ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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 池袋編完結。色々とちょっと強引かもしれないけど許して。

 なんか凄い評価が上がってるのが嬉しい反面ビビってる それが僕です。いやホント、あんまり期待されてもアレなんで、なるべくハードルを下げて気楽に読んで下さい。


036 ドラムヒーローは後藤ひとりの夢を見る

 ライブが終わると、なんとまぁ勝手な事をしてしまったのかという罪悪感みたいなものが自分の胸の内に広がっていくようだった。

 

 ステージ上の楽しそうな結束バンドを見た時から、俺の胸にはどうにもおかしな感情が渦巻いていた。だから、少し確かめたくなったのだ。

 

 俺は後藤ひとりとバンドを組むに値する実力があるのか。俺はひとりに追いつけたのか。俺は……ひとりの傍にいても良いのか、を。

 

 ライブが始まってから機会を窺い、ヨヨコ先輩の気合の入った演奏に感化されて二曲目に仕掛けようかとも思ったが、一度考え直して『Where I Belong』の後半以降、俺のラップパートが終了して後はコーラスだけになり、ドラムに専念出来るようになった、影響の少ないライブ終了間際に少しだけ本気を出してみようと考えた。

 

 勿論、曲がぶっ壊れるような事はしないつもりだった。少し気合を入れて演奏して『なんだ、俺も結構やるようになったじゃないか』なんて気分を味わったら、直ぐに引っ込めるつもりだった。だというのに――

 

 俺は覆面の下からチラリとステージ上のひとりを見る。

 

 こいつだ。こいつが速攻で反応して付いて来るから、俺も引っ込みがつかなくなり、おかしなことになったのだ。おまけにベースの廣井さんまで付いて来たもんだから、むしろあそこで俺が手を緩める方が曲が崩壊する可能性が高くなってしまった。まぁそのおかげで過去一番のグルーヴ感が出たのは確かだが……

 

 幕が下りたというのに、未だ鳴りやまない地鳴りのような歓声を聞きながら、撤収する為に立ち上がろうとして、俺の体がぐらりとよろめいた。そう言えばパーカーの下に着ているTシャツは汗が絞れそうなくらいにびしょびしょで不快だし、どうやら今日の演奏は思ったよりも消耗していたらしい。

 

「おっと……」

 

「太郎君!」

 

 俺がふらついたのを見て、慌てて駆け寄って来ようとしたひとりに、右手の平を突き出して押し止めた。少しぐらついただけで随分と大げさな奴だ、なんて思いながら体を立て直した俺はゆっくりと息を吐く。

 

「大丈夫だよ。心配するな」

 

「うっうん……」

 

 そうしてこちらを気にしながら撤収作業を開始するひとりを見てから、俺も自分の撤収の準備に取り掛かった。

 

 

 

 

 

「太郎……最後の演奏の事だけど……」

 

 撤収が終わり楽屋に戻ると、案の定ヨヨコ先輩から静かに詰められる。内容はもちろん最後の曲の演奏についてだ。ただ、これはもう完全に俺が悪いので平身低頭して謝っておく。

 

「ちょっと調子に乗ってたんです! すいません許してください! 何でもしますから!」

 

「ん? 太郎君今何でもするって」

 

「いや廣井さんは俺の演奏にすぐに乗っかって来たんだからどっちかって言うと同罪でしょ……」

 

「うっ……で、でもそれならぼっちちゃんも一緒じゃ~ん! むしろ乗ったのはぼっちちゃんの方が速かったしさ~」

 

「あっ……へへっ……」

 

「それにさ~、結局大槻ちゃんも最後には乗って来たんだし……」

 

「確かに! それじゃあそういうことで……」

 

「それで? なんでもしてくれるんだったかしら?」

 

「あっはい」

 

 どうやら無罪放免とはいかないらしい。まぁ前もって相談も無しに調和を乱すような事をしてしまったし、折角の新曲お披露目が台無しになるかもしれなかったのだから仕方ない。それにヨヨコ先輩ならなんでもと言ってもそう無茶な要求はしてこないだろう。良いよ! 来いよ! 

 

 心の中でしょうもない虚勢を張りながらヨヨコ先輩の言葉を待ち構えていると、ヨヨコ先輩はいつになく真剣な表情で要望を伝えて来た。

 

「……スタ練をしましょう」

 

「……え? スタ練って……あのスタジオ練習ですか?」

 

「他に何があるのよ」

 

「……スタミナ練習……とか? プールトレーニングの……っていや嘘です分かってますって。だからそんな怖い顔しないでください」

 

 ちょっとボケてみたら氷の様な目で見つめられてしまった。わぁ……これがクール系美人ですか……なんてどうでもいい事を考えている場合ではない。

 

 ちなみにBoBは今まで一回もスタ練をした事が無い。志麻さんにBoB結成を持ちかけられた時に冗談半分で話した『合わせの練習なんてしなくていい』ってヤツを律儀に守っている……という訳では無いが、メインバンド優先条約もあり、何となく俺から誘うのも憚られたので、なぁなぁでここまでやって来たのだ。

 

「各々自分のバンドで忙しいのは分かってるわ。でも、月に一時間でも二時間でもいい。全員じゃ無くても、都合が付く人だけでもいい。それでも……スタ練をしましょう」

 

 何か思う所があるのか、ヨヨコ先輩の顔は真剣だった。俺としてはスタ練をやるのは願ってもない事だが……

 

「俺は構いませんけど……」

 

 返事をしながら、俺は廣井さんとひとりへと顔を向ける。

 

「……まぁいいんじゃない~? 大槻ちゃんの言いたい(・・・・)事は私も分かるし」

 

「あっ私も……バイトと結束バンドの練習が無い時だったら、だっ大丈夫です……」

 

「決まりね。それじゃあ早速だけど今月の何処かでやりましょう。練習場所はSTARRYでいいかしら?」

 

 あれだけなぁなぁだった事が、随分とトントン拍子で決まっていく事に驚いてしまう。これがSIDEROSリーダーの統率力か……一応BoBのリーダーは俺なんだが……ままええわ。

 

「えっ!? STARRYですか?」

 

「後藤ひとりはその方がいいでしょ? それに多分FOLTは姐さんが居たら貸してくれないのよ……

 

「ちょっと!? なに怖い事を小声で言ってるんですか!?」

 

「なっ何のことかしら? あ、ちなみに太郎、あなたはスタ練強制参加だから」

 

「まぁそれはいいですけど……いや、でも待ってください。将来音ステ出た時に『BoBは一回もスタ練やった事ないんですよねー』『えーっ!? 凄いですね!』って言ってチヤホヤされる計画が……」

 

「!! たっ太郎君ずるい! それなら私も……」

 

「二人共 い い わ ね ?」

 

「あっはい」

「あっはい」

 

 そういう事になった。

 

 

 

 この後しばらく時間を置いてバンドの物販がある。

 

 今までは先に俺が楽屋の外に出て、女性陣の準備が終わった後に入れ替わって着替えていたが、今日は物販に出せるグッズがあるので俺が先に着替えて、そのまま先行して物販の準備をする事になった。

 

 女性陣が外へ出て行かないのは、俺の着替えなど別に見られて困るもんでも無いし、俺が部屋にいても出来る事はあるからだ。

 

 俺は汗で酷い事になったTシャツを着替える為にパーカーを脱ぎながら、先程の話で少し気になっていた事をヨヨコ先輩に訊ねてみた。

 

「でもどうして急にスタ練やろうなんて思ったんですか?」

 

「それは、今日のライブの…………いえ、私が超一流のギタリストになるためよ」

 

 実にヨヨコ先輩らしい答えに納得しつつ、俺は三人に背中を向けて着替えを再開した。

 

「……さいですか。それにしてもやっぱ歌いながら演奏って大変ですね、ほらTシャツなんか汗で凄い事に……」

 

「…………」

「…………」

「…………」

 

 すごい視線を感じる。今までにない何か熱い視線を。興味……なんだろう湧いてきてる確実に、着実に、俺のほうに。中途半端はやめよう、とにかく最後まで着替えてやろうじゃん。俺の背中の向こうには沢山の仲間がいる。でも今は一人だ。信じよう。そしてさっさと着替えよう。視線の邪魔は入るだろうけど、絶対に流されるなよ。

 

「あの……あんまり見られてるとなんか着替えにくいんですけど……」

 

 着ていたシャツを脱いで鞄から新しいシャツを取り出しながら、俺は恐る恐る後ろを振り返った。すると三人はすごい勢いで一斉に顔を逸らす。

 

 おいひとり。なんだその下手くそな口笛と、リョウ先輩が作詞ノート読んでるのを待ってる時みたいな表情と手の動きは。誤魔化すように水を飲むな。そもそもお前は昔に山田家後藤家合同で一緒に海に行った時とか、夏に俺が家で上半身裸でいるの見た事あるだろ。

 

 廣井さん。あなたはこういう時は「太郎君いい体してんねぇ~」とか言いながらウザ絡みしてくるのが役目でしょ……って顔真っ赤!? 大丈夫ですか酔ってるんですか!? それになんでそんな静かなんですか!? 廣井さん二十七歳でしょ? アラサーがその反応は怖いから何か喋って! 

 

 ヨヨコ先輩。興味無さそうにスマホ弄ってますけど……ってホーム画面を左右にスワイプしてるだけじゃないですか!? 逆に怖い! それに耳赤くなってますよ。先輩前にSTARRYでのライブが終わった後の俺の着替え中に楽屋に入って来た時、両手で目を覆う振りして指の隙間からチラチラ見てただろ。嘘つけ絶対見てたぞ。見たけりゃ見せてやるよ(三段活用)。

 

 なんて思ったものの、何となく視線が気になっただけなのと、これを追求するのは危険な予感がしたので、別に本当に見せつける訳でも無く俺が着替えを再開しようとすると、楽屋の扉がノックされて店長が顔を出した。

 

「すまんちょっといいか? ってなんだよ太郎、着替え中かよ。変なモン見せるなよ」

 

「勝手に入って来てその言い草は酷くないですか……」

 

 俺は手早く着替えを済ませると、用事があるという店長を伴って楽屋の外に出た。楽屋から出たのはこの後女性組の準備やなんやかんやがあるからだ。こういう事態を考えると、やはり男女混合バンドってのは大変だと思う。

 

「そんでどうしました?」

 

「お、おう。それがな……その、ちょっとお前達に会いたいって奴がいてな……」

 

「俺達にですか? もうすぐ物販なんですけど、そこじゃ駄目なんですか?」

 

「いや、そいつは物販には寄らないらしい。だから……そうだな、楽屋に連れて行くからそこで待っててくれ。それとその……悪いがぼっちちゃんは外すよう言ってくれるか?」

 

「ひとりをですか? まぁライブが終わったら結束バンド(向こう)に戻すつもりでしたけど……」

 

「そうか。後は……そうだな、一応私も同席するけど、面倒な話になるかもしれないからお前ら三人全員で話を聞いてくれ」

 

「ちょっと!? 一体誰なんですかその人……もしかして変な犯罪の片棒を担がせようとしてませんよね? 怖すぎるんですけど……」

 

「だ、大丈夫だ! お前も知ってる奴だから!」

 

「ますます心当たりがないんですけど!?」

 

「なに大きな声出してるのよ……部屋の中まで聞こえてたわよ」

 

 店長と話をしていると、ヨヨコ先輩達三人が楽屋から出て来た。どうやら身支度は終わったらしい。

 

「あれ~先輩じゃないですか~。何やってんですかこんな所で」

 

「うるせーな。それじゃあ太郎、頼んだぞ」

 

「うっす」

 

 俺と話している店長を見つけた廣井さんが不思議そうに声を上げたが、店長は小声で俺に一声かけると、そのまま件の人物を呼びに去って行った。

 

 よく分からない状況になっている事に不思議そうな顔をしている三人だったが、取り敢えず俺はひとりに声をかける。

 

「お疲れさんひとり。この後は虹夏先輩達と合流してくれていいぞ」

 

「あっうん。えっと……いいの?」

 

「おういいぞ。そんじゃあまた後でな」

 

 ひとりが立ち去るのを見届けてから、俺は廣井さんとヨヨコ先輩に先程店長と話した事を伝える為に、二人を連れて再び楽屋へと戻る事にした。

 

「とりあえずお二人とも楽屋に戻って貰っていいですか?」

 

 

 

「……って事で、ここで待ってろって言われたんですけど」

 

「えぇ……なによそれ……なにかおかしな犯罪の片棒を担がされたりしないでしょうね?」

 

 店長と別れてほどなくして、俺の簡単な説明にヨヨコ先輩が俺と同じような感想を漏らしたところで、楽屋の扉がノックされると同時に店長の声が聞こえてくる。俺が返事をすると楽屋の扉が開いて、まず店長が姿を見せた。

 

「ほら、連れて来てやったぞ」

 

 店長の連れて来た人物を見て俺は驚愕した。

 

 店長の後について入って来たのは、相変わらずビビッドピンクの服装に身を包んで首に包帯を巻くような痛い恰好をした女性。いきなりSTARRYへやってきてひとりの正体を見抜き、好き勝手言って帰って行ったあの人物――

 

「あっあの! あたしは音楽ライターやってるぽいずん♡やみって言います!」

 

 そう。ぽいずん♡やみこと、佐藤愛子さんだったからだ。

 

 ぽいずんさんとは前に一度STARRYで会っているのだが、今の俺は覆面をしているので当然向こうは気づいていない。

 

 しかし今日のぽいずんさんは前にSTARRYで会った時とは違った印象を受ける。キャピキャピしたような態度は無く、なんだかずいぶんと緊張したような雰囲気だ。さっきの挨拶だって、前はもうちょっと甘ったるい感じの作った様な声だったと思うが今回はそうでもない。

 

「お前、今日はぶりっこしないのか?」

 

「う、うっさいわね! アンタが居たらやっても意味ないでしょ! っと、そんな事よりBoBさん! さっきのライブ凄く良かったです!」

 

「あっどうも」

 

 何時の間に店長とそんなに仲良くなったのか、ぽいずんさんは随分と砕けた口調だ。もしかしてこっちが本来の喋り方や性格なんだろうか? 個人的にはこっちの方が親しみやすいと思う。

 

 そんなぽいずんさんは楽屋の中を見渡しながら、不思議そうに俺へ訊ねて来た。

 

「あのー……ギターヒーローさんは……?」

 

 ぽいずんさんの質問に、楽屋の……主に店長の空気が少し緊張したものになる。

 

 BoBのリードギターは後藤ひとりだと公表していないが、まぁこの人なら気が付くか。ひとりの演奏も最後の方は前のSTARRYの時よりはずっとギターヒーローに近かったしな。だから俺は正直に伝える事にした。

 

「ああ、彼女なら結束バンドに戻って貰いました」

 

「あっえっと……そう、なんですね……」

 

 俺の答えを聞いたぽいずんさんは、特にめんどくさい事を言い始める事も無く、むしろなんだか少しほっとしたような顔で返事をしてきた。やはりぽいずんさんも前のSTARRYでの事に思う所があって、顔を合わせづらいのかもしれない。 

 

 俺はそんな随分と素直な感じのぽいずんさんにまるで無警戒になりつつあった。だから、次にぽいずんさんから放たれた言葉は、俺の意識の外からの攻撃だったのだ。

 

「えっと、それでその……実はですね。今日のライブを観るまでは『まさか』と思ってたんです……けど、今日確信しました」

 

 どこかで聞いたようなセリフ。忘れていた訳じゃない。ただちょっと、今日のライブの事などで気が緩んでいたのだ。この人があのド下手くそなひとりの演奏を聞いて、初見で正体を見抜いた人だったという事に。

 

「その感情豊かで躍動感あふれるドラムプレイ。独特のフレーズセンスと抜群の安定感。絶対そう! 間違いない!」

 

 ぽいずんさんはいつかの時と同じようなセリフで、自信満々に、けれど酷く興奮したように叫んだ。

 

 

 

あなたドラムヒーローさんですよねッ!!

 

 

 

「違います」

 

「はい嘘ですー!! あたしはねッ! ギターヒーローさんと出会ってから、何があっても自分の耳を信じる事にしたのよッ! それにドラムヒーローさんみたいな演奏出来る人がそんなに何人もいる訳ないでしょッ! だからあなたは絶対ドラムヒーローさんッ!」

 

「えぇ……無敵かこの人」

 

 一応すっとぼけてみたけどやっぱり駄目か……というかさっきの殊勝な態度はなんだったんだよ……しかも自分の信じたいものを信じる厄介モンスターになってるじゃねぇか。ひとり、お前の正体を暴いた成功体験のせいでとんでもない怪物が誕生しちまった感じだぞ……

 

「え? ドラムヒーロー……って何よ?」

 

「ヒーローって……太郎君もしかして痛い子?」

 

「!? いやちっ違っ!」

 

 ああ! 事情を知らないヨヨコ先輩と廣井さんが、ちょっと怪訝そうな顔とかわいそうな奴を見る目で俺を見て来る! やめろ! そんな目で見るな! 

 

「まさか知らないの! この人はね! 超凄腕高校生ドラマーでッ! それでいて軽音部のギターの彼女持ちのリア充男子なのッ! ネットで調べてみなさいすぐ出て来るから!」

 

「やめっ……やめろーっ! これ以上話をややこしくするんじゃない!」

 

「え……? 太郎君、彼女いたの……? じゃあ私との関係は遊びだったの……?」

 

「なんの話!? ってなんでそんな悲しそうな顔を!?」

 

「姐さん、こいつに彼女なんている訳ないじゃないですか。それにしてもドラムヒーローってなによ? ネットで調べろって……これの事かしら……? ってドーム二個分!?

 

「また君か、壊れるなぁ」

 

 あーもうめちゃくちゃだよ。どうしてくれんのこれぇ……廣井さんとの遊びの関係って何なんだよ……あとヨヨコ先輩はどうしてそんな事言うの? いるかも知れないじゃん!? 連れて来いとか言われたら終わりだが……ひとり連れて行って誤魔化せないかな? 無理か……それとドームのくだりはFOLTのクリスマスライブでもうやりましたよ。ちょっと店長、そんな所で我関せずに座ってないで助けてくださいよ……マジでどうすんだよコレ。

 

「何か隠してないかって聞いた時何も言わなかったのに…………ま、まぁでもなるほどね。これであなたの実力に納得出来たわ」

 

「あれ? ヨヨ……つっきーさん随分と素直ですね」

 

「うるさいわね……まぁでも、ドラマーなら私の人気と競合しないから別にいいかなって……」

 

 ヨヨコ先輩が無理矢理納得したような渋い顔をしている。どういう判断基準だ。そういえばこの人FOLTのクリスマスライブでもマウント取ってたのひとりとか喜多さんだけだったな。ギタリスト限定の対抗心だったりするのか? 

 

 しかしぽいずんさんはそんな俺の気持ちも知らずに、エンジン全開だ。

 

「いやーそれにしても驚きました! まさかドラムヒーローさんだけじゃなく、SICKHACKの廣井きくりとSIDEROSの大槻ヨヨコが別のバンド組んでるなんて!」

 

「あれ? わたし達って正体言ってない筈だけど?」

 

「そりゃ分かりますよう! 東京で音楽ライターなんてモノやってて廣井きくりと大槻ヨヨコの演奏が分からない奴はモグリです!」

 

「へぇ……中々優秀なライターじゃない」

 

「俺はつっきーさんが将来騙されないか心配ですよ……」

 

「なっなんでよ!?」

 

 ぽいずんさんの事だから多分本当に演奏を聴いて二人の正体が分かったんだろうけど、それを自分から認めるのはイカンでしょ? 褒められたら駆け引きとか出来ない後藤ひとりタイプな人間ですかヨヨコ先輩は……

 

「それにギターヒーローさんまで別のバンド組んでるとは思いませんでした! しかもそれがあの(・・)ドラムヒーローさんとだなんて! 結束バンドさんも成長してるみたいだけど、ギターヒーローさんが実力に見合ったバンドに入って私も嬉しいです! あ、私ギターヒーローさんと会った事あるんですけど、あの(・・)人があんなに伸び伸び(・・・・)楽しそう(・・・・)に演奏してるのを見て驚きました! よっぽど相性がいいんですね~!」

 

 相変わらず余計な事を笑顔で言うぽいずんさんに、店長の顔が険しくなる。そんなんだからアンチが多いんですよと他人事ながら心配になって来る。だというのに――

 

 ぽいずんさんの言ったある(・・)言葉を聞いた瞬間、急に俺の視界がぼやけた。覆面の下の両目から熱い物が溢れ出て、そのまま頬を伝ってぼとりと水滴が落ちる。

 

「お、おい太郎……どうした? 大丈夫か?」

 

「……え?」

 

 滲んだ視界の中で、声をかけてきた店長が驚いた様子で椅子から少し腰を浮かせているのが見える。廣井さんとヨヨコ先輩も覆面のせいで表情こそ分からないが同じような反応だし、ぽいずんさんも同様だ。

 

「あ、あれ? なんで……」

 

 己の両目からとめどなく溢れてくるソレが涙だと気づいた時――俺はようやく、今日のライブ中ずっと抱えていた違和感を、どうしようもないほど情けなく、醜く、卑屈な自分の心を理解した。

 

 

 

 ああそうか――俺は結束バンドが羨ましかったんだ。

 

 十年間ずっと一緒にいたひとりを盗られた(・・・・)ように感じて嫉妬してたんだ。

 

 

 

 今日、俺は結束バンドのライブを見て、俺がひとりを縛り付けているんじゃないかと思った。俺に付き合って活動しているBoBなんて解散すべきなんじゃないかと思った。

 

 だから、思った事をそのまま口にする、良くも悪くも嘘がつけない――ひとりの実力を正しく見抜いた確かな目を持つ、そんなぽいずんさんだからこそ――『ひとりがBoBで伸び伸びと楽しそうに演奏していた』と言ってくれた事が、それが……俺もまだ、『ひとりの支えになれてるんだ』って、『ひとりの傍にいてもいいんだ』って言ってくれたようで……それがどうしようもなく嬉しくて……なんだか無性に涙が出て来てしまったのだ。

 

 椅子に座ったまま呆然と涙を流す俺を、いつの間にか俺の隣に座っていた店長は乱暴に俺の首へと腕を回して自分の胸へと抱き寄せた。

 

「うわ……! 店長?」

 

「まったく……なんだかよく分からんが、でも忘れてて悪かったな。普段のお前の振る舞いを見てると勘違いしそうになるけど、やっぱり、お前もまだまだ子供なんだなって」

 

 店長の胸に頭を抱き寄せられながら、俺は知らずと自分の胸の内を吐露していた。

 

「店長……俺は……ひとりの傍にいてもいいんですかね?」

 

「知らねーよ。そういう事はぼっちちゃん本人に直接聞け」

 

 いやまぁそりゃそうなんだが……あまりの正論に言葉が詰まってしまう。

 

「……いやもうちょっと優しい言葉をですね……でもぐうの音も出ないっす」

 

「うるせーな……でもまぁ、お前がそう(・・)したいんなら、多分それが一番いい(・・)んじゃないかって、私は思うけどな……」

 

 つっけんどんに、しかし優しい声色でそう言った店長は、それきり俺を抱き寄せたままそっぽを向いて黙ってしまった。

 

 まったく……なんでこの人は、愛飲しているのが幼児が飲むようなリンゴジュースで、ぬいぐるみが大好きだっていうのに……こんなにカッコいいんだろう。

 

「あ~先輩ずるい~! 太郎君~泣くならきくりお姉さんの胸が空いてるよ~」

 

「ま、まぁあなたが望むんなら? 私の胸を貸してあげてもいいけど……」

 

「……なんなんスか二人とも、せっかく人が感傷に浸ってたのに。まぁでも一応お礼を言っておきますよ。あと店長、ありがとうございました。もう大丈夫です」

 

「ん」

 

 俺は店長にお礼を言って腕から抜けると、状況が分からずに困っているぽいずんさんへ顔を向けた。

 

「それに、ぽいずんさんも」

 

「えっ? あたし!?」

 

 急に自分に話を振られたぽいずんさんは驚いて飛び上がった。だがこの人にもお礼を言っておかなければならない。おそらく本人はそんなつもり(・・・・・・)は全く無かったのだろうが、確かに俺はこの人の言葉に救われたのだ。それに、お礼を言うのは他にも理由がある。

 

「ええ、ありがとうございます。おかげで少し悩みが晴れました。それと……結束バンドの事も。本人たちはどう思ってるかは知りませんが、実は俺、結構あなたに感謝してるんです」

 

「え?」

 

 あの日、STARRYでぽいずんさんが結束バンドに言った事は、ともすればバンドが崩壊する危険な毒だった。でも、あれのおかげで、結束バンドは本気でバンド活動をするようになったし、より一層結束(・・)したんだと思う。

 

 それにあれだけ厳しい意見を言える人が、俺達の周りにいただろうか? あの虹夏先輩に甘い店長が言えただろうか? 成功する事が全てでは無いと言った廣井さんは? PAさんは? 志麻さんやイライザさんは? そして……俺はどうだっただろう? 

 

 別にぽいずんさんに言われなくても、遅かれ早かれ結束バンドは奮起していたのかもしれない。だがやはり、本気になるなら早い方が良いと思うし、それにもしそれくらい(・・・・・)の言葉で諦めてしまうようなら、きっとプロにはなれないのだ。

 

 だから、それがたとえ無責任から来る発言で、結果として良い方向に転がっただけ(・・)だったとしても、俺個人としてはぽいずんさんに感謝しているのだ。

 

「そういう訳で、俺はあなたの事、あんまり嫌いじゃないんですよ」

 

「ドラムヒーローさん……」

 

「それで? 俺達に用事ってこれで終わりですか? そろそろ物販の用意しないといけないんですけど」

 

「って物販あるんですか!? 今まで無かったって……いやそうじゃ無くて! あたしの用事はBoBを褒めに来ただけじゃないんです!」

 

 正直涙と鼻水で気持ち悪いので一度顔を洗いたいのだが、覆面のせいでそうもいかない。だからそろそろ話を切り上げようとしたのだが、ぽいずんさんは今まで以上に真剣な眼差しで俺達を見つめて来た。

 

 そうやって俺達を見つめたぽいずんさんは、しばらくして意を決したように大きな声で叫んだ。

 

 

 

「あっあの! BoBさんはレーベルに所属する気はありませんか!」

 

 

 

「レーベル……ですか?」

 

 俺はあまりに唐突な話に怪訝な返事をする事しか出来なかった。だってそうだろう、いきなりレーベルとか言われてもちょっとピンと来ない。そもそもレーベルって具体的に何するところなんだ? 

 

「そうです! そもそもドラムヒーローにギターヒーロー、廣井きくりに大槻ヨヨコというビッグネームが集まったバンドが、こんな場末の小さな箱の意味不明なブッキングライブでライブをしている今の状態が異常なんです!」

 

 随分とまぁ色んな方面に喧嘩を売りそうな事を、ぽいずんさんは鬼気迫るような表情で話をしてくる。熱心なもんだ。もう決まっている(・・・・・・)答えを言うのがちょっと申し訳なくなってくる。

 

「こう見えてあたしはこの業界結構長いんです! それなりにコネなんかもあります! BoBさんなら、きっとどこのレーベルだって欲しがります! なんだったら、あたしがメジャーレーベルにお願いして話をつけます! だから――」

 

「あ、すみません。レーベルに入る気は無いんですよ」

 

「……は? えっ? なっなんで……です、か?」

 

 俺の異様なほどに軽い答えに、ぽいずんさんは先程の勢いは何処へやら、口をぽかんと開き呆気にとられたような表情で黙り込んだ。

 

「いや、ぽいずんさん俺達の事そこまで分かってるなら、理由も大体分かるでしょう?」

 

 そうだ。俺達の素性がそこまで分かっているのなら、答えなんて簡単に分かるのだ。

 

「さっきぽいずんさんも言ってたでしょう? 俺達が()のバンド組んでるって。その通りで、このバンドはサブ(・・)バンドなんですよ」

 

「サブ……バンド」

 

「そうです。ドラム()以外全員がサポートメンバーって言い換えても構いません。それにメインバンドに迷惑をかけないって約束もしてるので、申し訳ないんですけどレーベル加入は無理ですよ」

 

「そ、そんな……」

 

 話を聞いたぽいずんさんは呆然とした表情で椅子にへたり込んだ。だがすぐに何か閃いたような顔で飛び跳ねるように立ち上がると、叫ぶように俺達にある提案をしてきた。

 

「そっそれじゃあ! メインバンドを辞めて(・・・)BoBに絞れば……!」

 

ぽいずんさん(・・・・・・)

 

 俺がぽいずんさんを制すように低い声をあげた。

 

 それは駄目だ。それだけは駄目だ。結束バンドにも、SICKHACKにも、SIDEROSにも、恩を仇で返すような真似だけは絶対に出来ない。もし、それが叶う日が来るとするならば、それは三つのバンドが円満に解散した時だけだ。しかしこの人、ひとりを結束バンドから引き抜こうとしたので懲りてなかったのかよ……

 

 ぽいずんさんはなおも食い下がろうと口を開きかけて、しかし俺の断固とした雰囲気にやがて観念したのか、大きくため息をつきながら椅子へと腰を下ろした。

 

 なんとなく楽屋の中が重苦しい雰囲気になりかけると、場の空気を壊すように陽気な廣井さんが話に入って来た。

 

「まぁまぁ、要するにメインバンドに迷惑かけなきゃいいんだよ~。作る曲のジャンルも自由で~、制作期間も自由! レコーディングの時期も自由! 宣伝はレーベルにやって貰うとして~、お金も出して貰う~みたいな~? な~んちゃって~!」

 

「そんな俺達にだけ都合のいいレーベルある訳ないでしょーが……」

 

「だよね~」

 

 廣井さんが言っているのは、要するに金だけ出して後はこっちで自由にやらせろって事だ。現時点で超有名バンドならまだしも、今の俺達の様な実績も何もないバンドにそんな自由を許すような都合のいいレーベルが存在するワケが無い。つまり廣井さんは角が立たない様に遠回しに断っているのだ。

 

 だがそんな廣井さんの発言を聞いたぽいずんさんは何か閃いたのか、勢いよくテーブルに両手を叩きつけながら立ち上がると、顔を伏せたまま低い声を上げた。

 

「もし……今の条件を満たすレーベルがあったら……入ってくれますか?」

 

 そのあまりに今までのぽいずんさんからかけ離れた声に驚いたが、本当にそんなレーベルがあるのならこちらからお願いしたいくらいだ。そう思った俺は一応二人に確認する為に顔を向けると、二人とも小さく頷いて見せた。

 

「まぁはい。そういったレーベルがあれば、ですけど」

 

「一つだけ……心当たりがあります……小さい所なんですけど……今の条件で先方に確認……いえ、絶対に飲ませます! 絶対に絶対に承諾させますから! だからその時は絶対入ってくださいよ!?」

 

「は、はい……その時はよろしくお願いします……あ、でも一つだけいいですか?」

 

「え……? まだ何かあるんですか……?」

 

 これ以上の条件は流石に厳しいのか、ぽいずんさんは怯えたような表情になった。だが安心して欲しい、そんなに難しい話ではない。

 

「レーベル所属の話なんですが、この話、どう転んだとしても八月までは保留にして貰えませんか?」

 

 未確認ライオットまで残り三ヵ月ほど残っている現状で、もしBoBがレーベルに所属なんて事になったら、ヨヨコ先輩はともかく、ひとりの奴がどういう精神状態になるのか予想できない。まさかひとりが腑抜けるとは思わないが、どちらにせよ面倒な事になりかねない。

 

 結束バンドやSIDEROSには余計な事を考えずに未確認ライオットに集中して欲しいので、一旦保留にしておくのが一番無難だろう。どういうつもりだったのかは分からないが、この場からひとりを外すように言ってくれた店長に感謝だ。

 

「はぁ……分かりました。でもなんで八月まで何ですか?」

 

 露骨にほっとした態度をとったぽいずんさんが当然の疑問を返して来た。未確認ライオットに出る事を言ってもいいんだろうかと少し考えて、やはり言っておくことにした。まだ一次審査を通過したかも分からないが、多分大丈夫だろう……大丈夫だよな? 信じてますよ虹夏先輩! 

 

「その、SIDEROSと……それに結束バンドも、未確認ライオットに出るんです。だから、もし良かったら、ぽいずんさんも最後まで見届けてやって下さい。ぽいずんさんに会ってから、彼女達凄く頑張ってますから」

 

「そう……なんですね……」

 

 ぽいずんさんは少し驚いてから、伏し目がちに小さく頷いてくれた。そんなぽいずんさんを見ながら、俺は最後に一番重要な事を付け加えておく。

 

「あ、それと……一応俺達覆面バンドなんで、肩書(ドラムヒーロー)や名前の公表はしませんけど、それもレーベルの加入条件に入れておいてくださいね」

 

「~~~~っ!! わ、分かってますよぉ~……それじゃああたしは早速レーベルの担当者を説得する為に帰ります! あばよ!」

 

 いつかと同じような捨て台詞を残して、ぽいずんさんは楽屋の扉に向かった。が、扉から出る事無く立ち止まると、恥ずかしそうにすぐに踵を返してこちらに戻って来た。

 

「あ、あのぉ……レーベルの話が纏まって、時期になったら連絡したいんですけど、連絡先とか……」

 

「ああ、確かに……えーっと、一応俺がリーダーなんで、俺の連絡先でもいいですか?」

 

「あっはい…………やった……ドラムヒーローさんの連絡先ゲット……」

 

 おい!? 本当にこの人と連絡先を交換しても良かったのか!? やばいモンスターに個人情報を教えてしまったんじゃないよな!? トゥイッターのDMとかの方が良かったか!? ヨヨコ先輩が騙される心配より自分の心配をするべきだったかもしれん……誰か助けて! 

 

 俺が自分の行いを若干後悔していると、ぽいずんさんはまだ帰ろうとせずに、悪びれた様子も無く切り出した。

 

「その、あたしワケあって今日の物販に行けないんですけど、BoBの物販っていま買えたりしますか?」

 

「えぇ……知ってたけど、この人案外図々しいな……」

 

 ぽいずんさんは迷うことなく三千円でBoBキャップを購入して早速被って見せる。ピンクの洋服に黒いキャップ、これに黒いマスクなんて付けてたら、見紛う事なき地雷系だ。そんなぽいずんさんは店長と共に楽屋を出て行く直前、再びこちらに振り返った。

 

「あ、それと……あたしの事は『やみ』って呼んでください。それではBoBさんまた(・・)~☆」

 

 それだけいうと、やみ(・・)さんは今度こそ本当に店長と共に楽屋を出て行ったのだった。

 

 

 

 あれから俺は一度顔を洗ってから、物販を行う為に三人でフロアへと小走りで向かっている。思ったよりもやみさんとの話が長引いたので、もう物販の時間が始まっていて焦っているのだ。

 

「急げ急げ。これ(キャップ)が捌けなかったらバンド資金ほぼ無くなるんですよ」

 

「ちょっと!? あなたソレにいくらつぎ込んだのよ!?」

 

「いや、なんかキャップって結構製作費高くて……」

 

 物販フロアに着くと案の定他のバンドの物販は既に始まっていて、結束バンドの物販にも列が出来ていた。そんな中、どの列にも並ばずに無人のテーブルの前にたむろしていた人達が、遅れてやって来た俺達を見つけて声を上げた。

 

「……おっ! BoB来たぞ!」

「結束バンドの言う通りやっぱ帰ってないじゃん」

「おい太郎早くしろ! 今日はフリーハグあんのか!?」

「あれ? なんかバッグ持ってるけどもしかして……」

 

 俺達が自分たちのスペースへたどり着くと、俺の持つボストンバッグを目ざとく見つけた人達を中心に、あっという間に今まで無人だった一番端のスペースに列が出来ていく。

 

 俺はいつかのライブの時と同じように、ガムテープに『FREE HUGS』と書くと自分の胸に張り付けた。

 

「みなさんツイてますね、俺は今メチャクチャ機嫌が良いんです。フリーハグでもなんでもやったりますよ!」

 

「ん? いまなんでもって」

 

「うるさいですね……よし、それじゃ企画変更して物販をしよう」

 

「ふざけんな! フリーハグも物販も両方やって♡ やれ」

 

「正体表したね。っていうか怖すぎんだろウチのファン……ままええわ。じゃあはい、よーいスタート」

 

 物販で売る物が無かった事から始まった俺のフリーハグは、何故か好評を博した為にいまやBoB物販時の恒例行事になっている。

 

 現代人は人と人とのつながりが希薄になっていると言うから、もしかしたらその辺が人気の理由なのだろうか……世の中の人達は人のぬくもりに飢えているのかもしれない。まぁその相手は俺な訳だが……

 

 ようやく始まった記念すべきBoBの物販第一号は、まさに第一号に相応しい人物、ひとりのファン一号さんだった。ちなみに第二号は二号さんだ。滅茶苦茶ややこしい事この上ない。

 

「やっほー太郎君。今日のライブ凄かったね! 私、最後鳥肌立っちゃった!」

「太郎君のボーカル良かったよ。あ、勿論おきくさんもつっきーちゃんも」

「ありがと~」

「ど、どうも」

「ありがとうございます。しかしこんなよく分かんないライブにまで来るとは……流石お二人ですね」

「よく分かんないって……まぁね! それで? それがBoB初の物販かな?」

「野球帽タイプなんだね。へぇ~、中々いいデザインだね」

「美大生にそう言って貰えると心強いです。百個作ったんですけど、これ捌けなかったらバンド資金無くなっちゃうんですよ……って事でお二人ともどうですか? なんならサインも付けますよ!」

「あはは! なら一つ貰おうかな。サインはつばにお願いしまーす」

「私も一つ下さい。サインは私も、つば部分にお願いしようかな」

「ヘイまいど! それじゃあサラサラっと。良ければつっきーさんとおきくさんがサイン書いてる間にハグしますよ」

「それじゃあ……はい! どーぞ……って、はうっ!?」

「どっどうしました一号さん? 顔真っ赤ですよ」

「いっいや……だって前回は太郎君棒立ちだったじゃん! まさかそっちから抱き締められるとは思わなかったから……」

「さっき言ったでしょう? 俺は今メチャクチャ機嫌が良いんです!」

「ちょっと太郎! 機嫌が良いからってセクハラはやめなさい!」

「いやいやつっきーさん。ファンは……『覚悟してきてる人』…………ですよね。人を『ハグ』しようとするって事は、逆に『ハグ』されるかもしれないという危険? を常に『覚悟して来ている人』ってわけですよね……」

「何を言ってるのよ……それに自分で危険って言ってるじゃない……」

「というわけで、二号さんはどうします?」

「じゃ、じゃあお願いします……ひゃあっ!」

 

「ど、どうも。初めてライブ見ました。凄かったです」

「おっ新規ファンだ、囲め!」

「ちょっと落ち着きなさいよ……」

「あの……おきく? さんの歌カッコよかったです」

「え~本当~? ありがと~」

「流石のカリスマですね」

「あなた中々見る目あるわね」

「二人とも何目線なの?」

「BoBキャップはどうですか? いらない? 結構。では俺とのフリーハグはどうですか? キャップを購入しなくても出来ますよ」

「えっと……じゃあ、はい……」

「そんじゃあ失礼して……ちなみにここだけの話なんですけど、おきくさんの歌が気に入ったなら新宿FOLTのSICKHACKってバンドもオススメですよ

「……えっ? あの……?」

「はい、ありがとうございましたー。次の方どうぞー」

 

「太郎さん! ごとり様は今日もいないんスか!?」

「お、おう……すみませんね、ごとりちゃんは家の門限が厳しくて……」

「うおおおお! ほらな! 俺が言った通りだ!」

「? 何の話ですか?」

「いつもごとり様がいないんで俺達で話し合ってたっス! それで、ごとり様は実は超いいところのお嬢様じゃないかって結論が出たっス!」

「お、お嬢様?」

「そうっス! 門限が厳しくて、Gibson(ギブソン) Les Paul(レスポール) Custom(カスタム)なんて高級ギターを使ってて、犬を飼ってるのは間違いなくお嬢様っス! 前は犬の散歩でいなかったから、きっとデカい犬を飼ってて、清楚で物静かなお嬢様っス!」

「はーい。お薬出しときますねー。はい、一つ三千円です。ハグは? OKOK…………はい、ありがとうございました…………そろそろひとりの事も何とかしないとやばいなぁ」

 

 その後も、渋谷で出来た俺のファンの女性二人や、いけるやんお兄さん他、BoBのファンやら今日出演した他のバンドのファンやらと交流して、ありがたい事に気が付けばBoBキャップは完売していた。

 

 メンバーに配った分や、結束バンドとやみさんに販売した分を引くと、九十個程販売したのだが、今回買えなかったファンもいるし、今日来られなかったファンもいるので、増産を考えてもいいかもしれない。でも新しいグッズも作ってみたい。やっちまうか……両方! 

 

 

 

 物販の時間が終わりお客さんが捌けると、天使のキューティクルや屍人のカーニバルの人達が結束バンドとBoBを打ち上げに誘いに来てくれた。

 

「よかったらこの後皆で打ち上げしませんか?」

 

「やった~! やりましょ~!」

 

「おっ? 打ち上げ? いいね~行こ~」

 

 喜多さんと廣井さんの鶴の一声で結束バンドとBoBの打ち上げ参加が決まる中、虹夏先輩がどこかへ行ってしまった為に、手持ち無沙汰に一人ぽつねんと立っていたひとりの隣へ俺は歩み寄った。

 

「ようひとり、お疲れさん」

 

「あっ太郎君」

 

 声を掛けてはみたものの、先程のやみさんとの楽屋での事もあってか、どう話を切り出せばよいのか分からなくなった俺は、それきり言葉に詰まってしまった。

 

 珍しく俺が沈黙しているからだろうか、隣に立つひとりから明らかに困惑した雰囲気が伝わって来る。

 

 しばらく二人で無言で並んで立ち呆けていると、痺れを切らしたのか恐る恐るひとりが話を切り出した。

 

「あっあの……物販遅れて来たけど、何かあったの?」

 

「あー……いや、大したことじゃないんだよ。ちょっと店長と話をしててな。そういえばひとりは俺達が物販に来るまでに誰か知り合いと話とかしたか?」

 

「え? えっと……一号さんと二号さんが物販に来てくれたからその時少し……」

 

 どうやらやみさんとは会っていないらしい。物販には寄らないと言っていたから当然といえば当然だが……ならばやみさんに会ったことも、今はまだ黙って置いた方がいいかもしれない。

 

 やみさんに保留にしてくれと言った手前、まさか自分からレーベル話をバラすワケにもいかないので誤魔化したが、嘘は言ってないから大丈夫だろう……多分。

 

 この流れでいよいよ本題に入ろうかと思った……が、先程店長にはひとり本人に直接聞けと言われたが、まさかストレートに聞くのが恥ずかしかった俺は、とりあえずジャブを打ってみる事にした。

 

「あー……なぁひとり、バンド活動楽しいか?」

 

「えっ? うっうん。みんな優しいし、色々迷惑もかけちゃってるけど楽しいよ。それに――」

 

 俺の突然の意味不明な質問に驚きながらもひとりはそう答えると、弄っていた自分の指を見るように俯いて、恥ずかしそうに少し顔を赤くしながら言葉を続けた。

 

「そっそれに、太郎君ともバンド組めてるから……」

 

 そう言うと、ひとりは少し上目遣いで遠慮がちに俺へと顔を向けながら、はにかむような笑顔を浮かべた。

 

「……泣いてしまうからやめろ」

 

「えっ!? なななななんでっ!? あっ……泣くほど気持ち悪くてすみません……」

 

 まったくこいつは……ジャブを打ったらストレートのカウンターを食らった気分だ。普段は意味不明な発言をして場を混乱させる事しかしない癖に、どうして――どうしてこんな時は、俺の欲しい言葉をかけてくれるんだ。

 

 目の前で奇行を行なっているひとりを見ながら、俺の口から、気負いも、迷いも、躊躇もなく、するりと言葉が出て来た。

 

「なぁひとり。これからも、俺はお前とバンド組んでてもいいか? お前の……傍にいてもいいか?」

 

「えっ……そっそれはもちろんいいけど……っていうか、いっいてくれないと困るというか……でっでもなんでそんな事聞いて来るの……!? はっ!? もっもしかして!?」

 

 俺の言葉を聞いたひとりは、意味が分からなかったのか一瞬訝し気な表情を見せたかと思うと、次の瞬間何かに気付いたようで盛大に顔面をぶっ壊した。

 

「もしかして私、太郎君に見捨てられるの!? あばばばば……もっもうダメだぁ……おしまいだぁ……」

 

「情緒の忙しい奴だな……ま、なんにしても言質は取ったからな? 今後はお前が「もう離れて下さい」って言うまで付きまとってやるから覚悟しとけよ?」

 

 びったんびったんと床をのたうち回るひとりにそう言うと、俺はなんだかようやく胸のつかえが下りたようで、長い長い溜息を吐いた。それからやっと発作が収まったひとりに手を貸して立ち上がらせると、俺は気合を入れて提案する。

 

「……よし! ひとり! せっかくだからフリーハグしようぜ!」

 

「……えっ!! いっいやでもっ……ははは恥ずかしいし……」

 

「まぁまぁ~遠慮せず~」

 

 耳まで真っ赤にして視線をあちこちに動かすひとりを正面から、俺は優しく、しかししっかりと抱き締める。

 

「……ありがとな。ひとり」

 

 抱き締めながら俺が小声で改めてそう伝えると、ひとりは返事の代わりにおずおずと遠慮がちに俺の背中に手を回して来る。それに答えるように、俺は抱き締めた腕の力をわずかに強めた。

 

「ああ~! 何やってんの太郎君とぼっちちゃ~ん!」

 

 先程まで、他の出演者とこの後の打ち上げ話で盛り上がっていた廣井さんが、俺達を見つけて声を上げた。面倒な人に見つかったなと思ったが、今の俺の胸には錦の御旗、菊のご紋ならぬ大義名分のガムテープが張り付けてあるので恐れる物は何も無い。

 

「何ってフリーハグですよ。お互い出演者で物販の時は出来なかったんで今やってるんです」

 

「ええ~、じゃあ私にもやってよ~」

 

「えぇ……しょうがないにゃあ……ほらひとり……ってそんな顔するなよ」

 

「えっ? あっいや、ちがっ……」

 

 名残惜しそうな表情のひとりと離れて廣井さんに向かって手を広げると、廣井さんは躊躇なく俺の胸に飛び込んできて背中に腕を回すと、いつかのおんぶの時のように胸に顔を擦りつけて来た。

 

「うへへへへ~。はぁ~ぬくぬくだぁ~」

 

「寒いんならそんな薄着じゃなくてちゃんと服着ましょうよ……」

 

 廣井さんに猫の様に抱き着かれていると、今度はフロアの隅から虹夏先輩の叫び声が聞こえて来た。みんな驚いたらとりあえず叫ぶのやめなさいよ……

 

「あーー!! なにしてんの太郎君! えっ!? フリーハグ!? みんなやったの!? みんな!? ずっずるいっ!」

 

「いや、みんなとはやってないっす。虹夏先輩もやります?」

 

「……えっ!! あっいや……でも、ま、まぁ? 太郎君がそんなに言うなら? 仕方ないっていうか?」

 

「伊地知先輩すごい勢いで触角が動いてますよ……」

 

「ぷぷぷ……むっつり虹夏」

 

「ちょ、ちょっとリョウ! ぬ゛ーん゛!!」

 

「あ、あの~……あとで俺達もハグいいですか?」

 

「いいですとも! あっ、じゃあ俺も後で一緒に写真お願いできますか?」

 

 虹夏先輩がリョウ先輩を追い回す中、屍人のカーニバルからハグをお願いされたので快諾する。屍人のカーニバルの人たちは数少ない俺と接点のある男性バンドだからな。なんとか仲良くしてもらおう。打ち上げでひとりを連れて話に行くのもいいかもしれない、あいつデスメタル好きだった筈だし。

 

「全く……なにをしてるんだか……」

 

「そんな事言って~。大槻ちゃんもハグして貰ったら~?」

 

「姐さん!? わっ私は別にっ……」

 

 こうしてひとりや廣井さんとのフリーハグ延長戦をどこぞから戻って来た虹夏先輩に発見されたのをきっかけに、虹夏先輩や屍人のカーニバルのメンバー等、希望する人たちとフリーハグをする事になった。

 

 その後、今日の出演バンド全員で打ち上げを(おこ)なって、今回の池袋ブッキングライブは無事、幕を閉じたのである。

 

 

 

 ちなみに天使のキューティクルの人たちとハグをしたか、だが……俺もまだ刺されて死にたくないからね。地下とは言え、アイドル相手は流石に怖くてハグなんて出来ないよ。




 名スカウトマンぽいずん♡やみ。結束バンドとBoBという二つのバンドをストレイビート(レーベル)への勧誘に成功する。

 池袋の話は割と初期からどうするか悩んでいたのを、見ないふりをしていたら来てしまいました。このエピソードは作者的にこの作品の方向性を改めて考える話だったと思います。

 作者はやみさん嫌いじゃないんです。この人は思った事をズバズバ言っちゃう厄介な人ではあるんですが、だからこそ嘘があんまりない感じするんですよ。なのでその嘘偽りない自己中で余計な発言こそが、主人公の悩みや迷いに対しては一つの救いになるって構図は面白そうだなって思ってこうなりました。

 池袋編はちょっと主人公を女々しくし過ぎたかなって気もします。ただ主人公だけ人間関係受け身なのってズルいかなって。全編通してここが一番の主人公曇らせ所で、これ以降は『恐怖を乗り越えた山田太郎』というか、『いつか失くしてしまうものばかりなら、強く刻んでおこう』の精神で、メンタルカチカチ主人公になるので許して。

 実は034話を書き終わった時、どうしても池袋編の納得のいく締め方が思いつかなくて、エタるかBoB解散の打ち切り完結しかねーなって思ったんです。池袋編に強引な展開が多いのはその名残です。そんな時この小説の感想を見たんですよ。それは本当にちょっとした普通の「この作品いいね」くらいの感想だったんですけど、なんかそれを見た時に何故かは全く分からないんですが、作中の救われた主人公じゃないですけど「皆が納得できる締め方は出来ないかもしれないけど、もうちょっと続けてもいいかもしれないな」って思えたんです。マジで。

 というわけで、読者の皆様いつもありがとうございます。

 作者は絶っ対余計な事を言ってしまうので感想に返信はしないんですが、全てありがたく読ませて貰っています。たまに返信しているのは本文を改訂する時で、後から感想を読んだ人(作者は人の作品の感想を読むのが結構好き)が感想を書いてくれた人に何言ってんだこいつ?となるのを防止する為です。
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