ぼっちず・ろっく!   作:借りて来た猫弁慶

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 もう始まってる!(二ヵ月ぶりの投稿) まだ! まだよ!(後編)
 エタったと思った? 残念(?)! 続きました。実はこの二ヵ月間寝ても覚めてもこの話をこねくり回してました。長くなったので前後編なんですが、実はまだ後編があと少しを残して書き終わってません。ですがこれを投稿して背水の陣を敷くことによって、一週間後には必ず後編を投稿します。


038 BoBスタジオ練習/ギタボヒーローへの道

 池袋ライブ終了後、ヨヨコ先輩から提案されたBoBスタジオ練習の件は、BoBリーダーでもあり、何より虹夏先輩と知り合いで一応STARRYのスタッフ(バイト)である俺が店長と交渉する事になった。

 

 ヨヨコ先輩が言った通り、ひとりの事を考えるならば普段結束バンドも練習を行なっているSTARRYなら、ひとりも緊張もせずに良い演奏が出来そうなのは俺も同意見だという事で、そういう事情も添えて店長に頼んでみたが、快く快諾! とはいかなかった。

 

 俺がスタジオレンタルを頼むと、店長は随分と悩んでいた。理由を聞いてみれば当然で、日頃から泥酔している廣井さんの機材破壊を心配しているようだった。

 

 廣井さんは俺達が目を離さないようにする事や、BoBとしての活動ではまだ(・・)機材を破壊した事は無い等、今までの実績を前面に押し出しつつ説得してみると、最初は悩んでいた店長もやがて一応納得してくれたのか、最終的にはSTARRYのスタジオ使用許可を出してくれた。

 

「わかったよ。でも一つだけ条件を付けてもいいか?」

 

 星歌の説得を終えてスタジオの使用許可を得た山田太郎。ほっとしたのも束の間、星歌から一つの条件を出されてしまう。廣井をかばいすべての責任を負った太郎に対し、STARRYの主、伊地知星歌が言い渡したスタジオレンタルの条件とは……

 

 いや別にそんなに大した事では無いが、店長の出した条件とは『お目付け役として虹夏先輩を同席させる』事である。こちらとしても演奏中などは無防備なのでありがたい申し出だ。ただ虹夏先輩は付きっきりというわけではなく、家の用事が入ったり、疲れたり、飽きたりしたらいつでも退出するとの事だ。要するにただの見学じゃねーか……

 

 店長の出した条件を受け入れて、無事STARRYのスタジオレンタルに成功した事を伝える為、その日の夜に俺はBoBメンバーへと連絡を取った。

 

「……あ、もしもしヨヨコ先輩ですか? 俺です、太郎です。ヨヨコ先輩の注文通りの日にスタジオの予約取れましたよ」

 

『そう、お疲れ様。全部任せて悪かったわね。それでどうなったの?』

 

「ウッス! 六時間予約取れたっす!」

 

『…………は?』

 

「六時間っす!」

 

『いや聞こえてるわよ!? なんで六時間!?』

 

「え? あ、もっと長い方が良かったですか?」

 

『違うわよ!? 普通スタジオ練習って言ったら大体二時間から三時間よ!? 六時間もあったら流石に持て余すんじゃ……』

 

 俺はバンドメンバーとのスタジオ練習なんて初めてなもんでつい張り切って予約したのだが、ヨヨコ先輩の言葉に驚いてしまった。てっきり長ければ長い程良いと思っていたのだ。

 

 ただこんな長時間予約を取ったのは一応理由があって、一つは個人練習の感覚だった事だ。俺の休日の練習時間は少なくとも六時間は超えている。良くは知らないがひとりも普段の話を聞く限り恐らく俺と同じ位やってるだろう事が窺えるので、それを基準にしたのだ。

 

 二つ目の理由としては、BoBのスタジオ練習が今まで無かった事だ。ヨヨコ先輩が言った通り練習時間が一回二時間として、六時間なら三回分をリカバーした計算になる。実際はそんなに単純な物ではないが……

 

 三つ目は、なんと今回のスタジオレンタルは無料なのだ! 店長が言うには虹夏先輩達も無料で使っているので(身内()のバンドだからだろう)、機材を壊さないという条件を必ず守るならば自由に使っても良いと言ってくれた。こんなもん(練習時間)なんぼあってもいいですからね。店長の奴、六時間ポンと(貸して)くれたぜ! 

 

 そういう事情を説明すると、ヨヨコ先輩は納得してくれたのか随分と大人しくなった。特に無料の部分が効いたようだ。「無料なら長い分には問題無いか……」みたいな事を言っていた。

 

 そんなヨヨコ先輩への連絡が終わると、続いて俺は廣井さんへと連絡を入れる。

 

 電話に出た廣井さんに俺からレンタルの条件が伝えられると、廣井さんは俺や店長の事を心配性だと言って豪快に笑い飛ばした。

 

 店長への交渉時も言ったが、確かに廣井さんがBoBとしての活動で機材を壊した事はまだ(・・)無い。だがそれが薄氷の上を歩いている様なものだと言うのは、恐らく廣井さん以外の全ての人間が思っている事だろう。いや、もしかしたら廣井さん本人も思っているのかもしれない……

 

 俺はあまり効果が無いと感じながらも、くれぐれも当日は粗相をしない様にと廣井さんに念押しして通話を切ると、最後にひとりに日時や時間を伝えて、後は当日を待つ事になった。

 

 

 

 

 

 いよいよ迎えた練習当日、俺はひとりと共に少し早めに家を出るとSTARRYへ向かう。

 

 外にあるSTARRYへと続く階段を下りた正面の壁に『CLOSED』と書かれた看板が掛けられているが、気にせず扉を開けて中に入る。つい一年程前まではこの扉を開けるのに随分と緊張していたものだが、ひとりがしがみ付いていない今の自分の腰や背中の動きやすさに、俺達も随分と慣れて来た物だと思ってしまう。

 

 扉を潜り、内階段を下りながらフロアを確認すると、そこには虹夏先輩と、既に到着していたヨヨコ先輩が二人してテーブルについているのを発見したので、俺とひとりは揃って挨拶をした。

 

「二人共おはようございます」

 

「あっおはようございます……」

 

「おはよう……来たわね」

 

「おはようー! 太郎君とぼっちちゃん! 今日はよろしくね!」

 

「いえ、こちらこそ。今日はスタジオ貸して貰えて助かりました。あ、これ良かったらどうぞ。ひとりと一緒にここに来る途中に買って来たんです」

 

 フロアに着くと、心なしかいつもよりテンションの高い気がする虹夏先輩が駆け寄って来たので、俺は手に持っていた紙袋を差し出した。

 

 今回スタジオを無料でレンタルして貰ったので、せめて何か手土産の一つでも持って行くべきかと思った俺は、これを買う為に早めに家を出て、ひとりと共になんかちょっと有名な店に寄って、なんかちょっと有名なお菓子を買って来たのだ。買った物の詳細がふわふわしているのは、何を持って行けばいいのか分からなかった俺が、言われるがまま親のオススメ品を買ったからだ。

 

「えー!? ありがとう! 実は大槻さんにもお土産貰ったんだよね……そんなに気を遣わなくてもよかったのに……あっ! これ、なんか有名な所の奴じゃん!」

 

 俺とひとりからの手土産を受け取った虹夏先輩は、紙袋の隙間から中身を見て俺達にお礼を言うと、お土産の生菓子を冷蔵庫に入れに行くと言ってそのまま奥へと引っ込んで行った。そんな虹夏先輩を見送ると、俺達二人はヨヨコ先輩のいるテーブルの席へ着いた。

 

「すみません、ヨヨコ先輩も何か持って来てくれたんですね。ありがとうございます」

 

「ま、まぁ無料って話を聞いたら、流石に手ぶらって訳にもいかないと思ったから……姐さんはきっと何も持って来ないだろうし……

 

 まだ練習開始までは時間があるので、廣井さんが来るまで世間話でもして待つ事にする。

 

「あ、そういえば見ましたよ。ヨヨコ先輩のオーチューブ動画」

 

「!! ど、どうだった!?」

 

「いやーあの無表情でコーラが噴き出すのを見てるヨヨコ先輩の顔、なんかじわじわ来ますね! 俺五回くらい見ちゃいましたよ! あれシュールギャグってヤツでしょ?」

 

「そうでしょう! って、えっ!? いや、違っ……!?」

 

 ヨヨコ先輩自らに教えて貰った、少し前から始まった大槻ヨヨコギターちゃんねる(何故かすぐに名称が変更されて今は『FOLTチャンネル』になっている)の話題を出すと、ヨヨコ先輩は凄い勢いで食いついて来た。だが俺がヨヨコ先輩が唯一投稿した再生回数57回のメントスコーラ動画の話をすると、何故かヨヨコ先輩は頭を抱えてしまったのだった。

 

 

 

 

 

「おっ、全員もう揃ってるな」

 

 ヨヨコ先輩やひとりと共に他愛のない話をして待ちながら、約束の時間が迫って来ても姿を現さない廣井さんを心配していたのだが、しばらくすると店長が虹夏先輩と共に廣井さんを連れてやって来た。

 

 店長の後ろに立つ廣井さんはなんだかいつもと様子が違い、随分と大人しかった。部屋がそんなに暑い訳でも無いのに顔には汗をかいているし、誰とも目を合わせないように下を向いている。

 

 店長はそんな廣井さんを気にも留めないまま俺達の傍までやってくると、今日の予定を確認し始める。

 

「それじゃあ六時間だっけ? 今日は虹夏をつけるからスタジオは好きに使っていいぞ。何かあったり、予定より早く終わるようなら、私は仕事してるから虹夏を寄越してくれ」

 

「あっはい……えっと……あの、店長? その、廣井さんは……」

 

 俺やひとり、ヨヨコ先輩の三人は廣井さんについて何か説明があるのかと思って黙って聞いていたが、結局何の説明も無いまま話が終わってしまった。まさかのスルーである。黙って俯いて立っている廣井さんの事が気になってイマイチ頭に入ってこなかったが、とりあえず今日は自由にしても良いという事だろう。

 

 ヨヨコ先輩は店長の話が終わった事を確認すると、慌てた様子で廣井さんに駆け寄って心配そうに声を掛ける。

 

「姐さん! どうしたんですか!? 大丈夫ですか!?」

 

「あっはい……大丈夫です大槻さん(・・)……お構いなく」

 

「大槻さん(・・)!? ね、姐さん!?」

 

 廣井さんはえらく丁寧な言葉づかいで断りながら、ヨヨコ先輩に詰め寄られると気まずそうにフイと顔を逸らした。その仕草にまたもヨヨコ先輩がショックを受けると、その一瞬のスキをついた廣井さんは素早く隠れるように俺の背中に逃げ込んできた。

 

「姐さん……!? どうして……」

 

「あっあの……お姉さんどうしたんですか……?」

 

 俺の背中に隠れた廣井さんか、それとも廣井さんに逃げられて再びショックを受けるヨヨコ先輩か、二人の様子を見かねたひとりが恐る恐る店長に訊ねると、店長は満足気に答えてくれた。

 

「いや、どうしたって……酒を抜いたんだよ」

 

「……えっ!?」

 

 店長の言葉に、今度は俺達三人が同時に素っ頓狂な声を上げた。店長は俺の後ろに隠れる廣井さんを見ながら、いい仕事をしたと言わんばかりの朗らかな表情を浮かべる。

 

「いやーそいつを捕まえたのが結構ギリギリでな。今日までにどれくらい酒が抜けるか心配だったけど、なんとか間に合って良かったよ。ウチにシャワー借りに来たのが一昨日だから……大体四十時間くらいか?」

 

「ご、ごめんね。お姉ちゃんがこれしか方法が無いって言うから……」

 

「えぇ……」

 

 つまり廣井さんの酒を抜く為に四十時間くらい伊地知家に軟禁してた……ってコト!? 

 

 店長の説明に、ヨヨコ先輩は信じられない事を聞いたかのようにポカンと口を開けて放心している。もしかしてこんな廣井さんを見るのは初めてなんだろうか? 結構長い付き合いみたいなのに素面の廣井さんを見た事無いというのも、それはそれで凄い気もする。だってヨヨコ先輩と出会ってからこの人ずっと酔ってるって事でしょ? こわ……

 

 俺も驚きながらも自分の背中に隠れるように立っている廣井さんへと視線を向ける。廣井さんは着ているスカジャンのポケットに両手を突っ込みながら、誰とも目を合わせない様に床を見ている。

 

 それにしても……普段あんなに陽気な廣井さんが、酒を抜いたらこんなになっちゃう……ってコト!? 酒を飲んでない廣井さんを見たいと思ってはいたが、まさかこんな形で拝む事になるとは思わなかった。本人から昔は陰キャだとは聞いていたが、ちょっと予想より凄い事になっちゃってるぞ。

 

 こんな様子でベース演奏の方は大丈夫なんだろうかとも思うが、店長の心配も理解できるので今日はもうこのまま行くしかない。駄目ならその時はその時だ。

 

 しかし今後もBoBのスタ練をSTARRYでやるなら、毎回素面の廣井さんになるのだろうか? 健康的には良いのかもしれないが……いやでもシャワーを借りに来て捕まったと言っていたから、今後は練習前はSTARRYに寄り着かなくなるのかもしれない。廣井さんは野良猫かなんかか? 

 

「ま、まぁ事情は分かりました。じゃあそろそろスタジオに行きましょうか。それじゃ店長、スタジオお借りしますね」

 

「おう、頑張って練習してこい」

 

 これ以上はあまり考えても仕方がないので俺は話を切り上げると、虹夏先輩に案内される形でSTARRYのスタジオへ向かう事にした。

 

 

 

 スタジオへ入ると、俺はまず虹夏先輩に頼んで用意して貰ったホワイトボードへと今日の練習の目標を書き込む。これは電話でヨヨコ先輩が言った通り、本来スタジオ練習は二時間から長くても三時間が一般的な為、”何となく練習する“という事を避け、短い練習時間を有効に使う為に設定される物だ。

 

 他人とのスタジオ練習が初めての俺は、本当は今回の練習のまとめ役は経験者である廣井さんやヨヨコ先輩にお願いしたかったのだが、廣井さんはあの様子だし、ヨヨコ先輩には「練習に集中したいから」と断られてしまったのだ。

 

 そういう事情で仕方なくまとめ役なんぞを引き受けた俺は、ホワイトボードへ『ライブでの曲を一通り演奏する』や『課題を洗い出す』等のよくある文言を書き込むと、他に何かあるかとメンバーへ意見を求めた。

 

「池袋のライブ……あの最後の感じを目指したいわ」

 

 手を挙げて答えたヨヨコ先輩の言葉にスタジオの空気が引き締まるのを感じながら、俺はホワイトボードへと書き加える。思えば確かに池袋の最後のグルーヴ感は良かったが、どうしてああなったのかは分からないままだったので、今回の目標とするには丁度良いかもしれない。

 

 一先ず今日の練習の目標が決定すると、続いて各自の機材のセッティングや音出しの調整を行なう。BoBは三人がボーカルを行なうので各々にマイクを立てるのだが、演奏中に意見を出すなどのコミュニケーションをやりやすくする為に、せっかくなのでひとりの前にもマイクを立てる事にした。

 

 ボーカルをするわけでは無いが、自分の前にマイクが立っている事になんとなく緊張しつつも嬉しそうなひとりを見ながらセッティングが終わると、今まで準備を手伝ってくれていた虹夏先輩が椅子を持って部屋の隅の方に移動しようとしているのが見えて俺は慌てて声を掛けた。

 

「あ、虹夏先輩。悪いんですけどそっちじゃ無くて、俺のスマホと一緒にこっちの方に座って貰えますか?」

 

「……えっ? でもここって……太郎君達の正面だけど邪魔にならない?」

 

「やっぱり観客にどんな風に聞こえるか知っとかないといけませんからね。あ、演奏録音したいんで、悪いんですけど俺のスマホは隣の椅子の上に置いといて下さい。それで俺が合図したら録音ボタンを押してくれませんか」

 

「わ、分かりました……!」

 

「……なんで敬語?」

 

 俺は虹夏先輩に自分のスマホを手渡しながら俺達の正面、ライブで観客がいるであろう場所を想定した位置に座るようにお願いすると、何故か虹夏先輩は緊張した表情に加えて敬語で返事をして来た。

 

 ドラムの椅子へと座り演奏の準備が整うと、再び目に入った虹夏先輩の表情がつい先程の緊張した物から変わって、頭の触角が勢いよく動き、無理矢理笑みを抑え込んだような物になっている。

 

「……虹夏先輩、難しい顔してますけど、ひとりみたいに頬がモチモチしてますよ……」

 

「……えっ!? うそ!?」

 

 先程から挙動不審な虹夏先輩を不思議に思い指摘すると、一応自覚はあったのか虹夏先輩は恥ずかしそうに表情を崩した。無理矢理真面目な表情をしていたのがバレてしまって気が緩んだのか、虹夏先輩はもはや隠す事無くにへらと笑みを浮かべると、自分の顔を両手で挟むようにして緩んだ頬を揉みほぐした。

 

「たはー……ごめんね。いや~、なんだかあたしだけのワンマンライブみたいだなって思っちゃってつい笑みが……でも、あたしだけこんな浮かれてちゃ駄目だよね! それに、お姉ちゃんにもしっかり見学して来いって言われてたし……」

 

「店長になに言われたんですか?」

 

「んー? 知りたい?」

 

 浮かれていた事を反省して気合を入れるように両手で握りこぶしを作る虹夏先輩だったが、店長が何を言っていたのか俺が訊ねてみると、虹夏先輩は何かを思いついたような勿体ぶった笑みを浮かべて一度咳ばらいをしてから、店長の声真似をしながら答えてくれた。

 

「んん……『虹夏、いい機会だから太郎の演奏を良く見て来いよ。あのレベルの演奏を長時間、間近でじっくりと見られる機会なんてそうそうないからな……どれくらいの実力かって? 私の個人的な意見だけど、あいつはスタジオミュージシャンとしてもうやっていけるくらいの実力はあるんじゃないか? なにせ演奏の幅がかなり広いからな。知ってるか? あいつジャズやラテンなんかの曲もやってるらしいぞ? それに本人は自分を陰キャだと言ってるが、あいつは意外と対人能力も悪くない。陰キャだからこそ(・・・・・)相手の気持ちが分かるんだろうよ。そういえばSIDEROSのベースとも初セッションでかなり合わせられたって言ってたぞ。ぼっちちゃんが懐いているのも、幼馴染だからってだけが理由じゃ無いと思う。それに廣井(あんな奴)にでも基本年上には敬語で話す礼儀正しい部分もあるな。まぁ喜多ちゃんにも敬語だから、これは別の理由もありそうだが……あとはSTARRY(ウチ)にぶりっこメルヘン年齢鯖読みライターが来てお前たちが悪く言われた時も、真正面から対立しない柔軟さもあるし……』」

 

「うわ凄い長文」

 

「でしょー!? お姉ちゃんったら……」

 

「そしてそれを一字一句覚えてる虹夏先輩も怖い」

 

「ってちょっと太郎君!? なんでよ!?」

 

 俺が率直な感想を漏らすと、虹夏先輩から心外そうに抗議の声が上がった。だが許して欲しい。自分の知らない場所での自分の評価など、恥ずかしくてとても最後まで聞いていられなかったのだ。それに何故かウチのメンバーにも流れ弾が当たっている。

 

「あわわわ……わっ私が懐いてるんじゃなくて太郎君が懐いてるんです……」

 

「……私、そのスタジオ練習に呼ばれてないんだけど…………」

 

そういえば太郎君ずっと敬語だ……えっ? もしかして私って太郎君からの好感度あんまり高くないの? こうなったら何か小粋なトークで場を和ませてポイントを稼がないと……でも私、普段太郎君達とどんな風に話してたっけ? ああ~駄目だ……というか絶対引いてるよね……きっと、みんな今の私を見て、いい歳して碌に人の目を見て話せない駄目な大人だって思ってるんだ……

 

 俺に懐いていると言われたひとりは顔を赤くして恥ずかしそうに取り乱しているし、内田さんとのセッションと聞いてヨヨコ先輩はジト目を向けて来ている。店長にあんな奴呼ばわりされた挙句、俺から距離を置かれている可能性(誤解だが)が出てきた事にちょっとショックを受けているのか廣井さんも青ざめているし、俺を褒めるふりをして突然全方位に爆弾を投げつけるのをやめて欲しい。

 

「あーもう滅茶苦茶だよ……はい! そろそろ練習始めますよ! 虹夏先輩も演奏で気になる事があったら教えてくださいね」

 

 このままでは埒が明かないので、まだ良く分からない言い訳をしているひとりや、不満げにジト目を向けて来るヨヨコ先輩、青ざめた顔で俯きながら、小声でぼそぼそと呟いている廣井さんに練習を始める声を掛けると、ようやっとBoB初のスタジオ練習を始める事になった。

 

 

 

 スタジオ練習の流れとしては、まず一曲通して演奏し、次にその曲のイントロからアウトロまでの気になった部分を細かく分割して練習、分割練習で納得いく形になったなら、練習を踏まえて最後に再び一曲通して演奏して曲の完成という感じだ。

 

 練習する曲の順番は、いつものライブと同じように曲が完成した順番という事で、まずはメロコアである『Sky's the Limit』という事になった。

 

 問題個所を炙り出す為の最初の通し演奏が終わると、廣井さんを除く四人が何とも言えない表情でお互い顔を見合わせた。原因は勿論普段と違うお酒の抜けた廣井さんの演奏である。当の本人もこの空気を感じ取っているのか、相変わらず演奏が終わると気まずい様子で俺達と視線を逸らすように床を見ながら何事か呟いている。

 

うぅ……きっと地味な演奏に幻滅されてる……あぁ……お酒さえあれば……それにしても若い子達を見てると少子高齢化が心配になって来る……これは年金問題にも関わって来る重要な問題であって……

 

 あくまで個人的にはだが、酒の抜けた廣井さんの演奏自体には全く問題は無いと思った。指もしっかり動いているし、演奏や歌詞が飛ぶような事も無い。先程までは合わなかった視線も演奏中はそんな事も無かったし、ひとりのように他人の演奏に合わせられなかったり、演奏レベルが極端に落ちるという事は無かった。では何が普段と違うかというと、それはノリ(・・)だ。

 

 廣井さんの今日の演奏は普段の勢いや自信がすっかり鳴りを潜めてしまい、それが如実に演奏と歌に現れていた。廣井さん自身も先程言っていた通り地味(・・)な演奏と言えるだろう。

 

 しかしそれが悪い事ばかりかといえば、逆に素の廣井さんの生真面目な性格を表すかのように、より丁寧で整った演奏と言い換える事も出来る。そういう意味では酒が入っている時よりも良く言えば安定感がある演奏と言えるし、悪く言えば面白みが無いとも言えるかもしれない。

 

 俺は今日の廣井さんの様子を見て、スタジオ練習がどうなるか心配していた。場合によっては早めに練習を切り上げる可能性や、次回以降は別のスタジオに変更する事も考えていた。

 

 だがここまでの廣井さんの演奏を聴いて、俺はある可能性を感じていた。しかしまだ一曲通して演奏しただけで、文字通り練習は始まったばかりだ。結論を出すには早すぎる気もする。

 

 俺はとりあえず判断を保留にして練習を再開させる事にした。廣井さんの演奏に触れなかった事に驚いたのかヨヨコ先輩がこちらを見て来たが、結局何も言わずに練習を再開した。

 

 廣井さんにいつものノリに戻ってくれと言っても、今はお酒が飲めない以上それは無理な相談だ。では次に出て来る問題は、この(・・)廣井さんと練習する意味はあるのか? という事になる。普段とはまるで別人のようなノリと勢いの廣井さんだが……俺はある(・・)と判断した。

 

 人と合わせる事が苦手なひとりだが、結束バンドで練習したものがギターヒーローとしての成長に繋がっているように、素面の廣井さんとの練習もきっと必ず、いつもの廣井さんの一部になっているのだ。ヨヨコ先輩も同じような事を考えているからこそ、何も言わずに練習を再開したのだと思う。

 

 その後は俺とヨヨコ先輩が主体となって、曲のイントロからアウトロまで、演奏の気になる個所を細かく分割して徹底的に仕上げていく。分割しての練習が終わると、録音しながら最後に再び一曲通して演奏する。これでようやく一つの曲の練習が終了する。

 

 始まった時は不安だった廣井さんの演奏もとりあえずは問題無く、グルーヴの一体感を高めたり、キメを揃えたりといったような練習も滞りなく終了した。やはり技術的には普段も素面もそこまで変わらない様に思える。

 

 曲の間に短い休憩を挟みながらBoBの四つの曲を一通り練習したが、結局一度もヨヨコ先輩から提案された目標である『池袋ライブの最後の感じ』を再現出来ずに三時間が経つと、俺達は一度纏まった休憩を取る事にした。

 

「それじゃあ今から三十分程休憩にしましょうか」

 

 今の状態でスタジオという狭い空間に他人といるのは流石にキツイのか、休憩時間に入ると廣井さんは外の空気を吸いに行くと言って出て行き、ヨヨコ先輩もそれを追うように出て行った。

 

 虹夏先輩も店長の様子を見て来ると言って出て行き、残された俺達二人は長距離バスの休憩時間の如く、とりあえずトイレに行って戻って来たが、暫くしても誰も戻って来ないので俺はひとりを手招きしてドラムの近くへと呼び寄せる。

 

「どうしたの太郎君?」

 

「いや、お前と二人でスタジオに居る事なんて今まで無かったからさ。暇だし次の投稿動画用の曲の合わせでもやろうかと思ったんだけど……」

 

 ドラムヒーロー()ギターヒーロー(ひとり)にリクエストされる曲は流行りの曲が中心なので、当然被る事も多い。俺が今練習している曲はひとりも練習しているだろうと思ったし、珍しく二人でスタジオにいるので誘ってみたのだが、ふとある別の考えが浮かんで来た。

 

「……なぁひとり。ちょっとドラム叩いてみるか?」

 

「……えっ? ドっドラム?」

 

 恐らくひとりも曲の合わせをすると思っていたのだろう。全く予想外のお誘いだったのか、ギターを持ったまま目を丸くして驚いている。

 

 よく打楽器を叩くとストレス解消になるなんて言われる。ドラムは想像している以上に大きな音が出るので叩くだけでもスッキリするし、ギターやベースの様に音階が無いので何となく叩いてもそれなりに楽しめるのだ。

 

 ひとりは普段からギターを弾いてストレスを発散していそうだが、たまには力いっぱい何かを叩いてでっかい音を出すという原始的なストレス発散をしても良いのではないかと思う。結束バンドの練習でもスタジオを使うが、ひとりが結束バンドメンバーの前でドラムを叩いてストレスを発散している姿が想像できないので、今は俺と二人きりだし良い機会だと思ったのだ。あえて理由をつけるなら、将来作曲なんかをする時にドラムの事を知っておくのも損はないだろうしな。

 

「……でっでも私、ドラムなんて出来ないよ?」

 

「いいよ別に適当で。デカい音出すだけでも楽しいぞ」

 

 俺はひとりにスティックを手渡しながらドラムの椅子から立ち上がり席を譲ると、ひとりはおっかなびっくりといった風に椅子に腰を下ろした。困惑しながら両手でドラムスティックを構えるひとりの姿を俺はスマホのカメラに収めて行く。

 

「おっ? ドラマー姿もなかなか似合ってるじゃないか」

 

「う、うへへ……そうかな?」

 

 ひとりは恥ずかしそうにはにかむと、それきりどうしていいのか分からないのか、スティックを構えたまま困ったように俺を見て来た。俺はその辺に置いてあった椅子を拝借すると、説明する為にひとりの隣へと腰を下ろす。

 

「まぁいきなり叩けって言われても困るか。よし、じゃあ俺がとっておきのテクを教えてやろう。いいかひとり、これからお前に教えるのは『RLKK』って奴だ」

 

「RLKK?」

 

「そうだ。これはドラムを知らない人が見たらなんか凄い事やってる風に見えるテクニックだ」

 

 『RLKK』とはドラムを叩く手順の事で、右手(Right)、左手(Left)、足(Kick)、足(Kick)、の順番の事だ。基本の形で説明すると、右手でスネアを叩き、左手でスネアを叩き、キックペダルでバスドラを二度叩く、といった具合になる。

 

 これだけ聞くと一見地味な感じだが、スネアドラムの他に、ハイタム、ロータム、フロアタムやシンバル等、種類を増やして叩く順番のアレンジを加えると、なんとびっくり凄くそれっぽく聞こえるのだ。これは色んなドラマーが実際のライブのフィルインでやっていたりもするので当然だが。

 

「まぁでもこれはあくまで手順の一つだから、あんまりこだわらなくてもいいぞ。さっきも言った通り、デカい音鳴らすだけでも楽しいからな」

 

「うっうん」

 

 俺が説明を終えるとひとりはためらいがちに、たどたどしくドラムを叩き始めた。だがやはり両手両足(俺のキックペダルはツインペダルだ)を使うのは難しいのか少し叩くだけでもぎこちなかった。まぁ当たり前だ。逆に一発で成功されてたら俺は絶望したと思う。

 

 ひとりの隣に座りながら写真を撮ったり軽くアドバイスなどやっていると、ひとりは思ったよりも大きなドラムの音におっかなびっくりしながら、だが楽しそうに叩いていた。しばらくすると疲れたのか、ひとりは額の汗を拭いながら大きく息を吐くと、スティックを俺に返して来た。

 

「もういいのか?」

 

「うん、ありがとう太郎君。ドラムって大変なんだね」

 

「まあな。どうだったドラムは?」

 

「楽しかった……かな? でも――」

 

 ひとりは途中で言葉を止めると、目の前にあるドラムセットへ視線を移した。あんまり楽しく無かったのだったら悪い事をしたなと俺が若干不安になっていると、しばらくドラムを眺めていたひとりは、少し恥ずかしそうに口を開いた。

 

「やっぱり、私は太郎君のドラムが好き、かな………………って、いっいや! ちっ違っ!? すすす好きっていうのはなんていうか……そのっ……えっ演奏的な意味で!!」

 

「お、おう! わわわ、分かってるよ!? 分かってる分かってる!?」

 

 赤くした顔の前で勢いよく両手を振りながら必死になって弁明しているひとりを見ながら、何故だか俺まで変な言い訳をしている。言い方が紛らわしいんだよ!? 驚いて俺まで変な感じになっちゃったじゃねーか。

 

 お互い微妙な空気の中、ひとりが落ち着くのを待ちながらチラリと時計を見ると、休憩が始まって10分程経っているのが分かった。まだヨヨコ先輩達が戻って来る様子は無いので、この変な空気を変える為にも俺は話題を変える事にした。

 

「あー……じゃあさ。次は俺にギターを教えてくれよ」

 

 その言葉を聞いて、ひとりは俺がギターに転向するとでも思ったのか随分と驚いていた。勿論ギターに転向する訳では無く、作曲をするにあたって、どうやらギターやピアノ辺りを触って置いた方が良いという話を目にした為の提案である。

 

「……わっ私の修行は厳しいよ!?」

 

「おっおう……? お手柔らかに頼むよ」

 

 俺の説明を聞いて合点がいったのか、ひとりがなんだか急にバトル漫画の師匠みたいなことを言い出したが、目はやる気に満ち溢れていた。そのやる気を喜多さんに教える時も持ってやって欲しい。

 

 場所をドラムからひとりの席に移すと、ひとりのギターを借りて教えて貰う事になった。先程の言葉を思うとさぞ厳しい事を言われるのかと思っていたが別にそんな事は全く無く、むしろ滅茶苦茶丁寧に教えてくれている。

 

「まずは左手は押さえなくていいから、メトロノームに合わせて弦を一本一本弾いて慣れるところから始めよう」

 

 お前それふたりちゃんに教えてたガチな初心者用の奴じゃねーか!? まぁ俺はガチ初心者なんで仕方ない。でもこれ、この休憩時間内で成果出るかな? 家で一人で練習する奴じゃねーかなコレ? 確かに急がば回れとは言うけど……

 

 俺が言われた通り弦を一本一本弾いていると、ひとりは何故か嬉しそうに俺の写真なんぞ撮っている。俺もさっきドラマー後藤ひとりの写真を撮っていたから強くは言えないが……ひとりは顔が良くて写真映えするからいいが、俺など撮って何が楽しいのか全く分からない。

 

 滅茶苦茶地味な作業が続くので俺は話でもしながら練習する事にした。真面目にやれとひとりに怒られそうだが、今日のスタジオ練習を行なってみて少し気になった事があったので、他の人にも意見を聞いておきたかったのだ。

 

「なぁひとり……お前、今日の廣井さんの事……いや、今日の廣井さんの演奏についてどう思う?」

 

「今日のお姉さんの演奏?」

 

「ああ、廣井さんがあんな感じ(・・・・・)なのは初めてだろ? だからちょっと気になってな」

 

「えっと……凄いと思う」

 

「凄い?」

 

 少し考え込んだひとりから出て来た予想外の単語に、俺は一度ギターの練習の手を止めると、顔を上げてひとりを見た。ひとりの口からネガティブな意見が出るとは思っていなかったが、それにしても凄いとはどういう意味だろうか? 

 

 俺が続きを促すように見つめると、ひとりは焦ったように目を泳がせながら言葉を続ける。

 

「あっいや……これはあの……わっ私が勝手に思ってるだけなんだけど……お姉さん、前に緊張を誤魔化す為にお酒を飲んでるって言ってたでしょ? お姉さんがお酒を飲まずに演奏するのって、きっと私が太郎君がいない場所で演奏するような感じなのかなって……だから、今日はお姉さん、いつもみたいな演奏じゃなかったけど、でも演奏はちゃんと出来てたから……凄いなって思ったんだ……」

 

 ひとりは最後に「私はまだ虹夏ちゃん達と上手く演奏出来ないから……」と恥ずかしそうに付け加えると、偉そうに語ってしまったと思ったのかハッとした顔になり、両手をバタバタと動かしながら焦り始めた。

 

 俺の存在と飲酒が同じカテゴリーになってるのはちょっとどうかと思うが、概ねひとりの感想も俺が今日の練習で感じた物と同じだったので少し安心した。ようするに素面の廣井さんはようやっとるという事だ。

 

 俺は未だにわたわたと取り乱しているひとりの姿に苦笑しながら、再びギターへと視線を落として練習を再開する。

 

 しかしこうして椅子に座りながら弦を一本一本弾いているだけでも、なんだかひとかどのギター演奏者にでもなった気分だ。これで弾き語りでも出来たら最高にカッコイイんだけどなぁ……なんて思うと、ふと俺の口から前々から考えていた疑問がついて出た。

 

「そういえば……ひとりはボーカルやらなくていいのか?」

 

「……ふぇっ!? ボボボ、ボーカル!?」

 

 直接聞いたわけでは無いがこいつの事だ、まず間違いなくギターボーカルとしてステージの中心でちやほやされる妄想をしているだろう。なぜ分かるかって? 俺もそうなの。ソーナノ……いや俺の事はどうでもいい。

 

 俺は固く目を閉じて「むむむ」と凄い勢いで顔を横に振っているひとりを見ながら考える。

 

 本当にやりたくないのだろうか? それとも遠慮しているのか? 自信が無いから? 恥ずかしいから? 特別歌が上手くもないから? 自分より上手い他のボーカルがもういるから? 

 

 きっとひとりの事だから、どれか一つだけが原因なのではなく、どれも当てはまるのだろう。確かに出来ない理由が増えれば増える程、その一歩を踏み出すのが難しいのかもしれない。だけど――

 

「なぁひとり……お前はお前の理想を諦めなくてもいいんだぞ」

 

「――っ」

 

 真正面からひとりの顔を真剣に見つめた俺が力強く言い切ると、ひとりは勢いよく振っていた顔の動きを止めて目を見開いた。

 

 確かに今後、結束バンドでひとりがギターボーカルを出来るかどうかは俺には分からない。だがBoBでなら、その夢は叶えてやれるのだ。

 

 もしひとりが、もう既に廣井さんやヨヨコ先輩がいるからという理由でBoBで歌う事を諦めているのなら、それは無用な心配だ。なにせ俺ですらやっているのだから。恥ずかしいなら、BoBは覆面を被っているので少しはマシだろう。歌が上手くないのなら、俺と一緒に練習しよう。

 

 だからもし、本当にギターボーカルがやりたいのなら、俺はそれを諦めて欲しくないのだ。自分の理想を捨てて欲しくないのだ。どんな事でも、俺はひとりの夢を叶えてやりたい……というのはおこがましいだろうか? だとしても、力になってやりたいのだ。だって、俺はお前が――

 

「よしっ!」

 

「ひゃあっ!? どっどうしたの!?」

 

 何か言いたげなひとりを見ながら、俺は気合を入れて椅子から立ち上がる。俺の声に驚いて飛び上がったひとりにそのまま借りていたギターを返すと、ひとりは俺の様子を不思議そうに見ながらギターを受け取った。

 

「ギターありがとな。また教えてくれよ」

 

「あっえっ? うっうん……もういいの?」

 

「おう。でもやっぱり俺もお前のギターが好きだわ……なんてな」

 

「うぇっ!? あぅ……うへへ……」

 

 先程のお返しとばかりに少しからかってみると、ひとりはギターを受け取りながら恥ずかしそうに、しかし嬉しそうにはにかんだ。俺はそのままドラムの椅子へと戻り時計を見てまだ休憩時間がある事を確認する。

 

「じゃあひとり、ちょっとやってみるか」

 

「えっ? なっなにを?」

 

「ギターボーカル」

 

「ぎたーぼーかる?」

 

 俺が何でもないような事の様に言うと、ひとりはオウムのように俺の言葉を繰り返しながらフリーズした。そんなひとりを気にせずにドラムの機材チェックを手早く済ませていると、その間に頭の処理が追いついたのか、ひとりは泣きそうな顔で叫んだ。

 

「…………えっ!? ななななんで!? ボっボーカルなんて、私には無理だよ!?」

 

「大丈夫大丈夫。カラオケだと思って気楽に行こうぜ。もし途中で誰か入って来たらすぐにやめてもいいからさ」

 

 ひとりは俺の家族や自分の家族だけなら割と普通にカラオケで歌を歌える。いまスタジオには俺とひとりの二人しかいない。この状況こそ、ひとりにギターボーカルを体験させる千載一遇のチャンスでは無いだろうか。

 

「そうだな……本当は投稿用の動画の曲をやろうと思ったんだが、流行りの曲は青春ソングが多いからな……よし、BoB(俺達)の『where I Belong』にするか。これならツインボーカル仕様だし、作詞もお前だから安心だろ」

 

「えっいやっ……!?」

 

「じゃあひとりはヨヨコ先輩の代わりを頼むぞ」

 

 俺は狼狽えているひとりを横目に、虹夏先輩が座っていた席の隣の椅子に置かれた自分のスマホの録音ボタンを押してドラムへ戻ると、有無を言わさずスティックを振り上げる。こういうのは勢いが大事だし、時には多少強引にでも引っ張ってやる事も必要だろう。だが一応逃げ道も用意しておいてやる事も忘れてはならない。

 

「でも、本当に無理なら歌わなくてもいいぞ。別に俺は、お前に嫌な思いをさせたい訳じゃないからな……じゃあ、はい、よーいスタート」

 

 俺がスティックでカウントを取り、ドラムを叩き始めると遂に観念したのか、ひとりは真剣な表情でギターを強く握りしめた。

 

 

 

 

 

 演奏が終わると、ひとりは息を乱し、頬を上気させながらこちらを見て来たので、親指を立てて返事をしてやる。俺はそのまま立ち上がって椅子に置いてあったスマホの録音を終了させると、未だ肩で息をしているひとりへ声を掛けた。

 

「おーええやん。どうだった? 初のギターボーカルは」

 

「はぁ……はぁ……どっどうって言われても……」

 

 ひとりは俺の質問に困ったような、恥ずかしそうな表情になる。

 

 ひとりの歌の第一声は、それはか細く、弱く、まさに蚊の鳴くような声だった。そんな風に恥ずかしがりながらも、やはりこの場に俺しかいない事が功を奏したのか、なんとか最後まで歌い切ったのだ。

 

 練習とはいえ、後藤ひとり初のギターボーカル音源である。これは滅茶苦茶価値がありますねぇ! ありますあります。二号さんにバレたらどうなるか分からないくらいありますねクォレハ……

 

 流石に作詞の張本人だけあって、歌詞の理解度は随一だ。ただこの曲は立ち上がりこそ割と静かな曲だが、サビは力強く叫ぶのでひとりが歌うにはちょっと無理をさせたかもしれない。思えばBoBで静かな曲は『Tomorrow is another day』だけだ。

 

 演奏中ひとりはしきりに入り口のドアを気にしている様子だったが、途中で誰かが入って来て中断する事も無く最後まで演奏出来た事に、俺はとりあえず胸を撫で下ろした。今録音したばかりの演奏を確認の為に再生すると、ひとりは自分の歌声が恥ずかしいのか、焦ったように俺にしがみ付いて来る。

 

「やっやめて……再生しないで……」

 

 しがみ付くひとりの手から逃れるようにスマホを持つ手を高く上げると、スマホから先程の歌と演奏が流れて来る。しがみ付いていたひとりは恥ずかしさを隠すように俺の腹に顔を押し付けて来た。

 

「なんだよ。俺は結構好きだけどなぁ……お前の歌」

 

「うぅ……」

 

 より強くしがみついてくるひとりを落ち着かせるように、背中をやさしく二度ほど叩いてやると、ひとりは一層低い呻き声を上げた。

 

「ギターボーカル……楽しく無かったか?」

 

「……それは……! その……」

 

 曲が流れて来るスマホを見つめながら質問すると、ひとりは口ごもりながらもしがみ付く腕に力を込めた。その満更でもない様子に俺は安堵する。

 

「なぁひとり。前に俺が将来お前にもボーカルやって貰うって言ったのは覚えてるか?」

 

「う゛っ……うん」

 

「そんで俺が今、作曲の勉強してるのも知ってるだろ?」

 

「……うん」

 

「……いつか俺の曲が出来たらさ……お前が歌ってくれるか?」

 

「……えっ!?」

 

 俺の言葉に、腹に顔を埋めたまま返事をしていたひとりは、突如弾かれたように腹から顔を離して、驚きの表情で見上げて来た。

 

「まぁまだまだ先の話だけどな! ほらいい加減離れろ。虹夏先輩達が戻って来るまで、今度は本当に投稿用の曲のセッションでもしようぜ。あ、後でお前にもこのデータ送ってやるからな」

 

 俺は気恥ずかしさを誤魔化すように笑いながら曲の再生を止めると、ひとりを引き剥がし、スマホを元の椅子へ置いてドラムへと戻った。

 

 しばらく呆然としていたひとりだがやがて落ち着きを取り戻すと、セッションと聞いてまた歌を歌わせられるのかと警戒していた。今度こそ本当に演奏だけだと説得していると、スタジオのドアが開いて虹夏先輩とヨヨコ先輩が戻って来た。時計を見ればそろそろ休憩時間も終わる頃だ。

 

「……あれ? 二人共何してんの?」

 

「あ、おかえりなさい虹夏先輩。それにヨヨコ先輩も。いや実は……」

 

 そこまで言うとひとりが勢いよく顔を横に振り始めた。恐らく先程の歌の事は言わないで欲しいという意思表示だろう。でもそんな態度だと逆にバレてしまいそうで怖いんだが……現にヨヨコ先輩がお前の行動を奇異な目で見ているぞ……

 

 虹夏先輩の疑問は()何をしていたかなので、俺は素直に投稿する曲の合わせをやろうとしていた事を伝えた。嘘は言っていない。事実本当に今からやろうと思っていたし。

 

 俺の説明に虹夏先輩は相槌を打ちながら、そのまま自分の椅子に腰を下ろそうとした瞬間――勢いよくこちらに顔を向けて大きな声で叫んだ。

 

「へぇー……ってえええええっ!? なっなんであたしがいない時にそんな事しようとするの!? あっ!? もしかしてもう何曲かやったの!?」

 

「いや別にいない時にやってもいいじゃないですか……あと今からやろうと思ってました」

 

「良かった……じゃあ今まで何やってたの?」

 

「えっ……!? えっと……」

 

 特に意味は無い質問なのだろうが、あまりの勘の良い質問に驚いて言葉に詰まってしまう。恐る恐るひとりに視線を向けると、ひとりはこの空気に耐えられないのか溶けてゲル状になりつつあった。あからさまに反応し過ぎだろ……もうちょっと俺を見習って隠す努力をしろ……

 

 仕方が無いのでギターボーカルの件は飛ばしてさらにその前、ひとりにギターを教わっていた話をする事にした。これも事実だから! 嘘は言ってないからセーフ! 

 

 他の楽器の事を知るのも大事だからと、それっぽい理由をつけて説明すると、虹夏先輩もその意見には同意できるのか感心したように頷いている。何故かヨヨコ先輩はジト目を向けて来ているが、前にドラマーは自分と人気が競合しないから良いと言っていたが、俺がギターを始めた事で強力なライバルが出現したと思っているのかも知れない。オレハコワクナイヨ!

 

 取り敢えずなんとかなりそうな事に安堵する。なぜ休憩時間の事を話すのにこんなに頭を使うのか謎だが、あとはひとりが余計な事を言わなければミッションコンプリートだ。なんて思ったのも束の間、ひとりが照れくさそうに頭を掻きながら口を開く。

 

「あっ私は太郎君にドラムを教えて貰ってました」

 

 おいやめろバカ。援護射撃のつもりなんだろうが、それは同士討ち(フレンドリーファイア)だ。どうして収まりかけたのに余計な事を言うんだこいつは。しかもなんでちょっと嬉しそうなんだよ……

 

「へぇー! お互い教え合ってたんだ…………えっ!?」

 

 嬉し恥ずかしな様子で言うひとりの言葉に俺がやばいと思ったのも束の間、少し和やかになりかけていた虹夏先輩の気配が剣呑な物に変わる。虹夏先輩は錆びた人形のように首を軋ませながらゆっくりと俺に顔を向けると、濁ったような仄暗い目で俺を見て来た。

 

「…………ズルくない?」

 

「えっ?」

 

「ぼっちちゃんだけズルくない!? 前に太郎君、あたしにドラム教えてくれるって言ったぢゃん! なんでぼっちちゃんには教えてるの!?」

 

「いや……えぇ……」

 

 虹夏先輩もひとりにギターを教わりたかった、という訳では無さそうだ。でもドラム演奏を見せますとは言ったが教えるとは言ってないっス……というかひとりに教えてたって言っても滅茶苦茶基礎的な物なので、虹夏先輩はもう知ってると思うが……それによく考えたら今日散々俺達の練習を見てるからもう良いんじゃないの? と思わなくもない。

 

 助けを求めるようにヨヨコ先輩を見ると、ヨヨコ先輩は何か考え事をしているのか、腕組みをしながら難しい顔で何やらぶつぶつと呟いている。

 

どうして後藤ひとりに教わってるのよ……ギターなら私に聞いてもいいでしょうが……

 

 あっこれは(助けは)駄目みたいですね……でも師事するにはヨヨコ先輩はスパルタで怖そうなんだよな。それに継続的に習うならひとりの方が家が近所だし、喜多さんを育てたという実績もある。もしひとりに師事するなら、喜多さんは俺の姉弟子って事になるのだろうか? いや何の話だ。しかし作曲目的という意味でなら、実際に作曲しているヨヨコ先輩に聞くのも良いのかもしれない。

 

 そんな事よりも今は虹夏先輩だ。といっても、虹夏先輩も本気で怒っている訳では無いと思う。だが確かにドラムを見せますと言ってから今まで何もしてこなかったのも事実だ。なので廣井さんが戻って来たら何か虹夏先輩のリクエストを演奏します……という事で許してもらえないかな? 

 

 そう思っていたのだが、虹夏先輩は椅子に座って腕を組み、瞑目したまま口を開いた。

 

「ま、まあ? あたしも鬼じゃないからね? 太郎君とぼっちちゃんのセッションで許してあげます……太郎君とぼっちちゃんの 二 人 のね!」

 

「あっはい……あの……でもなんで俺達二人なんですか? 廣井さんが戻ってきてから四人ででも……」

 

「うっ……いっいや、別に廣井さんや大槻さんがどうこうって訳じゃないんだけど……」

 

 いやに俺達二人を強調する虹夏先輩に恐る恐る訊ねてみる。廣井さんとヨヨコ先輩だってスーパープレイヤーだ。だったら四人の演奏の方がお得(・・)に思えるのだが……もしかして本当に散々練習を見て来たから飽きちゃったんだろうか? 

 

 そんな疑問を俺がぶつけると、虹夏先輩は痛い所を衝かれたように狼狽えながら、しばらく空中を掻くように両手を彷徨わせたかと思うと、恥ずかしそうにぎゅっと目を瞑り、握りこぶしを作りながら切実な声を上げる。

 

「だっ……だって! 今度投稿する曲って事は、ドラムヒーローとギターヒーローのセッションってコトでしょ!? それはネットにアップしないんでしょ!? って事は世界であたしだけが二人のセッションを見られるって事じゃん! BoBの演奏はライブで見られるけど、二人だけのセッションはここでしか見られないじゃん! そんなの見たいに決まってるじゃん!」

 

 何言ってんだこの人? 分かるようなちょっとよく分からないような……こりゃさっき俺とひとりのセッションで、ひとりがギターボーカルやってた事は言わなくて正解だったかも知れない。いや別に言ってもいいけど、なんか……ネ! 

 

 よく見れば虹夏先輩はこの後の俺達二人の演奏を想像したのか、叫びながらも口元がニヤケるのを必死で抑えている。まぁそこまで楽しみにしてくれているのなら演奏し甲斐もあるってもんだ。見たけりゃ見せてやるよ(震え声)。

 

 虹夏先輩は俺達二人の演奏をご所望だったのでヨヨコ先輩に一言断ると、ヨヨコ先輩は呆れた様子で頷いたが、すぐに試すような目つきでこちらを見ながら自分の椅子へと腰を下ろした。お手並み拝見といった感じだろうか? 案外この人もノリノリじゃねーか。

 

 そんな話をしていると、再びスタジオの扉が開いて恐る恐るといった様子で廣井さんがスタジオに入って来た。残念ながらもう休憩時間も終わりのようだ。その事実にこの世の終わりのように残念がる虹夏先輩に、また今度演奏を見せる事を約束すると、スタジオ練習後半戦を始める事になったのだった。




 なんだか書いている期間が長すぎて自分でもよく分からなくなって来たのでこれで勘弁して……
 書いててちょっと展開を変えてみようと思った時、いつでも元に戻せるようにファイル名にaとかbとかつけてtxtファイルを分けておくんです。この話ならぼっちず038a、ぼっちず038bみたいな。今回ぼっちず038x、039fまで行きましたよ……これでこの話の展開にどれだけ悩んだか分かって貰えると思います。前後編合わせて大体四万字くらいなんですが、没も含めると倍の八万字は書いてると思います……
 素面の廣井さんの演奏力に関しては色々解釈があると思うんですが、とりあえずこれで行きます。原作で判明したらそっちに寄せます。
 毎日毎日同じ話をこねくり回していると、まだライオット二次予選にすら辿り着いてないし、早く話を進めろって段々自分に腹が立って来るんですよ。こんなんキチゲ解放するわ。
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