二ヵ月も投稿間隔が空いたのでもう誰も待ってないと思っていたら、前回の話に沢山感想が書かれてて涙がで、でますよ……
休憩時間に酒を飲んでるんじゃないかと思った廣井さんだが、やはり根は真面目なのか素面のまま戻って来た事に俺は安堵しつつ、後半戦に入る事になった。
スタジオ練習前半戦は各曲の完成度を高める為の練習を行なった訳だが、後半戦はライブ本番を想定したMCや曲順、曲のつなぎなんかを確認する為の通しの練習をする事にした。
セットリストに関しては、今までなにも考えずに曲が出来上がった順番に演奏していたが、一応ライブでの曲の順番の考え方みたいな物があるようで、ヨヨコ先輩によるとそれは『起承転結』らしい。
BoBの曲はメロコア、メタル、サイケ、ラップロックという事で、どんな方向性のライブにするかにもよるが、ヨヨコ先輩が言うには『起承転結』の転にはジャンルや雰囲気の違う曲を持って来るのが効果的という事だ。この中で一番毛色が違うのはサイケだろうか?
「何と言っても大事なのは一曲目よ。私達を初めて見た客の興味を引かなくちゃいけないんだから。だから一曲目はキャッチャーな曲や、ノリが良い曲なんかが良いわ」
「最後の曲も大事だよね。『終わり良ければすべて良し』って言うし、最後は一番完成度の高い曲か、一番人気のある曲なんかを持って来るのが良いと思う。今の
ヨヨコ先輩と虹夏先輩の説明を聞いて考えてみたが、自分たちの曲の事は正直よく分からん。だがここには心強いゲストがいる。そう虹夏先輩だ。ファンが求めてる事はファンに聞けという事で、俺は参考として虹夏先輩に意見を訊ねてみる事にした。
「虹夏先輩はどういう順番が良いと思います?」
「えっ!? あっあたし!? う、うーんそうだなぁ……ノリの良さで言うならやっぱりメロコアの『Sky's the Limit』だよね。ライブが始まってテンション上げるなら、やっぱり疾走感のあるこの曲だと思う。それで起承転結の転にあたる三曲目は曲調が変わるゆったりとしたサイケの『Tomorrow is another day』がいいとして……そうすると二曲目はメロコアで上がったテンションそのままに、どっしりと力強いメタルの『Back to Back』かな? そしてラストは『where I Belong』! やっぱり男女のツインボーカルといい、なによりドラムボーカルが他のバンドには無いBoBの一つの売りだと思うんだよねっ! 反対に徐々に盛り上げていくライブにするんなら一曲目にサイケである『Tomorrow is another day』を持って来るのも面白いかも……」
「うわスーパー経営コンサルタント伊地知……!!」
「ちょっと!? 太郎君が聞いたんじゃん!?」
なんだこの人!? メッチャ分析してくるじゃん? いや、非常にありがたい意見だが、その熱意にちょっとビビるわ。しかし虹夏先輩が最初にくれた意見は奇しくも今まで行なっていた、曲が出来上がった順番だった。やっぱ無意識にやってる事が原点にして頂点だって、はっきりわかんだね。
「今まで貴方に任せていたけど、MCを入れる場所も考え直した方が良いかもね。今まで一曲ごとにMCを入れてたでしょ? これまで通りの曲順で行くなら、冒頭のMCも無くして一曲目と二曲目は続けて演奏して、二曲目が終わってからMCを入れた方がライブ感が出るわよ」
「……そういうのはもっと早く言ってくださいよ」
律儀に毎回曲紹介のMC入れてた俺が馬鹿みたいじゃないですか。「初見の人には分かりやすくていいし、色々経験してみる事も大事だから」なんてヨヨコ先輩はフォローしてくれたが、思い出すと初心者感丸出しで恥ずかしいゾ。ままええわ。
とりあえずMCの位置を調整した今まで通りの曲順の物と、全く逆順の物、つまりラップロック→サイケ→メタル→メロコアという、徐々に勢いを高めていく二つのセットリストを作成した。あとはいままで俺がその場の思い付きでなにも考えずにやっていたMCの内容なんかを相談して、大まかにライブの流れを決めると、一度実際に全体を通して確認してみる事になった。
ニヨニヨしている虹夏先輩を観客に見立てて、まずは今まで通りの曲順のセットリストをライブ本番と全く同じMCを入れて演奏する。前半での練習が反映された演奏は、今までのライブの演奏よりグッと良くなったと思う。
一回目のライブ本番を想定した通しの練習は、およそ三十分程で全ての演奏が終わったが、結局ヨヨコ先輩の立てた今日の目標である『池袋ライブの最後の感じ』は再現出来なかった。まぁアレは全員が何故ああなったのか分かっていないと思うので、再現出来なくても仕方のない部分はある。
休憩を挟んで続けて曲順を逆にしたセットリストを演奏する。今までやった事が無い順番だったが、これはこれでアリかも知れない。実際虹夏先輩も喜んでいたし……いやこの人はなにをやっても喜んでいる気がするので、あんまり鵜呑みにするのも危険な気はする……
二回目のライブ本番を想定した通し練習が終わると再び短い休憩時間に入るのだが、俺は前半での練習と、この二回のライブ本番を想定した練習で改めて感じた事を皆に伝えておこうと思い声を上げた。
「あ、休憩入る前にちょっといいですか? 廣井さんの事なんですけど……」
「……えっ!? あっはい……」
名前を挙げると、廣井さんが目に見えて怯えてしまった。そりゃあ休憩入る直前に名指しで『あー、ちょっとキミキミぃ……』なんて言われたらビビってしまうのも無理はない。申し訳ない……でも大丈夫! コワクナイヨ!
「それで? 何の話よ?」
ヨヨコ先輩は廣井さんの話題と聞いて内容が気になるのか、俺を急かすように見つめて来る。
「ああいや、大したことじゃ無いんですけど……廣井さん、
「――っ!?」
俺の提案を聞いた瞬間、廣井さんだけでなくスタジオ内の全員が息を呑んだ。
そもそも『SICKHACKのベーシストとしての、破天荒な廣井きくり』を求めるならばともかく、覆面で顔と今までの実績を全て隠した『廣井きくり』という一個人を迎え入れるのなら、これはまず一番最初に考えなければならなかった選択肢だった気もする。SICKHACKとは別の道を行くのなら尚更だ。
「えっと……いや、あの……」
突然の俺の提案に驚いた様子の廣井さんは、しどろもどろになりながらも答えてくれた。
「あっあの……じっ実は昔……その、今みたいな状態でライブやって……あの……あんまり上手くいかなかったというか……」
廣井さんは言う。もう既に過去にSICKHACKでやって駄目だったと。だから自分には出来ないと。
床へと視線を這わせながら申し訳なさそうに言う廣井さんを見ていると、なんだかとても悪い事を提案してしまった気がして申し訳なくなってくる。
「ああ……そうなんですか……」
「はっはい……だから……」
「でもそれって多分SICKHACKでの話ですよね? BoBでもう一回やってみません?」
「!?」
話を聞いて俺が引き下がったと思ったのだろうか、申し訳なさそうにしながらも、これ以上追求されない事にどこかホッとしているような雰囲気の廣井さんに、俺はケロリと言い放った。まさか食い下がって来るとは思っていなかったのか、床を見つめていた廣井さんは弾かれたように視線を上げると、困ったような顔で目を見開いて俺を見て来た。他の三人も同様だ。
「えっえっと……? なっなんで……? いやでも……」
口ごもる廣井さんを俺は静かに見守る。俺は別に過去の廣井さんの選択や、今の廣井さんやSICKHACKの状況に対して何か言う気は全くない。その選択をしたからこそ、今の廣井きくりがあり、今のSICKHACKがあり、今の大槻ヨヨコやSIDEROSがあり、そして今の俺達があるのだ。
俺と視線が合うと、廣井さんはビクリと肩を震わせ、またすぐに視線を床へと落としながら、ポツリポツリと言葉を零す。
「でっでも……今の私じゃ……せっかくBoBについた私のファンが離れちゃうんじゃ……」
「それならそれでいいじゃないですか。確かに自由で破天荒な廣井さんを求めるファンは減るかもしれません……でも――新しい廣井さんのファンが――おきくさんのファンが、きっと出来ると思うんです」
「うっ……そっそれに、えっ演奏だって真面目で、地味で、面白く無いし……」
「丁重で丁寧な演奏なのは別に良いと思いますけど……そのうち慣れてくれば余裕も出来て来るでしょうし。それにもしライブパフォーマンスが必要なら、ひとりとヨヨコ先輩が頑張ってくれますから大丈夫です!」
「「……え″っ!?」」
突然流れ弾が飛んで来た事に二人は飛び上がって驚いているが気にしない。見せてくれよひとり! 池袋の結束バンドの時みたいなお前のパフォーマンスをよぉ!
色々と説得してみたがやはりというか、廣井さんは身を小さくして最後は黙ってしまった。まぁ我ながら無茶を言っている自覚はある。廣井さんからすればそれが出来れば苦労はしないと言いたくなる注文だろう。
そもそも廣井さんは何故酒を飲んでいるのだろうか? 将来への不安? ライブへの緊張? 客が求める廣井きくりを演じる為? 作詞や作曲、ライブのパフォーマンスの為?
俺はこのやり取りをオロオロとしながら見ているひとりへ意識をむける。
言っちゃなんだが、ひとりの奴も素の廣井さんに負けず劣らずな性格をしている。だがこいつは――段ボールに入って初ライブをしたり(実際に見た訳では無いが)、台風ライブでグダグダな演奏を披露するなど、手痛い失敗を経験しながらも、バンドメンバーに支えられながら今なおステージに立ち続けているのだ。だから、廣井さんだってお酒の力が無くてもきっと出来ると、俺は信じているのだ。
とは言えこれ以上困らせるのも本意ではないので、適当な所で切り上げる事にした。
「まぁいきなりどうしますって言われても困りますよね。でもそういう道もあるって事を、頭の片隅にでも置いといてもらえればなと……あ、もしやる気になったら連絡無しでいきなりライブ当日に
「は、はい……」
今まで視線を合わせなかった廣井さんだが、最後は不安そうな上目遣いでこちらを見ながら小さく頷いて返事をしてくれた。その自信なさげな態度がどうにもひとりと被るもんで、俺はついお節介だと分かっていても、自分の考えを口に出さずにはいられなかった。
「ただ――これはあくまで俺の個人的な意見なんですけど……」
廣井さんはなまじ酒が飲める年齢だった事から、酒を飲む事でソレを克服してしまった。それに関して何か言うつもりは毛頭無い。何度も言うが、その判断があったから今の廣井さんや俺達があるのだ。ただ――もし過去の選択の話ではなく、未来の話をするのであれば――
「俺は廣井さんがつまらないと評した
「――! 太郎、君……」
『「ありのまま」なんて誰に見せるんだ』なんて歌詞を書いた奴もいるが……俺に言わせれば、ありのままで
それにもし本当にバンドが第二の家族だとするならば――たとえ一時だとしても、
素面の廣井さんが”本物“で、酒が入っている時の廣井さんが”偽物“(便宜上そう呼ぶ)なのかと言えば、それもまた違うとは思う。どちらも本物の廣井きくりであることは間違いない。ただどちらも本物であるのなら、なおの事片方を諦めなくても良いと思うのだ。
SICKHACKという人気バンドではいまさら方向転換は出来ないだろうし、ひとりのギターボーカルだってこの先結束バンドの方針として、喜多さん以外がボーカルをするかは分からないだろう。
だからこそBoBがあるのだ。ひとりはギターボーカルを、廣井さんはお酒に頼らない演奏を、挑戦しないなんて勿体ない。勿論それによってBoBから『SICKHACKの廣井きくり』を望んでいたファンは去るかも知れないし、失敗したらBoBの評判は落ちるかも知れない。だが、逆に言えば失うものは
「BoBは新しい事に挑戦するバンドですからね! 折角ですしヨヨコ先輩も何かやりますか?」
「えっ? きゅっ急に何かって言われたって……」
「うーん、そうですね……じゃあヨヨコ先輩はライブ前に三徹するのやめましょう! BoBは健康志向のバンドって事で! これからヨヨコ先輩だけはライブの日程を当日に伝える事にします!」
「それは本当にやめなさい」
真面目な話をした恥ずかしさを誤魔化す為のちょっとした冗談だったのだが、ヨヨコ先輩の俺を見る目は全く笑っていなかった。いつもの様に大げさに叫ぶように大きな声を出すのでは無く、諭すように静かに言葉を発するのが余計に怖い。割とガチで怒られた事で話にオチが付いたので、俺はそろそろ中断していた休憩時間に入る事にした。
この短い休憩の間に今までの後半の練習内容を改めて振り返る。セットリストの話し合いで十五分、ライブ通し練習で三十分、二回目でさらに三十分、それに今を合わせて短い休憩が二回。つまり後半戦が始まって、現在おおよそ一時間半が経過している。
正直やる事自体はいくらでもある。曲の合わせの練習は、完成度を上げるならいくらやってもやりすぎという事は無いだろう。だがみんなの顔を見るに、かなり集中力が切れてきているのが分かる。こまめに休憩を挟んでいるとは言え、四時間半もこの狭いスタジオに篭っていれば当然かもしれない。
家で一人で練習するのならばいくらでも出来るが、他人との練習はそれとはまた違った疲労があるのが今回よく分かった。伊達に
そういう訳で、俺はここから先の時間はメンバーとのコミュニケーションを図る時間にする事にした。先程の長い休憩時間に外に避難した廣井さんを見るに、俺と素の廣井さんとはまだまだ距離があるのがよく分かったし、ひとりも廣井さんやヨヨコ先輩に対してまだ壁があるだろう。
「というわけで、残った時間は気分転換も兼ねてなんか別の事やりましょうよ」
「急になんなの……別の事ってなにするのよ?」
休憩が終わって俺が提案すると、ヨヨコ先輩が訝し気な声を上げた。俺も別にこれといって考えがあった訳では無かったので、ひとりに頼んでスマホで調べて貰う。自分で調べろと言われそうだが、現在俺のスマホは虹夏先輩の隣で録音マシーンとなっているのだ。
「えっえっと……コピー曲をやるとか、ペアで演奏して意見を貰うとか……そっそれに楽器を交換するとかもあるよ。あとは……お菓子パーティーっていうのも……」
「あ、じゃあさ! 太郎君達が持って来てくれたお土産食べない? 美味しそうだったよ!」
「いいですね。でもそれは一番最後にしましょう。今そんな事したら絶対集中力が切れますから」
スマホを見ながら調べた情報を読み上げるひとりの言葉に食いついた虹夏先輩をなだめながら、これからどうするか考える。
そういえばさっき虹夏先輩に投稿用の曲の演奏を見せる約束をした。これならペアでの演奏とコピー曲の二つを同時に達成できる。楽器の交換……は流石に無理だが、休憩時間にひとりにギターボーカルをやって貰った時にある事を考えたのを思い出した。
「じゃあ丁度良いんで、さっき虹夏先輩と約束した事を今やっちゃいましょうか」
「……えっ!? そっそれってドラムヒーローとギターヒーローの……!?」
「ですです。それが終わったら
俺の提案に虹夏先輩は頭の触角をぶんぶんと振り回して喜んでいる。だが俺としてはここから先の提案の方が本命だったりする。
「それでですね。楽器の交換は流石にちょっと無理があるんで……別の方向で趣向を変えて、ヨヨコ先輩が『
「……えっ!?」
あまりに予想外の提案だったのか、ヨヨコ先輩と廣井さん両名が同時にこちらに顔を向けて来た。二人が驚くのも無理はない。なにせこれは以前に俺が自分から禁止した事だし、つい先程SICKHACKの廣井さんファンが離れても良い、みたいな事を言ったばかりだからだ。
ただ、休憩時間にひとりと共に『where I Belong』を歌ってみて、もし将来BoBメンバー全員ボーカルが実現するなら、ファンサービスの一環として、各人がいつもと違う曲を歌うのも面白いかも知れないと思ったのだ。なにせ世の中にはライブでメンバー同士が楽器を交換して演奏するバンドも存在するのだから。ボーカルが変わる事くらい些細な事だろう。
勿論『Tomorrow is another dayを歌うヨヨコ先輩』のように、特定の曲と人の組み合わせにファンが付いているのも理解しているので、偶にやる余興的な物になるだろうが。
それになにより今回は練習だし、本職が歌うのを聴く事も何か勉強になるかもしれないと思ったのだ。
「いっいいの!? 姐さんが『
「あっはい。っていうかヨヨコ先輩は自分がメタル歌うよりも、廣井さんがサイケ歌う方が嬉しいんですね……」
「だっだって姐さんが私の作った曲を歌うのよ……!? そういえば『Back to Back』って姐さんが作ったんでしたっけ!? あっ緊張してきた……」
余程嬉しかったのかコロコロと忙しく表情を変えるヨヨコ先輩に苦笑していると、おもむろに虹夏先輩が訊ねて来た。
「そういえば廣井さんも大槻さんも、BoBでは元のバンドのジャンルは歌ってなかったよね? やっぱりなにか理由があるの?」
虹夏先輩、というか外部の人間には言っていなかったので、俺がメインバンドとの差別化の為に、廣井さんとヨヨコ先輩は本家のジャンルは控えていた事を伝えると、虹夏先輩は急に挙動不審になった。
「えっ!? じゃあもしかしてあたし、いま凄く貴重な現場に居合わせてる!?」
「まぁそうかもしれませんね。今の所本番でやる予定はないですから」
急に事の重大さに気付いて緊張したのか、頬をわずかに上気させながら落ち着きなくきょろきょろと視線を動かしていた虹夏先輩は、急に何か良い事でも思いついたのか、大きな声を上げた。
「じゃ、じゃあさ! 太郎君も『Sky's the Limit』歌ってみたら!?」
「ちょっと虹夏先輩!? いや、メロコアのテンポでドラム叩きながら歌なんか歌ったら酸欠で死んじゃいますよ!?」
「ええ~……さっき太郎君、BoBは新しい事に挑戦するバンドって言ってたじゃ~ん! リーダーが実践しないのはふこーへーだと思いま~す!」
「……確かにそうね」
「うっ……何故ヨヨコ先輩まで……わ、わかりました……」
中々痛い所を付いて来る人だ。そう言われたら先程廣井さんに大きな口を叩いた手前やらない訳には行かない。まあ気分転換的な練習だからね。上手くいかなくても仕方ないね。だから虹夏先輩はそんな期待の眼差しで見つめてこないでください……
この際だからひとりにも何かやってみないか誘おうと思ったのだが、俺が顔を向けた途端ひとりは怯えながらいつものように首を勢いよく横に振って断ってきたのでそっとしておく事にした。先程は俺と一緒に歌ってくれたが、やはりまだ皆の前でボーカルは難しいようだ。
ペア演奏という事で、まずは俺とひとりで演奏すると、虹夏先輩はとても、それはとても喜んでいた。「録音した音源ちょ~だい」と可愛くおねだりされたりもしたが、万が一にも流出が怖いんで断ると、唇を尖らせていた。
その後も色々な組み合わせで演奏していると、「前に理由は聞いたけれどやっぱりおかしいでしょ!? どうして太郎との時だけそんなに上手いのよ!?」なんて物言いがヨヨコ先輩からひとりへ入ったが、それはもうしゃーない。切り替えていけと伝えておく。
前半の練習である程度分かっていたが、意外にも不安要素でありそうな廣井さんのペア演奏は悪く無かった。SICKHACKでの過去の失敗? がどんなものかは分からないが、BoBでの素面ライブはますます可能性が出て来たんじゃ無いだろうか? なんて思ってしまう。
ペア演奏がある程度終わると、いよいよ問題? のボーカル交換がやって来た。
俺が歌うことになったメロコアは、間違いなく終わった後に息切れする事が予想されるので、最後に回し、まずはヨヨコ先輩が歌う『
ヨヨコ先輩が歌う『Back to Back』は、やはり高校生という事もあってか廣井さんよりもフレッシュな印象を受ける。それにSIDEROSがメタルバンドという事もあってシャウトの迫力は流石の一言だ。
廣井さんの『Tomorrow is another day』も本職なだけあって申し分ない。やはり素の状態だと大分固さがあったが、曲調と素面の廣井さんの歌声が合っているのか、ヨヨコ先輩verとはまた違った良さがある気がする。お酒が入っている状態なら、また違った印象になるのだろうか?
最後は問題の俺が歌う『Sky's the Limit』だが、演奏しながら歌い終えると案の定息も絶え絶えだった。こんなに息を切らした状態ですぐに次の曲を演奏する事は出来ないので、本番に採用するには難しいだろう。ただ疾走感で誤魔化せるため、俺の歌唱力の低さをカバーするという意味ではメロコアは一番相性が良いかもしれない。
三曲の演奏が終わった総括だが、三曲とももう少し練習や調整が必要そうだが、実践投入出来そうな感じはする。もし将来ライブがマンネリになって来たり、ファンサービスという事でやってみても良いかもしれない。
ボーカル交換は虹夏先輩やヨヨコ先輩には割と好評だった。特にヨヨコ先輩は、自らが立てた目標がいままで再現できずに若干ナーバスになっていたような気がするので、気分転換になったのなら良かったと思う。
その後はコピー曲を何曲か演奏して、最後に今日の練習の確認と総仕上げとしてBoBの全ての曲を改めて演奏すると、予定より少し時間は早いが長かったスタジオ練習を終了する事にした。このあと俺達の持って来たお土産を食べる事をメンバーとの交流と捉えるならば、厳密にはまだ練習中だと言えるかも知れないが。
結局池袋ライブのグルーヴ感は再現出来なかったが、アレはやはり本番特有の緊張感だったり、その時の各個人の精神状態だったりが関わっていたのかもしれないので仕方ない部分もあるとヨヨコ先輩は言っていた。
後片づけを終えると、入って来た時と同じように虹夏先輩に先導されてスタジオを出る。
虹夏先輩はそのまま準備をしてくると言って奥へ引っ込んで行ったので、俺達は大人しく待っていようとフロアへ向かうと、そこにはリョウ先輩と喜多さんの姿があった。
「あら? ひとりちゃんに山田君! BoBのスタジオ練習って今日だったのね! さっきの伊地知先輩がえらくご機嫌だった理由が分かったわ! いま終わったの?」
「あんなにご機嫌な虹夏初めて見たかも……」
「はい一応。お二人は今からバイトですか?」
「そうだよ。今日は太郎達は練習でバイトに出られないからね……って言うか三人だけ? 廣井さんは?」
「え? 何言ってるんですかリョウ先輩。廣井さんならここに……」
リョウ先輩がおかしな事を言って来るので後ろを振り返ると、何故か先程まで俺達の傍にいた廣井さんの姿が無かった。慌てて辺りを見回してみると、いつもの様にドリンクカウンター席でノートパソコンを開いている店長の隣に廣井さんを発見した。
「い、いつの間に……? そういえば聞いてくださいよ二人共、今日の廣井さんは……!」
「うえ~? 今日の私がどうしたの~」
今日の廣井さんは素面だったんですよとリョウ先輩と喜多さんに言おうとした瞬間、店長の隣に座っていた廣井さんが自分の名前に反応したのか振り返った。そこには赤い顔で左手に紙パックの飲料をしっかりと握り締めた廣井さんの姿があった。
店長のいつも飲んでいるリンゴジュースだと一縷の望みをかけて祈るようにゆっくりと廣井さんの手元を見れば、やはりというか、その左手には無慈悲な程しっかりと安酒であるストローが刺さったおにころが握られている。
「えぇ……さっき練習終わったばかりで速すぎるでしょ……? というか大丈夫ですか!? 今日の練習覚えてます!?」
「らいじょ~ぶらいじょ~ぶ! ピロピロギャリーンって感じでしょ?」
「太郎、お前の心配も分かるが、こいつは音楽に関して
「ちょっと先輩~!? だけってなんですか~!?」
「うるせぇな……ちょっと太郎と話があるからお前はあっち行ってろ」
廣井さんの弁明を聞いて、滅茶苦茶胡散臭い物を見る目をしていた俺に、店長は一応のフォローを挟むと、反論する廣井さんを面倒そうに手を振って追い払った。
虹夏先輩が俺達の持って来たお土産を持って来るという事で、フロアにあるテーブルにはリョウ先輩、喜多さん、ひとり、ヨヨコ先輩の四人がついていたが、リョウ先輩はいつも通りマイペースにスマホを見ており、ひとりとヨヨコ先輩は陽キャの喜多さんに話しかけられている。
店長に追い払われた廣井さんは、喜多さん達と同じテーブルに少し居心地悪そうについているヨヨコ先輩の元に絡みに行った。普段の廣井さんが戻って来てヨヨコ先輩は少しホッとしているようで、その姿を確認した俺は店長の隣の席へと腰を下ろした。
先程休憩前に名指しで名前を挙げられるとビビるよね、なんて思っていたが、まさか自分がそうなるとは思わなかったので、緊張しながら何の用かと店長の言葉を待っていると、意外な言葉が返って来る。
「今日は急に悪かったな……」
「え? 何の話ですか?」
「
「ええまぁ……あっちが本来の性格ってヤツですか?」
「さあな。でもまぁ昔はあんな感じだったよ。生真面目で心配性で……そんな所が可愛かったんだがなぁ……」
感傷に浸って昔を懐かしんでいる感じだが、何故か店長の頬は赤かった……大丈夫かこの人? そういえば店長はひとりの事も気に入ってる様子だが、確かに素面の時の廣井さんと似た様な感じかもしれない。ぬいぐるみなど可愛らしい物が好きなのは知ってるが……本当にそれだけだよな? もしかして俺が二人を
「……頼みますよ店長? 何かあったら、俺は無条件でひとりの方につきますからね」
「お前こそ何の話だよ……」
心配になった俺が確認するように言うと、店長は困惑した様子だった。だがなおも俺が訝しむように視線を送ると、慌てて小さく咳ばらいをする。
「こ、こほん……そ、それで? 今日の練習はどうだった? 良く考えたら、私も酒が抜けた
俺は店長に今日の練習中に感じた事、つまり普段とノリは違うが演奏自体には問題が無いと思った事等をそのまま話してみた。素面の廣井さんの演奏を知らずに酒を抜いた事を心配していたのか、俺の話を聞いて店長は何処かホッとした様子だった。
「そうか……実はな、機材の件だけならあいつの酒を抜く必要は無かったんだよ」
「え? なんですか急に。じゃあなんで廣井さんに禁酒なんてさせたんですか?」
少し表情を柔らかくした店長からの急に知らされた衝撃の事実に俺は驚いた。
あれだけ念を押された機材破壊の対抗策としての禁酒だと思っていたのに、実は別に必要なかったとか言われたらそりゃビビるわ。今日の練習の間ずっと不安そうだった廣井さんの顔を思い出すと気の毒になって来る。しかも先程の反応から、店長がそういう廣井さんが見たかっただけ、なんて疑惑が出て来るから困る。
俺が店長の趣味を警戒しながら訊ねると、思いのほか真面目な顔で店長はしばらく空中を眺めながら考え込み、やがてぽつりと言葉を漏らした。
「なんでか、か……お前なら……いや……そうだな……サブとは言え、
「……? それはどういう……」
「おっまたせー! 持って来たよー!」
店長の言った言葉の意味がよく分からなくて詳しく聞こうと思ったのだが、虹夏先輩がお土産を持って姿を現すと、店長は話は終わりだと言わんばかりに手を振って俺を追い払う仕草をしてきた。
仕方が無いのでひとり達のいるテーブルへと合流しようと俺が素直に席を立つと、カウンターテーブルに頬杖をつきながら店長は顔だけこちらに振り返った。
「まぁ頑張れよ。お前らなら……レイニー・バーでライブ出来る日も近いかもな」
「レイニー・バー?」
俺がオウム返しのように疑問を口にすると、店長は優しい笑みを浮かべるだけだった。
バーと言うからにはライブを見ながらお酒が飲める場所だろうか? なんだか大人な感じだ。それに店長の口ぶりからすると、ノルマ代を払えば誰でもライブが出来る様な
店長が教えてくれる気配が無いので仕方なくひとり達のテーブルへと合流すると、何故かひとりとヨヨコ先輩の間に不自然にスペースが空いていたので、俺はそこに椅子を持って来て座る事にした。
先にカウンターにいる店長とPAさんにスイーツを配り終えた虹夏先輩は、続いてこちらのテーブルの俺達にも配り始めると、テーブルに置かれたスイーツを見た喜多さんが反応した。
「わっ!? これちょっと有名なお店の奴じゃないですか!? 伊地知先輩これどうしたんですか!?」
「これはねー、太郎君や大槻さんが買って来てくれたの! 沢山買って来てくれてたから、喜多ちゃんやリョウの分もあるよ」
「え? 太郎君達なにか持って来たの? 私知らないけど……」
「そりゃ廣井さんは知らないでしょうよ……」
「太郎様、大槻様! ドリンクは何がいいですか!? 私めが取ってきます!」
「えっ? ちょ、ちょっと太郎、彼女、急にどうしたのよ……?」
「……リョウはバイトの接客の時もそれくらい愛想がいいと良いんだけどねー……」
店長曰く、今回はドリンクをサービスしてくれるという事なので、みんなここぞとばかりに自分から給仕に名乗りを上げたリョウ先輩をパシリにして、思い思いの飲み物を頼んでいた。リョウ先輩がてんてこ舞いになっている間、喜多さんはSNSに上げるのか、テーブルに並んだスイーツの写真を撮っている。
みんなにドリンクが行き渡り、長い長い喜多さんの写真撮影が終わってようやく食べ始めると、隣に座っていたヨヨコ先輩がおもむろに話しかけて来た。
「……そういえば太郎。貴方イライザさんとコスプレしてなにかのイベントに出るんでしょ? それでなんだけど……ウチの店長……吉田店長がやってるオーチューブチャンネルは知ってるわよね?」
「えっと、なんかメイクの奴ですよね? 詳しくは知りませんけど」
「あっ! それ、私見てるわ! 凄い勉強になってます!」
「そ、そう……」
オーチューブにあるFOLTチャンネル(旧大槻ヨヨコギターちゃんねる)にはFOLTに所属する人間が様々なコーナーを持っている。長谷川さんのゲームコーナーや、内田さんの心霊チャンネル、本城さんのスイーツ作りや、廣井さんは安酒レビューなんかをしていて、既に登録者十万人の人気チャンネルだ。
その中で火曜日を担当しているのが、いま話に出ているFOLTの吉田銀次郎店長のメイク講座である。当然俺はメイクなんぞに興味は無いので見ていないが、喜多さんのようなシャレオツな人は見ていて、しかも凄く勉強になっているらしい。
「それでそのメイクコーナーなんだけど、ウチの店長が貴方に出て欲しいって言ってるんだけど……」
「へぇ~……えっ!? 俺ですか!?」
全く自分には関係ない話題だと思っていたので、突然のお誘いに危うく食べていたスイーツを落とす所だった。何故俺なのか詳しく話を聞いてみると、今の時代男でもメイクすべしという事で、その辺りの年齢層にアピールする為に高校生男子のモデルが必要らしい。そういう事情もあって、FOLT所属では無いがFOLTと関りが深い俺にメイクとファッションのモデルになってくれないかと白羽の矢が立ったという事だ。
「それなら別に俺じゃ無くても良いんじゃないですか? FOLTにも男子高校生バンドくらいいるでしょ?」
「なんかね~、銀ちゃん的にピンとくる子がいないみたい。それに太郎君の演奏気に入ったみたいだよ~」
「そうなんですか? うれしいこと言ってくれるじゃないの」
「あと太郎君は良い体してんねぇって言ってた」
「ちょっと!? なんか急に怖い話になってません!? 本当に大丈夫なんですよね!?」
廣井さん、笑ってないで俺の質問に答えて下さい! ヨヨコ先輩も目を逸らさないで!?
「ま、まぁメイクやファッションコーナーには、私も頼まれてたまにモデルとして出てるから、あんまり気張らなくても大丈夫よ。あとはさっきも言ったけど、イライザさんとコスプレするなら、そのメイクも任せておけって言ってたわ」
そっかー、ヨヨコ先輩もモデルで出てるんなら大丈夫だな……! とはならねぇよ!? 先の不安もさることながら、こいつ自分の顔の良さが分かってない奴か? 俺は知ってるんだからな! ヨヨコ先輩が他所のFOLTチャンネル動画でなら大人気な事を! あとコスプレは顔出ししたくないんですけど……え? メイクしてウィッグ被ったら誰か分からない? そうかな……そう……かな? いや、俺は騙されないからな!?
しかしFOLTの吉田店長にはクリスマスライブに出して貰った借りがあるし、コスプレのメイクに関しても、俺ではなく廣井さんやイライザさんのメイクをお願いする可能性もあるので、ここは素直に協力しておくべきかも知れない。
「あっじゃあえっと……分かりました。俺で良ければ必要な時は呼んでくださいって言っておいてください……」
「そ、そう? じゃあ伝えておくわ。あ、それと……」
俺がチャンネル出演をとりあえず承諾すると、ヨヨコ先輩はまだ何か用があるのか、焦ったように自分の鞄から小さな紙袋を取り出すと、つっけんどんに俺の胸元へと突き出して来た。
「ん」
「何ですかコレ?」
今まで流暢に喋っていたヨヨコ先輩が何故か急に「ん」しか話さなくなって要領を得なかったが、どうやら俺にくれるらしい。受け取って中身を見ても良いか訊ねてみると、そっぽを向きながら再び「ん」と返事を貰ったので、紙袋に入っていた中身を取り出してみた。
「えっと……これは?」
中に入っていたのは指輪みたいな形をしたシルバーアクセサリー? だった。だが指輪にしてはかなり小さいし、上から見るとCの形の様に一部側面が繋がっていない。コレがなんなのか分からずに俺がハテナマークを浮かべていると、こういう物に詳しいのか喜多さんが楽しそうな声を上げた。
「わぁ! それってイヤーカフじゃない!?」
「いやーかふ?」
喜多さんの説明によると、これはイヤーカフという耳に着けるアクセサリーとの事で、ピアスのように耳に穴を開けるのではなく、耳の軟骨にひっかけるようにして身に着ける物らしい。
説明を受けて、改めてイヤーカフなる物をまじまじと見ていると、ヨヨコ先輩は先程の「ん」から打って変わって急に早口でまくしたて始めた。
「ほ、ほら! 貴方5月5日が誕生日だったでしょ? その日はライオット一次審査の発表とかでバタバタしてたから……そ、それに、貴方もバンドマンなんだし? 私や姐さんと組むなら、もう少しファッションにも気を遣った方が良いと思って……」
「あっはい」
確かに5日あたりはライオットの一次審査発表があったし、ここからあまり日を置かずにすぐに二次審査がやって来るので、イベントとしては特に何もやってない。ひとりに例年通りに誕生日プレゼントとしてドラムスティックを貰ったくらいだ。クリスマスとプレゼント内容が同じなのは、困ったら楽器の消耗品を送っておけというのがお互いの共通認識だからだ。
廣井さんとリョウ先輩が俺の誕生日を改めて聞いて、笑いを堪えながら「真の山田太郎だ……」なんて言っているが、どうやらこのシャレオツなファッションアイテムは俺の誕生日プレゼントらしい。
言われてみればヨヨコ先輩はわりとバチバチに耳にピアスを付けているし、廣井さんも耳になんかつけている。ひとりも髪飾りなんかを付けているし、俺もバンドマンとしてキャラ立ちの為になんかアクセサリーをつけた方が良いのだろうかと思わなくもない。でも耳に穴を開けるのは怖いし、痛いのは嫌なのでこういう形状の物はありがたい。
普段アクセサリーなんぞ身に着けた事がないので少し恥ずかしいが、俺はヨヨコ先輩に着け方を教えて貰って左耳(男性は左耳らしい。右に着けると……ナオキです……)に装着すると、早速ヨヨコ先輩へ見せて感想を訊ねてみた。
「どうですか?」
「…………ま、まぁいいんじゃないかしら?」
なんなんだ今の”間“は……自分で渡して来たプレゼントなんだから最後まで責任を持って欲しい……ままええわ。気を取り直してひとりへ感想を聞いてみよう。
「どうだひとり? これで俺もちょっとはバンドマンっぽくなったか?」
「……えっと」
ドヤってみせると、ひとりは何とも言えない表情をしていた。まぁ俺もひとりがアクセサリーをつけて意見を聞いてきたら、おーええやん(小並感)くらいしか言えないと思うので気持ちは分かる。結局ライブ中は覆面とフードで隠れるから見えないしな……でもこういうのは気持ちが大事なんだよ気持ちが。こういうのを付けると、世の中の理不尽に負けない強い人間になった気分になれるだろ?
「そういえば、志麻も太郎君の誕生日になんか準備してるみたいだったよ~。なんだっけな? 確か私達が着てるヤツの色違いで、緑のスカジャンだったっけ?」
「え、そうなんですか……ってそれ貰っても大丈夫なヤツですか!? さっきからFOLTの人間がなんか怖いんですけど……!?」
志麻さんや廣井さんとお揃いのスカジャンなんかに袖を通したら、なんか色々な物から逃れられなくなるんじゃないかと思ってしまう。主に廣井さん係とか廣井さん係とか……気付いたらFOLTの人間になってそうで怖いんだが……どけ! 俺はSTARRYの子だぞ!
「そういえば廣井さんからはなんか無いんですか? 同じバンドメンバーなのに」
「え? 私~? 仕方ないなぁ……じゃあ……」
「あ、やっぱいいッス……おいやめろ上着を脱ぐな!」
店長への誕生日プレゼントが
しかし本当に志麻さんがなにか用意してくれているのならお返しをしなきゃならんと思い、志麻さんの誕生日を廣井さんに訊ねてみると、なんと5月15日との答えが返って来た。俺が5日で志麻さんが15日、さらに虹夏先輩が29日でヨヨコ先輩が6月2日だった筈だ。四月にまで遡ると21日に喜多さんの誕生日、ヨヨコ先輩によると4月7日は長谷川さんの誕生日らしいので、約二ヵ月の間に知り合いの誕生日ラッシュという恐ろしい事になっている。
「じゃあじゃあ! 未確認ライオット二次審査のWEB投票が終わったら、皆の合同誕生日パーティをやりませんか!」
話を聞いていた喜多さんが、面白そうな事を発見したと言わんばかりにキラキラしたイベントを立案してきた。陽キャらしい発想だ。流石に誕生日をまとめ過ぎだろと思わなくもないが、ひとつにまとめた方が面倒が無いという意味では良いかもしれない。祝われる当人たちの予定しだいだが。
ただ二次審査が終わった後とは言うが、もし結束バンドかSIDEROSのどちらか、または両方が落選していた場合、地獄のような空気になりそうなんだが……大丈夫なんですかね?
「ま、まぁそれはともかく。ヨヨコ先輩ありがとうございます。こういうのは自分では絶対に買わないんで……それで、なにを返したらいいですかね?」
分からなかったら人に聞けという事で、誕生日も近いので直接ヨヨコ先輩になんのお返しが欲しいか訊ねてみる。ここまで堂々と直接聞かれるとは思っていなかったのか最初は困惑していたヨヨコ先輩だったが、突然なにか悪戯でも思い付いたかのような挑戦的な笑みを浮かべた。
「それじゃあ貴方のセンスでなにかファッションアイテムでも選んで貰おうかしら?」
「お、俺のセンスでファッションアイテムですか……? じゃあドラゴンが巻き付いた剣のキーホル……」
「ちょっと!? それはファッションアイテムじゃないでしょ!? こいつが何か買う時は必ず誰か付き添いなさいよ!?」
最後まで言う前に怒られてしまった。おかしいな? いま挙げたヤツとか、日本刀の形をしたペーパーナイフ(鞘に納刀可能)とか、ひとりだったらきっと目を輝かせてテンション爆上げ間違いなしなんだが……世の中の女子ってもしかしてこういうの駄目な感じ? 隣を見ればひとりは俺と同じ様な物を考えていたのか、
仕方ないのでセンスのありそうな喜多さんとリョウ先輩にアドバイスやどこかお店を紹介してくれるように頼むと、リョウ先輩は面倒そうにしていたが、一食奢る事を提案したら爆速で釣れた。
しかしリョウ先輩と喜多さんの二人にお供を頼んだのだが、何故かいつの間にか結束バンド全員で今度時間のある時に下北沢に行こうという事になっているんだが……俺がおまけみたいになってるけど、まぁいつも通りか……
「そういえば虹夏先輩ももうすぐですよね。何か欲しい物ありますか?」
「はいはーい! 私は新作のリップが欲しいでーす!」
「はい! 太郎、私はDingwallとル・フェの新作ヘッドレス、それとDarkglassのアンプヘッドが……」
「いや二人には聞いてないっス……そもそも喜多さんは四月に渡したばっかりでしょ……あげたエリクシーの弦を使い切ってから言ってください」
この場に居る誕生日が近い人間には前もって聞いておこうと思い虹夏先輩に訊ねると、どさくさに紛れてまだ誕生日でもないのにクソ高い物を要求してくるリョウ先輩や、図々しく喜多さんが二回目のプレゼントをねだって来たので、遠回しに沢山ギターの練習をしてくれと言い放つと、喜多さんは痛い所を衝かれたのかショックを受けていた。リョウ先輩は初めから要求が通ると思っていないのかケロッとしているが……
改めて虹夏先輩に視線を向けると、虹夏先輩は悩んでいるのか恥ずかしそうな、遠慮したような様子でテーブルを見つめていたが、やがて顔を上げて小さく上目遣いでこちらを見て来た。
「じゃ、じゃああの……太郎君の使ってるチューニングキーが欲しいかなって……」
「俺の使ってるチューニングキーですか?」
確かかなり前に虹夏先輩本人が
「分かりました。今度同じの買っときますね」
「え? いやっ違っ……」
本人が欲しいと言うのだから俺があれこれ考えても仕方ないので、忘れないように買う物をメモっておこうとスマホを取り出した瞬間、突然大きな声をあげた虹夏先輩に驚いていると、隣に座っているひとりが俺の服の裾を引っ張った。
「あの……多分虹夏ちゃんは太郎君が
「え? そうなの?」
というか失くした訳じゃないの? じゃあ予備って事? 俺も一応予備に小さいヤツも持ち歩いているが、こんなデカいの二つも持ってたら邪魔じゃね? でも虹夏先輩から否定の言葉が返ってこないので、どうやらひとりの言う通りのようだ。
「いやあの……ほら! 太郎君は結束バンドの発足にも立ち会ってるし、メンバーの一員みたいなものじゃん!? だからその、未確認ライオット審査にせめてなにか……代わりの物でも持って行ければな……なんて……」
「虹夏先輩……」
何故急に言い訳がましい事を言い始めたのかは分からないが、そこまで俺の事を慮ってくれているとはなんだか嬉しいような恥ずかしいような……まぁ俺は別になにもしていないので、結束バンドの一員ってのは過剰評価なのだが、でもその気持ちは嬉しいっス虹夏先輩!
「……ただこれあげちゃうと俺のが無くなっちゃうんで……」
「そ、そうだよね! ごめんね変な事言って……」
俺が譲渡に難色を示すと、虹夏先輩は途端に項垂れてしまう。
「なので虹夏先輩の使ってるヤツと交換ならいいですよ。ほら、お互い誕生日プレゼントって事でどうです?」
「!? ほ、本当!? いいの!?」
「ええまぁ……」
代わりに交換を提案すると、打って変わって顔をほころばせ、一も二も無く頷いてきた。再三言うが俺のチューニングキーも虹夏先輩の使っているチューニングキーも同じヤツなので、俺は別にどっちでも良いのだ。それに誕生日ラッシュという事で、交換ならお互い出費を抑えられるのでいいんじゃないだろうかと考えたのだ。我ながらお財布に優しいナイスアイデアだと思う。
でも本当に俺がドラムを始めた時から使っている年季の入った中古品でいいのだろうかと改めて確認してみると、虹夏先輩はヘドバンの如く首が取れそうなくらいに頭を縦に振っていた。まぁ本人が良いならいいだろう。
そんな話をしていると、店長からリョウ先輩や喜多さんにそろそろバイトの時間だぞと声がかかったので、お茶会はここでお開きとなった。
店長にバイトをやっていかないかと誘われたが、流石に六時間スタ練した後という事もあり、疲れているので断った。帰り支度を整えてバッグを背負い、愛用のBoBキャップ(メンバーのサイン入り)を深く被った俺は店長や虹夏先輩達に挨拶するとそのままSTARRYを出た。
また来月に皆の予定が合う日があればスタ練しましょうなんて言ってSTARRYの前で廣井さんやヨヨコ先輩とも別れると、俺とひとりはそのまま駅へと向かい帰りの電車に乗りこんだ。
家の最寄り駅まで一本で行ける電車に乗り換えて人心地つくと、俺は隣に座っているひとりへと声を掛ける。
「ひとり、手を出せ手を」
「え? なに? どうしたの?」
「これやるよ」
突然の俺の言葉に不思議そうに両手をそろえて差し出して来たひとりの手の平の上に、俺は自分の持っているキーケースに入った予備のチューニングキーを載せてやる。
「これって……」
「虹夏先輩が誕生日プレゼントにチューニングキーを欲しがった時、お前も物欲しそうな顔してただろ? だからそれやるよ」
「!? なっなんで……!? いいの……?」
「いいぞ」
俺が先程の事を思い出しながら指摘すると、ひとりは頬を赤くして驚いている。
その「なんで」と言うのは、何故チューニングキーをくれるのかという意味だろうか? それとも、何故物欲しそうな顔をしているのが事が分かったのかという事だろうか? もし後者ならそりゃ分かるよ。俺が何年お前の顔を見てると思ってるんだよ。前者の理由は今から説明してやろう。
「あれだろ? お前も今日ドラムに触れてみて、その楽しさが分かったんだろ? そりゃチューニングキーも欲しくなるだろうよ。だからこれからは俺がいない時でも、いつでもドラムを体験出来るようにそれを進呈して進ぜよう。あ、でもそれならスティックもいるよな……仕方ない、持ってけドロボー! 俺のお古で悪いがスティックも付けてやるよ! 欲張りセットだぞ!」
俺がドヤ顔で語ってみせると、ひとりは自分の両手の手の平の上に置かれた小さなチューニングキーをじっと見つめていたかと思うと、余程嬉しかったのか大事そうに手の平に包み込んだ。
「あ……ありがとう、太郎君」
「おうよ。精進したまえ」
「……あっ、じゃ、じゃあ私もなにか……えっと……ピック! ピックあげるね! いま私が使ってるヤツ!」
「お前のお古って、それもう角が取れてツルツルなんじゃねーの……? っていうか俺ギター持って無いからピックだけ貰っても仕方ないんだが……」
お礼を言って俺が渡したチューニングキーとドラムスティックを自分の鞄に大事そうに仕舞い込んだひとりは、突然ピックをくれると言って慌てて鞄を漁ると、使い古しのピックと新品のピックを一枚ずつ手渡して来た。
ドラムというのは基本レンタルなので、スティックとチューニングキーだけあれば演奏出来る(本当はキックペダルも必要だが、あれは値段が高いので流石にあげる訳にはいかんのだ……すまん)が、ギターはピックだけ貰ってもガチで役に立たないんだが……ままええわ。虹夏先輩も言っていた通り、これはお守り代わりに
俺もひとりにお礼を言ってピックを鞄に仕舞うと、それから家の最寄り駅に着くまで、今日のスタジオ練習の話や、目前に迫った未確認ライオットの二次審査であるWEB投票審査の話をしながら過ごす事にした。
やっとスタジオ練習編終わった……今回投稿が空いた原因の8割位は廣井さんの扱いに悩んでの事で、残りがスタジオ練習ってどんな事やるの? っていう知識の無さからです。
実は休憩中に飲酒して、いつもの廣井さんに戻ってスタジオ練習後半戦を迎えるパターンも書いてたんですが、原作でも初詣終わった後の飲酒は虹夏先輩が率先して飲ませてあげたっぽいので、素面の廣井さんなら練習の間くらいは飲酒はしないかなって思って今のオール素面verになりました。
正直素面の廣井さんってギャグ的な出番なら良いんですが、真面目に書くと滅茶苦茶扱いが難しいんじゃないかと思います。加えて廣井さんのお酒からの脱却話は、真面目にやると何故廣井さんがお酒を飲んでいるのかって理由を真剣に考えて、原因を取り除かないといけないので、物凄く難しい題材なんじゃないかと思いました(小並感)
誕プレ話とか唐突過ぎない? って思った人いると思うんですが、これはライオット三次審査で主人公から託された物を見て虹夏先輩が勇気づけられる……みたいな事がやりたかったんです。まぁ主人公視点だと出てこない話なんですが……
前書きでもちょろっと書いたんですが、評価、お気に入り、UAやPV、しおり、ここすき、誤字脱字報告等ありがとうございます。未だに初期の話の誤字脱字報告が来たりするんですが、誤字脱字の申し訳なさと共に、昔の話を読んでくれてる人が居るんだなと思うととても嬉しいです。