にした中性的で整った容姿を褒める声が聞こえて来る。何となくだが女性人気が高い気がする。
「リードギター後藤ひとり!!」
「しゃあっ 後藤ひとり! ひとりちゃーん! 今日もかわいいよー!」
「わっ私だってあのくらいの演奏……」
「ぼっちちゃーん!」
「おっ! 今日もBoB恒例の太郎によるひとりコールが起きてるぞ!」
「ギターやばくね?」
「太郎君……! よーし、私達も……ひとりちゃーん! 頑張ってー!」
続いて紹介されたひとりはピロピロとギターを掻き鳴らす。そのギターの技術に、恐らく屍人のカーニバルファンであろう生粋のメタラーを自称する男性達が驚きの声を上げた。隣にいるヨヨコ先輩はその様子に悔しそうな様子だ。
それに一号二号さんの声も聞こえる。こんなよく分からんライブまで観に来るとは流石は古参ファンだ。あとBoB恒例のひとりコールとか言ってる奴は何者だよ? え? ウチのファン? マジか……
いつまでもピロピロとギターを鳴らしているひとりに痺れを切らした虹夏先輩は、続いて喜多さんの紹介に移った。
「ぼっちちゃんもういいから! え~ボーカル喜多ちゃん」
「はーい!」
「世界一ロックな女!」
「どういうことよ……」
「喜多ちゃーん!」
喜多さんは流石社交性の塊とでも言おうか、ジャンジャンとギターを鳴らしながら「東武? 西武? 池袋~!」などと先程の天使のキューティクルのコーレスを真似して天キュル(天使のキューティクルの略)ファンの心をがっちり掴んでいた。
俺もMCで「虹夏? 星歌? STARRY~!」とかやったらウケるだろうか? いやあとでぶん殴られるか、今日店長来てるらしいし。
そんな喜多さんの隣でいまだにピロピロとやっていたひとりはおもむろにギターを自分の顔へと持ち上げると、ギャリギャリと歯ギターを披露し始めた。完全に暴走しとる……が、そんなの関係ねぇ!
「うおおお!! ひとりさんの歯ギターだ!!」
「くっ……やるわね後藤ひとり!」
「君たち二人案外ノリいいね……」
「もう! ぼっちちゃんじっとしてて! え~最後にドラムの伊地知虹夏です!」
最後に虹夏先輩はドコドコとドラムを叩きながら自己紹介をする。
「うぉおおお~ニジカエル~!」
「ちょっと太郎、ニジカエルって何よ……」
「この人も天キュルの真似を!?」
「ニジカエルなんて天使いたっけ?」
「いるだろそこに!」
「ちょっと太郎やめなさい!」
「太郎君のせいであたしに変な誤解が!?」
虹夏先輩のメンバー紹介の成果か、開始前のアウェーな雰囲気は一変して観客からは結束バンドに興味を持ったような声がチラホラと聞こえて来る。そんな中いよいよ結束バンドのライブがスタートした。
「ラスト! 新曲やります! グルーミーグッドバイ!」
ライブが進み観客が徐々に盛り上がりを見せる中、いよいよ今回の結束バンドライブ最後の曲である新曲のグルーミーグッドバイが始まった。
グルーミーグッドバイはライブでのお披露目は初だが、MVもあるし、俺はもう何度も聞いていた筈だ。だというのに、何故だか俺はステージの上で新曲を演奏するひとりから目が離せなかった。
「ぼっちちゃん達、楽しそうだね~」
ステージを見つめ続けていた俺は、廣井さんの呟きを聞いてようやくひとりから目が離せなかった理由に気が付いた。
そうだ。その演奏はとても――とても楽しそうで――
虹夏先輩とリョウ先輩の演奏はかなり走り気味だし、喜多さんのギターもボーカルもまだ発展途上だ。ひとりだって
俺にはそれが――完璧な存在のように思えた。
なぁひとり……俺は……お前とバンド組んでいてもいいのかな。
お前の……傍にいてもいいのかな。
思わず、俺は眩しい物でも見るかのように目を細める。
「そうか……お前は見つけたんだな……
「……太郎?」
俺の呟きをかき消すように、やがて大きな歓声と共に結束バンドのライブは幕を閉じた。
鳴りやまない歓声を聞きながら、俺はゆっくりと目を閉じる。
だが俺の脳裏には、
なおひとりちゃんも将来MoeExperienceのライブを見て主人公と似た様な感情を抱く模様。
この作者はすーぐこういう辛気臭い話を書きたがるんですが、池袋ブッキングライブ~ライオット終了までの原作を読めば読むほど、結束バンドの一体感凄くて主人公の入る隙間ないなって思っちゃうんですよね。原作読んでない人は読んでみよう! 飛ぶぞ?
よく主人公がひとりちゃんのお世話してるって言われると思うんですが、個人的にはオリ主なんて物は後藤ひとりが居なければ存在できない矮小な存在……みたいに思ってるので、実はひとりちゃんこそが主人公を支えているって話はこの作品を書くにあたって絶対にどこかで入れたいと思ってました。
でも、もしここからの分岐ifENDを書くなら、タイトルは『gloomy goodbye』で廣井さんかヨヨコ先輩ENDです。
息抜きにBoBのロゴつくるの楽しかったです。みんなはどのデザインが好きかな?
【挿絵表示】
前書きにも書いた通り、池袋編終了まで書き終わってるんで隔日で全三話予約投稿完了してます。次回9月14日(木)19:02。池袋編完結回9月16日(土)19:02。何故連日じゃなくて隔日なのかは、各話にちょっとでも何か感想が欲しい作者の姑息な悪あがきです。